
昭和26年撮影 38才
大正2年7月5日、新潟県栃尾町(現長岡市)生まれ。昭和7年 18才で関西に向かい、それぞれ後に人間国宝となる近藤悠三、そして富本憲吉の弟子となります。その後サントリーの前身寿屋の私窯である壽山窯などを経て戦後高田市(現上越市)寺町に築窯しました。
作品は技法、描画、器種において多彩であり、味わいは高名な師たちに迫るものがあります。大らかな人柄と高い教養から生涯多くの文化人たちと交わりました。
−昭和56年 68才 没−
平成12年 次男尚明氏が二代陶齋として窯を継承しました。
作品は技法、描画、器種において多彩であり、味わいは高名な師たちに迫るものがあります。大らかな人柄と高い教養から生涯多くの文化人たちと交わりました。
−昭和56年 68才 没−
平成12年 次男尚明氏が二代陶齋として窯を継承しました。

昭和55年撮影 64才
大正5年1月20日、新潟県高田市(現上越市)生まれ。東京で活躍。太平洋美術学校で学び、自由美術協会をへて昭和39年、主体美術協会の創始会員となりました。真摯な探求によって作品は様々に表情を変えます。絵を通して魅力的な作者との会話をお楽しみください。
昭和62年、脳梗塞で倒れて右半身と言語機能を失いますが、左手での制作に挑戦し「左手のデッサン帖」の出展を重ねました。
−平成10年 82才 没−
平成7年9・10月新潟市美術館で150点の倉石隆展
昭和62年、脳梗塞で倒れて右半身と言語機能を失いますが、左手での制作に挑戦し「左手のデッサン帖」の出展を重ねました。
−平成10年 82才 没−
平成7年9・10月新潟市美術館で150点の倉石隆展

