2008年12月

感謝と始まり

2008年12月28日(日曜日)

 本日で無事今年の展示を終了しました。1、2月は冬期の休館に入らせて頂きます。開館から一年半、ご来館者はちょうど5000人を越えたということでした。ゆっくりと樹下美術館は歩んでいます。お越し頂いた皆様には心から御礼申し上げます。

 

 今年最後のお客様を見送ってスタッフと簡単なお茶とミーティングをしました。
来年前半につきましては、
●1月15日(木)~2月1日(日)の新潟県民会館「私のまちの美術館展」へ参加。
●3月1日から開館。3月いっぱい「倉石隆特別展」を継続。
●4月~7月までの陶芸ホールは「陶齋の食器展」。
と決めました。

 

 きっと春まであっという間でしょう。隣接の庭がクリスマスローズの頃にまたお待ち致します。今年はチューリップと百合を沢山植えました。

 

 ところで午後、季節風の海を見に行きました。例の浜小屋も頑張っていました。よく見ると、苛烈な風を避けるように小屋の後ろに二本の松が。老いた小屋もまた若い命を見守る風情でした。ゴウゴウたる海鳴りの浜で、ひっそりと命の物語が始まったようです。

 

 頑張れ小屋と松。松は今まで全く気づきませんでした。3,4年は経っているのでしょうか。実生だと思いますが厳しい場所です。そっと添え木をするか否か、、、。

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遠景 日当たりも考えた距離?
   

荒天と美術

2008年12月26日(金曜日)

 クリスマスの昨日25日は、午後から激しい雷と猛烈な風雨の荒天となりました。それでも14名のご来館があったということでした。美術は晴天ばかりではなく、厳しい日も観てお茶をする良い日頃、ということでしょうか。突撃して頂いた皆様の思いが伝わって心温まりました。栄養士さんのグループ、M先輩ご夫婦、そふぃーさん、高田のお仲間たち、美術館を暖めて頂き有り難うございました。

 

 ブログでよく樹下美術館を紹介して頂いているそふぃーさんから展覧会「私の愛する一点展」というチラシを頂きました。会場は長野県東御市(とうみ市)の梅野記念絵画館です。一般に所有される絵画を一点ずつ持ち寄って飾るとてもユニークな展覧会で、今回は105点!ということです。1月22日(日)まで開かれています。

 

 ところで長野県には多くの市町村に美術館があります。それぞれ維持の努力は大変だろうなと思います。でもこの時代ならばこそ上越地方にも、もう一つ二つ感じの良い美術館があれば、という気もします。

 

 時代はますます厳しさを深めています。厳しいと言えば物が不足した戦後、芸術はより広く身近なものだったように振り返られます。今後、街なかの楽しげな施設が、自然に人を元気にさせるかもしれません。作ることも観ることにも、万人が有している「創作という力や楽しさ」が働くからではないでしょうか。

 

※どっと来た介護保険の書類を一生懸命書きましたので、書き込みが日をまたいでしまいました。

 


私の愛する一点展 

テレビ新潟のお二人

2008年12月22日(月曜日)

 昼休みに美術館から、新潟のテレビ局が取材に見えている、と電話が入りました。行きますとテレビ新潟(TeNY)の若いクルーが二人、「ラーメンの旅」ののぼりを手に待っていました。突然、しかもここは美術館なのに、と最初は面食らいました。しかし看板番組の一つ夕方ワイド「新潟一番」のコーナーの突撃取材ということ。県内のラーメン店探しを手がかりに、地域を探訪する内容と聞いて、喜んでお受けしました。放映はこの先、1月21日午後3:55分からの番組内ということでした。

 冬の雨の日、道に迷ったように来訪された諸橋アナウンサーとディレクターさん。とても自然で明るく好感がもてました。思いのほか作品や建物を熱心に観ていただいて有り難うございました。最後に私が近隣のラーメン屋さんを紹介して終了。今度は実況で樹下美術館を伝えてみたいと仰って頂きました。荒れ模様の日に楽しいハプニングでした。 

若いお二人さんお疲れ様でした。花の時期にまたおいでください。

 

寒空をテレビクルーが暖める

鮫ケ尾城,景虎哀れ

2008年12月20日(土曜日)

 来年一月からNHK大河ドラマで「天地人」が始まります。昨年の「風林火山」に次いで上越市・春日山は重要な舞台となりました。相次いで新潟県が大河ドラマに登場するのは、二度の地震被災に対する激励の意味もあるのでしょうか。

 

 ドラマでは、三郎景虎ファンの一人として御館の乱(おたての乱)の扱いが気になります。謙信の養子の一人、喜平次景勝との確執は、小説ではさほど深く触れられていません。また放送でも本旨ではないので、多くは割かれないかもしれません。
北条氏の子として、幼少より相模、甲州で人質の定めを生きた三郎。ついには同盟によって越後春日山へと送られます。春日山城では謙信に庇護され養子となり、由緒の名を継いで景虎を名乗るまでになります。悲運を続けた景虎の心は開放されつつあったかに見えました。しかし謙信の急死によって景勝との間で御館の乱が起こります。情勢は次第に不利に傾き、最後に頼った鮫ケ尾城でも裏切られて果てます。三国一の美将と謳われた景虎の哀れは、もう一つのドラマではないでしょうか。(参照:上杉三郎景虎 近衛龍春著 角川春樹事務所発行 2001年4月8日第一刷など) 

   

 

 ところで上越ICから高速道路を西へ進むと右手に春日山城跡が見えます。その手前のJCTを妙高市に向かって左に折れ、約10キロでトンネルが二つ続く所があります。このあたりこそ景虎最後の地、鮫ケ尾城跡だと思われます。あっという間の距離ですが、春日山から続く一帯には彼の無念が漂う気配がします。ドラマの景虎役・玉山鉄二に哀愁があっていいとは、妻の感想です。ぜひ見たいと思います。(城跡の位置について一部修正をしました。09年2月7日)

 

 それにしても当時、春日山に登場した主だった人物たちが、ことごとく他所からやって来た武将だったのには驚かされます。そして全てが終わると、今度は景勝、兼続はじめ皆北へ東へと去って行きました。はたして上越の人々はこのような乱世をどう見ていたのでしょう。

 

   
天地人 火坂雅志著 日本放送出版協会
第4刷 2007年1月20日発行

上越代表で

2008年12月17日(水曜日)

来る1月15日(木)から新潟市で「私のまちの美術館展」が開かれます。県内各地の美術館から出展を募って開かれる画期的な展覧会です。

●期間 :2009年/1月15日(木)~2月1日(日) am9:30~pm5:00
●会場 :新潟県民会館(電話025-228-4481)  3階ギャラリーA・B
●主催 :新潟県文化振興財団新潟日報社
昨年、新潟県文化振興財団から知らせがあり、私たちも喜んで応募することにしました。結果、県下で15の美術・博物館が出展に応じました。上越市からは樹下美術館だけでした。
当館の出展作品は齋藤三郎の陶芸「色絵椿紋皿」「辰砂蝋抜き草紋壺」「染め付け辛夷紋壺」「染め付け民家香合」ならびに倉石隆の油彩「更紗」と「黄昏のピエロ」です。

はからずも上越代表になりましたので一生懸命頑張ります。足下の悪い時期ですがご来場いただければ有り難く思います。

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展覧会チラシ・表 チラシ・裏

トキを悼む

2008年12月15日(月曜日)

 佐渡で放鳥後にカップルとなった二羽のトキのうち、メスの死亡が昨日確認された。今日になって発見現場の映像を見たが、最後は地上の動物の餌と果てたようだった。散らばる羽、わずかの骨片、はかなげな亡きがらは痛ましかった。

 

縄張りがからんで反撃された可能性が伝えられている。冬に戻った猛禽が、トキの闖入に一撃を加えたのだろうか。映像で、左の頸にたて15㎝ほど皮膚が露出している傷があるように見えた。

 

ところで、篭の鳥の最後は横たわるだけだが、自然では食されることも現前にされた。放鳥には、いっそう厳しい生態系への視点が求められそうだ。死とその先にあった法の克服は、思いのほか困難な課題だと考えられる。

 

 それにしても受傷後からメスの傍らを離れなかったオス。また彼が空から懸命にメスを探し続けた様子も観察されている。生きものの愛情は深く、出来事の象徴性は貴い。犠牲となったトキNo15を心から悼みたい。

時を惜しんで

2008年12月14日(日曜日)

 今夕刻、土日の上京から帰りました。10月7日に見残した国立新美術館のピカソ展を観てきました。いつものように東京のN、浜松のK、上越から小生で同級生夫婦が集りました。年に一度のつもりが、今年は先回の2ヶ月後にまた会ってしまいました。
 

土曜の夕刻はKの提案で、虎ノ門・智美術館(とも美術館)で加藤陶九郎・重高・高宏の三代展を観ました。美術館では魅惑的な階段に導かれて地下へ下ります。光を落とした館内で、志野・黄瀬戸を中心に織部、黒織部など一統の優作が高質な照明に映えて楽しめました。
翌日曜日、開館直後に入ったピカソ展は最終日です。大勢の来館者がありました。人生を共にした女性が変わるたびに変化を遂げたピカソ芸術。しかもそれぞれが時代を切り開いたのですから驚きます。徹底したデッサンと線の訓練、さらに貴重な天賦があったに違いありません。余談ですがここでも額が簡素だな、と感じました。地元の美術館が修復中の海外巡回展ですから、額も仮のものなのでしょうね。少し残念でした。

 

土曜は夕食を4時間、そのあとK夫婦と前回のシガーバーで2時間。沢山話をして冬の宵を惜しみました。松永弾正のきわどさを語り、脂質の最前線を説明した学者N。兼続を知っていて嬉しかったです。探求の人Kは加藤陶九郎の永仁の壺事件とその背景を話し、ジャズを聴くようになったと語りました。
ありきたりながら、小生は映画「ファニー」と「シェルブールの雨傘」です。よく似たストーリーと音楽の良さなどを話し、若きレスリー・キャロンとカトリーヌ・ドゥヌーヴを懐かしみました。

 

最後にフランス映画「田舎の日曜日」(1984年カンヌ映画祭監督賞)をKに勧めました。1912年、パリ郊外に年老いた画家が住んでいます。秋晴れの日曜日、汽車に乗って新興サラリーマンの一家が父である画家を訪ねて来ます。遅く一人、新しい車でやってきた娘は実は失恋したばかりでした。娘は父を川辺の賑やかなカフェに誘います。カフェで娘は父の手を取って立ち上がり、楽師のワルツに合わせて踊ります。
哀愁をおびた素朴なワルツは、100年前の現場から聞こえてくるようです。ルノアールが描いたような人物たちが居るこの場面、不思議と胸が熱くなります。ほかにフォーレのピアノ5重奏曲が落ち葉や過ぎゆく時を慈しむように奏でられます。やや退屈かもしれませんが、忘れられた過去の人々と時間を共有できる不思議な映画です。

 

     
夕刻の智美術館入り口 付近の桜坂
   
        

膝掛けと温風/桜坂のカフェ

国立新美術館の壮大なカフェ
   
             

智美術館/切符

ピカソ展/絵はがき

   

「やはり」の二題

2008年12月12日(金曜日)

 【その1:児童の肥満】この1,2年保育園と小学校の健診で肥満の子どもが減っているのでは、と感じていた。それが今日の新聞に、5~17才の児童にみられる肥満の減少傾向が書かれていた。文科省の報告だった。
諸外国でも子どもたちの肥満は欲求、背景および習慣がからむ困難な課題だ。しかし日本で家庭や学校、保健・医療などが粘り強く取り組んだ成果が出はじめたならとても嬉しい。

 

 【その2:トキ今朝、トキの半ば強制的な放鳥は問題だったのではないか,という記事があった。放鳥当時、小生もそう思った。衆目のなか、セレモニーを伴う追い立てるような方法は手荒だった。そのためパニックに陥って、大切な群れを作れなかった懸念が残る。次回からは鳥の気持ちにそった自然な方法が期待される。両者の違いは、ハードリリースとソフトリリースと呼ばれるらしい。

 

それにしても可哀想なことに、ただ一組カップルを作ったNo9と15のうちNo15が姿を消している。落鳥か、、、。空を飛ぶべき鳥が、地上に横たわり冷たくなるのはひとしお悲劇的だ。麗しいトキであればなおさらに。

 

※果敢に海を越え、新潟県胎内市→関川村と移動したNo2は、さらに新潟市まで南下した。豪雪を避けて生きるには、南西へと移動しなければならないのだろう。猛烈な西風との戦いになる。トキならではの優れた知恵を生かして頑張って欲しい。この冬は当地上越市のやや暖かい海ぞいに来て定着すればと、密かに期待している。

※一応ファンにさせてもらっているNo11は赤泊地区で元気にしているようだ。5,6キロ先に仲間がいるのだから集まればいいのに。
そうしないのは、もしかしたら集まったため一度に危機に瀕するより、ばらばらになって生き残りにかける野性の戦略だろうか?

日曜日

2008年12月8日(月曜日)

 すでに昨日のこと、荒れるだけ荒れた後の降雪、その後お天気は快晴となりました。
昼前、芝居を計画しているグループが美術館のカフェに集まってミーティングがありました。雪を眺めるカフェはなんとも爽やかでした。
公演は2010年春に内定。少しでも公的な助成が受けられるように、それぞれの分野の構造をしっかりさせていくことを話し合いました。少々辛いことですが、今度も台本は小生の担当です。

 

タイトルは「蜘蛛ケ池」。現在8場を想定して3場を書きはじめたところです。前回の公演から10年、皆も年を重ねました。1年半先の公演まであっという間でしょう。キャストは多くありませんので、一人一人が重い役回りになりそうです。

 

執念の田作りの母子、突然に現れる大蜘蛛、長い不在の後に戻った父、観音の救出と死、見守っていた僧、嫁入りの幻想,,,。こんな場面を考えています。公演まで複雑なステップがありますので先行きは大変に違いありません。

 

午後2時から、医師会の総会、肺癌の特別講演、多くの医師が意見を述べた症例検討会、そして忘年会がありました。約5時間、かなり疲れました。医師会が少しずつ変って行くように感じました。
同じ上越市ですが会場の高田には全く雪がありませんでした。

 

雪化粧をした当地の頸城(くびき)平野

 

 

カフェの眺め

 

初冬の貴重

2008年12月6日(土曜日)

 季節風と時雨の合間に時々陽が差しました。暦は冬となって黙っていてもあわただしさに包まれます。

 

ただ今樹下美術館では全館に倉石隆の絵画を架けています。冷えて荒れがちなお天気のなか、昨日は杉みき子さんが、本日は筑波進さん、黒田進さんがそれぞれお見えになりました。初冬の日における文学、美術の人々のご来館は、そっとした物語が漂うような、そんな感じがしました。連日の寒い日頃、ご来館頂いているお客様に心から御礼申し上げます。 

 

わずかの晴れ間に出てみると、ヒシクイが飛び田に白鳥が降りていました。貴重な初冬の訪問者です。

 

カフェでは荒天であればあるほど、暖かいお茶をお出ししたく思っています。

 

 

 

初日

2008年12月1日(月曜日)

 倉石隆特別展が始まりました。当初「特別展」の冠を想定していませんでしたが、「せっかくの機会だから」のご助言でそう致しました。風もなく抜けるようなお天気の初日、お越し下さった皆様に心から感謝申し上げます。館内では、はじめて一堂に会した倉石氏の人物画20点が、伸びのびと喜びあう風でした。

 

トミオカホワイト美術館・長谷部館長様。このたびは新潟日報の「アートピックス」で大変お世話になりました。本日は美しいお弟子さんたちに囲まれた昼食をご一緒できて光栄でした。在りし日の倉石先生のクールなエピソードと、氏の絵画における背景のお話は感銘を受けました。また上越タイムスのTさん、いつもながら掘り下げた取材をしていただいて感謝しています。

 


女性像の一部

男性像の一部

 

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