2010年4月

空の器が気持ちよさそう

2010年4月29日(木曜日)

 

テーブル

 

  連休初日のカフェでアンティークのトリオにコーヒーとケーキ。最後に陶齋の湯飲みでお番茶、、、、カフェのフルコースでしょうか。女性のお客様たちが去られた後で空の器が気持ちよさそうでした。

庭のヤマザクラ

窓外にヤマザクラ、話の花も沢山咲いたことでしょう。

 

いつまでも

2010年4月25日(日曜日)

  いつまでも

 赤い夕陽の海を歩いた。砂浜にハートマークが残されていた。良く出来ていて二人の思いが伝わる。
きっと波にさらわれてしまうことでしょう、よかったらまた来てこしらえてください。通りすがりの私まで幸せな気持ちになりました。 


パットブーンの砂に書いたラブレター

 

※ 結局今日は三つも記事を書いた。

急行能登のトイレにアールデコ

2010年4月25日(日曜日)

本日夜中、金沢から急行「能登」で直江津に帰ってきた。金沢を22:29に発ち上野に早朝に着くいわゆる夜行列車だ。今年3月、廃止となって多くの鉄道ファンが最終運転に集った。なのにまだ走っていて驚いた。週末や行楽シーズンに臨時で走るそうだ。
寒い夜、人気のないホームで急行を待っていると、学生時代に戻っていく錯覚を覚えた。

 独楽吟
岡本信弘編 グラフ社 2010年1月発行

 車中、妻は読みかけの本を膝に置いて眠ってしまった。その本を取って読ませてもらった。橘曙覧(たちばなあけみ)の「独楽吟(どくらくぎん)」という本だった。曙覧は正岡子規も憧憬したという江戸後期の歌人と知った。とても良く、52首の短歌は疲れているはずの頭に吸い込まれるように入ってきた。

急行能登
ミッドセンチュリー風の急行能登

灯り
アールデコ調の灯り。放射状の線は影。

 さてこの度、能登のトイレで楽しい発見をした。何気なく見上げた灯りがアールデコ調。侘びしい夜行列車の片隅にこんなデザインがあろうとは。そういえば能登のフロントビューや洗面所の灯りにはミッドセンチュリーの面影が漂う。乗り物のデザインは練りに練ってあるはずだから、列車はちょっとした美術館だ。

金沢で婚礼

2010年4月25日(日曜日)

    昨日午後金沢で身内の結婚式があった。温かで心こもった婚礼だった。年をふるにつれ永い縁の貴さをいっそう感じる。私などよりよほどしっかりした新郎新婦を見て希望を新たにさせてもらった。

 

手を重ねて 
手を重ねて。
  
デザートが始まる 
  デザートが始まる。

 

 最近の習い性で今回も観光なしの日帰り。丁度良い電車がなくて22:29発の臨時急行・「能登」で帰る予定にしてあった。到着まで随分と時間あるので妻と映画を見た。 「ビクトリア女王 世紀の愛」を途中から。ストーリーはともかくシューベルトの音楽に時代のリアリティを感じ、服装とファブリックやテーブルウェアに目が行った。映画館に入るのは、むかし子どもたちと見た「ペンギンズ・メモリー 幸福物語」以来およそ25年振りだった。

 ※文中ペンギンズ・メモリー 幸福物語は修正しました。

 

  見終わってまだ時間があったのでクリームあんみつを食べて一息ついた。

 

 金沢駅から懐かしい急行に乗って、日付をまたいで夜中過ぎに直江津駅に着いた。能登は代替わりしたのか車内は昔よりもきれいになっていた。家に帰って95才の母の寝息にひと安心。

 

  車中のトイレで楽しい発見をした。日が明けたら写真を載せてみたい。  (4月25日夜更け)

博物館の現状(文化変調)

2010年4月22日(木曜日)

皆様のお陰で、樹下美術館は今年6月に開設三周年を迎えようとしている。そんな折りの4月18日、当地の朝日新聞一面トップに「博物館休業の波」が載った。

文化変調 博物館法でいう施設は博物館のほか、美術館、水族館、動物園なども含んでいる。記事ではいわゆる博物館に見られる困難のきざしを文化変調として取り上げていた。

 

戦後一貫して増え続けた施設。それが日本博物館協会の調べで2008年末に初めて実働数が減少したという。全国で4041カ所の実働で前年より21館の減少だった。 運営を支える作品・資料の購入費ゼロが57%もあり、予算減額の館が50%という惨状だった。

特に全国で三分の二を占める公立館における状況に厳しさが見られるようだ。

そもそも長期の施設乱立から合併へ。自治体博物館における収蔵量の膨大化と埋没する個性の困難は、想像に難くない。

 

また昨今、テレビとウェブの進化によって居ながらにして高質な画像・映像が提供され、自在なテーマ検索が可能になった。博物館に足が遠のく誘因の一つかもしれない。

 

美術館も安閑としていられない。 「この時代ほんとうに美術館ですか?」、三年前の樹下美術館の開設の際に言われた。その通りだと思ったが、皆様に支えられて今日まで来た。今後も小館ながら、小館ゆえにこだわりとエヴァーグリーンを胸に歩みを進めたい。

 

ささやかであっても文化の非日常が日常の中にあることの楽しさ。樹下美術館はそのようなことを思っています。

芽が出る

2010年4月18日(日曜日)

 気温は上がらなかったが晴れに恵まれました。昨日の庭の続きです。いま美術館隣接の庭は花の出芽の真っ最中です。小さくてもみなちゃんと個性があってなんとも愛らしい姿。芽出しの後は陽を受けようと精一杯葉を広げてます。植物にベビーシーズンと言う言葉があってもいいかな、と思いました。 

 庭 
 まだ早春のおもむき。奥の鉢は野鳥の水場。

 

美術館東南側 
南東の農道わき一面にヒメオドリコソウ。 

 

   
リンドウ シラン(白花)
   
   
テッポウユリ シダ
   
   ハッカクレンン エビネ   

ハッカクレン(白花)

エビネ
   
   
マツモトセンノウ リュウノウギク

毎年ながらクリスマスローズから

2010年4月17日(土曜日)

 美術館隣接の庭で花が咲きはじめました。何度も襲われたドカ雪と三月から続く寒さで開花が遅くれました。ここにきてようやく花の季節が始まったようです。


 


 イチゲがそろそろ終わり、大小のクリスマスローズが盛りで、白いブラシのようなヒトリシズカが数カ所で咲き始めました。明日は可愛らしい芽を載せようと思います。もう少しお天気が良くなりますように。


 






































 


   
 
   

 
見頃が続く地植えのクリスマスローズ60株。 にぎやかなヒトリシズカ

馬子にも衣装、拙絵に金縁

2010年4月16日(金曜日)

 2月16日に完了していた椿の蕾の絵を額装しました。ボタニカルアートを始めていつの頃からかマットを楕円に切るようになりました。植物画の多くが下から枝、葉、そして花へ全体が楕円に類する形状になっていたからです。

 

額装の作品 
馬子にも衣装、拙絵に金縁。

 

 さらに楕円は四角よりも柔らかな雰囲気になりますので植物に合っているように思います。切った楕円に沿って金のふちをあしらうこともします。金ぶちの善し悪しはいつも迷いますが、今回は装飾を加味して付けました。金はもう少し細いほうがいいのですが、これで限界だったようです。

 

 拙絵は館内のお手洗いの鏡脇にかけさせて頂いています。よろしければご覧下さい。

海にも休息

2010年4月15日(木曜日)

 仕事休みの夕刻、海へ行った。冬の荒々しさを脱ぎつつある海でカモメが行き交っていた。ゆっくり立つ波の色が深く清潔だった。

 

海
痛々しいほど荒れた海が落ち着き始めた。

 

 長かった大荒れの冬。海は海岸の砂からゴミまでを飲み込んでは吐くことを繰り返していた。また強い波浪には自身の撹拌もあるのだろう。ごーごーと三日三晩荒波を打ち続け、少し休んでまた繰り返す。それを今年は4ヶ月余、、、。

 

 今ようやく浄化や再生の激しい作用を終えて、海に安堵の気配だった。

 

 以前少し似たことに触れたが、海に睡眠を思わせる役割を想像してしまう。環境のつむぎ直し、浄化、生成。同じ作用が我々にも及ぶことがありそうだ。森もよく似ている。

 間もなく穏当な春が来るはず。森は冬や夜間は眠っているように見えるが、海は昼夜休み無しだった。これからあの春の曲のようにゆっくり休むのだろう。海と森は季節的にも連携して役割を担っているようだ。

花鳥の時節

2010年4月11日(日曜日)

雨がちの一日だったが、春が根付いてきた感じになった。知り合いが席を持つということで妻は高田の花見会場の茶会へ行ってきた。

 

茶席に大勢外人さんが混じったという。観光バスで乗りつけるらしい。報道などを見ると近年ますます花見客が増えているようだ。「百万人、、、」のコピーも効いているように思われる。

「百万人観桜会」は奥ゆかしい上越にしては思い切った謳い文句だ。名付けばかりが先行して結果につながらないことが多い中で、希有な例ではないだろうか。だれが考えた文句だろう。

 椿と桜

  今日の仕事場の桜と椿です。この写真に花の密を吸う鳥が写っています、お分かりでしょうか。

 100411花とヒヨドリ

 以前に書いたヒヨドリだと思われます。このようにホバリングをして蜜を吸う動作はカラスやハトには出来ないことでしょう。メジロは出来るようですがスズメはどうでしょう。非常にエネルギーの要る飛翔法だそうです。餌づけの人慣れといい、体が大きいのに案外器用で驚かされます。

  雨の日、ご来館いただいた皆様に感謝申し上げます。ちょうどお見えになったナイスブロガーのきむぶーさん、お世話になっているはるみさんご一行様、有り難うございました。

古い窓に椿

2010年4月9日(金曜日)

仕事場に古い家が付いていて、大正時代の中頃に建ったと聞いている。海辺の季節風に吹かれ吹かれて90年、建て付けはかなり狂いがきている。

二階にトイレへ行く廊下があって窓がある。その窓から今盛りの椿がいい具合に見える。気のせいか古い窓と椿はしっくり合っている。大正ロマンの人、竹久夢二は椿を好んであしらい、昭和ロマン?の陶齋もまた好んだ。

出窓の椿
出窓の椿。右に吊り手洗い器の掛け手が下がっている。

ところで窓は縦横120×75㎝ほどの小さな出窓で、手水として使われていた。左に手ぬぐい掛けがあり、右に吊り手洗い器の掛け具が架かっている。

 

ともに木製だが、手ぬぐい掛けなどは器用な職人さんの仕事ぶりが伺われる。何かの端材で「いっちょう上がり!」と言ってさっと作ったように見える。手ぬぐいを通す横板がヤジロベエのようにぶらぶら動くようにしてある。

 

両方とも忘れられた盲腸のように黙って付いている。椿もまた黙って咲いている。

手ぬぐい掛け
手ぬぐい掛け
手洗い器掛け
吊り手洗い器を掛ける手

モネ人形やフリオの歌

2010年4月8日(木曜日)

 明るく晴れた昼、美術館へ寄った。

 

 カフェに置いたモネの人形が背中に春陽を受けて気持ち良さそうだった。昨年秋、佐伯祐三展の新潟県立万代美術館へ行ってショップで買ってきた。右手にちゃんと筆をもった可愛いモネだ。ヒゲや髪の毛は違うがベレー帽といいメガネといい、どこか亡き父に似ていてる。

 

モネ人形
 筆を持ったモネさん。

 お客様にフリオ・イグレシャスのCDをお買いになった方がお見えになった。先日当ノートに載せた動画のフリオが気に入って、すぐアマゾンで求められたという。ポルトガルの四月は入っていなかったがとてもいいと仰った。ネットのスピード感に驚かされた。 

長々待った春。

2010年4月4日(日曜日)

 昨日午後、高田北城町で今年初めて燕が飛ぶのを見た。とても素早く元気に飛んでいた。ぐづつくお天気をよそに花鳥は精一杯暦をなぞっている。

頸城野に梅 
ようやく頸城野に梅

保倉川 

保倉川に柳の芽吹き
 

 好天の日曜日、美術館に切れ目なく来館者さんがお見えになった。お若いカップルや小中学生の親子連れさんも目だって少し雰囲気が変わってきた。 皆様にはカフェでアンティークカップと陶齋の湯飲みも楽しんで頂けて有り難く思っています。

ポルトガルの四月

2010年4月2日(金曜日)

四月とはいえどうしてこうも寒いのだろう。すぐれない気象は三月からずっとで、2月のほうがまだ良かったくらいだ。

さてそれはそれ、四月というとエキゾチックな曲「ポルトガルの四月」を思い出す。この曲は自分の高校時代のある時期、よくラジオから聞こえた(学校時代には突然何かが流行り出すことがあった)。懐かしげな曲調は忘れがたい教師の思い出に結びついている。

高校の二年間、英語教師A先生の許へ隔週でリーダーを習いに通った。やや小柄で知的な人だった(そして美しかった)。冒険小説から始まったテキストは最後にジョージ・ケナン(冷戦時の駐ソ連アメリカ大使)の「Power Polytics」へと進んだ。肺を病んで半年休学の後、下の学年と一緒のなじめない学校生活。そんな当時、先生の所へ通えたことは今でも宝物のように大切に思っている。

”熱狂(enthusiasum)は何も解決しません、サミットも同じです。優れた外交官による粘り強い交渉努力が必要なのです”。安保闘争で当地の高校まで熱くなり始めたころの先生の言葉だ。ああそんな見方もあるんだ、何てクールな先生だろうと衝撃を受けた。バークレーの大学院留学歴があると後で聞いた。

決まった隔週の夕食後、寺町の下宿から本町通りを横切って北城町にある教師の家まで歩く。その往き帰りの夜、 飽かず「ポルトガルの四月」を口笛吹いた。ある縁によって通っていたのは自分一人だった。

当然ながら50年前の私に今の自分など何一つ想像出来ない。毎日先生の所へ通うことを考えて、予習をして口笛吹いて歩いた。病は治癒しつつあったが体育も映画も禁止のまま。英語通いは密かな幸せだった。

曲はコインブラというポルトガル有数の古都を歌ったものらしい。当時のラジオでは器楽演奏だったが、ユーチューブを探したらフリオ・イグレシャスの歌があった。風景も彼の歌も素晴らしい。

 

展示のお知らせ:2 齋藤三郎(陶齋)の染め付けと色絵展

2010年4月1日(木曜日)

 今年の陶芸ホールにおける齋藤三郎(陶齋)の展示は染め付け(染め付)と色絵の二系統に分けました。場内の向かって左半分に染め付けを、右半分に色絵を配しました。今年度いっぱい同展示を継続致します。

 

 染め付けは藍色に発色する呉須(ごす)というコバルトを主成分とする顔料で絵付けされた焼き物です。色絵は多色を用いて絵付けします。染め付けは清潔、さわやかな印象で、色絵は華やかな雰囲気となります。

 

 多彩な陶齋は染め付け・色絵とも理解熟達し、モチーフや用途に応じて活発に制作しました。この度の試みで場内にぱっとしたコントラストが生まれ、楽しい展示となりました。

 

 色絵の華やかさに花を添えて陶齋の金彩作品を一部配しました。

   

場内・染め付け
染め付け展示の部分
場内・色絵
色絵展示部分
   
染め付瓢形紋瓶と盃各種
染め付け瓢形瓶と盃各種
寸雪庵好み雪華紋香合 
寸雪庵好雪花文金彩屏風香合
   
染め付け辛夷紋瓶
染め付け辛夷紋瓶(個人蔵)
色絵更紗紋水指 
色絵更紗(さらさ)紋水指
  
   
染め付け四季丸紋水指
染め付け四季丸紋水指(個人蔵)
色絵椿文皿
色絵椿文鉢

【以上のほかの染め付け作品】:ざくろ紋湯飲み(6客)、椿紋宝瓶と四季紋煎茶碗揃え(5客)、ざくろ刻紋さら(二枚)、竹林菓子器、椿紋扇面皿(8枚)、山家紋扇面皿(4枚)、辛夷紋面取り壺、かれい紋皿。

【以上のほかの色絵作品】:梅紋汲み出し(5客)、茶器揃え(急須と茶碗5客)、色紙芍薬紋鉢、ゆず紋皿、蓋物3器(これは金彩です)、椿紋香合、更紗紋湯飲み(6客)、文房具(椿紋と春蘭紋の筆管2器、硯屏、水滴)。

展示のおしらせ1:倉石隆の挿絵原画展

2010年4月1日(木曜日)

  4月1日からの倉石隆作品の展示をお知らせ致します。展示は今年いっぱい継続致します。

 

 倉石隆は人物油彩を中心に制作しましたが、挿絵にも熱心に関わりました。多数の挿絵本のうち半数以上は少年少女に向けた書物でした。描かれた場面の臨場感と豊かな情感は画学校時代からデッサンに優れた氏ならではものであろうと思われます。

 

 作品は以下二冊の原画から38点を選びました。

●「金色のあしあと」椋鳩十著 1975年 ポプラ社 から17点  鉛筆画で一部に彩色。

●ベルヌ名作全集「十五少年漂流記」辻昶 訳 1986年 偕成社から21点 ペン画で口絵はカラー。

 原画は前者の表紙がカラーで、内容の一部に薄い彩色がほどこされています。後者は口絵だけカラーでした。ボードサイズは前者がB3で後者はB4とB5です。
 金色のあしあとには雪国出身の画家ならではの冬の情景が描かれています。 

 ご参考までに「金色のあしあと」の本を三冊見開きにして、相当する原画の手元に置きました。残念ながら「十五少年漂流記」は手を尽くして探索しましたが入手にいたっていません。

 

 手ぜまですが胸躍る倉石隆の世界を目の当たりにしていただければ有り難く思います。

 

絵画展示場 
展示場  

 

【金色(こんじき)のあしあとから】

 金色のあしあと原画
30枚の中から選ぶ

 

金色のあしあと口絵
金色のあしあと・口絵
金色のあしあと3
 金色のあしあとー父と犬
   
金色のあしあと2
 金色のあしあと・正太郎を襲う親ギツネ
金色のあしあと4
金色のあしあと・床下の親ギツネ

 

【十五少年漂流記から】

 

15少年漂流記-1 
動物をつかまえる

15少年漂流記-4 
島を脱出
   
15少年漂流記-2 
   以前に人がいたらしい
15少年漂流記-3 
  悪者から逃れてきた水夫
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