堀口すみれ子さんの講演会が終わって

2011年4月24日(日曜日)

  昨日午後の雨の中、遠路のお客様も見えて盛会のうちに堀口すみれ子さんの講演会が終わった。お話は素晴らしかった。

 

はじめに堀口大学と佐藤春夫の“一点の曇りなき友情”が語られた。門弟3000人の春男、対して孤高の大學。同じ慶応中退の二人は、対称性の引力もあって強い友情を育んでいた。

 

 ヒトリシズカ
講演の日の樹下美術館の庭、集って咲くヒトリシズカ

 

多くのエピソードの一つは、森鴎外作になる「永く相おもふ」「ゆめみるひと」が刻られた二つの陶印を巡る物語。もう一つは、藍で詩片を記し、互いに交換し所有された灰皿のこと。これらの逸話が当地で語られるのには訳があった。

 

陶印の一つを所有し他を探していた佐藤春夫は戦後の上越・高田の堀口大学邸を訪ねる。大學はたまたま春男が探していた「永く相おもふ」を所有していた。大學は春男に自分のものを譲る。また灰皿については、高田の齋藤三郎窯を訪ねた二人が三郎の形成した器に揮毫し、同所で焼成されたものだった。

 

(戦後の上越一帯は高田を中心に凄いことになっていたようである)

 

 二人と灰皿
談笑する堀口大学(左)と佐藤春夫(右)。
卓上にあるのは齋藤三郎窯で焼かれた灰皿。

 

講演のなかごろ、「詩は音楽のたぐい」と述べる大學のある作品がすみれ子さんによって朗読された。詩語は春光を反映する音楽となって館内に響いた。

 

さらに“分かち合え 譲り合え そして武器を捨てよ、、、”と続く「新春 人間へ」が読まれた。ベトナム戦争が深刻化する時期、核への危惧、人間のおごりをいさめる詩に拍手が起こった。

 

昭和25年以来、湘南における大學は水辺と浜辺、そして富士山を、とりわけその夕暮れを愛したという。
その大學が「苦労をかけたね、ありがとう」とやっとの思いで告げると、翌日すみれ子さんの腕の中で人生を閉じる。1981年3月15日、享年89才だった。

荻の島で 
残雪の荻の島で妻とすみれ子さん(右) 

一夜あけた今日、空は晴れ、樹下美術館のカフェですみれ子さんとお茶をご一緒した。午後から高柳の荻の島を訪ね、長岡駅で再会を約束してお別れした。

 

道中、いよいよのどかなヤマザクラが美しかった。 

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