2012年8月

ほおずきと満月。

2012年8月31日(金曜日)

午後伺ったお宅の帰りに、根が付いた鬼灯(ほおずき)を二株いただいた。色形が良くて嬉しかった。

 

これまで何度か赤い実を描いたことがあるが、いずれも頂き物。私の庭に無かったので、植木鉢にとって、涼しくなったら露地に移そう。

  

鬼灯

何かとても嬉しい。

 

今夜の満月今夜、雲間から満月。

 

さて、今日の満月は今月2日につづいて月内に二回目となるもので、珍しい(幸運)らしい。昼に赤い実、夜に満月は、良い日だった。 

一日だけの秋 再び猛暑の予報。

2012年8月30日(木曜日)

お盆の頃に降って以来、雨知らずの猛烈な残暑が続いた。あまりの暑さに、もう何ヶ月も降っていないような錯覚に陥る。

 

それが本日、夜半から朝にかけて目覚めるほどの雨音で降った。

 

雨の雫今朝の葉。

 

夕方の空夕方にかけて西南の空に現れた雲。暗く波打ち、少々気持ちが悪い。
日中晴れ間が見えたが、夕刻一時ひどくまた降った。

 

気温も下がり会う人ごとに恵みの雨を喜びあった。しかし10日間天気予報では明日から再び暑さが続くらしい。9月は1日が35度、8日に至っては36度と知らせている。9月がこんなに暑くて大丈夫だろうか。

髙田の夕焼け 勇気づけられたひと時。

2012年8月29日(水曜日)

大型の台風が大陸へ向かい北上して去った。台風は6つもの低気圧を引き連れて移動したが、新潟県に雨をもたらさなかった。

 

朝方いっとき涼しさを感じたものの日中は暑かった。

 

そんな夕刻、高校の先輩のお世話で山中康廣・阿美子ご夫妻と斎藤尚明氏、そして私たち夫婦の6人で食事をした。

 

髙田の夕焼け
司令部通りから見た髙田の夕焼け。

 

学び、錬磨し、寄与された皆さんのお話は、いずれも新鮮だった。観点に雑音がなく、無理の無い遠近法に則った思索は自然だった。

 

知らされ、従うだけの立場から、自立した生活者の感覚が重んじられる時代が明けるのか。示唆に富み、楽しくも勇気づけらるひと時だった。

酷暑の炎天下でスズメの三番子が巣立った。

2012年8月28日(火曜日)

恐らくスズメは秋の田の実りを最大のご馳走として成長すると考えられる。

以下二枚の写真は去る8月2日、樹下美術館の裏手の田んぼで写した。もち米となる稲穂が色づく水田はすずめの歓喜で賑わっていた。

 

集団は今年生まれた若鳥を中心としているのであろう。彼らは親のテリトリーを離れて今後はより大きな集団となり、ねぐらを共にし、多くは新たな土地へと旅立つと聞いている。

 

田を飛ぶこの日、30羽ほどの集団がいた。

 

稲穂をついばむ香ばしい稲に群がるスズメ。くちばしに黄色味を残すものが多い。
この時期の稲は甘味が強く非常に美味しいらしい。

 

今日のヒナ

 昨日、仕事場の軒から三番子(今年三回目の)のヒナが巣立った。
私が知っている限りこんな遅くにヒナを孵すのは初めて。
庭の正面の松で鳴いていたのがそれだと思われた。
兄弟・従弟たちは逞しく成長し、すでに田に出ている。

 

炎天下の夏遅く生まれたこのヒナは、無事育って群に入ることができるだろうか。

 

万一そうせずに親と共にここに居続けて越冬するなら、それはそれで良いことだろう。夏児の不利の代償として過酷な渡りをさせず、テリトリーを継がせるメリットを与える摂理が働けばいいのに?(私のお節介です)。 

 

水場

お節介のついでに、
木陰にバケツと洗面器と陶器のボールで、緊急の水場を作ってみた。

暑さ止まず  花、雲、カラス、ジョロウグモ、稲、コスモス。

2012年8月27日(月曜日)

●「朝、少しばかりの花に水を遣り、夕方は庭で雲を見ながらカラスの帰りを眺めてます」

暑さの話で一人暮らしのおばあさんが笑いながら言った。

 

●窓辺に小さなジョロウグモが巣を張っている。彼女らの秋が始まっていた。

 

ジョロウグモ
今後どこまで大きくなるだろうか。

 

●「水は何とかなりましたが、暑さで米が割れないか」と農家の方が稲を心配していた。せめて夜の気温だけでもももう少し下がって欲しいと。

 

コスモス
●田んぼの片隅にコスモス。

 

向こう一週間の予報も暑く、最高気温が35度の日もあるようだ。コスモスは互いに細い葉をからませ、風に揺れながら咲いている。しなやかさは生きるための独自の戦略に見える。

楽しい鵜の浜温泉まつり。

2012年8月26日(日曜日)

昨日の土曜日夕刻、鵜の浜の茶屋にいるから来ませんか、と友人から電話があった。

 

上越市は大潟区、鵜の浜温泉まつりの夜で、今夏8回目となる最後の花火が上がる日だった。急いで妻と出かけた。

 

ステージ
海辺のステージでポップスのバンドが始まっていた。バンドは力があり、懐かしいショッキング・ブルーのヴィーナスなども演奏した。老い?も若きもステージに寄って踊る。本当は私も踊りたかった。

 

海鳴り
お囃子も入る海鳴り太鼓。若者たちの緊張と熱気が伝わる。

 

花火
フラダンス、太鼓と続いて本番の花火。いつしか海辺に驚くほどの人が。音楽と共に直近で炸裂する華やかな花火に拍手喝采した。

 

いつも心づくしの寄付をさせていただいていただけ、今夜初めて行ってみた。楽しくて良心的な第12回鵜の浜温泉まつりだった。

11月の作品鑑賞会のお知らせ。

2012年8月25日(土曜日)

昨日お書きした事ですが、今年11月の作品鑑賞会につきまして簡単ですが以下のようにお知らせを作りました。

 

11月の鑑賞会のお知らせ

恥ずかしながら館長が作家や作品についてお話ししながらご案内したいと思います。

 

お茶をお飲みにならない方の会費は400円です。

11月の毎週火曜日、午後1時半からの開催です。お一人の場合でも喜んで致します

 

 

 

本日五泉市からの皆様 そして11月に作品鑑賞会(館長が説明致します)。 

2012年8月24日(金曜日)

本日の樹下美術館は五泉市から15名のお客様がバスでお見えになりました。同市のギャラリー「泉地」のオーナーさんとお客様ご一行です。

 

館長の説明をということで、往診を早めに済ませてお話させて頂きました。高く関心を示して頂き、嬉しく思いました。またオーナーさんはじめ何人かの方はリピートとお聞きし、感謝を禁じ得ませんでした。

 

 ギャラリー泉地さん
ギャラリー「泉地」さん(ウエブサイトから)

 

さて、日頃当館の作家のこと、作品について、あるいは収集のエピソードなどお話してみたいことはいっぱいあります。

 

本日の帰り道、今まで館長としてこれらをお話する機会が乏しかったことを振り返りました。

 

そこで今年11月の毎週火曜日午後に、以下の要領で来館者様とご一緒に作品を見て、ご説明させて頂くことにいたしました。通常火曜日は定休日(夏休み期間と春の連休を除いて)ですが、当イベントの時間帯だけ開館させて頂きます。

 

  樹下美術館 展示作品鑑賞会 館長とともに】 

 

●日時11月6日(火曜日)、13日(火曜日)、20日(火曜日)、27日(火曜日)

    -いずれも午後1時半、樹下美術館に集合して-

 

●内容:作者と作品についての説明やエピソードの紹介(40分ほど)

 

●会費:1000円(作品鑑賞後、コーヒーまた紅茶とケーキ、あるいはお抹茶とお菓子つき)

 

●定員:一回15名様まで(お一人の時でもご説明いたします)

 

●お申し込み:樹下美術館へ予めお電話下さい。

 

●電話・樹下美術館:025-530-4155

上下浜の異国。

2012年8月23日(木曜日)

柿崎区上下浜の海辺はマリンホテルの下に小さな茅葺きの小屋がある。

 

戸が開いていたので椅子に座ってみた。テーブルが四つ、外観、調度品ともアジアンリゾートのしつらえ。心地良い海風が通り、日没の情景がぴったりだった。

  

小屋の中
10分間の異国情緒を有り難うございました。

蓮の実は美味しかろう 署名期間の終了。 

2012年8月22日(水曜日)

さる8月26日日曜日、上越市髙田で知人と夕食を一緒した。いくつか横切った蒸し暑い通りで、語りかけるような灯りが懐かしい。

 

さて、さして飲めない自分は、少々の酒を分けてもらい、簡潔で気の利いたお料理を美味しく食べて、東京の人の話を面白く聞いた。

 

帰りの代行車中、飲むと最後は眠る妻。

「奥さんイビキきかいてますが、、、」と運転手さん。

 

通り過ぎるお濠の蓮には蕾が沢山ついている。まだまだ花期が続くこの時期、遠くから蓮を見に来る知人がいる。

 

「髙田の名物料理はだいたい出尽くした感じですね」

 

「スルテンはいいですが、ほかのは風情がなくて」

 

「ここは蓮の実が沢山採れそうじゃないですか。美味しいんだから何か名物になりませんかね」

 

「うーん、ねえ」

 

など運転手さんと話しながら帰った。

 

蓮の青葉上越市本町 大杉屋さんの「はす青葉」

 

家に着いて目覚めた妻に聞くと、上越市本町の大杉屋さんに蓮の実のお菓子があるという。

 

翌日さっそく妻が買ってきたので食べた。すっきりした夏菓子。十分美味しかったがどうだろう、あの蓮の葉の香りがほんのり漂うならば、さらに抜群であろう。

 

 お茶とお菓子
「はす青葉」を齋藤尚明さんの白磁の湯飲みで頂いた。

 

蓮の実(乾物の戻しでもいいが)で炊き込みご飯、チャーハン、押し寿司、のっぺ、お菓子(まんじゅう、月餅、あんみつ、アイスクリーム、その他)、茶碗蒸し、ピックルス、納豆、お得意の天ぷら、レンコンとの種々合わせ、砕いてカラカラに揚げてラーメンにぶっかける等々、、、。すでに色々ありそうだが。

 

桜や蓮を見にわざわざ見えるお客様に、もうひと押し喜んでもらえる物があればとついつい思う。

 

さて本日は署名期間の最終日、最後に書いて頂いた人は私と同じ苗字だった。仕事を終えると、ハンコをもらい忘れている人の家を訪ねた。

ミサゴそして米倉新田の神明宮。

2012年8月19日(日曜日)

お盆に激しい雷雨があって以後、連日の厳しい残暑。昨日午後から所用(署名集め)で外出した。

 

道中盛大に実り始めた水田のいくつかの集落で夏祭が行われていた。そしてミサゴという鳥を初めて見た。

 

空中のミサゴ
 

ミサゴ
吉川区の池で空を舞っていた大きな鳥が魚を捕った。ウエブサイトで調べて「ミサゴ」と知った。
急降下と水中突入、魚の捕捉は見応えがあった。もっとピントを合わせたかったが、難しい。

 

神明宮
大潟区は里鵜の島と米倉新田の神明宮。 

いつも少し離れた新井柿崎線から見ていた恐竜のすべり台。祭のノボリに釣られて農道を入り、初めて間近で見た。

 

もう何十年も前からあるが、化粧し直され安全の配慮から囲いが取り付けられていた。遠目から少々グロテスクだなと感じていたが、そばで見るととても和めた。神社を振り向いているのも微笑ましい。

 

幼い時代、ここで遊び育った人達には思い出のすべり台にちがいない。遠くから家族が来て遊んでいることがあるらしい。

新潟県立大潟水と森公園 鵜の池、白蓮(びゃくれん)の神聖。

2012年8月17日(金曜日)

前回15日はロシア民謡の「道」のことを書かせていただいた。

 

実は当日午後4時ころから、やはり大潟水と森公園公園の鵜の池を散策した。この日通りがかった丸山のある場所に心惹かれた。

 

草門蔦が絡む木の枝葉が門のような構えになっていて、
手前の小さな橋と飛び丸太が池へと誘っている。

 

白蓮
水辺に出ると白また白の蓮。
恥ずかしながらこれほど見事に咲くのを見るのは初めて。
アール・ヌーボー調に加え神聖な印象を受けた。

 

     もしやもし母はおはすか白蓮の

               あまた咲きたる盆の鵜の池

 

鵜の長者のものとも伝えられる古墳など、一帯は古代から繰り返し人間が生活した場所。地勢と風光の良さに古い人々への畏怖がよぎる。

父が遺したダークダックスのレコード、そして「道」

2012年8月15日(水曜日)

クラシック音楽、中でもベートーベンとシューベルトを好んだ父。1950年代後半からLPになるとケンプ、そして何よりカラヤンに夢中だった。カラヤンはしばしばテレビ放映された。父が画面を撮影した苦悩と祈りの表情の何枚ものカラヤンが、忘れられたように残っている。

それらの合間によく聴かれたのはジルベール・ベコーのシャンソンやロシア民謡だった。ロシア民謡は大学の後輩ということでもっぱらダークダックス。大晦日の紅白歌合戦で彼らが「ともしび」を歌うと愛おしむように眼を細めていた。

レコードジャケットダークダックスのロシア民謡25㎝LP。
ぞうさん、げたさん、まんがさん、ぱくさん、みなとても若々しい。

上記のレコードには一時代を風靡した「ともしび」、「カチューシャ」、「トロイカ」等々が入っているが、私は「道」をよく聴いた。

今日は終戦記念日。「道」は大戦の記念歌のようであり、独ソ戦における過酷な戦場と兵士を悼む詩となっている。ダークダックスの「道」がyou tubeになかったので、ディミトリー・ホロストフスキーの朗々と響く歌声を載せました。

母のことばかり書いている当ノート。樹下美術館の基となった齋藤作品を遺して1984年秋に亡くなった父を思い出しながら書かせていただきました。

四日半のお盆休みは今日で終わり。暑さで変調した方の点滴が一回ありましたが、今のところ静かな方だったと思っています。

コムクドリその11 肖像と拙まとめ。

2012年8月13日(月曜日)

本年春から夏にかけて、仕事場の庭にある合歓の老木のウロにコムクドリのつがいが営巣するのを見た。
つがいに関して給餌→子育ての失敗→新たな営巣と抱卵・孵化・給餌→巣立ちと、巣に出入するつがいの間接的な観察をすることができた。お盆の休暇を期に、一連の様子を拙くも簡単にまとめてみたい。 

 

コムクドリのつがいについて当初の問題と疑問】

①一回目の子育てに失敗したようだったが、再度の挑戦は成功するか。
執拗なムクドリの闖入や威嚇に耐え、暑さと悪天候も忍び二度目の子育てを成功させたようだ。

②つがい以外の個体が次第に増え続けたが、彼らは何者だったのか。 
子育てに失敗した後からつがい以外のオスメスが巣の周囲に現れた。つがいのライバルまた誘惑者?あるいは子育てヘルパーも想像してみた。
しかし、つがいはこれらをある種邪魔者として避け、育児に専念した。次第に増え続けた他の個体は、遊びやつがいの真似ごとをするだけで、ヘルパーらしき振るまいなどは見られなかった。

その容姿や行動から今年生まれた若鳥の群ではないかと想像された。
これらの中には、当つがいによって春一番に育られた子が混じっていたかもしれない。

 

【コムクドリの肖像:つがい】 

つがいの肖像page001左オス、右メス

  

【コムクドリの肖像:巣を訪れたその他のメス】

つがい以外のメスたち

 

【コムクドリの肖像:巣を訪れたその他のオス】 
(メスオスとももっといると想像されます。)

つがい以外のオスたち
 

 

【その他の鳥たちの様子1】
つがいの給餌行動を真似る?が決して餌は運ばない。

1
つがいのオス

3
つがいのメス

 

2
その他のオス

4
その他のメス

【その他の鳥たちの様子2】
何かとウロや穴を覗き、その品定めの練習?あるいはヒナの観察?

1
古いウロを覗く。

3
小さなウロを覗く。

2
さかんに巣のあるウロを覗く。入ることも。

4
ぶら下がって遊ぶ?

 

【三枚のアルバム】

威嚇に耐えるウロでムクドリの威嚇に耐えるメス。

 

おしゃべり
ウロの上で若鳥たちの雑談か。

 

5月19日のつがい5月19日に目にした前回の巣作り。

 

【最後に:その後どうしただろう】 

 観察とはいえ、仕事の合間に巣の反対側からカメラを覗くだけで、要所をみな実認したわけではなかった。巣立ちも偶々ウロに出ていたメスとエノキで鳴く幼鳥を撮影しただけだった。5羽ほどが孵っているとすれば7月13日を挟んで巣立ちは数日を要したのではないだろうか。

 

普段目にする鳥たちは巣立った後も、ヒナに餌を与えながらテリトリーを移動する。しかしあれほど賑わっていたコムクドリ一族は7月14日以後、一斉に姿を消した。

 

猛烈な暑さの時期に行われた再度の子育て。彼らは涼しい場所での子の育成に南から来た渡り鳥である、すでに当地の暑さは限界だったかもしれない。低温を求めて北へあるいは山間へと急いで去ったと思っている。

 

そしれにしても分からないのは、増え続けた若鳥たちは誰の子だったかであろう。彼らの中に親もまじっていたのだろうか。まあこの際いずれでもいい、上の写真の中から来年また誰かが来ることを楽しみにしたい。

 

付録:観察ノートから
昨冬イタリア旅行をした弟のみやげノートを利用。

ノート

長々となりました。

曇り無きむくの花。

2012年8月11日(土曜日)

一両日は曇りとのこと。その曇りの樹下美術館の庭は、処々桔梗から木槿(ムクゲ)、カノコユリへと花が変わりつつあります。 

 

むくげ今夕樹下美術館に咲いていた木槿(むくげ)。

 

           はかなしと人は言ふらむその花の                  

         ありありと咲くむくの夕暮れ

 

木槿は一日花といわれることもあるようですが、実は夜しぼみ朝に再び開くことを数日は繰り返します。

母が亡くなって一年。

2012年8月10日(金曜日)

早いもので昨年の8月10日に母が亡くなって一年が経った。法要は暑さを避けて秋に行うことにした。

 

妻によると昨年の今頃の方が暑かったらしい。しかし喪服を着て動き回り、何かと涙を流していた私は、暑かったのか涼しかったのか、よく覚えていない。

 

いつしか母の居ない生活に慣れてきたが、気がついて母と呼べる人が居ないのはやはり寂しい。

  

カノコユリ樹下美術館の庭に可憐なカノコユリが咲き始めた。

 

その昔、昨日通夜があったS先生たちが夏になると我が家の三階部屋に集まった。部屋の戸を開け放つと海が見え風が入る。

 

踊り場を二つ回り三つの階段を上って、母はせっせとビールとトンカツを運んだ。あんなに旨いビールはなかった、と後々まで先生達に言われて喜んでいた。

S先生の白衣。

2012年8月9日(木曜日)

一昨日、新潟県上越市の頸北地域で長く医療をされたS先生が亡くなられた。享年85才、今夕直江津でお通夜があった。髙田の病院8年、当地で51年間の地域医療を遂行された生涯だった。 

 

先生には、医療の原点ともいうべきエピソードがいくつかある。以下思い出を交えて一部をご紹介してみたい。

●30年以上も前、当地で駆け出しの頃、よく先生とゴルフをご一緒した。先生に自分はゴルフは好きだが、患者さんが心配で仕方ないことがある、と言った。すると先生は「心配なら出かける前に診てくればいいんだ」と話され、自分はそうしていると仰った。医師の休暇とはそういうものだと明快に教えられ、眼からウロコの言葉だった。

 

●45,6年前のこと私はまだ学生で、往診中の父が交通事故を起こして手術をした。リハから復帰まで二ヶ月ほどかかった。その間、S先生から週に一度代診をしてもらった。後年お礼を言うたびに「お互い様さ、助け合えばいいんだよ」と仰った。これも後々まで地域医療の重要なキーワードになることを実感させられた。

 

●以下は最近私の患者さんからお聞きした話になります。
昔、私(患者さん)たちは町の医者まで一時間以上かかる山に住んでいた。ある冬、父が腹痛で苦しんだ。近くの診療所で診てもらったが、悪くなるばかりだった。

里の方に若い先生が来たというので、私が夜道を下って呼びに行った。どうか診てください、助けてください、と必死に頼みました。

「女の人にそんなに泣かれては仕方がない、行きましょう」と先生は承諾された。

上りの雪道を二時間歩いて案内することになった。診察すると、腸閉塞ですからすぐ町の病院で手術です、と言われた。男手が集まって父をソリに乗せ病院に向かった。手術で父は助かり、S先生は私たちの恩人です。

 

さて2007年7月に中越沖地震があった。医師会長職を汚していた自分は震央に近いS先生宅などを見て回った。「ふかし君、どこから手を付けて良いか分からないよ」
初めて聞くような力ない先生のお声だった。
薬棚ほかあらゆるものが倒れ、あるものは割れ散乱していた。先生はすでに80才ではなかったか、ややおぼつかな気な長身の白衣が印象的だった。翌日事務局から何人も出てもらって後片付けをした。

 

今日のお通夜、先生の白衣が入り口に置かれていた。

 

直江津港の夕景お通夜の帰りの直江津港。

厳しい残暑の予報 鵜の浜温泉の花火。

2012年8月8日(水曜日)

お天気のことばかりで恐縮ですが、最近の天気予報は当たっているような外れているような妙な感じになっている。

 

昼間降ると言われた雨が夜中に降ったり、地域が少し変わるだけで全く異なったりもする。それも秋に向かって気象が動き始めていることの現れだろう。

 

今日、気温は下がってしのぎやすく、大小の雲は見応えがあった。上越の来週は相当高温という予報が見られていてる。残暑であり、しかも厳しいようだ。

 

花火今夜の鵜の浜温泉の良心的な花火。

 

先週に続いて鵜の浜温泉の花火を見た。懐中電灯を持って、土地勘を便りに真っ暗な砂山へ行って見た。わずか10分間、間近で見る花火は迫力で、しかも良心的かつ手頃だった。8月9日(木)・15日(水)・16日(木)・25(土)とあと4回ある

 

花火を待つ間、前回と同じく波音を聴きながら仰向けになって夜空を見るのは少々楽しい。晴れの日は目が慣れるにしたがって多くの星と雲がよく見える。

立秋 大いなる雲の日。

2012年8月7日(火曜日)

昨夜半、思わぬ雨。それが本日日中一斉に雲となった。東西南北、海から山から大いに雲が沸きそして流れた。

 

尾神岳の雲
雲また雲の尾神岳。

 

長峰の雲
吉川区長峰の坂の上の雲。大きな手を広げて待っていた。

 

夕刻にかけて気温が下がると、あれだけ高かった雲は一斉に平坦になった。明日も30度を割るらしい。しかしその後再び猛暑日が続くようだ。

降らなかった雨 青栗 夕雲 受任者が3000人を越えた。

2012年8月6日(月曜日)

昨日の天気予報は、本日午後の雨をありありと示していた。連日の猛暑、まさかと思ったが午前から風強く、昼近づくにつれて曇が広がり気温も幾分下がった。

 

庭ながら、どうしても降ってもらいたい雨。しかし1時半ころ、施設へ出向く車のフロントガラスに10数粒の雨が付いただけで終わった。上越市大潟区では結局降らなかった。

 

青栗往診先の庭の青栗。猛暑続きの中、涼しげだった。

 

ホテルと雲
永遠なれ美しい空のふるさと。本日上下浜マリンホテルの夕雲。

 

「原発」新潟県民投票の実現を目指した署名収集の受任者登録がついに3000人を越えた。筆者は7月中頃に末席を汚させていただいた。当時の登録は1600人ほどだった。増え続ける受任者が集める署名が、目標の4万筆を大きく越えることを期待したい。

 

活動期間はわずか2ヶ月、来る8月22日で終了する。残り16日、いよいよ最後の追い込みとなった。署名のお願いに対する皆様の厚い反応が嬉しい。同様の機運は全国規模で着実に浸透している。活動が成功し、“新たな文明に向かう第一歩”となることを願わずにはいられない。

鵜の浜温泉連日の賑わい。

2012年8月5日(日曜日)

二日目となった鵜の浜海水浴場は快晴。こじんまりしているが温泉があること、目の前が海というので人気があるのか、海岸は賑わっていた。

 

海水浴場

 

海で

 

人魚の像
民話の人魚は佐渡ケ島から来るのだが、浜辺の像は陸を向いている。
“ようこそ”と言っているのだろうか。

 

孫達は温泉宿に泊まった。駐車場は県外車で一杯、長野、群馬、それに栃木からだった。

 

小さな鵜の浜温泉が50年に亘って積み重ねられた努力に、いつも敬意を抱いている。賑わいをとても嬉しく思いました。

夏休みは絵に描いたように。

2012年8月4日(土曜日)

東京から孫が来て昼は田で虫捕り、夕方は鵜の浜温泉の海に付き合った。

田んぼで

鵜の浜の海
夕暮れまぎわの鵜の浜海岸。

親は自らの幼年時代ここで色々な事をして遊んだ。孫も全く同じ事をして喜ぶ。夏休みは遺伝する。

大潟水と森公園はアール・ヌーボー公園か。

2012年8月3日(金曜日)

夕刻にカメラを持って近くへ出ることが日課のようになっている。認知症のお年寄りで、夕方になると落ち着かなくなり、家に帰る、と言ったり、徘徊してしまう方は珍しくない。夕暮れ症候群のことだ。

 

私にもそのような気配が現れているのだろうか。

 

さて本日は昨日に続いて鵜の池だった。水と森公園公演のメイン駐車場から入った。トンボを探していたら、白鳥が一羽現れて東の入り江の方へ消えた。

 

今年の冬、群と離れて佇む二羽の白鳥を見たが、その入り江へ行ってみるとやってきた。

 

白鳥IMG_1279
18:50 夏に白鳥?嘴の様子からオオハクチョウやコハクチョウと違う。
      コブハクチョウのようだが、そのコブは目立たない。

 

一羽だけの水鳥を見ていたら西行の歌を思い出した。

「つがはねどうつればかげを友として

       鴛鴦(おし)住みけりな山川の水」     暑さ忘るる一首だ。

 

昨日の夕焼けトンボ、本日は葦と蓮の葉に囲まれた入り江の白鳥。いずれもアールヌーボー調だ。ここのことは“アール・ヌーボー公園”と呼んでいいかもしれない。どことなく自然に詩情がある。

新潟県上越市大潟区、鵜の池の夕暮れはアール・ヌーボー調。

2012年8月2日(木曜日)

森と水草、それにトンボ。茜に染まった今夕の鵜の池は、アール・ヌーボー調。

 

ガレやドームのランプシェードに包まれるような時間だった。

 

鵜之池の夕暮れ新潟県上越市大潟区の鵜の池湖畔。良い場所、良い時間はどこにもあろう。

 

トンボ水草に止まったトンボは、ジャポニズムの影響を受けたナンシー派風。

 

わずかに枯れ草の匂いが漂う鵜の池の風は心地良く、密かな秋を感じた。

 

鵜の池は新潟県立大潟大潟水と森公園の池です。写真は公園施設の対岸で撮りました。

危険な真夏の運動会。 何回もある鵜の浜温泉の花火。

2012年8月1日(水曜日)

先の日曜日(7月29日)、当地のある地域で住民の運動会があった。前日、会場準備が行われている横を通ったが、連日の厳しい暑さである。“大丈夫かな”と思った。

 

運動会は行われた模様で、翌日30日の月曜日のこと。高熱が収まらないお子さんが見えた。運動会に参加中、発熱したということ。聞けば当日何人か倒れて救急車が来たらしい。参加者に看護師さんがいたので、ほかにも手当を受けた人たちがいたとおっしゃった。

 

この日夕刻にやはり運動会に参加した60代の方が見えた。帰宅後かなりのビールを飲み扇風機に当たり、急な下痢と発熱が始まっていた。未だ収まらぬ熱と倦怠に二日の点滴が必要だった。さらに脱水を加速させるビールの作用も恐い。普段壮健な方だったが、疲労も蓄積されていて危うい出来事だった。

 

麦わら帽子に入道雲。昔なら夏の運動会は風物詩だったかもしれない。しかし昨今の異常な熱暑である。長時間の炎天下は命の危険と背中合わせの懸念がある。

 
不特定多数の住民行事では個々の体調は異なろう。重大事故が起こってからでは遅い。“熱中症に注意”などではなく、“この時期を避けよう”という公の助言・指導が望まれる。

 

鵜の浜の花火
少々遠くから見た鵜の浜温泉の花火。

 

ところで上越市大潟区の鵜の浜温泉で恒例の花火が始まった。ドンという合図の音で出かけてみた。
少し遠くの海で見た花火は、短時間なので煙が少なく綺麗に澄んで見える。今後何回も行われる。

 

以下は花火の日程です。 いずれも午後8時~8時10分
1日(水)色彩音楽花火
2日(木)色彩音楽花火
8日(水) 色彩音楽花火
9日(木) 色彩音楽花火
15日(水) 色彩音楽花火
16日(木) 色彩音楽花火
25日(土) 第12回鵜の浜温泉まつり2012 色彩音楽花火他

 

今夜は小望月、明日は満月。月明かりの砂浜で仰向けになって夜空を見た。すぐそこに雲が明るく見え星も混じっていて胸がすーっとした。

 

今月は満月が2回みられる3~5年に一度の珍しい月だそうだ。

 

傍らで休み無く波音が続いていた。
「海は不思議」という妻。なんで?と思ったら、「大きな船が浮かぶ」ということだった。

2012年8月
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