2013年10月

せめて帽子だけでも。

2013年10月30日(水曜日)

男性の古い写真が三枚あります。共通点が四つ、「池の平」および「一人」、そして「帽子」と「同じ人」です。

湖畔で黒姫山を正面に池の平の湖畔。
長い影法師と山の雪、寒そうな湖畔の旅情。

 

池ノ平 初夏だろうか、軽々した感じ。

 

ベンチで時折の優しい笑顔。いもり池湖畔、あるいは近くのグラウンドかもしれない。

ブログに身内を書いたり写真を載せるのはかなり決心が要ります。現存者の写真は斜め後ろなどが精一杯の世界でしょう。

さて突然ですが、実は掲載の写真は父です。1984年(昭和59年)11月、78才で亡くなり30年近く経ちました。
母のことばかり書きましたが、父と向き合うのは今でも勇気が要ります。

理由はおおよそ〝怖い〟と〝近いのに遠い〟の二つ。
怖いは文字通りで、子供時代、五人の兄弟姉妹の中で特に私は叱られました。
今でも「いつまで何やってんだ」と呆れられそうな気がしないでもありません。

とても父には叶いませんが、せめて帽子だけでも同じにと、似た帽子を探していました。
しかし昔は普通にあったいわゆる〝登山帽〟が現在中々ありません。

ところが最近似た帽子が偶々ネットに出ていて求めました。

 

帽子出会った帽子。帆布 風船型 と謳っていた。
初めて知ったSILVER LAKE CLUB社製。非常に頑丈なのには驚きました。

 

やや深めですが安心でとても満足しています。
せめて帽子だけでも、、、。

晩秋の庭へ 竜胆を抱くクマンバチ。

2013年10月29日(火曜日)

間もなく来る晩秋の荒天を前に、本日は風も無く相応の日差しがあった。火曜日なので樹下美術館はお休み。昼休みの庭でやせ気味の場所に肥料を施した。

庭は「ほっとする」と等しく皆様に褒めて頂いている。手入れは大切だが、何分素人の仕事なので試行錯誤の連続。どちらかと言えば様子を見ながら、人間ならばどうだろう、などと思って行っている。

夕の庭夏の後、晩秋になって賑やかになる庭。
ホトトギス、竜胆、野菊などで庭はクールかつ華やかな眺め、いずれも今年は飛躍的に増えた。

 

熊蜂ふと見ると竜胆をしっかり抱いたクマンバチが動かない。
指を近づけると触角を動かすだけ。病か老いか、寿命を終えるのだろうか。
それともオスが花をメスと間違えているのか。いずれでもクマンバチは優しい昆虫だ。

竜胆を抱きて動かぬ熊蜂の  丸き背中の黄の色かな。

初めての試み「陶齋の器で食事会」が終わった。

2013年10月27日(日曜日)

初めての試み「陶齋の器で食事会」が終わった。10月の毎日曜日正午からの食事はお茶のお点前も加わった。自宅8畳間を用いて24人のお客様に参加して頂いた。

このたびの器にも陶齋は鉄絵、染附(そめつけ)、志野、唐津、辰砂(しんしゃ)、と幅広い技法を駆使していた。用途も向付(むこうづけ:メインの皿)、鉢、手付け鉢、ジョッキー、小皿と多様で形は自在である。

展示品として眠っていた器が、何十年の時を経て食卓で、お客様の手で、輝くばかりの生気を放った。
食べ進むにつれ意匠の全容が現れる。料理と器のやりとりは、陶齋が取り組んだ絵付け陶器の醍醐味であろう。

 

その昔、家で氏の器は毎日使われた。お茶、紅茶、牛乳、お菓子、果物、花、何でも入れたり盛ったりした。食通で工芸芸術の人、陶齋は使われることを願って作った。
お客様のどなたかが〝天国の陶齋も喜んでいることでしょう〟と仰った。父もまたその通りであろう、突然涙が出そうになった。

お造り/染附皿焼き物/手付け鉢 デザート/絵変わり染附皿デザート/鉄釉小皿 炊き合わせ/鉄釉鉢前菜/志野と唐津 焼き物/色絵鉢酢の物/辰砂ジョッキ

お終いに料理人さんへ最終日を終えて、厨房を司していただいた松本氏ご夫婦に茶を差し上げる。

044お茶のため毎回炭を置く灰を整える。

お茶では水指(みずさし)、主茶碗(おもぢゃわん)、建水、香合、花生け、風炉先屏風に陶齋の作品を用いた。今年は陶齋生誕100年、静かに精一杯偉業を偲んだ。ご多用中お運び頂いたお客様、真に有り難うございました。

お手伝い頂いた宗香、宗米両先生のお茶の門弟さん、友人知人の皆様、樹下美術館のスタッフさん、大変お世話になりました。

強風の一日 アンドリュー・ワイエス。

2013年10月26日(土曜日)

見違えでなければ、当初の報道で台風28号の気圧は905hPaというとんでもない勢力だった。それが27号と仲良くなると、どんどん遠くへ去ってしまい、やれやれだった。

それでも仕事場の上越市大潟では朝から風強く、寒さが増して夕食にはストーブを出した。

荒天の日本日夕暮れ間近の四ツ屋浜、晩秋へ足が速い。
晩秋の避けがたきかな草に風

私は地元以外にさほど各地を知らない。狭い視野で毎日のように上越市は頸北地域の一部を見ているが飽きない。似たような雰囲気でもっと素晴らしい所があるに違いないと分かっているが、懐かしさがそう思わせるのだろう。

生まれ育った土地の海辺や水田などを毎日のように写真に撮る。特にブログを書くようになってそうになった。ブログの恩恵の一つだと思う。

ところで上掲の場所は一種アンドリュー・ワイエスの絵を時に連想させる。彼の絵は、人物や動物も登場するが当地とはスケールを異にする広大な大地における静寂ないし寂寥、風が描かれるなど独特の魅力がある。

そもそも風景の感動は〝きれい〟ばかりではない。
孤独、荒涼、、、いずれも訴える力を有している。

それで言えば荒れる日本海は他に代えがたい風景であろう。
今から35年も前、思いもよらぬ長い孤独にさいなまれることになった。孤独な人間が安心して行ける場所があれば、とよく思った。
当時柏崎の先から出雲崎あたりまで日本海に面して一種草地の断崖が続く丘陵地は素晴らしいと思った。。
ここに一人旅向けの小さなホテルを建ててみたい、と本気で考えた。10年ほどの間に何度も土地を見に行った。

佐渡は近く、昔は良寛なむ人も歩いた。どんな季節も良いはずであろう。なかでも晩秋から冬期、大きなガラス窓の向こうに吹雪の荒海がみえる。静かで暖かな室内はモーツアルトあるいはバッハ、フォーレやドヴォルザークなどの音楽が密かに聞こえる。
食事はこじんまりした和食のレストランで白木のカウンターを囲む。各自が選んだ新鮮な魚介と野菜を料理人さんに熱い湯でサッと茹でてらう。もちろん天ぷらも良い。

さすればさほど飲めない人にも地酒はどんなに美味しかろう。

荒海の向こうにわずかな茜が射すならばこの上ない旅情にちがいないない、、、。

いつしか時が経ち2007年6月、それが樹下美術館に変わった。

 画集表紙アンドリュー・ワイエスの画集
樹下美術館のカフェでご覧になれます。

幾つかの秋。

2013年10月24日(木曜日)

芸術の秋、読書の秋、それに健康の秋にもなっている。健康は何故秋かなと思うが、体を動かすに丁度良い清々しさと、厳しい冬への備えが自然に意識されるのかもしれない。

さて昨年11月のこと、人様にお腹を指摘された(真に恥ずかしい!)。以後二ヶ月半ほど掛け161㎝の身長で、58、5㎏→53、5㎏に減量した。加齢は如何とも避けがたいが気持は少し若返った。細身にした綿パンツを二着買い直したのも望外の幸せだった。

その後不安はあったが、入浴時の計量で53、5㎏を挟んでおよそ1㎏の上下で定着している(52キロ代のこともあります)。催事や会食の際の明らかな過食では翌日から1日半程度の調整でレベルになる。減量で胃のサイズが小さくなった感じがして以来食生活が安定した。

さて恥ずかしながら本日の夕食です。

サラダチリメンジャコ入りサラダ。

揚げ野菜揚げ野菜(二人分です)。

鶏肉どん鶏肉のミニ丼(妻に申しわけ無いことですが、肉を少し残しました)。
私はもともと丈夫でない上、良くない人間で、しばしば食べ物を残す癖があるのです。

これで良いか多少迷いはありますが、数年来朝食は数種の果物だけです。さらに今秋から昼は6枚切り食パン一枚または半分に、ソフトバターを薄く塗り、野菜ジュース200mlと暖めた牛乳を約150。二食の塩分は1グラムあるか無しかで、熱量は600KCal未満だと思われます。

遅きに失したとは言え、もう少し仕事をし趣味を続けるために現在の生活にして良かったと思います。運動不足を補う一日300~400段の階段昇降も続いています。2階で生活していますが、一回階段を降りる毎に2~4回の上り下りを追加する方法です。これを1クールとすると10数クール行いますので一定の運動になります。他に自分なりの柔軟体操も工夫してみてます。

それでも突然襲う病は否定できないでしょう。毎年の健診は何よりの必須、後は天運しかありません。

健康の秋のことばかりとなりました。読書の秋では、本日男性のお客様が美術館のデッキでコーヒーをお飲みになりながら1時間半ほど読書されたそうです。曇りがちでしたが暖かな微風で程よい湿度。頸城野の刈り田の午後は気持ち良いお時間だったことでしょう。

天使の一才児 最後に再び。

2013年10月22日(火曜日)

保育園で、70名ほどの秋の健診がありました。今年は心配が必要な肥満はゼロ。素晴らしかったです。
また5,6人の園児に心臓の軽い雑音がありました。まず無害と考えられますが、一応マークを付けてもらいました。

さて気象にゆさぶられるように老若とも風邪が多くみられます。鼻水、喉の痛みはおよそ必須で、時に38℃前後に発熱します。痰がらみの咳こみは気管支レベルの炎症で、長引く人は肺炎への進行が懸念されますので是非受診してください。

そうこうしている間にインフルエンザワクチンの接種がはじまりました。特別な流行にならないことが願われます。

034

さて本日の健診はゼロ才~五才児まででした。みな可愛かったのですが、なかでも一才児の可愛さは特別でした。このことはその昔我が子にも感じましたし、普段皆様のお子様にも見受けられることと思っています。

柔和な表情、くったくの無さ、優しい笑顔、危なっかしい動作、、、。人ばかりでなく、子猫、子犬、小鳥など、生き物のある短い時期に、天使を感じるのは私だけでしょうか。ひたすら愛情を集めてやまない存在です。

それを過ぎると強い抵抗や攻撃性が等しく混じるようになります。どちらかと言うと悪魔的側面ですね。しかしそれはそれで独立と防衛、そして全能感(KINGの素養)の形成などにかかわる成長過程にちがいありません。強い押さえつけは豊かな人格形成の妨げが危惧され、広めの視野が必要ですね。

悪い子はぎゅっと抱いてやること(あるいはそれを伝える表現)がとても大切だろうと思われます。

一歳児はまことの天使。
もう一つ、人生の終末のある時期、患者さんや老人が天使のようになることも少なくありません。

雲と蜘蛛の日。

2013年10月21日(月曜日)

爽やかな一日だった。

合歓と雲本日も高空の雲が見られた。

真新しい蜘蛛の巣庭に張り直されたく立派な女郎蜘蛛の巣。

昨年秋も、台風の後に同じように掛け直された女郎蜘蛛の巣を幾つも見た。しかし今年は多くの巣が無くなったままになっている。
真新しい巣は気持ち良く見えるが、毎週のようにやってくる台風で、蜘蛛たちはヘトヘトかも知れない。

四ツ屋浜夕刻の四ツ屋浜。
昨年あたりから夕陽を観る人撮影する人が増えているのを感じる。

雨の日曜日 三回目の陶齋の器で食事会が終わった。

2013年10月20日(日曜日)

雨降りの肌寒い日曜日、陶齋の器で食事会は三回目を終えた。わずか暖房の効いた室内、外の雑木林と枯れ田が秋の深まりを告げていた。

お客様は6人で、本日はじめて私も会食席に座った。料理は寒暖、塩気と甘み、変化と味わい、みな素晴らしかった。10の皿、33品が器に映え、大吟醸の鮎正宗は優しかった。誰一人何一つ残さず食べた。

昭和12年、富本氏の許で修行を終えた陶齋が作った染め付け鉢のことなど、要所で器の説明をせて頂いた。

玄関玄関に陶齋の額と器。
花はつわぶきと紫陽花の枯花。
「道時来脚忘」は、来た道を忘れてしまった、の意味。
厨房の松本氏厨房の松本氏と陶齋の器。
一時も休み無く動く眼と手。

お点前

恥ずかしながら小生、直前の復習。

陶齋の徳利が回る陶齋の秋草の徳利が行き交う。急遽代行運転に切り替え。

デザートの器向こうに富本憲吉の小皿、右に陶齋の湯飲みと手前にに皿。
栗やワイン漬けの梨などが最後に出る。松本氏のお料理は野菜、果物が多く体にとてもいい。

食後の茶は私の拙いお点前、もう三回目となった。正客さんの心遣いが優しく一種車座の雰囲気となり、名残尽きないお茶にして頂いた。午前11時半にお集まり頂き、午後3時15分に茶を終えた。お越しの皆様真に有り難うございました。

長時間、給仕、水屋をお手伝い頂いた宗香先生社中のお二人様、お疲れ様でした、そして有り難うございました。

品と詩情の内山一嶽(順一)さん書展 善導寺。 

2013年10月19日(土曜日)

今夕、高田本町はアートサロン遊心堂さんで「内山一嶽 書展」を見てきました。一嶽(いちがく)さんは新潟県上越市寺町2丁目の名刹・善導寺のご住職です。このたびの書展は四年ぶりということでした。

戦中戦後のこと、マグナム写真家の濱谷浩、芥川賞の小田嶽夫が同寺に疎開、仮寓されました。時代は貧しくとも、寺には詩人・堀口大学、彫刻家・戸張幸男、陶芸・齋藤三郎(陶齋)らも集い、豊かな文化サロンの様相を呈していたそうです。

さて一嶽氏は私の中学・高校時代の同級生で名は順一さん。学校時代から温和で優秀、そして立派な字は当時から有名でした。教職に就かれて以来校長職も長く、妻、小生の子ども共にお世話になりました。

樹下美術館にたびたびお顔を出され、昨年秋、是非一筆をとお願いしますと待ちに待った今春、美しい「喫茶去(きっさこ)」が届きました。唐時代の禅僧・趙州(しょうしゅう)和尚の禅語です。細かいことはともかく〝さあお茶でも飲みましょう〟という無心の境地を指しているようです。

今年初夏に軸装され大切な宝になりました。

遊心堂の掲示遊心堂さん入り口の掲示。

吟月生花展示作品の中から「吟月生花」(月を吟じ花を生ける)。
品と詩情の一行、さすが一嶽先生、私たちの順一君(失礼)です。

喫茶去書いて頂いた喫茶去。
本人の気が済むまでとことん書いたことでしょう。
「去」は喫茶を強調する助辞で、去るという意味はないそうです。

遊心堂さんの展示は人気でした。期間は、昨日から明日までわずか三日間。お人柄同様のスマートさ、貴重な書展ではないでしょうか。

巻雲 高い空で氷晶の童(わらべ)が走り回る。

2013年10月18日(金曜日)

雲、月。冬を前に秋の空は澄んで美しい。今日は様々な形の巻雲(けんうん)が見られた。5000~10000メートルの高度で最も高い雲、巻雲。空域の気温はおよそ-25℃で、微小な氷の結晶(氷晶)で出来ているらしい。

高高度のため湿度が低く、かつ気流が早いので厚くならずスジ状になるという。

巻雲本日午後の巻雲。

 

氷晶上掲の雲の真ん中にこんな形があった。「上空を走り回る氷晶の子ども」みたいだ。

冬、彼らは下界へ降りてきて雪になる。いずれこの元気な童も白魔などと言われ、私たちをさいなむのだろうか。

今日の月も素晴らしかった。

十三夜の月と初雁 うさぎまんじゅう 宗遍流の皆様。

2013年10月17日(木曜日)

来年の為に草花に肥料を施していると妻の友達が来てうさぎのまんじゅうを下さった。本日旧暦9月13日、十三夜の月見の日になる。先般十五夜の時は月見団子を頂いた。

今夕は月を撮るため場所を探した。すると芝生の丘で向こうの松まで小さな谷間になっている場所があった。見晴らしが利き月との相性も良い。

松と月 松と月と雲

台風一過、夕空は澄み十三夜の月はほれぼれする明かりを放っていた。まだ満月ではないがまん丸に見えた。

月と雁初雁(はつかり)が十三夜の月に向かってくる。
初雁や声から先に月に来る

空が暗くなる頃、雁の声が聞こえてきた。夜目ながらこちらに向かってくるのが見える。

月を横切って!祈るようにファインダーを覗いていると上方を飛び去った。月には入らなかったがかろうじて写っていた。夜ごと声だけは聞いていた。その雁が十三夜の月を飾ってくれたとは、ため息が出た。

ここは満月が昇り、雁も通過するらしい。いつか月に入る雁を写せるだろうか。夜のお茶にうさぎまんじゅうを頂いた。

先週長岡市からお越しの方が本日4人さんで再びお見えになりました。茶道宗遍流のお仲間とお聞きしました。その後赤倉へ向かわれたそうですね。展示をご覧頂き拙生の絵はがきまで、有り難うございました。

出発したななつ星 情熱事業 かっこいい。 

2013年10月16日(水曜日)

昨日昼、博多駅から三泊四日の「ななつ星in九州」の列車が出発した。大型台風の接近に遭ったが無事出発したようだ。

30億円もの制作費。設計者は何度図面を書き直したか分からない、といい、駅長はお披露目で震えが止まらないほど感動した、と述べた。

事業はかく渾身の情熱が込められたものであってほしい、とつくづく思う。

来年6月までの今期運行は満席だという。まだ細部に問題はあろう、世界視野での成功を祈らずにはいられない。

有田焼の装飾品 調度、装飾品に伊万里の柿右衛門、鍋島の今右衞門(いまえもん)などの陶磁器が随所にしつらえられている。
柿右衛門:酒井田柿右衛門  今右衞門:今泉今右衞門

デラックススイートデラックススイートの室内。


You Tubeから出発するななつ星。〝かっこいい!〟の声が上がる。
〝かっこいい〟は感動の一つのみなもと。上越地域にも色々ありますが、妙高山は間違いなしですね。
海、水田、お城、美しい橋、格調ある伝統行事、雲や夕焼けもかっこいいです。

ななつ星は、軽さ子供っぽさと異なるカルチャーとして期待しています。

樹下美術館の雀たち 間もなく「ななつ星in九州」が走る。

2013年10月14日(月曜日)

快晴だった振替休日。午前中、ホームページの「本」の追加掲載をさぼっていましたので未掲載分を調べました。15冊ほど追加しなければならないことが分かりました。どうか少しお待ちください。

本日の昼食もカフェでホットサンドを食べました。午前中は御常連がお二人、私が居た昼は自分一人でした。間もなく近隣の方や、柏崎市の若い女性、新潟市の赤ちゃん連れのご夫婦はじめ皆様がお見えになりました。有り難うございました。

水盤の雀1庭の水盤に次々に来ては去った雀。とても心和みます

水盤の雀2人間もこんな風に無心になれれば。

水の補給と掃除雀が去って水の補給、洗浄をするスタッフ。

さて本日は鉄道の日ということでした。明15日、いよいよJR九州で「ななつ星in九州」が一般運転されます。さすが九州、ピアノ付きラウンジまであるクルーズ列車(ランチとディナーはスマートカジュアルのドレスコードまであるといいます)による「ななつ星in九州」のスタートです。
私には乗車は絶対無理でしょう。しかしそれはそれでいいのです。日本にスーパーゴージャスな列車があるだけで何か嬉しいのです。

昨年3月に九州の小旅行をしました。普通列車と特急に乗りましたが、スマートさに驚かされました。待っているとどんな電車が来るか、わくわくするのです。乗車してみてJR九州は、乗客をひとまとめに扱うのではなく、一人一人へ配慮をしている印象も受けました。

筑紫線普通電車筑紫線の普通電車(唐津方面への車中)。大きな窓が魅力。
長野-直江津-長岡などどうでしょう。

長崎本線かもめ多くを受賞した長崎本線かもめ(鳥栖駅にて)。見るだけで乗りたくなります。

〝気配りされている感じ〟〝もてなしとは何?〟
無言であっても人を淋しくさせない九州の伝統と文化。数日の旅でしたがそんな感じを受けました。

二回目の「陶齋の器で食事会」が終わった。

2013年10月13日(日曜日)

晴天に恵まれて二回目の「陶齋の器で食事会」が終わった。高田、妙高から8名の方が参加された。

前回から皆で良い緊張が続いていて、器も冴える。

焼き物鉢陶齋の色絵柿文鉢の焼き物鉢。もう一鉢用意して8人で取り回す。
魳(かます)、松茸、むかご揚げなどが盛られた。

 まかない料理途中私たちのために厨房から出される〝こびり・小昼(一休みの軽い食事:方言です)〟

054お茶の点前も無事終わった。
今日もお替わりの所望が多かった。まだ赤々としているお炭が名残惜しい。

本日、食事会はご年配中心でした。一方カフェはお若いご夫婦のお茶、あるいは若いグループの打ち合わせでしょうか、若者が目立っていたようです。樹下美術館はお年に関係なく、どなたでも大歓迎です。

明日の陶齋の器で食事会は晴れる模様。

2013年10月12日(土曜日)

日中は寒くしかもよく降りました。しかし夕刻の西の空は雲間から陽がのぞき、予報は明日の晴れを伝えていました。

明日は陶齋の器で食事会の二回目。食事の給仕とお茶のお点前は良い修行になります。

001日中よく降った雨。

009

011海の空から明るくなっていく。写真はいつもの上下浜。

連休ですね。鵜の浜温泉のホテル、旅館の駐車場に多くの車が見られました。

ホットサンドイッチ コナラのどんぐり やれ秋蝶。

2013年10月11日(金曜日)

何度かお書きしましたことですが、本日のお昼も美術館でホットサンドイッチを食べました。

ほんのりピザの香りとパリッとした食感は館長もおすすめです。中身は野菜とサーモンかハム。ピクルスとフルーツ、およそ2杯のコーヒーがついて900円でした。

今までは練習期間として日曜昼の限定メニューでした。今後は一般としてにOKだそうです。少しだけ時間が掛かりますがどうぞお試し下さい。

ホットサンドイッチ

 どんぐり本日コナラのどんぐりが庭に沢山落ちていました。昨日の台風が落としたのでしょう。
まだ青くて可愛いですね。

やれ秋蝶もちょっと遊べ樹下の庭

紋黄蝶が現れましたがさっさと行ってしまいました。

台風一過の雲とほくほく線。

2013年10月10日(木曜日)

台風は暑い風をまき散らして去って行った。時折陽が射し、群雲が気持ち良かった。

四ツ屋浜13:45ころ四ツ屋浜の高積雲。2000~5000メートルの高さにあるらしい。

夕焼けは空一面にはならなかったが、ほくほく線を写した。二本の列車を撮ったが、カメラの仕度をしていると「ゴォー」と来て「、シャー」と行ってしまった。

17時ころ、ほくほく線夕暮れ電車二両編成の素朴な普通電車。
ちょっと待ってと心で叫んでも澄まし顔で行ってしまう。

 

特急はくたか17:20ころ昨日は台風のため何本も運休した特急はくたか
今日は、邪魔だ邪魔だと言わんばかりの元気な走行だった。

フェーン現象がもたらした熱風と雲。

2013年10月9日(水曜日)

台風24号は温帯低気圧に変わって本日午後~夕刻にかけて新潟県上越地域を通過した。

午後特養ホームに出て、そのあと樹下美術館のコーヒーを飲んだ。本日は雲が気がかり、その後四ツ屋浜に寄ると砂ぼこりが舞い、小さなレンズ雲が現れた。

1穏やかだった昼過ぎの美術館の庭。 2まだ緑が残る樹下美術館。

3 四ツ屋浜。遠くに魚が並んだようなレンズ雲がでてきた。

4診療所近くの道路をふさぐ砂塵。

 

045 強風の大潟区岩野で東方を見る。弓型の輪郭をもつクリーミーな雲が重なっている。

 

長崎方面の雲 岩野から長崎集落方面に見える先ほどの雲。やはり普段のものとは違う。
巨大な造形物のように異質な感じを受けた。

091大潟区潟端の方面を見る。高田、直江津は砂塵でかすんでいる。

当地は台風がもたらしたフェーン現象によって10月としては過去最高となる気温を観測している。お隣の糸魚川市が35・1度で猛暑日となり、この日全国1位だった。私の所、上越市大潟は二位で34・5度、同高田は33・4度。いずれも2時前後らしい。本当に暑かった。

概況によると本日の全国最高気温ベストテンは新潟県(6観測所)と富山県(4観測所)の二県が占めている。台風がもたらす異常熱風は湿った南風の高山越えが起こす現象だが、気象は不思議でスケールが大きい。

やはり台風は変わった雲をもたらした。明日は雨らしいが合間の雲はどんなだろう。

少々前のことですが、上野でUFO?

2013年10月8日(火曜日)

接近する台風が気がかりです。当地新潟県上越市は明日に圏内となる模様で被害が少ないことが願われます。また前後では果たしてどのような空になるのでしょうか。

さて少々古くなりますが、以前空の写真でハッとすることがありました。去る9月2日のこと、東京は上野精養軒で行われた第49回主体展のレセプションに参加した時の写真です。翌日家に帰ってパソコンで見ますと、空に円盤状の物体が点々と写っているではありませんか。

写した時は気がつきませんでしたが、まさか超常現象、これがUFO?かなり焦りました。

 

上野の空当日夕刻、上野の西の空。
1,2,3,4の部分に円盤形の物体が写っていました。(拡大してご覧下さい)

1の拡大うーん、UFO?

 

2の拡大近くに2機?。

 

3の拡大左にも?

 

4の拡大左上の部分です。

さて当日、会場まで急いでいましたので何処で撮ったかとっさに思い出せませんでした。前後の写真を見て精養軒に入ってすぐ、広いロビーから外を写した一枚だと思い出しました。4の上方には黒く窓枠が写っています。

円盤状のものは大きなガラス窓に写ったロビーの天井灯だったのですね。明るさの残る夕刻、灯がある屋内からガラス越しに空を写せば灯だけ写り込み、時にはこんな写真になるのでしょう。もう少し暗くなりますと外の明かりと共に、屋内の様子もしっかり写るにちがいありません。

以前話題のトワイライトゾーンもこんなイメージと関係があるのでしょうか。仕切られた二つの空間が混じり合う、というようなことで、、、。場所は全く異なりますが、当ブログにやや似た時間帯の写真があります。ほかにはこれもそうですね。

賢明な皆様はよくあることと、初めからお分かりだったかもしれません。私はUFOを信じたことはありませんし、超常現象も詳しくありません。しかし当初はさすが東京、奇妙なものに監視されているのかと、今回ばかりはどっきりさせられました。

陶齋を心深く偲んだ日。

2013年10月6日(日曜日)

本日高い空の日に、冒険とも思われました〝陶齋の器で食事会〟の一回目を終えました。

新潟市から6名のお客様を迎えて割烹「京」のご主人松本末治氏が包丁を振るわれました。

食事部屋の棚に陶齋親子の作品を飾り、用いた器は陶齋および師である富本憲吉と近藤悠三のものでした。

今年は陶齋生誕100年ということ。私どもは特別な事も出来ませんでしたが、本日ご本人とゆかりの人々の品を無事に実用致すことが出来ました。

二人の希有な師と陶齋、陶齋を愛した父。給仕に出ながら亡き人々の有り難みを噛みしめた一日でした。

 

親子二代の棚食事部屋の棚に陶齋の壽皿と香炉および陶箱、そして二代陶齋・尚明氏の白磁花瓶が二器。

 

陶齋の志野と唐津「口取り」に鮑焼きや鴨ロースなど9品が盛られた陶齋の志野皿(左)と絵唐津皿(右)。

近藤悠三の角皿香の物(お漬け物)は近藤悠三作ざくろの角皿に。

富本憲吉の花皿デザートのいちじくワイン煮、茶巾栗など6種が盛られた富本憲吉の花皿と陶齋の梅皿(手前)。

食後の茶は小生の点前でした。一カ所、道具の扱いを明らかに間違えました。しかし暖かなお客様は何服も茶を所望され、一期一会の一座建立となり、深く感謝致しています。

また、皆様がまず美術館の展示をご覧になり、強く興味を示して頂いたこと何よりの喜びでした。

器を生かしきって9つもの素晴らしいお料理(献立)を作られた松本氏ご夫妻。庭、給仕、水屋をお手伝い頂いたスタッフはじめ知人友人の皆様、本当に有り難うございました。あと三回、頑張りましょう。

美しい夕空がある限り。

2013年10月4日(金曜日)

今夕の夕暮は素晴らしい空でした。夕方まで何気ない曇り空でしたが、突然のように優しく鮮やかな色に変わったのです。

いつもながら夕焼けの予想は難しいと思います。いいかなと思えば平凡、あるいは本日のように突然色づいたりと。

しかも最も素晴らしい時間はほんのいっとき、ある意味一瞬で、せいぜい1分前後でしょうか。今夕も家を出る直前の空が最高だったように思われます。
玄関を出た時、ご近所の家々の壁がみな鮮やかなピンクに染まっていました。1分少々、海へ到着した頃には既に幕引が始まっていました。それでもしばし息を飲みシャッターを押したのです。

 

四ツ屋浜でいつもの四ツ屋浜です。

燧岳と焼山紫色の火打山(左)と焼山。

13104夕焼け優しい色に包まれた上越火力発電所。

ブログは日が空くどころか連日となりました。こんな夕空がある限り仕方がないのです。

秋の花 女性が作った新米 シャリマールのカレー。 

2013年10月3日(木曜日)

何とか降らずに済んだ一日、さすが10月、肌寒さを感じた。館内の花もすっかり秋のものに変わった。

ばら庭で淋しげだった秋ばらが白磁壺で
華やいでいた。枝は柏葉アジサイです。
秋草三種のホトトギスと水引き草と紺菊、
ススキと共に手桶の器でお出迎えです。

本日は、かって当館がお世話になった旧上越市の女性から20キロもの新米を頂いた。魅力的な女性が携わる農業!ずしりと重いお米を抱くとひとしお豊かな秋が感じられました。

新米とても楽しみです。台風は大変でしたね、収穫まで本当にご苦労さまでした。

カレー夕食のチキンカレー。

三日後に迫った〝陶齋の器で食事会〟の最後の支度で遅くまで掛かった。寄りつき、食事処、茶席で使う三部屋の片付けとしつらえは、時間と共にしっくりし始め次第に楽しさがつのった。

夕食は樹下美術館の近くのカレー屋さん「シャリマール」で。春から4,5回は来ている。スパイスが効いているのにまろやか、お米が美味しいのも嬉しい。

※ブログが空くと書いた筆先も乾かぬうちに、気がつけば一日2記事も書いていました。

ブログが空く訳 図録と絵画

2013年10月3日(木曜日)

このところ、ノート(ブログ)の更新がしばしば2日~3日空くようになりました。まだ完成を見ない樹下美術館の図録原稿に今また取り付いていることがあります。これまで何度も構成や編集を直し、9割がた終了するとそこで止まってしまうのです。

なぜ?答えの一つとして「図録が出来れば死んでもいい」と、思っている事があげられます。もう少々生きたいという気持ちが、密かなブレーキとなっている気がしないでもないのです。
もう一つ、「こんなんでいいわけがない」といつも最後になると感じるのです。不思議なことに、構成や文章、資料の添削と見直しをすると良くなったりするのです。一生懸命な作業を行っていないのでしょうか。

最後は何より年のせいに違いありません。

色々訳があってもオオカミ老人も限界、笑う鬼も居なくなれば淋しい、と9月を期して毎日取り組んでいる次第です。

ところで図録とは別に、来年5月に遊心堂さんで個展をすることになっています。展示のみの作品を40~50点、売る絵も少なくとも20点は用意しなければなりません。展示だけのはおよそ揃っていますが、売る絵はまだ予定の四分の一ほど、これからです。

ところで私は物心ついた時から絵を描きはじめると、あるいは描こうを思っただけで、自然に口笛が出ます。さほど時間に余裕が無く、絵も決して上手くはありませんが、描くことが心から楽しいのです(しかしいざ描いて、どうしても上手く行かない時は、癇癪を起こして破ってしまうこともありますが、、、、)。

 

つばきの絵昨日再び手を付けた西王母椿の絵。
花の絵は一枚描くのにキスのはらわたほどの絵の具があれば足ります。

さて昨夜、2011年に新潟市は知足美術館の個展に向けて描いたうち、途中で止めていた絵を出して続きを描きました。この完成作品は元々手許にありました。が、10年近く前のこと、上越地域医療センター病院への医師派遣の相談で、医学界の権威を訪ねた折りに持参献上しました。たいした品物ではありませんが、私が最も気に入っていたものでした。

その後、絵画が何かの役に立ったかどうかなど、大きな世界の話になりますのでわかりません。しかし輪郭線トレーシングペーパーが残り、絵はスキャナーに取ってありましたので、復元に挑戦している次第です。

先日大島画廊で見つけた極めて小さな立体キャンバスに、昨夜椿の下絵を描きました。終わってみると有り難いことに、いつもの頭痛が取れて頭がすっきりしているのは嬉しいことでした。

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