やっと見終えた「ジャイアンツ」 現実は物語を越えている。。。

2014年1月31日(金曜日)

本日夜、懸案だった映画を見た。

その昔1950年代の中~後半、高田の下宿から映画館〝中劇〟は目と鼻の先だった。
高校時代のある時期、映画館から映画主題曲「ジャイアンツ」が盛んに聞こえるようになった。
学校中でジェームス・ディーンとエリザベス・テーラーの名がささやかれ、ラジオから連日「ジャイアンツ」のテーマ曲が流れた。
どんなにその映画を観たかったことか。しかし私は発覚した結核のために映画館の出入りを禁じられていた。

後に病気が治り予備校通いに上京した.。名画座と言わず「ジャイアンツ」を観ようと思えばいくらでも可能だったが、中々実現しなかった。

エリザベステーラーエリザベス・テーラーは輝くばかりの美しさ。

中劇のジャイアンツから55年くらいは経っているのか、その映画を本日夕食後BSでようやく最後まで観た。

土地が59万エーカー、新潟県よりずっと広いテキサスの大牧場主が主人公。
後継者、地主と使用人、成金、人種、嫁と小姑、東部と南部、世代ギャップが織り込まれ、
第二次世界大戦を挟んだストーリーは米国の大きな側面の物語だ。

前後編を分ける途中のコマーシャルの長いこと、絵を描きながら見ることにした。
「ジャイアンツ」ってロック・ハドソンの事だったのね、とは映画通のはずだった妻の感想。
長編ながら最後まで、いや最後の人種差別レストランの殴り合いこそ最も興味深かった。
南部大地主の典型的な保守人が差別の不条理に目覚めての事だった。

話は変わりますが、今から13年ほど前、我が家にドイツ人の高校生が数ヶ月間ステイした。
近くにテキサス州から来ているアメリカの友だちがいて、ある日家に遊びに来た。
短髪で長いまつげの生徒はなかなかハンサム。
驚くほど日本びいきだった。

その日茶室で私の拙い点前を大いに喜び、飲み方の心得も立派だった。
茶が終わると、ジーパンで正座したまま持参の三味線を弾いた。

聞けば彼のおじいさんは油田を所有し、父は法律家だということ。
「ジャイアンツ」の後半が1950年ころだとすると、登場した主人公の孫は彼の父親年代に当たる。
世は変わり、さらにその子の世代が新潟県上越市に来て茶を服し三味線を奏る。
差別も戦争も越えて彼らの交流は自然だった。

ほかのエピソードとしてある夜、二人は数キロ先のゲーム場へビリヤードに行った。
遅くなり約束の時間を過ぎても帰って来ない。
心配して車で迎えに行くと、夜道を息せき切って走る二人に出会った。
ごめんなさいと言い、若い外国人がこんなに謝るものかと思った。

さて映画では当時の人種差別と、それへの怒りの過程が克明に描かれていた。
映画製作後、間もなくケネディ大統領が新たな時代を拓き、黒人のキング牧師が暗殺される。
そして今日、黒人大統領の出現。
現実は信じがたいダイナミズムで動いているのだろう。

今この国と周囲では、あれこれを引き合いに出して差別衝突が常態化している。
インターネット以前まで、これほどのことは無かったのではないか。
おぞましい罵詈雑言は現実ばなれし、一種勇ましさは野蛮な物語への没頭に見える。

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