ゑしんの里茶会 懐かしい板倉。 

2014年7月6日(日曜日)

本日第三回ゑしんの里茶会へ行った。
時間の関係で井上宗皋(そうこう)先生の立礼席だけ座らせて頂いた。
先生の席は格調があり、床は後奈良天皇御宸翰の短冊だった。
由緒高いお道具組はゑしん尼と七夕が演出され、花に時候の野道を彷彿とさせられた。

お茶お菓子とも当会に相応しいこよなく上品なお味だった。

会記と順番札お茶会の会記。札は席の順番で色分けされている。
お席の仕度は大変で席主さんには心から敬意とご慰労を申し上げます。

ゑしんの里はこれまで数回訪れているが、本日は懐かしくも一抹の寂寥を禁じ得なかった。
かつての数年間、1,2ヶ月に一度の割合で母に数日のショートステイを利用してもらった。

場所は板倉区のいたくら桜園で、妙高市にごく近く、少々遠隔だったが母は佐賀の故郷に似ていると言って通ってくれた。
利用中気になって、よく出かけては車椅子に乗せて周囲を散歩した。

水田の中の農道、民家の石垣、菜の花、ダリア、シュウメイギク、遠くの桜並木、緑の塔の小学校などみな懐かしい。
そして二度ほどゑしんの里を訪ねた。

爽やかな秋の日、施設の人口池を臨むデッキで車椅子の母の写真を撮った。
陽光の中、佇む母を無心な透明感が包んでいてとても良く撮れ、遺影に使った。

母の遺影22005年10月撮影。
この日自分たちしか居ない食堂で食べたうどんも懐かしい。

本日のデッキ本日のデッキ。亡くなってすでに4年が経とうとしている。

わが母の面影いずこ板倉の ゑしんの里の池に白雲

以下本日の行き帰りで見た懐かしい風景です。

006目印にして通った青いとんがり帽子の宮嶋小学校。

板倉の祠小学校の下の祠(ほこら)。ブログを始めた当初ヘッダーにも使いました。

坂道清里区だろうか、印象的な坂道。

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