2014年9月

医師の寿命と健康。

2014年9月30日(火曜日)

今夕ある医師のお通夜に出かけた。
まだ50代の貴重な病院医師だった。
大変お世話になった方で痛恨の極みである。

この数年、現役の医師が重篤な病で倒れたり亡くなることが相次いでいる。
「先生は大丈夫ですか」と私を心配した後輩が見に来たこともあった。

倒れる医師たちに「無養生」という言葉は当たらない
私の知るかぎり倒れた医師達も健診を受け節制している。

万一健診を受けていなかったとすれば、そのために半日休むのなら
少しでも眠りたいという過酷な日常が想像される。

そもそも昔から医師の平均寿命は短いと言われる。
平均よりも数年から10年近く短いとも。

私は現在、美術館を営み、幸か不幸か多趣味もあって多事に携わる。
しかし昭和50年開業後の二十数年間は昼夜を問わない急患や往診に追われ、多くの胃がんも見つかった。
一日200人を越す日もあり生活のストレスは強かった。
それを越えたら医師会長が待っていた。
数年前の健診で頸動脈の劣化、老化が分かったが積年の産物に違いない。

今も外来のほか、常時30人ほど在宅患者さんを抱え特養ホームにも定期的に出る。
昔と違い、ホームでも看取りをするようになった。
近時、盆正月に5日の休みをもらうが、大抵誰かを診たり看取ったりしている。

先日、丁度私と同じ年の医師ご夫婦がカフェに来られた。
ご主人は多忙な開業の中から二つの特養ホームに出務されている。
「私たちは日帰りの旅行しかできない」と仰った。

「先生、少なくとも一泊くらいしてください、当日急変があれば私が診ますよ」
と思わず言った。
「これから小さな土地で庭づくりを趣味とし、そこに小屋を作って音楽を聴いたり読書をしたい」
とも仰った。
この医師にあらためて強い親しみを覚えた。

上越市に何十億という箱物を作る余裕があるのなら、地域医療の充実にまわらないものだろうか。

トンボとトクサある日の庭。

秋の庭になろうとしている お茶人から頂いた花々。

2014年9月29日(月曜日)

樹下美術館の庭は深い緑陰から秋の花の季節に変わろうとしています。

これからリンドウ、ホトトギス、野菊類、シュウメイギクなどが盛んになってきます。

1コハクジョウロウホトトギス

2タイワンホトトギス

3リンドウ

4キキョウの名残花

6カシワバアジサイの枯花

5本日お茶人から頂いた花々 花切れの時節、館内展示の器に生けます。
有り難うございました。
タムラソウ、ダンギク、白花ホトトギス、細葉タムラソウ、
ジャコウソウ、黒花ヒキオコシ、赤花オケラ、山路ホトトギス、チャボシオン。
(下段の花は教えて頂きました)

SPコンサート

今年の秋は長い(旧歴の話です)。

2014年9月28日(日曜日)

今月初めのこと、今年は「旧暦の秋が長い」という記事を読みました。
月周期29,5日を一ヶ月とする旧歴は3年に一度閏月(うるうづき)として一ヶ月分をどこかの月に足して一年を調整しています。

草2本日農道の土手。メヒシバも黄色味をおびてきました。

今年の閏月は新暦9月に当たり、旧暦でいう九月は閏を入れて日数29,5日×2=59日もあるようなのです。
旧暦9月は新暦9月24日から始まっていますので、以後閏9月として11月21日まで9月が続くわけです。
文字通り長月です。

とりわけ9月が閏月になるのは今世紀中にはもう無いということ。
詳しくは24節季の「中(寒露や霜降など)」が必ず含まれることが一ヶ月の必須条件ということからそうなるらしいのです。
偶々今年は9月が終わった翌日10月24日~11月21日までの一ヶ月(29日間)の中に「中」の日(霜降)が無いので10月とせず、
閏9月としてひと月を足した(延ばした?)ということになるようです。

草1同じくキンエノコログサ。より黄色味が濃くなってきました。

考えちがいをしていましたが、昔の秋は7,8,9月でしたね。
確かにキキョウは7月から咲き、仲秋の名月は8月15日です。
昔風に言えば今年は晩秋が延々と続く、という感じになるのでしょう。
普段あまり考えないことを思い浮かべるのは、結構難しいです。

しかし旧歴とはいえ、9月が長い、秋が長い、と言われると、清々しさが長く得をしたように感じられます。
それにしましても、御嶽山の噴火は大変なことになりました。

随所にコスモス 満足そうなカマキリ。

2014年9月27日(土曜日)

いよいよ秋深まる候です。

午後美術館の周囲をぐるっと運転してコスモスを撮りました。

春先から一帯では動植物ともに元気で数も多く、命盛んな年に見えます。
こともあろうに御嶽山まで噴火したのにはとても驚きました。

噴火は突然でしたが、今月に入り火山性微動が観測されていたそうです。
黙っていて大丈夫なのでしょうか、、、。

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7カフェの前の芝生にカマキリ。
お腹が卵でぱんぱんでした。
産卵場所を探しているのでしょうか、満足そうに見えました。

学校保健委員会 減らすことの考え方。

2014年9月25日(木曜日)

本日午後から当地の小学校で今年2回目の学校保健委員会がありました。
参加者者は5年生4クラス全員と保護者、校長、担任、養護教員、学校医、区の栄養士と保健婦でした。

テーマは「食から見直す生活習慣」。
過去には生活リズム、運動、メディアとゲーム、睡眠、肥満などが取り上げられましたが、本日の食は最も重要なものです。
しかし適切な食習慣やそれへの是正などについて話や議論をするのは案外むずかしいのです。
話し手の情熱や力量(体型も)が不足すれば退屈で何も伝わらない時間になりかねません。

本日、上越市大潟区の保健師と栄養士がそれぞれ話をしました。
配布されたパンフレットはずばり、
「寝たきり予防はこどもの頃から始まることを知っていますか?」でした。
このような言葉で小学生と親御さんたちに話をする時代になったのでね。

驚くと同時に非常にまっとうな視点だと思いました。
健康と人生はある種哲学的な命題ですが、今から遠く終末まで見据えて考えてみましょう、というのです。

特に今回は「食」。
望ましい寿命のための第一はやはり「食」であろうと考えていますので大賛成でした。

ところで「食文化」という言葉が美しく使われて久しくなります。
しかし健康の為の「食」と、文化としての「食」はいささか違うのではと考えられます。
文化とつけば不倫も不潔も、無謀さえ文化と言えないこともありません。
それが食なら過食も肥満も、アルコール依存症も文化として成立してしまうリスクを心配するのです。

医療や保健から見れば食の根底はあくまで健康にあり、
今日長いスパンで言えば「(長い)寝たきり予防」のためにあるにちがいありません。

さて、多くの食習慣の是正には「増やすこと」より「減らすこと」が求められます。
子どもにおいても脂肪、糖質、肉類の過剰摂取は成人同様に指摘されるようになりました。
しかし過剰の習慣は手頃な満足感につながっていて、減らすことは中々大変です。
禁止や精神力を求めるだけでは反発にもつながりかねません。

「減らしたら損をしたと思わないで、体の為に得したと考えて下さい」
「減らすことは、体が望んでいるとても良いことなのです」
「体はだまっていますが正直で、良いことをしてやれば喜んで反応してくれます」

日頃の現場で、くりかえしこんな風に話して「頑張りましょう、応援しています」、と伝える
ようにしています。

このことで、メタボでは「まず運動」、次いで「食の配慮」の図式が続いていました。
なぜこうなったかわかりませんが、実行の難しさ、経済界への配慮などが働いていたのかもしれません。

私はあくまで「まず食事」、「同時に適切な運動」の図で考えます。
本日、保健婦さんと栄養士さんは血液量をペットボトルで、血糖値をシュガースティックで、肉と野菜は見本を示して話しました。
彼女達は本気であり、情熱と力量そして勇気の進化を賞賛せずにはいられませんでした。

さらに「自分で考える」ことの強調も大変良かったと思いました。
お二人の話の後「減らすこと」への理解の仕方を話してみました。

本日話題になりませんでしたが、実は寝たきり予防には骨折の回避があります。
そのためにも適切な食事と運動への配慮が欠かせませんね。
私は本日から区の保健師、栄養士さんへの考えを変えることにしました。

012小学校へ出向く前に雨の美術館で食事をしました。
普段家の食事は葉野菜、根菜をメインというほど沢山食べます。

やってきた息子が便座を変えた 混乱の国でビールを買う。

2014年9月24日(水曜日)

このたびやって来た息子は文化の違いか、今時の人間らしく料理をはじめ家事や育児に熱心に携わる。私にはとても出来ないことであり、幾分唖然とさせられる。

昨夕の食事前、なにやらをホームセンターから買てきて、工具を貸して、と言う。
工具を渡すとトイレの一つにこもりっきりになった。

3温水洗浄便座を買ってきた。

 

1昔のままのもう一つのトイレの写真。20年前の簡単な便座。

2あれこれやって、ホースなどが取り付けられ今風のものに変わった。
お客さんのために変えた方が良いでしょう、ということだった。

夕食後、二人で話をした。システムとしての政治・経済さらに宗教。おもにそれらの建前と本音、あるいは手法やシステムに内包されるリスクが論点だった。彼は私の質問に逐一歴史的、地政学的事例を示して説明した。

話題は多岐に亘ったが、いずれも個人の欲望と社会・国家システムの軋轢(ストレス)と緩衝の方法論へ繋がる。それらの失敗例における共通課題などは、時に掘り下げあるいは広角的に語られた。
最後にこの国の投票率の低さを心配した。

いま小児科医の彼は1999年大学を卒業すると、国家試験も受けずに中国から出発して東南アジア、インド、中近東、近東など大陸を横断し欧州まで単身バックパッカーとなって旅している。
特にイラクは湾岸戦争後の混乱が続いていて心配した。

旅のエピソードとしてアラビア半島某国において禁じられているアルコールを買う話が出た。
酒を買うには時計・宝石商を訪ねるのだという。
行くと店主は用件の表裏を尋ね、ドルの所有を確認後、夜の広場の一角で指定の時間に待つように言われた。

その通りにすると、やってきた車に乗せられ郊外の荒れ地で降ろされ、車は行ってしまう。
待つことしばし、別の車がやって来て男がビールを二瓶取り出すなり、「ドル!ドル!」と催促。

支払うと男は慌てて立ち去り、間もなく最初の車が現れて広場へ戻された。
斯く曲折の後、宿に戻ったが肝心の栓抜きが無い。
机の角でガツンガツンとやってようやくぬるいビールを飲んだ、いう。

息子は来るたびにクーラーボックスと共に、シャンパンやワインを持参するがいずれも値段は安い。
その酒が美味しいのは、吟味されていることと話の内容次第であるように思われる。

かように何でも行う人間には体のことを心配してしまう。
彼の健康と幸福を願わずにはいられない。

秋分の日の雲 大潟水と森公園 「はくたか」の鑑賞。

2014年9月23日(火曜日)

本日祝日は穏やかな日和で雲良い日だった。

長男夫婦が来ていて大潟水と森公園を散策した後、特急「はくたか」を見に行った。

 

1午前からたびたび飛行機雲が天空の羽となって流れた。

2午後から大潟水と森公園を歩き。

3ほくほく線を見に行き。

4特急「はくたか」を鑑賞。

5豊穣のコシヒカリも見た。

普段休館日の火曜日ながら祝日の開館。何組かの貴重なお客様に来て頂き嬉しく思いました。

「陶齋の器でお寿司を食べる秋の会」が近づいて「都寿司」へ。

2014年9月22日(月曜日)

10月の「陶齋の器でお寿司を食べる秋の会」が近づきました。
5日と19日の二日の予定ですがお陰様で予約は一杯です。

2回の予定でしたが、どうしてもという新潟市の皆様のお声がありました。
寿司の親方の都合で4回から2回になりましたのを、最終日曜日を追加いたしました。

当日、初夏の会と同じく会場の館長拙宅の厨房に上越市大潟区の「都寿司」さんが入ります。
昨夕、秋の会のメニューのおよそが決まりました、ということで店に寄りました。

031 夕刻の「都寿司」 上越市大潟区土底浜。
夕にまぎれて映画のセットの如く雰囲気よく撮れました(親方は恥ずかしいと言ってましたが)。

以下は昨夕の品で、この中から幾つか品目を選んで当日出される予定です。

1柿釜盛りのなますあえ4豆腐とうなぎのあんかけ5お寿司7漬け物 2鮎甘露煮とだしまきたまご3はんぺんと青ネギのすいもの6うに・いくら小どんぶり8デザード・いちじくのワイン煮

土底浜の「都寿司」では、昼食(主にづけ丼)は10人様まで、夕食は二日前までの予約で一組さまのみということです。
国道8号線土底浜駅から200メートル柿崎方面に向かって右側です。
電話025-534ー2185 で料金などもお問い合わせください、 店前に駐車場があります。
※私の記憶では都寿司さんは開店して25年は経っていると思います。

 

小田嶽夫の特装版「回想の文士たち」と倉石隆。

2014年9月21日(日曜日)

過日本棚の奥まったところにある本が気になって開いた。
手書き風の表紙文字にまず興味を惹かれた。

小田嶽夫 回想の文士たち 冬樹社 特装本 限定100部の内39番 定価15000円

書棚に上越市が生んだ芥川賞作家の文字通り特別な本が眠っていたのだ。
2007年、樹下美術館設立に先だって地元関係者の書物などを集めていた時期に、古書店から購入した一冊だった。
本は大切に、何重にも函に包まれ、ひもとくというより、まず取り出す作業が必要だった。

途中、扉を開けると、倉石隆の銅版画「少女」の実物がひょっこり出てきた。

1外箱(ケース)の全体

2スライド式に外箱から中身が出てくる。

3上部を折り合わせて本がくるまれている。

4出てきた箱入りの本。表題の紙に花のカットがある。

5箱から出し、半透明のグラシン紙カバーを取った本。表紙に顔のイラストが貼ってある。

6見返しの著者自筆署名。 

7扉に樹木のカット。

8扉を開くと薄紙の下に少女の図が透けて見える。

9図は版画であり、鉛筆で39/100のエディション・ナンバー T、Kuraisi のサインが記されている。

11天は金箔がほどこされ、いわゆる天金の様式。

10奥付(おくづけ)。以下その要旨。
特装版 回想の文士たち ©1978 限定部数100部
著者 小田嶽夫 三十九
文士生活50周年記念 金谷山麓文学碑設立記念 昭和五十三年10月16日発行
定価15000円 発行所 株式会社 冬樹社
などと並び印刷会社、製本会社、製函会社名が記されている。
装丁 倉石隆 とあり、函や表紙のカットも倉石氏の手になろう。

78樹下美術館が収蔵している倉石隆の胴版画「少女」 (9,0×7,7㎝)
a..p(Artist ‘s Proof:作家管理分)と記され、T,Kuraisiのサイン。

小田嶽夫と倉石隆の親交は戦後小田氏らによる「文藝冊子」の黎明から始まっている。
1950年上京した倉石の、後の練馬の家には多くの画家達に混じって小田氏や上越出身の彫刻家・岩野勇三氏も訪ねた。
時を経て、記念すべき小田氏の特製版書籍の刊行に際し、版画入り装丁という形で倉石隆が協働されていた事に驚き、感激を禁じ得ない。

書籍には小田氏の多岐に亘る友人、知人、先達諸氏との親交や印象が綴られている。中でも太宰治、井伏鱒二、檀一雄、武田泰淳、小川未明、坪田譲治らとの酒にまつわる縁、将棋、文学論、崇拝あるいは同情、またはけんか話など興味尽きない内容である。

戦前・戦後、阿佐ヶ谷周辺に集まった若き日の文士たちが多く登場し、先日阿佐ヶ谷へ孫訪問に行った際、中身を持参して読みました。

〝私の友人の殆どは、その人がまだ世に出てない時分からの交わり者ばかりで、お互いに世に出たあとでの友人というのはごく少ない〟
〝例外も無くはないが、人間のいちばん大切なのはその青春時代のような気がする〟
など真摯に愛された人ならではの述懐も心に沁みます。

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多事にかまけて大切な箱入り娘?を長くしまい込み反省しています。

※当書籍は1973年6月20日初版発行「回想の文士たち」の特装版になります。
※できれば来春、収蔵の版画を特装版とともに展示いたしたいと思います。

11月15日の「SPレコードを聴く会」のお知らせその3。

2014年9月20日(土曜日)

本日午後は11月15日の「SPレコードを聴く会の2回目の打ち合わせ。
協力をお願いしているA氏宅を訪ね、実際に機械を回して音を聞かせてもらった。

氏の蓄音機は大きなコンソールタイプであり、私の卓上型よりずっと素晴らしい。

全容全容。
前の扉を開けて聴く

ターンテーブルとサウンドボックスターンテーブルとサウンドボックス。
演奏には竹針が使われ、針音はわずかで非常に上品かつこまやかな音が出ます。

氏のレコードからG線上のアリア、ヘンデルやモーツアルトのピアノ曲、幾つかの歌曲を掛けて貰った。
それは愛おしく、抱きしめたくなるような音でした。

当日、Aさんはクラシックとジャズの一部を提供され、私はジャズの一部と歌謡曲・童謡を出すことになりました。
小生持参の江利チエミのテネシーワルツ、川田孝子の鐘の鳴る丘(とんがり帽子)なども元気な音を響かせました。

麗しい音楽とともに美味しいコーヒーやお菓子などまでご馳走になり、楽しいひとときでした。
11月始め頃、もう一度プログラム作成に向けてお会いする予定です。

当日、途中15分の休憩を挟んでおよそ20曲、1時間15分ほどをみております。
現在10数人のお申し込みです。

〝どうかふるってご参加下さい〟
お申し込みは樹下美術館窓口、あるいはお電話025-530-4155でどうぞ。

9月の天地 美田なかりせば国も無い。

2014年9月17日(水曜日)

今年厳しい残暑はなく、日中晴れ間が多かった。
しかし全国の状況と同じように激しい雨にも見舞われた。

雨は主に夜間から早朝に降った。
急な降水によって、せっかくのコシヒカリの刈り入れには苦労が多いようだ。

いつも強気の農家の方が、いやー参った参ったと仰っている。

140908尾流雲去る9月8日、髙積雲が降る如く尾を引いた。
「尾流雲(びりゅううん)」と呼ぶらしい。

140914ぬかるむ田ぬかるむ田。根元が水にひたっている稻も多く、刈り取りを見合わせている田圃もある。

水田の美しい景観(環境)は田舎(地方)において特筆に値する価値を保っている。
それを維持する農家の人々の苦労は大変にちがいない。

田で出会う人々は若者から中年まで想像以上に若く、言われるほど高齢者の生業ではない。
水田(美田)なかりせば日本に国も地方もない。

映像と音楽 こころ旅の貴重。

2014年9月16日(火曜日)

テレビで流れる美しい映像や似た場面を私たちも実際目にする事がある。
街や村、山々、海岸、流れなどの自然や風景、あるいは美術・工芸品、建築物などの作品である。

多くの場合映像、中でも旅や美術の特番では音楽とともに映し出される。
海にも仏像にも朝霧の森にも間髪を入れず音楽が入り、荘厳、壮大さあるいは緊張感まで付加される。

しかるに実際、美術館の作品や華々しい夕焼けを見る時、そこに美しい音楽は無い。
美術館なら靴音やさざめきが聞こえ、海には風や波音あるいは足音などだけである。

そんなせいもあって、美術館で作品を目の前にすると、ただポツンとしてあり、拍子抜けして見えることがある。
また音楽無しの絶景も、どこか違うと感じることがあるのではないだろうか。

007「とうちゃこ」した海辺で霧のため見えない利尻島の方角を眺める火野正平。

昼食からその後の時間、火野正平の「にっぽん縦断 こころ旅」が再放映されていて、よく見る。
視聴者の思い出の地を自転車で訪ねるのだが、移動中も現地「とうちゃこ」においても音楽は限定的、極めて控えめにしか用いられない。

車輪と地面の音、息づかい、風、雑踏、すれちがう自動車、、、聞こえるのは私たちが日常耳にしている音だ。
場面に現実感が漂い、視聴者のエピソードと日野氏の個性があいまって「旅情」が伝わる。

2012年早春、九州の母の故郷を尋ねた際、番組で放映された所と出会った。
他者の思い出と我が胸中が重なって感慨深かった。

効果音に関して、送り手側としてはわずかなサイズの画面で、美や壮大さ、時に侘びさびなど雰囲気を伝えるのに相応(過剰?)な音が必要なのは分かる。
しかし一方音楽なしの大自然や大都会の迫力、あるいは社寺仏閣や村落の静謐の実像は音楽付きのテレビ映像を異次元的に凌駕しよう。
これらを考えると過剰とも思われる音楽付き映像の伝え方は功罪なかばしているように思われる。
割り切ればそれでいい話であるが、敢えて言うならやかまし過ぎるのでは、と感じるのである。

さほどTVを見なくなると、ふとした現実の風景や場面に対して感動が深くなることも希ではない。
「こころ旅」の日野氏には体をいたわっていただき貴重な番組を続けてもらいたい。

連休最後の日の旅情 大きな秋、小さな秋。

2014年9月15日(月曜日)

私は旅情という言葉が好きで当ノート(ブログ)で何回か使っている。
写真を撮るときもそのような光景に目が行きやすい。

ああいいなあ、と感じる情景や場面でよぎるのが旅情(のような)感覚。
この言葉が印象的だったのは檀一雄の小説「火宅の人」だった。

そこで旅情は何度か使われていて、かなでも「天然の旅情」に出会った時は、はっとした。
具体的な説明は厄介だが、言われてみれば分かるような気がした。
小説の主人公は、かなり悲劇的な出来事までも「天然の旅情」として受け入れていたと思う。

ほかの人は勿論、少なくとも自分の影法師くらいはどこかに絡んでいる情景、目の前を過ぎ行く時間、、、、。
いわく言いがたい旅情にはそんな旅人感覚がある。

さて9月の連休最後の日の旅情です。

コスモス樹下美術館の近くのコスモスはもう満開。

くびき野の田と雲米山、尾神岳と雲。

四ツ屋浜四ツ屋浜の夕陽。直前、空一杯に広がった群雲も見応えがあった。

大きな秋、小さな秋、ともに過ぎて行く
見送る私たちは旅人でしょうか。

本日ご来場のお客様、とても感謝してます。

緑陰の庭 花の二重唱 夕暮れのはくたか。

2014年9月14日(日曜日)

ベンチ本日、閉館直前の美術館うらのデッキ。

毎年夏今頃の庭は花の少ない時期です。その代わりと言って何ですが緑陰濃く涼しく感じられます。

庭の花に代わって「フラワー・デュエット」です


アンナ・ネトレプコ(ソプラノ・右)とエリーナ・ガランチャ(メゾソプラノ)の素晴らしい歌声。
レオ・ドリープ作歌劇「ラクメ」より。
ジャスミンの門をくぐって川辺に降りましょう、というようなことが歌われているようです。

今夕のはくたか21ほくほく線特急「はくたか」最後の秋を撮るために,、広い水田のあちらこちらにカメラを構える人が見えました。
連休の日中は晴れ間が多くはくたかを沢山撮っています。
撮るほどに難しいなあ、と思います。

秋の日 麗しい天然。

2014年9月13日(土曜日)

連休初日は半ドンの午後から休みとなった。
夜降っては日中晴れることが多く、この所雲も美しい。

午後はカメラを持って近隣のあちらこちらで写真を撮った。
以下、一部載せました。

メヒシバメヒシバと秋空。

マルバルコウソウマルバルコウソウ
南米などから江戸時代に観賞用として渡来したという。
縷紅草(るこうそう)という赤花の蔓草もあるらしい。
国立環境研究所の植生地図では中部以南の植生が示されている。
当地ではまだ珍しいのだろうか、うっかりしていたのか初めて見ました。

055尾神岳と水田。ほくほく線の高架線の影も美しい。

潟川夕暮れの潟川。

はくたか21はくたか21号。はくたかはもはや自然の一部のようだ。

雑草も空も尾神岳や水田、そして夕暮れの川も「はくたか」も麗しかった。

9月の長峰池 ミソハギ フジバカマ 夜、凄い雨音。

2014年9月12日(金曜日)

昼食後近隣の長峰池へ出かけ湖畔を歩きました。
今日の日中も雲ゆたかに湧き、また浮かんでいました。

米山と雲湖畔から東方、米山方面。口角レンズで撮りました。

西の方角向かって右へ散歩道が続きます。口角レンズです。

ミソハギミソハギ。湿地でおなじみ「盆花」ですね。
咲く環境、真っ直ぐな姿、濃い花色、、、好きな花です。
通販で安く購入しましたが、普通の庭で咲くでしょうか(沢山水やりをするにして)。

フジバカマ七草の一つ、フジバカマ。品良く咲いていました。

記載している時間の21時45分ころ、非常に激しく降ってきました。
東の雲にわずか明るい部分が見えて、月の場所でしょう。
それなのにここは大雨、局所的豪雨というのでしょうか、凄いです。

-長峰池は新潟景勝100選の第16位に選ばれた、美しい景観の長峰池。
古砂丘層からの湧水池で、水生植物や昆虫たちの貴重な生息地でもあります。
周囲を巡る散策コースは、春は桜、秋は紅葉と季節のうつろいが楽しめます-
以上上越市ホームページから

※駐車場は道を挟んで池の反対側にあります。そこから米山、尾神岳が良く眺められます。

見応えある雲の日 ジャンゴのNuage。

2014年9月11日(木曜日)

国内では様々に大雨が報じられている。
しばしば凶暴でもある気象、、、
当地新潟県上越地方の私たちの所も作夜から朝はカミナリと激しい雨。
しかし日中は穏やかで、雲は非常に見応えがあった。

頸城野の田圃は早稲が終わりまもなく最後のコシヒカリが刈られようとしている。
先日、農家の方はそのお米のことを「ヒカリ」と仰った。

今日の雲と車10年近く乗っているプログレと今日の雲。

 


ストーケロ・ローゼンバーグのギターは「Nuages(ニュアージュ・雲)」
以前に掲載しましたジャンゴ・ラインハルトの曲です。

午後から地域産業保健センターへ出務 健診や保健事業を活かして。

2014年9月10日(水曜日)

本日午後から上越医師会館にある上越地域産業保健センターで相談医として出務しました。
当センターはおおむね従業員50人未満の事業所の健診結果やメンタルヘルス、長時間勤務などについて助言や相談を行うのが目的です。
上越地域では当機関が一帯をカバーし、毎週水曜日午後に医師会員が順番で出向いています。
本日は年に一度の役回りでした。

三つの事業者さんが来られ、およそ30人分の健診結果や長時間勤務への助言、相談をしました。
担当管理者さんや事業主さんはいずれも熱心で、年々意識が高まっていることを実感しました。

課題はアルコール、肥満、脂質代謝異常、肝機能異常、喫煙、などの生活習慣のコントロールが変わらぬ項目でした。
生活・勤務方法の検討および受診など、健診の事後や保健相談は現在だけでなく、将来の健康/疾病に強く結びつきますので、
人生そのものをバックアップする点でも意義は大きいのです。

せっかくの保健事業を活かすために、このことも皆さんに強調してと、お伝えしました。

 

012出務した上越医師開館から駐車場を望む。
本日も健診の人で多くの車がありました。
私も毎年受けています。

019今夕診療を終えた時間の四ツ屋浜。西から大きな雲がせり出している。
東京は大雨、当地も夜になって雷が鳴り時折強い雨が降った。

明日は晴れてくれればいいのですが。

素晴らしい満月。

2014年9月9日(火曜日)

連日の月で夕刻は落ち着かない。
昨日は仲秋の名月、そして今夜はついに満月、それもスーパームーンだった。
スーパームーンに当たることは午後の往診で看護士から聞いた。
この数日、お天気にも恵まれたが月は本当にきれいだった。

014 - コピー (2)「はくたか20号」金沢行き特急とスーパームーン。

18時15分頃に現れる「はくたか21号」の通過時間に残念ながら月は無かった。
(21号の方が先に来ます)

待つことしばし、雲間から大きな赤い満月が出ると、いきなり上手から「はくたか20号」が現れた。
偉大な?二つの存在の突然の符丁に慌てしまい、思うようにシャッターが押せなかった。
満月には満月の、はくたかにははくたかの都合があるのだ、と自分に言い聞かせた。

027帰り路に寄った中谷内池の月。

032池面の月。

〝名月や池をめぐりて夜もすがら〟(松尾芭蕉)

確かに中谷内池は去りがたかったです。
華の稽古から帰った妻が「見たことがないような凄い月だった」と言いました。
次回のスーパームーンは来年9月、その先しばらく無いとも聞きます。
このたびはしっかり晴れて本当にラッキーでしたね。

 


懐かしいカーメン・キャヴァレロの「Shine on Harvest Moon」
Harvest Moon(刈り入れ時の月、満月の輝き、仲秋の名月etc.)
映画「愛情物語」のサウンドトラックです。

古い曲ですが、学生時代の先輩にこの演奏をそっくりコピーして弾く人がいました。

秋 傷んだ蝶 名月と特急「はくたか」。

2014年9月8日(月曜日)

今年の9月はしのぎやすくいつもより秋のおもむきを感じる。

068 樹下美術館の昼、羽を傷めているヒョウモンチョウ。
ひるむ事無く羽を広げた。

秋蝶の傷みし羽を広げたり

今夜は仲秋の名月、空は連日晴れて月の出番を歓迎している。
別れを告げながらひた走るほくほく線特急「はくたか」にとって、仲秋の名月は最後となった。

感情移入もあって、あっという間に遠ざかる特急自身に名残惜しさが漂って見える。

以下は暗がりですが、今夕の「はくたか」と名月です。

はくたか21号はくたか21号越後湯沢行きを見送る仲秋の名月。はくたかは右手に進んでます。

はくたか20号はくたか20号金沢行き。

 

名月はおほきく登りてはくたかの 頸城の秋に名残惜しけれ

亀の歩みながら。

2014年9月7日(日曜日)

本日の樹下美術館は40名近い来館者さんだったそうです。
17名の方が展示をご覧になり全ての方がカフェを利用されたということでした。

以前に較べますと利用者さんが増えている印象があり感謝しています。

007本日のほくほくせん普通電車と月。

お客様にクラス会帰りの方たちでしょうか、、皆でデッキでお茶を飲まれたそうです。
目の前の田圃は稲刈りの真っ最中。
ある方が「こんな良いところに連れてきて貰ってうれしいです」と仰ったと聞きました。
今後刈り取りが終わった田圃は静かで、またとても良いのです。

大宣伝のもとでケタ違いの賑わいが一過性に創出される昨今、樹下美術館は亀さんのような歩みです。
お客様が10人以下の日もしばしばありますが、それはそれで静かでまた好評なのです。

実る頸城野、几帳面なほくほく線特急「はくたか」。

2014年9月6日(土曜日)

雲涼しい一日、あたりの水田は刈り入れの盛り。
美術館のデッキに隣接する田ではドードーと幾つものコンバインが鳴り、
受け取るトラックが忙しそうだった。

ご来場頂き熱心に展示をご覧になりカフェに降りられた皆様、有り難うございました。

コブシその2 070頸城野の水田と本日の雲。

コブシその2 037実りの頸城野を行くほくほく線特急「くはくたか」。
最後の秋を几帳面に走る姿の立派なこと。

こうして秋は深まっていくのだろう。

11月の「SPレコードを聴く会」のお知らせその2。

2014年9月5日(金曜日)

さる8月28日にお知らせいたしました11月予定の「SPレコード(手回しレコード)を聴く会」ですが、
以下のように概要が決まりました。

日時:2014年11月15日(土曜日)
開演17:30 開場17:00 ※当初の時間を繰り下げ変更いたしました

場所:樹下美術館 陶芸ホール 予定60席

会場費:お一人様1200円 (中高生800円)

内容:クラシック、ジャズ・ラテン、歌謡曲、童謡

お申し込み:樹下美術館窓口で あるいはお電話で
電話025-530-4155 

すでに少しずつお問い合わせやお申し込みをいただくようになりました。
機械とレコード盤はある種アンティークでありますので、どうか音質などへのご理解をお願い致します。

サウンドボックス

 

美しい朝焼け 早起きの人達。

2014年9月4日(木曜日)

今朝5時前に目覚めた。
窓に降ろしたスクリーンが赤く染まり、開けると東の空が華やかな雲に覆われている。

日頃見ているのは夕焼けばかり。
カメラ片手に米山と尾神岳が見える近くの中谷内池に行った。

気温が上がっていて蒸し暑かったが、日の出前の空はきれいだった。

002こんな朝焼けはいつ見たか覚えていない。風景は山や水で一層ダイナミックに感じられた。
左米山、右尾神岳。

008 - コピー間もなく日が昇る。現在当地の日の出は5時15分すぎらしい。

夜明け前から散歩に向かう人達がいた。この時間静かに歩く人には、どこか崇高さが感じられた。
定年退職後アルコールが急増し問題になっている人の姿があった。
頑張ってください、胸が熱くなりました。

繁茂の年 芝の管理。

2014年9月2日(火曜日)

今年は小雪で、庭の草花はいつもより早く咲きしかも多く花を付けた。
一方芝や雑草などの繁茂も非常に旺盛だ。

本日休館日の午後、スタッフと妻たちは飛び石を覆う芝を切る作業を行った。
芝は石を囲むように進出していたが次第に全体を覆う勢いになってきた。
このままでは石は体を失い、庭は芝のものになる。

芝の気持も分かるが、調和は他に代えがたく本日の作業となった。

1おしゃべりも交えて黙々と行われていた作業。

2あるスタッフが一つながりとして芝を引っ張り出した。

柴切作業蚊取り線香を焚きながら執念の作業が終わり、よくここまでという成果。
残りは後日になった。〝皆様本当にお疲れ様でした〟

途中から加わった私はトクサに進出している芝切りを少々だけ、こちらも残りは後日。

公立や余裕ある美術館の美化管理は業者に任せることができるかもしれません。しかし私たちの仕事には造園、草刈りなどもみな加味されています。

雨で始まった秋 畑が気になる昨今。

2014年9月1日(月曜日)

すぐれない日が続く本日9月1日、秋は雨で始まった。
最近夜間など非常に激しく降り、一帯は安全なはずなのに心配になるほどだ。

さて診療所でお会いする多くの皆さんは何かと問題を抱えながらも畑をされる。
多くは女性で、全作業から草取りだけ、あるいはもぐだけなど家族の中で様々な役割でされる。
一方男性も非常に熱心な人から鍬打ちや棚作りだけ、という人まで少なくない。

秋を迎えて畑は豆類、胡瓜、トマトなどの「棚壊し」を終えて、秋の「撒きもの」の真っ最中。
およそ大根と白菜は欠かせない。
いずれもうね作りと種まきが必要で、せっかく撒いたのに雨で流された、うねが崩れた、と
いう嘆きを耳にする。

だんだん畑が小さくなってくる、花だけにした、という話も時には聞かなければならない。
心身の調子の良し悪しは畑の事を尋ねるとヒントになる。
「マイペースで」という言葉は重要で、嘆きが混じる人にはよくそうお伝えします。

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