2016年8月

昔の秋今の秋 ほおずきの鉢 突然の知事選撤退。

2016年8月31日(水曜日)

秋来ぬと目にはさやかに見えねども
風の音にぞおどろかれぬる

読み人藤原敏行の時代(平安時代)の
暦(旧歴)は今の新暦よりもおよそ一ヶ
月前(早く)に相当している。

つまり秋は現代の8月には始まっている
ことになり、昔人はかすかに秋が来た
ことを、その頃の風の音で感じる、と歌っ
ている。
台風シーズンの始まる頃であり、風の
音はその予兆を指していたのだろう。

これが樹下美術館であれば、8月頃から
庭は花が減り、やつれを見せるようにな
る。
昔の人は暑い盛りのそんな眺めも「秋」と
と認識した。

良くしたもので、昔から見れば一月遅れだ
が、今日8月31日に、「ああ明日から秋か、
それにしても暑いなあ」などと自然に思うよ
うになるのが人間の便利なところだ。

160831秋きむと、、
↑今月初め近くの「コメリ」で求めたほおずき。
樹下美術館のほおずきはこんなに沢山実を
つけることは無い。
もっと涼しくなったら鉢から庭へ移したい。

ちなみに浅草寺のほおずき市のはとても立
派な鉢らしい。
一度見に行って一鉢買っみたい。

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ところで10月の新潟県知事選挙に出馬を
表明していた泉田知事が昨日突然それを
取り下げて撤退した。

原発再稼働に慎重な知事から整然とした
論理と生活者目線が伝わり、大変だろうが
このまま頑張って欲しいと期待していた

翻意には新聞社を巻き込む大きな力が働
いたと想像され、原発に潜む底知れぬ暗
黒をあらためて知らされる思いがした。

知事とは医療や個人的なことで
数回立ち話をしたことがあり、
親しみを覚えていたので余計に残念だ。

全国1位の暑さ 近づく台風。

2016年8月29日(月曜日)

南下のあと北上という非常に変わった台風10
号は明日東北地方に上陸すると予報されている。

遠くにある台風だが日本海沿岸の当地上越市
にも厳しい熱波と多彩な雲の影響を及ぼしている。

仕事場の上越市大潟区は今年二回目の全
国1位という最高気温36,5℃を記録した模様。

 

1
36℃を越え全国1位の暑さだった午後の頸城平野。

 

2
入り陽の頃の、鵜の浜温泉に近い夕陽の森展望台。

 

3
展望台からの入り陽。

 

5
虹彩を伴った雲。

明日は10℃も気温が下がり大雨という予報になった。
予報は信じがたいが、少しずつ風の音がし始めている。

祖母の遺影の裏 父と祖父母。

2016年8月29日(月曜日)

一昨日の話で、しかも仏壇のことで申し分けありま
せん。
実はある高校生の縁者の宿題で家系図を作ると
いうのがあり、それについてこちらで調べたものを
作成してお手伝いをした。

いわゆる描いたものではなく、戸籍をもとに作成し
たので大昔まではさかのぼるものではないが、か
なり手間どった。
念のため滅多に見ない仏壇の位牌を裏返したり没
年月日など出来るだけ確かめた。

先祖たちのことはともかく、お壇の中の1枚の写真
が気になった。
写真は全部で4枚あり、祖母、父、叔母、母の遺影
が見える。
父のは弟が撮ったスナップで、母のは私が撮った。

 

1
上の矢印は父、下のは祖母の写真。

祖母のは写真好きだった父が撮り自ら現像したも
のと思われるが、それが気になった。
22,5×17,5㎝の白い額に入り、さほど大きくは
ないが、全体が白々しているので少々変わった印
象があった。

そもそも父は叔父叔母たちと違ってほとんど先祖
の話をしなかったし、仏壇も参らなければ墓にも
行かない人だった。

子供の頃、お墓や仏壇が好きだった自分にすれば
大変不思議なことだった。

その父は二つのことで両親を恨みに思っていたふし
がある。
一つは多産で、祖母は19才から44才までの25年
間に12人を出産している。
その事は兄弟たちの学費不足として長く影響したと
いう嘆きをを父から聞いたことがある。
あるいは寒い日、新聞紙をフトンに足して寝たという
苦学の浪人と学生時代、帰省するたびに小さな兄
弟姉妹が増えていて困惑したと、漏らした。

もう一つは借金だ。
祖父母は大正7年と聞いているが家を建てた。
二階建ての入院施設に続く住居は、部屋数が60畳
の広間を入れて13室の木造三階建てという普通で
ない建物だった。
現在でいう億単位の家、そうでなくとも素封家出の祖
母はお金の掛かる人だったらしく、田舎医者の祖父
に際限ない借金がかさんでいったらしい。

返済に行き詰まった夫婦は家の書籍、書画はじめ
フトンまで売り払い、現金を求めてここを捨て北海
道の寒村の診療所へ移り、父は大学の研究生活を
中断して渡満、満鉄病院の勤務医となって背負った
借金の返済につとめたという。
これは母から聞いた。

父は後々まで借金と祖父母を疎み恨んでいた風に
見えていた。

祖父は私が二歳になるころの昭和18年に亡くなり、
祖母は小学5年の春、昭和27年に亡くなっている。
祖母の火葬場で末の叔母がわんわん泣いて皆にか
らかわれ、お通夜で、普段静かな父が酔って枕を背
負い、「赤城の子守歌」を歌って踊った。

さて祖母の写真である。

2
↑父が撮って現像したと思われる遺影。

このたび仏壇の位牌を見終わり、眼前の祖母の写真に
手が行った。
撮影した父が裏に何か書いてないか、と思った。

3
↑写真立ての裏側。
裏板をはずしてみる。

4
↑別な紙が1枚挟まれていた。
厚さなどを調節する当て紙かと思った。

5
↑裏返すと祖父の写真が現れた。
この写真は初めてだった。

祖母の写真の裏に祖父が密かに重ねられている。
別々に置かず重ねた子、そうされた父母。
突然現れた祖父に驚くとともに、胸が熱くなった。

人の心の真意は分からない、開けて覗いても分
からないものは分からない。
だが何気ない所に形として残っていることもある
ということなのか。
物語は、終わればみな普通の人に帰るという事も。
思いもよらぬ父の行為にしばらく動けなくなった。

祖父の写真から思い当たる1枚があった。

 

1943年10月
昭和18年10月祖父を囲んだ写真。

病身となり北海道から家に戻った病床の
祖父を祖母と大勢の子、孫が囲んでいる。
満州から私たち子供を連れて里帰りした父母
も一緒だ。

あらためて見た祖父母の遺影の服装はこの時と
全く同じだった。
皆で撮る前にそれぞれ1枚ずつ撮ったのだろう。

生後8カ月の弟が後方で母に抱えられ、
1才8ヶ月の自分は父の膝の上に、
3才の姉が祖父母のそばにいる。
借金返済はまだ終わらず、
「簡易」の扁額が見えている。
(小山作之助の長男・藩氏が父の後ろに見える)

以上大変長くなりましたが、祖母だけ額に
入れ祖父を裏に重ねた遺影には、父の祖母への
思慕と思想の一面が現れているように思われました。

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ちなみに祖父・直次郎は日本教育音楽協会の
初代会長で唱歌「夏は来ぬ」の作曲者・小山
作之助
の弟です。
小山作之助:文久3年(1863年)12月11日~
昭和2年(1927年)6月27日。
祖父杉田直次郎:千葉医専出身医師、明治9
年(1876年)10月25日~昭和18年(1943年)
12月13日。
父杉田敬義:慶応大学出身医師、明治39年
(1906年)2月1日~昭和59年(1984年)11月
14日。

 

 

案外多い夏太り。

2016年8月25日(木曜日)

この時期、夏特有の飲食が原因で肥満とい
う影響が出やすい。
原因として、
「夏はスタミナ」という観念の過剰。
多くなる清涼涼飲料水やアイスクリーム。
多くなるビール。
美味しい漬け物ですすむご飯。
連日の枝豆、しばしばトウモロコシ。
お中元で頂いた飲食物の過剰。
お盆、納涼会、同級会など集まりが集中。
旅行で増える外食とご馳走。
豊富な果物に夏野菜。

以上のような食の足し算に、暑さによる運動不
足と基礎代謝の低下が加わり、体重増加が生
まれやすい。

その結果、、
糖尿病指標(血糖値、HbA1c)の上昇。
突然の食欲減退ないし下痢症。
安定していた不整脈や狭心症の出現。
トータルで増加した塩分による血圧上昇。
肝機能の悪化。

そこへ血液濃縮と疲労が絡み、脳梗塞、心筋
梗塞、心不全、脱水症、ひいては尿路感染症
や肺炎まで発症が懸念されます。

およそ内蔵や血液はある程度まで黙って過剰
な食生活に耐えますが、限界を越えると突然
疾病を発します。

振り返って過食にブレーキを掛けてやれば、黙
って泣いていた身体は必ず喜びますので、どう
か回復へ向わせてやってください。
身体はとても正直なのです。

アオスジアゲハのブルー 昆虫の無個性。

2016年8月24日(水曜日)

かなり涼しかった午前、それでも午後次第に暑さが
戻った一日。
その午後の外出の際、私道でアオスジアゲハが羽ば
たいては路上に降り、また羽ばたいていた。

わずかな水たまりを探しているようだった。
この蝶をちゃんと写したことがなく、本日何度も路上に止
まってくれたので撮れた。

アオスジアゲハ
飛ぶとブルーがより華やかに見えるが、撮るのは難しい。

個性が見当たらないのにみな満足しているように見える。
幸福か否かを別にしてこの一点は昆虫に敵わない。

花鳥は死して害なるものを一切残さない。
人間は有害の極みである核燃料
を放置的に残す。
私は共犯者みたいなものですから、
恥ずかしくも悲しい罪悪を感じるのです。

夕焼けと台風 確立できない防災。

2016年8月23日(火曜日)

台風が次々と太平洋沿岸を北上しているが日
本海側は直接的な影響を免れていていている。

台風の影響であろう、当地は変わった雲が
現れたり、鮮やかな夕焼けが見られている。

 

15:20
昨日日中、台風に関係して現れたにょろりとした雲。

 

18:29北方角
昨夕上越市大潟区、九戸浜で。

 

19:39鵜の浜展望台
昨夕九戸浜は鵜の浜温泉の展望台から。

  北海道の一週間に三回という台風被害は
まことに甚大で、深刻な作物被害の映像
に胸痛む。

梅雨の大雨や台風の度に河川が氾濫し、
為すがまま被害を受け、悲しみは深い。

明日は我が身、このままずっと年中行事の
ように、災害列島の汚名を黙っていつまでも
受け続けなければならないのだろうか。

先進的近代国家を詠いながら福島の核燃
料処理にも決め手が打てず迷走している。

目頭が熱くなったルノワール展。

2016年8月22日(月曜日)

去る20日土曜日午後から日帰りで上京し、国立新美術
館で「ルノワール展」を観てきた。
8月の金、土曜日は20時まで時間が延長されていて、
会期終了も近く混雑はしていたがゆっくり観ることが出
来た。

この度はルノワールの記念碑的傑作「ムーラン・ド・ラ・
ギャレットの舞踏会」の初来日、「都会のダンス」と「田舎
のダンス」の45年ぶりほか、多くの代表作が架けられな
どで、8月16日で60万人の入館者という人気がうなず
けた。

図録
展覧会図録の「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」
の部分。

以下に感想などをしるしてみました。

●ルノワールは“幸福こそ描くにふさわしいもの”と明言し
て止まなかった画家であり、このようなことは分野を問わ
ずまず他に類を見ない姿勢であろう。
価値観が複雑曖昧な今日、この明快さはますます貴重
であり、幸福を考えるとき、彼の作品に何らかヒントがあ
るようにさえ思われる。

●幸福な絵であるが、作品にはコツ、コツ、コツ、といっ
た親しみやすい時間が流れ、あたりの色や光が如実に
反映され、折々に風が吹いていたり、気温や湿度が感
じられ、モデルの人柄が想像できるほか、画家の機嫌
や眼差し、時にはフーという呼吸も感じられる。
それで、ゆうに100年以上経っているはずの作品が描か
れたばかりのように新鮮で豊かに感じることが出来る。
たった1枚の平面の上にである、、、。

●画家の作品には狙いや気負った作意など余計な雑
音は少なく、特に画風確立して以最後までの情熱と没
頭の作品は暖かく楽しく、見事というほかない。

IMG_5818
当日午後3時半の入場行列。

●今どきこんなに、と思うほど若者の姿が多かった。
印象派の明快さ、特にルノワールの幸福感と心地良さ
が脱現代および手仕事や風合いへの率直な回帰を促し
ているとすれば、それもよく分かる気がした。

●印象派の時代に確立して行ったと考えられる写真が当
時の画家を強く刺激したと考えらる。
画家達は写真で得られない表現、それを越える表現に
迫られ、かつ一層の自己確立へと没頭したにちがいない。

●すでに展覧会は終了し、パリはオルセー美術館とオラ
ンジェリー美術館へ行かなければ作品と再会できない。
年取って貧乏暇なしの自分には無理であり、これでお別
れ、と思うと途中で目頭が熱くなった。

“ルノワールに始まりルノワールに終わる”は自分にあり
そうなことで、その画集に関係した遠くほろ苦いな思い出も
あるため、余計そんな風に感じる.

この度の展覧会行きを促してくださった方に心か感謝し
ています。

午後、急いで行ったルノワール展の東京 オリンピックの女子ゴルフ。

2016年8月20日(土曜日)

ルノワール展が良かったので是非見てというお客様の話。
もう会期終了が迫っていたため、診療を終えた午後急い
で上京し、展覧会だけ見て帰った。

ルノワールに始まりルノワールに終わる。
こんな言葉があるのかな、と思うほど人気の会場だった。
本日の閉館が20時という土曜の特異日だったため日帰り
でも観ることが出来た。

貴重な展覧会のことは後で記載することにして、久々の東
京は台風の影響でめまぐるしいお天気、本日ばかりは傘
を持参して助かった。

 

1
↑出発前、上越妙高駅で。

 

2
東京駅と雲。

 

3
急速に広がる雲、日傘を差す人。

 

4
たけし氏の大きな写真が六本木の街角を見ている。

 

5
会場の国立新美術館にも雲と日傘。

 

7
観終えて休んでいると驟雨、満席のテラスから一斉に人が消える。

 

8
帰りの東京駅南口で見たビルが印象的。

 

9
ビルの基部に残された旧館がシックで魅力的。
特に時計が効いていた(昭和の建物は人なつこい)。

 

さて以下は本日の美術館(国立新美術館)の入場行列。

10
混んでいたが20分待って入れた。
あと二日、もう一度観たい名残惜しさがつのる。

妻ではありませんが、日帰りの割にゆっくり出来ました。
これも北陸新幹線のお陰でしょう。
ルノワール展につきましては次回記載の予定です。

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昨日記載のオリンピック女子ゴルフは本日最終日。
アジア勢、ことのほか韓国の強さが際だっていました。
メダルを逸したアメリカ選手の涙が印象的でしたが、現
在のゴルフ界を象徴するシーンだったと思いました。

日本の野村敏京(はるきょう)選手は最終組の最終ホ
ールで抜かれましたが、4位に入賞し健闘しました。

また昨日何気なく記載しましたロシアの選手は、本日
ホールインワンを記録するなど62のコースレコードを
打ち建てました。
4年間は破られない保証付きの記録、オリンピックな
らでは、ですね。

100年以上という長いブランクを経て再開されたゴル
フ。
女子で30数カ国も参加があったということですから、今
後さらに人気になるのではないでしょうか。

男子112年、女子116年ぶりというオリンピックのゴルフ。

2016年8月19日(金曜日)

連日暑さだがまだ先も続くらしい。
オリンピックは後半になって女子ゴルフが行われるようにな
った。

開催地はほぼ12時間の時差なので夜7時過ぎからのスター
トがテレビで放映されている。

4日間の競技で本日は三日目、日本の大山、野村の二選手
が健闘しているが、若い野村選手が上位に行きそうな勢いが
ある。

ゴルフ競技はプレーは真剣だが静かで、風景も美しいので
一種のんびりテレビを見ることが出来る。

初日からおよそを見ているが、以下のような事が興味深かった。

●時々南大西洋という海岸が写るが、ふだん映像などではほ
とんど目にしない海域であり、遠い地への旅情をかき立てられ
る。

1
↑オリンピックのために新設されたコースであり、終了後は一
般に開放され、アカデミーを創設しゴルフ振興に寄与する予
定だという(手前が塩水湖、向こうが南大西洋らしい)。

 

●選手達のコスチュームが全体に地味であるがシックでもあり、
また国柄が反映されていて興味深い。

4
↑華やかさよりもセンス強調というユニフォームが多い。
日本選手のはややぱっとしなかった。

2
↑フェアウェイの大山選手。

●世界の上位ランカーとともに何百番台という下位ランカー
が一緒。
年令では10代から40代という幅広い選手が共にプレーする。
ワンプレーずつでは、上位も下位も年令もプレーに差が見ら
れず、さすがだと思う。

5
↑モデルでありゴルフ雑誌の編集者でもあるというロシア
の選手。
帽子はユニフォームに入らないのだろうか。

●通常の4日間競技では当初二日が予選ラウンド、そこ
で一定ライン以下の選手がカットされるがオリンピックは
全員4日間競技する。
ワンプレーで差が無くとも4日間(一日およそ4時間競技
する)では、最終日が近づくにつれ、世界ランカーが上位
に並ぶと思われる。

●通常のツアーには無い34カ国という多くの参加だった
が、アメリカツアー同様、アジア系の選手が活躍しそうだ。

●男子選手はジカ熱や治安を懸念して出場辞退者が目
に付いた。
女子は、マイナーなゴルフを盛り上げたい、四年ごとの
貴重さへの自覚などから、辞退者がほとんど見られなか
ったようだ。

●静かで、長い集中力が必要な熱い競技、ゴルフ。
男子の日本選手は駄目だったが、明日女子最終日を楽
しみにしたい。

台風一過の夕焼け。

2016年8月18日(木曜日)

今夕の西空は息を呑むほど大きな夕焼けに染まった。
常とは限らないが、台風は通過前後に奇妙な雲や壮
大な夕焼けを見せる。

160819四ツ屋浜夕焼け
大潟区四ツ屋浜は黄金の夕焼けと呼べそうだった。

こんな夕刻、反対側の東の空は雨雲などで暗色と
なり、それが強い夕陽を受けて時には虹が架かる。
本日もうっすらと高い虹が見えた。

今から30年以上前、やはり台風の翌日、柏崎の海岸
で背後の黒雲に空高く大きな虹が二つ現れ、眼前に物語
の如き壮大な夕焼けが圧倒的迫力で展開した。

その夕焼けを10点とすると本日は6,3か。
5,0以上ならば十分な夕焼け、と一人で思っている。
日中の空を見て夕焼けを予想するのはかなり難しい。

10月8日(土曜日)はチェロとギターの美術館コンサート。

2016年8月17日(水曜日)

今秋10月8日(土曜日)の夕刻に音楽会
「チェロとギターの夕べ」を開催致します。

スイスとスペインで研鑽されたチェロの竹花加奈子さん、
ドイツとイタリアで研鑽されたギターの蓮見昭夫さん。

秋の夕べのひと時
心打つデュオを存分にお楽しみください。

場所:樹下美術館
時間:18時30分開演 

 

page001

2012および13年のお二人の演奏会は大きな好評を博しました。

 

今夕の月
夕刻日没のころ、明日満月を迎える月が穏やかに昇っていました。

雀の歳月と容貌。

2016年8月16日(火曜日)

前回、樹下美術館の裏手の田んぼに来ている
雀の群を書かせて頂きました。
その中で、群の多くがくちばしに黄色味が残る
若鳥、と記載しましたが、雀たちの老若につい
て写真を拡大し以下にお示ししてみたいと思い
ます。

その年生まれた若鳥の特徴として以下がある
ようです。
・口角部分にヒナの頃から続く黄色味が残る。
・頬やのどもとにある黒斑は薄く小さい。
・目の位置が口角に近い。
・翼の模様が薄い。
など全体としてあどけない感じを漂わせています。

逆に年長の個体はくちばしが真っ黒、頬と喉元の
模様も黒く大きく、色調も黒く老けた感じ、苦労し
た感じが漂います。

前回の群から老若を選び拡大してみました。
三脚を使わず手持ち撮影のためにピントがしっか
りしていません。

1
↑1:群の中で最も若く見える個体(生まれて数ヶ月
以内か)。
口ばしに残る黄色味、頬やのどの黒斑が薄く小さい。
全体的にあどけない感じが漂う。

2
↑2:前者より少々早く生まれたと考えられる個体。
口角は黄色だがそれぞれの黒斑が濃くなっている。

3
↑3:親鳥に匹敵する個体(昨年生まれかもしれ
ない)。
くちばし全体が黒く、頬や喉の黒斑が大きく明瞭。

ところで一昨年の仕事場の庭で合歓の洞(うろ)
で営巣し子育てをした雀がいました。
室内から三脚を使って撮影しましたので、かなり
明瞭に撮れ、以下その親子の容貌を続けてみま
した。

1
1:親鳥(前年には生まれていた個体と考えられ
ます)
2013年5月29日撮影、同年二回目の子育て中
かと思われます。
くちばしが真っ黒、ほほとのど元の黒斑が大きく
くっきりして、堂々たる容貌。
目の位置も後退している。

3
↑2:上記の鳥の子で巣立ち直前のヒナ。
くちばし先端と口角が黄色、それぞれの黒斑は薄
く小さい。
目の位置が口角に掛かるほど前にある。
(あるいは口角が長い、または広いとも言える)

2
↑3:上記のヒナの巣立ち直後、巣を訪ねた若鳥。
2013年7月10日撮影、数ヶ月前の産卵で巣立っ
た鳥と考えらる。
それぞれの黒斑は濃いが親より小さく、目はやや
後退しているが、口角に黄色味が残っている。

最後に親子ではありませんが、ヒナとつがいと考え
られた二羽ずつの個体を載せました。

20120519のヒナ
↑巣立ち後、親から給仕を受けている時期のヒナ。
2012年5月。
(給餌を受けている間をヒナ、自立後を若鳥と呼称
してみました)

20160319のつがい
↑産卵前に食餌するつがいと思われる成鳥。
2016年3月。
(子を産める時期を成鳥としてみました)

以上の写真から親鳥と子における外観の違い
は明瞭で、比較的短期間のうちに若鳥のあど
けない容貌は老成へと変化します。

雀の寿命はせいぜい2年前後、長くて2,5年
程度かなと漠然と考えています。
上の二羽のヒナは翌年には下の親のような外
観になり、産卵、育児をすると思われます。

その間、酷暑や秋冬の気候的試練、集団生活
への適応あるいは疫病などの過酷な関門をく
ぐり、人間の30~40倍の早さで年を取ること
が想定され、容貌にも反映されるようです。
似たこととをコムクドリの子育てで感じたこと
がありました

衣服や家もない生活と短い寿命は可哀想にも
思われますが、自然の摂理に黙々と従う様子
は立派に見えるのです。

隣の田の雀の群。

2016年8月14日(日曜日)

今夏の暑さがピークに達している。
そんな中で思わぬ元気をみなぎらせているのが雀たち
のようだ。
昨日に続いて本日も美術館の裏手の田んぼに雀の群
が来ている。
同じ群なのかほかの群と替わっているのか、全く分から
ないが昨日見たものは数百羽を思わせるほど沢山いた。

 

1
この程度であれば例年見馴れているが、、、。

 

2
よく見るとびっしり稲穂に取り付いている。

 

3
時おり近くの樹木へ飛び立つ。

 

3i
飛び立つと数の多さが分かるが、これでもほんの一部。

雀の数は減少の一途と聞いている。
しかし昨日から見ている群はとても大きく、その食欲は
際限無さそうに見える。
今頃の稲穂は甘い汁をいっぱい含み、雀にとってこれ
以上美味しいものは無いらしい。
雀は稲につく虫を補食するので益鳥ともみなされてい
るが、折々に微妙であろう。

群の多くは今年巣立った若鳥らしく、写真を拡大するとく
ちばしに黄色味を帯び、姿はあどけない。
群が形成される一方、まだ庭で羽を震わせ親に餌をねだ
っている巣立ったばかりのヒナもいる。
遅くなった残暑の子育ては厳しかろう。
うまく育って群に入り、団体行動についていってほしい。

ところで昔見られたカカシや鳥おどしのキラキラしたテー
プなど最近あまり見られなくなった。
農家の方は雀をどう見ていらっしゃるのかお聞ききして
みたいところだ。

盆の宵見知らぬ人とすれちがう 高田雁木のあんどんの道。

2016年8月13日(土曜日)

まだいつか酷暑の日もあろうが、まあまあで過ごせた一日。
夕刻水まきをし、閉館近くに知った方が来館されお話した。

160813夜ふけて
上越市は東本町雁木のあんどんの明かり。

盆の宵見知らぬ人とすれちがう 高田雁木のあんどんの道

 初めて見たお盆の雁木の風情は旅情を湛えて静かだった。

ことし前半の「お声」から。

2016年8月12日(金曜日)

樹下美術館は館内各所にノートを置かせて頂
いてますが、皆様赴くまま自由にコメントを残
して下さいます。

それを毎年開館の3月~7月までと、8月~12
月の閉館までの二回分をまとめて樹下美術館
のホームページに「お声」として掲載させて頂い
ています。

このたび前半の「お声」がまとまりましたので
載せました。
今期は140筆もあり、楽しみませて頂きかつと
ても励みなりました。

以下、主だったお声の部分をここに取り上
げ、最後に感想などをしるさせて頂きました。

それぞれのご来館
孫と駅から歩いて/夫と息子とともに/前回は
父と祖母、今回は母と祖母/母と三人の子と/
ままとくびきのばあちゃんと/娘と二人/夫に連
れられて/母と夫と/サークルの友人と/もう
すぐ80才/滅多に出かけない夫を連れて/2才、
7才/8才/6年生/知人の紹介で/自分への
プレゼン/夫は二度目自分は初めて/家族四人
で静けさを求めて/子供の部屋の掃除の帰り/
上司に叱られた後で/孫の世話の合間に、、、
etc。

展示など
雪国の作家の赤への共感/新しい展示物も惚れ
惚れ/作品の暖色と庭の緑の対比/疲れない展
示/何度観ても飽きない作品/初めてなのに懐か
しい/立派な作品を目の前にして感動/雪国の
人の営みを表現した絵画と陶芸/ちょっとない美
術館/何回来ても豊かな気持ちになれる/絵の
中の光(日光)や空が好きです。その時描かれた
空と光が今も変わらずここにあるからです。黄昏
のピエロが良かったです/どの作品も美しかった
/朱色のチューブ、陶芸の装飾が良かった/絵・
器どれも素晴らしい/、、、etc。
etc

カフェで
ここで飲むコーヒーは日本一/一粒で二度いや三
度美味しい樹下美術館/窓外の木々、草花、小鳥、
カップ、コーヒーで至福/ふーっと力が抜けて時間
が止まったよう/いつも美味しいコーヒーとホットサ
ンド/マンゴーのケーキめちゃうまかった。ホットサ
ンドまじやばい/うまい、うまい、うまい、うまい/抹
茶とお菓子にほっと一息/どの木も草花も自分の
居場所で調和しています、、、etc。

それぞれのお気持ち
ひとりぼっちを慰められた/前向きに生きようと元気
が出た/座って居るだけで開放される/豊かな気持
ちになれた/時には雨もいい/明日への活力をもら
えた/慌ただしさから開放/こんないい場所とは/
来て良かった/また来たい/新潟の良さに出会う/
友人を連れて来たい/秋にまた来たい/館長、いつ
までもお元気で/いつか母を連れて/いつか家族と
、、、etc。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さてそれにしましてもノートを拝見しますと、樹下美
術館はつくづく変わった施設だなと感じます。
何とも表現しがたいこの感じは、正直当初は予想出
来ませんでした。
美術館は美術品の展示メインで、という私自身の常
識もいつとはなしに変りました。

皆様から様々に喜んでお出で頂きながら、ここは一
体何だろう、美術館でいいのだろうか、と一種楽しみ
ながら考えるようになりました。

そもそも非常に小規模で、わずか二人の、しかも大
家ではない地元ゆかりの作家の常設展示。
如何に作品が良くても展示だけでは限界があります。
カフェが無かったら、庭が無かったら、樹下美術館は
今日まで持たなかったのではと思います。
嬉しいことにカフェと庭が展示物を引き立てる作用を
発揮していることも実感されたのです。
そしてなにより小さくとも美術館の中だからコーヒー
がより美味しく、庭も楽しめるという風に互いがうまく
響き合っているのでした。

来年満10年を迎える樹下美術館。
ノートはご好意で一杯でしたが、我慢やご不自由をお
掛けしていることも多々あろうと心配しています。
今後も皆様と有言無言の会話を続け、安定して発展
出来るよう思いを新たにしました。

長くなりましたが、沢山のコメント誠に有り難うござい
ました、これからもどうぞご自由にお書きください。

IMG_5725
盆を前に忙しそうな近くのほくほく線電車。

声が聞きたくなる鹿の子百合。

2016年8月9日(火曜日)

本日は30度を切ることが多く、幾分しのぎやすい
日だった。
台風5号が太平洋沖を通過したためだと思われる。

今、白いカノコユリ(鹿の子百合)が咲き始めた。
髪を後ろへ回したような花は大変可憐に見える。

またこの花のうつむき加減が涼しそうであり、淋し
そうでもある。

鹿の子百合
西の庭隅で咲いているカノコユリ。

ところでどの花にも風情がある。
そのため、もしも花が話すのなら、一度でいい
一言「花の声」というものを聞いてみたい。

鳥や虫は声があるのに、あまたある草花(木も)
は無言だ。
全て私たちが感じるままに、というのであれば
あまりに慎ますぎるが、何人からもこれほどま
でも愛されるのは静かだからだろう。

とは言え今日の鹿の子百合から、「はい」とか
「いいえ」
だけでいいから、声を聞いてみたいと思った。

だが万一ひと声でも発したら、自分など気が狂
ってしまうような大真実を語りそうな気もする。
そもそもどんな声なのかまったく想像も出来ない。

水盤に鳥たちが帰ってきた。

2016年8月8日(月曜日)

二ヶ月あまりひっそりしていた美術館の水盤に、一週間ほど
前から雀やシジュウカラ、それにカワラヒワなどが飛来する
ようになった。

威張り屋のヒヨドリのここでの子育てが終わったこと、
春以後生まれた雀の若鳥たちが集団を作ったこと
などが想像される。

IMG_5339
ひどい暑さであるが雀たちは水浴びをほとんどしない。
時には行う鳥もいるが、ごく控えめで、主に吸水をしている。
みな今年生まれた鳥のようであり、
まだ水浴びを十分に覚えていないのだろうか。
次第に猛烈な水しぶきを上げるようになろう。

釜蓋遺跡の出土品を見る 巡業中の力士と会う。

2016年8月7日(日曜日)

昨年3月に開業した北陸新幹線の新駅「上越妙高」
周辺の関連工事における2005年の調査時、弥生
時代~古墳時代の大規模な遺跡、遺構が発見され、
2008年度の国史跡に指定された。

遺跡は埋め戻されているが案内施設(ガイダンス)
に出土品や説明物が展示されている。
上越妙高駅の目の前であるが訪れたことが無く、本日
お近くの方の案内で念願が叶った。

どんなものでも身近なものは詳しく見たくなるし、
知り合いの音楽や絵画などに特有の親しみを
感じるのは自然であろう。

展示物は決して多く無かったが照明がほどよく、
土器類の質感や文様が良く見え興味深かった。

 

2
↑展示の弥生土器から明るい印象を受ける。
縄文土器のおどろおどろしさ、須恵器の暗さ
からみると単純だが、当時の生活感も伝わる。

端正な器には一部でロクロ技術が用い
られていたのかと思うほどのものがある。
九州から始まったとされるクシ目模様もしっかり
施され、文化度の高さも十分ではないだろうか。

今後も周辺の発掘は続けられるが、いっそう
ダイナミックな展示が期待されるし、市県とも
もっともっとこの方面への注力を望みたい。

 

3
↑口作りにへらで模様を点けている。
肩の線も滑らかで美しい。

 

4
↑5,6本の歯からなるクシ目で波形に模様を点けてある。

 

5
↑10数本の細い歯のクシで円周に沿って複数ケ所模様を
施している。
ロクロが無かったとすると、一人で器を回して彫ったか、
もう一人の回す人と共同作業で櫛目を付けたのか。

 

6
↑何重もの同心円を重複させて描いている。
クシを使ってコンパス式に回して彫り模様を付けたようにも
思われるが、フリーハンドで同心円を彫ったようにも見える。

 

7
↑体験学習あるいは同好者が作成した弥生土器。
説明者が「どうやっても出土する土器のように薄
く作ることが出来ない」と仰った。
生活者の探求と技術は簡単に追従を許さない。

展示室にさらに南に下った吹上(ふきあげ)遺跡
で多く出土したヒスイの装身具が展示されていた。

ヒスイは日本海の糸魚川から、黒曜石は長野県
から運ばれたのであろう。

物物交換の原始経済であれば、当遺跡が属す
る妙高市の斐f太(ひだ)遺跡群の一つとして、当時ど
んな品(産物)が当地の交易材料だったのだろう。
主たるものは米だったにしても。

遺跡はいずれも山裾の扇状地に見られている。
低地の関川流域では洪水ばかりで稲作どころでは
なく、比較的高い土地の方が安定した農耕が出来たの
かもしれない。

弥生時代は争いが多かったとも言われるが、本日
見た土器の明るい生活感から、裕福では無かった
かもしれないが、平和な場所だったのではと思った。

さて本日上越市リージョンプラザで大相撲上越
妙高場所があり、ある力士にお会いした。

1
終了直後にお会いした篠原関。
三段目全勝優勝の経歴を有し、
現在幕下で頑張っていらっしゃる。

学生時代に体操、テニス、ゴルフなどで極めて高
い身体能力を有し優れた成績を残した先輩がいた。

その先輩(医師)と仲良くされている篠原関。
このたび是非合ってみてと先輩から電話があった。

「結び」が終わった広い会場で主催の方にお
尋ねすると、清々しい笑顔で出て来てくださった。
ご挨拶をして一緒に写真を撮らせていただいた。
柔軟で賢そうな力士だった。

大相撲が楽しみになった。

 

木肌からみる樹下美術館の樹木。

2016年8月5日(金曜日)

本日は樹下美術館の樹木のうち木肌に注目して写真を並
べました。
涼しい緑陰を作る夏の木々ですが、その木肌も異なる風
合いがあり一つの見所(鑑賞点)ではないかと思います。

 

アオダモ
↑アオダモ
灰色の斑がある真っ直ぐな木です。
当館入り口左で静かにしてますが、大きくなるとバッドの材
料になります。

アオハダ
↑アオハダ
比較的大きな白斑を交える涼しげな灰色の樹です。
当館前庭の左右に数株あります。

アカシデ
↑アカシデ
ケヤキを小型にしたような木でベンチの脇にあります。
やや青みを帯びた灰色の固そうな木です。

アカマツ
↑アカマツ
カフェから見て左手、樹下美術館の王様のような高い
木です。

アメリカハナミズキ
↑アメリカハナミズキ
まだ若い木ですが灰色の木肌に白い小班をつけて成長
中で、花は白です。

イタヤカエデ
↑イタヤカエデ
緑を帯びた灰色の木で、とても成長が早く、秋に大きな
葉を真っ黄色に黄葉させます。
カフェ正面で真っ直ぐ生え、メイプルシロップが採れると
言われます。

クルミ
↑クルミ
明るい黄色がかった固そうな木です。
もっと成長すると木肌に割れ目が目立ってきます。

クロマツ
↑クロマツ
松食い虫被害に合わずアカマツの影で頑張ってくれ
てます。

ケヤキ
↑ケヤキ
明るめで固そうなわずか茶を含む灰色の木肌。
樹皮のめくれを見るようになります。

コナラ
↑コナラ
明るめの灰色の木肌に深く割れ目が入ります。
秋に沢山のどんぐりをつけます。

シデコブシ
↑シデコブシ
当館では株立ち状に生え、灰色の木肌に白斑を多く
交えています。
枝折れ跡が沢山あり、ごつごつしています。

タムラモミジ
↑タムラモミジ
やや明るい灰色の木肌に縦に浅い割れ目が入ります。
普段から赤い葉ですが、秋はさらに真っ赤になります。

ツバキ
↑ツバキ
灰色のきめ細かい固そうな木肌です。
とても成長の遅い木ですね。

ニシキギ
↑ニシキギ
枝に沿ってコルク状の翼のようなものをつけます。
秋はマユミと競うように遅くまで真っ赤に紅葉します。

ハクモクレン
↑ハクモクレン
樹齢にもよりますが、明るく緑がかったきめ細かい灰色を
しています。

ハンノキ
↑ハンノキ
黒っぽくガサガサと荒れた木肌に覆われます。
湿地が好きで当館では南側、田んぼyの近くにあります。

ヒメシャラ
↑ヒメシャラ
明るい茶色の肌、スベスベした皮が反るように剥がれます。

ヒメタイサンボク
↑ヒメタイサンボク
黒く荒め木肌、5月に白く豪華な花を咲かせます。

マユミ
↑マユミ
黒~緑がかった木肌、低木ですが数メートルになります。
遅くまで真っ赤に紅葉します。

メグスリノキ
↑メグスリノキ
比較的明るい灰色の肌に白い楕円の斑点をつけます。
明るく美しく紅葉します。

モミジ
↑モミジ
当館にモミジは沢山ありますが、この木はカフェか
ら見て一番右にあり、大きくなりカフェに木陰を作り始め
ました。
わずか青みがかった灰色の木肌、やや多様な白斑をみ
ます。

ヤマザクラ
↑ヤマザクラ
当館で最も黒い樹で、4月中旬に沢山花をつけます。
左側の赤松に向かって斜めに生え、カフェからよく見えます。
若いうちは銀色の樹皮をまとっていたと考えられます。

ヤマボウシ
↑ヤマボウシ
やや濃いめの灰色、大小の白斑が見られます。
初夏、白色のの花を上向きに沢山咲かせます。

以上いっぱい写真をつけてしまいました。
私は昔から樹木が大好きで、樹木あっての環境だと思って
います。
路傍の木立がクズの葉やツタに絡まれ、病み苦しむ様は環
境としては最悪のものです。

美しい日本、豊かな故郷であれば生き生きした樹木に囲ま
れていなければならないでしょう。

膨大な大金を要さなくとも、国、市町村で緑化とその再生を
図ることは可能に違いありません。

気持ち良い自然環境が良い子供を育てることを固く信じてい
ます。

何事も先ずは暑いと言ってから。 

2016年8月4日(木曜日)

緑影ますます濃くセミ鳴き栄え暑気天地に注ぐ
いつしか田に雀も見えて稲穂が膨らむ

連日暑ければ 人やや股開いて歩き、
ようやくクーラーに逃げ込めば年寄りは寒いと言う

暑いと言って来られた方に展覧会が良かったから、
行ってご覧なさい、と色々勧められる

私は暑気に当たり過ぎて4,5日風邪をひいた
鼻水と鼻声は隠しようがなく、お大事にと言われ、
恥ずかしかったが、ようやく楽になった

誰言うとも無く何事も暑いと言ってことが始まり
ついに盆がやって来て暑い暑いで集い合う
なだれ込みへたり込みながらおよそ実家は忙しい

 

IMG_5384

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