2016年9月

カフェの図書の入れ替え その3

2016年9月29日(木曜日)

去る9月21日からカフェの図書につきまして、新たに追加する
ものを掲載しております。
本日は25日に続いて三回目最終回のご案内です。

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↑「芸術新潮 特集 ジャコメッティ」
芸術新潮2006年7月号 新潮社
倉石隆氏の奥様から「主人が影響を受けた芸術家の一人」と
して何度かお聞きしたアルベルト・ジャコメッティ。
当書は2006年、神奈川県立近代美術館で開催された展覧会
に合わせて刊行された雑誌特集。
超人的なこの芸術家自身や評論家の言葉は難解なものが多い
が、誌上の作品から直接的に人なつこさや親近感を覚える。
作品は存命中から人気があり、現在のオークションでは想像を
超える高値がついてその都度話題になる。

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↑「スリップウェア」
編者・誠文堂新光社 誠文堂新光社 2016年1月23日発行。
スリップウエアは古くからヨーロッパや中国ほか世界各地
にあった陶器だが、18世紀、産業革命を期にすたれ、一
部のコレクターの手許に残るだけなっていた。
1913年にスリップウエアが載っているイギリスの古陶器
の書物を若き日の陶芸家富本憲吉と美術家柳宗悦が偶
然別々に目にして魅惑されたことから、日本に於ける本陶
器への熱い注目と憧憬が始まった。
すぐさま在日中の英国の版画家バーナードリーチおよび
同時代の陶芸家濱田庄司、河井寛次郎らの知ることとなり、
自らも渡英して調査研究と収集を行なった。
彼らはいずれも当時起った民芸運動の中心的人物たちで、
洋の東西を越えて存在する素朴かつ一種斬新な芸術に触
発され、それぞれの作風に生かすに至った。
富本と共に陶芸の研究を重ねていたリーチは帰国後、窯を
築き、途絶えたスリップウエアを、和の味わいも加えた独特
の作風で現代に蘇らせた。
本書は英国を中心に各国の作品およびリーチや日本の現代
の作家のものなどを詳細に紹介している。
暖かみと面白みを有した器は鑑賞でも良いが、肉などの煮
込み料理を盛ったらどんなに素晴らしかろう、と心惹かれる。
※富本憲吉は当館齋藤三郎の二人目の師。

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↑「新潟の絵画100年展」
編集構成・新潟市美術館 1989年9月1日発行。
開館5年目に開催された明治、大正、昭和の新潟県出身者
および新潟県をモチーフにした130名の作家の224作品が
網羅された画期的展覧会の図録。
あらゆるジャンルと個性的な画風が見られて興味深く、また
意識せずとも地元感が横溢する一冊。
上越市出身では、小林古径、矢野利隆、飯田春行、牧野虎
雄、賀川隆、舟見倹二、堀川紀夫、富岡惣一郎、柴田長俊、
矢島甲子夫、串田良方らとともに、樹下美術館の倉石隆も三
点が収載されている。
県外人として齋藤真一、寺田政明ほか幕末明治初期の画家
チャールズ・ワーグマンらの新潟県に関する作品も見られる。
また県内の洋画黎明期の人、小山正太郎による「春日山より
米山を望む」(1899年)の古色溢れる頸城野が美しい。

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↑「會津八一の法帖」 中央公論美術出版 昭和54年2月25日発行。
法帖(ほうじょう)は主に書家の作品をまとめた中小サイズの
書物。
自ら作成したものと、後人が編さんしたものなどがある。
当書は會津八一の書が7つの範疇にまとめられ、それぞれ
の末尾に読みが丁寧に記載されている。
7月にたまたま東京から樹下美術館を訪ねられたお客様か
ら贈呈された八一に関した書物のうちの貴重な一冊で、感
謝を禁じ得ない。
八一は樹下美術館の陶芸家・齋藤三郎と親交され、氏に
「泥裏珠光(でいりじゅこう)」の号を与え、高田で書き入れ陶
器の制作を共同で行い、東京で発表している。

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↑「写真集 私」 著者・濱谷浩 湘南文庫1991年3月28日発行。
戦前戦後、縁あって上越市に住んた世界的な写真家を、関係
者などが撮影したアルバム。
都内のダンディな青年、軍を撮る軍服姿、上越地方におけ
る山間の撮影の一コマ、高田での幸福な結婚、雪国、裏日
本、表日本、それぞれの風土に密着して仕事をする本人が
写っている。
大磯の新居の正月、床の間に着物姿であらたまる夫を写し
たのは朝(あさ)夫人。
後年夫人永眠の際の氏の様子は真に辛い。
だが晩年に訪れたアメリカでタイツのゴーゴーガールと踊る
写真には、自己の全てを出し切って生きる渾身の芸術家魂
を垣間見る事が出來る。
※写真集「福縁随所」では齋藤三郎を撮影している。

以上この度の入れ替え図書14冊を紹介させていただきました。
当館の二人の展示作家、齋藤三郎と倉石隆両氏や上越市や新
潟県にゆかりのあるものなどを交えて選んでみました。
ご来館の節にはお手にとり、どうかお楽しみください。
樹下美術館のホームページの「本」の改訂は来週中にさせてい
ただきます。

それぞれの9月下旬。

2016年9月27日(火曜日)

雨降りの多い9月、昨日は良く晴れ本日はまあまあで、気温は30度
ほどに上がり終日蒸し暑かった。

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↑昼過ぎの四ツ屋浜の雲は爽やかだった。

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↑仕事場の庭にあるキンカンにクロアゲハと思われる幼虫が
沢山いた。
食欲が旺盛で、見ているうちに葉っぱの半分くらいを食べてしまう。
サナギとなり冬を越すため、沢山食べるのだろう。
一昨年、アゲハ蝶を呼ぶために植えたような木なので仕方がないが、
丸坊主にされるかもしれない。

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↑カフェのガラスにとり付いて中を見ているようなコカマキリ。
スタッフが、あと何回もない秋の芝刈りをしている。

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↑厳しかった夏を越えてシュウメイギクがひっそり咲き始めた。

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↑咲き始めて二ヶ月経つが、勢い続けている木槿(ムクゲ)。
先日の西王母のブログを見たという男性が、今年の木槿は
ほかの場所でも賑やかなようです、と仰った。

あと二ヶ月も経てば雪が舞い始めるはずだが、私と違ってあたり
の自然は焦りもなく、一種悠然と移ろっている。

カフェ図書の入れ替え その2。

2016年9月25日(日曜日)

カフェの図書に10数冊の本を追加している所ですが、如何せ
んカフェも本棚にもスペースに余裕が無く、長く置いているもの
との入れ替え中しといった次第です。

本日は新たな児童書を掲載させて頂きました。
文章や漢字などから本によってはむしろ大人向きと言っても
良いかな、というものもあります。

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↑「雁の童子」 作・宮沢賢治 絵・司修 偕成社2004年9月発行。
ある中国の砂漠でのこと、空を飛ぶ7羽の雁の6羽が次々と鉄
砲で撃ち落とされ、人間の老人の姿になって死んだが、無傷だっ
た幼い雁だけ童子となり、ある夫婦に育てられる。
童子は純粋で賢く、新たな両親に愛されたが、いつか自分の姿
に似た砂漠の洞窟の壁画を見て倒れ、天に召される。
物語からいつとはなしにサンテグジュペリの「星の王子さま」がよ
ぎる。
沙漠、天から降り再び戻る子供、純粋さ、存在の意味への気づき。
などだが、本書は雁の童子を通して仏教上の輪廻転生が透明感
をもって書かれている。
司修の挿絵から愛らしい童子の転生と哀切さが広がり伝わる。
氏は若き日より樹下美術館の展示画家倉石隆と親交し、かって
当館において倉石氏について講演して頂いたご縁がある。
当書は十分に大人向きであり、巻末には流沙(るさ)→タクラマカ
ン砂漠、などの註釈があって助かる。

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↑「小公子」
原作・バーネット 文・立原えりか 絵・倉石隆 世界文化社発行。
アメリカの裏町で元気よく過ごしていた少年は、イギリス貴族
の跡取りだった、という物語。
英国で出版された時代1886年(明治19年)には貴族制度が残
っていて土地、村人、税も貴族のものであり、貧富の差は激しか
った。
そんなイギリスに渡った少年が、いかめしい伯爵の祖父との間
で次々と新しい出来事を起こす。
挿絵の倉石隆は樹下美術館で常設展示している画家。
しばしば人物を細長く描いたが、この本でもその特徴が見られて
いる。

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↑「どんこうれっしゃがとまります」 文・鶴見正夫 絵・倉石琢也。
電車好きの子供は海辺の駅のそばに住んでいる。駅は夕陽が
きれいで、冬に雪が降り、新潟県柏崎市の信越本線「青海川
駅」を彷彿とさせる。
著者は新潟県の出身で挿絵は倉石隆氏のご子息倉石琢也氏。
お二人とも青海川駅を良く御存知だったのではないだろうか。
琢也氏は多くの児童書に挿絵をされているが、それぞれの本に
合わせて多様な描法を駆使される。お父様譲りの確かなデッサ
ン力の賜物にちがいない。

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↑「ルノワールの絵本」 著作者・結城昌子 小学館 1994年1月1日
発行、2016年5月29日第30刷発行。
過日のルノワール展のショップで購入してきた。代表作や細部の
人物や小物などに焦点を当てて、鑑賞の素朴な手引きとなる
よう編集されている。

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↑名著初版本復刻修行選「風の又三郎」 著者・宮沢賢治 図畫・小穴
隆一、解説・坪田譲治 日本近代文学館 1985年4月20日発行。
宮沢賢治亡き後の昭和14年、氏の初めての児童書として刊行され
た書籍の復刻版です。
「風の又三郎」のほか「貝の火」「蟻ときのこ」「セロひきのゴーシュ」
「やまなし」「オッペルと象」が収められている。
賢治の倫理観、世界観、深遠な自然界の物語性が伝えられる。、
丁寧な解説は野尻湖に疎開していた児童文学者、坪田譲治、挿絵
は芥川龍之介の無二の親友で、「この人を父と思え」と子へ遺言さ
れた小穴隆一。
ちなみ小穴氏は樹下美術館の画家・倉石隆が学んだ太平洋美術学
校の前身である太平洋画会研究所の出身者。

復刻とはいえ、初版と同じ外函つきのハードカバー装丁をそのまま
受け継いでいて、ノスタルジックな一冊になっている。

近づく「チェロとギターの夕べ」  本日お彼岸のSPレコード。

2016年9月22日(木曜日)

本日秋分の日は終日小雨が降ったり止んだりしました。
毎日梅雨のようですが、週末には晴れ間がある模様です。

さて10月8日(土曜日)のチェロとギターの夕べトが近づ
きました。
小さなホールで心と耳はおろか肌まで振るわせる二つの
楽器の演奏にご期待ください。

お陰様で現在30名様を越えましたが、いま少々の余裕が
ありますので、皆様ふるってご参加下さい。

先日、富山市からお申し込みがあり、びっくりしています。

 

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本日SPレコードを持参された方と蓄音機を回して聴き
ました。
ショパンのワルツ10番(P/リパッティ)やバッハの音楽
の捧げ物(イタリアントリオ)ほかがかかりました。
特に絶品とされるリパッティのショパンのワルツには皆
で深いため息をつきました。

電気を用いず、盤の振動波形から直接取り出される音
楽ですが、不思議と雨の日が合っているように感じられ
ます。
針からサウンドボックスを経てホーンへ、そして耳へ。
自然な音の伝導に、雨の日の湿度が優しく作用してい
るのか。
あるいは、しっとりした雨の日は心を鋭敏にする何かが
あるのもしれません。

カフェの図書の入れ替え その1。

2016年9月21日(水曜日)

カフェの図書を十冊ほど入れ替える予定ですので、何回かに
分けてご案内致します。

以下は明日から置かれる本です。

 

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↑「写真ものがたり 昭和の暮らし1 農村」
著者須藤功 農山漁村文化協会 2004年3月10日発行。

草の道、藁葺きの家、一家総出の手仕事、働いて働いて働く
一年、子は親の傍らで手伝い遊び育ち、近隣縁者が助け合い
祝いあった農村。
一部は昭和50年代中頃まで続いたこうした姿は“貧しくとも
豊か”と言われるように、あるいはそれ以上貴重な異文化の
如く記録されている。
私たちは、日頃忘れ物をしては探したり取りに戻る。
克明に撮影された昔の農村の一枚一枚の写真には数え切
れないくらいの忘れ物が写っている。

 

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↑「写真ものがたり 昭和の暮らし2 山村」
著者須藤功 農山漁村文化協会 2004年6月15日発行。

山村は農村よりも暮らしが複合的である。山村とは言え一部
に棚田を有し、山の木を切り運び植林し、獣や川魚を獲り、
炭を焼き、焼き畑を行い、ヒエやソバを栽培し、山ほど山菜を
採り険しい山坂を歩く。
いつ何処で何が採れるか、子供もよく知っていて、山に入ると
「これは来年の分」と言って取り残しをするのも山村の智恵だ。
危険が多いため農業よりも役割分担などに厳しさが見られる
が、神への祈りと感謝そして祝いごとは農村と良く似ている。

上掲の二冊から、農村も山村も化学とガソリンと電気の導入
で、仕事は様変わりし、生活様式や交通手段も変わった。
筋肉と智恵と忍耐で助け合いまた喜びあった一昔前までの農
山村の暮らし。
戦や学芸ばかりが歴史ではないことを深く知らされる。

 

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↑「文豪の家」
著者(監修)高橋敏夫、田村景子 エクスナレッジ2013年4月
30日発行。

昔の人は今より多く住処を変える。転勤族でもないのに作家た
ちは次々よく替えている。
本書には生家をはじめ最も愛した家を中心についの住処まで、
太宰治から若山牧水まで36人の文学者の家と室内の写真が、
時に本人自身とともに並ぶ。
しもた屋から豪邸まで様々で、純和風と和洋折衷が多い。
故郷でも仮住まいであっても、家は作品にこまやかな影響を及
ぼしている事が分かる。

 

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↑「文士の時代」
朝日新聞社 1986年4月25日発行。

作家を撮影した写真集で、接近したポートレートもあるが、
多くは書斎や庭や、何かの風景などと共に撮影されている。
ゴルフ場の石川達三、油絵を描く田村泰次郎、破れ障子の
前の檀一雄、大きなライオンに餌をやる火野葦平、郊外で子
供に囲まれる坪田譲治、枯れ野でヤギを散歩させる伊藤整、
競馬場の舟橋聖一、着物姿が似合っている吉行淳之介、
大岡昇平、大佛次郎、亀井勝一郎そして高見順、私も一応
座ってみた銀座のバー「ルパン」のカウンターの太宰治。
83人もの文士たちが有する、時代と生い立ちに翻弄されつつ
ペンを執り続けた気骨と、確固たる個性に加えて滲む独特の
エレガントさは一体なんだろう。

昭和時代、テレビやジャーナルにはしばしば作家が登場し、
その人の本を読んでいなくても名前と顔くらいは皆知っ
ていた。
彼らには一種の迫力があり、着物や帽子が似合い、酒場
、野末あるいは銀座などお好みの場所を有し、作品と共に
個人的な話題も賑やかだった。
私だけの見解かもしれないが、今や文士は死語になりつつ
あり、まず文豪を聞く事も無い。

この30年足らず、平成はそれ以前の長い時代とは異国のよ
うに変った。
すみずみまで「便利で美味しく」なったが、病む人も多いこと
から、果たして幸福かと言えば、それだけは一概に言えない。

冬へ戻っていく雨降りの一日 美術館の雨水。

2016年9月20日(火曜日)

終日冷たい雨が降り、服装も布団も冬支度のようになった。
実際は冬に向かっているのだが、見方によって夏から折り
返し梅雨を経て、冬へ戻って行くようにも見える。

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↑黄色のかっぱで下校する雨の日の小学生。
大人は車だが雨中を歩き、素朴な生活感が感じられいつ見ても
立派。

さて美術館には雨どいと言うものが無く、屋根から落ちた雨水
は周囲に巡らされた石を積んだ溝へ落ちていくようになっている。
中でもカフェの右端の部分は、屋根の構造上最も集中するので、
時には滝のようになる。

先日あるお客様が、
「雨どいが傷んでいるのでは」と仰った。
「いえ、ここは雨どいが無く、下の溝に落ちているのです」とスタッ
フが説明すると、別のお客様が、
「何か滝の裏側にいるみたいで、素敵です」、と仰ったそうな。

確かに本日午後のいっとき、小さな滝が現れたようだった。

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↑カフェの前に落ちる雨水。

早くも咲き始めた椿、西王母(せいおうぼ)。

2016年9月18日(日曜日)

樹下美術館玄関向かって左の植栽に西王母という種類の椿が
ある。
この場所はもともと大きな松があり、それが突然枯れたため4年
前の秋にモミジとヒメシャラと一緒に西王母を植えた。

ある程度育てられた椿を購入して植栽した場合、新天地に馴染
まないのか管理が悪いのか、数年間は樹勢が弱まるように思わ
れる。

今年、この西王母は葉と枝とも勢いがよみがえり、蕾も沢山つき、
例年より一ヶ月も早く咲き始めた。
今年の気象が合っていたのかもしれない。

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↑蕾がふくよかな西王母。

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西王母は中国の道教上の言い伝えにある最高位の
女仙(女神)であり、不老長寿の桃を有していたという。
当椿ははその桃を思わせることから名付けられたらしい。

例年季節風や雪で花が傷めつけられる事を考えれば、穏やかな
今頃から咲くのは花ともに喜ばしい。
ちなみにこの木を植えたときの記事は、“樹を植える”です。
以下は今夕の様子ですが、間もなく4年、一角のボリュームが随
分膨らみました。

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西王母の周りはハクモクレン、アオハダ、モミジ、ナツツバキ、
アオダモ、ライラックなどです。
わずか四年ですが、もとからあった雑木類(落葉広葉樹)の成
長の早さにも驚かされます。

コンバインは明かり灯して。

2016年9月15日(木曜日)

追い込みになった一帯の稲刈り、遅くまでコンバインが動いている。

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明かりを点けたコンバイン。

“ 秋暮れて機械の足に時の足 刈るコンバインは明かり灯して ”

今夜は中秋の名月、東よりの空に月は出たが、
雲隠れを繰り返し、一緒に撮りたかったほくほく
線電車とは相性が合わなかった。

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“名月や撮りたい電車の何処やら”

新幹線の切符紛失と親切のリレー。

2016年9月14日(水曜日)

去る8月20日、終了近いルノワール展を観るため上京
した。
当日のことは何事も無かったように書いたものの、実は
出がけに一騒動あった。

北陸新幹線による上京だったが、妻が予め買っていた
私の切符を上越妙高駅で渡してくれた。
渡されたのは西口から入ってすぐのエスカレーター付近
だった。
自分はそれをワイシャツの胸ポケットに入れた。

ところが構内でお弁当や飲み物などを買い、いざ改札と
なった時、切符が無いのに気づいた。
胸ポケットに入れたはずだが無い。
他のポケットや持っていたポシェットにも無かった。
胸ポケットに入れたつもりが、もしやその外側を滑り落
ちたのか。

切符を渡された場所へ戻ったが見当たらない。
時間が迫っていたので、切符売り場の駅員さんに事情
を話して新たに切符を購入した。

車中妻の隣に座ったものの落ち着かず、高崎を過ぎて
しばらくすると検札があった。

「実は上越妙高駅で切符を落としたらしく、、、、」と
言い始めると、車掌さんは、
「はい、上越妙高駅でこの席の乗車券を拾った人が居て、
保管している、という連絡が入っています」と仰った。

車掌さんは連番の妻の切符などを見て、
「私の方で紛失の証明と下車願いの書類を作ります」と言っ
て去り、しばらくすると1枚の書き物を下さった。

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↑乗車券として使えるようにして頂いた書類(秘守事項に類する
箇所もありやと、モザイクにしました)。
拾得届け出や下車願い、切符の詳細が書かれていた。

東京駅では有人の改札口で書類を見せて通り、精算所に行っ
て買い直した切符の払い戻しを受けた。

紛失は損失を伴い気持ちを暗くさせる。
まして楽しみに出かけたなら同行者への迷惑も小さくない。
だが、このたび上越妙高駅で切符を拾った人が親切にも届け
て下さり、同駅駅員さんが列車に詳細を連絡し、受けた乗務
員さんが車内で適切に対応してくださった。

関わった三人の方の真心や連携によって、自分の迂闊な失
敗をフォローして頂いた事に感謝を禁じ得ず、一種感動も覚
えた。

10月8日は「チェロとギターの夕べ」

2016年9月13日(火曜日)

ようやくしのぎやすさが出て、秋の気配十分になりました。
その秋の樹下美術館のコンサート「チェロとギターの夕べ」
が近づきました。

当日のプログラムが届きました。

ブラームスの子守歌。
シューベルト「アヴェマリア」
バッハ「パストラーレ」
サンサース「白鳥」

ビゼー「ハバネラ」
ピアソラ「リベルタンゴ」
ほか

休憩を挟んでお二人の豊かなソロやオリジナル曲も演奏されます。

秋のコンサート告知ファイル
(お知らせは大きくしてご覧下さい)

秋の夕べ、心にしみる
弦楽器の演奏をお楽しみください。

お申し込みはお電話025ー530-4155  

あるいは樹下美術館の窓口でどうぞ。 

ススキに降る銀の光 太陽のトマト。

2016年9月11日(日曜日)

およそ陽が射したが、人により時間によって暑さ涼しさ
が異なった一日。

庭に薄(ススキ)が二株あって、カフェから左に見える
ヤハズススキはようやく穂が開いたが、西の奥にある
イトススキはも少し先と思われる。

ヤハズススキ

“ 秋風に揺れる薄の若き穂に 降り射す光の銀の色かな ”

160910石田氏からのトマト
昔ヨットでお世話になったI氏が育てたトマトを頂いた。
見事というほかない。

“ 太陽のトマトとなりて並びたり ”

上越市大潟区のルレクチェ。

2016年9月10日(土曜日)

昨年春新潟市の植物園の帰り道、蒲原平野の広大
な果樹園に目を見張らされた。
ふだん水田中心の田園風景を見慣れていたので余計
印象的だった。

その後、樹下美術館裏手の水田ほか広く営農している
ナショナルカントリーが洋梨「ルレクチェ」を栽培してい
ると聞いた。

当地で果物栽培!それも「ルレクチェ」とは果物好きの
自分には嬉しい話だった。
教えて頂いた畑は意外に近く、日頃よく通る場所のすぐ
裏手にあった。

 

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畑は思ったより広く、爽やかな眺めだった。
果実は袋がけされ、熟するのを待っている。

これから収穫までさらに実を選んでいって美味しく仕
上げるらしい。
私が何でも描ける画家だったら、作業の人を一人入れ
てこの風景をゴッホのように描いてみたいと思った。
(出来れば花の時期と果実の時期の二枚)

収穫後一定の追熟期間をおいて販売するという。
デリケートな世話が必要な果物のようだが、今夏のよ
うに日照が十分だった年は期待できるのではないだろ
うか。

この秋、ぜひぜひ地元のルレクチェを食べてみたい。

娘時代に勤しんだ機織り(はたおり)。

2016年9月9日(金曜日)

診療所に通ってこられる方からお若い頃の体験などをお聞きする
と思いがけない話に出会う事がよくある。

皆様から生い立ちや体験をを聴くようになったのは、10年数年前、
亡き母の晩年に、口癖だった昔話を面白いと思うようになってからだ
った。

高齢者の方たちは、家族から“同じ話ばかりする”と言ってよく疎ま
れる。
だがちゃんと聞いてみると、意外な出来事や体験が語られるので出
来れば上手く何度でもお聞きすることをお勧めしたい。

仕事中なので時間が少なく、何度かにわたってお聞きすることがあ
るが、このたびの方は一ヶ月後、再度伺った。

旧松代町から当地へお嫁に来られた85才の方で、機織りの話を
された。
祖母が嫁入りに持参した機織り機が家にあったことがきっかけだった。
祖母の機織りを見るのが好きだったが、早く亡くなられたという。
残された機械を見るにつけ、もったいないと思うようになり、10代中
頃から二年間十日町の講習所へ通った。

同所には機織りに関係している専業の家の娘さんばかりで、ゆかり
のない素人は自分だけだった。
最も難しく大切な技術に機結び(はたむすび)があった。
切れた絹糸を、織った後も分からないように小さく結ぶ方法で、これ
をまず習得させられた。

二年の講習後、実家でカイコを飼っていたのでマユから糸取りまで
行い、糸ヨリは十日町の業者さんに依頼した。
機織りは面白く、市松模様のふとんなども織ったが、主に絹で白布
を織り着物に仕立てた。
織り終わると、巡回して来る染め屋さんの見本帖を見て染色をお願
いした。
嫁に行くまで70反を織って着物に仕立てた。

 

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良ければ貰って下さいと言って持参された着物。

 

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細部を見た妻が、今では行われないような丁寧な仕立てだと言った。

思い出として、兄の婚礼の際、絹で背広を作って贈ったことや、後に
母に機を教えたが、自分が嫁に行った後も長く織っていた事が忘れ
られないと仰った。

これまで農作業、奉公、炭焼き、出稼ぎ、出兵など皆様から色々話
を聞いたが、機織りは初めてだった。
普段何気なく暮される皆様の昔話は自分の知らない世界が多く、
内容に「時代」「家族の温かさ」「その人らしさ」が感じられ、心打た
れる。

昔話は、要点をうまく質問したり、誘導した方がスムースで、概して内
容に気負いや飾り気が無いため、ある意味聞きやすい。
話を聞く前と後では、互いの親しさが増すことが実感され、仕事の面
でも有意義だと思っている。
また、このようなことは認知症の予防にも役立つようだ。

聴き方の一つとして、以前ほかの方からお聞きした似たような部分を織
り交ぜて伺うと、「よく知っていますね」などと言ってより詳しく話して頂
ける。

蓄音機でSPレコード 皆様のお陰で庭が辛い夏を越た。

2016年9月8日(木曜日)

予報通りに雨降った本日木曜日、水曜日に替っ
て本日午後、特別養護老人ホームの出務があっ
た。
一昨日は一時間もかかる歯科検診、昨日は公的
な産業保険の仕事が入ったりで珍しく連日午後が
忙しかった。

その本日特養を終えた美術館にSPレコードを携え
て友人夫婦が来られた。
カフェの蓄音機を回して古き上質な音楽に包まれる
うち、いつしか2時間半が経った。

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モネ人形も雨も、窓に付いた虫も、やって来たハ
クセキレイもみなで聴いたSPレコード。

雨の庭を見ながら、メンデルスゾーンの無言歌か
ら二曲、若きメニューインによるバッハのヴァイオ
リンソナタなど全部で7,8曲を心ゆくまで聴かせて
もらった。
最後にはなんと1945~50年頃のフランクシナトラ
の「デイ・バイ・デイ」ほかがかかって心弾んだ。
当時のシナトラは声が甘く柔らかで女性に大変な
人気があった。
当然モテモテで、エヴァ・ガードナーとの結婚も
まったく致し方ない事だった。

庭のお手伝いをして下さるお客様のお陰で辛い夏を
無事越えるめどが付いた。
また男性スタッフの芝刈りで最後の美しさの時期を
迎えることも出来る。

間もなく秋の庭仕事の時期になる。

九戸浜のうろこ雲。

2016年9月6日(火曜日)

本日当地は晴れたり曇ったりで、夕暮れ
の短い時間うろこ雲が空高く浮かんだ。

 

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上越市大潟区は九戸浜にある夕陽の森展望台と雲。
鵜の浜温泉の近くであり、お客さんたちの訪れがある。

“ 気のままに夕空高く群れる雲を 忘れ難しと思う秋かな ”

ツバメの巣を見ていたらひっくり返ってしまった坊や。

2016年9月5日(月曜日)

あるお宅に伺うと、よく外孫さんの話を聞い
てみる。
いま小学二年生の男のお子さんだが、保育
園の時から新幹線が大好きだった。

保育園当時、実家に遊びに来ると紙に新幹
線の絵をいっぱい書き、部屋や廊下にセロテー
プで繋いで貼って帰った。

絵は今もそのままで、自分や親の顔も描き込
まれているらしく、見ていて幸せな気持ちに
なる。

感心したのは描く事への集中力だった。
機関車と車輌の筆致は作品ごとにスピード感
が異なっているが、細部に全く手抜きが無い。
違いはその時、時間が十分あったか無かった
かだけで、いずれでも見応えがあった。
このような時間と集中力のことで棟方志功を思
い出したほどだった。
またどんなに急いでいても車輪や顔の円がき
れいで、特異な才能を感じさせられた。

一年生になった昨年、当地に北陸新幹線が開
業すると早速パパに乗せてもらったが、姿勢を
正して座り、じっと前を見て感激を噛みしめてい
る様子だったという。
今年は念願の京都鉄道物博物館に連れて行
ってもらい、ご両親の理解にも心温まる。

一方、この夏の坊やは玄関に巣を作ったツバメ
の子育てに夢中だったと聞いた。

そのツバメの最後の子育てが終わる頃、突然
玄関でドタッという音がしたので、ママが見に行
くとランドセルを背負った坊やが仰向けに倒れ
ていたという。

上を向いて巣のヒナたちを見ているうち、ランドセ
ルの重さでひっくり返ってしまったらしい。

細くて小柄な二年生だというが、何ごとも夢中に
なる子には、色々と可愛いエピソードがあって微
笑ましい。

ランドセルのお陰で頭を打たずに済んだようだが、
近頃のランドセルは重いらしいですね、と実家の
おばあちゃんが笑いながら言った。

ふるさとの自然は親の懐と同一。

2016年9月4日(日曜日)

暑かった日、樹下美術館のご近所の方たちとゴルフをした。
恥ずかしながら小生が幾ばくかの賞品をお出しする3組の
ささやかなコンペが20数年続いている。
上手い下手なく、どなたにも優勝チャンスがある方法で行い、
反省しきりの表彰式を有志のお宅で行っている。

 

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振り返ると尾神岳が見えるコースの一部。

 

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コースは手入れされ往時の自然の雰囲気を残している。
(近隣の多くの森林はその後の開発で荒れてしまった)
今年は暑さのため、砂地のコース管理は大変だったと
思う。

 

私が東京から上越市大潟区に帰郷しのは1975年だった。
帰郷のきっかけに父の病もあったが、郷里の自然環境が
忘れられなかったのも大きい。

一帯の松林と湖沼は海とともに幼少からの遊び場であり、
高校3年生の時に病気で休学した際は特に慰められた。

当地に育った方達は昔ながらの自然を愛し、海岸べりに
長く続く松林はボランティアの皆様によって非常に良く保
全されている。

いま往時を偲べる自然は、幾つかの湖沼と当ゴルフ場、
および県立大潟水と森公園と上記の海岸線、さらにそれ
らを囲む水田くらいであろう。

慣れ親しんだ自然環境は親の懐と同一と言っても過言で
はない。

樹下美術館は鳥とともに平和であれ。

2016年9月3日(土曜日)

本日土曜午後閉館までの2時間はずっと私一人だった。
美術館で本を読んだり鳥をみたり散水をして過ごした。

秋は鳥が賑やかになるので楽しみであり、スタッフの
言葉どおり最近の水盤も賑やかになりつつある。

 

1
若鳥のように見えた雀とシジュウカラ。

 

2
ヒヨドリ。
この時期二羽でいる鳥は「つがい」とは限らない。
今年生まれの兄弟姉妹の可能性は大いにあろう。

 

3
ノバトは「つがい」かもしれない。
先日4羽のノバトを畑で見たが、およそ行動は二羽ずつだった。
仲睦まじいこの鳥は早くから「つがい」になるようだ。

 

4
春以来、懐かしいコムクドリがの訪れ。
口ばしの色が薄いので今年生まれた若鳥であろう。
それにしてもいったい何処に巣があったのだろう。

 

6
ガラス窓のすぐそばまで来たハクセキレイ。

多様性は創造と平和の根源。
当館に鳥たちが来るのはここに幾ばくかの創造性と平和な
雰囲気が漂うからだろうか。

秋の初日の午後。

2016年9月1日(木曜日)

本日9月1日は晴れて涼しかった。
年のせいであろう、疲れが溜まっていることが自覚され、
本日午後休診日はゆっくり午睡後、柿崎海岸を歩いた。

 

1
突堤から見る米山。

 

3
海岸のハマゴウで吸蜜するキアゲハ。

 

4
海の後美術館でお茶を飲み閉館後は芝生の散水をした。
さよなら三角、三角を作った飛行機雲がさよならを告げている。

 

6
入り陽の大潟漁港。
夕陽が様々な雲を一つ一つ丁寧に染めて一日を締めくくった。

しっかり睡眠し貴重な秋を過ごしたい。

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