2017年11月

11月が終わる日。

2017年11月30日(木曜日)

本日朝はやや暖かったがすぐに気温が下がり時折降られた。
午後休診の木曜は、週半ば過ぎに背の荷を少し軽く出来る貴
重な日。

どんよりと曇ってはいたが柿崎海岸を30分ほど歩いた。

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薄く緑がかった灰色の日本海。飽かずうねり砕ける波はドードー
と鳴り、威厳に満ちている。

2
↑ハマヒヨドリ(イソヒヨドリ)は海岸の鳥だが、たまに樹下美術
館にも来る。いつも一人ぼっちで現れるのが不思議であり、殆
ど鳴くこともなく何となく可哀想だ。

 

3
忙しくしていたカワラヒワの群。つがいとしてあるいは若鳥と
して近隣に定住する留鳥のほか、冬期に北方から群として
渡ってくるグループもあるようだ。
確かに吹雪の田んぼや野原で何十羽も群れているのを目
にする。雀やアトリ、カシラダカの群と一緒のことが多かった。
本日さっそく群を見たが、まだ南下を続けるのか。冬は過酷
ゆえ集まって旅するのだろう。

午後尊敬するお茶人が来館されご一緒させて頂いた。
美と情の機微に優れた方と過ごすと、緩んだ心身がしゃんと
する。

 

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本日館内にあるこの花の場所を移動するため器を手にした
ら良い匂いがした。花は匂い椿で、小ぶりな白花を沢山つ
けて姿も良かった。お客様からの頂き物だった。

器は30数年前に新潟三越で求めた三田窯の故谷本光生
氏の伊賀の花生(はないけ)で懐かしい。
当時お茶向きとは知らずに買い、その後まもなく故渡辺宗好
先生の許で裏千家茶道に不肖入門した。先生亡き後さぼり
続け、何かあるとに平手前(ひらでまえ)のにわか稽古で恥
をかいている。

 

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例年カフェ右手に覗くモミジが樹下美術館の庭で最後に落葉
する。散り方は様々で、北風に飛ばされてみな向こうに行って
しまうこともあれば、満遍なく芝生に散らばることもある。今年
は穏やかな風に出合ったのか、樹の下を中心に上手く散って
いる。
現在樹の北側が散り、南側半分が残っている。散った葉と残
った葉はこれからどうなるのか、少し楽しみだ。

明日から冬、12月が始まり今年の樹下美術館は残り25日とな
りました。足もと次第ですが、お暇な折はどうか暖まりにお寄り
下さい。

穏やか日の蜘蛛の糸 先輩のお通夜。

2017年11月28日(火曜日)

昨日に続いて晴れた火曜日、昼休みの車外気温は15度をさして
いた。わずかに感じられる風は暖かく春のようなお天気だった。

1
昼すぎの樹下美術館でみた雲。
ギザギザした雲が幾筋も並んでいた。

 

昼のカフェに常連さんが寄って下さって四方山を話した。
一羽のカラスが水鉢にやってきてバシャバシャ、さっさと水を浴び
た。
ところで庭には細かな蜘蛛の糸があちらこちらにフワフワと浮かん
でいた。

 

3
ここを通っても触れたのが分からないほど細い糸。

そういえばかっての今頃の晴れた日、ほくほく線が見える田んぼ
白鳥たちと電車の写真を撮った
その時、田んぼ一面に蜘蛛の糸が掛かり、その中で白鳥たちが
浮いているように見えた。

後で調べたら晩秋の小春日に、ある小さな蜘蛛たちは空中に糸
を放ち自らそれに身を任せて一斉に遠くへ飛び立つ現象があるら
しいことを知った。
また本日の庭に蜘蛛の糸を丸めた白い小さな塊が風に乗っ漂っ
ているのも見られた。今頃の蜘蛛たちは来る年に備えて案外忙し
いのかもしれない。

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今夕ある先輩のお通夜があった。だれしも認める穏やかな先生。
よく当地や新潟県の理事会など会議をご一緒した。混乱した議題
が、先生の意見でまとまり始める事がよくあった。
ゴルフでは乱調が無く、美しいフォームで真っ直ぐなボールを打た
れた。
昭和50年に当地へ帰った折、広まり始めていたファイバースコー
プによる胃内視鏡検査の勉強会でいつも貴重な症例を提示されて
いた事も懐かしい。

先輩たちが病で倒れるのは本当に残念だが、遺影になられる事は
ただただ寂しい。
穏やかだった方にふさわしくとても良い戒名だった。自分も中から一
文字をお借りしたい、と思った。

本日はしっかりと晴れた。

2017年11月27日(月曜日)

本日珍しく一日晴天となり気温が10度を超えて暖かかった。

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春の面持ちの頸城区両毛あたりの農道。
辺りの地図に頸城区潟町という地名があって驚いた。

 

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その付近に小さな群の白鳥。今期生まれの中央の若鳥はすっかり
大人の顔をしている。

 

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気になっている老人に食欲が出て来た往診帰りのハクセキレイ。

 

4
今夕、鵜の浜温泉付近の駐車場からの夕暮れ。向こうは中部電力
の火力発電所。

本日昼、かって来館された柏崎市の方が新潟市のお友達を誘って
再び来られた。新潟からは100キロ以上の道のり。真に有り難うご
ざいました。
お飲み頂いたお抹茶の和菓子が陽に映えて、とても美味しそうでし
た。

心暖まった初冬の城下町茶会 糸魚川市と柏崎市へ図録を運ぶ。

2017年11月26日(日曜日)

本日日曜日、午前は風無く時折晴れ間が見えて穏やかだった。
そんな午前上越市髙田は百年料亭の名館「宇喜世」で第8回
越後城下町髙田茶会」があり参席した。

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宇喜世の格調の門。

 

2
目にしみる初冬の紅葉。

 

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香高く滑らかに練られた茶を頂いた宗皋先生の濃茶席。

 

4
爽やかな茶を美味しく服した宗泉先生の立礼の薄茶席。

翠巌宗珉の横掛け「露堂々」が掛かった濃茶席、井伊直弼の
「静者心自妙」の一行が掛かった薄茶席。
ともに静かな花とともに、大切に伝えられた好趣のお道具が初
冬の室内に美しく佇み、お菓子は茶を引き立てて止まなかった。

別室で心づくしの点心を頂いて帰路についた。
主催されたフカミ美術様、有り難うございました。

午後からかなり激しく雨が降ったが糸魚川市と柏崎市へ向った。
糸魚川市「酒井書店 東寺町店」 0255(53)2400
柏崎市「文化書院」          0257(24)2200

各店のご好意で齋藤三郎と倉石隆の図録を置かせて頂いた。

蓄音機を聴く会の4回目を終えて。

2017年11月25日(土曜日)

樹下美術館秋のささやかなイベント、蓄音機を聴く会が
今夜終わった。

前半をペギー・リーの歌でローマの秋など古いポップス
を後半はプリム・ローズのヴィオラでアヴェ・マリアなど
クラシックのレコードを聴いた。

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開演を待っている蓄音機。

 

樹下美術館の音響、特に陶芸ホールは蓄音機をとても良
く鳴らし、そこに人が居るように歌う。
電気なき音源は、誰もが時代を超えて持ち会わせる過ぎし
良き日のエッセンスをまざまざと蘇らせてくれる。
そのような感覚と体験は今日という日を癒やし、明日への
希望へつなげる力を有している。
これは蓄音機の良さであり、作曲家と演奏者およびかって
の聴衆の力、言うなれば「時代の力」ではないのかと思わず
にはいられない。

 

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暮れていく今夕のふる里。

ご来場の皆様、有り難うございました。
また来年、良い季節に行いたいと思いました。

沿岸の雪、奇妙に始まった冬。

2017年11月24日(金曜日)

本格的な降雪ではなかったが去る19日に初雪があり、本日
朝方に大きな雷が鳴ると強風ともに再び降った。
そんな昼すぎ図録を届けるため妙高市の書店へ向かった。

驚いた事に山沿いの同市は全く雪が無く、晴れ間も覗いた。
車の車外気温は美術館で3度、妙高市は5度。暖かいはずの
沿岸が低温で雪が降り、山沿いが暖かく雪も無いとは。

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出かける前の美術館。

 

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妙高市内。

 

4
帰路板倉区はさくら園付近の路傍の菊。
亡き母の生前、時に利用した同園のショートの利用中、車椅子に乗せ
て秋の妙高山や菊などを見た。

 

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帰ってきた樹下美術館。雪の庭も良いとお客様が仰ったという。

それにしても初雪の19日に出かけた髙田に雪が無かったことといい、
冬を迎え、今年はおかしな空模様になっている。

悪天候に手間取り、患者さんへの急用もあり予定した柏崎市には足が
届かなかった。

朝方は零下2度、冬の使者マガンを飛ばしてしまった。

2017年11月22日(水曜日)

先日冬の使者として初雪が頸城区や大潟区にやってきた。

動物では白鳥が大挙して青野池周辺に飛来している。本
日は美術館の近くの水田でマガンの群を見た。
用心深いマガンだが、よく車が通る県道に近い場所に居る。

マガン
さっさと走り去る車を気にしない風だったが、私が車を停めた途端、
雁たちは首を伸ばして立ち止まり警戒ポーズを取った。

 

マガン飛翔
マガンとこんなに近い距離は初めてで、こちらも緊張したが雁の方から
飛び立った。一帯に幾つものグループがいたので写真の何倍、1000
羽規模で飛び立ったのではないだろうか。
食事中の雁を飛ばしてしまい、陳謝した上今後注意しなければならない。

冬型がゆるむ 二冊の図録を市内に置かせて頂いた。

2017年11月21日(火曜日)

土曜日から数日続いた強い冬型の気圧配置が緩み、本日火曜日は
雲は多かったものの風は収まり少し気温が上がった。

土曜日の当地沿岸地域は初雪となり、夕方の車外気温は1度だっ
た。同時刻髙田まで行ったがそこは4~5度であり、雪も無かった。
いつもなら髙田方面は沿岸より雪が多いのだが、冬の始まりと終わ
りによくこのような逆転がみられる。

だがさすが11月の初雪は早すぎて、本日はすっかり溶けて無くな
っていた。

 

 

171121四ツ屋浜
今夕の四ツ屋浜。中部電力の火力発電所から上る蒸気が層雲となり、
上空に漂っていた。

悪天の週末、髙田方面を回り、このたび発行した「樹下美術館の齋藤
郎」および「樹下美術館の倉石隆」を以下の書店およびギャラリーさ
んのご好意によって店頭に置かせて頂きました。

上越市本町3丁目1-11「大島画廊」電話025ー524ー2231
上越市本町4丁目1-8「春陽館書店」電話025ー525ー2530
上越市本町4丁目1-6「遊心堂」   電話025ー526ー4887
上越市本町5丁目2-2「ギャラリー祥
電話025ー522ー8778
上越市大学前76「フカミ美術 大学前ギャラリー
電話025ー523ー1815

お近くへお出かけの際はお訪ね頂き、どうかお手に取ってみて下さい。
近々妙高市、糸魚川市を回るつもりです。

本日初雪 昨日倉石隆の「晩夏(向日葵)」

2017年11月19日(日曜日)

何日も前から出ていた予報通り昨日に続いて本日日曜日は
荒天となり、初雪を見た。

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午後の樹下美術館。11月中旬にあられが降ることはよくあるが、
白く積もって初雪と言われるのは早い方だ。

さて昨日、倉石隆の貴重な作品が寄せられた。

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「晩夏(向日葵)」。1985年
72,5×35,0㎝。
額装も素晴らしくさっそく撮影しました。

同年美術ジャーナル画廊における個展に出品された作品
で、1995年9,10月の新潟市美術館における「倉石隆展」
にも出展されている

昨日作品を観たおり、一瞥で深い感動を覚えた。
はかなげに描かれたひまわりは俵屋宗達の墨絵の如き幽
玄な味わいを漂わせていた。
較べて背景の暖色の何と優しいことだろう。夏を終えて葉は
しおれ、茎は細り、まことに頼りなげだ。だが実った花は十
分に油を含ませた筆で艶やかに力強く描かれている。
人物画の画家は枯れた花にも命の活動を実体として認め
、心込めて描いている。

このような倉石作品に出会えるとは思ってもみなかった。
来年の展示テーマを「細長い倉石作品」にしよう、と考えてい
たちょうどその時、本作品がやって来た。
刊行した図録に載せることは出来なかったが、来年は良い
場所に送り主の真心こもったこの美しい絵を掛けたい。

予報よりも良かったお天気 ローラ・フィジーのFly Me To The Moon。

2017年11月17日(金曜日)

本日午前の雨模様の予報→曇り、午後曇り予報→晴れと
なり良い方へと外れ、風も無く穏やかな一日となった。

 

171117樹下美術館の紅葉
本日午後、樹下美術館の西側から見た紅葉。ドウダンツツジ
とヒメシャラとモミジが赤くなっている。

明日午後から雨となり、日曜、月曜は寒気が降りてきて荒れ
模様、山沿いは雪だということ。しばらく晴れ間は遠ざかる
らしい。


Laura Fygi 「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」

悪天に傾く時節、月夜は遠くなり、せめてローラの歌でも、と
いうことでYouTubeからお借りしました。

激しく変わるお天気 インフルエンザワクチンが不足しているらしい。

2017年11月15日(水曜日)

11月は半ばとなり、お天気は激しく変るようになった。

 

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昨日の四ツ屋浜で鮮やかに染まった雲。風も無く静かだった。

そして本日は次第に風が強まり、つかの間の晴れ間と雨が激しく交
替した。

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午後、施設帰りの美術館の庭。

 

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雨と日射しが激しく交替しまた重なる。

 

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美術館から東方面に掛かった虹は気まぐれな気象のプレゼント。

午後の在宅回りのころ風雨は強まり、出来るだけ車を玄関に近づけ、
看護師と走ってお宅に飛び込むように三軒を回った。

インフルエンザワクチン接種の真っ最中だが、見知らぬ方がよく受け
に来られる。今期全体にワクチンが足らず、賑わう機関で断られた方
が空いている当院に回られるのかも、と聞いた。

 

齋藤三郎と倉石隆両氏の図録が完成して。

2017年11月14日(火曜日)

樹下美術館は今年6月に開館10周年を迎えた。
当初から美術館はたとえ小規模であっても、樹下美術館
の如く60坪の微少でも、収蔵作品の図録刊行無しには使
命を果たし得ないのでは、という概念があった(半ば脅迫
的に)。

それで開館に先立って2007年春から早々に作品写真を
用意し始め出来れば初年の内にもと考えて仕度を始めた。
だが中々うまく行かなかった。
これで良いだろう、と草稿し印刷所に出し、戻った校をあら
ためて見ると、直しが必要な箇所だらけ、文章もまずけれ
ばレイアウトも駄目の繰り返しが始まった。

いたずらに時が過ぎ、5周年、7周年など節目を目指したも
のの完成せず、最終期限として切った今年6月の10周年を
迎えた時点でようやく完了が見えた。
この間繰り返された変更、追加、修正は果てしなく思われ、
後半は思い切って分量を減らし終了が可能になった。
このたび齋藤三郎、倉石隆ともに500部を刷った。

 

1'
「樹下美術館の齋藤三郎」  A4 72ページ 齋藤尚明(二代陶齋)
氏の監修を求めた。

 

1''
「樹下美術館の倉石隆」 A4 57ページ 巻末に「倉石隆について
の言葉のコラージュ」を付けた。

 

 

3
「樹下美術館の齋藤三郎」から

 

4
「樹下美術館の倉石隆」から

 

 

5
齋藤三郎の初校と表紙  2012年

 

6
齋藤三郎の変更表紙 2014年

 

7
倉石隆の提出初稿 2013年

 

8
倉石隆の変更表紙と再校 2014年

 

9
倉石隆 最終9校までの原稿及び印刷校。

 

10
齋藤三郎の最終12校までの原稿および印刷校。

 

11
ありし日の校正。

作品撮影から10年掛かったが、悪戦苦闘ではなく正直
怠けて先に延ばしていただけではなかったかと、振り返
られる。
出来たものを見ると5年前、3年前のものはさらに稚拙で、
当時出さなくて良かった、と思わずにはいられない。

予想以上に年月を要したのは何より作者、作品に対する
自分自身の理解不足、その一言に尽きる。
正直途中私に不相応、あるいは荷が重すぎると考えられ、
無理ではと思うこともあった。
それで昨日完成したものの、明日にでも生じる直しへの不
安を払拭できない。

図録は当館の責務そのものだが、拙くも出来たものを目の
当たりにすると、勝手ながら当地ゆかりの芸術家に対する
ささやかな顕彰、あるいは一ファンとしてのオマージュだっ
たのかという思いがよぎる。

一つの節目を終えて、あらためて樹下美術館と二冊の図録
の無事な前途を祈らずにはいられない。

図録は時間が掛かったため及び小ロットのため、
「樹下美術館の齋藤三郎」は一冊2400円+税
「樹下美術館の倉石隆」一冊1900円+税

と高額になってしまいました。
美術館で販売を始めましたのでご来館の際にお手に取って
ご覧頂ければ有り難く思います。

また後日上越市、妙高市、糸魚川市の書店、ギャラリーさん
の何カ所かに置かせて頂く予定です。

カフェでゆっくりされるお客様 美味しかった姫リンゴ。

2017年11月12日(日曜日)

日々寒さが強まっている。11月も半ばに差しかかり、間も
なくアラレの音を聞くのであろう。
本日日曜日は二十数名のお客様だったが、秋を惜しまれる
ように庭を眺め、2時間、3時間とカフェに座られる方が多か
った。

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昨夜はお客様から頂いていた姫リンゴを食べた。ちゃんと蜜が入
り、大きなリンゴと遜色なく美味しかった。庭で育ってていらっしゃ
るということ、大変ごちそうさまでした。

強風の海岸に黄色い風船。

2017年11月11日(土曜日)

晴天は昨日一日だけ、本日は強風となり、現在夜間も吹き続け
ている。
時々陽が射した午後、上下浜に荒海とホテルを撮りに行ってみ
た。

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海鳴り流れる雲そしてホテルは日本海の冬の詩情。

 

そして帰り道、、、

 

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風船か、ロープに絡み強風でバタバタしている。

 

車を降りてみる、、、

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ネコ?クマさん?

 

6
うん?こっちを向いた、可愛いなあ。

 

近寄って手を伸ばした時、突然飛び、私の顔にバシッと当たりま
した。

振り向くと竹ヤブを越え、旧国道も飛び越え、遠くへと飛んで行
ってしまいました。黄色だったのがよけい印象的でした。

今夜は風と寒さがさらに強まる様子、風船はどこにいるのでしょう。
そしてどんな子が放したのでしょうか。
娘が3才のころ、祭の風船を放してしましい、その後何年もその
事を言っていました。

そういえば中学校時代に「赤い風船」という映画を観ました。


ぼんやりした断片だけ残っていますが、1956年作という
YouTubeの動画映像がきれいなのにはびっくりしました。

はやにえの庭。

2017年11月10日(金曜日)

本日の昼、西の方の庭でイタヤカエデの若木に乾燥したアマ
ガエルが刺さっていた。

1

モズが秋におこなう「はやにえ」の犠牲である。
冬の食べ物に備える行為、と言われていたが、色々な見解が
あるようだ。
元来モズは握力が弱いため、尖った枝に指して固定して食べる
習慣があり、途中で飽きたか邪魔に入られ放置したもの。
あるいは単に本能あるいは習性として行っているだけなど、色々
いわれる。

庭ではやにえを見るのは二度目だが、少々ぞっとする。
以下は昨年4月に美術館の水盤にやってきた時のモズ。

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3

行為を別にして本人は暖かみのある薄いオレンジ色を基
調に、黒とグレーでおしゃれをしている可愛くシックな鳥な
のだ。

大きさはすすめよりもやや大きいくらい。

倉石隆の「(人生)」 大洞原の大根 お客様から姫リンゴ。

2017年11月8日(水曜日)

本日午後からポツリポツリと始まり夕刻までしっかり
降り続いた。さらに夜間雷がゴロゴロ鳴ると強い風が
出てきた。

列島にそって長く伸びていた高気圧がプツリと切れ
て、好天だった空がにわかに冬型に変わった、と予
報が伝えていた。

そんな日のお客様はちょうど10人で、4人の方が展
示をご覧になり、9人の方がお茶の飲まれた。
居あわせた男性は東京の方で電車の待ち時間か、
犀潟駅から歩いてこられていた。倉石隆の絵をご一
緒した。
「人生」と「詩人」に長く足を止められた。
とくに「人生」をじっとご覧になり、この絵は晩年の作品
ですか、と尋ねられた。

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「(人生)」 1957年 90,9×72,7㎝

上京後、貧しく苦労をしていた比較的若いころの作品です。
苦しい自分を揶揄するように描いたと思います。ご本人は
とてもハンサムな人ですが、美しいだけの絵は描きたくない、
と生前仰っていました、とお話しした。
お客様は、晩年に人生をこのように振り返ったのであれば
つらい絵になる、とお考えだったようで、
「なるほど、色々考えさせられる絵ですね」と幾分ほっとした
風に仰った。
以前ここで書いたように大学生になったばかりの若者も、こ
の作品の前で、これが人生か、凄いなと唸っていた。

次第に雨が強くなり、お客様が見終わる頃合いでスタッフが
車で駅までお送りした。
館内のノートに好意的な感想を残されていた。

 

さて大洞原のお土産の大根は煮物になったが、漬け物も予
定されている。

 

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午前の大根。

 

3
昨日お客様から頂いた姫リンゴはそのまま絵のようだった。

お天気が庭の冬仕度をせかせて落ち着かない。

半年に三回の健診 68年かかっている野菜。

2017年11月7日(火曜日)

本日午後、来年度就学園児の健診があった。かってこの
年令の園児は、秋の健診として10月に他の年令の園児と
ともに診た。

だが一ヶ月後、もう一度就学前と称してこのたびのように健
診を受け、さらに来年入学すると5月に学校健診がまたあっ
た。

同じ児が半年余に三回もの健診を受けるのである。
丁寧といえば丁寧だが、本当に意味があったのだろうか。

同じ時期に秋期健診と就学前健診、名は違うが内容は同じ。
健診が心身に悪いというわけではないが、さすがに多すぎる
と、学校、保健所に伝え、医師会でも取り上げた。そのせい
か、いつ頃からか年長の園児は秋の健診を止め、およそ一
ヶ月後の就学前健診を行うことで済ませるようになった。

私が当地へ帰った昭和50年から担当した小学校の生徒数
は1000人を越えていた。就学予定者は170~180人いて、
もうお一人の先生と、延々診た。
医師もそうだが、園、親御さん、園児?にも余計だったので
はないだろうか。
こどもたちがちゃんと小児科医にかかるようになったことも大
きい。
私が言ったせいでもあるまい、堅苦しい制度の堅苦しいお役
所が、よく変えてくれたものだと、今にしてつくづく感心してい
る。

 

1
数日大変よく晴れた。明日から崩れる予兆か本日午後の雲。

 

3
さる11月4日、お訪ねした妙高市は大洞原のSさんから帰り際
頂いた白菜。皆さんとお分けしました。一昨日、朝日の中あまり
に美しいので撮りました。お漬け物になるのを待っているところ
です。

 

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本日夕食は一緒に頂いた大根が出ました。妻の作ですが本当に良
いお味でした。

ご不自由なのに玄関先まで出て見送って頂いたSさん、貴重なお野
菜を美味しく食べています、本当に有り難うございました。形式でなく、
ひたすら実を追求した開拓地の野菜が美味しいのは頷ける。

色づく樹下美術館、野のブドウ 来年は塩崎貞夫作品とのコラボ。

2017年11月5日(日曜日)

本日風も無く爽快に晴れ、日中雲を見ることもなかった。
さて11月となり樹下美術館の庭もそれなりに紅葉の趣に
なってきた。

 

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駐車場からの眺め。

 

付近の高速道路沿いにある小道のエビズルはさらに熟した
色になり、ノブドウのターコイズブルーはピークを感じさせる
鮮やかさだった。

3

 

2

 

さて今年3月9日、新潟市「砂丘館」で故塩崎貞夫氏の
展覧会を観た。
ガブリエル・フォーレのレクイエムに触発されたという鎮
魂は氏の主要なテーマの一つだった。
動かし難い黒を効かせた画面には、かすかな風やざわ
めきが漂っていた。
また描き込まれる花の軽やかさも忘れ難い。

そして来年の樹下美術館は4月中旬からおよそ一ヶ月、
館内に塩崎氏の作品を10数点、展示する予定になった。
齋藤三郎、倉石隆常設展示の当館で他作家との共同展
覧は初めての試みである。
本日、東京から塩崎夫人とお嬢様、そして新潟市「砂丘
館」館長、大倉氏が来館され、イベントの骨子を相談した。

倉石隆の絵画室はそのままにして、陶芸ホールの壁面
と、カフェを使う予定。
小ぶりな樹下美術館全体と倉石、陶齋両氏作品との相
性、調和などスリリングであり、今から楽しみだ。

 

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先の作品展における塩崎作品「女人午睡」 121,8×96,3㎝

構成と詳細など大倉氏の主導に協働できる事は今から楽
しみだ。

霧雨の大洞原を再び訪ねた。

2017年11月4日(土曜日)

去る9月、妙高市は関山の大洞原で農業を手伝っている方か
ら美味しいトマトとトウモロコシを頂いた。
また倉石隆氏のスケッチと油絵に昭和20年代中頃の大洞原を
描いたと考えられる作品があることから興味を持つに至り、9月
中旬に初めて同地を訪問した。

戦後、国・県によって進められた集団による開墾は馴染みが
無く、詳しく知りたくて妙高市役所にお電話をしたところ、入植
第一世代に当たるSさんを紹介して頂いていた。
間もなくSさんから貴重な資料本三冊が届けられた。

本日午後霧雨の大洞原のお宅をお礼かたがた訪問した。
90才をこえられる氏は移動にご苦労をされていたが、頭脳、
感覚はしっかり維持され、純粋で闊達なお人柄だった。

痩せて広大な大地の開墾は途方もない事業である。
較べるべくもないが、庭の除草で腰が痛いと言う私などは揺り
かごの中の赤ちゃんみたいな話である。

 

1
↑大洞原のほんの一角。

2
立派な大根が干されている。
入植当時の地味は痩せ、カボチャはツルがわずかに伸びるものの、実を
つけることは無かったという。
導入された育牛によって得られた肥料と生乳の現金収入が開墾を下支
えすることになる。
5
↑傾斜地をささえていた大きな石。黒い表土のわずか50~60㎝下に礫
とともに分厚く埋まっていたものらしい。

6
巨岩は妙高山の噴火の凄さと開墾の困苦を物語っている。

 

敗戦に終わった国の農家の次男三男たちフロンティアによる開墾。新
天地を得て子孫に残すべき希望だけが、執拗な草木の根と岩石、そし
て飢えとの格闘を日々可能にした。
大洞原開墾は県下各地から集まった人々によってなされ、S氏は西蒲
原は旧味方村のご出身。

戦後妙高山麓には九つの開墾地が設けられ、武蔵野と命名された土
地には東京都出身者が中心となって入ったが、成功しなかったという。

数知れぬ失敗、朝鮮戦争と施策の変遷、多くの去就、節目の困難に
強いリーダーが現れ、問題を克服して今日に至っている。

 

3
クラインガルテン妙高(滞在型市民農園)という新機軸の居住地区と
トマト畑。
先日の訪問の折、若い両親と子供たちが憩っていた。
現在の大洞原は大きな二つの時代が入り交じっている、とはS氏の言葉
だった。

 

7
↑昭和62年、開拓第一世代入植40周年を記念して建立された碑。

S氏宅に2時間余お邪魔した後、関温泉方面へと上ってみた。

8
↑妙高カントリークラブを過ぎた右手にあった「休暇村 妙高」。
ここは五最杉(ごさいすぎ)という場所であり、昭和22年に開墾隊が最
初に入植した土地。
同地は地形、地味、水利など問題が多く2年で中止となり、平均200メ
ートル高度が下った国道8号線に近い大洞原へと移ることになる。
地元住民との協調も多くの曲折が必要だった。

9
国立妙高青少年自然の家付近。

霧雨が降り止まず車外温度は7度を指していた。
山麓の雪はそこまで迫り、すでに初冬を迎えている。
妙高山の自然と人間が織りなす歴史をわずか一コマながら垣間見た3
時間だった。

ピンク系のシーグラスの旅とは サブリーユの食事とピアノ。

2017年11月3日(金曜日)

本日は、文化の日にふさわしく爽やかに晴れた(かって非常
に冷たい雨が降ったこともあったが、、、)。

お天気に誘われて(いつものように、、、)柿崎海岸を歩いた。
何度も歩いている海岸で初めてピンク系のシーグラスに出合
った。

 

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初めて見たピンク色のものが、わずか1メートル先にもうひとつあ
った。

海中のガラス片の角が取れ、丸みを帯びるのにどのくらい時間が
掛かかるものなのか、正直分からない。
二つのグラスの器なりが同じものだったなら、どこか遠い所から出
て互いに広大な海底をさまよい(もしかしたらつかず離れずくっつい
て)、今日砂浜に打ち上げられ、偶々私が双方を拾い上げた、、、。
これは一種奇跡ではなかろうか、と空想した。

(ことのついでですが、似たような緑色のものがすぐ近くにあったり、
角が取れた石炭があるカ所に沢山打ち上げられていたり、同じ場
所に同型の砂利が連なっていたりする事がよくあります)

そんな日の夕食を大潟区はサブリーユで、山形県からのご一家と
一緒した。

 

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楽しく美味しく健康的な品が続いた。
皆様はとても優しくて良い方達であり、お礼を申し上げたい。

 

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レストランでご一家の大学生がショパンとドビュッシーを弾いて下
さった。
下宿のためもう二年も弾いていないと仰ったが、流麗で詩情込め
られたった演奏は心に響き、窓外の月光にまで思いを馳せた。
同席した小学生の歓喜の顔も忘れられない。

 

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これからも出来るだけ体に気を付けて生きなければと思った。

嵐のあとに鳥の巣 上品な夕暮れ 柿の木に十三夜の月。

2017年11月1日(水曜日)

秋らしい群雲が空を飾りかろうじて晴天を保った日。
庭に鳥の巣が落ちていて、夕暮れは上品で、十三
夜の月は柿の木の中にあった。

1
初冬の落葉した木によく鳥の巣が見つかる。
本日はスタッフが落ち葉掃きの際に芝生で見つけた。
内径が7~8㎝の小さな巣であり、どんな鳥のものかい
つも分からない。
なにより私たちに知られずに、毎年鳥たちが営巣してい
る事が不思議だ。

 

2
いつもの四ツ屋浜の夕暮れ。

 

3
十三夜の月は豆名月、栗名月などと言われるようだが、
今夕診療所では柿の木の中で煌々としていた。

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