2018年5月

夕暮れの上下浜 ホテルの東側とハマナス。

2018年5月21日(月曜日)

昨日五月晴れの昼、上下浜の花咲く丘へ行った。
一面黄色の花に紫のハマエンドウの紫が程よく混じり、一部
にハマナスが咲いていた。

丘はマリンホテルハマナスに近く、ホテルの裏手東側に群生
する場所があるというので、仕事の後出かけてみた。
一帯は潟町の仕事場から車で3,4分と近い。

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東側の駐車場を囲む土手にまず咲いている。
普段近づかない場所なのでこんなに咲いているとは驚き。

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夕陽を浴びるハマナス。

 

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東側から見るホテルの印象は見慣れた西側の眺めとかなり異
なる。

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芝生に椅子&テーブルが出ている。これも西側からは分からな
い。

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気持ちよさそうな海を眺める椅子&テーブル。

 

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普段見慣れて居る西側の眺め。

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ジェット機が七色の雲を曳いて飛び去った。

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鵜の浜温泉に近い公園駐車場の夕暮れ。

海に沿ってホテルの東側には道路があるのでいつか先へ行って
みよう。

五月晴れの午後柿崎区上下浜、頸城区森本、上越市髙田を回った。

2018年5月20日(日曜日)

昨日の寒冷風雨から一夜明け、本日日曜日は清々しい五月晴
れとなった。午後から以下のように慌ただしく外出した。

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↑上下浜はマリンホテルハマナス近くの公園へ。
丘と池を中心とした公園は色とりどりの草花が咲き乱れる。

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↑柿崎区上下浜は自生するハマナスで知られている。

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↑丘の上から妙高連峰の残雪が眺められる。

本日、頸城区森本の白田邸の公開日でそちらに向かう。

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↑大正7年起工以来(途中略)実に16年の長きに至り大金
を費やし職工、人夫何千人に及びしか計数の煩いに絶えざる
なり(祖父善四郎飼料から)」と書かれる大工事による贅を
尽くした大屋敷。
平成26年4月25日、文化庁による登録有形文化財に指定。

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↑広い北土院にて。つくばいは東京の庭師による作。

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懐かしい方の写真に出合った。白田家現当主の祖母の兄・
野口孝治氏(元立憲国民党の衆議院議員)。
拙家の祖母も野口家の人で、白田家祖母と姉妹。孝治氏は
双家の大叔父にあたる。

晩年の孝治氏はしばしば私どもを訪れ、父は「髭のおじさ
ん」と呼び大変丁寧に接していた。

白田邸で長居をしてしまい、お目当ての齋藤三郎、藤巻耀子、
齋藤尚明による「父子三人展」は終了ぎりぎりの入館だった。

 

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↑堂々かつ端整な尚明氏作品

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↑耀子さんの木彫作品の一部、生き生きと精緻に作られ、思い
切った色使いをされていた。絵画、書ともされ父親ゆずりの才
を発揮されている。

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↑妙高連峰を描いた齋藤三郎の壺。太い首に描かれた蝶、ある
いは蛾?の文様がとても気になった。同じ文様を描く比較的若い
九谷の作家がいて、描き方がよく似ていたので、はっとした。

 

 

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多くが手書きによる趣きある三郎氏の名刺。
新潟大学髙田分校の講師だった時の名刺があった。


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帰路の畦に見られた野草。

 

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帰ってきた樹下美術館で飲んだオレンジジュース。
喉が渇いていたのでとても美味しかった。

良い午後だった。

寒かった日 スポーツのように早い花のリレー。

2018年5月19日(土曜日)

「寒いですね」、「冬物を出して着ました」などと、
合う人ごとに寒さを嘆いた一日。風雨もあり、肩を
すくめるほどの体感だった。
午前中はお子さんも交えて何人か風邪の方を診た。
小学校では運動会の予定だったが、中止になったの
ではないだろうか。

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美術館付近の道一面にニセアカシアの落花。

例年甘い匂いに気がつくのに、今年はいつしか落花し、
道を白くしているのを見るだけだった。

そんな寒い日に同級生夫妻、懐かしい人、遠くの方、皆
様にお訪ね頂き本当に有り難うございました。
また留守もしまして申し分けありませんでした。

梅雨を思わせる日でしたが明日は気持ち良く晴れそうで
す。

満開のナニワイバラにクマバチ。

2018年5月18日(金曜日)

潟町の仕事場のカーポートの屋根一面にナニワイバラが
満開を迎えている。

およそ15年ほど前、新潟市でたまたま入った小さな園
芸店で求めた苗が、今日旺盛に生長し開花している。
わずか6.70㎝の頼りなげな苗がこんなになるとは、苗
が凄いのか、庭土が凄いのか、とにかく感嘆するばかり。

 

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そんな花にブンブン羽を鳴らして大小の蜂が来ている。
大きなクマバチはずんぐりして、熊のミニチュアみたいだ。

 

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黄色が効いているクマバチは真っ白なナニワイバラが良く
似合う。

花から花へまことに忙しそうなクマバチだが、満開のバラの
園で幸せそうだった。

話変わって、蜂のメスは刺すがオスは刺さないという。
クマバチは顔を正面から見ればオスメスの区別がつくらしい
ので、機会があったら良く見てみたい。

もう一つ、蜂のオスは働かず、女王蜂と交尾するためだけに
生きると言われる。
人間でいうと、どのような存在なのか想像し難い。
特に交尾に成功した後にまもなく死ぬと聞けばなおさらであり、
小さな体だが、壮大なロマンあるいは悲劇の生き物にみえなく
もない。

日中の真夏のような気温は夕刻の雨の後、突然肌寒くなり
今も雨が続いている。

さよならプログレ。

2018年5月17日(木曜日)

私の愛車プログレは2005年12月に購入し、足かけ
14年乗った。
初めての3ナンバーはコンパクトで品良く目立たず、
静かに走り本当に気に入っていた。
少し贅沢をして内装をアイボリーの革張りにしてもらっ
た。

多い時には60人も居た在宅患者さん、急な往診もまま
あった。
雨の日も風の日も黙って走り、4駆を発揮し道を塞ぐ堅
雪塊に突っ込み、乗り越え患家へと走ってくれた
購入時は地元医師会の不肖会長時代、100キロ先の新潟
市の頻繁な会議へも快適に走った。

近年鳥を求めてぬかるみや雪道などで随分酷使した。
順調だった車は、昨年秋に突然数回のエンストを起こし
た。
以来調子を乱し、このたび燃料漏れ。
しかもただならぬパイプの腐食が見つかった。

雨雪の往診、訪問はできるだけ玄関に近づけたい。
14年のうちに、庭石などにコツンコツンと四隅を当て、自
分で塗装した部分はじめ、細かに見れば満身創痍の趣きに
なっていた。

この車は2007年、すでに廃版になっている。
しかし仕事を続ける限り、最後まで乗るつもりでいたが16
万キロを目前にして泣く泣く替えることに決めた。

 

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本日ディーラーの駐車場に居た数日ぶりの愛車。
乗って帰ってくれると思っていたに違いない。
それなの荷物を下ろしてお別れだった。

見ただけならまだまだ十分行けそうな顔だった。
もっと手入れをしてあげれば良かった。
この後、どこか遠い国へ売られるような気がした。
ずっとこちらを見ている。
ゴメンネ愛車、絶対に忘れない私の戦車。

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車と別れた後、ホームセンターで柿の苗を買った。

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沢山肥料をすき込んで植えた。
苗はすでに幾つか花実を付けている。

8月にも特別展「夏庭のテンセグリティ 堀川紀夫 展」

2018年5月15日(火曜日)

今年の樹下美術館は常設展のほか二つの特別展を企画し、
営んでいます。
一つは4月19日から始まった好評の「桜のレクイエム 塩
﨑貞夫 展」で、現在期間を2週間延長して開催中です。

そして8月には「夏庭のテンセグリティ 堀川紀夫 展-樹下
美術館の新たな眺めー
」を開催致します。

バナー
上掲のお知らバナーは昨年秋、上越市に於ける第19回城下
町花ロードの作品「Tensegrityの華ー桜蓮-」のポストカー
ド(堀川紀夫氏製作)を使わせて頂きました。

上越市生まれの堀川紀夫さんのご略歴を以下に記載します。
・1967 新潟大学教育学部美術科の在学中に新潟現代美
術家集団GUN結成に参加
・1970 「雪のイメージを変えるイベント」(信濃川河
原)参加
第10回日本国際美術展「人間と物資」(東京都美術館)
・1985 環境としてのイメージ展」(兵庫県立近代美術
館)
・2000 「新潟アジア文化祭-見えない境界-展」(新
潟県民会館」
・2001 Century City展(UK/ Tate Modern)
・2005 「東京府美術館の時代1926-1979」展(東京
都現代美術館)
・2007 「地球の洗い方」展(福井市立美術館)
「ART ANTI-ART NON-ART EXPERIMENTATION IN
THE PUBLIC SPHERE IN POSTWAR JAPAN 1950-
1970」(CA/Getty Research Institute)
「平面インスタレーション」展(新潟市砂丘館)
・2008 新潟現代美術家集団GUNの軌跡1967-1970」
(ギャラリーmu-an)
・2009 第4回大地の芸術祭(松之山大厳寺キャンプ場
に作品設置)
2011~12 大震災復興支援チャリティー「アート&ア
ーティストの底力」展を企画開催
・2012 「GUN新潟に前衛があった頃」展(新潟県立
近代美術館)
・2013 第1回小田原ビエンナーレ
・2015 マイナスアート展(帯広)
・2017 「アートハウスおやべ現代造形展」

および
・大地の芸術祭(2000,2009,2012,2015)に参加出展
・大地の芸術祭 雪アートプロジェクト2008~2018に参加
出展(十日町市中里、松代、奴奈川)

ほか多数の発表歴をもって精力的に活躍をされています。
近く堀川さんによるテンセグリティの概要やチラシを掲載致
します。
当館からの新たな眺めとはどんななのでしょう。
初めての野外展示はとても楽しみです。

キジが夕暮れのあぜ道で縄張り争い。

2018年5月14日(月曜日)

午後から陽が射し始めたが日中は肌寒かった月曜日。
一帯の水田は水が入るや代掻き、田植えと一気に作業が進
んでいる。
仕事を終えた夕刻、水田と美術館の写真を撮りに出向いた。

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裏のデッキとベンチ。18:10過ぎ。


田んぼからと反対の雑木林の方向からキジの鳴き声が聞こえて
いた。
庭の雑草取りをしているとバタバタと羽音が聞こえ、畦に二
羽の雄キジが見えた。

 

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向こうの一羽が左方向へ逃げるように歩いている。
(18:37の頃)

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手前のキジが追いかけた。時折にらみ合いをしながら互いの距
離が縮まっていった。

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逃げたキジが畦の端で待っていて、二羽でにらめっこ。
体を膨らませ、羽を見せ合い優位を競っている感じ。
18:45頃を回りすでに写真に不向きな時間。

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すぐに互いが飛びかかり、少しずつ場所を変えながら争い
が始まった。

 

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回転や捻りをまじえて飛びかかることもあれば、空中で一瞬
絡み合うこともあった。

 

争うキジは我を忘れているようであり、少しずつ近づいてみた。
わずか7,8メートルまで近寄っても逃げない。

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18:53,争いなのだが全く鳴くことなく羽音だけ聞こえる。
激しく組み合うことも噛みつく事も無い。ダンスか舞をしてい
る風に感じる瞬間もあった。

10ほど争った後、両方同時に飛び立つとあっという間に暗闇
に消えた。
間もなく遠くの方からケンケンと大きな鳴き声が聞こえてきた。
しばらくすると一羽が暗いあぜ道をこちらへ歩いてきたが、私に
気がつくと立ち止まり、戻って行った。

何か決着が付いた様子だった。

春の特別展「桜のレクイエム 塩﨑貞夫展」延長のお知らせ。

2018年5月13日(日曜日)

去る4月13日から始まった春の特別展「桜のレクイエム
塩﨑貞夫展」が本日で終了しました。

当展は大変ご好評を頂き、期間中に600人の入館者に恵
まれ、お陰様で小さな樹下美術館では最高に匹敵する数で
した。

折角の貴重な特別展、意を決し、館長のわがままもあり、向
こう2週間の会期延長をさせて頂くことになりました。

延長期間:5月27日(日曜日)午前まで

1805崎展延長バナー

延長に同意下さった今展ご協力の新潟市「砂丘館」および認
定NPO法人「新潟絵屋」館長の大倉宏さんに深く感謝申し
上げます。

 

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「女人午睡」と手前に「カクダノヤマ」

 

 

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「海」

 

 

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「樹下午睡」

 

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「櫻」

 

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カフェの「コスモス」

期間中は現在の展示14点をそのまま継続いたします。

続けて皆様のご来場をお待ち致しております。

私たちの旅行、食事、行き先と切手 九州人は親切で熱いかもしれない。

2018年5月11日(金曜日)

三日に亘って記載させて頂いた4泊の旅行。ご覧になった方
たちから強行軍でしたね、疲れませんでしたか、と妻はねぎ
らわれたらしい。

だが普段の3倍は歩いたが妻は全然と言い、私も足取り軽く
過ごせた。

それが何故だか分からないが、楽しかったことと早い就寝の
せいかもしれない。
あるいは効率で、長崎市内では外観を見るだけで済ませた所
が数カ所あった。
京都も東寺は五重塔、広隆寺は霊宝殿、天龍寺は庭だけとい
う風に絞り、そこではゆっくりした。
食事は熊本の先輩のおごりの店のほかは、空いている所が最優
先という簡単ぶりだった。
昔から旅に出ただけで食物を美味しく感じるし、そもそも普段
妻が家で作るものが美味しいので、時間やお金を掛けなくても
良いというのもあった(妻はメニューにこだわるが店にこだわ
る気配は無い)。

行き先のことでは、
次回京都へ行く機会があれば、宇治平等院だけでも良い、と考
えている。
まだ行った事がなく、子供の頃切手で見て以来の長いあこがれ
の場所という理由で。
2012年母の遺骨をもって佐賀県を訪ねた際、帰路、錦帯橋
に寄ったのも、子供時代に見た切手からのあこがれだった。
さまざまな情報の中で、小さな切手がもたらした大きなインパ
クトは、子供ならばこそだったのだろうか。

最後に九州の人の、人なつこさ、熱さ、といえばいいのか、以
下に二つの場面を記してみた。

●島原鉄道に乗る際の駅で。
発車時間ぎりぎりで駅に到着。妻は走ってホームへ、私は切符
売り場へ急いだ。自販機でモタモタしていると駅長さんらしい
人が走ってきて切符を買うのを手伝ってくれた。
後で妻が言うにはその人は、
「私が車を停めますけん、大丈夫です」と言って妻を乗せ、私
の方へ走ったということだった。

●博多で列車の待ち時間、妻が買い物に列を離れた時、
回りから一斉に声があがった。
「あっ、落ちた!」
「落としましたよ!」
「落ちました、落ちました!」
見ると何人もの人がある場所を指さしている。
そこに妻の上着が落ちていた。
急いだため肩に掛けていたのを落としたらしい。
間髪入れず発せられた親切。果たして新潟県でこうなるだろう
か、一瞬外国にいるような不思議な気持ちになった。

連休後半は熊本、長崎、京都へ その3・駆け足の京都 乗り物が好きなわけ。

2018年5月9日(水曜日)

昼間一日だけの京都。何処に行けばいいのか、ずいぶ
ん迷った。
旅は何泊も連泊して、その場所を堪能するものとの論
は良くわかる。

京都が好きな人なら何十回も訪ね、果ては移住まで果
たす人もいよう。
私は1951年の修学旅行(中学)以来学会など併せ
て5回訪れた。
いずれもせいぜい2泊のつまみ食いのような旅行ばか
りだった。

それがこの度は前泊の翌日一日のさらに短い観光。
結局、午前を嵐山など西部を午後は高台寺など東山の
数カ所を巡り、東西は可愛いであろう嵐電(らんでん
/京福電鉄嵐山本線,)で往来することにした。

 

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9:00ホテル出発、まずは直近の東寺へ。
五重塔の特別拝観期間だったため、内部を拝観出来た。
心柱を守るように阿弥陀如来はじめ12体の菩薩、如来が配
置され、広い堂内には厳しく荘厳な空気が漂っていた。
真言の寺なのに大日如来が無いのは不思議だったが、心柱が
それだと知り深く納得。
拙家は真言宗(豊山派ぶざんは)で、1987年以来の東寺
訪問だった。

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隣接地で毎月第一日曜日に行われている骨董市が立っていた。

さて初めての嵐山へ。


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バスで四条大宮の嵐電始発駅へ、ここから嵐山方面に向った。

最初のお寺は広隆寺。

 

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終点嵐山駅近くに太秦広隆寺駅があり、道路に面して山門が
ある。そもそも当地は京都で最も古い地域だという。
聖徳太子七寺のひとつということ、空気は澄み心地良かった。
(お堂は正面から撮影禁止となっている)

 

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弥勒菩薩半跏思惟像(Wikipediaから)。
諸塔端整な同寺の霊宝館で国宝第1号の一つ「弥勒菩薩半
跏思惟像を見ることができた。やや暗い館内で、12体の力
感あふれる神将像に守られて、一段高い所に安置されている。
優美な姿に初めて接し、手を合わさずにはいられなかった。
それぞれ国宝であるが、対面するように背の高い不空羂索観
音が安置され、一層室を穏やかにさせていた。

教科書で初めて接し、試験にも出たかもしれない仏像に60
年も経ってお目に掛かったが、遅かったという印象は無かっ
た。

 

太秦広隆寺駅で再び嵐電に乗車、終点嵐山駅で降りる。

 

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嵐山の賑わい。夏の軽井沢を彷彿とさせる。

渡月橋を渡った後天龍寺へ。嵐山を借景した広大な庭は手入れ
良く、草木に丁寧な札が立ててあり、初めての植物も多く目に
した。

 

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庭にアオサギがいた。

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芍薬「万古の声」。優美な花が多く見られ花の寺の趣きだった。

 

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清々した店でお豆腐料理の昼食をとった。
一帯はあまりに人が多く、2カ所の予定を省略した。

嵐電で四条大宮へ戻りタクシーで二条、木屋町通り入り口
へ。
通りを歩き鴨川へ出て、祇園白川、先斗町を歩いた。
鴨川べりを歩き過ぎて、この度の目的の一つ吉井勇の歌碑
「かにかくに碑」を見損ねた。

かにかくに 祇園はこひし寝(ぬ)るときも 枕のしたを水の
ながるる

何と良い歌、良い時代だろう。
次は何時になるか分からないが、必ず目の当たりにした
い。

続いてタクシーで高台寺へ。
かって東山界隈を歩く度に横目で塀を見るだけだった高台寺。
品良く魅力的な雰囲気を漂わせるも、長く普段の公開がなかっ
た。それが平成になって公開されていると聞いていたのでこの
度は是非と思って訪れた。

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その名の通り寺へは少し坂を登る。坂の途中から見えた通り
の程よい賑わい。

 

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秀吉を弔ってねねがこしらえた高台寺は優しい。

 

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大きな吉野窓が目を引く茶室遺芳庵。道の随所で竹とともにあ
しらわれるカーブも美しい。

 

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茶室・傘亭。
昭和60年代初頭頃、この茶室を使った夜咄の茶事がNHKで
放映された。映像が素晴らしく、自分もお茶をやろうと決心、故
渡辺宗好先生の裏千家茶道に入門した。

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帰り際の御茶屋で抹茶を服した。天目茶碗で裏千家流の点て
方で美しく出された。小さなお饅頭を頂き美味しく服した。

 

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目の前をきもののお嬢さん達が盛んに通る。

抹茶を飲んだが近くの長楽館はどうしても寄りたい。

 

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18'

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ある個人の迎賓館だったという長楽館。30数年前も最後
にここへ寄って珈琲を飲んだ。

さて京都でこの旅も終わる。
東山は嵐山よりも静かだった。
長楽館に入る頃から小雨となった。

ところが、
旅の終わりに腰を抜かすほどびっくりさせられたのが京都
駅ビルだった。
写真などを見ていたが、実際見た現物は革命というほかな
かった。
設計者原広司氏の革命は壮大で未来的だが、どこか産業革
命当時への懐かしさ(親しさ)が漂うのを覚えた。

また構造があまりに社寺と反意的なのは、それによって市
中の社寺を一層明瞭化(引き立たせる)させる意図もあった
のか。

賛否はあったはずだが、私はとても気に入り、短時間だった
が、西方のてっぺんまで登ってみた(作者に導かれて)。
設計者は子供のように、どれほど楽しんでこれを作ったか
分かる気がした。
お金もかかったことだろうが、京都なら取り返せる。

 

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出来れば再び京都と駅を訪ねたい。

 

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22:38,帰ってきた上越妙高駅。なぜかほっとする閑散。

大好きな乗り物はさらに増え、京都市バス、嵐電、サンダーバー
ドにも乗ることができた。
マニアではありませんが、乗り物が好きなのは、満州からの引き
揚げが原因ではないか、と思っています。

大騒ぎして乗せられたトラックの荷台、大陸の客車で受けた襲撃、
真っ暗な貨車や無蓋車への乗り換え、混雑し迷い子になりそうだ
った引き揚げ船、、、。
4才になったばかりの私は終始殺気立つ気配の中で、乗り物だ
けは楽しかった事を漠然と思い出すのです。

短い旅でしたが、妙なことを思いました。

“人間(自分)は経験したことしか経験しない”
のではないか、という屁理屈です。

最後に施設や在宅の患者さん、スタッフとお客様、熊本の先輩M
氏、普段お世話になっている皆様のお陰で無事に楽しい旅行がで
きたことを感謝しています。

本当に長くなりました。

連休後半は熊本、長崎、京都へ その2・二日目の長崎市。

2018年5月8日(火曜日)

5/5長崎市は良く晴れている。ホテルの朝食後10時に昨
日お願いしたタクシーさんが玄関に来て長崎観光が始まった。

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待っていてくれたタクシー。

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めがね橋は楽しい風景。そういえば市内の建造物や通りの多
くに石が用いられている。
そのこともまた町に由緒ある異国情緒をもたらす一因になって
いる。

 

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川沿いに人が集まっているのは、石垣の中にハート型のもの
があり、そこで自撮りなどをするため。

この後崇福寺、孔子廟、オランダ坂を経てグラバー園に行った。
花一杯の同園で早くもバラが咲き始めていた。

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バラの垣。

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グラバー園からの風景。
いつから変わったのか、その昔私はここをグラバー邸と呼ん
でいた。
1963年の夏、ある大きな団体の九州旅行があり、その医療
班に加わった。以来グラバー園は50年振りだった。

 

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↑ルノワールの絵画に見られるような服装のお嬢さんたち。
グラバー(1841~1919年)の時代はルノワール(18
38~1911年)とほぼ重なる。
グラバーさんが仕事をした幕末~明治初期は、イギリスでは
ビクトリア女王の時代。このお嬢さんたちはじめ、多くの人が
レンタルでビクトリア調にドレスアップをしてグラバー園の春
を楽しんでいた。

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↑園の一角にある三浦環像。
長崎を舞台にしたプッチーニのオペラ「蝶々夫人」。三浦環は、
世界で蝶々夫人を演じ、日本の音楽界に貢献した。
明るい園内でくっきりと影を作るこの像を見た途端、悲しいアリ
アがあたりに響くのを覚え、胸が締め付けられるような気持ち
になった。


ある晴れた日の悲しい願い、伝説のマリア・カラスの歌。

 

さて午後、時は過ぎて行く。
三浦環像が指差している港の湾口に橋が架かっている。グ
ラバー園の後、二日に亘って親しく付き合ってもらったタ
クシーの運転手さんに、最後にあの橋を渡ってください、
とお願いして走ってもらった。
女神大橋という名の橋だった。
橋を渡り長崎の経済を支えた三菱造船所関連の広大な地区
を回ると、二日で港をほぼ一周したことになった。

帰路の特急まで3時間弱の時間があった。

 

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長崎美術館でタクシーを降り観光を終了とした。運転手さんに
名刺を渡してお別れした。お世話になったのはラッキータクシ
ーだった。
美術館では企画展もあったが、収蔵するコレクション展を中心
に観て回った。

 

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水路を挟んで建っている美術館は隈研吾の設計。
イベント、学習、憩い、ショップなど多面性を考慮し、羨まし
いくらいに伸び伸びと建てられている。

同館が誇るスペイン絵画、須磨コレクションを中心に観た。
ゴヤからピカソに至る19世紀の作家が網羅され、まことに軽
やかなピカソにも出合えて嬉しかった。

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↑ゴヤの代表的な版画シリーズの一つ「妄」から22点の展示。
人間の欲望について、その荒唐無稽さや滑稽さなどへの警鐘
が込められている。鋭い洞察と表現アイディアに感心した。
(写真は美術館のホームページから引用)

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美術館のカフェで冷たい珈琲とホットサンドウイッチ。
樹下美術館のホットサンドも人気があるので美術館同士較べ
てみることに。もちろん樹下美術館のほうが美味しい、という
ことになった(先に結論ありきで、、、)。

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帰路の長崎駅ホーム、振り返るとやはり名残惜しい。

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入線してきた特急かもめ。濃い色の車体に金のマークは中
々おしゃれ。

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乗車してみて列車は母の実家があった肥前浜を通ることが
分かった。
麦秋。生前母から聞いていた通り、一帯で実り始めた麦畑が
傾いた陽を浴びとても美しかった。

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18:52博多に到着、間もなくやって来た山陽新幹線に乗車、
京都を目指した。
午後ケーキと軽食で2回お茶を飲んでいたので夕食は博多駅で
求めたおにぎりで簡単に済ませた。

新たに長崎本線特急かもめ、山陽新幹線に乗ることが出来た。

明日は休暇最後の日、急ぎ足で京都を観る予定。

連休後半は熊本、長崎、京都へ その1・羽田、熊本市、黒川温泉、熊本港、島原、長崎市へ。

2018年5月7日(月曜日)

去る5月2日夜から4泊して6日まで熊本、長崎へ行き、
京都を回って帰ってきた。

一昨年4月14日熊本地震が起こった。当時、同市中心部で
被災された大学時代の先輩にコシヒカリ60キロを急いで送
った。
医療と高齢者保健施設を営んでいる氏は、お年寄りはパンが
無理なので、米は助かった。しかも美味しかったと、大変
喜ばれた。
お礼にと、昨年ご夫婦で当地を訪ね来られ、今年は私たち
が訪ねる約束をしていた。

これまで妻とは一泊旅行がせいぜいだった。
この度は連休のため、早くから仕度をしていたが、お天気と
患者さんの様子には最後まで不安があった。

心配な患者さんは看護師が毎日電話で家族に様子を尋ね、変
化があれば訪問。何かあればこちらに連絡、対応の指示や必
要な場合の病院連絡をすることにして出発した。
ブログ(ノート)については5月1日分を記載。同夜5月3
日と5日の記事を予定投稿として予め書いた。

以下、この度のおよその行程を記させて頂きます。

5/2仕事の後、19:13の北陸新幹線で上京、品川泊。
5/3朝、タクシーで羽田へ、8:20発ANAに搭乗。
接近する低気圧で飛行場の草木が猛烈に揺れている。
30分遅れて離陸し、相当揺れたが飛行機が好きなので、それ
も楽しんでみた。

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↑5/3風雨の朝の羽田。

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途中から厚い雲が切れ、熊本は清々しく晴れていた。

先輩の案内で熊本市内の水前寺公園、熊本城、ご自宅を訪ねた。

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↑手入れが行き届いた水前寺公園。

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↑修繕中の熊本城を眺める。見えている二つの櫓だけでも如何
に美しい城だったかが分かる。

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↑観光地はどこへいってもくまモン関連の品があふれている。
日本ばかりでなく海外でも未だ衰えないくまモン人気は復興へ
大きく寄与しているようだ。お店の人も「くまモンさまさま」
と仰った。

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ぜひ観たかった市電。この場所の数百㍍は芝生を走る。

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↑日本文化のエッセンスともいうべえき照葉樹林文化。その照
葉樹の代表の一つ大らかなクスノキが飛行場から市内の至る所
に、もくもくと繁っている。北国には無いクスの大木を好きな
だけ見られて、すでに十分幸福だった。

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↑途中数カ所、阿蘇の外輪山から巨大なカルデラを見る。しま
なみハイウエイなどを経て休憩も入れおよそ2時間で黒川温泉
着。

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黒川温泉の宿「のし湯」の廊下と灯り。

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数え切れないほどの山海の妙味の皿が、よい頃合いで続いた。

 

若き日の部活の思い出、地震のことなど遅くまで話をした。
一時病院では何組もの被災者の方達の面倒をみたという事だっ
た。
届いたお米が役に立った、ということを嬉しく聞いた。
熱い温泉に二度入ってぐっすり休んだ。

5/4朝、黒川温泉→熊本港へ。昼食後、ご夫婦とお別れし
熊本フェリーに乗船、島原に向かった。

 

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約一時間で遠かった雲仙普賢岳が迫り、島原港へ着く。

島原でタクシーに乗り、島原城と武家屋敷通りへ行った。帰り
は朗らかな運転手さんに聞いた通りの道順で歩いた。

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↑高い石垣の島原城。場内にキリシタン資料館があった。
遠藤周作の「沈黙」ほかキリシタンものは昭和50年代に読ん
だ。
生活と信仰、その深さと情熱、そして迫害。現実の地に来て深
い感慨を覚えた。

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400㍍に亘って続く武家屋敷通り。中央に当時の生活用水をま
かなった水路が続く。水は澄んできれいだった。

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↑何軒か昔のままの内部が公開されている。通りには現在住んで
いる人の家もある。

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柑橘類の葉に取り付いていた二羽の黒いアゲハ蝶。

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↑島原駅から乗車した島原鉄道の列車。小一時間で歴史的干拓
の地、諫早へ着く。途中干潟や大きな堰と思われる構造物が見
えた。
満員だったが、途中から座れた。相席の人にどこからですか、
と聞かれ、新潟県です、と答えるとびっくりされた。
以後九州では、同じ事を聞かれるたびに同様の反応をされた。
遠く海外から沢山人が訪れているのに、新潟県からというと、異
常にびっくりされる。わが県はインドやフランスよりも遠いのだ
ろうか。

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諫早で長崎本線の特急「シーサイドライナー」に乗り換え、長
崎駅へ。

 

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↑長崎駅から乗った新型タクシー。扉が開くと下からステップが
出てくる。座席は足がゆっくり伸ばせるほど前後が広く、トラン
クスペースも十分だ。オリンピックに向けて全国で新型化が加速
するらしい。

長崎では、まず港と市電と夜景を見たいと思っていた。
港の対岸、稲佐山のホテルまでタクシーを頼み、途中港へ寄っ
てもらった。

 

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埠頭にあった役目を終えた巨大なアンカー。

夕食はホテルのシャトルバスで市街へ下り、市電で中華街へ
行った。

 

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一つ電車を間違え、乗り直した。運転手さんたちは皆親切。

 

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↑あこがれの市電。降り口は前にあり、停車の度に真ん中を
開けて、とアナウンスされる。幅の狭い電車は混雑していた
が、何とか前へと出ることができる。

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中華街で私はスープビーフンと餃子、妻はチャンポンと餃子
を頼んだ。時代は進み世の中は何でも美味しく作られている。
後はどんな時に、誰と食べるかが大事ではないかと思ってい
る。小さな月餅を買ってシャトルバスでホテルに帰り、部屋で
食べた。

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長崎の夜景もあこがれ。

長崎駅から世話になったタクシーの運転手さんは、良い人だ
った。翌日の市内観光をお願いしたいと言うと、コースと料金
を説明してくれ、誠実な人だったので10時迎えの約束をした。

大観光地だけあって、人はみな人なつこく親切。
偉そうにしたがる土地では観光など、絶対に無理だと思った。

北陸新幹線、山手線、都内タクシー、ANAジェット機、先輩の
高級車、熊本フェリー、島原のタクシー、島原鉄道、JR長崎
本線特急、新型タクシー、ホテルシャトルバス、長崎市市電
と、二日間で13もの乗り物に乗れたこと、さらに2万8千歩
を歩いていたことも満足だった。

前日に続いてぐっすり休んだ。

 

小鳥の餌台。

2018年5月5日(土曜日)

昨年鳥のために小さな種類などの餌を買ってきて庭に撒
いてみたら、かなり集まるようになった。
だが間もなく芝生に見慣れない植物の苗が沢山生え始め
た。
元は何、と思案をしたが撒いた餌である種が発芽したと考
えられ、あまりの数に結局止めた。

しかしながら餌に集まる鳥の様子が忘れ難く、この度ネッ
トで餌台を求めた。

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重そうに見えるが、軽い金属に鉄さび風なメッキを施して
ある。屋根など中々趣きがある。果たして小鳥が来るもの
か、楽しみにしたい。

ちょうどカフェの正面にしつらえてみました。

ところで過日、巣箱を架け、雀が入り始めた事を書きまし
たが、その後、営巣をしませんでした。
人の気配が近すぎたためと反省し、二番子のために遠くに
置いてみることにしました。

塩﨑貞夫作品、風景画の気。

2018年5月3日(木曜日)

現在展示されている塩崎貞夫さんの「桜のレクイエム
塩﨑貞夫展」について、予告を含め、文字通り私なり
に何度も書かせて頂いた。

自らの作品の意図あるいは意味について語ることを控
える画家は少なくない。“ご自由にご覧下さい”という
風に、あまねく観る人に任せる姿勢であろう。

当館の常設、倉石隆氏も同様、“説明が必要な作品は
往々にして良い絵ではない、と座談会で語っている。
塩﨑作品の鑑賞者との関係も同様のように思われる。
(ご本人とお会いした事がないこともあり、、、)

氏について私が知っている事と言えば、かなり早い時期
にフォーレのレクイエムに触発された、の一点くらいで、
本人は奥様にも作品の意図などを詳しく話される事はま
ず無かった、とお聞きしている。

文学、音楽と異なり絵画は作品自体の時間軸が明瞭で
はない。
何を感じ、何を読み取るかは瞬時も可能であり、長時間
の反復も厭わず、大変に独特だ。
だが作品は往々、そこに至る年月、手がけた時間、意図と
工夫、費やされた心身エネルギー、はては作家の生活史ま
でを思わずにはいられない、ものがある。
また料理のように噛めば噛むほど味わい深くなる事も。

そんなことで、この度の作品を連日目の当たりにして作者
の風景画には“気”と呼べるような自然の力、わけても霊力
や仏性など、一種神秘性を見逃す訳にはいかない、とよう
やく感じるようになった。

観る人にはよく見える山河の気は、魂あるものとして作者に
描かずにはいられない衝動を起こさせたと、言えまいか。

 

1
「夜桜」。闇を己の色に染め上げる花、、、。西行法師、梶
井基次郎、坂口安吾が語った桜の神秘性がほとばしるように
描かれる。

 

2
「カクダノヤマ」。弥彦、角田、国上、新潟県の蒲原平野が
海に接する場所の山々は、古い神々の物語や仏性を帯びる。
この作品の山頂から空高く、明るく吹き出しているのは霊魂の
気のようだ。

 

3
「麒麟山」。幸福の前触れとして現れる中国伝承の動物、麒麟。
山はほのぼのとした大気にまろやか、かつ暖かく包まれている。

 

 

4
「海」。晩秋の日本海か、見慣れた風景。海原は一瞬に波の
姿に変わると同時に時空へ消える。はかなくも果てしない悠久
の心象は心に染みる。

 

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「弥彦山の磐座」。先も書いたが、神さぶる清々しさが空を
澄んだ青色に染めている。軟らかなシンメトリーの安堵。

塩﨑氏の風景は一見静謐で慎ましく、あるいはのどかに描か
れるが、それぞれが有している“気”は心深く届く力を有して
いるのではないだろうか。
“自由に観て下さい”と言われて、勝手気ままに書ける所が、個
人施設の得なのでしょうか。

長くなりました、皆様はいかがでしょうか。

食卓に春の野山の恵み。

2018年5月1日(火曜日)

年取って皆様から何かと頂き物をするようになった。
今夕妻は色々頂戴した山菜を料理してずらりと食卓に
並べた。

時間をかけて心ゆくまで皆様のお気持ちと野山の幸を
味わった。

 

1

 

2

 

3

 

4
おしなべて塩気は控えられているようです。

残った分は後日の昼食にも回される事でしょう。

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