連休後半は熊本、長崎、京都へ その3・駆け足の京都 乗り物が好きなわけ。

2018年5月9日(水曜日)

昼間一日だけの京都。何処に行けばいいのか、ずいぶ
ん迷った。
旅は何泊も連泊して、その場所を堪能するものとの論
は良くわかる。

京都が好きな人なら何十回も訪ね、果ては移住まで果
たす人もいよう。
私は1951年の修学旅行(中学)以来学会など併せ
て5回訪れた。
いずれもせいぜい2泊のつまみ食いのような旅行ばか
りだった。

それがこの度は前泊の翌日一日のさらに短い観光。
結局、午前を嵐山など西部を午後は高台寺など東山の
数カ所を巡り、東西は可愛いであろう嵐電(らんでん
/京福電鉄嵐山本線,)で往来することにした。

 

1
9:00ホテル出発、まずは直近の東寺へ。
五重塔の特別拝観期間だったため、内部を拝観出来た。
心柱を守るように阿弥陀如来はじめ12体の菩薩、如来が配
置され、広い堂内には厳しく荘厳な空気が漂っていた。
真言の寺なのに大日如来が無いのは不思議だったが、心柱が
それだと知り深く納得。
拙家は真言宗(豊山派ぶざんは)で、1987年以来の東寺
訪問だった。

2
隣接地で毎月第一日曜日に行われている骨董市が立っていた。

さて初めての嵐山へ。


3
バスで四条大宮の嵐電始発駅へ、ここから嵐山方面に向った。

最初のお寺は広隆寺。

 

4
終点嵐山駅近くに太秦広隆寺駅があり、道路に面して山門が
ある。そもそも当地は京都で最も古い地域だという。
聖徳太子七寺のひとつということ、空気は澄み心地良かった。
(お堂は正面から撮影禁止となっている)

 

300px-Maitreya_Koryuji
弥勒菩薩半跏思惟像(Wikipediaから)。
諸塔端整な同寺の霊宝館で国宝第1号の一つ「弥勒菩薩半
跏思惟像を見ることができた。やや暗い館内で、12体の力
感あふれる神将像に守られて、一段高い所に安置されている。
優美な姿に初めて接し、手を合わさずにはいられなかった。
それぞれ国宝であるが、対面するように背の高い不空羂索観
音が安置され、一層室を穏やかにさせていた。

教科書で初めて接し、試験にも出たかもしれない仏像に60
年も経ってお目に掛かったが、遅かったという印象は無かっ
た。

 

太秦広隆寺駅で再び嵐電に乗車、終点嵐山駅で降りる。

 

5
嵐山の賑わい。夏の軽井沢を彷彿とさせる。

渡月橋を渡った後天龍寺へ。嵐山を借景した広大な庭は手入れ
良く、草木に丁寧な札が立ててあり、初めての植物も多く目に
した。

 

6
庭にアオサギがいた。

7
芍薬「万古の声」。優美な花が多く見られ花の寺の趣きだった。

 

9
清々した店でお豆腐料理の昼食をとった。
一帯はあまりに人が多く、2カ所の予定を省略した。

嵐電で四条大宮へ戻りタクシーで二条、木屋町通り入り口
へ。
通りを歩き鴨川へ出て、祇園白川、先斗町を歩いた。
鴨川べりを歩き過ぎて、この度の目的の一つ吉井勇の歌碑
「かにかくに碑」を見損ねた。

かにかくに 祇園はこひし寝(ぬ)るときも 枕のしたを水の
ながるる

何と良い歌、良い時代だろう。
次は何時になるか分からないが、必ず目の当たりにした
い。

続いてタクシーで高台寺へ。
かって東山界隈を歩く度に横目で塀を見るだけだった高台寺。
品良く魅力的な雰囲気を漂わせるも、長く普段の公開がなかっ
た。それが平成になって公開されていると聞いていたのでこの
度は是非と思って訪れた。

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その名の通り寺へは少し坂を登る。坂の途中から見えた通り
の程よい賑わい。

 

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秀吉を弔ってねねがこしらえた高台寺は優しい。

 

14
大きな吉野窓が目を引く茶室遺芳庵。道の随所で竹とともにあ
しらわれるカーブも美しい。

 

15
茶室・傘亭。
昭和60年代初頭頃、この茶室を使った夜咄の茶事がNHKで
放映された。映像が素晴らしく、自分もお茶をやろうと決心、故
渡辺宗好先生の裏千家茶道に入門した。

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帰り際の御茶屋で抹茶を服した。天目茶碗で裏千家流の点て
方で美しく出された。小さなお饅頭を頂き美味しく服した。

 

17
目の前をきもののお嬢さん達が盛んに通る。

抹茶を飲んだが近くの長楽館はどうしても寄りたい。

 

18

18'

19
ある個人の迎賓館だったという長楽館。30数年前も最後
にここへ寄って珈琲を飲んだ。

さて京都でこの旅も終わる。
東山は嵐山よりも静かだった。
長楽館に入る頃から小雨となった。

ところが、
旅の終わりに腰を抜かすほどびっくりさせられたのが京都
駅ビルだった。
写真などを見ていたが、実際見た現物は革命というほかな
かった。
設計者原広司氏の革命は壮大で未来的だが、どこか産業革
命当時への懐かしさ(親しさ)が漂うのを覚えた。

また構造があまりに社寺と反意的なのは、それによって市
中の社寺を一層明瞭化(引き立たせる)させる意図もあった
のか。

賛否はあったはずだが、私はとても気に入り、短時間だった
が、西方のてっぺんまで登ってみた(作者に導かれて)。
設計者は子供のように、どれほど楽しんでこれを作ったか
分かる気がした。
お金もかかったことだろうが、京都なら取り返せる。

 

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21

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出来れば再び京都と駅を訪ねたい。

 

23
22:38,帰ってきた上越妙高駅。なぜかほっとする閑散。

大好きな乗り物はさらに増え、京都市バス、嵐電、サンダーバー
ドにも乗ることができた。
マニアではありませんが、乗り物が好きなのは、満州からの引き
揚げが原因ではないか、と思っています。

大騒ぎして乗せられたトラックの荷台、大陸の客車で受けた襲撃、
真っ暗な貨車や無蓋車への乗り換え、混雑し迷い子になりそうだ
った引き揚げ船、、、。
4才になったばかりの私は終始殺気立つ気配の中で、乗り物だ
けは楽しかった事を漠然と思い出すのです。

短い旅でしたが、妙なことを思いました。

“人間(自分)は経験したことしか経験しない”
のではないか、という屁理屈です。

最後に施設や在宅の患者さん、スタッフとお客様、熊本の先輩M
氏、普段お世話になっている皆様のお陰で無事に楽しい旅行がで
きたことを感謝しています。

本当に長くなりました。

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