週末の上京、目黒区の庚申塔(庚申塔その6)と旧友との会食。

2018年11月25日(日曜日)

一昨日は雪山の一件などあったが石塔探訪は続いてい
る。

庚申塔をググると東京都は目黒区に彫像された石塔が
沢山あることが分かた。
昨日土曜日、二組の旧友夫婦と食事をするために上京
した際、先に目黒の庚申塔を見るべく午後は早めに出
かけた。

目黒区内には21カ所(約70基ほど)の庚申塔がある
という。
時間に余裕が無く、かつタクシーを利用するため互い
の距離が近そうな5カ所を選んで臨んだ。

山手線目黒駅下車、駅前でタクシーを呼び止めて、区
内に詳しい運転手さんの車を選んだ。
ある方が熱心に話を聴いてくれ、“それらしいものなら
見た事がある”と仰り、ナビをあやつりながら走ってく
れた。
地図で見るのと実際は大違い。一方通行や狭い路地、あ
まつさえ行き止まりがあり苦労もするが、“多分ここ”と
運転手さんが停車すると、目指す石塔があった。

 

1
田道(でんどう)庚申塔群。
最も憧れていた場所へまず着いた。
くっきりと掘り出された仏像塔がずらり、感激だった。

 

2
瓦屋根の下で整然と立つ青面金剛の庚申塔は本尊の表情と
三猿、日月の文様も鮮やかで、鶏が見えるものもあった。
閑静な宅地に堂々の存在感。
真新しい花が塔ごとに添えてあり、私たちを待っていたか
の如くだった。
後方に今年3月に新調された青い幕が掛かっている。
新潟からお上りさんの夫婦二人、想像以上の素晴らしさに
傍目も気にせず喜んだ。

 

4
↑金剛が踏みつけている邪鬼と、その下で三猿が愛らしい。

5
教育委員会が設置した説明プレート。平成18年2月とあっ
た。
経年の劣化も見えず鮮やかで、しっかり判読出来る。

ともするとこのようなものはは板に白ペンキで書かれ、た
ちまちボロボロとなり読めなくなる。しかるにアルミ板に
よる設えは手入れも良く非常に有益だった。

次が「さわら庚申」。運転手さんが「あそこでしょう」と
ハンドルを切って到着した。

6
↑交通量の多い場所に建つさわら庚申塔。
立派な屋根が付き、欄間などに木彫が施されている。
右の板碑型(文字だけの塔)をいれて三体が肩を寄せ合っ
ている。

 

7
↑中央が舟形、左が駒形と形状の分類が書かれていた。
右端は文字による道標であり、それぞれ港区方面、大田
区方面、五本木から先世田谷方面?に分けられ、詳しい
地名が標されているようだった。

 

8


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お堂の欄間などに彫刻が見られ、三猿や獅子が見事だった。
こんな立派な庚申塔など他にあるのだろうか。
猿は神様の使いとして神性を帯びる一方、見ざる聞かざる
言わざるの3要素は、庚申の夜に天に昇って人の悪口を天
帝に告げ口しようとする身中の虫を制するものとして重要
な意味があったらしい(もう少ししらべてみます)。

三つ目は「天祖(てんそ)神社の庚申塔」

 

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住宅地を入った天祖神社。

 

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↑二体の庚申塔。右の塔は道標を兼ねており、九品仏(くほ
んぶつ)、世田谷、目黒不動への道が示されているという。

次第に食事会の集合時間が迫る中、まだ二つ残っている。
「宿山(しゅくやま)の庚申塔」に着いた。宿山はかって
のあざ名。

 

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真ん中は地蔵菩薩を本尊とした庚申塔。

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正面と両側面にそれぞれ一体ずつ猿が彫り出されている。
ここも片側が賑やかな通りに面していた。花は鉢植えだっ
た。

いよいよ最後、「五本木庚申塔群」となった。

 

16
路地のような道は、その昔鎌倉道と呼ばれた要路だったと
区の説明板に書かれていた。

 

14
少し高い所へ石段を上る。

 

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石塔は鉄分が多いのかやや褐色を帯びている。

最初と最後に群が付く立派な石塔の列を見ることが出来た。
庚申塔5基のほか地蔵尊と念仏塔が祀られている。
ここの石塔は建てられた場所に残っていることが想定され、
保存状態とともに貴重だと説明されていた。

さて
・見学した庚申塔の多くは青面金剛を本尊としていた。
・猿は金剛に匹敵するほど明瞭に掘り出されていた。
・鶏はあっても比較的平板で、よく見ないと見逃されそう
なものも多かった。
・多くの塔の頭部の左右に丸い日と半月が雲の紋様とと
もに彫られていた。
・金剛は合掌するほか、弓矢、宝剣、宝輪を手にしていた。
輪を左手に持っているものがあったが、それが何か分から
なかった(羂索:けんさく、でした)。

ところで学生時代に住んだ場所が目蒲線の大岡山で、山
手線を目黒で乗り換える。また叔母が住んでいたため大
変馴染み深かった。

本当に久し振りに降り立った目黒はすっかり様変わりして
いた.。ただ周辺の坂道だけが懐かしく映った。
何十年も経て、いま夢中の庚申塔がかくも多数あったとは。

落語「目黒のさんま」に登場するように、大都市江戸の麗し
い山村だった目黒。
庚申塔として歴然と残ったかっての庶民信仰の足跡は、
それを後世に伝え続けた住民の、先人に対する畏敬と
親しみを明瞭に現わすものだった。

当日それぞれの場所に供えられていた新鮮な花のなんと清
々しかったことか。
庚申塔の保存場所には掃除道具が備えられているのを度々
見た。
住民の方々が清掃を続けているのだろう。
区教育委員会による説明プレートも誠に有益だった。

区を上げて石塔を維持伝達しようとする熱意は、他所から
ら訪ねた私たちにもひしひしと伝わった。
案内して頂いた運転手さんも熱心に対応して下さった。
見聞しながら目黒区の庚申塔は今も生きていると思った。

目黒をお終いにすると、年一度三組の同級生夫婦が集う食
事会の時間となった。
昨年と同じ店が予約されていた。
ひと皿ずつの分量が少なくて私たちには嬉しい。

 

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蒸しウニや海老が入ったパイ包み。
(近づいて大きく見えますが、実際は小ぶりでお腹に優し
い)近況、級友のこと、どういうわけか小保方さんの事、
実家の宗教、身体の具合などを話しあった。

年に一度の会食は名残惜しい。
場所を移してカクテルを賞味し、例によって年1度の葉巻
を味わった。

 

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翌日曜日のことは後で書こうと思います。

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