齋藤三郎(陶齋)

夏雲の日、最後に現れた巨大な王冠?

2018年6月30日(土曜日)

今日で好きな6月が終わる。
6月の晴れ間に相応しく雲が活発だった一日。昼過ぎ、西風
に乗って様々に変化をしながら移動する積乱雲を水田から眺
めることが出来た。
夕刻まで髙田で二つの用を済ませ、再び水田に戻り電車を
撮ると、その帰路に素晴らしい雲と出会った。

 

1244
12;40頃の四ツ屋浜。

 

1255
夏雲を背景にほくほく線の電車を撮るべく田んぼへ。南の方角
に積乱雲がずらりと並んでいる。

 

IMG_1482
13:26頃、上り電車が大きな雲に向かって通過した。

 

1337
13:33頃,先ほどの雲が東へ移動して尾神岳の上にやっ
て来る。

 

1337’
雲の中ほどからモクモクと子あるいは核のような雲の塊が次
々と現れる。

 

1341
13;38頃,子の雲は前に出ていた雲を抜き、高く発達して
いく。

 

1353
13;39頃、更に右脇から現れた子(雲核といえばいいの
か)の雲が力強く発達してくる。

 

1354
13:50頃、その雲の頂に笠雲風のベールが掛かった。

ここで時間が来たため美術館へと向かった。

 

1406
すると西の方角に低い扇状の雲が現れている。こちらへ来れば
雨が予想され、美術館へ着くと遠雷が聞こえた。

 

1412
14;08頃、美術館から見た東方の積乱雲。矢印のように大
気の流れが雲を乗り越えているのが見える。
乗り越えていると言えるが、雲が抑えられていると言えるかも
しれない。

美術館で昼食とお茶をして上越市髙田は上越教育大学前の美術
店・深見美術へ行く。
途中夕立なのか激しい雨が始まり、先ほどの低い黒雲(積乱雲
の底?)に入ったと思われた。
深見さんでは修理をお願いしていた扁額を受け取り、美味しい
冷茶を頂き少々の世間話をし、陶齋の絵皿を見た。絵皿は大変
に良いものだったが、約定されていた。陶齋にはまだまだ出合っ
ていない良い品があることをあらためて知り、明日の希望とした。

お店の後、近くの新潟トヨペットへ。新車の一ヶ月点検を受けた。
14年間世話になったプログレと別れた後、4駆のプレミオに替
えていた。
3ナンバーから5ナンバーに、少し小さくなった車。色々と新し
いシステムが加わて戸惑ったものの一ヶ月を迎えて少しずつ
馴れてきた。
ディーラーさんの担当は良い人で親切、迅速。点検もスムースに
終了した。

 

1638
16:34頃、ディーラーさんのショールームで。激しい雨が上
がり、陽が射してくる。

雨降りの中、急いでおいとましたため深見美術に忘れ物をして
いた。取りに戻り再びお茶を頂いた。

 

1727
雨上がりの上越教育大学前の道。

 

1746
帰路の水田で尾神岳の左方にかすかな虹。

 

1806
18:02頃、尾神岳の西に大きな積乱雲。扇状に広がるカナ
トコ雲の形状になっている。

最初のほくほく線の場所へ戻る。

 

1823
18:19頃、下り電車。

 

IMG_3879
愛車と西方の雲。

 

1844
18;40頃の帰路の寄り道。南の方角に真っ白な王冠のよう
な、巨大な高坏か円卓を思わせる、いや形容し難い激しさと
一種神秘的な姿の積乱雲が現れていた。高さは1万メートル
に達していよう。

上掲18:02頃に見た雲の究極の形であろうか。
愛する6月の最後の日に異常なほど迫力ある雲を初めて見て、
一種自然への畏敬と感謝を禁じ得なかった。

色々なことがあるが、出来れば一日でも元気で長生きをすれば、
雲と言わず貴重な人や生物や、その出来事、現象に出会えるこ
とを知された一日だった。

2018齋藤三郎の展示は「染め付け」です。

2018年2月2日(金曜日)

昨日に続いて本日は終日気持ち良く晴れました。
誕生日が私と一日違いの人や、二日違いの患者さん
が見えて親しみを覚えました。

今年の開館は3月15日ですが、昨日の倉石隆に続い
て齋藤三郎(陶齋)のの展示予定「染め付け」につい
て掲載します。

陶齋は染め付けを「染附」と書いていました。酸化コ
バルトを主原料とした絵の具(顔料、うわぐすり)で
地や模様を描き、青く発色させる手法を染め付けとい
います。

爽やかで上品な風合いによって古くから食器や茶道具
で人気があり、格調高く扱われるものもありました。
齋藤三郎は髙田以前の早い時代から染め付け作品を製
作していました。

page001

本日は焼き物に多くの草花文様(模様)を描いた
陶齋の作品の中から、今年の展示に見られる草花
(植物)を以下に挙げてみました。

 

82563●.
   あさがお         あざみ          うめ

 

902176
    かぼちゃ        こぶし         ささゆり

 

5269●● - コピー81
    ざくろ        すいせん          すぎな

 

IMG_2506 - コピー7091
    竹          竹林        チューリップ

 

131517
つばき          つばき         つばき

 

2369●●65
     つばき       つゆくさ       ちょうじそう

 

67●●48
どくだみ         葉

 

柔軟な手で素早く描いた齋藤三郎。
不断の観察力によて植物の軟らかさと各々の特有
な魅力を描き出しています。
ご来館の際には近くにも寄ってご覧下さい。

 

当館の図録が書店のベストセラーに入った。

2017年12月16日(土曜日)

12月25日まで、今年の樹下美術館は残すこと9日となっ
た。

そんな日の事、「あなたこれ見て」と妻が上越タイムスを持っ
てきた。毎週末掲載される上越市本町「春陽館書店」におけ
るベストセラーの記事で、第五位に「樹下美術館の齋藤三郎
」(美術館)とあった。

 

IMG_1841
赤で本が囲ってある。

飛び込みのようにして置かせてもらった微小な個人美術館の図
録という地味な本が、小学館、幻冬舎、中央公論を抜いて売れ
ていたとは!一体どうしたことだろう。
ローカルな話題だが、ローカルなればこそ,、嬉しくまた責任も感じ
てしまう出来事だった。

 

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お客様から頂いたサンキライ(サルトリイバラ)をスタッフが輪を作り
リースにした。

 

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妻の友人がお持ち下さった手作りのリース。

 

 

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お客様が帰ったあと雪の庭を見ているモネ人形。

 

今夕美術館と医院の忘年会があった。お世話になっている
方も交え、和気あいあいと過ぎ行く年を惜しんだ。
それにしてもWindows10で書くのは難しい。

冬将軍の足慣らし 図録は好調かもしれない。

2017年12月6日(水曜日)

昨夜の雨が今朝に雪となりわずかながら積もった。

1
仕事場の庭の雪化粧。

 

2
寒さの中勢いを増しているカニサボテン。

根雪となるまで冬将軍は如何にもそっと足慣らしを
する。
今年三回目の降雪だがこれまでいずれも数センチだ
った。
そのうち朝まで音もなく、いえ、耳を澄ませばすかに
スッスなどと言いながら沢山降ってくる。
テレビが猛烈な寒波と告げるころ、将軍が勢いづき、
数日にわたって吹雪くことがある一方、予報が外れ
てヘナヘナとなり、あえなく青空に覗かれることもあ
る。
「今年の雪は?」は今のところ挨拶がわりだが、冬将
軍は一体どんな顔をしてこちらを見ているのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先月、当館の作家の図録(収蔵作品の写真集)を上
市の関連店に置かせて頂いていた。嬉しい事に本
日売り切れた、と言って追加注文が入った。追加と言
っても5冊だが、真に有り難い。

現在まで10冊あるいは20冊を買い取って下さった
店もあって感謝に堪えない。美術館では20冊ほど
売れていると聞いた。内容や写真を褒めて頂くこと
があり、励みになる。
本には利益は無いが、作家と当館を知って頂ける
大きな作用がある。お求め下さった皆様には深く感
謝致してます。

心暖まった初冬の城下町茶会 糸魚川市と柏崎市へ図録を運ぶ。

2017年11月26日(日曜日)

本日日曜日、午前は風無く時折晴れ間が見えて穏やかだった。
そんな午前上越市髙田は百年料亭の名館「宇喜世」で第8回
越後城下町髙田茶会」があり参席した。

1
宇喜世の格調の門。

 

2
目にしみる初冬の紅葉。

 

3
香高く滑らかに練られた茶を頂いた宗皋先生の濃茶席。

 

4
爽やかな茶を美味しく服した宗泉先生の立礼の薄茶席。

翠巌宗珉の横掛け「露堂々」が掛かった濃茶席、井伊直弼の
「静者心自妙」の一行が掛かった薄茶席。
ともに静かな花とともに、大切に伝えられた好趣のお道具が初
冬の室内に美しく佇み、お菓子は茶を引き立てて止まなかった。

別室で心づくしの点心を頂いて帰路についた。
主催されたフカミ美術様、有り難うございました。

午後からかなり激しく雨が降ったが糸魚川市と柏崎市へ向った。
糸魚川市「酒井書店 東寺町店」 0255(53)2400
柏崎市「文化書院」         0257(24)2200

各店のご好意で齋藤三郎と倉石隆の図録を置かせて頂いた。

冬型がゆるむ 二冊の図録を市内に置かせて頂いた。

2017年11月21日(火曜日)

土曜日から数日続いた強い冬型の気圧配置が緩み、本日火曜日は
雲は多かったものの風は収まり少し気温が上がった。

土曜日の当地沿岸地域は初雪となり、夕方の車外気温は1度だっ
た。同時刻髙田まで行ったがそこは4~5度であり、雪も無かった。
いつもなら髙田方面は沿岸より雪が多いのだが、冬の始まりと終わ
りによくこのような逆転がみられる。

だがさすが11月の初雪は早すぎて、本日はすっかり融けて無くな
っていた。

 

 

171121四ツ屋浜
今夕の四ツ屋浜。中部電力の火力発電所から上る蒸気が層雲となり、
上空に漂っていた。

悪天の週末、髙田方面を回り、このたび発行した「樹下美術館の齋藤
郎」および「樹下美術館の倉石隆」を以下の書店およびギャラリーさ
んのご好意によって店頭に置かせて頂きました。

上越市本町3丁目1-11「大島画廊」電話025ー524ー2231
上越市本町4丁目1-8「春陽館書店」電話025ー525ー2530
上越市本町4丁目1-6「遊心堂」   電話025ー526ー4887
上越市本町5丁目2-2「ギャラリー祥
電話025ー522ー8778
上越市大学前76「フカミ美術 大学前ギャラリー
電話025ー523ー1815

お近くへお出かけの際はお訪ね頂き、どうかお手に取ってみて下さい。
近々妙高市、糸魚川市を回るつもりです。

齋藤三郎と倉石隆両氏の図録が完成して。

2017年11月14日(火曜日)

樹下美術館は今年6月に開館10周年を迎えた。
当初から美術館はたとえ小規模であっても、樹下美術館
の如く60坪の微少でも、収蔵作品の図録刊行無しには使
命を果たし得ないのでは、という概念があった(半ば脅迫
的に)。

それで開館に先立って2007年春から早々に作品写真を
用意し始め出来れば初年の内にもと考えて仕度を始めた。
だが中々うまく行かなかった。
これで良いだろう、と草稿し印刷所に出し、戻った校をあら
ためて見ると、直しが必要な箇所だらけ、文章もまずけれ
ばレイアウトも駄目の繰り返しが始まった。

いたずらに時が過ぎ、5周年、7周年など節目を目指したも
のの完成せず、最終期限として切った今年6月の10周年を
迎えた時点でようやく完了が見えた。
この間繰り返された変更、追加、修正は果てしなく思われ、
後半は思い切って分量を減らし終了が可能になった。
このたび齋藤三郎、倉石隆ともに500部を刷った。

 

1'
「樹下美術館の齋藤三郎」  A4 72ページ 齋藤尚明(二代陶齋)
氏の監修を求めた。

 

1''
「樹下美術館の倉石隆」 A4 57ページ 巻末に「倉石隆について
の言葉のコラージュ」を付けた。

 

 

3
「樹下美術館の齋藤三郎」から

 

4
「樹下美術館の倉石隆」から

 

 

5
齋藤三郎の初校と表紙  2012年

 

6
齋藤三郎の変更表紙 2014年

 

7
倉石隆の提出初稿 2013年

 

8
倉石隆の変更表紙と再校 2014年

 

9
倉石隆 最終9校までの原稿及び印刷校。

 

10
齋藤三郎の最終12校までの原稿および印刷校。

 

11
ありし日の校正。

作品撮影から10年掛かったが、悪戦苦闘ではなく正直
怠けて先に延ばしていただけではなかったかと、振り返
られる。
出来たものを見ると5年前、3年前のものはさらに稚拙で、
当時出さなくて良かった、と思わずにはいられない。

予想以上に年月を要したのは何より作者、作品に対する
自分自身の理解不足、その一言に尽きる。
正直途中私に不相応、あるいは荷が重すぎると考えられ、
無理ではと思うこともあった。
それで昨日完成したものの、明日にでも生じる直しへの不
安を払拭できない。

図録は当館の責務そのものだが、拙くも出来たものを目の
当たりにすると、勝手ながら当地ゆかりの芸術家に対する
ささやかな顕彰、あるいは一ファンとしてのオマージュだっ
たのかという思いがよぎる。

一つの節目を終えて、あらためて樹下美術館と二冊の図録
の無事な前途を祈らずにはいられない。

図録は時間が掛かったため及び小ロットのため、
「樹下美術館の齋藤三郎」は一冊2400円+税
「樹下美術館の倉石隆」一冊1900円+税

と高額になってしまいました。
美術館で販売を始めましたのでご来館の際にお手に取って
ご覧頂ければ有り難く思います。

また後日上越市、妙高市、糸魚川市の書店、ギャラリーさん
の何カ所かに置かせて頂く予定です。

雨降りの午後 陶齋の雨瀟瀟。

2017年7月24日(月曜日)

昼を境に曇天が雨になり、時には非常に激しく降った。
叩きつけるような降りの時に二軒の在宅訪問と一件の急用があ
り、車から軒へと何度か走った。

こんな日だったが美術館は12人のお客様にお見えていただいた
という。

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↑樹下美術館の行き帰りに通った雨降りの道。

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雨の美術館の庭。

話変わって当館に齋藤三郎が揮毫した色紙が2枚あり、その1枚は
雨の情景で「行人帰去雨瀟瀟」と書かれている。
〝こうじんききょして、あめしょうしょうたり〟と読むのか。

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山と雲の濃淡で色紙は湿度満点の一枚。

行人は「ぎょうにん」と読めば宗教上の行者で「こうじん」と読む
と旅人、通行人になる。
この場合、後者ではないかと解釈した。
(「ぎょうにん」なら近郷の住職木村秋雨という話もあろう)。

教養と趣味の人だった齋藤三郎(陶齋)は、器に漢語(千字文
など)を良く書いている。
上掲の6文字も中国の古い詩文から取られているのでは、と
考え「雨瀟瀟」や「行人帰去」などを色々調べたが、色紙の一
節は見当たらなかった。
私の範囲で文は一文は陶齋の自作と考えられた。

瀟瀟と降る雨は激しい雨あるいは淋しい雨とある。
行人が旅人、もしかしたら客人だったとも思われる。
訪ね来た人が去った後雨が静かに降り始めた、、、。

その人と前夜遅くまで親しく酒を酌み交わしていたのか。
旅人と雨の詩的な状況に帰去という関係が入りいっそう寂寥迫
る印象を受ける。
絵といい文字といい、とても良い色紙だ。

ちなみに末尾の日時の記載は「昭和四十ここ年 孟秋」とある。
〝こ こ〟のような文字は二が二つ、つまり四と読むらしく、昭
和44年ということになる。

次に孟秋の孟は時節の始まりのことなので初秋、旧歴なら7月
上旬で現在の八月の初めの頃になろう。

さびしさは涼しさでもある。
暑い盛りの雨の一枚はエアコンとは次元を異にする涼味になっ
ている。
今エアコンの下の自分は人に聞いたりネットを調べて書いている
が、雨ひとつ取っても陶齋たちの世代が身につけていた教養の
高さには畏れ入るばかりだ。

ところで雨瀟瀟を調べるとすぐに永井荷風の短編「雨瀟瀟」に当
たった。
興味を覚えたので岩波文庫「雨瀟瀟・雪解 他七篇をネットで求
めた。

ユキツバキが描かれていた辰砂(しんしゃ)の壺 岩の原葡萄園の深雪花。

2017年6月16日(金曜日)

過日新たに齋藤三郎作品が樹下美術館にやって来た。

地に銅を含む辰砂釉を用い、大きな窓を開け、中に地色
で花を、枝葉を呉須(藍色の顔料)で描いた壺。
派手な赤や緑が控えられ、渋めのあずき色と言えばいい
のか辰砂(しんしゃ)が醸し出す壺は伸びやかな形と相俟
って落ち着いた魅力を湛えていた。

1
辰砂窓絵椿文壺。 16,6×18,0(幅×高さ)㎝

居あわせた者で描かれた花の話になった。
これまで見ていた椿とちがい花びらは十分に開きかつ
乱れが見られ、花芯が短い。
枝も従来と異なり軟らかくたわんでいる。

2

野イバラやチューリップまで斬新な絵付けをした陶齋と
はいえ、花弁の数や芯が違うのでアメリカハナミズキで
はないでしょう、などとも語られた。

意識的に従来と異なる椿を描いているのは間違い無く、
結局「ユキツバキ」ではないかということで落ち着いた。
ユキツバキなら花びらが不揃いに広く開き、花芯はば
らついて短い。
花の不均衡さなどある種の逸脱感が茶人に喜ばれ、茶
室によく飾られる。
枝が細めで軟らいのは雪に耐えるため身につけたもの
らしい。

3
多く見られる陶齋の椿の一例、バランス良い花びらや枝
のゴツゴツ感など上掲の花とは異なる。

所で我が上越市に名門岩の原葡萄園があり、同園で長
く愛されているワインに「深雪花」がある。

128
「深雪花」のロゼ、白、赤。ラベルの椿図は陶齋の色紙
から取っている。
椿の花びらが不揃いで枝が細くしなやかに描かれて
いている。
「深雪花」はまさにユキツバキを描いたものであろう。

新潟県の花「ユキツバキ」。
この度の辰砂の壺からあらためて陶齋の観察眼と描写
力に敬服させられた。

60年ぶりの級友 嘗て上越に咲いた大輪の花 忘却来時道。

2017年6月3日(土曜日)

予報通り気温が下がった日、雲は多かったが夕刻に向かっ
て晴れ間が見えた。

本日は60年ぶりと言ってもいい懐かしい級友T君がご兄弟
やいとこさんたち9人の方々で来館された。
大きな会社を勤め終え、代替エネルギーの研究機関にいる、
ということ。
真面目でどこか人なつこさを感じさせるT君は60年経っても
当時のまま、長い時間と遠かった距離が一瞬にして縮まり、
互いに学生服を着て話をしているような錯覚を覚えた。

皆様の親御さんたちは戦後高田の文化興隆時代の最中に
生きた人々で、子供さんである皆さんもその影響下で育ってい
る。
当時の地域には著名な詩人、歌人、小説家、童話作家、俳人、
民俗学者や茶人、画家、彫刻家に宗教家、そして写真家など
極めてバリエーション豊かな人々が居て、さらにその友人たち
が遠くから訪ね来るので地元を巻き込み渦のごとき文化交流
が生まれていた。
その香り高い大輪の花が咲いた時代に酵母の如く人々を繋
なぎ若者を刺激し、地域を芳醇にした存在の一人が、他な
らぬわが陶芸家齋藤三郎だった。

T君のタブレットには三郎氏の陶芸作品や臈纈染めまで収めら
れている。
その中の一つに、円相が描かれ中に「忘却来時道」と描かれた
徳利があった。
意味を聞かれたので漢詩の一節で〝来た時の道を忘れてしまっ
た〟とお答えした。

114
当館にある齋藤氏の水注ぎの絵にその言葉が書かれている。
唐代において天台山の自然に仙人の如く同化するように暮らし
たという奇僧寒山による詩で「十年帰不得(十年帰るを得ず)」に
続く一節。

来た道を忘れてしまった、は人それぞれに解釈が可能だ。
もう帰る気がしない、もう引き返せない、過去へ拘泥しない(前進
あるのみ)、今が一番、俗世を忘れたなどあろう。寒山詩では最
後の意味合いであろう。

私なら、来た時の道を忘れたい、が一番ピンときそうだ。

T君と話に夢中になり、館内の皆さんのスナップを忘れてしまっ
た。以下は今期の様子ですが、一行様には熱心に観て頂き有り
難うございました。

1
倉石氏の絵画ホール。

IMG_7422
齋藤三郎氏の陶芸ホール。

そして日が長い。
5時の閉館まじか、お客様がはけた頃合いから、庭仕事をした。
成長に問題がある二株のクリスマスローズを植え替えた。
庭は縦横に樹木の根が張っているので、移植は容易ではないが、
心だけは込めた。それから同じく心込めて芝に目土をして雑草を
取った。

約一時間半、終わってほくほく線の田んぼに寄り道をして夕焼け
電車を撮った。

3
7時頃にやってきた上り電車。

明日また寒さを交えたお天気だという。

2018年9月
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