中島幸子さんの追悼文集から。

2016年7月23日(土曜日)

前回7月21日に小山作之助のひ孫に当たる悲運のヴァイオリ
ニスト中島幸子さんについて書かせて頂きました。

彼女のバイオグラフィーはお母様の香織さんが1983年8月6日
に発行された幸子さんへの追悼文集「ヴァイオリンと共に」を主に
使わせて頂きました。

本書は幸子さんの恩師シャーンドル・ヴェーク氏、久保田良作、
板谷英紀の各氏、先輩の塩川悠子さん、ご友人たち、音楽関係
者など70人近い方々の寄稿によって構成されています。

 

ヴァイオリンと共に表紙
「ヴァイオリンと友に 中島幸子追悼文集」
画家・装丁家司修(つかさ おさむ)氏による表紙。
司氏は樹下美術館の常設展示画家・倉石隆の友人で、
倉石夫人・翆(みどり)さんは中島幸子さんの叔母です。

本日は書物から幸子さんの音楽と横顔についてかいつまん
で記させて頂き、最後に幾つかコメントを試みました。

【中島幸子さんの音楽】
ヴァイオリンは彼女の自然な生にの一部であり、楽器を完全
にしかも自然に自らの意のままに支配しきっていた/モーツ
アルト、シューベルト、ブラームス、バルトークはじめラベル
もものにしていた/モーツアルトに特別な親和力を有し、それ
は透明で清潔、軟らかく、生気に満ちた演奏だった/小柄だ
ったが楽器をとると数倍も大きく見え、信じられない迫力と大
きな音楽が湧き出した/音楽に対する自己規制の大きな力
を周囲に放っていた/厳しさとやわらかさのこもった演奏であ
り、伴奏をしながら心が震えるような感動を覚えた/優等生に
ありがちな偏った所がなかった/幼少から友人を大切にする
日常の中で完璧な基礎と専門性を身につけていたことが不思
議だった/神様がついているかのように成長し、才能を有した
者には人一倍の努力を行う義務がある事を具現していた/ブ
リリアントな音色、垢抜けしたリズ感覚/メンデルスゾーンの
ロマンを歌うに相応しく、パガニーニの閃光を自らのものとした
数少ないヴァイオリストだけに許された音楽/アンサンブルを
演奏していると桁が違いすぎると感じさせられた/最高のテ
クニック・深い精神生・音楽性・構成力・内的体験といったもの
の結合がみられた。/死はモーツアルトが神のもとへ連れ去っ
たと思うしか無い。

【幸子さんの人となり】
食通であり多彩な料理で人をもてなした/スキー、水泳から
野球、鉄棒、ボーリングをこなした/優しく、後輩をよく面倒み、
ザルツブルグでは日本の留学生の母のようだった/エキゾ
チックな風貌、キラキラ輝く大きな瞳/天真爛漫でお茶目だっ
たが、ヴァイオリンを手にすると別人のような鋭い眼差しに変
わり吸い込まれるような魅力を湛えていた/学ぶことも遊ぶこ
とも全力投球/物事の本質だけの世界に生き生きと生きる人
/筆まめ/みな内にしまって耐え、深い中心点から出てくる
恐るべき集中力/どんな時でも感情的にならなず、一言いう
と皆何も言えなくなった。

筆者からひと言。
早く父を亡くした幸子さんを音楽家として世界に輩出させた母
香織(かおり)さんの眼差しを思わない訳にはいかない。
幼少からの運動や遊び、学生時代の料理、円滑な友人間関
係などは、いずれも優れたヴァイオリニストへの全人的な養
育として意識されたものであろうと想像でき、大らかな中にも
厳しく困難な親子の日常が浮かぶ。
遠い目的地での成果の中で、突然訪れた幸子さんの急逝は
どんなに辛かったか、私などには想像もつかない。

それから30余年、失意に耐えられたお母様は数年前に亡くな
られた。
残されたお子、ヨナス・ルードナーさんはウイーンに於ける気鋭
のホルン奏者として活躍していることが伝わる。
またヨナスさんの父オラまたオーラ・ルードナー氏は、ウイーン
交響楽団のコンサートマスター,BBCほか交響楽団客員指揮
など活躍、経現在ウイーン・フォルクスオーパのヴァイオリン
奏者兼指揮者として活躍、度々来日されている。

長く仕舞っていた追悼本を取り出してこの度再読した。
作之助の音楽が死後90年近く経っても脈々と密かに、そして
輝かしく生きていることを喜び、この先へも希望を託したい。

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