歌や句

夕暮れは。

2019年8月2日(金曜日)

仕事が終わると庭の撒水をして、暮れかかると近くへ電車を撮りに行く。

夕暮れ症候群?

どこか認知症の症状に見えなくもないが、自分では貴重な夏のひと時だと思っている。

以下は本日の夕暮れ時のひとコマです。

 

 

 

 

 

夕暮れは 見知らぬ雲が湧いてきて短い祭をして消える
夕暮れは 可愛い電車がやってきて私を乗せずに去って行く
夕暮れは 小さな川に凪ぎがきて赤い寝間着に着替えする
夕暮れは いつしか帰る時がきて黙って家へと走らせる

本日は新潟市から和悠の皆様。
かつて大変お世話になりました、懐かしかったです。
また、と仰って頂き、有り難うございました。

静かに始まった新元号年 四つ目の神器。

2019年5月1日(水曜日)

本日から元号が変わった。
ニュースでは賑やかな慶祝風景が流されていたが、当地は霧雨が降り続き、少なくても周囲は静かに過ぎた。
物事は初めに大騒ぎせず、静かに始める方が良いことが起きるような気がする。

そんな日の朝、紹介状を一通書いた。
それを入れる封書に平成の元号が印刷されていた。一瞬31と書きそうになり、あわてて年号に抹消線を入れ、上に令和と書き、「元」と記した。

 

 

 

頸城野をいざ耕さむ人影は音も無く降る霧雨のなか

一連のご退位と即位において、天皇と上皇両陛下のお言葉で「憲法」と「平和」が繰り返し語られた。
平和の希求を可能にする唯一つの道は憲法の遵守として私に伝わった。
つまりお二人は揃って象徴の具現として、平和憲法に添うことを明確にされたのではないかと感じた。

これは政治的お考えでも感情でもない、天皇家が先の戦争から三代に亘り生引き継がれた確固たるDNAではないのだろうか。
ご一家が、過去として済ますことの出来ない戦争で負われた人道上の深い傷と責任の証左。
DNAがあまりに強靱ゆえ、あたかも四つ目の神器として映るようになった。

私の高田高等学校時代の校長は新皇后のお爺様だった。
一地方の者ですが、心より天皇、皇后両陛下のご健勝をお祈り申し上げます。

夕べに白き樹下の木蓮。

2019年3月30日(土曜日)

美術などに造詣深い方がお見えになり、ついつい閉館過ぎまで四方山話は尽きなかった。
色々教えて頂いているのに万事自然で謙虚。こんな方とは少々時間を過ぎる位が丁度いい。

 

 

樹下暮れて文化を語りし人は去り

 庭に木蓮雪のごとかな

昨夜、陶齋の陶板額の詩歌が万葉集だと分かった。

2019年3月24日(日曜日)

長く樹下美術館にあって、現在展示中の齋藤三郎(陶齋)の辰砂陶板額。
民家ともくもくたる雲の空には詩が漢字で力強く書かれている。
鉄絵の具の焦げ茶、呉須の青、辰砂の赤い地色も良く、文字に力こもった陶齋の優品の一つであろう。
当館における氏の書に寒山詩、王維があり、焼き物に千字文が引用され、良寛の漢詩も数点見られるので、陶齋の文といえば漢詩しか浮かばなくなっていた。

だが件の作品の文字(詩文)はどうしても読み下せない。
作品のテーマゆえ、分からなければ持ち主として、館主として失格であろう。
その昔ある骨董店主に読みを尋ねたが、読めません、と言われたままになっていた。

このたび熱心なK夫婦に促され、展示中の陶板額の前で、あらためて一緒に読んでみた。
どう眺めても、読めるのはせいぜい天、近、光、響、見、恐、不などで、他に者?悲?がせいぜい。
特に天、響 悲に続く文字が分からず、恐には不可が続くのか?など判然とせず、結局ギブアップだった。
読める字だけ拾っているとぼんやり意味が浮かび、読めなかった字が埋まることがある。
結局それも叶わなかった。

奥様の父上は古文書が読める。それで作品を撮って父に聴いてみる、と仰って携帯を向けられた。
あるいは、幾つかの文字を並べて該当する漢詩が出るか、ネット検索してみたいとも仰った。

昨夜のこと、お別れの食事会から帰ると詩文のことを思い出し、パソコンを点け、「漢詩 天、光、響」を打ったり「詩 天 光 響 恐」を試した。
頭は冴えていたが、いずれも期待した応答はない。
待てよ、者→「は」あるいは「ば」で、助詞では?
これは漢詩ではないかもしれない。
ためしに「天 光 響 恐」だけで打ってみた。
すると驚いた事に、この文字を含んだ万葉集が一首、すらりと現れた!

 

辰砂陶板額。

「天雲 近光而 響神之 見者恐 不見者悲毛」 が原典で、詠み人知らずだった。
“天雲(あまぐも)に 近く光りて 鳴る神の 見れば恐し(畏し) 見ねば悲しも”
五七五七七のちゃんとした短歌だ。

意味として、
天空の雲に光る稲妻は、見るのは恐ろしい鳴る神か、と言って見なければまたせつない

恋の歌として、
高みにおられるあなた様は天雲で鳴る雷光のようで、逢うには畏れ多く 逢わなければ悲しいのです。

陶板を原典に照らせば、「天(あま)」の下の字は“雲”であり、「光」の後に“りて”と充て、「響」は鳴ると読み、「神」が続いていたことになる。
原典に「神之(かみの)」とあるが、陶板に之が見当たらない。
「見者恐」は“見るはおそろし”で、以下「不見者悲毛」と続き、“見ねば悲しも”と読み下すことが分かった。
「悲」の下には雲の輪郭線に紛れて「毛(も)」が書かれていたことになる。
言われればそうかな、と思うものの、原典を知らなければお手上げで、このたびはインターネット様々だった。

昭和30年前後に我が家にやって来た陶板は、ちゃんと読まれる事も無く、布にくるまれるなどしてどこかの隅で窮屈に過ごしてきた。
それが立派な万葉集を戴いていたとは、本当に気の毒をしたと思う。
調べを進めると、棟方志功の扇面に鷺(さぎ)の絵とともにこの一首が書かれていることも分かった。

詠み人知らずとはいえ、何と気宇の大きい恋歌だろう。
万葉集とは、陶齋や志功の何という教養。
昔人の創造性と感性、知識と表現に比して、今日自分の非力と貧しさは如何ともしがたい。

それらは今後の課題として、館内で鳩首し作品を判じてみたK夫妻はどのような結論に達しただろう。
近日中にお会い出来るようだが、万葉集でしたね、と仰るにちがいなく、楽しみだ。

読みをプリントして、作品に添えようと考えています。

再びまみえん。

2019年3月23日(土曜日)

一昨日の25度から一転、本日車が示した午後の外気温は6度。朝早くは雪が舞ったと聞いた土曜日。

こんな日は美術館など、どなたも見えないのでは、と思っていたところ9名の方に寄って頂いた。
助かります、有り難うございました。

そんな夕刻、あるご夫婦が転地されることになり、2組の夫婦が加わって食事をご一緒した。
優しく美味しい料理のOSTERIA SAKAZUME(オステリアサカヅメ)の3時間余、文字通り名残を惜しんだ。
尽きぬ話に、その昔の忘れていた事を細かに覚えて下さっていて胸が熱くなった。

 

行きがけの直江津港。

 

ご馳走様でした、とても美味しかったワイン。

会うは別れの始めとは、はそれでいい。一方、“別れは再会の始まり”もあろうと思った。

再 び と

   手 を 差 し 出 し た

春 の 夕

平成30年度下半期、館内のノートから。

2018年12月28日(金曜日)

館内のノートに記載されました皆様の「お声」8月~
12月の分をホームページに掲載させて頂きました。
静かなお一人さん、親子お二人、ご夫婦、お友達、
大勢ご家族で、大切な人と、団体さん、、、117筆
を記載して頂きました。

“初めて来館”   “夫婦で誘い合い” “身内を看取って”
“看板を見て“ “上越に来たので“ ”たまたま通りか
かって” “友人に誘われて“ ”職場の先輩に勧めら
れて” “うみがたりの帰りに” “妻の誕生日で” “身
内の介護の合間に” “知り合いの紹介で” “施設の
身内を訪ねて” “赤ちゃんと” “新潟の旅の最後に”
“サイクリングの途中で” “新聞のチラシを見て” “ホ
ームページを見て”、、、などなどで来館され、

“展示物にほれぼれ” “心身共にリフレッシュ” “勉
強になった” “落ち着いた” “疲れがふっとんだ” “
素敵な作品” “感動を大切にしたい” “楽しい思い出”
“素敵だった” “長生きしたくなった” “ゆっくりした”
“ほっとした” “やみつきになりそう” “エネルギーチ
ャージ” “前向きになれた” “癒やしどころ” “四季
を過ごしたい” “見慣れた風景が違って見える” “日
本の豊かな原風景” “私のパワースポット”、、、等々
とお書き頂き、多くの方が“又来たい”、“他の方を誘い
たい”、、、etcと記して頂きました。

“食事もとても美味しかった。これで、1000円は安
すぎる。東京なら2000円は取られる”と書かれた方、
誠に有り難うございました。

“十年来の念願が果たせて、超うれしい!また、来ます”
はこちらこそと嬉しく、

“上越市の発展と市の文化交流の拠点としての樹下美術
館に注目しています”、と励まされ、

“今年最後の来館と思っています。初めてドーナツを食べ
て、展示をもう一度見ました。来年もここへ来られるよ
う願っております。よいお年をお迎えください”、も有り
難く、皆様のお声すべてを来年度の励みにしたいと思っ
ています、“本当に有り難うございました”。

さらに今夏は掘川紀夫展が催され多数の入場者様に恵
れました。
ノートに多くの熱心な感想がありますので、是非ご覧下
さい。

年末寒波の初日でしたが、当地沿岸は強風のためか、さ
ほど積雪はありませんでした。

 

_MG_6210
本日昼、近隣の水田で食餌するコハクチョウ。

くびき野にコウコウと鳴く白鳥の幸々と見ゆ雪のふるなか

ハクガンが飛来しているということ。今のところ採餌にほ
ど良い積雪なので是非とも出合って写真を撮りたいと、願
っています。

果たしてどんな雪、どんな正月になるのでしょう。

真夏の花へ。

2018年7月18日(水曜日)

庭は初夏のこと、あまつさえ春のことなど覚えていません、
と言って潔く夏の花を咲かせている。

IMG_4998
名は黄金鬼百合と豪華だが、清楚な花。

IMG_5009
旺盛なヒメヒオウギズイセンは母の幼き日の思い出の花。
行水の時にいつも咲いていた、という。ここでは野鳥が来
て水盤で水浴びをする。

IMG_7531
鉄砲百合より一足遅いカサブランカ。

 

IMG_5005
リアトリスとミソハギ。両者とも庭では新顔だが思った通り夏
の花として一角を守ってくれている。もっと増えるよう秋になっ
たら株分け、移植をしてみよう。

 

IMG_7523
その向こうでムクゲが咲き始めた。

暑さに一句、
入り来て名刺の代わりに玉の汗

 

そして堀川紀夫さんの特別展が迫ってきた。

IMG_1918
花はさらに移り、堀川さんの作品が咲き誇ることでしょう。

指に止まった赤とんぼ 水田に白鳥の群。

2017年10月28日(土曜日)

台風22号が沖縄、奄美を通過中の本日、当地は終日どん
よりと曇った。

赤とんぼは晴れの日に飛ぶものと思っていたが、美術館に
沢山現れた。

 

IMG_0215
赤く染まったマユミに並んでいる。

 

IMG_0230
指を差し出したら止まった。
少し動かすと飛び立ち、再び戻ってくる。

差し出した我が指さきの赤とんぼ
休むを見ればすぐに帰れず

 

IMG_1209
今年初めて見た夕刻の白鳥。

 

IMG_1191
まだやってくる。

IMG_1226
数百はいると思われた群のほんの一部。
近くでトラクターが作業をし、車も通るが一心に食餌を
している。群はすべてコハクチョウのように思われた。

 

IMG_1238
シックな灰色は今年生まれた若鳥。
千キロを越える渡りであろうが、よく無事に飛来したものと、
感心させられる。

夕暮れの白鳥はかえって白さが際立つように感じられる。
飛来したばかりであろうこの時期の群はフレッシュな印象。

梅雨の晴れ間のクレナイと合歓〔ネム)。

2017年7月6日(木曜日)

本日は久し振りの晴天、雨を吸った庭や畑は生気をはなっていた。

掲載していたあのクレナイは真紅になった後横向きとなり、あるもの
は下を向き始めた。

クレナイ
どういうわけかヤマアジサイの花(萼片)は終わると下を向き始め秋
、冬にはドライフラワーのごとく枯れていく。

さて雨降りで周囲を気にする暇がなかったが、本日ふと見ればネムが
沢山咲いていた。
繊細な花なので雨に降られるとくちゃくちゃになるが、今夕見た花は概
ね傷む事もなく、開花を喜んでいる風だった。

ネム
雨に打たれながら次々に新しい花を咲かせるネム。
つかの間の晴天に咲きほころぶ花は清楚かつあでやかで魅力的だ。

一首
はちすとは仏のしとねと覚ゆなら 誰の夢かぞ合歓の花糸

下手な歌ですが、合歓は誰か昔の貴い人が時を隔て見ている夢なの
か、と30年ほど昔に作った拙短歌です。

山桜と主(ぬし)無き畑で拙短歌。

2017年4月21日(金曜日)

日替わりで曇ったり晴れたり、寒かったり暖かかったりする。
昨日曇り今日は暖かく薄日がさした。

昨日の昼は高速道路の脇道から瑞天寺道(自称)に入り、本
日は反対の畑に入った。

珍しく拙い短歌が浮かんだ。

昨日山桜の道で。

2

 

3

 

4

山桜咲く野の道を踏み行けば大和心のゆかしかりけり

本日主無き畑で。
若いハンノキの新緑と小屋の風情を撮ろうと入ってみた。

 

1
ハンノキの若木と草だらけになった畑と作業小屋。

 

2

 

22

訪ね来る畑の主の足絶えて草に紛れて花二つあり

ここは数年前まで老人ご夫婦が黙々と耕していた。
最近姿が見えなくなったが雑草の中で花が咲いていた。
作物と共に植えていたのだろう、寂しさとともにご夫婦の
優しさが胸を打つ。

2019年12月
« 11月    
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

▲ このページのTOPへ