訪ね来る人影もなし樹下の庭 花や小鳥、そして歌 全てはPCR次第。

2020年4月8日(水曜日)

本日水曜日の暖かな日は午後から施設の回診。帰路、樹下美術館へ寄った。妻が手入れをしていた庭を見てまわった。

 

精一杯咲いてみせてたソメイヨシノ。

 

屋根に雀のつがい。矢印に毎年使用される巣がある。
今年はこのつがいが確保したらしい。

 

ルルリリ、ルルリリと松田聖子の歌のように鳴くカワラヒワ。
ただし顔はこわもて。

 

水盤にシジュウカラが来て水浴びをした。

 

餌台にできるだけ餌を置くようにしている。

訪ね来る人影もなし樹下の庭 相手になりたや花や小鳥の

 


トゥルリラ、トゥルリラの松田聖子さん。
maj7thコードの詩情が多用される聖子さんの歌。この曲でも効いていました。

 

本日国内で、あらたに新型コロナウイルスの感染確認が503人となり、はじめて500人を超えたという。最も多かった4月4日の365人から一気に飛躍している。偶然ではないとすると一挙拡大の懸念がある。

一方、この急拡大は、突然PCR検査を拡げた結果の可能性も考えられる。新型コロナウイルス対策で何かと出遅れが指摘されたが、PCRの遅れがすべの始まりである。感染症対応のイロハの「イ」に目をつむり、後ろを向いて「医療崩壊に結び付く」とまで雑言を浴びせられた基本。なけなしのキットをクルーズ船で使い果たしに近い状態にしたのも痛かった。

首相は直近の会見でPCR拡充のテコ入れを表明した(今度こそ本気と期待したい)。最優先事項であり迅速な予算措置と官民あげての取り組みが願われる。まだ遅くは無い、どんなに実数が上がろうと、現場が疲労しようと数、年令、症度、地域などの分布と対応および結果、、、。これら実態の把握無しでは、雑音を増大させるだけで有効な対策など打てない。

精度の高い事実に基づくなら、如何なる悪材料でも有意である。それに沿えば対策が可能であり発表に自信も持てる。結果としてパニックの総体を逓減させ、おしなべて真摯な国民は応えるだろう。

緊急事態宣言の真の勝負はPCRから始まる。金と手間は掛かるが総力を挙げて取り組んでもらいたい。

キットが余れば窮している国々を支援すればいい。

得意の経済面はそれこそ存分に実力を発揮してもらいたい。

当地初の感染が確認された。

2020年4月7日(火曜日)

間もなく緊急事態宣言に向かう東京。
そんな本日、上越市で東京から帰省された男性が、当地一例目の感染となったことが公にされた。公共交通を避け、自宅外へ泊まるなど配慮されてた模様であり、気の毒である。
話題は一気に地域に広まり、あたりにこれまでと違った緊張が漂うようになった。

本日、ほかに県内阿賀野市でも帰省中の女性に感染が確認されたほか、四月に入り帰省者の感染が見られている。偶然かもしれないが、みな東京からで、そちらが如何に凄い状況になっているか、一端を垣間見る思いがして恐ろしい。

東京の宣言および当市での感染確認は、いずれも今年の美術館開館可否の目安だった。こうしてみるとやはり延期をして良かった、とほっとする。

 

 

上掲の2枚は一昨日庭の桜に来たヒヨドリとスズメです。

 

当地は既に新潟市などのクラスターをみているので、見聞が役立つことを念願している。

緊急事態宣言は出るけれど PCRへの思い。

2020年4月6日(月曜日)

ついにと申しますか、政府は明日主要な感染都道府県に対して緊急事態宣言を発する予定と表明しました。
4月3日のノートに〝間もなく発表〟と記しました通りで、本日の成り行きには特別な感想はありませんでした。

ただ今後往来が多い東京都の人達がこちらへ移動やある種避難的にやってくることが考えられます。本日の外来で、東京に住んでいる娘さんに帰ってくるな、と電話しましたというお父さんがいました。何とも可哀想で複雑な気持ちになりました。

すでに新型コロナウイルスは、規模、強さ、波動、影響、生成と収束などで複雑系分野の様相、一種カオス的になりました。
だが手探りの中で、克服に向け世界が有している唯一の科学と医学の根拠が「PCR検査」です。
〝一定の乖離がある〟〝テクニックエラーが混じる〟と述べて過小評価しようとする人がいましたが、悲しいことでした。〝検査拡大は医療崩壊に結び付く〟とまで述べた人もいました。
全く反対です、混乱した医療状況で、粘り強く道すじを作れるのが医師の判断と検査およびデータの積み上げです。検査で陰性、しかし状態に疑いがあれば機を見て再検査へと進むはずです。前出の諸発言の真意が分からず残念でした。

一定の乖離や一定のエラー。それを伴うのも科学であり、その事を認めた上で間断なく克服行為を続けたのも科学。それらによって今日の信頼と価値に結び付いたのではないでしょうか。

思えば日本はSARS、MERSともにコロナ未経験(とされている?)でしたので、この度はかって経験した国々に比べ、恐らく知見、検査とも出遅れを否めなかった事でしょう。
自前の検査開発を託された感染研は突然の事態を前に、必死だったと想像されます。政府は〝感染拡大に結びつく〟とか〝ゆるやかに感染コントロールを〟などと述べて、出遅れを修飾するのにまた懸命に見えました。
あまつさえ洗練されたロシュ社のキット増援は、感染が世界に拡大したため日本への補充が十分に効いていないことが想像されました。

緊急事態宣言による私たちの行動規範は大切ですが、国民はおしなべて真面目です。
どちらかと言えば、宣言を出す国側こそ、この機にPCRの検査拡充に邁進することを願ってやみません。
合理的な診断、治療、予防の拠り所として、科学(検査)を大切にする基本姿勢の徹底を望みたいのです。
そのために国器(造語:国の器)を大きくし、周辺諸国とさらなる疎通構築も願っています。

外見や立ち位置を気にするのはおしゃれなことですが、今は少しこらえてほしいと思うのです。

当分、樹下美術館は休館いたします。

2020年4月5日(日曜日)

昨日、東京都における1日の新型コロナウイルス感染者が100人を越えたと報道されました。

延期させて頂いていた樹下美術館の4 月6日開館の可否判断の一つに「東京都の緊急事態宣言」を挙げていました

きわめて個人的な見解ですが、東京はじめ国の事情は緊急事態に準ずるものであろうと考えるに至り、

まことに残念ですが、来る6日の開館を当面延期することに致しました。

ささやかながら美術施設を営む者が、自ら門戸を閉ざすことには誠に忍びがたいものがあります。
一方決定について逡巡し、遅らせましたことを大変申し分けなく存じます。

お客さまおよびスタッフ、さらに地域の皆様の健康を最も優先すべきものとしての対応でした。

これまでお世話になった皆様のお顔を思い浮かべながら、いっそう充実した再開に備えたいと考えています。

望むらくはいずれ開館のとき、ともに元気にお会い出来ますこと、ただ一点です。

どうか宜しくお願い致します。

〝ご一緒に頑張りましょう〟

ほぼ展示準備を終えた 近隣の自然 特攻準備? 間もなく発表? 

2020年4月3日(金曜日)

昨日は午後休診の木曜日で、齋藤三郎の陶芸作品を展示準備した。
「陶齋の梅と椿」がきれいに並び、室内は一見春でいっぱいになった。
手前味噌とはいえ、絵画ホールの22冊の本といい、館内にはある種迫力が漂っている。

一通り終えると、貴重な晴れ間、近隣の林へ鳥を探しに行った。

 

樹下美術館のこぶし。

 

細い波状雲が空を埋めている。
爽やかな眺めだが前線の前触れと言われている。

 

樹下美術館のお隣さん、新堀川公園の桜。

 

雑木林の流れ。
小さな流れながら気に入っている。自然に見えるが手入れされていた。

 

天ケ池。
今冬の小雪にもかかわらず水は満々とある。
上越市大潟区は大小多くの湖沼がある。
天ケ池と蜘蛛ケ池は道と畑を挟んで隣り合っている。

 

天ケ池に飛翔体。まさかと思ったがもうツバメだった。

天ケ池湖畔の砂利道を歩いていると初めて見る鳥に出合った。

 

 

上掲2枚は初めて見た鳥。調べるとミヤマホオジロだった。
頭部を中心に黄色と黒の色分けはとてもおしゃれだ。

飛び立った野鳥は追わずに待っていると戻ってくることがある。雀より素早く飛んだので待っているとやって来た。砂利道で餌を探すのをなんとか撮らせてもらった。
長生きは良いこと、という考えをコロナウイルスが曇らせる。
初めての鳥をレンズで追いながら、ああやはり良いことだと思い直した。
結局コロナを試練と考えることにしようと思った。

それにしても東京はじめ大都市の状況には何とも言えない危さを感じる。
このところ休みであっても1日に何度も手を洗い、何度も洗顔し、何度も歯磨きをする。
上越市で公式な感染者の発表はまだないが、私の外来でさえ緊張させられる方が混じる。
すでに何人かの方には翌日電話をして状態を確認した。
いわんや現在当地の病院にかかる見えざるストレスは並々ならぬものがあろう。
この先、実際に始まった場合、持ちこたえられるだろうか。

かって戦争で若い人が特攻に行った。
このたびのコロナでは、特攻として老医が前線に向かう場面を想定した方が良いかも知れない。

ぐずぐすのニューヨーク、たった2枚のマスクの日本、踏ん切りつかない東京、、、。
例によって精神論まで語られはじめた。
そもそも世界にはいわれるほどの体力は無かったのではという疑念がよぎる。

緊急事態宣言はすでに実施の具体的詳細を機密下に検討している最中と想像している。中央の検討のあと対象知事とのすりあわせが待っている。まもなく発表ではないだろうか。

これが試練で済むことを祈りたい。

日本に悪化はあるが、体型の要因などからアメリカのようにひどくはならないような気がする。
一つだけ危惧があるならば働き過ぎによる疲労であろう。

美術館コロナの春の薄化粧。

2020年3月31日(火曜日)

新型コロナウイルスに備えて、3月15日の開館を延長しました樹下美術館。
午後のみの開館、席数半減、滞在時間制限、メニュー制限、図書貸し出し中止、などを掲げての出発です。
小学校の始業が行われること、上越地域の感染が無い事などを条件に、4月6日に今年の開館をすることに致しました。

文化庁のホームページには「文化芸術に関わる全ての皆様へ」という、,3月27日付け長官のメッセージがあります。
以下に最後の部分を引用しました。
〝この困難な時こそ、日本が活力を取り戻すために、文化芸術が必要だと信じています。
明けない夜はありません!今こそ私たちの文化の力を信じ、共に前に進みましょう。
宮田亮平〟

またドイツ政府は「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ」と述べ文化芸術面に大規模支援を表明しています。

不安のなか、このようなメッセージには勇気づけられます。

本日スタッフが館内外の清掃を済ませ、一緒に展示準備をしました。
以下におおむね完了した倉石隆の絵画コーナーの様子を掲載します。

 

 

 

中央に5点の細長い油絵を架け、
手前に倉石氏が挿絵や表紙を描いた本19冊を展示しました。

 

16席から7席減らして9席にしたカフェ。
陶芸室のテーブル席も8席→4席としました。

 

何度もお伝えしましたクリスマスローズが真っ盛りになりました。

 

美術館コロナの春の薄化粧

 

色々考えてみましたが、相手は賢くて姿も見えない強力な魔術師。
混み合うことが少ない当館がいっそう閑散であれば、と妙なことを願っています。

残り少なくなった貴重な春を、こんな風に迎えるとは考えてもみなかったことです。
キーやボタンを押せば答えが出る生活で、すっかりご立派になってしまった私たち。

春で、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」を思い出しました。
レイチェルを出すと、揚げ足取りをする人がいそうで、これまた悲しいのです。

あるブロガーさんへの歌。

2020年3月30日(月曜日)

とても残念なのですが、ある方が最近ブログを閉じられることになりました。
遠くから樹下美術館を応援してくださっている方です。

ささやかなお礼としましてYouTubeから歌をお借りしました。
宜しければどうかお聴きになってください。

ある医師のお勧めの歌でもあります、
アルフレード・クラウスの「真珠採り(耳に残るは君の歌声)」にしました。

 

力づくで来ようとする者との戦い。
貴方に共感し応援しています。

「大丈夫ですからね」

来る4月6日の開館に際しまして。

2020年3月29日(日曜日)

「来る4月6日、今年の開館のお知らせです。」

感染症に対して以下のように配慮をいたしました。

館内ではなるべく静かにお過ごし頂ければ有り難く存じます。
カフェのお過ごし時間はおよそ一時間程度までにご協力ください。

お互いに予防を理解し、春の到来とささやかな文化に触れて元気を出しましょう。

本日の県立大潟水と森公園 4月6日に今年の開館を予定。

2020年3月28日(土曜日)

かろうじて雨をこらえていた本日土曜日日中の空、夜になりしとしとと降っている。
厳しさを増した東京のコロナの状況は、大規模な病院・施設の内部感染が報じられ、全体としての動静が気になる。

柏崎市以西の上越市および糸魚川市においては、依然として感染者の確認はない。この問題では、公の発表が実態を反映しているかどうか常に悩ましい。何となく疑わしい眼であたりを見る癖が付いてしまい、いかにも気が重い。

精一杯自己管理を続け、一定の行動規範に従う以外になさそうだ。逃げる訳にもいかず、これも健康維持の一つの形として、納得するので良いのかな、と考えている。

本日午後は大潟水と森公園を歩いた。このところヒマさえあれば公園に行く。寒暖の差が激しいので服装には気を付けなければならない。本日は、途中で小学時代の同級生に出合いほっとした。

騒然とした社会と異なり、公園の自然は確かな足取りで季節の歩みを刻んでいる。それらに触れると、混乱しがちなこちらの調子が整えられていく感じがしてくる。

 

 

タチツボスミレであろう、歴史ゾーンの一カ所に沢山咲いていた。

 

潟の里ゾーンのミズバショウ。

 

 

歴史ゾーンでコゲラが熱心に木を突っついていた。

 

種類は分からないが咲き始めた桜に心温められた。

 

さて間もなく4月になります。
新型コロナウイルスのため、3月15日の今年の開館を小学校の新学期の始業まで延期する予定としていました。
当地は4月6日がその日にあたります。感染の収束や安全宣言など宛になるものがありませんので、やはり随分悩みました。

しかし、
「こんな時だからこそ、ささやかな文化ながら、心のともしびになれば」、と考え開館を決めました。

事情が事情だけに、幾つかの事項に配慮し、普段と異なる形で始めたいと思っています。
ぎりぎりになりましたが、詳細は明日掲載致しますので、どうか宜しくお願い致します。

メディアや記者ばかりはなく直接国民にも語りかけて ヒスイ色の海。

2020年3月27日(金曜日)

元気だった人が周りで倒れていく。おそらく欧州やアメリカの一部では感染症の恐ろしい一面がみられているのでしょう。
あまり好きな言葉でありませんが、内外で「国難」や「戦時下」という言葉が使われるようになりました。

全国を襲う未曾有の事態に対応するリーダーは国や自治体の長です。国民が冷静に振る舞うため、機を見て的確な説明をして取り組みを訴えなければなりません。
その際、
精一杯で良い、「明解な事実」、「強い問題意識」、「取り組みへの情熱」および「精度の高い対応」の伝達が期待されます。
これまで首相は、対策本部や専門家会議の後に何度も会見を重ねました。しかし主にメディアを介する会議の結論と報告が中心でした。

事態はまだ先まで続く様相です。不慣れな生活によるコロナ疲れも否定できませんし、軽症と言われる若者の逸脱も無視できません。
事態が重大なほど、長引く今、リーダーによる心打ち勇気と希望につながる言葉が待たれます。

うらやましいことに、マクロン氏やメルケル氏は、まるで国民を自室に招いて語るように自分の言葉で訴えました。我が国のように大勢のSPと役人、あるいは記者を引き連れる、権威に囲まれる会見は、仰々しい視覚的な雑音によって、素直に視聴者の心に入り難いのです。国民一人一人に向けた心に響く首相の(あるいは都知事の)生の言葉を聞きたいのです。

余談ですが、この点テレビでみる道府県知事たち(一部を除いて)はメモ無しで自らの言葉で話をされ、事態の切迫感と自身の真剣さが伝わります。そのほうが安心にも繋がるようなのです。

 

さて以下は先週土曜日、夕刻に近い柿崎海岸です。

 

 

 

 

 


過日の上下浜はオレンジ色でしたがこの日はヒスイを思わせる色でした。

ばいきんきち その2。

2020年3月25日(水曜日)

長年書棚の隅っこでレントゲンのフイルム箱に入ったままだった「ばいきんきち」。原稿用紙の文字稿と画用紙のスケッチをコピーし、クリップで止めただけのものでした。5,6部つくり子供達と知り合いに上げて終了でした。
もう一つ、水彩で描いた「森のトマト畑」は少し面白がってもらいましたが、「ばいきんきち」は気持ちが悪いなど少々不評、ただゼガー博士は面白かったと言ってもらいました。

では続きです。

4きちの中
外からみると、ボロボロのれいぞうこのきちも、中はピカピカで、あちらこちらにライトもついていて、とてもせいけつになっていました。
小さなれいぞうこでもばいきんたちにしてみれば、巨大なきちです。何千何万ものばいきんがいました。プラスチックでで出来たろうかや、体育館、きょうしつ、びょういんがあり、沢山のいすとテーブルがおかれた食どうでは、ばいきんたちがにぎやかに食じをしています。
「ヘエー、たいしたもんだな」、感心して写真をとりました。
こんな大きなきちならば、きっとけんきゅうしつがあるにちがいない、と思い、一匹のばいきんにたずねてみました。
「その先を右に曲がった所だよ。しかし所長のゼガー博士は気むずかしいので有名だよ」と言われました。
でもぜひ博士にあって、ばい菌のひみつを知りたいと思いました。言われたとおりに行くと、けんきゅうしつがあり、決心してドアをたたきました。

5ゼガー博士
とびらをあけると、しけんかんやピペットにくすりビン、色々なおくすりやバーナー、さまざまな機械のほかメーターがいっぱいみえました。
白衣を着たばいきんたちがいっしょうけんめいしごとをしています。かべに「人間をやっつけろ!人間にまけるな!」という大きな字が書いてありました。
ゼガー博士はどこですか、と入り口でたずねると、
「一番おくにいますよ」とおしえてくれました。見ると黒いふちのメガネをかけ、ヒゲをはやし、耳が特別大きな博士がみえました。
こわかったですが、近づいて声をかけました。
「博士、私はばいきんしんぶんの者です。今年のばいきんのどくはどんなとくちょうがありますか」とたずねました。
博士はじろりとこちらを見ると、めんどうくさそうに、
「げりだよ、今年はげりさ」と答えました、
それを聞いてわたしは心配になりました。というのはげりをするとかぜは治るのに時間がかかるのです。
その時でした、博士はとつぜんこちらを向き
「君、君は本当の記者じゃないね。人間だろう」と言いました。


はっとして後ろへさがり、
「私はばいきんしんぶんの記者です」と言いました。
「いやちがう、君は記者のマークをつけていないし、だいいちくつをはいている。ばいきんはくつなどはかないもんだよ、それにしっぽもないじゃないか!」
博士はおこってどなりました。
私はにげようとすると、
「こいつは人間のスパイだ!つかまえろ」
博士がめいれいし、わたしはあっというまにしばられてしまいました。

6脱出

しばられたまま沢山のばいきんがあつまっている体育かんにつれてこられました。
「みんな良く聞け。こいつは人間だ。これからこいつに新しいどくをちゅうしゃしてじっけんをする」
博士は大声で言いました。
すると、
「ちょっとまってください!」
その時、こどものばいきんが足を引きずりながら出てきました。
「博士、このひとはいい人なんです」といいました。
道ばたで足の手あてをしてやったあのピノでした。
しかし博士はかまわず、「じっけんをつづける」といいました。
このままでは大変なことになります。
「まってください。私のポケットにいおしいおみやげが入っています。それをあげましょう」
とひっしになって言いました。

博士は私のポケットに手を入れると、ホメオスターを取り出し、「これはうまそうだ」と言ってのみはじめました。
するとくすりがきいて、博士はみるみる大きくなり、天井までとどくと、しまいにはれいぞううこいっぱい、ぎちぎちになってきました。
飲み過ぎです、もうはちきれそうです。

 

おどろいたみんなはきちを走りまわり、大こんらんになりました。わたしはポケットに残ったホメオスターを急いで飲みながら出口にむかって走りました。
「博士が爆発するぞ!」とみんなに声を掛けました。
やっとのことでそとへ出ると、私のからだはしだいに大きくなりはじめていました。
ドッカン-! 突然大ばく発がおこりました。
れいぞうこは博士もろともこなごなになって飛び散りました。

あたりが静かになると、まわりにはばいきんが沢山横たわっていました。
動かなくなった小さなピノがみつかりました。
わたしを助けようとしたばいきんです。
落ちていたウメの花びらをひろってかけてやりました。

すっかりもとの大きさに戻ったわたしは、いそいで病院へ行き、庭のこわれたれいぞうこと、まわりを消毒してください、と頼みました。

大変な出来事でしたが、話はこれでひとまず終わりです。
その年、悪いかぜは、あまりはやりませんでした。

拙い「ばいきんきち」は以上です。
あらためて見ますと、変な所ばかりで困っています。無理を言ってお読みいただき有り難うございました。

休館中のお詫び ばいきんきち その1。

2020年3月24日(火曜日)

新型コロナウイルスはオリンピックを延期させるほどの力を見せつけています。やはりただの風邪でもなければインフルエンザでもなかったようでした。

さて以下は今から40年ほど前、小学校2年と4年生だった二人の子供に向けたまことに拙い文と絵です。
本当に恥ずかしいのですが、新型コロナウイルスによる休館のお詫びです。もし宜しければどうかご覧下さい。

 

1ミクロマイシンとホメオスター
私はいつもばい菌というのはいったいどこからやってくるのだろう、ということを考えていました。ばいきんのようすをさぐるには、自分もばいきんのように小さくならなければいけないので、人間が小さくなれるおくすりをつくるけんきゅうをしました。ある日、とうとうそのおくすりが出来あがりました。そして、小さくなるおくすりにはミクロマイシン、ふたたび大きくなるときのはホメオスターという名前をつけました。

かぜがとてもはやった冬、私はばい菌の基地を見つけにゆくことにしました。ばいきんにあやしまれないようにコートをきて、カメラをもって帽子をかぶり、しんぶんきしゃのかっこうをしました。そしてホメオスターをもポケットに入れ、ミクロマイシンをのんでみました。たった三つぶで私の体はどんどん小さくなり、つくえやいすが山のように大きくみえるようになりました。

2ピノ
さていよいよ外に出てみると、あちこちはみなばいきんだらけでした。空をとんでいるもの、れつをつくって行進しているもの、きたないみぞをのぞきこんでいるもの、中にはひるねをしているものもいました。
しばらく歩いてみましたが、ばいきんたちはあっちへ行ったりこっちは来たりで、どこにきちがあるのやらさっぱりけんとうがつきません。ところがよくちゅういしてみると、けがをしているばいきんたちは、みな同じ方向へ歩いたり、はこばれたりしていることに気がつきました。

けがのばいきんたちは、びょういんへ行くにちがいない。そこにはきっときちがあるはずだと考えました。そこへ足をけがしばいきんが「いたいよう、いたいよう」と泣きながら歩いていきました。あまりいたそうなので私は近づいて、足にほうたいをしてあげました。
「どうもありがとう」そういうとばいきんはまた歩きはじめました。するとこんどは仲間がやってきて、
「おいピノ、いったい何にやられたんだ」と言いました。
「くすりのたまにやられたんだ。逃げても逃げてもくすりがおいかけてきて、とうとう足をやられてしまった。と答えていました。ハハ-、あいつはピノというのか、いがいにかわいい名前だなと思いました。
「ピノおだいじに」というと仲間のばいきんはとおくへ走って行きました。ピノの後をつけると、ばいきんたちがとてもたくさんいる所へきました。きゅうきゅうしゃもいそがしそうに走りまわっています。いよいよきちのちかくへ来たのだ、と思いました。

3ばいきんきち
ほそいろじをぬけると広ばへ出ました。そこはとなり町のびょういんの庭でした。庭のすみにふるいれいぞうこがすててあり、ピノはそのそばへ行くとあたりをキョロキョロ見わたしました。わたしは見つからないように木のかげにかくれました。しばらくしてのぞいてみるとピノはもう見えなくなっていました。
そうか、あのれいぞうこがばいきんのきちにちがいない、と考え、走っていってれいぞうこをトントンとたたき、
「私はばいきんのしんぶんきしゃです、開けてください」とさけびました。
するととびらがひらいて「さあ、早く入れ、見つかるな」ともんばんがいいましたので急いで中に入りました。

 

 

次回続きをのせてみたいと思いますので、どうかもう少し我慢のほどお願いいたします。

荒天の日のオレンジ色の海 何事も無関心に見える海。

2020年3月22日(日曜日)

穏やかな晴天がしばしば一転して荒天となる。
前後しますが、去る20日春分の日(金曜日)は、前夜半から恐ろしいほどの風が吹きつけた。それでも時々陽が射す時間があり、ホテルと雲を撮ろうと上下浜を訪れた。すると、壮大な光芒の後、日没前後の荒れた海面がオレンジ色に染まった。

 

 

 

 

 

 

膨大な海水がうねり、しぶきを上げ、砕ける。

ちなみに以下は前日の海です。

のたりのたりしていた。
豹変は風のせいで、自分がやったことではない、と海は言うだろう。

 

自らの子でもあろう人間やウイルスの出来事や、ふところに抱く海洋生物などに全く関心を示さないようにみえる海は大物だ。一方それを揺り動かす地殻や風、光や湿度に温度などもまた凄い。かれらは物云わぬ巨大な兄弟たちだ。だが無口な彼ら巨人に代わって、子たる私たちが代弁するのも必要な仕事ではないだろうか。
※足りない部分がありましたので、末尾一行を翌日補いました。

抗体の砦 一見行け行けの達観は混乱と不安を助長。。

2020年3月21日(土曜日)

新型コロナはいつ終わりますかね、と外来でよく訊かれる。ハイこれで終わりです、とピッタリと止むことにはならないと思う。夏ころもダラダラと続き、秋冬はぽつぽつとなり、それなりに年を越すかもしれない、とぼやけた返事しかできない。
ピタリと収まることを期待してる方は、私の返事にがっかりした顔をされる。対応マナーを守りつつ、感染の後抗体を持った人が増えること、早く薬が出来ることが決め手でしょうか、と誰もが考えそうなことを言うのが正直精一杯なのだ。

さて感染には、重症、軽症、無症状など症度パターンがあり、軽症~無症状の人が最も多いとされている(日本に於いてこれらを推定するに必要な検査と質の良い臨床統計の資料が揃っていない)。

先に、自分は既に感染しているかもしれない、として予防を心がけるのをバーチャル感染、バーチャル抗体などとして書いてみた
現実には重軽を問わず感染者は直れば一定の抗体を獲得する。今後、抗体保有者の拡大が流行の重要な砦になるので、治療薬が無い現在、感染者は社会防衛に身を賭して貢献をしいていることになる。但しコロナウイルスは抗体産生が弱めという説があり、いずれにしても克服には根気が必要そうだ。感染の犯人捜しや感染者への非難を謹み、社会全体で防衛していくイメージの維持が大切だと思う。

それにしても、社会で抗体獲得者を増やすために若い人は進んで感染して、という意見やイベント予定までみられる。半分ジョークにしても暴論であろう。若者でも自他の死亡リスクだけは考える必要がある。
行け行けの強気達観は議論提起に役立つこともあろうが、実際には混乱と不安を助長している。

暖かかった木曜日 庭の手入れ 土底浜の夕空。

2020年3月19日(木曜日)

暖かかった木曜日、車外温度計が19度を指していてびっくりした。

 

潟町のキクザキイチゲ。三十年近く経って次第に色が濃くなった。
八重?というような花も見える。
場所が良いのか毎年しっかり花をつける。

 

のたりのたりとしていた柿崎の海。

広い海を見ていると何でも引き受けそうに見えるがそうは行かない。

放射能もコロナも駄目と海が言う
余計な仕事をさせないでと言っているように思われる。

柿崎の後で県立大潟水と森公園に寄るのが最近のお決まり。
(ホームページには新型コロナウイルスに関するお願いが書かれています)

 

大潟水と森公園で後ろ向きのマヒワ。

公園の西の端にある潟の里ゾーンの東屋。
このゾーンは人が少なく比較的鳥が多い。
どこか神秘的でもあり最も気に入ってる。

 

午後から妻の友達が来て庭の手入れを手伝ってくださった。 お陰様で残っていた落ち葉が片づいて随分とさっぱりした。

 

 

庭の後、夕刻の土底浜へ行くと赤い空に出合った。

 

 

 

この高い所から海を写しました。

 

大きさの比較のために?オートシャッターで撮りました。
10秒だったのですが、のぼり坂を走ってやっと間に合いました。

 


ペリ・ーコモの「Red Sails in the Sunset(夕陽に赤い帆)」
上京して初めて買った25㎝LPに入っていた曲です。

 

残念ながら今夜から大荒れの予報です。

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