「魅せられしギター」とロシア民謡「道」。

2026年3月4日(水曜日)

音楽はほかの何かの事象とつながっていてることがよくある。最近では「魅せられしギター」とロシア民謡「道」がそれだった。

過日テレビで黒澤明監督の「天国と地獄」を観た。学生時代、自由が丘が近く、映画を観るため電車を降りて駅前で信号を待った。駅前は静かで、街角のスピーカーから聞き覚えのある曲が流れて広場に響いた。
聞き覚えはあるが、曲名が分からないまま長年が過ぎた。

ところで過日、当欄で中井亜美選手のオリンピックSPの音楽に「道」が使われていた事を書いた。もとになった演奏は1960年代のスリー・サンズだった。その動画で「道」に続き同じくスリー・サンズの「魅せられしギター」が流れ、そのメロディーこそ自由が丘で聴いたものだった。

60余年にして懸案が片付き、これで好きな時に若き日の自由が丘の街角を思い出せるようになった。

もう一つもやはり「道」でこれは中井選手の曲からすぐに浮かんだ。1960年代に父が、後輩たちのコーラスだと言ってダークダックスを聞いていた。そのロシア民謡に「道」があり反戦的世相を反映して心に響いた。


歌中の「ブーリャン」は雑草で
戦友の屍をさしているらしい。

ちなみに前半で書いた映画「天国と地獄」には横浜の麻薬巣窟でシリアスに中毒患者を演じた女優さん富田恵子は草笛光子の妹さんだった。汚れ役の凄まじさをみて姉妹で随分ちがうもんだ、さすが女優さんだと感嘆した。

映画の主犯が医者の卵というのもインパクトがあり、多くの医学生が観たのではなかったか。
当日私は映画館で待ち合わせ、今は亡き級友Sと観た。

本日美術館で今年度の展示準備があった。大方は妻とスタッフが行い、後日細部の調整予定。今年は作業が早くはじまり余裕が生まれている。

暦の春、卓上メモ、鷺と鷹、梅の名所は。

2026年3月1日(日曜日)

晴れたり曇ったりの今日から春の3月1日。
昨年途中で売れて無くなった「森のトマト畑」を直したり刷ったりした。プリントするとある絵だけ色が変わって苦労した。

久し振りに使った卓上メモ
4ヶ月経って一杯になった。

新しくすると気分がいい。

午後やや遅く外出して鳥を探した。ざっとみたところわずかにコハクチョウの群が観られただけで周辺はさびしくなった。

探鳥や不調の時の鷺だのみ。
じっとしてくれてありがとう。

童顔のタカはチョウゲンボウか。
こんなに幼い風貌で狩りが出来るのだろうか。

大潟水と森公園へ寄った。時間が遅くて鳥には出会えなかったが雲が美しかった。

西の空に巻層雲。

15分すると変わって来た。
近づいただけかもしれない。

ところで上越地方には桜の名所はある一方梅が無い。畑やよそさんの庭で見るくらいだ。雪のせいで仕方がないのだろうか。
樹下美術館でも開館のころ植えたことがあったが、ちゃんとした姿にならなかった。

調べると新潟市の白山神社や蒲原神社、あるいは田上町の梅林公園が名所とあった。
まだ見頃の時期のようなので「時間があれば」観にいってみたいし、金沢か富山というのもありそうだ。

鳥の後は美術館がはじまり、外では庭が待っていている。
明日は晴れるらしい。

今日で2月が終わる。

2026年2月28日(土曜日)

昨日気温は20度近くまで上がり、雪は日陰に少し残る程度まで消えた。

その日美術館のカフェ前の庭が現れたので購入済みの啓翁桜の苗を植えた。すでにかなり植栽したため庭は新たに苗を植える場所を決めるは難しい。

他に購入してあるものに椿が2本ある。今後場所を確保するには今ある余計な木(主に雑木)を処理しなければならない。しかし手狭になればそこを何とかしたいのも庭の楽しみで、際限無い。

短かった2月も色々あった。まれにみる大雪となり、外来で肩や足腰の傷みが多くなったのは除雪の後遺症の一つ。

大雪によって白鳥、ハクガン、マガン、カモ類など大型の渡り鳥が姿を一時姿を消した。ねぐらにしている朝日池の凍結と積雪、餌場である田が雪に埋もれたためだった。
しかし2月中ば、雪消えが始まるとコハクチョウとハクガンが戻ったが、間もなくハクガンが見えなくなった。北へ帰ったのだろうか、もう一度ひと目見たかった。

冬期オリンピックもあった。当初熱心に観てなかったが後半の女子フィギュアスケートを観た。内外の選手たちの無邪気な一体感と各個人の因縁が興味深かった。


映画「道」のテーマ「ジェルソミーナ」
演奏は古く、スリー・サンズ。

可愛い中井亜美選手のショートプログラムの音楽が「道」だった。新潟県出身というのが良かったし、若いに似合わず古い映画音楽を使ったのでじんときた。

あすから3月、思えば冬はあっという間に過ぎた。出来ればまだ頑張りたいので心身に気を付け、なるべくマイペース遵守で過ごせればと願っている次第。

先週の種々 再び柿崎海岸 氷飾り。

2026年2月26日(木曜日)

少々苦労しながら今年の陶芸および絵画の展示案内作業を終えると、当欄に載せたい先週の種々が残っていた。

20日に柿崎海岸を歩き、23日には自宅へ当館の常連さんである女性お二人が顔を出された。

20日の柿崎の空は晴れ。歩いてみると五日前に来たときよりも足が軽くなっていた。波静かですでに春の海の趣きになっている。

柿崎川河口付近はいつも貝殻がびっしり。

何がおかしいのだろう、流木が笑っていた。

春風に誘われて撮った。

海岸はかって大河ドラマ「天と地と」のオープニングを撮影した場所。僅か一カ所にテトラがあるだけの砂浜は狭くなったり広くなったりするが、この20年間、およそ同じ状態が保たれている。

拾ってきた陶片や貝殻、シーグラス。

さて23日の天皇誕生日の祝日、市内の常連さんお二人が見えた。妻と親しい方たちはよく着物を着て来館され、この日もそうだった。

お一人が、予報される晴れの前夜、洗面器に水を張り外に置くという話をされた。放射冷却で翌朝には氷が張り、それを家に入れて楽しむという。

以下は見せたもらった写真です。

出来た丸い氷。

窓辺に飾り結晶模様を楽しむ。

この後、ロウソクを灯して「北欧の朝」にひたるらしい。
ひと時すごして冷凍庫に入れて保存。夕刻娘さんが現れると再度取り出してお茶を飲むのが定番だという。

冬が遠のき春の気配が始まる2月の晴天の日の家庭行事。以前から行っているといい、何て素敵なことだろう。

数日来スマホの出だし画面が変わってしまい上手く進めなくなっていた。予約したドコモ柿崎店に行くと、バージョンアップで変わっただけと仰り、さっさと直して貰った。
若い人達はスマホの魔法いだ。

2026年倉石隆は「少女を囲んで展」。

2026年2月24日(火曜日)

先日簡単に触れました今年の倉石隆は「少女を囲んで展」です。小規模の樹下美術館で倉石隆作品が入ってくるのは数年に一度のレベルです。
しかし昨年夏と今年1月に比較的大きな「少女」と大変こぶりな「節句」がやってきました。2点とも力作で訴求力があり気に入ってます。
ポスターにも使用するお知らせのファイルが出来ましたので以下に掲載致しました。

作品の「少女」はとても可愛いく真剣な表情が見られ魅力的です。倉石隆の人物はおしなべて静かで、にっこり微笑む作品もまずありません。氏がこだわったのは「存在感」あるいは「内面」であろうと考えられ、明らかに美人画とは異なる方向です。

このような「生きた手応え」は人物画独特の魅力で、より個人的な鑑賞に合っていると実感しています。価格が何十万、何百万でないこともありがたい事です。

幼い少女がいわくありげな人物たちに家族のように囲まれる。小さなホールで月日を経た後、互いの親しみなどはどの程度育つのでしょうか興味があります。

どうかお暇をみて足をお運びください。

今年の陶芸展示 暖かすぎた日。

2026年2月22日(日曜日)

昨年12月16日以来の冬期休館も残り少なくなり間もなく2026年度の開館です。本日当地髙田でも18,2度まで上がり非常に暖かでした。
少々遅くなりましたが今年の陶芸ホール展示「現代茶碗展」のお知らせをさせて頂きました。

お陰様で今年20年を迎えます樹下美術館。その陶芸展示は地元の齋藤三郎作品を中心に行ってきました。しかるに当館の規模を鑑みますと氏作品だけでは展示幅の限界を免れません。
そこで今年の展示は「現代茶碗展」として他の作家へと拡大を試みることに致しました。明治期以後の作家さんにしましたのは、当館で常設展示してきました倉石隆、齋藤三郎両氏の現代性に類似させたいという自然な動機によります。

すでにこれまで樹下美術館の内外で何度か茶会の席を持たせて頂き、齋藤三郎を含む収蔵のお茶碗をご覧頂きました。この度は新規を含め35点を展示し精一杯賑やかにするつもりです。

展示期間は10月末日までとして11月は別に二つの催しを企画しております。
近く倉石隆のお知らせとともに晩秋の企画もお知らせ致しますので、どうか宜しくお願い致します。

ハクガンが戻った 標識首輪の個体。

2026年2月19日(木曜日)

1月下旬から2週間続いた雪は大雪にまでなった。その後気温が上がり雨が降り、降雪ががっても半日ほどで助かっていた。

ところで心配だった鳥であるが豪雪時、餌場やねぐらを失った雁やコハクチョウは姿を消し、どこへ行ったのか全く見当が付かなかった。
だが一帯の積雪がみるみる減り、大潟区や柿崎区あるいは吉川区の北部などの田は一部で田面が現れるまでになった。

すると2月15日に柿崎区で大小いくつものコハクチョウの群を見たし、17日午後は危惧していたハクガンの群にも出会った。かれらは幾つかのグループに分かれて見られ、全部足しても大雪前より数は少なく感じられたが、戻ってくれて嬉しい。

2月17日午後。

 

2月17日午後。

 

2月18日午後。

 

2月19日午後。

 

2月19日午後撮影の首輪標識されたハクガン。
写真のトリミングで見つかった。
しかしナンバーが判然としない。

鳥たちは下越地方の福島潟や瓢湖に避難していたものか、いずれにしてもよく頑張り戻ってくれた。

見つかった標識個体は報告しなければならない

「つどいの郷」嘱託おさめの日。

2026年2月17日(火曜日)

本日もよく晴れた。午後、大潟区潟町にある福祉施設「つどいの郷」へ健康評価に出る日だった。午前を終えて少し横になると寝込んでしまい、施設からの電話で飛び起きた。

15分の遅刻だった。みなさんは会場でちゃんと待っていてくれた。同園は比較的若い方で心身に障がいがある人達の生活支援と就労継続支援を行っている。10年ほど前から委嘱され、健診の事後相談やワクチン接種、時には講話やイベントに出向いてきた。

皆さんに遅刻を誤り看護師さんとともに各自面談した。嫌がる人もたまにいるが、スタッフは優しく接するのでスムースに進む。健康指標の改善は困難を伴うが数値が安定に向かう人が何人かいたのは嬉しかった。

途中ある女性の番になった。スタッフが“先生に描いてきたのね、と言い、恥ずかしそうに絵とメッセージが差し出された。

ああ何と美しく心こもった絵だろう。

もう一枚紙があった。

「杉田先生 おりがこざいまた みほ」とあった。
2枚ともB4に描かれている。

あれ、なにかいつもと雰囲気が違う。もしかして今日で私の嘱託が終わるのか?そういえば昨秋、今期で下りようと思っているので後任を探して欲しいと言い、医師会にも伝えた事を思い出した。

相談が終わりホールへ。みんなが待っていてくれ、総勢40人ほどの前に立つと代表の利用者さんが感謝のメッセージを読んでくれた。
有り難うございます、ああ遅刻などして本当に恥ずかしい、皆さんのほうがよほど立派ではないか、リハーサルもされたにちがいない。

帰路、廊下の片隅でうずくまっている男子がいた。
泣いているの?Mちゃん?とスタッフが声を掛けた。
Mちゃんは先生が好きだったもんね、と言うと起き上がり私に抱きついてきた。
びっくりしたが、ありがとう、ありがとう、と何度も頭を撫でた。
とても強い力だった。

随分前、ダウン症のこの人がまだ幼い時、お母さんに添われてバス亭から歩いて帰るのを往診の時に何度も見た。雨の日も雪の日も何度も。そのころの施設はまだ遠い所にあった。

Mちゃんからのメッセージ、心洗われる。
花しょうぶ、アネモネetc、みな良い花ばかり。

この子たちは何かあっても黙っていることが多いので、私達も気を付けて接しています、とスタッフが言った。

せめて最後くらいと思い、玄関で見送るスタッフさんたちに精一杯頭を下げた。

頂いた絵とメッセージをもう一度家で見た。目頭が熱くなり、今にしてこんなに嬉しいことがあるとは、人生やはり長生きしなければと感謝の気持ちで一杯になった。

「綾ちゃん」から頂いたとてもきれいな花束。

看護師さんに訊くと平成29年からの嘱託だった。

“利用者の皆さん、代々の施設長さん始めスタッフの皆さん、大変お世話になりました“

春近く、鳥たちが反応している。

2026年2月15日(日曜日)

本当に珍しくよく晴れた日曜日。髙田で最高気温が15,3度、湿度33%と出ていた。白鳥やハクガンは戻ったのか心配で久し振りにカメラを持って出た。

県道30号線(旧新井柿崎線)を走って柿崎海岸へ行き、休憩をいれて小一時間歩いた。柿崎川河口の小さな突堤で休憩をしたが、これほど休憩を有り難いと思った事は無かった。毎日室内を1000歩前後歩いていたが外はきつさが違い、砂浜はなおさら足にくる。

外股の私の足跡。
頭で一二、一二と声を出して歩いた。
これからは距離を減らし音楽を聴いてみよう。

帰路、主だった農道は除雪されていたので田んぼを走った。

溌剌としていたツグミ。

沢山のコハクチョウを見てひと安心。
この2週間、どこへ避難していたのだろうか不思議だ。

コウノトリにも出会う。

ほんの少しだけ飛んでいた雁。

きれいだったコハクチョウの飛翔。

家に着くとソメイヨシノにウソの群がいた。
雄は胸が赤くてきれいだ。

ウソはソメイヨシノの芽が大好物。
花芽を選ぶのだろうか(赤丸が食べられた芽)。
かって髙田公園の桜が大きな被害にあっている。

この二日で雪はさらに減り水面が顕れている田もあり、コハクチョウの群や二羽のコウノトリが田を突っついていた。

例年なら雁や白鳥は3月中ばまでいる。あとひと月、もう一度ハクガンに出会えないものか。

春が近づきいち早く鳥たちが反応していた。私も頭痛などと言ってはいられなくなった。

雪大根を頂いて 豪雪と冬鳥の動向 選挙以後昨今の頭痛。

2026年2月13日(金曜日)

夜中の雨は朝に上がり昼近くから明るい日射しが現れた。今後数日好天になると患者さんたちから聞いた。

日が長くなり午後5時でも明るさが残るようになった。雪はまだ多いが気温が上がる今週末を過ぎれば最高時の半分以下になるのではなかろうか。

2週間も降った影響で豪雪となり、沿岸でも1メートル近く積もった。一方で除雪が追いついていたお陰で訪問診療などに極端な不自由は無かった。

個人的なことで申し分けありませんが、問題は早々に白鳥とハクガンの姿が消えたことだった。
1月下旬以来鳥たちはどこへ行ったものか、果たして戻るか否かも分からない。なにより長年増え続けたハクガンが、豪雪を嫌って今後当地への飛来が減らないことを願うばかりだ。

甘く美味しくなった雪大根。

大根を下さった方は、大雪でどこにあるのか分からなくなってしまい、掘るのに苦労したと仰った。

さて本日は晴天のお陰で珍しく混み合い、お薬も入れて60名ほどの外来と一件の在宅訪問があった。忙しかったせいか終了ころから頭痛に悩まされ薬を飲んだ。
実は頭痛は先の選挙の自民党大勝から少なからず続いている。首相を支持した熱狂がそら恐ろしくなり頭が痛むようになった。
特に選挙向けもあったのだろうが、中国を挑発して余計な遺恨を残すことへの懸念は払拭しがたい。

本日、長年信頼をおいている抗生物質を処方したが、原材料は中国から提供されている。肺炎はじめ様々な感染症の急所になる薬剤の一つで、これが止まれば国内生産まで3年を要すると言われている。

政治家はより強い力を得るため、ひたすら選挙民の人気を求める。このたび高市氏は独特の雰囲気と自賛で人気を得たが、肝心の施策に曖昧さを引きずっている。

気に入らない国家があることは如何ともしがたいが、一部を除き世界は一歩を譲り相互関係を成立させてきた。バランスこそ生命線であろう。

人気先行の首相を戴きながら国民が不自由に窮することが無いよう、優れた側近や官僚は昼夜を徹して緊張を維持し続けることを祈るばかりだ。

複雑さを克服し智恵を働かせて成長してきた人間の歴史。いまさら親日、反日、媚中など簡易なレッテル貼りで片づくほど個人も世界も単純ではない。

本日ロッテアライリゾートで。

2026年2月12日(木曜日)

本日は良く晴れた。泊まった二人の姪は午後から帰る。その時間まで若い二人向きにこれと言った場所が見当たらず、ロッテアライリゾートへ案内した。

丁度昼休みの時間で、ゲレンデ直近の広いカフェは一杯。それでフロント近くの大きな窓がある所で飲み物を飲み、朝食を抜いている私だけハンバーガーを注文した。

 

圧倒的に欧米人が多いスキー場で
異邦人の私達


ナットキングコールの「Unforgettable」
忘れ難き思いという歌であろう。

 

思い出深い二日間だった。元気に生きて是非ともまた会いたい。

午後揃って姪が訪ねてきた。

2026年2月11日(水曜日)

今日は気温が上がらず寒かった。その祝日の午後、南三陸町で育った姪姉妹が揃って訪ねてきた。夏は山、冬はスキー場で働いている二人はテレビ・新聞が無い家で育ち自由学園で学び、イタリアへ語学を学びに行くなどとてもちゃんとしている。

大切な姉妹なので妻は張り切って歓迎した。

古いBerlin KPM((ベルリンKPM)や
1940年頃のSusie Cooper(スージー・クーパー)
の器を出してお茶。

バレンタインと言って頂戴した
VESRTRI(ヴェストリ)のチョコレート。

 

 

 

イム・サエムの器で。

牡蠣の料理。

客振りの良い姉妹のために妻はお雑煮まで出した。食べ終えると湯沢のお土産を食べてお抹茶を飲んだ。

湯沢の駒子もち。

ばさら茶碗で濃茶。

金彩茶碗で薄茶を飲んだ。

確固たる信念で猛烈に働き突然倒れた弟。残された姉妹は無駄の無い話を聞かせてくれ、心から話を聴いてくれた。
二人のお陰でこの年いま一つ張り合いが増えた。本日切り盛りした妻には感謝に堪えない。

今年の陶芸展示は「現代茶碗展」です。

2026年2月10日(火曜日)

今年の陶芸展示は「現代茶碗展」です。明治時代以後に生まれた作家のお茶碗を展示致します。

以下のような作品を含め35点前後を展示予定です。ゆたかな意匠に漂う詫び寂びをご覧下さい。

ばさら茶碗。

 

金彩茶碗。

開館記念月の6月の毎週土曜日には1日7名様までで1日2席の濃茶席を予定しています。
ホトトギス鳴く初夏の候を和やかに集いお楽しみましょう。

県立大潟水と森公園でグレートピレニーズを連れたA氏と出会う 選挙が決着して。

2026年2月8日(日曜日)

本日日曜日は非常に寒く雪が降っては止むを繰り返した。寒くてずっと家に居たが午後カメラを携え県立大潟水と森公園を歩いた。

駐車場は閑散としていたが園内は管理棟を中心にとてもきれいに除雪されていた。

粉雪が吹きつける。

 

 

大きいな犬を連れた人が現れた。

写真を撮ってもいいですか、と尋ねるといいですよ、と返事していただいた。大きな犬は秋田犬しか知らなかったが、「グレートピレニーズ犬」とお聞きした。

非常に大きいが人なつこい。

これで2才だといいい、あるじの言うことにとても忠実。それもそのはず、スペインーフランス国境のピレネー山脈原産の牧羊犬で大変利口らしい。
驚くほど毛が長いのは高地の寒さに耐えるためとあり、今日などはふる里を思い出して喜んでいたのかもしれない。

話していると声に聞き覚えがあり、フードで分からなかったが男性は顔見知りのAさんだった。かっての病をすっかり克服され、お元気な印象は何よりも嬉しかった。
悪天ながら気持の良い散歩だった。

夜に開票が行われ、先ずはあっという間に自民大勝、中道惨敗の動向だった。戦後レジームからの脱却に向かうのだろうが為政者は国際的にみてこの国の個人の幸福度が著しく低い事に真摯に向き合ってくれることを切に望みいたい。

雪と車 そして選挙。

2026年2月7日(土曜日)

先月下旬から二週間も連続した寒波で連日ジワジワと降り続けた。長く降ったが何とか除雪が追いつきが少なくても仕事場の大潟区では車が出せないという日は無かった。

かって十年前は在宅の方を40人前後は診ていた。問題は冬で、50年前の帰郷、開業当初は冬の二ヶ月だけ4輪駆動車をレンタルした。
借りた車は「トレディア」だった。とても強いので助かり、以後今日まで四輪駆動を使っている。久し振りにトレディアの名を思いだしたが調べてみると三菱自動車製だった。

上記のように車といえば冬。以下冬場で大いにお世話になった車を載せ、そのいきさつを眺めました。

14年乗った「プログレ」の2012年2月。

プログレは私が乗った車のなかでは最も高級車だった。静かで本当に気に入っていたが2018年、涙ながらに別れた

その後2021年1月上旬にドカ雪が来た。当時車はプレミオになっていて、土曜日午後、転倒して動けなくなった老人宅から往診以来があった。ドカ雪のなか走る車など見当たらず、頼りの看護師もいないまま吹雪でけぶる田圃道を走った。

幸い老人は骨折を免れていた。帰路田んぼの中で突然コカ・コーラの車と相対した。止まった相手の車から人が降りてきて「この先行けますか」と訊かれた。雪でわだちも切れているから戻った方がいいと返事すると何度も切り返して去って行った。

頑張ったプレミオ。

以後プログレよもう一度と思いながら車はプレミオから新型カローラへと変わった。しかし足かけ9年、いずれもしっくり来なくて昨秋今度はインプレッサになった。するとプログレに似ていると実感されこれで最後までと思えるようになった。

この度の雪を機に思いだしてみたが車はどこか人間に似た不思議な引力があったと振り返られる。

明日は投票日。ネットの影響(資金力)がさらに強まり万一私の希望どおりには行かないかも知れない。この際訴求を願うあまり緊張を煽り、経済を崩し世界を冷やすのは止めてと祈るばかりだ。

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