遠来のお客様が帰られた 塵穴 椿の絵。

2022年12月9日(金曜日)

二日強風が続いた後の昨日木曜日は終日シトシトと雨が降った。

一泊された東京のA氏は午前中に小林古径記念美術館を観て、樹下美術館へと来られた。昼食をにご一緒すると、齋藤三郎の湯呑、盃展は親しめてとても良かったと仰った。

昼食は駅弁を妻が用意したいも煮汁などで食べ、その後茶室でお抹茶を服した。茶碗は昨夕からお付き合いして頂いているB氏愛蔵の荒川豊藏の粉引(こひき)だった。初めて手にする茶碗は豊藏に縁があった南禅寺管長ゆかりの品で、とても気品があり穏やかだった。

食事のあと白鳥を観にA氏を頸城区の田んぼへと案内した。4つのグループを間近に見てとても驚かれていた。
夕刻電車の時間が近づくとB氏が駅へと送ることとなり、美術館でお別れした。

食事中にお話された塵穴のこと、雰囲気が良く大変勉強になりました。当方の茶室路地にそのしつらえが無く、瓦などを使って自作が出来るか考えようと思いました。
すでA氏からは塵箸を頂いているので、あとは穴をこしらえ、路地をグレードアップしたいと考えている次第です。
来年はそれもご覧頂けるよう楽しみにお待ち致します。

本日は昨日の西王母椿の続きをして葉をまあまあまで塗りました。

昨日の様子(サムホールサイズ)。

本日の進捗。
葉と花びらを強化しシベを描き、細部をチェック、バックへと進みたい。
水彩の時もそうだったが、ある時点に到達すると
全体が生き生きと浮かび上がる瞬間がある。
この度もそうなることを願っている。

 

風景画に問題がある一方花の制作は案外はかどるようになった.。

この先一日ひと筆ずつで良いので楽しみながら毎日続けようと思う。いずれ完成したものをご覧いただきたいと願っています。

二日続きの荒れ模様の日 東京のひと。

2022年12月7日(水曜日)

二日続きの強風の日、深夜は激しくカミナリが鳴った。
TVの天気予報で新潟市は日本で何番目にカミナリが多いかをやっていた。上位は北陸三県と東北地方日本海側で、新潟市は三番目だった。冬のカミナリのためにランクが上になるらしい。

雷は夏の季語だが、春は春雷、秋は稲妻で、冬は「鰤(ぶり)おこし」があるらしい。当地で耳にするのは「雪起こし」。これは否応なく納得がいく。だからドンドン、ガンガン激しくやられると大雪かもと心配する。特に夜間から朝方にかけてドッカーンと鳴っては目を覚まさせられるので「人起こし」でもある。

本日昼の北東の眺め。
暗い空に明るい雲のちぐはぐ。
国道8号線からブルボンに向かう跨線橋から。

田んぼに出ると北西に悪天らしい雲。
こちらへ来ないで東へと去って行った。

自作の個展を来年6月に決めている。2年前からアナウンスしては伸ばし伸ばしにしたのでオオカミ少年になってしまった。それで最近は机の回りに道具を置き、椅子に座るといつでも描けるようにして取り組んでいる。

右に紙パレット。ボール紙の箱の蓋の中にキャンバスを置き、
長い筆を渡し、そこに右手を置いて細かに描いていく。

 

本日上掲の絵に25分かけて葉っぱ1,5枚に手を付けた。
下は描きかけで、はみ出しはバック塗りの時に整えるつもり。

20本ほどの筆の中から本日用いた筆。
左の斜めの平筆は太くも細くも描けるので誠に便利。
その右隣の筆はぼかしに使い、右橋の綿棒も時に用いる。

パソコンに入れたデッサンを見ながら色と陰影を付ける。
本当は水彩などできちんと彩色するところ、
時間が無いのでこのレベルから始めている。
見慣れた椿なのでなんとかなっている。

さて今夕東京からお客様。髙田で一泊され明日来館される。
もう何度も来られている方で今夜は食事をご一緒した。青春時代に貨物船で渡った津軽海峡、三味線に新内のこと、落語から茶会さらに料理の話へと楽しいひとときをご一緒した。

おみやげの京都のお菓子と、
福島県の郷土玩具「たまうさぎ」。
すでに正月気分がして心温まるお茶だった。

自然体で何事も楽しまれる人。当地は荒天もご馳走です。明日またお会いしましょう。

荒れた日 ナタリー・コールの「Nature Boy」 映画「島の女の」テーマ「いるかに乗った少年」。

2022年12月6日(火曜日)

強風の火曜日。素晴らしい虹がときおり掛かりましたが、あいにくカメラも携帯も持ち合わせていませんでした。
また掛かることでしょう。

 

荒れる渋柿浜。

 

さて前回ナット・キング・コールが歌う「Nature Boy」という曲を載せました。
本日は娘さんのナタリー・コールの「Nature boy」を載せました。とても澄んだ声ですね。

Nature boyの邦題は見当たらず、あえていえば自然児、自然からの子、遙か彼方から来た少年、などが浮かびますがしっくりきません.「Nature Boy」そのままで良いのでしょう。

 

以下は同じように歌のタイトルに「少年」が付く「いるかに乗った少年」です。
こちらはギリシャの海底に眠っていた黄金の「いるかに乗った少年」像を発見した海綿取りの女性と、像を巡る顛末を描いた1957年制作の映画「島の女」の主題歌です。


「島の女」のワンシーン。
主役はアメリカ映画初主演のソフィア・ローレン。
一世を風靡したジュリー・ロンドンが歌う主題歌「いるかに乗った少年」

歌はギリシャの歌「イナフトール」が原曲で英語に変えられ「いるかに乗った少年」になったということ。さまざまな国で歌われましたが、イナフトールは、愛とは何、という意味のようです。


パラグアイのロス・パラガヨスによる主題歌。

海底に眠る黄金を自らの愛になぞらえ、主人公(ソフィアローレン)はアラン・ラッド演じる考古学者へと心が傾いていく。
この曲が入ったロス・バラガヨスのカセットを長く車中で聴きました。

椿(西王母)に加筆 靴下のプレゼント 「Nature Boy」。

2022年12月5日(月曜日)

一歩も出なかった雨の日曜日、本日6時間少々椿の絵に加筆した。

 

一枚の絵に葉が9枚,、合計45枚の葉に6時間かかった。
20年前水彩で描いていた時も同じような具合だった。

しかし完成にはほど遠く、本日主に葉を強化し、花の下方の一部も彩色した。

以下は10月時点の様子。

ハイライトを付けるため葉を白く塗り直しリスタートした。

サムホールサイズ6枚の作業だったが、少々要領が掴めた。楽しくなり始めたのでこれからは進みそうな気がする。来年6月展示会の予定なのでのんびりしているとまた間に合わなくなる。

本日三人の方から靴下を頂いた。

もらい物ばかりして恐縮しています。温かそうな靴下、ご好意に甘えてとても感謝しています。

 

絵を描きながらこんな曲を聴いていました。


ナット・キング・コール「Nature Boy」
1948年(昭和23年)ナット・キングコールの歌として発表。

 


The Real Group「Nature Boy」
世界的に有名なスウェーデンのアカペラグループ。
ホームコンサート風な会場で完璧なハーモニー。

昔から変わった歌だなと思っていました。動画を観て数多く演奏されているのに少し驚きました。
この先同じ歌を歌うナット・キング・コールの娘さんナタリー・コールなどを載せてみたいと思っています。

よく晴れた土曜日の鳥たち 「夢見る頃を過ぎても」。

2022年12月3日(土曜日)

予報の通りに良く晴れた土曜日、午後は鳥を見に新柿線を走った。

水田のあちらこちらにコハクチョウのグループが見える。国道8号線に出る手前に小さなグループがiいて、撮っているとタカが一羽飛んで来て近くの電線に止まった。

 

外に出たなら飛び立つので車内からグラズ越しに撮った。
詳しくは分からないのですが、ノスリでしょうか。
それにしても随分大きく見えました。

 

飛び立つとハクチョウたちの頭上でホバリングを始めた。
ハクチョウを狙っているのか。

 

急降下して一羽を襲った。
ハクチョウはすかざず翼を広げ威嚇した。
(直ぐにはピントが間に合いませんでした)

狙われた鳥は無事だったが、自分の何倍以上もあろうかとという相手をも狙うタカの猛禽ぶりにびっくりした。

夕刻はねぐらに入る鳥を見に朝日池へ。

田んぼでの食餌を終えて続々と池に帰ってくるコハクチョウ。

 

 

段々と数が増えてくる。
対岸の米山水源カントリークラブのホテルの明かりがきれいだ。

 

白鳥がコウコウ、雁がカリカリ、鴨はガアガア。
このあと雁が帰り湖面は鳥の幸せの声でいっぱいになる。
(16:35頃)

 


リンダ・ロンシュタットの「When I Grow Too Old to Dream」
邦題「夢見る頃を過ぎても」
セサミストリート時代の名優カーミットらと一緒。

1946年生まれのリンダは1970~80年代に世界で最も売り上げた歌手と言われ、グラミー賞ほか2019年ケネディセンター-名誉賞を受賞している。ロンシュタットと名乗るように曾祖父がドイツ移民。

初雪の日 ワクチンの毎日 シュトーレン。

2022年12月2日(金曜日)

昨日はぐっと気温が下がり黒雲が垂れ込めた。夜間はさらに寒く、今朝アラレの音がして大きなカミナリがドーンと鳴った。

午後の美術館の庭の一部に雪が残り初雪となった。

 

 

窓に貼り付いたモミジの葉。

寒空のもとご来館のお客様、有り難うございました。

さて5回目のコロナワクチン、例年のインフルエンザワクチンで忙しい。
インフルエンザの発症は過日の一人だけだが、コロナは毎日数人の相談ないし診療がある。

日本の8波感染数報告は世界でも最多レベルにあるようだ。熱心にカウントをしない国も多いので、日本は相対的に多いという見方もされている。
流行して早くも3年が経とうとしている。当初に比べ死亡率は大変減少しているが、感染数と比例するのでやはり油断は出来ない。

 

5回目、オミクロン対応ワクチンのシリンジはブルー。
午前12人午後6人がルーチンになっていて、1月まで続く。

 

頂いたシュトーレンを切って食べるのもルーチン。

明日土曜日は晴れるらしい。白鳥の良い写真が撮れれば。

寒かった日 私のお知らせ。

2022年12月1日(木曜日)

時雨れることが多くなり気温も下がっている。

 

美術館のムラサキシキブ、以前からあった譜代の木。

直江津三野屋のかわたりもちを食べた。

 

話変わって一つ目、今秋10月に二泊の入院をして昨年7月に発症した心筋梗塞の治療成績の診断を受けた。皆さまから、 どうでした、大丈夫でしたか、と診察時によく訊かれていた。

もう一つ、来年2月には81才になる。一応の健康を維持出来ているが、少しばかり体を休めつつ仕事を続けたいと考えていた。

そこで二つのことをまとめて以下のようにお知らせ」として刷り、患者さん達にお配りしている次第です。

“皆さまへ 二つの“お知らせ”
○今年10月19日~21日まで上越総合病院循環器内科に入院し、心臓の検査をしました。結果心配した心臓は血管も全体の機能も良く、もう通院しなくても良いでしょう、ということになりました。

○この先も元気に診療を続けようと思い、来年2月1日の誕生日から毎週木曜日を休診とし、少し体を休めながら続ける事に致しました。
ご迷惑をお掛けしますがどうか宜しくお願い申し上げます。

 

一方的なお知らせですが、なんとかご理解して頂いているようで少しほっとしている次第です。

午後いっときアラレが窓を叩きました。

温かかった日 Sちゃんのポストカード。

2022年11月29日(火曜日)

上越市髙田で最高気温22,9℃、最低でも16,6℃と非常に温かかった日。

一ヶ月予報は温かいと伝え、三ヶ月予報は雪が多めと伝えている。一昨年のようなドカ雪はもう勘弁してもらいたい。

以下のポップな女の子のイラスト(ハガキ)は卒業制作で来ていた孫Sちゃんの作品。

 

 

どこかSちゃん自身に似ている。

猫の絵を描いていた子がこんなカードを描けるようになっている。地味色といい、色の単純化、肩と腕の動き、顔角度のバリエーション、横並びのリズムなどいずれも良く、この子にはセンスがあるのかな、と思ってしまう。

今後色々沢山のものを見てさらに磨きをかけてもらいたい。

樹下美術館をビジネスモデルに卒業制作 プレゼン力。

2022年11月28日(月曜日)

昨日孫の一人が東京から抗原検査を済ませてやってきて一泊した。
来春大学卒業にあたり、デザイン科の卒業制作「樹下美術館」をまとめるためだった。夏には私の話を思ったより真剣に聴いて帰り、このたびはそのプレゼンのための資料(50数ページに製本)作成が目的。

彼女は昨夕から私が用意した美術館の細々した写真ファイルを取捨選択し文を考え、予め割り付けてあるpcに向かうと徹夜した。
学んだデザインやビジネス理論を基盤に樹下美術館をモデルとして取り上げ、その評価と展望を卒業課題(制作)としたことが、ようやく私にも飲み込めてきた。
新たなビジネス理論に基づく事業は、SGDsなどの概念と並んで、社会と個人の維持成長や幸福が強く加味されたものでなければならないことも、あらためて知った次第。

猫の絵が得意だった子が4年間の学生生活のほぼ3年をコロナ禍の東京で過ごす。
だがこのたび、私が初めて耳にするCSVという語法や事業に於けるDXのトレンドなどを自然に口にするのを聞いて、教育機関としての大学と若き日の柔軟な脳がもたらす成長作用にあらためて驚かされる。

本番はこの先。
恐らく冊子化した資料とともに講堂の大スクリーンを用いて行う樹下美術館のプレゼンが卒業試験になるのであろう。
プレゼン力、、、今どきの大学生は、今どき故に大変なんだ、と思った。

どのようにまとまり、どう評価されるのか少々心配で興味もある。

夜更けて急に腕が痛みはじめ、今夕五回目のワクチンをしたことを思い出した。
色々な意味で時代が変化している。

久し振りの方達。

2022年11月26日(土曜日)

日中温かだった土曜日、何度かカフェがいっぱいになった。
本日は久し振りの方や懐かしいお顔に会えた日でもあった。

かって美術館を手伝って頂いた方がご長男と一緒に見えた。

 

お連れしたワンちゃん。12才というがなんとも可愛い(飼い主撮影)。

その昔の来館で芝生を走り回っていた幼い日のご長男。来春医学部を卒業されるとは月日の何と早いことか。
コロナ禍の授業の大変さは同情とともに激励して余りある。

その後久し振りのA氏ご夫婦が見えた。お変わり無く元気でつもる話に時の経つのを忘れた。

再会を約束して後何度も通っている朝日池に行った。

この時間の写真は青みを帯びるときと赤味の時がある。
ホワイトバランスの調整でも変わるのだろうか。
帰る頃、北西の空に稲妻が光り雨が当たりお天気が変わった。


シューベルト「セレナーデ(白鳥の歌から)」

陀羅尼(だらに)八幡宮参り フカミ美術でお茶。

2022年11月23日(水曜日)

本日雨降りの勤労感謝の日。
かねて訪ねてみたいと思っていた髙田北本町の「陀羅尼八幡宮」にお参りに行った。初めて伺う八幡宮は先日までライトアップされていたというモミジはいまだ紅葉の盛り。古木、若木が鮮やかに色を競っていた。

 

 

 

本殿のほか子安神社、御輿殿、明治初期の学校、
縁を求めて集まった多くの石祠などが整然と佇んでいた。

 

真っ白な「しで」も初々しく爽やかな神殿。

 

清々しく並ぶ石祠。

 

裏手にモミジの苗{実生苗かも知れない)があった。
成長を祈るように根元にチップが盛ってある。

八幡宮は生命の健やかな生成を祈る場所に相応しく生き生きとした雰囲気を漂わせていた。ご当主と地域の皆さまの心入れの賜ものであろうと思った。

帰路、上越教育大学前の「フカミ美術」に寄った。二階のお茶室で呈茶があり一服頂いた、

荒壁の造形的な空間。

穏やかなお点前で美味しく頂いた。

フカミ美術はこの地に出て25年だという。当初からお世話になったが、今日を迎えられたことへの畏敬を禁じ得ない。
本日お点前された方は、私の亡き茶の師のもとで同期だった人を教えておられることを知って驚き、また嬉しく思った。

本日の朝日池 タゲリとコハクチョウ。

2022年11月22日(火曜日)

曇り空から晴れ間が覗いた本日午後、朝日池に寄った。普通この時間だと田んぼに食事に行くコハクチョウが数十羽残っていた。
気温が高いので早々と田んぼから帰ったのか、北から到着直後で休息しているのか、池はのんびりした眺めだった。

ミャーミャーという鳴き声があちらこちらから聞こえてくる。
池は放水を終えて貯水に入ったばかりで、まだ水かさが少ない。その泥地に紛れていたタゲリの鳴き声だった。大きさはほぼ鳩とおなじくらいらしい。

 

泥や枯れ草に紛れて姿が見えにくいタゲリ。
ひょうきんな印象を受ける。
昨冬のように雪上でコントラスト良く見てみたい。

以下は憩う白鳥。

 

 

風が無いので影と水紋で良い雰囲気。

 

コロナが勢いを増している。全数報告を止め県単位の推移しか分からないが実感として周囲に普通見られる感じになっている。

朝日池の鳥たちのダイバーシティ カフェの灯りと樹下美術館の家具。

2022年11月21日(月曜日)

し残しの色々をやろうと計画した日曜日だったが結局昼近くまで寝て、午後は風景画の手入れをした後ハクチョウを観に出かけた。

絵は筆を進めるたびに誰かに似たり、面白かったりつまらくなったりする。油彩はつまらなくなったら塗り消すことが出来るので良いのだが、遊んでばかりもいられない。

白鳥に関して、新井柿崎線を東西に走り、小さな群を見て撮影の練習をしたあと朝日池に寄った。まだ時期が早いかなと考えていたのに、湖面に多くの白鳥が休むのを観てとても嬉しかった。

昨夕の朝日池(16:31ころ)。
向こうの林にねぐら入りする雁の群が写っている。

 

昨夕の湖面(15:42ころ)。
ねぐら入りしたコハクチョウや雁たち,、カモ類の鳴き声が
湖面いっぱいに響きわたり、佇むだけで幸せな気持になる。

上掲写真には枯れた蓮の茎が沢山写っていますが、黒い塊の多くはカモや雁です。雁はマガンとヒシクイで,カモはマガモ、オナガガモほか沢山いるはずです。
どんな大都会でも通りで見るのは人類と犬くらいです。
しかし周囲数キロの現在の朝日池には文字通りダイバーシティを地で行く生きものの豊かさが観られます。

一方、世界の多くにこだまする自国ファーストの味気ない叫びはつまらなく偏狭で、生物学的な幼弱さと退行が伺われ、成長や真の幸福追求からみれば望ましいことではないと考えられる。
夕暮れの朝日池にこだまする数多くの鳥たちの合唱こそ健康なダイバシティーを表象する響きではないだろうか。

 

4時半過ぎ静かになったカフェの窓にペンダントライトが写る。
開業以後16年間の灯りはポール・ルへニングセンによる名作「スノーボール」。

樹下美術館のカフェはじめの家具類は北欧などのデザイナース家具を多く使っています。興味をお持ちの方は眺めたり座ったり触ってみてください。

 


トニー・ベネットとレディ・ガガ「I’ ve Got You Under My Skin」

 

随分と日が短くなりましたが、冬至まであとほぼ一月、もっと日が短くなるのですね。
夕暮れの朝日池の白鳥を撮ったり、お客様が撮ったというコウノトリに出会えないかなどと楽しみです。

小林古径記念美術館の紅葉。

2022年11月19日(土曜日)

小林古径記念美術館の「芸能科の記憶」を観に行ったことを昨日書かせて頂いた。その日帰りに観た同館庭のライトアップがきれいだった。

 

 

 

 

古径邸や画室の明かりとあいまって雰囲気良く綺麗だった。上越の紅葉の名所の一つではないだろうか。

 

美術館を出るとすぐの西堀橋はいにしえの情緒。
川瀬巴水の版画の雰囲気。

小林古径記念美術館の「芸能科の記憶」展。

2022年11月18日(金曜日)

昨日、上越市の小林古径記念日館で開催中の「芸能科の記憶」、 学び舎から飛び立った作家たち展を観てきた。

上越地域と新潟大学教育学部髙田分校、なかんずく芸能科との関係や親しみには深いものがある。特に学校があった旧高田市はこじんまりした地方都市だが大学、それも芸能科(芸術科)を有していることに、ある種名誉や品格といった、どことなくスノッブな雰囲気を漂わせていたように思われる。

私事だが大学との距離の近さで言えば、姉、自分、弟の中学校は髙田分校の附属中学校で、校舎は本城(もとしろ)の大学芸能科と敷地を同じくしていた。また中高時代に世話になった髙田の下宿のあるじは西城の教育学部の事務職で、隣の部屋にはKさんという同校の学生さんがいた。

中学校に隣接するレンガ壁の音楽練習室から絶えず学生のピアノや声楽が聞こえ、学校給食は芸能科に隣接する厨房で作られたものを渡り廊下を通って当番が教室に運んだ。
めったに入る事が無かった芸能科合唱室は講堂のような作りで、卒業実習生の発表会を一回だけ聴いた。その時、卒後ジャズピアノの道を歩まれた飯吉馨(本名:信・まこと)さんのクラシック演奏を聴いた。

中学校校舎の東端は保健室で、その先は学生寮(公孫寮)に繋がっていた。寮は常に静かで近寄りがたく(昼間は誰もいないこともあり)、一方で何か秘密めいた雰囲気がいつも漂うのを感じていた。

ついでに言うと、高校一年生の時に校舎が火災に遭い、何ヶ月か西城(にししろ)の大学校舎を間借りしたこともあった。

 

以下このたびの展覧会会場の一部の様子です。

 

山ノ下堅一「大学祭ポスター」(シルクスクリーン)」
1974年11月15-19日、季節はちょうど今ごろの開催。
時間が止まったような懐かしい時代。

髙田分校芸能科は1982年に閉校になったが、展覧会は閉校後40周年を記念して多くの高名な教官および卒業生による全52名の展示で構成されている。
在学中の熱さ、卒後の我が道それぞれが一堂に会し、原点である教育を通して始まる芸術への情熱が、静かな館内いっぱいに溢れんばかりだった。

68年前、一緒に附属中学校へ入学した内山順一君(一嶽)は元気で、氏の書「酔月」はとても良かった。

樹下美術館が展示する齋藤三郎は同学で長く陶芸の講師を務め、自らの陶房を教室とするなど熱心な指導を行っている。当展覧会に大きな壷が展示されていた。

昭和29年(1954年)3月、教え子たちとの送別会。
後列左から3人目、齋藤三郎。

同展は12月18日(日曜日)まで開催です。とてもきれいに庭の紅葉がライトアップされていました。

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