美しく美味しい長崎の桃カステラ 良い思い出の価値。

2021年1月26日(火曜日)

この度の豪雪をもたらした寒波以来、空は10数日小康となり雪の日を見ずに過ぎている。
全国ニュースで連日「上越市の雪」と報じられたので雪見舞いの電話や手紙をいくつも頂いた。

このたびは長崎市の方から「桃カステラ」というお菓子が送られてきた。桃は古来中国の果物の王様?であろう。

 

砂糖無しの紅茶で。

 

今日は四分の一食べました。

しっとりとした長崎名物のカステラに砂糖菓子の桃が芸術の域で美しく盛られている。国際都市である南国長崎に相応しいお菓子をミルク紅茶で頂き、しばし心が和み、かっての長崎旅行を思い出した。
2018年5月における一日目の長崎 2日目の長崎

過日、ある作家が悩み相談で、コロナ鬱などに対して昔の事を思い出してはと、応えていた。
どんな人にも良い思い出はある。こんな時こそそれらを思い出しその時の場面や気分を蘇らせるのは、心の安らぎをもたらすはずと述べられた。
確かにいっときでも良い、悲観的な観念から脱する方法として頷ける。場合によっては繰り返せば良いかも知れない。

私自身、ややもすると高齢やコロナの鬱を感じる事があり、ふと昔の事を思い出すこともまたある。
年令のこと一つとっても、このような傾向を生じるのは、加齢に沿った自然な摂理かもしれない、と作家の言葉を噛みしめてみた次第です。

良い思い出を持っている、あるいはそれを作る。現実と将来ともに大切なことなのですね。

蜘蛛ケ池に今度はコハクチョウ。

2021年1月25日(月曜日)

冬期間当地に飛来する白鳥やマガンがねぐらにしている朝日池は、周囲10㎞ほどあるかなり大きな池です。それがこの度の豪雪で深い雪に覆われ、水鳥たちは住処を失ってしまい、一帯に水鳥たちの姿が見えなくなりました。

去る1月21日の朝日池。

前にお書きしましたように鳥たちは隣県の雪の無い地方に渡っていることがサイトによって窺われ、鳥ごとながらほっとしました。
ところが昨夕、大潟区蜘蛛ケ池湖畔の雑木林で20羽ほどのマガンを見て、まだ残っている者がいることを知りました。

蜘蛛ケ池は朝日池から数キロ離れていて、大きさは多分その10分の1もないでしょう。餌となる稲の根がある田もまた深い雪に覆われていますので、何を食べて生き延びているのでしょうか。

そして本日再訪しますと、マガンの姿はありません。
代わりに遠くのカモを撮っていたところ、突然4羽のハクチョウが降りて来ました。この池でマガンはおろかハクチョウなど今まで見た事がありませんので、驚くとともに一種異様な感じを覚えました。

以下その白鳥です。

 

時折もぐり、水草の根などを探しているようでした。

ハクチョウは見慣れたものより首が細く顔が尖って見え、空腹が想像されました。何か餌でも上げることが出来れば、と思ったのですが、周囲は深い雪に覆われていて近づけません。
ただ彼らに飛翔の力が残っているのを知り少しだけ安心しました。この池にある程度の食べ物があればいいのですが。

一日でも早く池や田の雪が少なくなり、鳥たちの元気が戻りますように。


チャイコフスキー作曲 バレー「白鳥の湖」の第2幕 小さな白鳥たちの踊り~大きな白鳥たちの踊り ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団、バレエ団、1998年1月16日。

前半の「小さな白鳥のダンス」は本当に難しそうですが、美しく演技され信じられないくらいですね。

DVD「婦(おんな)系図湯島の白梅」 蜘蛛ケ池にマガンがいて驚いた このところの濃茶。

2021年1月24日(日曜日)

あたふたしているうちに1月は半ばを過ぎて月末に入っている。
やり残している事ばかりで、春よ来いどころか、まだ来ないで、という気さえして焦る。
いつか書いたように思うが、厳しい冬にあって春を待つばかりでは時は徒に過ぎかねない。年取ったなら、用心しないと歳月はとんでもない早さで滑るように過ぎてしまう。

さて本日日曜日、宿題だった事業所の100名近い健診評価を個々にチェックした。後、妻が観ようとしていた衣笠貞之助監督の映画DVD「婦(おんな)系図湯島の白梅」を相伴して観た。
泉鏡花の原作で明治時代の悲恋物語だった。
“こういう話は絶世の美女でなければだめ”と妻が言う通り、山本富士子の美しさは際立っている。杉村春子、沢村貞子、加藤大介の役者が渋く脇を固めているので一段と「芝居」としての見応えがあった。時間があれば明治ものというのか文芸ものと言えばいいのか、昔の映画をもっと観てみたい。
叫んだり怒鳴ったりが控えめな映画は安心して鑑賞できる。

午後遅くなってわずかに霧がかかったので景色を見るべく車を走らせた。
蜘蛛ケ池で折り返すと、湖畔に大型の鳥の一群がいた。よく見ればマガンではないか。普段朝日池にいる彼らは豪雪ですみかを失い、こんな所に避難したらしい。
本来ここはカモかカイツブリの小さめな水鳥をパラパラと見るだけだが、まさかマガンとは。

 

近隣の丘陵地から出た流れが池に注ぐ場所。
そのため湖上の一部が積雪せずに池面が現れている。
それをねぐらにしたらしい。右手の林にマガンがいる。

 

「池」か「田」か「空」の三カ所しか居場所がないマガン。
それが林にいるとは。 居心地悪そうに佇み、まことに哀れに見えた。
池の主であるカモやカイツブリから追い出されているのだろうか。
何を食べているのだろう、痩せて尾羽根が乱れ弱りが窺える。
何百もしくわ千といたはずの他のマガンは白鳥同様、隣県に移動したものか。

 

さて本日、卓上で濃茶を点てて服した。
このところ抹茶は濃茶一筋になった。薄茶よりも倍くらい茶を使うので費用が掛かる。但し美味しさは格別だ。

 

茶と湯はこの程度の塩梅で練った。
茶碗は田原陶兵衛の萩茶碗で、渋く明るく気に入っています。
(ヤフオクで思ったより随分安価に買えました)

 

一口飲んだところ。

 

後日、湯島の白梅を書ければと思っています。

いつか訪ねたい春の由利の鳥海山。

2021年1月22日(金曜日)

現在通っているお宅の玄関に鳥海山の大きなモノクロ写真が掛かっている。

真っ白な雪を頂いた大らかな山容は見事で、近景の松が空間の大きさを際立たせ、風景に祝福を与えている。構図、露出、ピント、みな素晴らしく、知り合いの素人の撮影と仰ったがとてもそうとは思われない。
お宅の主は若い時まで秋田県は旧由利郡(現由利本庄市)におられ、この風景を身近にされたという。崇高な霊山の写真は長く家の守り神になっているのではないだろうか。

お宅を訪問するたびに写真を眺めるが、いくら見ても飽きることがない。それどころかこの場所を訪ねたいと思うようになった。
サイトで見る鳥海山の中でも特にこの眺めは素晴らしく、コロナさえなければ今春など訪問が実現していたかもしれない。

 

見れば見るほど素晴らしい。

開業以来45年の間に海外旅行は未経験、国内もごく僅かしかなかった。ようやくこの数年で九州と奈良・京都、そして一昨年は鎌倉を妻とともに訪ねることが出来た。だが少しずつ旅を楽しみたいと考えていたところコロナになった。

いま前線でコロナと戦っている医療者を思えば誠に身が縮む思いであり、旅どころではない。
いつかコロナが晴れて前線が解放され、国内が明るくなったら由利を訪ねて鳥海山を見たいと思う。
山の名は鳥と海。
いずれも私が好きなもので、とても良い名前だ。

純血と優越の果てに到達した暴力 オスカー・ピーターソン・トリオ「自由への讃歌」。

2021年1月21日(木曜日)

アメリカの大統領が代わった。あの人がどうだったか以前に、出来事は何だったか、が案じられる。
純血と優越の果ての暴力。
暗いトレンドだったが、これは点火すれば何時どこででも暴発し、だれかがしっかり止めないといくらでも繰り返す。今回は止まって良かったと思うと同時に、止まったままでと願っている。

 


オスカー・ピーターソン・トリオの「Hymn To Freedom」
自由への讃歌は1964年デンマークに於ける演奏。
時空を埋め尽くそうとする演奏にいつも魅了された。
何度も来日したオスカーピーターソン。幸運にも1960年代に二度聴いた。
(そのうちの一回が以前掲載しました有楽町ビデオホールの演奏会でした)

カナダ出身の彼も陰ひなたに屈辱の差別を受けたという。日本人は喜んで迎えてくれると言って、黒人のジャズ・ミュージシャンたちはよく来日した。

一度だけの人生なのだから、出来れば寛容に生きたい。

白鳥たちは豪雪を避けて群馬県や長野県に避難したらしい。 

2021年1月20日(水曜日)

今年は近隣で多くの白鳥(コハクチョウ)の群を見ることが出来て喜んでいた。
しかしそれもつかの間、7、8日ころからの寒波と豪雪によって一帯は深い雪に覆われ、ついに田を餌場にする白鳥たちの姿が消えた。

この間、行き詰まった鳥は小さな群となり、私達が除雪に励む空を迷いながら飛んでいる風だった。
彼彼女らが飛来する朝日池付近の方たちから、白鳥の姿が見えなくなった、道路を歩いていた、などという話を聞いた。
案じたすえ、白鳥たちは信越国境を越え他県を目指したのか、と先日書いた。

いま鳥たちは何処にいるのか、まさか倒れてしまった訳ではなかろう、と考え「2021年 白鳥飛来 豪雪」をキーワードに、試しに群馬県と長野県を入れて検索してみた。

すると長野県群馬県双方の湖沼や川で急に白鳥が増え、東北北陸から豪雪を避けて飛来したのではないか、という記事があった。
鳥はどんな方法で目的地を探し、また到達したものか。少なからぬ犠牲を伴ったと想像されるが、野性の対応力に驚かされた。

以下今冬豪雪前の上越市大潟区や柿崎区で見ていた白鳥です。

 

 

隣県で無事過ごした後はまたこちらへ来てもらいたい。

白鳥だけではなく、雁や雀ほか小型中型の野鳥もみな餌が乏しくて難渋していることだろう。
気のせいかカラスの姿も少ないように感じられる。

昨年の無雪暖冬で鳥類は大変な恩恵を受け、数を増やしたはずなのに、今冬の豪雪寒波はそれを帳消しするように降った。

以下美しいバレーです。

 


「白鳥の湖」からウリヤナ・ロバートキナさんの瀕死の白鳥の場。
素晴らしいですね。

2011年12月に水田で弱っている白鳥を見つけた。高病原性鳥インフルが問題になっていたこともあり、保健所に連絡すると担当の方がやって来て保護された。県の保護センターまで運ばれたが、インフルエンザではなく後に亡くなったと聞いた。
鳥に近づいて見たとき、何一つ表情を変えず、じっと前を見ていた目を思い出す。あんな場面でも視線を変えない野性に、凄さと一種気高さを覚えた。

上越市大潟区は小さな区 田や林を走る在宅訪問 超高齢者で無視できない食事の負荷。

2021年1月19日(火曜日)

ようやく道路が落ち着いたので今月も在宅訪問をすることになった(看護師に催促もされて)。

医院がある旧大潟町は平成7年の大合併でそのまま区になったが、面積は16キロ㎡少々と大変小さい。四角にすれば4キロ四方しかないのだ。
その区を北から順に(海から順に)県道浜線、国道8号線、JR信越線、北陸高速道が東西に横切っている。
小さな町を道路や線路が忙しく通過しているのだが、海辺や雑木林(昔は松林)が何とか残っているので、一定の自然に触れることが出来る。

本日の訪問は三軒で、二軒が町うち、一軒は田んぼのある集落だった。水田地の集落へ行くのは林や田を走るので清々しく気持ちが和らぐ。

以下本日、帰路の写真です。

 

両側の田は深い雪の中。
向こうの雲間から青空が覗き明日はお天気になりそう。

 

さらに進むと向こうに高速道路が見える。

 

 林を横切るとJRの高架橋に出る。
ちょうど電車が来たので車から降りて撮った。
豪雪で何日も運休していた電車が足取り良く通過した。

 

さて時々食事中や食後に失神していた方が食べ方を変えて以来すっかり症状がなくなった。超高齢になると食事はその都度、消化や循環、あるいは神経系にとって実は一大イベントに相当するようになる(自覚出来ないのが普通ですが)。
その結果、超高齢者は調子良く食べ続けて太り始める頃に、救急騒ぎが起きることが少なくない。
太るまで食べることと、騒ぎになって慌てること、どちらを選ぶか難しい。出来れば安全な生活が良いのではと考ているが、どうだろう。

明日は大寒。厳しく始まった冬、今後しばらく小康が期待できるのか。

昨日除雪された道を走ってみた 本日の美術館 ハワイアン音楽への始まり。

2021年1月17日(日曜日)

今回の豪雪が始まって以来、地域の幹線道路なのに中々除雪が進まなかった県道「浜線」。
多くの人が徒歩を余儀なくされ、これが昔ながらの移動、と否応もなく感じた。

その浜線も昨日除雪されほぼ普段の通行に戻った。
土曜日午後、ずっと家に居たが主要な道路が開いたので、暮れてから浜線、国道8号線、新柿線を走ってみた。
まだ幾分狭いのですれ違いは双方でスピードを落として走る。だが黒々とした道路はやはり心強かった。

 

ようやくきれになった昨夕の浜線。

 

 

咲く夕暮れ、新柿線は内雁子の「朝日池むら市場」。
日ぐれて閉まっていたが、イルミネーションに誘われて駐車場へ入った。

 

店の前に並ぶパンジーのプランター。
サクラソウとパンジーは、雪があろうと春を待たずに咲きはじめる。
豪雪に花、心使いが嬉しい。

本日の樹下美術館。雪の中で踏ん張っているのだがやはり寂しそうだ。

 

さて前回学生時代にハワイアンバンド部に所属したことを書いた。一旦書くと何を言われても構わないという気にもなった。

それで本日、私達がテーマ曲に借用していた「Na Lei O Hawaii」を載せてみました。曲名はハワイの花飾り(レイ)、という意味でしょうか。

 


当時第一人者、バッキ-白片の「ナ・レイ・オ・ハワイ」。
どんなグループも自分たちのテーマ曲をみな愛している。
2小節目の頭のディミニッシュコードの響きが気に入っていました。

幕が開く、あるいはバンドが入れ替わる、、、。
間髪入れずに澄んだスチールギターが、続いて一斉にベース、ギター、ウクレレ、ヴィブラフォンが鳴る。場内は主にスピーカー音が響きますがステージはほぼ生の音に包まれます。立ち上がる音の立体に、毎回何とも言えない緊張と爽やかさを覚えました。

ハワイアンと言えば、結核を患った高校時代、肺機能維持のためにと、いい加減なことを言ってウクレレを買ってもらいました。本当は、当時ラジオからしばしば聞こえた軽快なエセル中田の「カイマナ・ヒラ」が気に入ってしまい、どうしてもウクレレがほしくなったからでした。

 


1958年の音源で「カイマナ・ヒラ」。

教則本を求め、寺町の下宿で「カイマナ・ヒラ」はじめ、「アロハ・オエ」「Beyond The Leef(珊瑚礁の彼方に)」「小さな竹の橋の下で」などを弾いて歌ったのが始まりでした。日常が制限され、服薬と毎週の注射が続いた生活をウクレレに支えてもらったと、振り返っています。

半年の休学を含めて4年がかりで高校を卒業すると病は癒えました。重かった空の雲が晴れた東京の学生生活。勉強とともにテニスと音楽、二つの部活も熱心に取り組みました。

晴天の日、6日振りの在宅訪問 学生時代の部活ハワイアン。

2021年1月15日(金曜日)

本日はよく晴れた。
今月の在宅回りは急用でない人は休もう、と看護師と話していた。
しかるに午前中、家の周囲が除雪されていますので来て下さい、という電話があった。T字の県道の一つが除雪され、車を出せるようになったので是非も無くお寄りした。

お宅の周囲と道路からのアプローチは広くしっかり除雪されている。
92才のお爺さんが、俺がやると言ってスコップを握ったらしい。力が余ってお隣のも片付けたという。
人様にありがとう、と言われるとつい喜んでやってしまうのです、と娘さんの話。

二年ほど前に心不全で病院の世話になった大柄なお爺さん。体重を減らしましょうと取り組み10キロは痩せた。以前は何かとゼーゼーしていたのにお隣の分まで除雪とは本当に驚いた。
でも無理は禁物、当分ひどい寒波はなさそうなのでしばらくは大事にしてもらいたい。
ベッドのおばあさんも毎日歩行を練習され、春の外出が待ち遠しいと仰った。
本日の温かな日射しが皆さんをいっそう明るく活気づけているように感じた。

 

手前は除雪された道。

 

突き当たった県道は本日もこの状態だった。
ザクザクとした不安定なデコボコ道は歩行も苦労し、まだ自家用車は無理。

 

活躍した除雪機。昨年は一度も出番がなかった。

 

歩いて来院された方が、生まれて初めて杖を使いましたと仰った。
例年以上に歩いたり除雪をしたりの今冬。運動不足で太りがちとなる冬の様子が少し異なっている。

 

 


真冬にハワイアン曲「Drifting And Dreaming」。
曲は“漂い夢見る”あるいは“ウトウトしながら夢見る”という意味でしょうか。

実は学生時代、私は部活でハワイアンバンドに所属していました。
懐かしいこの曲は、ウクレレ片手に声を張り上げてK君と歌っていました。担当は上のパートのコーラスで、楽器はウクレレとフル-ト、後年司会もさせられていました。先輩たちはモダンなハワイアンを目指し、熱心にコードを分析しアンサンブルやオブリガートを研究していました。K君のやわらかな良い声も忘れられません。

 

ついに長年の内緒、学生時代の実態を告白してしまいました。いつかコロナが終わり、生きながらえていたなら何枚かある当時の写真を掲載してみようと思っています。
それにしましても私を部活に誘ってくれ、ギターやベースを弾いたSが昨年亡くなったのは、今にして人生観が変わるほど悲しいことでした。

除雪車が来てお濃茶を飲んだ 本日のヒヨドリとスズメ ひもじい白鳥が県道を歩いたという。

2021年1月14日(木曜日)

本日午後仕事場から8号線に出る県道が除雪された。

 

最悪だった11日午前の様子。

 

雨によって減った昨日13日夕刻。まだ向こうで行き止まりになる。

 

本日、排雪トラックと一緒に待望の除雪車が来た。

 

きれいになった。
但し浜線はまだであり、明日になるのか。

ところであれだけ賑やかだったスズメたちが、本日は7,8羽に減っている。
どこへ行ったのだろう。
彼らは雪溶けで現れた木の芽も食べるようであり、ある程度餌が自由になったのか。あるいは渡りを行っていた一群で、空腹を満たした後再び旅の途に就いたのか。鳥と話できるなら聞いてみたいところ。

 

本日のヒヨドリ。
スズメが減って淋しそうに見えなくもない。明日スズメは来るだろうか。

 

道が切れたのを記念して夕食後甘納豆を口にし濃茶を服した。
(卓上で練りました)

本日来られた方が、白鳥が朝日池近くの県道を歩いていたと仰った。轢かないよう車はゆっくり後を走ったらしい。
豪雪によって白鳥や雁たちが飢えに直面しているのは容易に想像できる。道路に出たとて食べ物にはありつけるはずがない。
折角当地へ沢山飛来したというのにとても気の毒だ。

雨と気温上昇で雪が減った スズメとヒヨドリ 幸福とコロナ脱出。

2021年1月13日(水曜日)

昨日の雨と気温上昇で上越市大潟区の仕事場周囲の雪はほぼ半減した。

 

車の前も片付いた。
しかし道路除雪が進まず、近くの国道へは出れず、
数十メートル先の主要県道(浜線)も道路とは言えない状況。

午前中10名前後の方を診て同じ数の方達にお薬をお出しした。
午後の高齢者施設出向は無理せず休んだ。施設ナースに電話で相談をし処方をした。気になる方が落ち着いていてほっとした。

暇になった午後、二階から鳥たちに沢山餌を撒いた。
スズメはさらに数が増えた。案の定一羽のヒヨドリVSスズメの群が展開された。

 

 

 

ヒヨドリにしてみれば、この餌は全て自分の物だと本気で思っていることだろう。

 

 

二三の決まった場所で監視するヒヨドリ。

様子を見てスズメを追い払うが、スズメたちは上手にやって来て食べる。

両者素早いため写真に撮るのは難しいがたまに上手く行くことがある。

セーフというジェスチャーをした?

ゲームをしているような両者。豪雪中、ナッツ類まで混じる餌は夢の世界のものではなかろうか。

 

 

明日はもっと沢山集まってくれれば。

 

さて鳥はこのくらいにして、いくら何でも道路が開いてくれないと困る。
このような生活をしていると、緊急事態宣言などは他国の出来事のように感じる。
それにしてもなぜ大勢の、長時間の、飲食が駄目なのか、根本から分かりやすく説明しなければ大して効果は期待できない。
あるいは当地であっても、自らのことであっても、いつ如何なることが起きるかも予測はできない。
昨年無雪、今年超豪雪。
宣言の急所が説明出来ないかぎりコロナも天気と同じ、ということになりかねない。

 


ヘンリー・マンシーニによる「とバラの日々」
良き過去を振り返ることは分かりやすい幸福の一つ。

私はが弱くほとんど飲めないけれど、いっときでもよいからバラの日々(酒ではないが幸福)に触れたいと願っている。

ところで緊急事態宣言などの以前、人はどれだけ幸福だったかでコロナへの身構えが違ってくるのではと、ふと思う。
曲がりなりにも幸福を感じていた人とそうでない人では脱出の真剣さに相違がありはしないか、ということである。

「不幸を減らす」、「出来れば幸福に」。
人生も政治もそれしかない。
コロナの先にあるはずの幸福を説明するのは大事な宿題だ。

餌台に来たスズメ だれかに似ているヒヨドリ 道路除雪が止まっている。 

2021年1月12日(火曜日)

豪雪で飢餓が心配される鳥のために、昨日二階の手すりに小さな餌台を設えた。
さっそく夕刻にヒヨドリが来てパンくずをついばんだ。そして本日思った通りスズメがやってきた。

 

カーテン越しに見る朝のスズメたち。

餌台が小さいため雪上にも撒いた。

 

縄張り意識が異常に強いヒヨドリ。
たいてい餌場ではこの鳥VSほかの鳥の構図になる。
風貌がだれかに似ている。トランプ氏だと分かって可笑しかった。

 

ヒヨドリは十分食べてしまうと、多少寛容になる。

 

スズメはどんどん増えて夕方は30羽ほどになった。
シジュウカラが一羽顔を見せたのも嬉しい。

 

枝で一息ついているスズメたち。

 

丸3日降り続いた大雪で周辺の道は車が通行不能のまま本日火曜日を迎えた。
10数人の方が受診され、20人ほどの方は本人に代わって健常なご家族や知人が処方箋をもらいに来られた。受診した方の中には、車が来る国道まで送ってもらいそこから徒歩、受信後降りたところでまた落ち合うなど工夫をされていた。

会社でも、交通事情で部分的に休みにしたところが多かったようだ。

かなり主要な生活道路で交通が回復していない。
明日はどうなるか分からないが、普段なら朝から耳にするはずの除雪車の音が、本日全く聞こえてこない。
数年来の小雪などから、除雪事業者数あるいは内容が減ってしまったのだろうか。あるいは多方面の除雪で手が回らないのか。

明日は施設出向の日で、場所は4キロ少々先にある。方法を考えなければ、、、。

豪雪でロックダウン 鳥たち 花火の下絵 昔の豪雪 除雪機と明日のこと。

2021年1月11日(月曜日)

振り返ってもこれだけの雪を思い出せない。
子どものころは沢山降った、という話をするが、背が小さかったので多少の雪も大雪に感じたのだろう。

本日日中は除雪車はおろか車一台見ることはなかった。車が通れるように除雪が出来なかったのである。

 

いつまでも道路が除雪されないので、車を出す作業を止めた。

 

車庫前の県道がこれ。
消雪パイプも効かず300メートル先の国道8号線に出れない。

 

仕事場が面している旧国道(浜線)も同じく徒歩だけ。

 

道路にパタパタと音がして鳥が弱々しく舞い降りた。餌を求めているのである。
名はなんという鳥だろう、あまりにひもじくて姿が変わってしまったのか。

 

鳥はいなくなったがパンくずを撒いておいた。

 

昨日付けた餌台に来たのは、案の定ヒヨドリだった。
明日はスズメが来るかもしれない。

 

さて午後、頼もしい助っ人さんが除雪機を動かしに来てくれた。

 

夕刻になると雲が切れ、空に赤味が射した。

 

トイレの窓に雪が押し寄せ、美人がが浮かび上がった。
それらしく見えるでしょうか。

 

飾りですが潟町の自宅廊下のランプ。
学生時代の豪雪で使用したことがあり、猛烈にすすが出た。

本日5枚目の下絵を描きました。

 

 

上掲の写真を見ながら以下「鵜の浜温泉の花火」です。

鉛筆による下絵(A4)です。まだ色々工夫しなければなりません。
幾つか花火のパターンを変えて数枚の本画を描ければと祈って?います。

さて明日から仕事。
除雪機のお蔭で仕事場周囲に4台分の駐車スペースが空いた。しかし道路が現状のままなら、受診は歩きでしょう。その前にスタッフは来れるだろうか。あるいは車の往診も出来そうにない。
そもそも降り始めの9日は二件の診療をしただけだった。本日遠くで救急車の音がしてどきっとした。

ところで昭和の豪雪で数日間タクシーを頼んで往診をしたことがあった。ある日ザクザクしたデコボコ道で大いに揺られた挙げ句動けなくなった。運転手さんがスコップを持って降り、私がハンドルを握って脱出を計るなど浮き世離れした出来事があった。
あるいは運転代行が始まって間もなくのこと、凍った夜間の利用で会社の車が滑って進めなくなった。会社の二人が押して私がその車のハンドルを握った。
驚いたことに運転席のクラッチ手前の床に大きな穴が開いていて、下が見えたのである。
車検はどうやって通してのだろう。過ぎてしまえばのどかな時代だったと言える。

当時の冬期はRF車がせいぜいで、面倒なチェーンはよく切れた。往診も多く、道中しばしば通行中の人から押して貰った。間もなく出現したスパイクタイヤは驚くほど高性能だったが、すぐに禁止となり、現在のスタッドレス4駆の時代になった。

夜間追加です。
静かな空からコウコウと白鳥たちの声が繰り返し聞こえます。
豪雪で田が深い雪に覆われ食餌ができなくなり、夜空をさまよっているのでしょう。
信越国境を越えた群馬県や栃木県の田なら、雪がなく食餌ができるかもしれません。

鳥たちにも厳しい冬になっています。

除雪の日々 豪雪の鳥たち セレブはパーティーや演説ではなくさらに寄付を続けて コロナがあぶり出す時代の劣化。

2021年1月10日(日曜日)

昨日よりさらに降った本日、上越市ホームページの小さくて見にくい報告によれば、本日大潟区の積雪は155センチと載っている。但し24時間降雪は105センチとあり、猛烈な降りは浜雪というのだろう。

午前にカーポートの除雪をした。

二階からみた様子。驚きの昨日をさらに越えた。
矢印のところに車のお尻が見える。
雪は圧倒的な量になった。明日屋根の雪下ろしをしてもらえるようだ。
いずれにしても広く下をきれいにする必要がある。

 

その車の前の様子。矢印の所に県道がある。
手前は雪をかぶったフロント。

除雪一時間余、前を広げて県道に繋げた。

 

雪掻きは体を使うが、やった分だけ目に見えて結果が現れる。
しかし切りが無いので、やり過ぎないようにしなければならない。
申し分けない、妻の車は後回し。

その県道はこのような有様。
幸い消雪パイプがついているため、一台は通れる。
だがめったに車は来ない。

知り合いがその道に入って来た。頼まれごとをされる人で、後から後から忙しいという。除雪されていない生活道路もあるらしい。
先生も気を付けてと、凸凹道を走って行った。

雪掻きの時、コウコウと言って六羽の白鳥が東方へ飛んで行った、表情が見えるほど低空だった。空腹で高く飛べないのだろうと思った。
また暮れる頃、久し振りにスズメの鳴き声を聞いた。どこで何を食べているのやら、、、。

二階の手すりにパンくずを置いてみた。
時節柄鳥どころではないのだが。

 

さて雪のため地域は完璧な自粛生活になっている。その折の新潟市の成人式にはどれだけ参加があったのだろう。
これは感染があったか無かったかではなく、いまどき何をしたかの問題にほかならない。
一方ウイルスは快適に過ごしていることだろう。
何もしなくとも若者達が感染・増殖を引き受け、あちこちへ自由にばらまいてくれる。

そうかと思えば、高齢者の感染死亡は寿命だと、某漫画家の評論家が人を集めて演説している。
そのくらいの覚悟はできているので、他人が声を大にして言うことではない。
空腹のうえ撃たれて血の泡を吹きながら亡くなった大戦の若い兵士の願いに反して、時代はどうしようもなく劣化している。

もう一つ、セレブ達はおおっぴらなパーティーや演説ばかりではなく、さらに寄付を続けてもらいたい。

豪雪が加わったせいで沢山文句を言いました。

恐ろしいばかりの雪になってきた。

2021年1月9日(土曜日)

いま深夜零時を回ったところです。
あまりの静かさに、もしやと思い外を見ますと、恐ろしいばかりの雪です。これだけ一気に降るこ雪は見たことがありません。
明けたなら一体どんな状況になっているのでしょう。
果たして車が出させるのか?道路は?本当に恐ろしいばかりで、朝が心配です。

以下は午前9時ころの仕事場の様子です。

 

仕事場二階から見た様子。

 

カーポート。
一帯でも楽に1メートルは越えたようで、午後も降り続いています。

午前中にあるお宅の老人がベッドから落下されたという電話があった。骨折の有無を診に午後から出かけたが、怖い道中だった。
下の写真の先を右折し田んぼに出てまた右折する。

 

往診した道中を撮ってみた。わだちも見えず、どこが道だか分からない。
すれ違いで下手すると脇の深い雪に嵌まり抜け出せなくなる。

幸い骨折は無く安心したが、こんな日の救急車はさらに大変だろう。

帰り道、この先は行けない、といって中型のトラックがバックしてきた。私が今来た道である。なぜと思ったが坂が駄目だったらしい。バックをして道を空け行き違えたものの、今度は私が坂で横滑りをして肝を冷やした。トラックは二人が乗っていた。確かにこんな日の車には二人は必要だと思った。

夕方出かけようとした妻は、怖いと言ってすぐに戻って来た。
雪のせいか年のせいか、雪の町髙田出身の人が怖がっている。

昭和後半期に2度だったか豪雪があった。この度は時期が早いのではないだろうか。予報によれば明日いっぱい耐えれば、以後一先ず落ち着くようだ。ぜひともそうあってほしい。

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