2021年10月

夕刻の柿崎海岸 サンマーメン 長野市からのお客様 エディ・デューティンのSPレコード。

2021年10月23日(土曜日)

本日土曜日、午後になると日射しが落ち着き、夕刻柿崎海岸を歩いた。
風がありそうなのでセーターにマフラーをして行ったところ、寒くてこの仕度で丁度良かった。

 

幾重にも波が打ち寄せる。

 

波で削られた場所に草が貼り付いている。

 

 

陽が沈みはじめると波が少し穏やかになった。

 

明日は良いお天気になりそう。
丁度一時間の海岸。寒さですっかり手がしびれた。

 

夕食は妻が作ったサンマーメンというのを食べた。
野菜が沢山、熱くて美味しかった。

本日後、長野市から三人のお客様がお見えになった。
拙ブログをご覧頂いているということ、恐縮しかつ光栄だった。今日は「上越のみほとけ」の記事をみて、歴史博物館へ来られたとお聞きした。ブログによって長野市から上越に来て下さるとは、大変幸せなことだった。

来年は善光寺参りや、石工の国でもある信州の石仏を見てみたい。

本日カフェでA氏のSPレコードで「蝶々夫人」のアリアなどを聴いた。持参されたアルバムにエディー・デューティンのピアノが一枚あり、「To Love Again(ショパンのノクターンno9)」だった。

 


映画愛情物語のテーマ曲。

1956年の映画「愛情物語」は41才で白血病によって亡くなったエディ・デューティンの物語。テーマ曲「To Love Again」はカーメン・キャバレロが弾いた。A氏が映画のキャバレロではなく、デューティン本人の演奏を持参され、とても驚き、さらに曲中歌が入っていたのにはさらに驚いた。

今年12月4日午後3時から「SPレコードを聴く会」を催します。
休憩時間のワンドリンク付き500円の会費です。
コロナに用心し30名様までの予定に致しました。

夕暮れの四ツ屋浜 柏崎市のご一行様。

2021年10月22日(金曜日)

雲が多かったものの日射しもあった金曜日。
夕方仕事の合間を抜け出して四ツ屋浜の夕雲を撮りに行った。入り陽は水平線上で西の端に貼り付くように移動している。

 

西の方角。

 

ほぼ北の方角。

 

ほぼ東の方角。

本日は柏崎の美術鑑賞グループの20名の皆様が樹下美術館を訪問され、30分ほど説明をさせて頂いた。
時折このような皆様が訪ねて来られる。柏崎市の木村茶道美術館、上越市の小林古径記念美術館や歴史博物館、足を伸ばして糸魚川市の谷村美術館などがコースに組まれている。

樹下美術館は小振りなので疲れないのが良い所です、と前置きして説明させて頂いてます。
お茶を飲み休憩もされた柏崎市の皆様、本日のご来館有り難うございました。

白鳥とカモメ 葡萄酢。

2021年10月21日(木曜日)

10月下旬となり寒さが定着した。
セーターを出し布団を替え、電気あんかを出して冬支度。エアコンのヒーターがサワサワと鳴っている。

 

吉川区梶の水田に白鳥の群。.60羽ほど食餌をしていた{昨日水曜日)。
昨年1月のドカ雪でねぐらの朝日池がすっぽり雪に埋まってしまい、
髙田のお濠ほか、一時多方面の水面を借りて過ごした白鳥。
今年は是非ともここで穏やかに越冬してもらいたい。

 

本日午後、一両日の強風が落ち着いた柿崎海岸を歩いた。
遠くに薄い虹が掛かり、ファインダーを覗いているとカモメが入って来た。

 

くるっと回って私の後ろに下りたち、一息つくと飛び去った。

 

かってのスタッフが寄ってくれて葡萄酢というものを頂いた。
ナスとベーコンを炒めたもので美味しく飲みました。
お会い出来ませんでしたが、有り難うございました。

開催中の「上越のみほとけ」展 何度も観たい貴重な展覧会。

2021年10月20日(水曜日)

一昨日月曜日午後は晴れ。
上越市立歴史博物館を妻とその友人の三人で訪ねた。
博物館の企画展は「上越のみほとけ」、サブタイトルにー「上越の都」の祈りーと附されている。

日曜日の小林古径記念美術館の訪問の際も観たので、連日の鑑賞だった。

 

11月21日まで開催の展覧会チラシ。
大日如来坐像 平安時代後期  普泉寺(清里区馬屋)

2室に分けられた会場の最初の展示室はチラシの大日如来座像が正面で待っている。像高がおよそ150㎝近いという大きな像は、雨ざらしの時を経た模様で、すっかり素地が現れている。しかし全体は丸みを帯び、豊かで上品、とても穏やかだった。
痛々しいまで風雨にさらされながら、目と口元にはありありと慈しみをたたえている。如来そのものと仏師、あるいは像を残した地域の力に胸打たれた。

 

チラシの裏面の写真。

上掲の右上は大貫、医王寺の如来座像、重要文化財、像高17、2㎝と小さな像。しかしながら展示仏では最も古く、飛鳥時代後期のもの。
災禍により頭部を右に傾け、表情は愛らしい。7世紀後半、飛鳥の都で作られた仏像が当地にあることはとても貴重だと思う。小さな仏像が集めたであろう信仰と尊崇の念が偲ばれる。

同左下は寺町二、善導寺の善導大師立像で像高126,9㎝、鎌倉時代、重要文化財。
この像のことは長く話に聞いていた。今回初めて観たが存在感はさすがだった。一目見て、35年前に京都の六波羅蜜寺で観た空也上人像を思い出した。
南無阿弥陀仏の6体の小さな仏(化仏)を口から吐き出す上人は、短い衣に仏具をまとい、念仏を唱えながら仏を、もしかしたら母を求めているのではないかという当時の印象が浮かんだ。

 六波羅蜜寺の空也上人像
(Wikipedia空也より)

善導大師像も口を開き、声を出している(念仏を唱えている)。像には上人と同じく六化仏を乗せた針金を口から出していた跡があるという。
だがそれを見ることは無くとも一心な祈りと一種恍惚感は真に迫る。無駄の無い確固たるリアリティなどから鎌倉時代の慶派の優作と賞され、中央から有力な参拝者があったと伝えられる。腕から真下に流れる衣も美しかった。

みな良かった中で、大潟区は瑞天寺の聖観音菩薩坐像 像高151㎝ 平安時代後期、県重要文化財に惹かれた。ゆったりした像形、大きな切れ長の目が印象的で、何でも許してくれそうだった。こんな仏像と暮らせたらどんなに安寧だろう、と思い、実は再度観に来た次第。

第一室に展示された仏像の殆どは鎌倉期までのもので、いずれも長い歴史を刻んでいる。展覧会はー越後の都の祈りーのサブタイトルがあるが、かって広く頸城平野の山間や山裾の寺院に安置されたものが少なくない。
さらに多くが火災、戦渦などで安置場所を転々とし、今日に至っている。来歴の厳しい運命を考えれば、いっそう今ある姿に堂々とした存在感を感じる。

展示では仏像の光背や装身具、あるいは持物、例えば聖観音(しょうかんのん)の蓮などが外されている。そのため仏には普通には無い生々しさと迫力が見られた。

第1室の多くの如来、さらに2室には珍重な懸仏と見事な木喰仏が揃っていて、このような展覧機会はめったに無い。

写真と実物では全く違う。
居ながらにしてこれだけ地域の仏像を観ることが出来るとは、幸せなことだ。
悪天候の季節になったが、ならばこそまた訪れたい。

魂込められたものには魅力がある。想像を越える素晴らしい展覧会だった。

とても良かった「永青文庫所蔵 近代日本画名品展」。

2021年10月18日(月曜日)

昨日日曜日、上越市立小林古径記念美術館と上越市立歴史博物館へいった。
あいにくの雨降りだったが駐車場は満車で盛況だった。

 

 

古径記念美術館の永青文庫所蔵 近代日本画名品展は前期展示だった。
永青文庫は小林古径はじめ近代日本画家たちの主要なパトロンの一人細川家16代、細川護立(ほそかわもりたつ:細川護煕氏の祖父)の収集品を収蔵展示している。この度は市制50周年および同館一周年記念として同文庫やその寄託先である熊本県立美術館の貴重な協力のもと開催された。

第1室は古径作品で20年ぶりという重要文化財「髪」が素晴らしかった。
ごく薄い緑の腰巻を付けた女性が髪を梳いてもらっている。梳く人と女性の表情は良く似ている一方、二人の動静と着物の濃淡や柄の有無は対照的。それらの対照性と関係をふさふさした黒髪が強く結びつけている。清潔な青と緑による湯上がりの構成は素晴らしかった。
不思議なことに作品に署名がみられない。作品の左右に湯道具や脱いだ着物を描く構想があったのかもしれない、という話がある。

 上越市のホームページから「髪」
髪を真ん中に右の人物の一部を切る。
全部を入れるとモチーフが小さくなり動きと迫力が落ちるのであろう。

 

 

同室に戦前北京を訪ねた古径の写真と写生および解説文があった。古径は、京都や奈良の良い所がここではいっそう生きている、という主旨を述べていた。今北京のどこかにその面影は残っているのだろうか。

最後に書院の小襖に二羽の野鳥が描かれた「鳥図」の小品が魅力的だった。左はオオルリ、右はエナガ。オオルリの青が美しく、身軽なエナガは、いかにも愛らしかった。古径がこれらの鳥を取り上げるとは、鳥好きとしては嬉しい。

 

永青文庫所蔵近代日本画名品展(上越市ホームページから)。

企画展示室は細川護立の収集作品が並ぶ。近代日本画と題するだけあり、会場には斬新さが漂っていた。

入ってすぐ左、中村岳陵の「摩耶夫人」はじめ三人の女性像の鮮やかな色彩とモダンな容貌、下村観山「女」の艶やかな二人の女性の眼差しと絡み合うような着物の縞模様、川端龍子「霊泉由来」の洋画風な色彩・タッチと物語性、が特に印象的だった。

さらに横山大観「野の花」。
キキョウ、ウツボグサ、キク、カワラナデシコ、オミナエシ、オカトラノオ、アザミなどの花々にススキやスギナが上品に描かれている。多く富士山を仰ぎ、一方で蕭然たる「屈原」を描いた大観が足元の野の花を描く。花は赤倉に岡倉天心を訪ねた折に親しんだものだったのか。鎌を脇に置いて休息する女性の強さがまた目を引いた。

加えて赤倉にあった細川家別荘の杉戸に大観ら12人の日本画家によって野鳥が一羽ずつ描かれた「鳥尽(とりづくし)」も面白い。即興で描いたのであろう、鳥の理解と描画の習熟に驚かされる。描いた画家達の赤倉におけるくつろぎが浮かぶ作品だった。

全体として掛け軸を主にするいわゆる「床の間作品」は控えられ、主として額装され、高さ1,5メートルを超える大型の「会場作品」や屏風が並ぶ圧巻の会場だった。

基本影を付けずにボリュームと奥行きを描く日本画家の創意工夫や、越えてきた困難および到達した清々しさに心打たれた。花鳥風月、女性、そして神秘性など日本画のエッセンスを堪能した。

いよいよ二度と観ることが出来ない作品と出合って行く年になった。後期約半数の展示入れ替えもあるが、この度の展覧会をもう一二度観たい。

同日、上越歴史博物館で開催されている「上越のみほとけ」も観ました。後日掲載しますがご覧頂ければ有り難いです。

樹下美術館の秋の庭 きれいな声。

2021年10月16日(土曜日)

予報よりも良い目の晴れ間に恵まれた本日土曜日。
樹下美術館の午後の庭はホトトギスやリュウノウギクが貴重な陽の中で満開になっていた。

 

ホトトギスはよくもあの熱波に耐え、我が世の秋とばかりに今咲き誇っている。

 

10年以上も前に富士山麓の庭から送られたリュウノウギクはすっかり定着した。

 


きれいな声だ。奏でているのはウクライナの民族楽器だという。

秋の大潟水と森公園、足元に花、空に雁行 折角の公園が、、、。

2021年10月15日(金曜日)

雲間から日射しが漏れた金曜日、昼休みに空を見て大潟水と森公園に行った。

今年もリンドウが沢山咲いていて嬉しかった。歴史ゾーンの道に入って直ぐの右側(池側)やや日陰の草地に花はある。
山道の路傍や林間、畦で、草刈りなど一定の手入れがされている場所では特に良く咲くように思われる。秋の野の花ランキングをすれば上位に入るにちがいない。

 

 

木漏れ日が当たるといっそう美しい。

 

愛らしいツリガネニンジン。

 

今年もまっ赤、ガマズミの実。

 

短めに背丈が揃っていた野菊。
ノコンギクかヨメナか私には判然としなかった。
次回葉っぱに触ってみよう。

 

アキノキリンソウ。
同じ黄色でもセイタカアワダチソウと異なり、小振りで楚々としている。
随分昔、お茶を習いたての頃、師である亡き渡辺宗好先生の茶室でこの花を見て、
いいなあ、と思った。

 

フトイの群生をバックにセイタカアワダチソウが珍しく整然とている。
今、あたり構わず黄色一色にしてしまう花が、こんなに周囲と調和しているとは。
管理の方が余計なものを取り除き、調整されているのだろうか。

 

鳴き声がして遠くから雁行が近づいた。
西の方角から現れたのは逗留する池を探してるのかもしれない。

ところで、

歴史ゾーンでこの像を見て悲しくなった。
利用者が馬鹿にされてるようでもあり、、、。
当公園を愛している人であれば、このような事をしない。
自然を愛している人であれば、このようなことはしない。

20周年ならいっそうの整備に傾注してほしかった。折角の自然が台無し、美しい風景が泣いているようだった。

当公園の主役(テーマ)は古代の歴史にえにしと美しい自然環境だったはず。たとえこどもたちであっても、根底においてその価値は同じだったはず。

自然や歴史は繊細で、日々慎重な手入れが欠かせない。そんな場所に無遠慮にも突然現れた異形はあたりを一気に変質させる力を有している。

こどもたちへの配慮であるのなら、設置はエントランスゾーンから芝生広場までで十分だったのではないだろうか。
公園を愛し自負さえしていた方達で、沈黙のなか、残念に思っている人は少なからずいると考えられる。

繰り返しになるが、公園は本質的に繊細な場所である。
多数のかっぱ像の設置は果たして主体者や利用者が望んだことだったのだろうか。
清々しいはずの自然公園が喜んで出かける場所でなくなったようでとても残念だ。

いやなら来なければよい、という話ではないと思う。

私の場合ゴルフは心臓に良いらしい ゴルフ場の存在意義。

2021年10月14日(木曜日)

次第に晴れ間が貴重になってくる。
よく晴れた本日午後、K氏と米山水源CCで半ラウンドのゴルフをしてきた。実は入院中、ゴルフはできますかと主治医に尋ねると、大いにやって下さい、と言われていた。
リハビリと心身リフレッシュに有意義ということで、とても有り難かった。

実は去る日曜日、松が峰CCで5組のコンペがあり、94で回り準優勝をした。50-44は近年にない良いスコア。慎重に回ったのが良かったのか、と思いつつ少々驚いた。

 

午後1時半からはじめて二時間少々、まもなく上がる頃の辺りのコース。

 

コロナ禍はフレッシュエアのスポーツであるゴルフを盛んにした。普段をみても多くの老若が参加しているのが良く分かる。

ゴルフ場は広大な野山を開発して作られる。バブル期に「乱」開発されたが今やそれも無い。むやみな自然破壊は心痛むが、ゴルフ場はたゆまぬ手入れによって全体として荒れぬよう慎重な管理が図られている。

人家が近い周辺では荒れ果てて近づけない自然は少なくない。それに比べ大いなる大気のもと、美しい緑に親しみ体を動かすゴルフ場の存在は意義がある。

昔よりプレイ代はずっと安くなり、一部の人の場所ではなくなった。また肥料や除草剤は改良され、有害事象を残さぬよう分解されるなど改善された。

折角の良い場所、今後さらに多くの人がゴルフを楽しむようになって、と思っている。

一転して寒い雨の日 温かな夕食 細った体重 コロナはどうなる。

2021年10月12日(火曜日)

昨日27℃あった最高気温が本日19℃まで下がった。
半袖からニットセーターへ急降下、終日雨が降り寒かった。10月は半ばに差し掛かるのだからこれでいいのか。

 

本日の椿(西王母・せいおうぼ)
昨日までの暖かさで、普通こんなに開かない西王母が目一杯開ききっていた。

夕ご飯は温かい食事だった。

白菜と鮭缶(中骨入り)のスープ煮。つゆ沢山で美味しかった。

 

カレーうどん。

54キロ前後だった体重が病後49キロ代まで落ちている。一日二食の食事は毎回一定量で食欲が止まり、心臓がこの体重を要求しているのだと納得している。

体重はともかく、コロナの報告が極端に細ってきた。
ワクチンの普及、ウイルスの退行変異、予防生活の定着etcが上げられている。6波があるのか、一旦休憩か、このレベルでwith coronaか、終焉を迎えるのか、微妙な時期ではないだろうか。

なかなか“参った”と言わない新型コロナは間もなく三年目になる。まだ用心にこしたことは無い。

鵜の浜温泉の花火。

2021年10月11日(月曜日)

昨日日曜日の夕刻、鵜の浜温泉で花火が上がった。

多くの係員が入場者一人一人にマスクの確認、検温と手消毒をした。お天気が良く気温が上がったため相当な人出があり、開始前に砂浜への入場制限が取られた。

30分足らずの花火。大きなスターマインが上がるわけではないが、頭上で開き、炸裂する鮮やかな閃光は迫力があり、音楽とのシンクロも楽しい。波音が聞こえる海のそばというのも爽やかだった。

コロナが落ち着き、例年どおり夏の花火に戻ることが期待される。

保育園の健診 思い出のアルバム 私は託児所。

2021年10月10日(日曜日)

一昨日は園医をしている保育園で秋の健診をした。春指摘したことはしっかり専門医で診てらってあり、このたび特別な所見はなかった。

相変わらずみなアニメのキャラクターのようで、特におぼつかない1才児は天使だ。子どもたちが障がいのある子と仲良くする光景はいつも心が和む。

以下何枚か写真を撮りました。

 

 

 

 

 


とても良い歌「思い出のアルバム」。
娘は卒園した後も声を張り上げて歌っていた。

ちなみに私は、託児所である近くの西念寺に行った。それも一年間全て通ったか否かはっきりしない。
脳裡にあるのは、お寺で騒ぎすぎて園長である坊守さんに叱られたこと。泥を丸めてダンゴにし、砂にまぶして固めたものを互いにぶつけ合い、割れたら負けという遊びをしたこと。その遊びは鐘楼の櫓の下で行っていたのだが、ほかに砂場がなかったためかもしれない。

またある日、昭和天皇の行幸列車に万歳をするため、松林の線路脇に整列した。とても長い時間待ち、ようやく来た列車に向かって大声で万歳をした。だが残念なことに窓は幕のようなものが下りていて、陛下の姿は見えなかった。新潟行幸は昭和22年10月で、5才だった託児所の年と合っている。

幼少の私は、昭和21年3月、4才の時、家族6人で満州から長崎県は佐世保港に引き揚げた(私にとって初めての日本)。しばらく佐賀県の母の実家に滞在後後当地へ。昭和22年西念寺の託児所。昭和23年4月潟町村立小学校入学ということになります。

※当時の託児所は坊守さんが慈善事業として開設されていたのではなかったか。

髙田の夕べ、映画のあとさき 新潟市のお二人。

2021年10月9日(土曜日)

一昨日の「クリムト」の映画は午後4時からで、その前後に何枚か写真を撮った。

 

映画館のすぐ近く、町屋交流館髙田小町の夕暮れ。
出来て随分経った。町屋らしい花のあしらい、手入れの良い建物。

 

髙田世界館へのアプローチにも花がいっぱい。

 

世界館の二階席。
黒い手すりに円柱と角柱、そして赤い椅子の格調。

 

和やかな窓口、距離の近さはまさに下町の風情。
世界館と銘打つだけあり超モダンだったであろう建物は、
いま超レトロで貴重。

 

久し振りのビルの明かり。髙田は都会だ。

 

映画のあと、晴れがましい気分で三人して寿司を食べた。

 

本日午後新潟市からA氏の同級生と仰る二人の女性が見えた。
樹下美術館は何度目かで、拙ブログを観て下さっていると仰った。
とても光栄です。

 心のこもった秋のお花を頂きました。

映画「クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代」を観た。

2021年10月7日(木曜日)

展覧会シーズンまっただ中で何か腰が落ち着かない。
そんな午後休診の木曜日。妻を誘って長岡市の新潟県立近代美術館に行こうと樹下美術館へ出向くと、A氏が現れた。如何にも良いことがあった風に入って来られた。

いま髙田世界館で映画「クリムト 云々」を観てきた、とても良かった。さすがウィーン、エゴン・シーレ(シーレ)も詳細で、随所にフロイトが現れ、音楽やダンスも素晴らしかった、と興奮気味だった。

この言葉で足は長岡ではなく、A氏と三人直ちに髙田へと向かった。

アプローチに生き生きとした秋の花が並んでいた世界館。入館すると上野支配人が甲斐甲斐しくモギリをし、生のアナウンスをされた。スピーカーではなく「生」の声が嬉しかった。

 

映画カタログ「クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代」

 

メインタイトルはクリムトだが、私にはシーレがよりフォーカスされていると思った。前者の装飾耽美の芸術に対して自己のゆがみと性、そして死へ没入するシーレ。作品のゆがみは意味との間で均衡し、色彩の濃淡は渋く美しい。二人に相当な違いはあるものの、精神の神話的な深さに於いて通底していた。

さらに同時代の、リビドー論や神経症などで革新の精神科医フロイトが登場。二人の芸術を補完すべくナレーションと当時の映像が何度も挿入された。フロイトが動くとは驚きだった。

画家のドキュメントのなか、時代が交錯するマーラーやシェーンベルグの斬新な音楽がかぶる。いずれもウィーンの芸術家であり、音楽は都にゆかり深いベートーベンやモーツアルトにも及んだ。
ちなみにラストはバックにモーツアルトのレクイエムから「ラクリモーサ(涙の日)」が全館に響きわたり、90分の映画はあっという間に終わった。

 


モーツアルトのレクイエムから「ラクリモーサ(涙の日)」
演奏ウィーン・コンツェルトウス・ムジクス

 

館内で求めた映画カタログの年表によれば1911年にシーレはクリムトの支援を受けて初個展を開いている。そしてその年、本日の映画館「髙田世界館」が「髙田館」として開館していた。

●「クリムト エゴンシーレとウィーン黄金時代」
2018年製作/90分/G/イタリア
原題:Klimt & Schiele – Eros and Psyche

なるほど原題は「クリムトとシーレーエロスと精神(魂)」のようだ。

ウィーンに行きましょうよ、とは、本日同じ映画を二度観ることになったA氏の感想だった。

暑くても秋。

2021年10月5日(火曜日)

このところ最高気温が28、29度になろうという日が続き、汗ばむほど。長袖、半袖、特別な基準も無くどちらかを着てみて、合わなければ替えるといういい加減さは、やむを得ない。

それでも食べ物や日射しはしっかり秋になっている。

栗を頂きました。

煮た栗ははさみで縦に切り、半分ずつをスプーンで掻き取って食べる。

 

手が荒れると言いながら妻が渋皮煮を沢山作った。

以下は今夕の四ツ屋浜です。

 

 

 

日中から様々な雲が見られました。
陽はすっかり西に寄り日没も早くなりました。

そのうち里にも紅葉が始まり、鳥たちの季節になるのでしょう。どんな鳥と出会えるか、楽しみです。

昨日日曜日も近隣の花巡り。

2021年10月4日(月曜日)

一昨日に続き、昨日日曜午後も晴れたので車を走らせ、盛りのコスモスなど近隣の花巡りをした。

 

柿崎は坂田池湖畔のお宅。
見事に放射状に咲いている花はラベンダーの一種だろうか。
白い壁を背景に上手く仕立てられ、目を引いていた。

 

上掲のお宅のご近所のコスモス。

以下は樹下美術館近隣のコスモス。

 

 

 

ある畑とお宅の間にフジバカマ。
見事に咲いていた。

 

お天気のお蔭で今週末は花日和、コスモス日和になった。
庭に畑に沿道。端整された花々は想像以上に美しく、楽しい花巡りが出来ました。皆さんに感謝です。

昨夕土砂降り後の土底浜の夕暮れ。

2021年10月3日(日曜日)

昨日のこと、日中の晴天が一転し、午後4時半ころから猛烈な降雨があった。
美術館から自宅までの短い距離を、傘を持たずに走ったという妻はずぶ濡れになったらしい。

潟町の仕事場に居た私は突然の大雨に驚き窓外を見た。土砂降りにも拘わらず暮れる空気が黄色味を帯びている。こんな時の雨は短時間で上がり、その後いっとき夕焼けが見られることがある。

土底浜へ行ってみた。

以下その時の写真です。

 

雨が上がって到着した17:05の眺め。

一帯は土底浜古屋敷海岸公園に続くうねりがある草地。

 

 

 

 

45分間の土底浜。
雨上がりの海岸。風景は絵画的で、上手ければドラマティックな絵に出来そうだった。

秋、近隣の花巡り。

2021年10月2日(土曜日)

日中爽やかに晴れた土曜日。
数日前から近隣のコスモスを見たいと考えていたので午後車を走らせた。吉川区長峰、大潟区岩野、そして頸城区内の下吉野や花ケ﨑などを巡り、ほかの生き生きとした花も見ることが出来て楽しかった。

 

鉢やプランターを上手に使って美しく咲かせている。
心から花が好きなお宅に違いない。

 

 

シュウメイギク。

 頸城区内の道標。一心は心の花。
ここからのラブレターやお願い状なら心打たれるのでは。

 

 

八重咲きシュウメイギク。

 

上掲のお宅の前にもコスモス。

 

ソバ畑に出た。

 

道沿いにベゴニアの植え込み。色どり、ボリュームとも見事。

 

 

 

あるお宅のフジバカマ。

 

 

持ち主の方が、もう盛りを過ぎまして、と仰った。

 

お宅の色とコスモスのコントラストが印象的だった。

 

 

 

本日の大潟区長崎新田と米山。
日が良ければ雲は空の花。

多様な美しさとファンタジー。
花の魅力とともに育てている方達の優しさが心に響いた。

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