空・海・気象

春近く、鳥たちが反応している。

2026年2月15日(日曜日)

本当に珍しくよく晴れた日曜日。髙田で最高気温が15,3度、湿度33%と出ていた。白鳥やハクガンは戻ったのか心配で久し振りにカメラを持って出た。

県道30号線(旧新井柿崎線)を走って柿崎海岸へ行き、休憩をいれて小一時間歩いた。柿崎川河口の小さな突堤で休憩をしたが、これほど休憩を有り難いと思った事は無かった。毎日室内を1000歩前後歩いていたが外はきつさが違い、砂浜はなおさら足にくる。

外股の私の足跡。
頭で一二、一二と声を出して歩いた。
これからは距離を減らし音楽を聴いてみよう。

帰路、主だった農道は除雪されていたので田んぼを走った。

溌剌と見えたツグミ。

沢山のコハクチョウを見てひと安心。
この2週間、どこへ避難していたのだろうか不思議だ。

コウノトリにも出会う。

ほんの少しだけ飛んでいた雁。

きれいだったコハクチョウの飛翔。

家に着くとソメイヨシノにウソの群がいた。
雄は胸が赤くてきれいだ。

ウソはソメイヨシノの芽が大好物。
花芽を選ぶのだろうか(赤丸が食べられた芽)。
何年か前、髙田公園の桜が大きな被害にあっている。

この二日で雪はさらに減り水面が顕れている田もあり、コハクチョウの群や二羽のコウノトリが突っついていた。

例年なら雁や白鳥は3月中ばまでいる。あとひと月、もう一度ハクガンに出会えないものか。

春が近づきいち早く鳥たちが反応している。私も頭痛などと言ってはいられなくなった。

県立大潟水と森公園でグレートピレニーズを連れたA氏と出会う 選挙が決着して。

2026年2月8日(日曜日)

本日日曜日は非常に寒く雪が降っては止むを繰り返した。寒くてずっと家に居たが午後カメラを携え県立大潟水と森公園を歩いた。

駐車場は閑散としていたが園内は管理棟を中心にとてもきれいに除雪されていた。

粉雪が吹きつける。

 

 

大きいな犬を連れた人が現れた。

写真を撮ってもいいですか、と尋ねるといいですよ、と返事していただいた。大きな犬は秋田犬しか知らなかったが、「グレートピレニーズ犬」とお聞きした。

非常に大きいが人なつこい。

これで2才だといいい、あるじの言うことにとても忠実。それもそのはず、スペインーフランス国境のピレネー山脈原産の牧羊犬で大変利口らしい。
驚くほど毛が長いのは高地の寒さに耐えるためとあり、今日などはふる里を思い出して喜んでいたのかもしれない。

話していると声に聞き覚えがあり、フードで分からなかったが男性は顔見知りのAさんだった。かっての病をすっかり克服され、お元気な印象は何よりも嬉しかった。
悪天ながら気持の良い散歩だった。

夜に開票が行われ、先ずはあっという間に自民大勝、中道惨敗の動向だった。戦後レジームからの脱却に向かうのだろうが為政者は国際的にみてこの国の個人の幸福度が著しく低い事に真摯に向き合ってくれることを切に望みいたい。

雪と車 そして選挙。

2026年2月7日(土曜日)

先月下旬から二週間も連続した寒波で連日ジワジワと降り続けた。長く降ったが何とか除雪が追いつきが少なくても仕事場の大潟区では車が出せないという日は無かった。

かって十年前は在宅の方を40人前後は診ていた。問題は冬で、50年前の帰郷、開業当初は冬の二ヶ月だけ4輪駆動車をレンタルした。
借りた車は「トレディア」だった。とても強いので助かり、以後今日まで四輪駆動を使っている。久し振りにトレディアの名を思いだしたが調べてみると三菱自動車製だった。

上記のように車といえば冬。以下冬場で大いにお世話になった車を載せ、そのいきさつを眺めました。

14年乗った「プログレ」の2012年2月。

プログレは私が乗った車のなかでは最も高級車だった。静かで本当に気に入っていたが2018年、涙ながらに別れた

その後2021年1月上旬にドカ雪が来た。当時車はプレミオになっていて、土曜日午後、転倒して動けなくなった老人宅から往診以来があった。ドカ雪のなか走る車など見当たらず、頼りの看護師もいないまま吹雪でけぶる田圃道を走った。

幸い老人は骨折を免れていた。帰路田んぼの中で突然コカ・コーラの車と相対した。止まった相手の車から人が降りてきて「この先行けますか」と訊かれた。雪でわだちも切れているから戻った方がいいと返事すると何度も切り返して去って行った。

頑張ったプレミオ。

以後プログレよもう一度と思いながら車はプレミオから新型カローラへと変わった。しかし足かけ9年、いずれもしっくり来なくて昨秋今度はインプレッサになった。するとプログレに似ていると実感されこれで最後までと思えるようになった。

この度の雪を機に思いだしてみたが車はどこか人間に似た不思議な引力があったと振り返られる。

明日は投票日。ネットの影響(資金力)がさらに強まり万一私の希望どおりには行かないかも知れない。この際訴求を願うあまり緊張を煽り、経済を崩し世界を冷やすのは止めてと祈るばかりだ。

道路を歩く雌キジ三羽。

2026年1月29日(木曜日)

真冬のただ中、暖冬慣れしていたせいか寒さが身にしみ、雪はまだ増え続けている。人間はこの寒中、奇妙な選挙をする暇がある一方可哀想なのは鳥たちだ。
気になって午後田んぼへ車を走らせた。見慣れた頸北の水田は分厚い雪に覆われ白一色。コハクチョウもマガン・ヒシクイもハクガンも、大型の渡り鳥たちの姿は一切無く静まりかえっていた。
こうなると先日も書かせて貰ったように、残った留鳥たちは餌を探して道路に近づきあるいは歩くようになる。

本日上直海あたりで路上を歩く三羽の雌キジに遭遇した。普段は敏感な彼女らは10数メートル後方から近づいても気にせず歩く。一台の車が追い越した時にも飛ばなかった。
キジは飛んでも低空どまり、およそ草陰で餌を探すが、車が通う雪の公道では丸裸も同然だった。空腹の彼らは全てを忘れ無防備となり、餌漁りへ向かうのだ。

一見堂々としていた雌のキジ三羽。

餌を見つけたよう。

人が捨てた物か、ゴミ(生ゴミ?)を漁る。

かなり長く付き合ったが時間が来たのでバックして道を変えた。

本日積雪深はこのあたりで見た目70、80㎝、21時発表は髙田156㎝、柏崎55㎝、新潟市12㎝、新津22㎝と出ていた。

朝日池は空っぽで、びっしりいたカモも見えない。
まさか信越国境を越えて長野県へ移動したわけでもあるまい。県内は新潟市など下越地方は雪が少なそうなのでそちらへ行ったものか。

この先一日くらい東っ気の風が吹くか、数度気温が上がるか、雨が降るなどしないとまだ雪は積もろう。
だがいくら何でも10日か2週間もすれば雪は減るはず。移動を厭わない冬鳥にはもう一度帰って来て貰いたい。

早起きは何文の徳になったのか ザクロとハクガン。

2026年1月22日(木曜日)

本日木曜日は仕事休みの日。昨夜そこそこの時間に就寝したためか今朝目ざめると6時だった。普通ならトイレへ行ってまた寝るのにしゃんと目が覚めている。起きて休みを有効に使ってみよう、という気になり離床した。

ごそごそしていると妻も起きて「どうしたの」という。目が覚めちゃった、悪いけどご飯食べるよという事で食事に。

ところで昨秋スケッチしたザクロに色鉛筆で彩色するのは冬休みの懸案の一つだった。丁度いい、午前だけでもかなりの時間が取れるので取り掛かった。

色鉛筆で調子を見て、水彩、油彩と進もうと考えていたので手許の72色を出した。あらてめて絵の具を見ると中国製で「QiLi启励」という文具メーカーの品だった。首相に嫌われそうだが、私は別に構わない。

A4の紙にスケッチをし直して彩色した。
いつものように昼食抜き、4時間掛け不満足ながら一応お終いにした。あらためて観ると画面の右がかなり空いている。
この度は鉛筆をそのまま塗ったが次回はザクロを右に移動させ、筆を用いたり唾で舐め舐め(一応non toxicとありました)色を伸ばして再度彩色を試みたい。

載せるのは恥ずかしいですが、
今後のためにということで、、、。

バックは先の楽しみになるのか。ザクロは構造が複雑なので皆さまの作品を参考に進めたいところ。

雪の状況はさほどでも無く午後3時を回る頃、車を駆っていつもの場所へ探鳥に行った。目的地より1キロほど離れた場所にハクガンの一団が居た。
積雪10~15㎝の広い農道は人通りも無く、100数十メートル先へゆっくりレンズを向けた。

 

撮っても撮ってもやってくるハクガン。

写真向きの条件は欲を言ったら切りがない。ど素人の私のレンズはこれが精一杯。車から出て三脚を立てるなら即座に鳥は飛び立とう。そもそも寒くて車外には出られず窓枠にカメラを固定して撮った。

時間が遅くなったが今回ばかりは下手なりに楽しく撮れたので幸運だった。

ゴルフ以上に早起きした日。沢山時間があったはずだがザクロとハクガンの二品で終わった。寝ていたらそれも叶わなかったかもしれない。十分お相手してもらったハクガンには感謝!

長くなりそうな本物の大寒。

2026年1月21日(水曜日)

昨日から始まった今年の暦上の大寒は2月3日までです。ところが天気予報をみますと終わりまで雪だるまがずらりと並んでいるではありませんか。数日の寒波なら慣れましたが、2週間もとなると果たしてどんな雪になるのでしょうか。

しかもその間衆議院選挙があるのですからおちおちしてはいられません。選挙運動が円滑に行えるように、道路の除雪など雪対策が例年以上こまやかになるなら一般生活も助かるのですが、どうなるのでしょう。

午後大潟区の眺め。

本日午後は在宅訪問がなく雪中近くへ探鳥に行きました。悪天候の日によく冬鳥を見る場所です。すると一番お目当てのハクガンが沢山いたではありませんか。。

一心不乱の食事。
白黒のコントラストが大変シック。

近くの用水脇のオオバン。
大根の葉でしょうか、野菜をついばんでいました。

私達にはスーパーがあり雪が降っても何とか食糧は賄えます。しかし大雪で地表がすっぽり埋まった場合、鳥は食べ物が無くなってしまいます。
彼らはこの先の雪をどの程度理解しているのでしょうか。食べられない日があるかも知れないから“食べられる時に腹一杯食べる”野性の法に従いひたすら食べているようでした。

以前の大雪の時には切なくなり、避難し孤立している白鳥たちのそばに刻んだキャベツを撒きに行ったことがありました。言い訳程度の物でしたが、はたして食べたものか確認していません。予報どおりなら鳥たちにとって今後の冬は厳しいものになりそうです。

痩せたコハクチョウの群などは気の毒なものです。

一日でも半日でもいい、雪の切れ間や雨の日がありますように。

今年の倉石隆展はやって来た作品「少女」を囲んで。

2026年1月20日(火曜日)

そろそろ今年度の展示をお知らせしなければなりません。遅くなりましたが絵画コーナーと陶芸室の展示構想がようやく固まりました。

●絵画コーナーでは昨年初夏、当館にやって来た倉石隆作品「少女」を中心に「少女を迎えて展」を年中通して行います。
●陶芸室では秋まで「樹下美術館の現代茶碗展」を、夏が過ぎましたら書と絵画「同級生二人展」と陶芸作品「今千春展」を開催予定です。
●また6月の毎週日曜日は「樹下茶会」を濃茶で催します。

倉石隆氏は寡作で中々作品が集まりません。そんな折昨春「少女」が数年ぶりにやって来ました。あどけなくも真剣な眼差しの少女の像で、十分な引力があります。この作品を囲むように収蔵作品7,8点を並べてみたいと考えています。

「少女」。
縦×横、73,0×60,8㎝。

生涯、人物画を描いた倉石隆ですが、当館の倉石作品の3分の2以上は女性の像です。作品の女性達はどのようにこの子を迎えるのでしょう。
恥じらいながら、もの想いしながら、おすまししながら、なかには泣きながらという女性もいるはずです。展示を通して感情豊かに人物を描いた倉石作品をご覧頂ければ有り難いと思っています。

この先も陶芸や企画展などにつきまし逐次このようにご紹介させてください。

いよいよ大寒、長く強い本物の寒波がやってくるようです。正直除雪、訪問や往診などに心配はあります。仕事以外に絵を描くなどして過ごたいのですが、どうなるでしょうか。

外れた予報、当地の冬はおもちゃではない。

2026年1月12日(月曜日)

昨日、今日と成人の日を入れた連休日。どの報道も新潟県(上越市を含め)の強い寒波とかなりの降雪を予報しました。
しかし昨日これらを知った上で“この程度ならば当地では例年並みという推移ではないでしょうか”と書きました。

それが本番と思われる昨日から今日にかけて当地(上越市の北東部:頸北地域)沿岸は強風に晒されたものの、降雪はごく僅かでした。一応3,40㎝は覚悟していましたので予報は外れたのではないでしょうか。

夕刻の尾神岳と水田。
山もさほど降らなかったようです。

暮れる妙高連山。

とにかく大雪を免れましたのでほっとしましたし、冬鳥たちも喜んでいることでしょう。

しかしどうでしょうか、正直あまり頻回に寒波、寒波、大雪、大雪と煽らないでほしいという気持はあります。雪国以外の人は例年もう何メートルも積もって気の毒にと考える人は少なからずいるようです。

当地の冬はおもちゃではありません。降った時にはこうこうこれだけ降ったとしっかり伝えてもらえればいいのですが、極端すぎる予報は重要な予定や地域の評価などに様々な影響を及ぼしかねませんので、もう少し冷静に伝えてと願うばかりです。

もしかしたらあまり雪を知らない所の出身者たちが予報を司っているのかなあなどと、余計な心配までしてしまいました。

荒天後の海岸 戦中生まれのさが カワラヒワの水浴び 初々しいモズ ハクガンの飛来。 

2025年12月18日(木曜日)

休診の午後柿崎海を歩き、新井柿崎線を走って帰った。荒海や冬鳥を見るつもりで出かけた。

柿崎海岸で車を停めるとカワラヒワが前の水溜まりで水浴びするのを見た。私はホッカロンを背中や腰に貼っているのに冷たい水溜まりを浴びるとは、野性は本当に謎だらけだ。

次々と水溜まりで浴びるカワラヒワ。

柿崎川の小さな突堤までシーグラス見つけながら歩いた。

シーグラスは色、形の良いものがあった。
染め付けの陶片も。

突堤から撮った波浪。

数日続いた悪天候は静まったが海はまだ荒れている。遠くに釣り人だろうか、小さな影が見えていた。
このような厳しい冬の光景を見ていると「異国の丘」の歌を思いだし、頭にメロディーが流れた。
“今日も暮れゆく異国の丘に 友よ辛かろ切なかろ”

昭和17年生まれは少年時代にこんな歌を覚え、日常はメザシとタクアンに親しみ、三輪車を買って貰った弟を羨ましく見ていた。
だれが何と言おうと生涯の信条や感覚はこんな時代の事象が基になっているのでは。

帰路の農道で見たモズ。
新鮮な印象だった。

お天気は次第に良くなり美しい夕焼け空となった。朝日池の白鳥を撮りに再度出かけた。
池の遠くに白い鳥の列が見えた。撮ってモニターをみるとハクガンだった。

100羽ほどだろうか。
ハクガンらしく真っ直ぐ並んでいる。

このところ年が明けて飛来するのを見てきたが年内に来たとは。鳥たちはカレンダーを見ないのは知っているが、それにしても早かった。

来年3月なかばまで留まるのだろう。
あまり邪魔にならなにようにしますので、今冬もどうか宜しくお付き合いさせて下さい。

「お婆さんのようなお爺さん」ズボン編 悪天を予告する雲。

2025年12月11日(木曜日)

去る12月7日、女性用のセーターを挙げて「お婆さんのようなお爺さん」を書きました。

ところでかって出先で、ある出来事が起こり、挙げ句の果てに女性用のズボンを着用して帰ったことがあります。少々変わった事件から何年か経ちましたが、セーターに続き「お婆さんのようなお爺さん」の関連としてズボンの一件を加えせてください。

ある年の春、妻に知人を加えた三人で県央の料理屋さんを訪ねました。テレビで紹介された雰囲気の良い店です。清々しい館内の立派な部屋に次々と運ばれる料理は見事なものでした。

十分頂戴すると、ご飯とお漬け物が出され、赤い椀で卵とじの澄まし汁が一人一人へ運ばれました。

ところが着物を着たお運びの若い女性は三人目の私の傍まで来ると突然つまづき、私に向かってお椀が飛びました。
出来たての熱い汁はほぼズボン全部にかかり、おしぼりやハンカチを総動員して皆で拭き、厨房へ走った女性はお女将さんを連れて来ました。

ああ申し分けありません、申し分けありません、本当に申し分けありません、というお女将さんを加えて拭いたりぬぐったり。

どうしましょう、どうしましょう、ちょっとお待ち下さい、と言ってお女将さんは下がると一本のズボンを手に戻って来ました。
「市内で一番気に入っている店であつらえたものです。丁度合うのでは、申し分けありません、一度履いてみて下さい」と仰います。

隣の部屋で履いてみました。想像以上に柔らかなツイードのズボンはスルリと入り、長さやウエストもすんなり収まりました。
お返し頂かなくても大丈夫ですと言われ、「お婆さんのようなお爺さん、ズボン編」の出来上がりでした。

ひと騒動のあとで記念撮影。

珍しいツイードズボン。
手作り感満点です。

長生きになってくると変わった事も起きるのですね。

さて本日夕刻の空に悪天を予告するトロリとした怪しげな雲が見られました。

 


雲を撮ったあと帰宅して美術館と医院の忘年会の会場へ向かいました。色々失敗を重ねた一年。皆さまには本当にお世話になったと実感したひと時でした。

終わって外に出ると激しく雨が降り風が吹いていました。

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