2018年12月

年越しの日の樹下美術館、クリスマスローズ 犀潟駅。 

2018年12月31日(月曜日)

去る12月25日に樹下美術館が冬期休館になって一週
間が経とうとしている。

今年の気候が順調だったのは6月までで、畑を営む患者
さん達は例年になくジャガイモが良いと喜んでいた。
だが良かったのはそれまでで、以後異常な暑さに襲われ
、ついに当地でも40℃となり、秋は長雨にたたられなが
ら10月で35℃にもなるという異常な気象が続いた。
台風も沢山きて、幸い当地で目立った災害はならなか
ったものの、よく強風に見舞われ、畑はお手上げという
声を聞いた。
そして冬、これまで殆ど降らず、この度の最初の寒波は
美術館で10㎝程度の積雪、今の所昨年より楽に推移して
いる。

本日の様子を掲載してみました。

 

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カフェは特に雪が集まる場所。そのため横板をあてがって
降雪と落雪に備えています。

 

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大切なトクサ。昨冬、常緑のトクサを刈らずに越年したと
ころ、雪のためバラバラと乱れて倒伏し、春は整えるのに
随分手間が掛かりました。
そこで今年は8割がた刈り、残り(手前)をそのままにし
てみました。少々風変わりな眺めですが、果たしてどうな
るのでしょう。

以下の様に雪の庭でクリスマスローズが蕾を付け、開花し
ているのもあります。

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大株には蕾が見れず、悠然と春を待っている風情。
開館の頃は花開き、皆様をお迎えすることでしょう。

正月中一泊する東京行きの予定が生じJR犀潟駅で切符を
買った。

 

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犀潟駅は黒が効いていて中々格好が良い。
ほくほく線駅でもあり、樹下美術館には何かと便利な駅。

弟のポークをローストし、もう一人の弟からの京都の柚子
餅は御抹茶で頂いた。
来る年はより実直な平和が貫かれ、人々の信条について険
悪な対立がもたらされる事など無いことを祈らずにはいら
れない。

庚申塔その10髙田公園の庚申塔はいま何処に? 忠魂塔に死者を悼み 痛ましい彫刻を見た。

2018年12月30日(日曜日)

30日の冬休み日、冷たい風が吹いた。
折角の休みであり、雪は小康、出来れば庚申塔を訪ねた
いところ。
手許の本、「越後の庚申信仰」には髙田城址公園におけ
る庚申祭という写真が掲げられている。
私にとって数あるであろう一帯の庚申塔のなかで、最も
心惹かれる場所となっていた。

 

1
庚申祭(髙田城址公園内)のキャプションがみられる。
書物刊行の昭和41年の時代に祭として行われていたとは!
髙田は浄土真宗が盛んな所であり、真言宗、禅宗を主とし
て広まった庚申講は少ない土地柄(それでも5,6カ所はあ
るようですが)のため、写真の塔と祭の様子は大変貴重に
思われた。
しかも石仏塔のように見える。
※キャプションには髙田城址公園と書かれていました。

是非とも見たい、とかねて樹下美術館のお客様に尋ねてい
た。
「忠霊塔の辺りにあるのではないでしょうか」と何人かの
方からお聞きした。

それで本日午後出かけ、図書館に車を駐めて歩いた。
普通の靴のまま来たところ10㎝ほど積雪があり、滲みなが
ら何とか歩いた。
いわゆる忠霊塔の建物から西へ数基の忠魂塔が建立されて
いる。
日露戦争の忠魂塔があり戦死者:9柱、傷死者:9柱、病
死者:1柱の名が彫られていた。
戦死のほかに傷死とあったが、いわゆる事故なのだろうか、
戦時は毎日が過酷な重大事故に等しく、戦死と同程度の死
者があったとしてもおかしくない。
さらに西伯利亜(シベリア)出征者の霊顕彰碑があり、
大正9年4月26日チエルオフスキー?戦闘による戦死者
として陸軍歩兵1等兵一名と陸軍歩兵上等兵一名の名が。
同年4月8日ベクンミセーヲ?における軍属一名の名が刻
まれていた。
このような記録を見るたび、遠い異国の戦地に於けるこの
方達の最後はどのようなものだったのか?家族の思いは?
案じると胸が痛む。

さて歩き回ったが結局、本日目指す石塔は無かった。
何処かほかの場所にあるのだろうか。

辺りを見渡すと遠目に塔か彫刻か、何かの像が見えた。

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彫刻のようである。

5
何としたことか、こんなに傷んで!
そもそも誰の作品なのだろう。
親子増
かろうじて父母が子供を抱き上げている像らしいと分かる。
三人の表情は失せ、胴はヒビ割れ、母の手は落ち、父の腕
は裂け、その脇部に穴が空いている。
まことに痛ましい。
公園は当地のシンボルであろう。
まさか上越市の本質がここに現れていないことを願うばか
りだった。

 

この日初めてオーレンプラザを見た。

3'
忠霊塔側から見たオーレンプラザ。
前からも見たが、写真のように後方から見た方がずっと良
い。
設計者は多分このような景観をメインにしたかったことだ
ろう。
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6
お濠の鴨はとても可愛いかった。
本日は見たいものを見られず、見なければいけないものを見
て、見てはいけないものも見て帰った。

本業も正月休み 迷走神経反射 田にスズメ、アトリ、コハクチョウ。

2018年12月29日(土曜日)

冷たい強風が吹いたものの日中積雪となることが無か
った土曜日。
診療所も本日午後から正月休みにさせてもらっている。
前日、膝が腫れて痛み、トイレも行けなくなった方は関
節に大量の水が溜まっていて、それを抜くと歩けるよう
になられた。
さらに数日前のこと、夕食中にショック症状を起こされ
たお年寄りはアドレナリンの注射で回復された。
いずれも往診だけで済んだ。

ところでお年寄り、特に超高齢の方では旺盛な食欲に任
せて食べていると急に青くなり、ぐったりされることが
時に起こる。
私の亡き母でも経験し心臓マッサージが必要だった。
食事に関係した消化器の過剰な負荷、あるいはかき込
みなどで迷走神経反射を生じ、まれに失神~心停止ま
で引き起こす。
身体の様々な負荷に対する対応閾値は年々下がる。
お年寄りの一見健康そうな食欲がアクシデントにつなが
ったことをこれまで何度も経験し、普段その事をお話し
ている。
※迷走神経反射はトイレ(排泄)で起きることもありま
す。
入り口(食事)と出口(排泄)で同じことが起こるのも
同一神経系の反応ゆえにほかなりません。

直前に問題を生じたが何とか年末まで来た。
折角のお休み、年賀状を済ませて午後鳥を観に出かけた。
今年秋は小鳥が極端に少ない、と色々な方に聞いていた。
私もそう思う。
樹下美術館の庭木や水盤も本当に淋しかった。
昨年の大雪がたたっているのかもしれない。

果たして冬は?

吉川区の水田でスズメの群に出合った。

1

 

 

2
二番穂というのだろうか、刈り取った後の小さな穂に群が
っていた。数百はいただろう、少し安心。

近くでアトリの群も見た。

 

3
30羽くらいの小さな群。アトリはよく数百以上、千羽にも
及ぶ群を作る。

 

4
暗くなる頃の頸城区のコハクチョウ。
間もなく5時になろうという時間で、ねぐら入りが迫って
いる。
こんな時間の群は急に落ち着かなくなる。
大きな群が一斉に整列するような行動を始めたのを見た事
があった。

内雁子に5時のチャイムが鳴るころ朝日池に着いた。
暗くなった空に、次々と雁が餌場の田んぼから帰ってくる。
水を払い終えた池が水位を回復し、水鳥が急に増えたので
ひと安心。

ハクガンは観なかった。
私の行動範囲は小さいので運が必要だ。

平成30年度下半期、館内のノートから。

2018年12月28日(金曜日)

館内のノートに記載されました皆様の「お声」8月~
12月の分をホームページに掲載させて頂きました。
静かなお一人さん、親子お二人、ご夫婦、お友達、
大勢ご家族で、大切な人と、団体さん、、、117筆
を記載して頂きました。

“初めて来館”   “夫婦で誘い合い” “身内を看取って”
“看板を見て“ “上越に来たので“ ”たまたま通りか
かって” “友人に誘われて“ ”職場の先輩に勧めら
れて” “うみがたりの帰りに” “妻の誕生日で” “身
内の介護の合間に” “知り合いの紹介で” “施設の
身内を訪ねて” “赤ちゃんと” “新潟の旅の最後に”
“サイクリングの途中で” “新聞のチラシを見て” “ホ
ームページを見て”、、、などなどで来館され、

“展示物にほれぼれ” “心身共にリフレッシュ” “勉
強になった” “落ち着いた” “疲れがふっとんだ” “
素敵な作品” “感動を大切にしたい” “楽しい思い出”
“素敵だった” “長生きしたくなった” “ゆっくりした”
“ほっとした” “やみつきになりそう” “エネルギーチ
ャージ” “前向きになれた” “癒やしどころ” “四季
を過ごしたい” “見慣れた風景が違って見える” “日
本の豊かな原風景” “私のパワースポット”、、、等々
とお書き頂き、多くの方が“又来たい”、“他の方を誘い
たい”、、、etcと記して頂きました。

“食事もとても美味しかった。これで、1000円は安
すぎる。東京なら2000円は取られる”と書かれた方、
誠に有り難うございました。

“十年来の念願が果たせて、超うれしい!また、来ます”
はこちらこそと嬉しく、

“上越市の発展と市の文化交流の拠点としての樹下美術
館に注目しています”、と励まされ、

“今年最後の来館と思っています。初めてドーナツを食べ
て、展示をもう一度見ました。来年もここへ来られるよ
う願っております。よいお年をお迎えください”、も有り
難く、皆様のお声すべてを来年度の励みにしたいと思っ
ています、“本当に有り難うございました”。

さらに今夏は掘川紀夫展が催され多数の入場者様に恵
れました。
ノートに多くの熱心な感想がありますので、是非ご覧下
さい。

年末寒波の初日でしたが、当地沿岸は強風のためか、さ
ほど積雪はありませんでした。

 

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本日昼、近隣の水田で食餌するコハクチョウ。

くびき野にコウコウと鳴く白鳥の幸々と見ゆ雪のふるなか

ハクガンが飛来しているということ。今のところ採餌にほ
ど良い積雪なので是非とも出合って写真を撮りたいと、願
っています。

果たしてどんな雪、どんな正月になるのでしょう。

年末寒波を前にして。

2018年12月27日(木曜日)

冬期休館の二日目、ほっとした気持ちをよそに気象予報
はいよいよやってくる年末寒波を一斉に伝えた。

 

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平地でも積雪か、とは平地はさほどでもないのか、と受
け止められるが、そうでもなさそうだ。

 

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ローカルニュースも大部分を寒波にさいている。

 

 

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明日から三日間、30日までの寒波と大雪を予想している。
現在午後9時半、ゴーゴー、ビュービューと風の音がしてい
るものの、雪にはなっていない。
実は沿岸の私の所ではまだ初雪を記録していなく、暖冬の
気配だった。
果たして冬本番、一回目の冬将軍はどのように進軍してく
るのか。

 

そんな夕食は宮城の弟から美味しい海産物が届いた。

 

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新鮮なアワビとホタテを有り難く食した。
互い無事であることがなによりのご馳走。
届け物の交換条件として直江津は三野屋の「継続だんご」
を所望してきた。
一家してそれが好物なのである。
あのだんごの幸せな感じが良いのであろう.。
お安いご用である、任せてもらいたい。

 

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これはさいたま市の縁者から届いた野菜をサラダにした。
何種類もあったが、厚みのあるバリバリとしたボリューム
感が素晴らしい。

 

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江戸切り子雪中梅を口にした。
下戸でも美味しさはよく分かる。

正月は、目星をつけた近隣の庚申塔を探訪するつもりだ
が、雪次第となり、仕方が無い。
またハクガンが朝日池に来ている、とも聞いている。
何より往診や訪問があるので、冬将軍には安全に車を出
せる程度にしてもらいたいと願っている。

本日樹下美術館は2018年度の営館を無事終了しました。

2018年12月25日(火曜日)

朝は霜が降り薄氷が張ったという寒さの日、日中陽が
射し穏やかに過ぎた。

本日は今年の最終日。
午後は大勢の方が来館され、あらためて展示を覧て頂き、
ゆっくり過ごされ、また名残を惜しんで頂いた。

 

1
午後の駐車場風景。

 

2
倉石隆「落日」。

今年は毎月の来館者数が昨年を上回り、年間約500余名
様の増となりました。
また常設展示のほか初めて春に塩﨑貞夫「桜のレクイエ
ム展」および、夏は掘川紀夫「夏庭のテンセグリティ展」
の企画を開催出来ましてのも大きな出来事でした。
あらためましてご来場の皆様および両展の関係者の皆様
に深く御礼申し上げます。

来年は3月15日(金)から開館です。
○企画展では夏(7月25~9月3日予定)に齋藤三郎、齋
藤尚明の親子展を予定しています。

○上記親子展の期間中に隣接の茶室で毎週日曜日に毎回2
回の呈茶を予定しています。

○6月2日(日)午後、須川展也(サクスフォーン)、小柳
美奈子さん(クラビノーバピアノ)によるコンサート開催を
予定しています。

○秋になりましたら蓄音機コンサートです。シャンソンを
予定しています。

以上来年の事ですが、どうかご期待ください。

“皆様に大変お世話になり、今年無事終了出来ましたこと、
感謝に堪えません。まことに有り難うございました”
“どうか良いお年をお迎え下さい”
館長のノートは続けて記載していきたいと思っています。

庚申塔その9,浦川原区の二カ所の庚申塔 陛下のお考えとは。

2018年12月24日(月曜日)

寒かったが風雨はなく比較的過ごしやすかった本日は
天皇誕生日の振り替え休日。
樹下美術館は明日で休館になるので来られた方達との
間で良いお年を、また来年、の声かけが交わされた。

この所、穏やかな休日がなかったため思うように庚申
塔探訪が出来なかったが、午後お客様にお会いした後、
以前にも行った浦川原区へ出かけた。
調べによると有島と東俣という集落に複数の石塔があ
り、それぞれに石像の庚申塔があるということで訪ね
た。
いずれも地図なし、ナビの地名検索だけで行った。
そもそも庚申塔は道路脇にあるため、それらしい場所に
着くとそう歩き回らなくとも、案外車内から見つけるこ
とが出来る。
本日の二カ所とも人に尋ねることなく行きつけた。

1
有島の石塔。
2
体格の良い六臂の青面金剛(しょめんこんごう)の庚申
塔。下段の両手で太くニョロッとしたものを掴んでいる。
ヘビを持つものもあるというが、胴に巻き付いたのを掴
んでいるのか。下方に約束通りに三猿が彫られていた。

 

3
力強い文字の二十三夜塔。弘化二年(1846年)と記さ
れている。小生の高祖父玄作28才ころの時代になる。
弘化年間の女性たちの悲喜とはどんなものだったのだろ
う。
ここの設えを記した板には昭和53年有島庚申講一同と
墨書されていた。当時まだ講が存在していたものか。

次は東俣だった。
以前庚申塔のことなど何も知らない時分、この辺りへ入
って行ったことがあった。
今ならば道路から良く見えるので気がつくが、当時は全く
眼に入っていなかった。

場所は谷あいの小高い所で、時おり陽が射した。
大変気持ちの良いところに並んでいる。

5
冬の晴れ間、陽に向かって立つ石仏、石塔、石祠。

 

6
青面金剛の本尊。猿は判然としなかった。
左手にショケラと称される小さな像を握っていた。

 

7
ショケラは半裸の女性と言われ、その髪を掴んでいる。
その呼称や像の解釈で幾つか説があるようだ。

7'
金剛に踏まれている邪鬼。悪辣というより小ずるく、幾ば
くかの愛嬌を感じさせる。

 

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列から少し離れた所に二十三夜塔。
庚申塔と二十三夜塔は兄弟姉妹のごとく共に存立してい
るのを多く見てきた。

 

9
背後は田。ほかに石祠が二つ並んでいる。
山に囲まれ、一帯に仏性、神性が漂い、大気が清らかに
感じられる。

 

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左端の像の台座に念佛と刻まれているので、いわゆる念
仏塔とよばれるものであろう。
ここに天明(1782年-1788年)四年八月吉日と記されて
いた。
この時期は近世最大の過酷な飢饉に見舞われた期間に相
当する。
8月なら雨乞い念仏だったのか、あるいは飢饉による死者
の弔いだった可能性もあろう。
よく見ると念佛と刻まれた台座は小さく、石仏と石の質
が異なっているように見える。
角形の念仏塔の上に後から石仏を載せた事も考えられる。

 

10
庚申塔の先を上がって見下ろした眺め。家の煙突から煙
が出て如何にも山村の情景。

急坂を上っていくと間もなく田が一枚あり、行き止まりに
なる。
小さな集落だが、石塔付近に屋敷跡が幾つか見られた。
石塔を目の当たりにすると、谷あいの奥まった所で営まれ
続けた生活の苦楽が伝わり、胸打たれる。

庚申塔、二十三夜塔などに目が行くようになり、年取るの
も悪くはないと実感する。

 

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本日閉館のころの樹下美術館。

一応今夜はクリスマスイブ。
鶏と小さなケーキを食べた。
写真を撮ったものの、天明の大飢饉がよぎり、掲載する気
が起こらなかった。

夕のニュースで在位最後の誕生日を迎えられた陛下のお言
葉が心に響いた。
皇后陛下への感謝を述べられる中で、わたくしの“考え”を
理解し、と仰った。

このご時世、象徴とされる方にとって敢えて“考え“と言う
言葉を口にされる事には勇気がいたであろう。
しかし、“人間”天皇は名だけではない事を明らかにされた
お言葉であり、民を思い長年行脚を続けられた陛下ならで
はのご発言だと思った。
次の天皇にもご自身のお考えとして平和の“絶対性”と行脚
が受け継がれていくことを願ってやまない。

齋藤尚明さんの来訪 来夏は親子展。

2018年12月23日(日曜日)

昨日の晴天と打って変わり、本日終日風雨に見舞わ
れた日曜日。
過日の齋藤尚明展で求めた青磁の水指の箱が出来上
がり、作者ご本人が作品を持参された。

 

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青磁面取り水指。展示場にあった時よりもさらに生き生
きとして本日現れた。

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カフェの尚明氏(二代陶齋)。先代と同じく博覧強記の
人で、話はいくら時間があっても尽きない。

来年のことになりますが、夏に先代との親子展を行うこ
とになりました。
父上は辰砂(うす赤紫)、尚明氏は白磁と青磁にして、館
内スッキリと爽やかに展示したいと思います。

またその期間中の毎日曜日(例)、当館の茶室で本日の水
指と父上の花入れなどを用いたお茶席を設けることを予定
しています。

このようなことは私たちの楽しみであり励みでもあります。

今日は冬至 夕の頸城野に花 もうすぐクリスマス。

2018年12月22日(土曜日)

冬至の本日上越市髙田では最高気温が12,9℃となり非
常に暖かな日だった。

こんな日を待っていたようにお客様には賑やかにして頂
いた。

午後遅くハクチョウを見に車を走らせたが姿をみること
が出来ず残念だった。
しかしあるお宅の庭で梅か寒桜か満開の花を目にした。

 

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暮れていく妙高山。

 

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くびき野の宵にまさかの花揺れる

美術館に戻ると、カフェでは短い日を惜しむようにお客様
たちが陽の落ちた庭を見ていらっしゃった。

 

そして本日お客様がお持ちになった彫刻家舟越保武さんの
デッサンを見せて頂いた。

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デッサン「St Secilia:聖セシリア」

 

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明かりが上手くなかったので、頭部を拡大してみました。
聖セシリアは2世紀頃に殉職したとされる聖人。音楽と盲
人の守護聖人とされる。
もうすぐクリスマス、良い絵を見せて頂きました。来年に
は舟越保武・桂さん親子の作品集を図書に置く予定です。

 

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閉館まじかの樹下美術館。ほっとしているこの時間の
眺めを気に入っています。
12月25日が今年の最終日、間もなく冬期休館です。

トミー・ドーシー楽団の「SONG OFof INDIA」はリムスキー・コルサコフの作曲だった。

2018年12月21日(金曜日)

昨夕、今年最後のSPレコードとてS氏が盤を持参されて
聴いた。
フルニエのチェロでフォーレのエレジーほか数多く掛か
った。
冬至が迫る午後やや遅い庭は、麗しい音楽とともに暮れ
た。

そのレコードで面白かったのはグレゴリオ・ピアティゴル
スキーのチェロによるリムスキー・コルサコフの「SONG
OF INDIA インドの歌」だった。
スイングジャズの名バンド、トミー・ドーシー楽団に同名
の演奏があり、関係あるのだろうか、と思って聞いた。
すると、ドーシーが「SONG OF INDIA」として残したも
のと同じ主旋律が流れた。
私は同曲はドーシーのオリジナルだとばかり思っていたの
で、コルサコフが作ってものであり、タイトルも同じだっ
たことにいささか驚いた。

YouTubeに昨日実際に掛けられたピアティゴルスキーの
「SONG OF INDIA インドの歌」があったので掲載してみ
ました。


1940年代の録音。端整なピアノとともにとても上品な演
奏。演奏者はヴァイオリンのハイフェッツ、ピアノのルー
ビンシュタインとともに100万ドルトリオと呼ばれたとい
う。

 

つづけて、


ドーシー楽団の1938年の録音。弱音器をつけたドーシー
自身のトロンボーンが軽快なサックスのシンコペーション
に乗って演奏される。

さて、
・ストレンジャー・イン・パラダイス→ボロディン作曲「
ダッタン人の踊り」(歌劇「イーゴリ公」より)。
・ラヴァーズ・コンチェルト→バッハ「メヌエットト長調」
・情熱の花→ベートーベン「エリーゼのために」
ほか、クラシックからメロディを取ったジャズ、ポピュラー
の曲は沢山ある。
おしなべて異なるタイトルになっている中で、同名のまま
演奏された曲はほとんど聞いた事がないので、昨日のSPレ
コードに驚いた次第でした。

荒天はご馳走なのか お年寄りの塗り絵 郡上八幡の葉なんばん。

2018年12月19日(水曜日)

ビュウビュウと吹き、ザアザアと降り、ゴロゴロと鳴った
日。
てんこ盛りの悪天候はもはやご馳走と呼んだ方が良いかも
しれない。

 

181220荒天の道
在宅訪問を終えてほっとした帰り道。
あるお宅では、夜間に賑やかな認知症の方の部屋を替えた
ら、声が響かず皆でよく眠れるようになったという。
新たな部屋とは家で最も良い部屋だったようだ。

あるお年寄りは最近塗り絵に熱心で、見せて頂いた。
お孫さんから色数の多い色鉛筆を買ってもらい、余計身が
入っている。

1

2
普段の手の震えが見られず、色使いも抜群だった。
とても可愛い方で、若き日を思い浮かべて描いていらっ
しゃるのだろう。
縞の着物の配色、襦袢、帯、帯あげ、帯留めなど細部の
描き分け。
あるいはドレスのピンクの部分の赤いフチ取り、顔の周
囲のこまやかでファンタジックな色処理etc、、、素晴ら
しいと思った。

 

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本日水曜日は美術館の休館日。週一回、家で昼食を食べる
日だが暖かい素麺が出た。
右下の菜は過日訪ねた旧友が送ってくれた郡上八幡の「
なんばん
」。
おふくろの味とあったとおり、使うと何でも美味しくなる。

国内には行きたい所が沢山あり、郡上八幡もその一つ。
お昼はささやかな味覚の旅でもあった。

冬の実 ヤブコウジと大きなギンナン。

2018年12月17日(月曜日)

美術館の庭に数カ所ヤブコウジが植わっている所がある。
冬を迎えて実がますます赤くなった。

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背丈15~20㎝ほどのヤブコウジは小さいが草ではなく木。
今年は沢山実をつけているので、世が世なら豊作という事
になる。
赤い実を鳥が食べそうだが、まず目にしたことがないので
美味しくないのだろう。
それはともかく真っ赤な実は、堅い葉の下で厳しい冬を迎え
る。
寒々した庭でヤブコウジの所だけ暖かそうになっている。

以前ヤブコウジを描いたことがある。

1’
「ヤブコウジ」B5サイズ(2001年)。葉でとても苦
労した。

本日お世話になっている方からギンナンを頂いた。
LLLと表記されるようにとても大きな実だ。
ノギスを当てると26×22㎜、厚さ16㎜あった。

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塩をまぶして炒ったものが夕食に出た。

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香りが濃くモチッとした食感で非常に美味しい。

 

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ギンナンのラベルに為貝さんの名。ギンナンを栽培された
当初から知っている方。よく今日まで頑張って続けられ、
美味しく育てられたこと深く敬意を表したい。

朝の柿崎海岸 間もなく今年の閉館

2018年12月16日(日曜日)

昨夜の予報が晴れを告げていたので日曜日の今朝、8時
半ころから柿崎海岸を歩いた。

空はきれいに晴れ、海は寒かったが既に大勢の釣り人た
ちで賑やかだった。

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遠くの糸魚川市の山々が真っ白に染まっている。

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次々と竿がしなりサゴシが良く釣れていた。

2
70センチにもなるスズキも。

女性のアングラーも混じる海岸は穏やかで、まるで春の海
のようだった。

昨年の今ごろは何度か本格的な雪に見舞われたが、今冬は
まだ初雪もみてないのではないか。
逆にこんなだと返って先が心配になる。

今年の美術館はいつまでですか、と聞かれることが多くな
った。
大変申し分けありませんが、12月25日までの営業で、来期
は3月15日からの開館になります。
残り少なくなりましたが、どうかお暇を見てお運び下さい。

上越文化会館で慈悲と祝福の聲明(しょうみょう)を聴く。

2018年12月15日(土曜日)

今日午後、上越市文化会館で「聲明:しょうみょう」
聴いた。
副題は「螺旋曼荼羅海会(らせんまんだらかいえ」と付
されていた。
胎蔵界、金剛界、、、もう大方忘れたが、昭和59年11
月、父の葬儀で柿崎区上下浜は最勝寺さんのご住職から
曼荼羅について何度も聞かされた。
また葬儀と勤行で読経の合間などに聲明が歌われた。
ご住職は大変に声が良く、恥ずかしながら読経に飽きを
覚えるころの聲明はほれぼれするほど美しかった。

その後あまり聴く機会が無かったところ、本日の催しと
出合った。

 

1
すっきりした舞台に袈裟衣の美しかったこと。

僧たちの磨き抜かれた声は朗々凜々と、時に唸り時にね
じれるように場内に響きわたる。
28人の僧は一列になって厳かに移動するかと思えば、二
つあるいは四手に分かれ、会場の前後や両側に並んで歌
った。
独唱に続く斉唱あるいはグループごとの応答など、歌声
は優しく強く変化し、四方から私たちを捕らえて放さな
い。
突然最上階の奥から聞こえた時は天からの声と紛う有り
難みを覚えた。
目をつむって聴くと、声は果てしなく遠く広い所から波あ
るいはこまやかな振動となって届いているように感じられ
た。
曼荼羅なのか。
絡み合い重ね合わされる歌声に包まれながら、もしかした
ら小さくわずかな自分は、ここで尽きない世界から祝福さ
れているのかとふと感じ、涙が出た。

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パンフレットから、作曲をされた桑原ゆうさんとサイン。

構成演出:田村博巳
出演:
迦陵頻迦聲明研究会〈真言宗〉
七聲会〈天台宗〉

途中の歌で散華(さんげ)がまかれた。
散華のはなびらは仏の慈悲の現れだという。
父の時に撒かれたものをしばらく取っておいたが、今ど
こにあるのだろう。
太鼓が鳴らされた歌もあった。
悠久の時と天空の起伏をなぞるようだった。

特養しおさいの里と関連施設の忘年会 浅草「葱善」のお蕎麦セット。

2018年12月14日(金曜日)

本日、大潟区犀潟の特養しおさいの里とその関連施
設の忘年会があった。

週1で回診に伺っている当施設は20年を迎えている。
変容を続ける社会と家庭構造、そして福祉医療制度
の中で職員たちは明確なモチベーションを維持し、チ
ームワーク良く懸命に働いている。

今夕の忘年会はスタッフたちの誠に楽しいアトラクシ
ョンが続き、皆どうしてこんなに元気なの、と驚きを
禁じ得なかった。
彼らの明るさは多分一朝一夕のものではない。、
開設以来20年の懸命な努力と、その結果である自信の
表れではないかと思った。
上越市内の特養の中で、最も離職率が低いのもそのこ
とを物語っている。
皆様1年間、本当にお疲れ様でした。

さて過日当館を訪れた旧友が東京からお蕎麦のセット
を届けてくれた。
浅草「葱善」に縁者がいるので、と言って見目麗しい
千住葱、大和芋、辛味大根、生ワサビ、ユズそして浅草
十和田の特選蕎麦が整然と梱包されてきた。

 

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この一式でお蕎麦を食べる。

 

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どうしても食べたくなり、夜食に仕度してもらった。

江戸風味と言えば良いのか、しっかり味のタレまで付いて
いて幸せな夜食だった。

ケヤキを切った。 

2018年12月13日(木曜日)

日中は気持ち良い晴れに恵まれた本日、何十年の
懸案だった診療所のケヤキを切った。

その昔、幹は現在の三分の一ほどで、子供心に若
い木だと思っていた。
友達と遊ぶ時には決まってここに集った。
また新潟地震では近所の皆さんが出て来て、木の
回りに身を寄せたという。

後年診療所を移した時から、周囲は駐車場となり、
一帯に緑陰を作り景観を和らげた。

しかし毎年秋になると盛大に枯葉を散らし、葉は前
の道路を伝い遠くまで町内を移動、至る所に吹き溜
った。
以前は、菊作りの肥料に良いからと集めて帰る人が
いたけれど、今はそれもない。
通りの木はこの一本なので、落ち葉の季節に各お
宅の前を掃く町内の人を見るにつけ、申しわけない
と思い続けた。
あるいはそれほど広くない駐車場にあって冬期の除
雪に支障をきたした。

いつか切らなければならない、、、長年悩ましい課
題だったが今夏業者さんに頼むと、本日ついに切ら
れた。

 

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見上げるほど大きなクレーン車と三人の人が来て手際よ
く安全に作業は終わった。

御神酒を注いで始まったが、そんなことでは済まないだ
ろう。
木には何とお詫びをして良いやら、本当に申し分けない
と思っている。

来年は古い女になるからイヤ そして憲法。

2018年12月12日(水曜日)

過日のインフルエンザワクチン接種で来られた女性は
平成元年生まれの方だった。

知っている人で、新しい元号の話になった。
すると、「ああ、やだなー」と言う。
聞いてみると、
「平成は自分の時代で、まだ若いと思ってるのに、そ
れが終わったとたん、古い女になっちゃう」
と仰った。
なるほど、今度は私の番である。
「それなら昭和二桁の私なんかどんなになるんだろう
」と言うと、「アハハハ」と笑われた。

仮に昭和48年、彼女と同じ30才に戻って自分の生誕年
を振り返れば、太平洋戦争を始めて間もない頃となり、
劇的に相違する。
一方彼女の生誕年、平成元年を見るとゲームボーイが
発売され、NHKの衛星第一、第二衛星放送が始まり、
セルシオの販売開始が見られる。
すでにパソコンの時代となり、工場にはロボットが唸り、
眺めは今とそう変わりない。

ちなみに自分が小学校5年生の頃、回りに居た70半ば
のお年寄りの誕生はおよそ鹿鳴館時代(1883年~)に
相当し、ルノアールが精力的に制作していた。

 

1
慌てて作った鹿鳴館は4年で無くなった(1883~1887年
明治16~20年)。

 

2 (2)
1883年、ルノアール。ダンス三部作から「田舎のダン
ス」。魂の入った芸術は今も色褪せない。

先の彼女が来年の今ごろ再び来られても、ちっとも古
くなく元気のままだろう。

ところで私の30年に残酷な大戦の天地攪乱があった。
当時の人生はいまよりずっと短い。
国際競争の中で人間はあせり、みな短気になっていた
のかもしれない。
何百万人の命が失われたこの国で戦後に憲法が変わっ
のは自然なことだった。

比べれば前述の女性の30年は穏便で、最大の攪乱は
は東北大震災だった。一方国際間では、苦手とした賢
く根気のいる外交の堅持こそ求められたが、言われる
憲法の変更まで要する案件など本当にあったのだろう
か。

憲法の理念はなにがしかの私の価値観と良心の鏡とし
て子供時代から心に染み込み、もう一人の親のような
ものになっている。
だからそれに触れられそうになるとぞっとする。
人生は80年、90年と伸び、人の先は長くなった。
今憑かれたように憲法に手を掛け、折角の安寧を揺さ
ぶろうとするのは、一体何のためなのだろう。

上越地方の雪 5人と1葉のお客様。

2018年12月10日(月曜日)

昨日景虎のオペラへは新井柿崎線で行き、帰りは道の駅
→8号線バイパスを走った。

ホール到着時の雪はさほどではなかったが、北陸新幹線
が停電し、一部関係者の到着が遅れたため30分開演が遅
延した。
少々心配したが、何ら支障を来すことなく舞台が進行し
て良かった。

しかし終了した17時ころの帰路はしんしんと降り、大雪
の様相となった。
女性を二人乗せた車のタイヤが新雪でギュッギュッと鳴る。
いつもすんなり出れないバイパスだったが、同乗者の助言
で簡単に入る事が出来てほっとした。

明日日中は晴れの予報。
上越一帯に降った新雪は一旦消えるのでは、と思われ
る。

ところで冷たい雨風の本日、樹下美術館の来館者さんは5
名で静かだった。

 

1
美術館で昼食のホットサンドと熱いミルクを飲んで車に戻
ると、車窓に明るい黄色のモミジが一葉貼り付いて中を覗
いていた。

結局この方を入れて本日お客様は6人ということになった。
現在樹下美術館一帯に積雪はみられていません。

妙高市のオペラ景虎。

2018年12月9日(日曜日)

本日妙高市文化ホールで午後2:30開演のオペ
ラ景虎を観てきた。
戦国時代の人質、養子同士の跡目争い、逃避行、
自害、、、上杉三郎景虎の短い人生は悲劇的だ。

 

181209妙高オペラ景虎

2009年、大河ドラマ天地人ではすっかり景虎に
思い入れてしまい、景虎最後の放送日の昼間、自
害の鮫ケ尾城へ行った。
山城の鮫ケ尾城跡本丸辺りは、谷を背にかなり急
峻で、ここに追い詰められたら後が無い、という
地形だった。

本日のオペラも景虎の人生の悲しみと幸福が、時
に残酷に、時に美しく歌われ演じられた。
座席は二階のかなり奥だったが、男性ソリストは
広い場内をそのまま歌声に変えるほど迫力があり、
女性が訴えた悲しみと気概に心打たれた。

狂言回しというのか遠山家光の設定も良く、複雑
な歴史物語を上手く繋ぎ、かつ今日へと橋渡した。

動きの多い芝居の中で最も印象的だったのは、白
装束の子ども達が群舞する場面だった。
幼い三郎が白帆の舟のオモチャを掲げて幸せそう
に舞台を駆け回る。
その三郎に大勢の子どもたちが白波のごとく動い
て続いた。
この劇には“海に消えし夢”のサブタイトルがある。
誠に個人的な解釈だが、
越後の厳しい冬の海から故郷小田原の陽光の海
へ。
憧れるように逃避を試みる景虎の運命と対比され
る象徴的で秀逸な場面ではないかと思い、こみ上
げるものがあった。

今夜、だれよりも天の景虎と華姫、そして道満丸
が幸福だったに違いない。

プロと一緒、地元70余人の合唱団の皆様の熱演も
素晴らしかった。
厳しかったであろう練習の成果が見事に実ってい
ました。
台本、作曲、演出、監督、美術、照明、衣装・メイ
ク、合唱指導、景虎メモリアルオーケストラ、役者
さん。
皆様ご立派でした。
満員の千余席から沢山のブラボー、本当にお目出度
うございます。

大潟海岸に霧 忘年会。

2018年12月8日(土曜日)

上越市髙田で最低気温0,5℃となり、今冬一番の冷え。
ミゾレが降っては止みを繰り返し、季節風も吹いた。

午後の大潟海岸で海面から霧が立ち上り、消長し、移動
するのを見た。

 

1

 

2
大きく揺らめく霧。

 

3
短時間虹がかかった。

夕刻は美術館と診療所合同の忘年会。
スタッフのほか、いつもお世話になっている方を招き、合
同といっても13人の会。

もう年なのでカラオケは無しにと挨拶したが、誰かが口火
を切るとやはりいつものようになった。

 

5
今どきかなり時代錯誤ですが、、。

和気あいあいが私たちの良いところなのか、、、。

庚申塔その9を書く予定でしたが、後にさせて下さい。

庚申塔その8、庚申待ち(庚申さまetc)の前編。

2018年12月7日(金曜日)

今秋になって火頭窓と二十三夜塔および庚申塔につい
てしばしば書くようになり、カテゴリーも新設した。
わけても二十三夜塔と庚申塔に出合う事は、昔の人々
の純朴な生活感に触れることであり、かっての時代へ
の旅情も去来して心はずんだ。

これまで二十三夜の月待ちについては以前にわずか言
したことがあった。一方庚申塔は写真を載せるばか
りで、行事内容について殆ど書いていなかった。

本日にわか調べを禁じ得ませんが、庚申塔にまつわる
ことがらを少々書かせていただきました。

庚申とは
旧歴は月の満ち欠けを12ヶ月の暦に応用している。
さらに各日は、中国古来の陰陽五行説などに則り「甲
乙丙丁、、庚、、」の10干(かん)と「子丑虎巳、、
申、、」の十二支の組み合わせで表されている(十干
十二支:じゅっかんじゅうにし、あるいは干支:えと
、と言われる)。
干は10日に1度、支は12日に1度巡るため、例えば庚申
(かのえさる)の日は10と12の最小公倍数である60日
に一度巡ってくる。
※年も十干十二支で表し、各組み合わせは60年に一
度巡る(例:還暦は誕生年が60年を経て巡る年)。

庚申の日と三尸(さんし)。
そもそも人間の体内には災いや病を司る尸(し)と呼ば
れる三匹の虫が住みついているとされた。
この考えは中国の道教から始まり、古くから日本に伝え
られた。
尸は頭、胴、下肢にそれぞれ一匹ずつ住み、絶えずその
人を監視し、災禍をもたらす元凶とされた。
尸は60日ごとに巡ってくる庚申の日の夜中、人が眠って
いる間に体を抜け出して天に昇り、天帝にその人が犯し
た悪事の告げ口をするという。
それを聞いた天帝はその内容によって寿命を短くしたり、
死後の行先も決めるといわれた。
※現在、“虫の知らせ”、“腹の虫が治まらない”、“虫がい
い”、“虫の居所が悪い”、“虫が好かない”などと用いられ
ているのは、古来の三尸の名残でしょうか。

庚申待ちの行事へ
かく庚申の夜の三尸の行動は忌み嫌うべきものであり、
それを回避するための行事が生まれた。
つまり庚申の夜、尸が天に行かないよう、大勢が集い眠
らずに夜を過ごすことが始まった。
集まる仲間・組織を講、その行事を庚申待ち、あるいは
庚申さま、講を組んでいる人々を講中と呼んだ。
庚申の夜の行事は平安時代の貴族や僧侶のあいだで詠歌
、酒宴の楽しみごととして始まり、江戸時代中・後期に
は農山村を中心に庶民のあいだに急拡大したようだ。

本日はここまでで終わり、後日庚申待ちの具体的内容、さ
らに庚申塔について書いてみたいと思います。

以下は参考にしている資料です。

IMG_6820
板倉区の上石孟さんから頂いた資料(右三冊)と上越「医
師会報」(昭和59年5月号)
右から上石孟編「庚申塔」(平成28年6月編)、「平塚神
社分霊碑」(平成26年編)、「福王寺石仏往来」(平成26
年再編)。

2冊の書籍
書籍。右「頸城新風土記」(石田耕吾著 図書刊行会 昭和5
7年12月15日発行。左「越後の庚申信仰」(尾身榮一、大
竹信雄共著 庚申懇話會 昭和41年10月28日発行)。

横山玄太郎さんのお茶碗。

2018年12月5日(水曜日)

今年春から購読している月刊美術の6月号は「用の美」
×超・工芸だった。

掲載された横山玄太郎さんの抹茶茶碗《TEA碗BOWL》
が魅力的だった。数ヶ月経ったが迷った末先月上旬に
注文してみた。
月刊美術は読者と作者をつなげてくれる。
かなり締め切りを過ぎていたものの運良く品があり、昨
日無事届いた。

 

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キリッとかしこまった黒い箱。

 

IMG_6430
紙蓋を取ると、何と英語で「TEA FOR YOU」と
きれいなブルーで書かれている。

 

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取り出した茶碗。変化させた7角形にモノトーンのストラ
イプが絶妙の方向と並びであしらわれている。

 

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高台の署名が横文字。

 

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蓋の裏に白でgentaroのサイン。誠にお洒落で、早く一服
飲んでみたい。

 

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京都は和久傳のお菓子「西湖」をお伴に茶を服した。
風味良く誠に滑らかなお茶を味わえた。

作者は“日常を楽しみながら必死で制作”、と仰っている。
作品は自由に見えるが緻密なデザインと綿密な作業が窺わ
れる。
茶碗の正面を低くくして、その向こうに茶が良く見えるよ
うにあしらわれている。
ストライプはどうやって線を引いたのだろう。
お茶碗の形と文様は従来の概念を見事に離れ、斬新でシン
プル、箱の様子や署名も楽しさあふれていた。

茶を服することは作者の人柄を服すことでもあり、玄太郎
さんの器の茶はことのほか美味しかった。

ちなみにこれだけ優れた出来映えで価格は4,2000円。
この世界では大変リーズナブルであり、ファンを大切にさ
れる姿勢が伝わって嬉しい。

来年のいつかこのお茶碗で皆様にお茶を点てて差し上げた
い。

暖かかった日の冬の色。

2018年12月4日(火曜日)

本日暖かく、上越市大潟区で23,5℃は同所の記録的な
暖かさ(暑さ?)となった。
微風ながら南風が吹き、日中セーターでいると汗ばんだ。

これが12月?これが冬?この先は?
夏以後、誠に奇妙な気象が続いたのでどうなるのか、や
はり心配になる。

IMG_6357
先日迷走した山(尾神岳の山裾)は雪が見られなくなって
いる。

 

クリスマスが近づき樹下美術館もそれらしくなった。

 

2
友人から毎年届けらるたリース。

 

3
陶芸室のテーブルにクリスタルガラスの熊さんと可愛いツ
リー。

そして本日は8人の女性が拙宅に集まり、リースを作った。
昨年まで当館を手伝って下さったた女性が講師をされた。

 

4
とても良く出来ている(妻のケータイから)。

 

5
カフェの山本信さん制作の少女像と庭の落ち葉。
微風の日の落葉はうまく散らばり、見頃となっていた。

本日横山玄太郎さんの抹茶茶碗が届いた。
モダンでとても良いので、明日掲載させてください。

楽しかった週末。

2018年12月2日(日曜日)

それなりに仕事をし、それなりに生きている人生。
そんな日頃にあって今週末を楽しませてもらった。
昨日土曜日は懐かしい先輩旧友5人と偶々新潟に集ま
った。

むかし話、亡き人のこと、越後の食と酒、1960年代の
ジャズとウッドベース、抱えた身体のこと等々話した。
まれなこととて柳都の芸妓さんにも来てもらった。

 

1
若く感じよいこの人は姐さまの三味線で新潟小唄、十日町
小唄、そして髙田の四季まで舞ってくれた。
急な幹事をして頂いたIさんには大変お世話になりました。

そして本日昼、昨日の遠くの先輩旧友が樹下美術館まで来
てくれた。
しかも、来年また来るという、何という友情.。
展示や庭を観てもらい、カフェで食事の後、北陸新幹線は
我が「上越妙高」駅まで送って別れた。

夕刻はSPレコードを聴く会だった。

 

3

 

 

4
私は伊藤久男とダイナショアの歌、それにグレンミラーを
掛け、S氏がリパッティとバックハウスのピアノ、カザル
スの「鳥」などを掛けた。

 

5
最後は氏持参、ビングクロスビーのホワイトクリスマスの
正味一時間、皆様と楽しく過ごした、
鬼が笑うけれど、来年のSPレコードの会はシャンソンでい
きましょう、という事になった(あくまで予定です)。

“K先生、お誕生日おめでとうございます”
“スタッフの皆様、有り難うございました”

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