2019年5月

懐かしくも気楽な曲。

2019年5月23日(木曜日)

洋楽の歌では「foolish」という言葉によく出合います。
「愚かな」「馬鹿げた」「取るに足らない」などの意味があるようです。
前置きはともかく私が好きな「Foolish」が付く曲を二つあげてみました。

いずれも古い曲で数多くの人が演奏しています。
※My Foolish Heart→1940年代発表。 These Foolish Things→1930年代発表。
スローで無理が無く、水のようにすーっと心に届く曲ではないでしょうか。


「My Foolish Heart」。ベニー・グッドマン楽団で歌ったこともあるエニー・エルスの歌。
この人は力まず、アドリブもこぶし回しも控えられ、素直に歌います。

 


「These Foolish Things」。
これも戦前の曲で、去った人にまつわるちょっとしたことごとが一つ一つ歌われます。
現在最も人気がある歌手の一人マイケル・ブーブレが大変丁寧に歌っています。

 


これも「These Foolish Things」。
ピアノバーの設定でしょうか、楽譜どおりヴァース部分(導入歌)から歌われます。
ロックの大御所、イギリス人のブライアン・フェリーが快調なリズムに乗って?めそめそと歌います。
楽器が増え、最後のコーラスが入る辺りでは、失恋なのに何故か祝福されているように感じました。
一度聴くとまた聴きたくなるアーティスティックな編曲・演出と独特の歌唱はさすがです。

 


これも「These Foolish Things」。
カクテルあるいはラウンジピアノ打って付けの名手ビージー・アデールのピアノ・ウイズ・トリングスです。
彼女もヴァースから丁寧に弾き始めています。コーラスに入って5小節目からベースとブラシドラムスのリズムが加わり、9小節からストリングスを交える洒落た構成です。
オーナーの好みでしょうか、彼女の曲は大潟区のレストラン「サブリーユ」のBGで聴いたことがありました。

終了時、そのままもう一度ご覧になる場合、左下の丸矢印(もう一回見る)をクリックして下さい。

昨日の熱風のあと雨に恵まれた庭 保育園の健診。

2019年5月21日(火曜日)

一昨日、昨日と強い風が吹き、特に昨日は南気で庭の草木は散々だった。
その後昨夜から風が収まるとしっかり雨も降ったため、植物たちには点滴を受けたように一息ついている風だった。
しかし何かしら影響を受けているのも事実。この先風については6月半ばまで穏やかであり、自身旺盛に成長する期間でもあり、ゆっくり修正、回復するのではないだろうか。

 

昨日のカシワバアジサイ(上)と本日の様子(下)。

 

昨日の柿の苗(上)と本日の苗(下)
葉に少々の疲労が見える。

 

昨日の松の芽はほぼ横になり、北に向かってS字状に波打つ形に煽られていた。

本日の芽はS字からかぎ状(ステッキの柄のよう)になり、かつ立ち上がろうとしていた。
本来真っ直ぐ上に伸びていたのがこんなになった。この先どんな風になるのだろう。

 

全ての茎がうつぶせになっていた昨日のクリスマスローズ。

4本立ち上がり、4本の茎が折れていた。

 

午後から保育園の健診に行った。水鳥のヒナのような0~1才児、マイペースな3~4才児。それが年長さんになると、多くが私に対して自然なアイコンタクトを取るようになる。あまつさえ「○○です、宜しくお願いします」と言い、「有り難うございました」とも言う。
いつもながら障がいのあるお子さんに対して、みな優しい接し方をするのも安心だった。
3,40年前に比べ、保育士さんの数が格段に多いのには目を見張らされる。

有り難くない熱風の日。

2019年5月20日(月曜日)

昨日に続いて強風に見舞われた日。しかも南よりの熱風という悪い風。春を歌っていた樹木と草花を好きなようにいたぶり続けた。
明日は雨ということだが、ぐったりするものもありスタッフと撒水した。

 

花芽が伸び始めたカシワバアジサイが翻弄されている。

 

三年目の柿の苗がしなる。

 

あおられてくにゃくにゃになった松の芽は元にもどるだろうか。

 

南側でまともに風を受けていたアカシデ。

 

ミヤコワスレは強い花。しなったり起き上がったりして歌っていた。

 

へたり込んでしまったクリスマスローズ。
十分に水やりをしたので、明日起き上がってくれれば。

そんな熱風の昼、巣立ったばかりの雀のヒナが手が届くほど近い枝で鳴いていた。

 

 

毛繕いをするなど余裕が見られたが、気をもんだ親がやって来て遠くの枝へと誘導した。


追加です:少々分かりにくいのですが、親がやってきてひな鳥を飛び立たせた場面です。餌を与える振りをして誘導するのを見た事がありますが、このたびは面倒なやり取りをせず、「飛びなさい!」と一喝したように見えました(主観です、、、)。

 

暗くなって少し落ち着き始めたものの、一日中本当に悪い風だった。

素晴らしい妙高山を眼前にゴルフをした。

2019年5月19日(日曜日)

よく晴れた本日日曜日、妙高カントリークラブであるご夫婦と一緒にゴルフをした。
大きな木が揺れグリーンのピンがしなるほど風は吹いたが、高原の陽光清々しく眼前の妙高山は圧倒的な彫刻のようであり、ことのほか素晴らしかった。

 

 

何度も通った当コース。年のせいもあるのか、残雪の妙高にこれほど心奪われたのは初めてだった。
パートナーご夫婦の人柄がまた素晴らしく、和気あいあいと18ホールを堪能させていただいた。

過剰なシロバナ紫蘭を処理し、成長が止まったクリスマスローズを移植してみた。

2019年5月18日(土曜日)

草花には放置したままで育ち、あまつさえどんどん増えていくものがある一方、手を掛けないと消えてしまうものもある。
当館の庭の白花紫蘭は前者の典型で、ほかに株分をすると放っておいてもそこで増え続ける。
一方クリスマスローズは肥料をやったくらいでは大きくならないばかりか、小さくなって消えてしまうことも珍しくない。
原因として庭植えした場所の土が硬くなったり根が苦しくなってしまうせいではないか、と考えている。

 

ふかふかの土は生き生きと花を維持するのに欠かせない条件だが、庭では風雨の作用や、周囲の樹木の根のはびこりなどにより土は次第に固くなる。
今夕、一時間半をかけて増えすぎている場所のシロバナ紫蘭を抜き出して、成長の悪いクリスマスローズをそこに移植した。

 

単球のものから、イモなどのように塊になっているものまで、びっしりと土を占有していた紫蘭の根。
一部を空きの多い西の庭に移した。

根を掘り出した一角。

 

元の土をかなり取り出し、若干の肥料を加え、ホムセンターから購入したクリスマスローズ-の用土と混ぜて床を作った。

 

あちこちの固い土の中で成長が止まっている6株を掘り出した。

 

古い土や根を処理して、新たな床に植えた。
夕刻5時から一時間半、足と言わず腰と言わずあちらこちらがギシギシ痛んだ。
密植ぎみだが、当初はすくすく育つような気がするので、元気になるまでここで様子を見ることにした。

クリスマスローズは毎年花の少ない三月、美術館が開館する時期によく咲き揃うので、当館には無くてはならないと思っている。しかし難しい面があり、今もって満足に咲かせているとは言い難い。
花のふる里は、石灰岩地帯の雑木林と聞いたことがある。出来ればそのような場所をイメージして、育ててやりたいと色々行っている次第。

上越市立小林古径記念美術館から二回目の貸し出し作品を展示致しました。

2019年5月17日(金曜日)

今年の樹下美術館は上越市立小林古径記念美術館から倉石隆の大型の油絵作品をお借りして展示をしています。
開館の3月15日から6ヶ月に亘りる二ヶ月おき、計8点の展示は大変光栄であり、また緊張を禁じ得ません。

このたび初回の三点、「粉雪が舞う」「月の光」「人間の風景」の展示を無事終えてお返しし、昨日「地平」「吉井忠氏の像」の二点を搬入、本日から二ヶ月間、展示いたします。倉石隆作品については、他に樹下美術館収蔵の6点の小型の挿絵原画作品の展示を行っています。
二点とも大作で、「地平」は193,9×130,3㎝、「吉井忠氏の像」は193,8×161,7㎝です。
ピクチャーレールのある壁面の上下左右いっぱいを使って無事に架かりました。

樹下美術館ではこのような大作を並べて架けたことが無く、小さなホール正面を占める力作の迫力に圧倒されます。

 

大きさを見るためお客様に立って頂き、撮影しました。
左「地平」(1980年 第16回主体展および1981年幻想の絵画展に出品)
右「吉井忠氏の像」(1984年第20回主体展に出品)

一見して対照的かつ作風の異なる二点を見てみます。

 

向かって左のモノトーンは「地平」

以下細部をご覧ください。

 

中央に男が描かれています。知性や豊かさとは遠く、貧弱でずるく、罪深そうに見えます。

そのまわりに、エゴや後ろめたさ、あるいは狡猾さや残忍さ、さらに悲しみなどを帯びた人の姿が暗闇に紛れるように描かれています。

 

 

 

 

自己の旗を立てようとする女性が小さく小さく描かれています。

 

 

指をくわえた乳児は犠牲のシンボルでしょうか。

 

その子を生んだ女性かもしれません。

それにしてもあまりの暗調に気が重くなるような作品です。しかし私は決して嫌いではありません。人間の暗く貧しい負の部分を徹底して描く。あるいは描き切った作品は、告発ないしは一種懺悔ではないのかと思うのです。
カタルシス、、、。内部に溜めたネガティブな要素や経験を徹底して吐き出して試みる精神の浄化、、、。
自分たちのおどろおどろしさに没入し、問い詰めようとする当作品は作者の骨頂の一つでしょう。画家の痛々しいまでの真摯さは、十分な魅力であり、さらに力をも感じさせます。

 

次ぎに「吉井忠氏の像」です。

前者の暗調と異なり、朱を含む温かな茶系モノトーンで描かれた「吉井忠氏の像」
展覧会カタログで見た事がありましたが、こんなに大きな絵とは思いませんでした。

吉井忠氏は福島県出身の画家。倉石隆より7つ年上の人。倉石の太平洋美術学校の前身校および主体美術協会の創始会員の先輩として敬愛していた画家と聞いています。
民に徹し「土民派」を自認し、美術評論、児童書においても活躍された芸術家です。

若干細部を見てみました。

 

深く静かで頑丈な表情が非常に丁寧に描かれています。

 

手にしている二つのものは布と革鞄でしょうか、とても良い色と質感です。
手を描くのが苦手だったという倉石隆ですが、自然で感じ良く描かれています。
描いてはゴシゴシとぬぐい、ぬぐっては描くを繰り返す画面は薄塗りにもかかわらず、
しっくりした深みを漂わせます。

 

二カ所に人物が添えられています。吉井氏とどんな関係なのでしょう。

下方の牛頭骨はピカソが描いた戦争の蹂躙に対する抗議のシンボルにみえますが。

風あいが異なる倉石氏の二つの大作。本当に描きたいものは何なのか、何を訴え表現すべきか。
苦悩と満足のはざまで生み出された昭和時代を中心に活躍した芸術家の足跡を、ご自由に味わって頂ければ有り難いのです。

夏に向かって白い花が咲いている ほくほく線の夕暮れ電車。

2019年5月13日(月曜日)

はや5月は半ばとなり、初々しかった新緑の木々は緑を深めている。
すでにクリスマスローズやイチリンソウ、ホウチャクソウにミツバツツジなどは終わり、今ライラックやヒメウツギ、そしてスズランの白い花が盛りになっている。
ほかにピンクのタニウツギとアスチルベ、青いミヤコワスレも元気に花をつけている。

今年の春の良い所は、日中少々の暑さはあるものの、朝晩に涼しさ(あるいは肌寒さ)が感じられ、清々しい日が続いていることであろう。

 

美術館の正面向かって左側に白花のライラックが咲いている。

 

今年のヒメウツギは一つ一つの花が例年より大きく感じる。
これが終わるとすぐ隣の白いウノハナが咲き始める。

 

庭の南側でスズランが一斉に咲き始めた。

 

今年も数輪、ピンクの花が混じった。

随分日が長くなっている。夕食後近隣のほくほく線を撮りに行った。

 

水が張られ田植えを待っている田んぼに、明かりを写してほくほく線の電車が上って行った。
電車は右方向に向かっています。

 

春の妙高山 母の日の孫の問い。

2019年5月12日(日曜日)

本日松が峰のゴルフ場でコンペがあり参加した。
朝方、同地から見る残雪の妙高山は素晴らしかった。成績の方は51-49で、私にすれば良い方だと満足だった。

 

午前8時頃、ゴルフ場の手前で見た妙高山。

夕刻は母の日とあって、近隣の孫一家と食事した。

色々話をしたが、心に残ったのは、今冬おばあちゃんを亡くした孫のことだった。小学生の彼は葬儀に際してとても悲しみ、今でも涙ぐむという。
母親は、いつまでも悲しむことを心配だと言い、どうですか、と訊かれた。
基本的に全く問題ないし、むしろ良いことではないかと答えた。

思い出すのは2014年秋のノートだった。
その子が何気なく口にした「ああ早く明日が来ないかなあ」のひと言から始まった。
言葉は童話「青い鳥」へと繋がり、その物語にまつわる一連をここに書いた。
青い鳥の第一章だったと思うが、幸福探しに旅立った兄妹は天国にいるおじいさんとおばあさんに会う。
そこで、老夫婦は“自分たちが一番幸せなのは、お前達が私たちを思い出してくれる時”と言う。

今夕、その子が悲しむのは良いことで、天国のおばあちゃんはそれを知ってとても喜んでいるはず“と話した。
さらに、おばあちゃんの死で彼は人間、特に家族もいつか死ぬことへのショックを払拭できないでいる、とも聞いた。
なぜみな死ぬのか、私自身、彼を満足させる明解な答を持っていない。

かって父の死には人生のはかなさを、母の時には憐憫を、妹には病の無慈悲に、言葉も無く涙した。
寿命や死は生物学的にいくらでも説明出来る。しかし何故それを悲しみ恐れるかに学問は答えてくれない。

これまで少なくとも500件は経験した臨終や看取りの現場で、孫たちが家族中で最も悲しみ泣きじゃくるのをたびたび目にした。
今のこどもたちは死を知らない、あるいは遠ざけている、という言説と現実は違うのではと思った。
時に無情な大人と比べ、このようなこどもたちがいる限り、人間の将来は悪くはない、と勇気づけられたほどだった。

感受性に優れた孫の喪失体験はいずれ緩和されるだろう。
その過程で一連の事は心の原理として深く無意識化されるはずである。
それはまた、先々において良心や幸福に対する密かな「みなもと」となり、しっかり息づくに違い無い。

今夕、その子の父が“手塚治虫の「火の鳥」を読むといいよ”と話した。
良い両親をもって幸せな子である。

隣の空き地に見知らぬ花 ほくほく線の夕暮れ電車 弟の肉の串カツ 庭木の枝切り。

2019年5月11日(土曜日)

多少の暑さはあるものの清々しい晴れ間の多い日が続いている。
本日、お隣の空き地に初めて見る花が沢山咲いているのを見た。
薄紫の花は園芸種でも良いのでは、と思わせるほど色良く、そそとししていた。

 

高さ30センチほどの細い茎に愛らしい花を付けている。
パラパラと50本以上は楽にある。

 

根本の部分に申しわけ程度の短い葉が見える。

山奥や高山ならいざ知らず、新しく出来た隣の空き地に見た事が無い花が咲くなど初めて。投入された土砂に種が混じっていたものだろうか。
いずれにしても外来種に違いない。今後一帯の覇者になるのか、後退してしまうのか、いずれだろう。

 

夕刻の雲が良かったので近くのほくほく線に電車を撮りにいった。
以前はもっと上手く撮れたと思うが、どうもいまいち。

 

夕ご飯に弟の豚(いばりこぶた)が串カツになって卓に上った。
申し分けありません、少し手を付けました。
写真はともかく、弟の肉はいつも美味しいのです。

雨が遠のいていているので芝生と草木に撒水した。
見れば激しく繁り始めた樹木が何本もあり、幹や枝をバサバサ切った。切るだけ切って、後片付けはスタッフにお願いした。そちらの方が大変そうだった。

富山の買い物 学童の健診 緑の庭とカフェ。

2019年5月9日(木曜日)

去る富山行きで幾つか買い物をした。
美術館向きに出来る範囲でお金を使うが、普段自分用は倹約をしている。
富山市内で森記念秋水美術館へ行く途中に店があり、ウィンドウに魅惑されて入った。
店は「和具 ペリカン堂」。
富山県内と全国各地の民芸風の陶器、和紙や革細工および紙や繊維に木製雑貨など、手作りの風合いが親しめる品が並んでいた。
気に入ったものがあったので、求めた。

 

文箱と手ぬぐい。しっかりした和紙の文箱(4000円)は特に気に入りました。
手ぬぐいは庭仕事で使うつもりです。

 

和菓子用の楊枝(ようじ)。
すでに美術館のカフェで、お抹茶に付くお菓子に使っています。一本500円でした。

 

 

以下は駅構内のお土産屋さんで求めたオコジョの可愛いおみやげ陶器。

 

 

コップの縁につけてみました。カフェの丸テーブルのメニュー表にに乗せてみます。
以上、財布能力にも収まり、楽しい買い物だった。

さて本日午後から小学校の健診があった。
クラスによっては一部の肥満が気になったが、みな個性的で可愛いかった。
大人しく順番を待っていた一人の児童が印象的だったので、何になりたいの、と訊いてみた。
小さなな声で「パテシエ」と答えたので、「がんばってね」と言うと、「うん」とうなづいた。
みんな可愛いのだから、ずっと健康でいて欲しい、とつくづく思った。

 


樹下美術館の庭はいよいよ緑まばゆく、カフェをも満たすばかりです。
良い季節になりました。

5月6日、富山市で令和の考案者とされる中西進先生にお目に掛かった。

2019年5月7日(火曜日)

昨日のノートで富山行きのことを書かせて頂いた。
実はその日の朝、思いもしなかった人と出遭っていたことも書いた。
思わせぶりな書き方に、どんな人だったの、と本日二三質問を頂いた。
お目にかかった人が貴重過ぎるのと、私が疲れていたこともあって昨夜書けなかった。

本日は書きたい。
出遭ったその人は、新元号「令和」の考案者とされる中西進さんだった。

その昔辛い時期を過ごした30才代半ばから10数年間、憑かれたように本を読んだ。
自然/生物/天体/人間/その歴史と進化、小説・短歌、宗教、西行、良寛、空海、遺伝/環境、哲学、文化人類学、精神/心理分析など色々だった。
ばらばらだが、良かった本はその出版社から次ぎを選ぶようなことが少なくなかった。
その中で特に親しめ、心和らぐのを覚えたのが中西進さんの本だった。
おびただしい著書から、わずか数冊だったが私に向かって差し出された手のような温かみを感じた。
自分にも与えられているはずの麗しい魂を、むげに死なせてはならない、、、。
ただ一点、書物からそんなエッセンスが残ったように振り返える。

ところで、このたび改元を控えた3月24日、長年漢詩だと思い込み、読み方が分からなかった陶齋の陶板の文字が万葉集だった
それから一週間後の4月1日、新元号「令和」が発表され、出典がまた万葉集。
翌4月2日、令和の考案者として万葉集の権威でもある中西進先生の名前が上がった。
突然のように万葉集が現れ、懐かい名前が飛び出してきた。
そして昨日5月6日朝、その方がホテルで朝食を摂られていた。
絶対中西先生だと思った。

サインを貰おう、だが手帖も紙も無い。
矢も盾もたまらずレストランのスタッフの許へ行き、メモ用紙と台紙をお借りして先生の食事が終わるのを待った。
頃合いを見計らって吸い寄せられるように先生のもとへ行った。
幸い名刺があったのでおずおずと差し出した。
「中西先生でしょうか」
「はい」
「突然失礼致します。わたくしは新潟県で樹下美術館という小さな施設を営む杉田という者です」と言った。
先生は名刺をご覧になり、
「樹下美術館ですか、いい名前ですね」
「ありがとうございます。樹下が浮かんだ時、これ以上はないと思いました」
「そうでしょう」
「実は若い頃に辛い時期がありまして、先生のご本に救われました」
「どんな本でしょう」
「谷蟆考や雪月花などです」
「有り難う」
「こんな紙で大変失礼ですが、サインを頂けますでしょうか」、ボールペンとメモ用紙と台紙をお渡しした。
先生は小さな紙に少し書きにくそうにペンを走らせ、心配な私は先生の手許をじっと見ていた。
日付とお名前が無事書かれて終わった。

写真も宜しいでしょうか、とお尋ねするといいですよ、と仰った。
急いで妻を手招きして、先生と並んでシャッターを切って貰い、私も妻と先生を写した。
写真のあと深く頭を下げて、席に戻った。

 

数十年前、雲の上におられた方が急に降りてこられ、今ここにいらっしゃる。サインを頂き写真までご一緒した。
これは本当のことなのか、、、、今日はもう何もしなくていい、、、、富山に来て本当に良かった、、。
その日ずっとぼんやりとした夢心地が続いた。

帰って調べると、先生は富山市で「高志の国文学館」の館長をされておられ、このたび2回の講演会のために滞在されていた。
令和の考案者とみられる今日、去る4日の講演では、考案者は私によく似た人、とユーモアに包んで話をされたという。
元号の由来となった「梅花の宴」について、“自然は大きな哲学を持っており、それが日本の風土に仕組まれている”と梅花が示す意味を説明され、令和にうるわしい平和を重ねて行く時代を願う旨を話されたという。
お話の深い基調は先生ならでは、と今さらながら感心した。

 

過日手許にある先生のご本三冊を紹介させていただいた。
まだあるはずと、本日探しましたらもう一冊、「辞世のことば」(中央公論社 昭和61年12月20日初版 昭和62年2月20日第2刷)が見つかった。

左から「辞世のことば」、「古典と日本人」、「雪月花」、「谷蟆考(たにぐくこう)」。

 

「辞世のことば」の扉にあった絵図。
消しゴムで消えますので、変わった絵ですが私が描いたのでしょう。
納品書が挟まれていて、柿村書店とありました。

この本の巻末に「終 62.4.8」と自署している。
“もがり笛 いく夜もがらせ 花に遭はん”
何故か当時読んだ檀一雄の「火宅の人」にあった著者辞世とされる句が書かれている。

 

 

6日の朝、中西進先生には失礼なことをしたと思っています。
その先生は本当にお若く、かくしゃくとされておられました。

有り難うございました。
心から先生のご活躍とご健康をお祈り申し上げます。

麗しかった富山市。

2019年5月6日(月曜日)

昨日こどもの日の5月5日、上越妙高駅発17:20の北陸新幹線で初めて富山市へ行った。
新幹線が開通して金沢市と高岡市にはすで出かけ、富山市が懸案のままだった。さらに知りあいから盛んに富山市の話を耳にするようになり、押し出されるように出かけた。今や新幹線のお陰で富山は思い立ったらすぐにでも行けるようになっている。

わずか40分で富山駅に着いた。城址通りを南下したが、道路は胸が空くように広く気持ちが良い。
両側のポールなどにボリュームある花がアレンジされ、驚いた事になま花だった。それがずっと続く。
スッキリしたデザインの電車が二両編成で颯爽と往来し、城址のダイナミックな石垣も現れた。

 

 

 

 

ガラスの街と謳う市。照明された作品が夕刻の通りに美しい。

広く清潔な道路と花、格好いい電車、歴史の香り、夕暮れと灯り、、、。いい町だなあ、一編に富山が好きになった。
運河や城址公園に寄り道してホテルに向かった。
一帯の手入れの良さは、喜んで人を迎えようとしている街の意識を感じ、嬉しかった。

 

翌日6日、訪ねる予定の4施設のうち「佐藤記念美術館」「森記念秋水美術館」「富山市ガラス美術館」の3館は互いが近いので歩いて回った。

以下は企画展として「インドネシアの染織 展」が行われていた佐藤記念美術館

 

石中心の外観は周囲にある石垣への配慮であろう。大変上手く調和している。

 

軽々として素朴なものから繊細かつ重厚なものまで、多彩さには驚かされる。
さらに島々ごとで染めと織りの方法が別れ、風合いが異なる。

 

人を迎えるための施設では常にガラス磨きが欠かせない。
樹下美術館もを熱心に励行している。
しかるに上越妙高駅のガラス管理は、他駅と比べ見劣りを否めない。

 

以下二点は森記念秋水美術館の「備前刀-用と美の系譜-」。

 

美しく展示された刀剣に初めて見応えを感じた。
想像以上に細身、そのことも優美の要素になっていた。
秋水は研ぎ澄まされた険の美しさを現すという。

以下は富山ガラス美術館。

 

ある種無機的な美しさのガラス作品を温めるようとする隈研吾氏の木による壮大な演出。

 

以下はガラス作品。

 

かって枯れ木に通っていた生命本質、水をイメージさせる。
また富山湾海底の埋没林を思い浮かべた。

 

舟からこぼれ落ちる鮮やかな球体のファンタジー。
豊かな漁業への祝辞かもしれない。

市内の予定を終え、ガラス美術館のレストランで昼食の後、タクシーで富山駅へ。そこからあいの風鉄道で福岡駅下車した。

 

旧北陸本線の在来線が名を変えていた。4両編成でかなり混み合う普通列車。

 

以下は高岡市福岡の「ミュゼふくおかカメラ館で開催中の猫写真家・関由香氏の「ねこうらら」展風景。

 

 

気配に敏感で、常に自らも気配を発する動物「猫」。
マニアでなくてもしぐさと表情は何とも魅力的だ。
館内では設計者の巨匠・安藤忠雄氏の世界に包まれる。

都合により富山県立美術館などを中止し、列車を早めて帰ることにした。富山駅の待ち時間に予報通り激しい雷雨が襲ってきた。

 

雨に見舞われる富山駅前。
落雷かと肝を冷やした稲妻と同時の大音響にも遭遇した。
それにしても天気予報は良く的中する。

中心部だけの見聞だったが富山市は想像以上に良かった。当座の外見や数にこだわることなく、長く質を重んじ実に配慮するのは県民性なのか。お金の使い方に堅実で上手な印象を受け、わが樹下美術館の参考にもなった。
当館には時折富山県からお客様が見える。お礼というわけでもないが、まだ見ぬ富山県美術館、高志の国文学館。樂翠亭美術館などを巡るため、近々再訪したい。

 

この日、朝のホテルで時代の最も先端におられるであろう方にお会いした。ふだん著名な方をお見受けしても声を掛けたりサインの所望などは謹んできた。しかし今朝ばかりは衝動に刈られ、咄嗟に自らを紹介し、サインのほか一緒の写真までお願いした。

思ってもみなかった方のことは次回記させてください。

緑鮮やかな季節 ハレノヒのパン ベンチの昼食。

2019年5月4日(土曜日)

連休は後半に入り、本日は緑の日。
樹下美術館の緑も眩しいほど鮮やかになり、花はテンポ良く交替しています。

 

 

向こうの紫色の花は丁字桜。花期が長く目立つので、よく名前を訊かれます。当館では4カ所で咲いています。

 

現在所々で賑やかにエビネが咲き始めました。根本に生える葉も愛らしいのです。

 

開館当初から咲き続けたクリスマスローズをすべて切り、小鳥の水盤にひたしました。
50日も花をつけたので休んでもらうことにしたわけです。
大きな株に育つものが増え、来年がとても楽しみです。

 

本日その一部が美術館の窓口で齋藤三郎さんの壺に入っていました。

連休はやはり忙しく、昨日私がカフェのパンを店に取りに行きました。店はナルスおおがた店で甥が営む「HARENOHI(はれのひ)」です。5年目に入り、美味しいパンはファンを拡大し、本日夫婦はスタッフ達と忙しそうにしていました。
お陰様で、同店のパンを使った樹下美術館のホットサンドイッチやクロックムッシュ、今年から始まったベーグルサンドはとても好評なのです。

 

 

 

 

本日の昼食は外のベンチに座り、HARENOHIのトーストを食べました。
風に吹かれながら気持ち良い食事でした。
カフェで注文をして、ここに座ってお茶や軽食を頂けます。

前の田んぼに水が入り始め、一段と良い季節になろうとしていました。

さて、開館からお知らせ致してきました6月2日の「須川展也 サクソフォーンコンサート」のお申し込みが定数の50席に達し、締め切りらせて頂きました。
お申し込みの皆様まことに有り難うございました。

樹下美術館のノートから記載とイラスト 庚申塔その20,板倉区から上石さん親子。

2019年5月3日(金曜日)

樹下美術館館内に5冊のノートが置かれていて、皆様にはご自由に感想やラストなどを記して頂いています。
今期すでに沢山記載されていましたので、本日はごく一部ですが紹介させて頂きました。

●展示について
・静かな空気の中で美しいものを拝見いたしました。有り難うございました-東京都Mさん。

・春間近に当館を拝見出来てようやく長い冬の開けるのを感じられます。辰砂のやわらかな色合いが心を落ち着かせてくれました。「粉雪が舞う」、雪国の深い心と迫力を体感出来ましたー上越市Yさん。

・ここにこのような方がおられたのか。今はもうそういう気持ちでいっぱいです-Yさん。

●カフェと庭について
・樹下美術館のカフェと庭のデッキと植物はとてもすばらしくて、ステキです。庭に出ると妖精の世界にタイムスリップしたみたいで、気持ちが良いです。ここに来ると気持ちが良くて、1日いてもいごごちがいいです-長岡市Yさん。

ほか当館のカフェでプロポーズされ、三回目の結婚記念日に来館された、と記された方もおられました。
沢山お書き頂いているノートから、樹下美術館と皆様のさまざまな関わりを見ることが出来、張り合いを感じます。

●次はノートにお書き頂いた皆様のイラストを掲載させていただきました。

 

生き生きしたキャラクターですね、6年生になる春休みのSさん。

 

迫力ある庭の山桜が描かれていました。

 

 


80才をお過ぎの方の絵です。
私も見た事があります。「松が峰の桜満開でした」と書かれていました。

 

生きているような猫は、美術系大学ほやほやの一年生Sさん。

 

マイセンのカップ&ソーサーがレトロなおしゃれにぴったり。

 

赤ちゃんから美系の方まで、どなたがお描きになったものでも、みな楽しませて頂いています。
来館されたお客様もきっと喜んでご覧になっていることでしょう、どうかまた沢山お描き下さい。

さて本日は開館からほぼ終日美術館にいた。皆様にご挨拶をしたり、庭いじりをして幸せだった。
昼前、思いも掛けず板倉区福王子から上石さんが親子でお見えになった。
庚申塔に興味を持ち始めたばかりの昨年11月中旬、県内最古の庚申塔といわれる石塔を見るべく板倉を訪ねた。
福王子が目指す場所。しかし不慣れな地域で人に尋ねながらの探訪となった。
その時偶然お合いし、十二神社へ案内した下さった方が上石さんでした。
父が石塔や地域に詳しいということで、現場からお父様に電話してくださった。

お父様は歯科を受診中だったが、目指す庚申塔のほか、隣接する公民館敷地の石仏の事も伝えられた。
お陰で十二神社で懸案の庚申塔のほか、公民館でさらに一体の庚申塔と二十三夜塔まで見ることが出来、感激した。

その後、お父様から御地の石仏や神社関連の縁起などについての研究資料を幾つもお届け頂いた。
特に庚申塔に関係した詳細な記述は分かりやすく、当時混乱していた頭を随分整理することが出来た。
頂いたお手紙に来年樹下美術館を訪ねたい、と記されていた。
そして本日、清々しく晴れた祝日、お二人がお見えになった。
午前から美術館に居てよかった。初めてお父様にお目に掛かった。

カフェの上石さん親子。

温かく丁寧なものごし、控えめで知的な方たち。
お父様から、記述や文献の貴重さ、福王子の由来、地域に根ざした尼寺、平塚神社分霊碑、ご子息から拙ブログを読んで下さっていたことなど、、、。
短い時間だったが昔から知っている人に出合ったような、安心で心楽しいひとときだった。
本日は遠くから樹下美術館をお訪ねいただき、本当に有り難うございました。

静かに始まった新元号年 四つ目の神器。

2019年5月1日(水曜日)

本日から元号が変わった。
ニュースでは賑やかな慶祝風景が流されていたが、当地は霧雨が降り続き、少なくても周囲は静かに過ぎた。
物事は初めに大騒ぎせず、静かに始める方が良いことが起きるような気がする。

そんな日の朝、紹介状を一通書いた。
それを入れる封書に平成の元号が印刷されていた。一瞬31と書きそうになり、あわてて年号に抹消線を入れ、上に令和と書き、「元」と記した。

 

 

 

頸城野をいざ耕さむ人影は音も無く降る霧雨のなか

一連のご退位と即位において、天皇と上皇両陛下のお言葉で「憲法」と「平和」が繰り返し語られた。
平和の希求を可能にする唯一つの道は憲法の遵守として私に伝わった。
つまりお二人は揃って象徴の具現として、平和憲法に添うことを明確にされたのではないかと感じた。

これは政治的お考えでも感情でもない、天皇家が先の戦争から三代に亘り生引き継がれた確固たるDNAではないのだろうか。
ご一家が、過去として済ますことの出来ない戦争で負われた人道上の深い傷と責任の証左。
DNAがあまりに強靱ゆえ、あたかも四つ目の神器として映るようになった。

私の高田高等学校時代の校長は新皇后のお爺様だった。
一地方の者ですが、心より天皇、皇后両陛下のご健勝をお祈り申し上げます。

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