2024年7月

梅雨の晴れ間。

2024年7月12日(金曜日)

しっかり降ってはまた上がる。梅雨の晴れ間でチョウやツバメはつかの間の陽光に当たりながら活発に動き、空は澄んで雲が面白い。

潟町のブットレアにアゲハが来る。

なぜこんなに造形的なのだろう。

午後の往診の道で。
山で積乱雲になれない雲。

この空がまだ続くならば今年は長梅雨ではないだろうか。今のところ作物には良いらしい。

「二貫寺の森」へ、オオウバユリを見に初めて行った。

2024年7月11日(木曜日)

およそ小雨模様の本日、晴れ間も見えた午後、姥百合の状況を大潟水と森公園に電話して尋ねた。すると、現在1カ所で確認されていますが、「二貫寺の森」では何カ所かでつぼみがみられているようです、という返事。
二貫寺の森は初めて聞く名前だった。さっそく調べてみるとおおよその場所が解った。上真砂の交差点の東、(株)コスゲに隣接する森一帯がそうだった。着くと駐車場と管理棟(施錠されていた)があり、如何にも湿り気の多そうなフラットな場所で、植物と樹木が濃密に茂っていた。

管理棟

薄暗い森を、ここなら姥百合(オオウバユリ)があるかも知れない、と歩き始めた。

間もなく現れるツリーハウス。

ガマズミの赤い実がきれいだ。

気持ち良いくらい茂るシダ。

スマホの歩数で3000歩ほど歩き、10本前後のオオウバユリを見た。

背の高さに違いはあるが大潟水と森公園の電話どおり眼前にする事が出来た。おそらく先端のつぼみに見える部分は更に伸び、そこにいくつもの花を着けるものと思われる。

姿は崇高で、うす暗い湿地の中に繁茂する無数の植物を代表するかの如く真っ直ぐに堂々と伸びていた。
開花はいつ頃なのだろう。まず1週間おきくらいに来ては眺めてみたい。

以上が一回目の二貫寺の森歩きでした。初めて歩く湿った場所は何が出てくるのか少しく緊張するが、随所でひらひらするハグロトンボに心なごまされた。

ハグロトンボ

普通であればこのような場所は荒れ果てて一歩も踏み入れることが出来ないのだが、珍しい事にここはクズやクサギの繁茂も全く見られず、かって読んだ閉鎖林を想像させる望ましい森林環境が保全されている印象を受けて驚いた。

二つの河川による永年の作用でこのように豊かな自然が形成されたとある。しかし関係者の維持管理努力は並大抵ではなかったのでは。「公園」と名付けられていないのも良いと思った。

笠原文右衞門(大川:だいせん)の墓碑移転などのニュース。

2024年7月10日(水曜日)

昨日のこと館内のノートに以下のような記載がありました。
“2年ほど前から館長のブログを読んでいる。遡って見いていると2016年5月に自分たちの墓の記事があって驚いた。今回先祖の墓や碑の仕舞いに当地を訪ねたが、それも終わりほっとし,念願の樹下美術館を訪ねた”という主旨が書かれていました。

墓と勝海舟が揮毫したという墓碑は幕末から維新期、当地域の文化、教育、基盤構築に大貢献をされた笠原文右衞門(大川:だいせん)のもので、大潟区蜘蛛カ池(くもがいけ)の瑞天寺にあります。
現地で寺院西につづく小高い観音山を登ると中腹にレンガ塀がほどこされ広い階段が付いた立派な墓所へと出ます。かって一度訪れたことがありましたが、二度目の2016年はさらに歳月を重ね、傷みが進行している様子を残念に思い,、三十三観音や他の墓碑などと共にに記載しました。

昨日の上越タイムス一面。

新聞によれば、地元の「郷土史友の会おおがた(小山將会長)はじめ有志の方々とも相談され、墓は近隣の寺に、墓碑は山を下りて瑞天寺境内に移設されということでした。
当館を訪問されたご遺族の慶子さんはシンガポール在住ということ、遠くで長年心配され今日を迎えてほっとされたにちがいありません。遠路本当にご苦労様でした。当館にもお寄り下さり誠に有り難うございました。

笠原大川は近郷近在の若者を教育し、あるいは新堀川掘削に成功し一帯の農業用水路を確立されました。不肖筆者の高祖父・玄作は大川に勧められ江戸で蘭学を学ぶことができました。
また大川の残した資料には、玄作が蛮社の獄事件で幕府に追われる高野長英を匿っている嫌疑あるので二人で出てくるよう促す役人からの緊迫した文書があるなど、私どもと浅からぬ縁がありました。

懐かしい認知症の人と家族の会の方々 北信からのお二人。

2024年7月8日(月曜日)

本日昼、上越の「財団法人 認知症の人と家族の会」から23名の方が来館された。前日柿崎区上下浜温泉に一泊されお寄りになった。かって2002年、この方々には大島画廊でボタニカルアートの初個展を行った際お手伝い頂き売上金の一部を寄付させてもらった。

その時の同じお顔数人の方とお会いしとても懐かしかった。当時は介護保険が始まって3年目、様々な機軸が生まれ「痴呆」が「認知」症」へと公式に呼び名が変わった時期に当たっていた。

年一度の公式な慰安行。
明るさの中に連帯と強さが
感じられる。

帰路につく方達。

カフェのほか陶芸室のテーブルでもお茶とケーキでくつろいで頂いた。介護や支援の事情は変遷を重ねるがこの方達が行っている根底は一貫し、情報量の多さも特筆すべきことだと思う。

皆さまがお帰りのころ長野県は北信からお二人お見えになった。過日一度訪館され、今回友人を誘われた模様。
お話すると石州流茶道をされ、昨日は上越市板倉区で行われた「ゑしんの里茶会」に出られたと仰った。前回、当館窓口で茶会のチラシをご覧になっての参加、私達の後同じ席に座られたとは。熱心に展示もご覧になり閉館までお茶をされたとお聞きした。
過日私たちの須坂行きなど長野県なかんずく北信と上越の近さをあらためて認識した。

大雨と酷暑の趣き、家に籠もるという人が多い中、活発に動かれる方がいらして頼もしく思われる日だった。

ゑしんの里記念館の茶会。

2024年7月7日(日曜日)

本日日曜日は梅雨の晴れ間となり、妙高連峰がよく見える板倉区は「ゑしんの里記念館」で茶会があった。裏千家茶道宗米先生お社中、宗季さんの薄茶席と煎茶道の方円流宗園先生お社中の紅茶席が持たれた。

薄茶の宗季さんは妻の友人で長年互いに往き来している。このたび初の席主を務められ緊張されたことと思う。一方でご準備、本番と心砕きながらその時間を一心に楽しまれたのではないかと想像している。

お心入れの楽しいお道具組み。
お棚はかって私も使った
ことがありとても懐かしかった。

「水」をテーマに地元作家さんの陶芸作品を取り入れ、滝、波、清水、蟹、水面、水鳥など清涼なイメージが随所に配され、清々しいお席だった。チェンバロを弾き英語堪能な人がどこから見てもお茶人の佇まいになられ、ご努力の年月を思わないわけにはいかなかった。

紅茶席のしつらえ。

ウエッジウッドのカップ&ソーサーに丁寧に淹れられた紅茶は美味しく、注がれる水音は涼しかった。時にはこのような趣向も有り難いと思った。

窓外の妙高連峰と周囲の池。

建てられて後荒れてくる施設を時に目にする。しかしここは広大にも拘わらず館の内外とも良く手が入り、炎天の日にあって気持ち良く過ごす事が出来た。

お席持ちの先生方、お点前の社中の皆さま、清々しい気持になって帰りました。本当にご馳走さまでした。

汗をかきかき夏の大潟水と森公園、新たな出会い。

2024年7月6日(土曜日)

7月第一週の土曜日。何も予定が無い日の午後は大潟水と森公園か大池いこいの森公園に足が向く。行くまでお目当てがあるわけではないが、行けば新たな出会いや興味深い再会がある。

自生するオカトラノオ。

同じくヒヨドリ草。

ジャノメチョウとドクダミ。

数年ぶりのコムクドリ。

冬は雪、夏は亜熱帯。

マムシグサの実。
次第に赤くなる。
(ヒロハテンナンショウを訂正)

 

賑やかなホタルブクロ。

湿地に黒いアゲハが一頭
すでに来ていた。

目の前を横切った
明らかにモンキアゲハ。

モンキアゲハは上掲のように印象的な飛翔を目にして驚くだけだったがこの度はちゃんと撮った。この蝶を見るのはいつもこのゾーンだった。調べるてみると通り道が決まっているらしい。

眼前に降りた。
日本最大のアゲハだという。

二頭いて並んで吸水
左の個体にも前翅に隠れて白斑がある。
色あい違いは春型と夏型?又は雄と雌?

暗い木立の中にキビタキ。
カメラを向けるとで飛び立った。

芝生の広場で沢山のネジバナ。

暑くて面倒でも、行けば何かに出会え、次の楽しみも生まれる場所、自然公園。大潟区の大潟水と森公園や頸城区の大池いこいの森公園はそんな場所だと思う。
この度は汗を掻き掻き、特に数年ぶりのコムクドリ、まさかのモンキアゲハとキビタキの後ろ姿、賑やかなネジバナなどを目にした。
望遠レンズ着けずに歩いたがちゃんと撮るために次回は装着して行きたい。

夕ご飯の茄子の煮浸し。

妙好人の話 カニ。

2024年7月4日(木曜日)

昨日の当欄で丁度良い梅雨と書き、最後に世相などを愚痴った。愚痴りは万人のものであろうと思われる。良くあれ、良くしたいの裏返しが愚痴で、そう頻繁でなければ悪いことでもなかろうと弁護している。
それにしても去る青年、どうか調子が上向きますよう心から祈っています。

本日木曜は身勝手ながら休みの日。新潟から書家で良寛研究家の小島正芳さんが来館された。不明な自分は先生にお会いするととても楽しい。本日は良寛の実家の凄まじい困難、出家と修行、浄土真宗が盛んな北陸地方における「全てを阿弥陀に任せる」「妙好人」の話が特に興味深かった。「阿弥陀が代わりに悩んでくれる」という概念が普通にあるらしいのだ。
いわく言い難い禅を英文で海外に紹介した大仏教学者、大哲学者の鈴木大拙によって宗派が異なる「妙好人」の概念が確認されたところも宗教の混淆性というような面が現れて非常に面白かった。

有名な「天上大風」では何度も質問させて頂いた。先生とお会いするといくら質問しても足りない。今秋11月3日予定の先生の講演会を沢山の皆さまとお聴きできること、今から期待したい。

ブリキのおもちゃのようなサワガニ。

閉館近くお客さまが引けたあと芝生でゴルフボールを打った。すると小さなカニと出会った。毎年のように今ごろ庭のどこかに出てくる。カサカサと横歩きする沢ガニを嫌いな人はまずいないのでは。どんなに愚痴りたい時でも愛嬌あるカニを見れば忘れることが出来そうだ。少なくとも彼らのいるところにはほどよい水分があり麗しい。何処かに「カニ神社」があってもおかしくない気がする。

本日カフェの丸テーブルにまた楽しいイラストがあった。

あたかも「梅雨の幸せ」

アマガエルはまるで目の前のものを見ながら描いたようだ。宜しければまたお描きください。

今のところちょうど良い梅雨 胃腸に悪い世界。

2024年7月3日(水曜日)

梅雨に降られ出水する地域があるが当地は降っては晴れるを繰り返し、田畑や庭に都合の良い空模様が続いている。農家の方が今のところ良い具合で、出穂を促す「穂肥え」という作業の時期だと仰った。色々な段取りがあるものだと聴く度に思う。

本日昼、青々とした水田。
雨雲が山へ退いている風。

 日陰を作る大きな枝を伐採。
明るくなった庭。

かって枝の伐採は主に風通しを考えて行っていた。今年はそれもあるがあらためて花の陽当たりを考えるようになった。奥の方にあった花も色々掘って前に出してやっている。

話変わって本日外来に来られた若い方が最近胃腸が調子悪いと仰り、近頃のニュースや動画が恐ろしい事や荒々しい事ばかりで気持が落ち込むとも述べられた。まさにその通りですねと彼をしっかり見て全同意した。
終わらぬ戦争、絶えない陰惨な事件、狭く荒々しい自己主張、長い間肝心な政治や選挙からも真心が伝わらない。

しばらくSNSはじめニュースや動画などは観ないようにしましょう、私もそうしますとはっきりお伝えして薬をお出しした。

飛躍的に生活は便利になっているが、僭越を許して頂ければ、主だった世界は自画自賛ばかり、外見重視、内実希薄、胡散臭くて恥ずかしい。庭や生きものに余計眼が行くようになり、身近な人や美術館や診療所に見える人に安堵を覚えるようになっている。

眼が良く見えるようになってから不思議な事に匂いまで敏感になった。

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