2019年7月

夜行電車 麗しい大伴家持と万葉びと、そして中西進さん。

2019年7月31日(水曜日)

このところ仕事後の黄昏時に、美術館の水やりが日課のようになった。
日没にかかる頃で、見上げると空が思いもよらぬ色をしている時がある。

昨日はまさにそのような夕空になり、短時間だが美しく軟らかな茜を見上げた。
本日は雲厚く、たいした眺めにはならないだろうと思っていたところ、西方の空は赤く色づいた。

夕焼けの空は短時間で変わる。
ほくほく線の田へ急ぐと、目指す電車は通過した後だった。
次の電車までおよそ40分、庭で撒水をして再び田んぼへ。
くびき駅発19時16分の上り電車を待った。

4、5年前の「はくたか」なら、待ちに待った信号が黄から青に変わると、遠くに小さいが強い明かりが見えるや、轟音と共にたちまちやって来て、長い車列がゴーッとかシャーッと言って去って行った。地を揺るがす迫力に胸は高鳴り、どきどきしながらモニターを覗いた。

今どんなに待っても「はくたか」は来ない。
替わって小さな明かりがくびき駅あたりでわずかに動いた後、普通電車がゆっくり向かってくる。
空との配分や構図など考えて待ち構えていると、はやり電車だ、それなりに速い。
あっという間にファインダーの中を移動して小さくなり、あわててズームで大きくしてみるが間に合わない。

本日すでに空は暗く色褪せた時間になっていたが、その分電車の明かりが写り込んだ。
暗がりの中、黄色味を帯びた明かりは何とも言えぬ旅情をかもしだしていた。

 

人影が映っていればさらに良かったことだろう。

さて今夜NHKEテレで2時間スペシャル、「英雄たちの選択スペシャル▽そして万葉集が生まれた~大伴家持が残した日本人の心」を見た。
家持の由緒ある家柄と要職、特別な地太宰府時代の暮らし、越中における風土への目ざめ、防衛の職務と和歌の関わり、万葉仮名と文化立国の使命など、時代背景と密接に関わりながら編纂された万葉集の特異性と家持の人柄に興味尽きなかった。

番組中、磯田道史さんが万葉集の第一人者で令和の命名者、中西進さんと対談した。場所は中西先生が館長をされる富山市、高志の国文学館だった。

 

 

中西先生とは去る5月6日、たまたま富山市のテルでお会いした。お会いして、ああ生きていて良かった、と感じたほど嬉しかった。令和の最も良い点は中西先生が名付け親だったことではないか、と思っている。

それにしても4500首。詠み人知らずの民や防人や役人、貴族から天皇まで歌を詠み、それを広く蒐集し編纂する。
郵便も電話も無い時代の話である、なんてすごいことだろう。
しかも漢字から話し言葉の表記へ一音一漢字を充て、独自の国語大系を確立してゆく。
農民が話し言葉で詠んだ歌を、万葉仮名に直す役人のような人が各地にいたのだろうか。
立国は文化から、文化は文字・言葉・歌から。
必死に自らの命題を遂行した大伴家持の偉大さが2時間に亘って多面的に掘り下げられた。

私たちは電子機器を持ち、電化製品に囲まれ、豊かに食べ装い、なにがしかの書物などを読む。くらべて大和・奈良時代の人は、それら無しで機微に優れ、何かにつけて情を込め歌を詠み交わした。

原歌: 多麻河伯爾 左良須弖豆久利 佐良左良爾 奈仁曾許能兒乃 己許太可奈之伎
読み: 多摩川に  さらす手作り  さらさらに  なにぞこの児(こ)の  ここだかなしき

武蔵野国の詠み人による一首。多摩川は麻布の産地だったという。
多摩川で手作りの布をさらしているとそれがあまりに美しく、我が子(娘?)のようにとても愛おしく感じる、という意味らしい。

今私は多くの便利なものをまといながら半人前の感性と教養しか持ち合わせていない。
万葉の人々は簡素な暮らしをしながら、身ひとつで十分麗しかった!
番組では当時の人々に対して“人間の底力”という言葉が使われていた。

恥ずかしさの埋め合わせに、再び富山市へ行き高志の国文学館を訪ねようと思った。

夏らしくなっている。

2019年7月30日(火曜日)

夏休みになり樹下美術館もお子さん連れの方を目にする。
小学の高学年?かなという女の子さん三人がおばあちゃんと一緒にカフェに見えた。
沢山名刺をつくってあるので皆さんに配った。
二人は姉妹、もう一人は友達ということ。
あとで聞いたことだが、三人はケーキを食べた後、おばあちゃんのホットサンドをみて、みなでベーグルサンドも食べたという。
咲いたばかりの花の匂いがするようなお嬢さんたちだった。

往診で往き来する鵜の浜温泉と海岸も賑やかで地元としては嬉しい。
近くを走るほくほく線も夏のお客さんを一生懸命運んでいる。

長梅雨を終え夏雲がもくもくとふくらむようになった(去る7月27日)。

雲が多かった今夕、日没直前からその雲が茜に染まった。

湿った感じがする軟らかな雲の夕焼けだった。

付近の信越半導体の工場がツートンに染まったいた。

二回目のお茶席を設けた日。

2019年7月27日(土曜日)

本日の土曜日午後は陶齋親子展にちなんだお茶席を設ける日。
午後2回だけのの茶席で、先週の初回は2名様の申し込みを頂いた。

今週は急に増え、二席で16名様のお客様だった。
そしてお点前は小生。にわか稽古で望んだため、特に一席目では随分冷や汗を掻いた。
午前の仕事で混雑する健診の事後対応、加うるに外国人の尿管結石や発熱の赤ちゃんの受診。
さらに急患の往診があったりと、慌ただしさの残る体で望み、着物もどこかぎこちなく、余裕のないお点前になってしまった。

花生は宗全籠から陶齋の緑釉花瓶に替え、後はすべて前回と同じ道具にした。

 

終了して庭から美術館に戻られる皆様。

先代や二代の陶齋作品を中心に道具組みをしてお茶を点てる。お茶碗は高価な伝統ものや大家のそれなどは無いので、手許の比較的若い作家の現代風な作をお出ししている。このあたりが普段のお茶席と少々趣が異なるようであり、心配なことでもあった。しかしお正客様はじめ、皆様には面白がって頂き、また上手く私どもを乗せて下さり、拙い席を無事に終えることが出来た。

ご来席の皆様、本日はまことに有り難うございました。
あと4回、さらに稽古をし、落ち着いて臨みたい。

花たちのささやかな祭。

2019年7月26日(金曜日)

梅雨明け早々、台風が接近し今夜~週末に各地で影響を及ぼす予報が流されている。

当地も夏祭りの季節になった。
庭では花たちが自分たちなりの祭を次々に祝い、次の花へとバトンを渡していく。

過日に満開となった黄金オニユリは以下のカサブランカに花期をつなげた。

 

 

盛りのカサブランカは花が大きいので、深くお辞儀をするため、支柱で支えている。

 

 

芝生の南端でムクゲとミソハギが一日中時候の挨拶をしている。

拙ブログをみていると仰ったお嬢さん、本日はご来館あり難うございました。

館内のノート、スケッチ帳から皆様の絵。

2019年7月24日(水曜日)

本日ほぼ晴れて、昼の気温は30℃に届き梅雨開けということ、長い梅雨だった。

さて以前に館内ノートに描かれた皆様の絵を掲載させて頂きましたが、本日はその後の続きです。
どうかご覧下さい。

 

前を向いて風に吹かれるお嬢さんと、ヤマボウシの花は物語のワンシーン。

 


カラーボールペンを使って丸テーブルのマユビト(大地の芸術最のおみやげ)を描いたのですね、楽しくなりました。

 

舟と陸に別れて初めての釣り。舟ではマダイが、陸はキスが沢山釣れたと書いてありました。楽しかったことでしょう。

 

お連れ頂いたわんこちゃんでしょうか、可愛いですね。カフェのスイカは最高、と英語で書かれていました、すごいですね。

 

素早い線で、生き生きとして、今にも話しだしそうなお嬢さんが描かれていました。

 

 

みなさんすごいです。
お描きになった絵から、お過ごしいただいた楽しい時間が伝わりました。
ほかのお客様、美術館のスタッフ、館長、みんなで楽しませて頂いています。
有り難うございました、ぜひまた描いて下さい。
最近12色の色鉛筆を丸テーブルに置きました。

梅雨が明けるのか 鵜の浜温泉の夏が始まる。

2019年7月22日(月曜日)

夕刻から雲が小さくなってちらばり、青空が見え始めた。
鵜の浜温泉のCちゃんに言われた通り、昨日は新潟県立大潟水と森公園を撮った。
そして本日仕事が終わり、車で1分半の鵜の浜温泉で夕暮れを撮った。

 

 鵜の浜海水浴場の人魚像と夕暮れの空。

小さな温泉ですが、長野、群馬、山梨など他県から沢山来て頂いて嬉しく思っています。
写真を撮っていると、群馬県から、というご夫婦に話し掛けられました。
群馬は海無し県ですから、と笑顔で仰った。

向こう一週間の予報は☂マークが消え、最後の方に☀マークが出始めた。
ようやく梅雨明けに向かっているように思われる。
どうか鵜の浜温泉にいらして、海や近くの大潟水と森公園の夏をお楽しみください。

夕刻近い新潟県立大潟水と森公園の夏 朝日池のショウジョウトンボ。

2019年7月21日(日曜日)

過日外来に来られた鵜の浜温泉のCさんから、先生の写真が好きなので、大潟水と森公園に行って白い蓮を撮って、と催促されていた。そこで一昨日夕刻、出かけてみた。まことに残念なことにすでに白蓮は終わっていた。
代わりに風が吹き抜ける散歩道を歩き、道沿いの草花やトンボを楽しみ、心慰められた。

 

左の建物は炊事棟。ちょうど何組かのご家族が後片付けをして帰る所だった。

 

炊事場の前の芝生とベンチとテーブル。きれいに片付いている。

 

 

鵜の池を中心とする多彩な池沼と古墳を活かして、広い県立公園になっている。

 

 

園内の湿地部分を行き交う手すり付きの木道(水上回廊)。

 

 

林間の道も清々しく、折々周囲の湖沼が開けて見える。

 

松枯れがあった場所を中心にしっかり赤松の苗が植えられていた。

 

若いクリがイガをつけている。

 

盆花(ボンバナ)と呼ばれていた可憐なミソハギ。

 

爽やかだったヌマトラノオの一群。

 

初めて見たヒヨドリバナ。説明札で名を知りました。
フジバカマに似た花が開いた部分は、淡く雪のような感じになっている。

 

まだ咲いていたアザミ。

 

ツリガネニンジン。白いものと青いものがあった。

 

ムシカリの実。白い花の後に赤い実がつき、秋に向かって黒く変わっていく。

 

西の駐車場すぐ下はクローバーが混じった芝生。
その昔、母校髙田高校のグランドもクローバーで一杯だった。
クローバーの上に大の字になって休み、わざと授業に遅れたことがあった。
この広場でボールを蹴ったりキャッチボールをする人をよく見かける。

 

腰のあたりが白いコシアキトンボ。

 

コフキトンボ。

 

ウチワヤンマ。

 

小さくてもゴージャスなチョウトンボ。

 

可愛い犬を連れた知人と出会った。

Cさん、白蓮を撮れなくて済みませんでした。代わりに清々しい遊歩道と道すがらの草花やトンボを撮りました、いかがでしょうか。

 

そして本日昼、朝日池にショウジョウトンボを見たという東京から来ている親族の話を聞いて池へと行った。
水草の一角でトンボたちが夏を謳歌していた。
ショウジョウトンボは数匹が盛んに飛び交い、熱心な繁殖活動は頼もしかった。

 

いつでも見られるとは限らないショウジョウトンボ。真っ赤な色はインパクトがある。

 

静かなイトトンボ。

 

中高年男子の思い出、ギンヤンマ。

 

日曜日とあって本日は来館者さんに恵まれ、熱心に作品を鑑賞して頂きました。
皆様にはカフェもご利用いただき、まことに有り難うございました。

陶齋親子展にちなんだお茶席 一昨日期日前投票をした。

2019年7月20日(土曜日)

雨の予報が曇りになり、いっときだけ霧雨が通過した土曜日。
陶齋親子展の催しに関連して隣接の茶室で呈茶を行った。客様は若い女性お二人で、私も末席に座り、妻が点前を、お友達が支援をして下さった。

 

 

 

床は小林古径筆「壽」が掛かり、ムクゲやヤハズススキなど庭の花が宗全籠に入っている。

 

香合は初代陶齋の緑地金彩秋草文。

 

 

窯は西村道也、薄茶器は初代陶齋、水指は二代陶齋を用いた。

 

すらりとして絶妙のフォルムは二代陶齋尚明氏の辰砂細水指。

 

初代陶齋三郎氏のどくだみ小壺に柿蓋を付けた薄茶器。

 

煙草盆の火入れは初代作、染附湯飲みを見立てで用いている。

 

お出ししたお茶碗。左に陶齋「弥彦鉄鉢茶碗」、中央阿牛「掛分釉幾何学茶碗」
右鈴木秀昭「色絵金銀彩綺羅星茶碗」

台風が近づいているらしく、蒸し暑かった本日。軽めにクーラーを点けた茶室に清々しい時間が流れた。
本日はお二人のお客様でしたが、たとえお一人でもお点前を致しますので、ご希望の方はご遠慮なく樹下美術館の窓口やお電話025-530-4155で申し込み下さい。

 

参院選挙の運動期間が本日で終了、明日投票日となりました。
「比較的近くにある恐ろしい柏崎原発を止めて欲しい」、「精神の拠り所である憲法を大切に守って欲しい」、「安心して自らの信条に従える社会であって欲しい」、と心から願っています。それで一昨日、期日前投票に行き、これらに叶う人がいましたので投票してきました。

後半が始まった樹下美術館館内。

2019年7月18日(木曜日)

本日7月18日は、陶芸の齋藤三郎・尚明、親子展の初日、そして上越小林古径記念美術館からお世話頂いている倉石隆作品の最終展示の初日。
当館の展示イベントは大抵静かに始まる。
本日も例に漏れず普段と変わりなく淡々と過ぎた。淡々としたなか、ご覧になった方から倉石隆の油彩の迫力、陶齋親子の白磁の世界の清々しさなど、良い反応を頂戴して手応えを感じた。

 

本日の絵画ホール。それにしても2メートル近い「さとうひさこの肖像」は迫力がある。

陶芸ホールに尚明さんの大きな鎬(しのぎ)壺を置いてみた。
絵画と陶芸作品が互いに引き立て合っているように感じられる。

以下は本日の陶芸ホール。
梅雨の候、館内の清々しさからあらためて白磁メインにして良かったと思った。

 

 

 

本日午後、在館中に古径記念美術館から宮崎館長さんがお見えになった。このたびの倉石作品貸借を通して館長さんにはとてもお世話になっている。また自己流を否めない私たちは、美術の専門職の氏に接するだけで色々勉強をになる。さらに氏の地域を耕そうとされる明るい姿を見るにつけ、元気を頂戴している。今後とも仲良くさせて頂ければ大変有り難い。

また本日10年ぶりの懐かしい人が見えた。昭和62年からともにお茶の稽古に通った亡き渡辺宗好先生門下のNさんだ。お話ししながら習いたてで、うぶうぶしかった頃の稽古、さらに庭の雨やお茶室を通った風の気配までふと蘇るように感じた。

 

カフェの向こうに女王カシワバアジサイ。
雨の中、臣下にキキョウ、さらに黄金オニユリが加わった。

昼は晴れ間もあったが夕刻からしとしとと雨になった。こんなによく降る梅雨も珍しい。

明日からの展示替えが終了した。

2019年7月17日(水曜日)

明日から樹下美術館では以下のように新たな二つの展示が始まります。本日休館日の水曜は明日からの準備に追われました。

●●●7月18日から8月27日まで、陶芸ホールは夏の特別展「齋藤三郎・尚明  陶齋親子展」です。
“麗しの白磁、親子の格調”と謳ったサブタイトル通り、端として爽やかな白磁作品が並びます。
亡き父三郎氏とその子息尚明氏という明らかな血統が、同一の芸術なかんずく同一の陶技「白磁」で饗宴する試みはとても貴重なことではないかと期待しているところです。

 
以上は展示の一部です。実際の展示は24点34ピースで、ともに青磁が1点ずつ加わります。

驚くほど大きな作品から手のひらに乗るものまで、どうか白い器に込められた親子の魂と渾身の技をご覧下さい。

 

●●●3月の開館以来、絵画ホールでは今年の特別展「倉石隆の大型油彩」として上越市立小林古径記念美術館のご協力を得てホール中央に迫力ある大きな作品を展示しています。
期間は半年に亘り、2ヶ月ずつ3回の展示更新でした。
このたびは最終回で7月18日(木)~9月10日(火)まで以下の三点を中央に架けます。

このほか樹下美術館収蔵作品で、かって新潟日報の文芸欄に掲載された応募「コント」の倉石氏による挿絵原画を展示しています。

 

「Kの肖像」 1973年 154,4×112,6㎝
上京後24年、57才の倉石氏ご本人の肖像と考えられます。
真っ直ぐ前を見る肖像から力に満ちた真剣な表情が伝わります。
この頃から人物画への取り組みが本格化するようです。

 

「奇術師」 1981年 98,2×78,2㎝
盛んに裸婦像を描いていた時期です。
若い女性をシンメトリーを効かせてバランス良く描いています。
モノクローム作品は黒いバックによって身体の白さをより際立たせています。
薄いヴェールを手に、無垢な女性は自らの人生に魔法を掛けようとしているのでしょうか。

「さとうひさこの像」 1965年 193,0×135,9㎝
ホールに架けますと、下端が床に着きそうなほど非常に大きな作品です。
佐藤久子は家政婦さんだったと聞いたことがあります。
彼女をモデルとしてとても気に入り、知る限り3点の油彩を残しています。
丁寧に白の地色を重ね、黒の明解な線で輪郭を描き切っています。
斜め向きの位置が彼女をより立体的に、より具体的に見せていると思います。

以下二葉は本日の準備の様子です。

 

小さな美術館ですが、精一杯の準備をいたしました。
どうか真夏のひとときを樹下美術館でお楽しみください。
夏の庭を眺めるカフェも気軽にお使いください(カフェだけのご利用もできます)。

忙しい蝶 交替する庭の花。

2019年7月16日(火曜日)

隣の空き地はブタナなどの野草が長々と粘っている。草刈りをして一旦見えなくなっても、いつしか茎を伸ばし再び花の海になる。
そこは絶好の蝶たちが食事?場で熱心に蜜を吸いに集まる。
樹下美術館の庭も花は絶えないが、数の上で空き地にはかなわない。

以下よく見る種類ですが、この数日上手く撮れた蝶を載せました。

 

花に止まると一度翅を広げて閉じ、蜜を吸いだす。
暗がりが好きなはずのジャノメチョウが、陽当たりの雑草地で忙しそうだった。

 

親指の先ほど小さなベニシジミが花の上を一周しながら丁寧に蜜を吸っていた。

 

気の毒なほど忙しそうに蜜を探して飛び回っていたモンシロチョウ。

美術館の花が次々に交替していく。

 

テッポウユリが終わり、カフェの正面でキキョウの隣に黄金オニユリが開花した。
百合は花びらがしっかりしているので上等なお菓子のようだ。
この後にはカノコユリたちが待っている。

 

庭の南で、梅雨空に向かってムクゲが咲き始めた。
芯の部分の赤い色がとてもきれいだ。

長梅雨の空の下キキョウが咲き始めた 野菜料理。

2019年7月14日(日曜日)

たまの晴れ間を挟んで梅空が続く。たまに蒸し暑い日もあるが、およそ曇って降れば肌寒い。梅雨というのはこういう気候なのだと、お天気が念を押して教えてくれている感じがする。
そんな日頃を重ねていつしか七月は半ばに掛かり、暦の夏は半分終わることになる。梅雨明けが待たれるものの、向こう10日の当地の予報は曇りと傘のマークが並んでいる。当地ばかりでは無く、東京も雨がよく降り冷夏がつづいているという。江戸時代の大飢饉はいずれも冷夏の影響だった。今日餓死者が出るような時代ではないだろうが、どこかで持ち直してもらいたい。

 

カフェ正面のカシワバアジサイの隣で、霧雨の中キキョウが咲いている。
この先、長く楽しませてもらえそうだ。

人様から連日野菜を頂戴している。調理によってさらにカラフルになり美味しくなる。

 

 

先日草木に憧れる、と書いた
しかし毎日野菜を食べそれを体内にいれているのだから、何処とは言えないが、心身の相当部分は草木(植物)の性質を帯びているに違い無い。

ジャガイモとジャガイモさんの歌 芝の施肥と今夕の空。

2019年7月13日(土曜日)

このところ食卓にジャガイモが乗ることが多い。

近隣では春一番の本格的な畑仕事はジャガイモの植え付けから始まる。
種イモの芽を掻き取って揃えたりイモを割って調整、一方畑に石灰をまき、うねをこしらえて準備する。
次いで「植える」「置く」「入れる」など色々な言い方で種イモの植え付けを行う。
80才を越えてもうね作りや収穫で鍬を振るう方達がいて、ジャガイモは畑の一大イベントだ。

湿り気と高温に弱いジャガイモ。
心配しいしい畑を覗き、植え付けておよそ100日の目処で収穫の時期を迎える。
梅雨前にはさっさと、収穫を済ませたい。
それが、今年6月に入ると、患者さん達は「木(茎)が枯れてしまった」、「花が付かない」、「実が小さそう」と、不作の兆しを嘆く声でほぼ一色になった。4,5月のお天気が良すぎて夏日などという異常高温に見舞われたのが響いたという。
小さいだけならまだしも、ことごとく木(茎)を抜いて諦めたという人もいた。
それでも用途が多く美味しいジャガイモ作りは人気だ。不調だった今年、今から来年の秘策を練っている人も沢山いるのではないだろうか。

 

昨日の昼食に食べたジャガイモが入った煮物。

ところで淡い記憶によれば、小学校低学年の学芸会のような催しで、「じゃがいもさん」という歌のレコードでダンスを踊った(踊らされた)ことがある。
大勢で踊ったのか一人だったかはっきりしない。
“じゃがいもさん、タララ、ジじゃがいもさん、ありがとう”というコーラスで終わる童謡?だった。
それが家の評判になり、
叔母達が家に来るたびに、じゃがいもさん、じゃがいもさん、ほらほら踊りなさい、と催促された。
右足を斜めに出してかかとを付き、首をかしげ、両手の人差し指をほっぺに付ける、、、。
とにかくイヤで、長年じゃがいもさんの歌は忘れたようになっていたが、このたびふと思い出した。何でも載っているYouTubeで探してみたが見つからず、それはそれで少々残念だった。
ひもじさひとしおの戦後時代、ジャガイモはさん付けしたくなるほど愛おしく貴重だったのであろう(今でも大変美味しいが)。

さて先日芝刈りをしてもらったので、本日肥料を撒いた。これまで年末に一度撒いていたのを今年から頻回に変え、今シーズンはこれで三回目だった。下向きで行っているうち、暗くなり、雨雲に気がついたので写真を撮り、少ししてまた見上げると今度は赤く染まっていた。

18:51の北の空。

 

19:12の東の空は何とも良い色に変わった。

 

19:13の西の空。

夕焼け雲と夕暮れ電車のオレンジ色の窓明かり。
ほくほく線電車を撮りに行けば良かったかな、かなり残念だった。
日中飛行機雲が華やかに沢山見える日は美しい夕焼け雲をみることが多い。
本日はそんな日だった。

施肥のあと気持ちばかりの撒水をしたが、夜になってしっかり降りはじめたので芝はさらに生き生きするだろう。

柿の苗を剪定した若葉をテンプラにした 順調に推移する庭。

2019年7月10日(水曜日)

昨日は肥満解消の意識づけに関したことを書いたところ、随分長々となってしまいました。
一つだけ忘れていたことがありましたので、追加させて頂きます。

肥満された方にとって食事を減らすのは、当然損をしたような気持ちになるはずです。
それに対して、
“食事が減った分は損をしたのではなく、体の為にはとても得をしているんだ、良いことをしているんだ、としっかり意識してください。
“お腹が空いたら、その時こそ体が一生懸命異常な状態を整えているので、ああ上手く行っていると思って頑張って下さい”
とお伝えしています。

さて去る8日、柿の若葉について記載しました
調べると、柿に甘くしっかりした実をつけさせるため、かなり強く剪定するらしいのです。
そこで本日下方の枝や、内向きの枝をハサミで落としました。

すっきりした苗木、左下は落とした枝。

柔らかいあの若葉が沢山ついている。

若葉はテンプラにして食することが出来るというので、先端の柔らかい所を選んでみた。

そして昨日夕食にテーブルに載りました。

うす塩で味付けされている。
固いかもと思った茎も柔らかく、普通に食べることが出来た。
ほのかに草の香りがして、あるかなしか、あと口にかすかな渋みを感じた。
絶品というほどでは無かったが、若い木からのお裾分けを有り難く頂いた。

枝振りから5年目の苗でしょうか。これからぐんぐん大きくなりそなので、再来年あたり最初の実がなればと期待している所です。

本日は清々しい風が吹きよく晴れた。関田山脈に大きな夏雲が見られた。

庭では南側にリアトリスが咲き始め、すぐ隣にミソハギが蕾を膨らませている。
ミソハギは5年目、リアトリスは4年目か。手を加えなくても増えてくれて、頼もしい。
盆ばなとよばれるミソハギは、8月なかば過ぎまで咲き続けることでしょう。

いつしか夏らしくになった、早いなあと思う。二度も大風に見舞われたが、庭は順調に推移している。
スタッフに刈ってもらった芝生は多少の問題はあるものの、開館以来最も充実した緑になった。

「水を飲んでも肥るんです」。

2019年7月9日(火曜日)

①肥満はさまざまな点で健康を損ねる原因になる。
特に中高年で重要な課題だが、若年でも決して無視出来ない。
重篤な例で、ニュースで知ったマラソン中の芸能人の心筋梗塞や食後の突然死はいずれも著しい肥満の人だった。あるいはどうしてもコンビニを素通り出来ない超肥満の若者がトイレで突然死したケースに接したこともあった。
中高年では、ゴルフ場の昼食後、胸を押さえて真っ青になって倒れ、救急搬送された銀行員のケース、救急車の到着以前に死亡された退職直後の方、早朝の救急車に同乗し強心剤を打ちながらかろうじて病院へ到着した老人、いずれも肥満されていた。
このような最悪アクシデントは他人事ではなく、一線を越えた肥満は影響を足し算しながら身体を確実にむしばむ。

②ひごろ事業所健診の結果表を見る機会がある。
表の頭に身長体重比・BMIがあり、それだけで、続く項目にどれくらいチェックが入るか、およそ見当が付く。
BMIが25以上の人ではウエストに始まり肝機能、血糖値あるいはHbA1-c、脂質代謝の四項目にしばしばチェックが付く。高血圧も少なからずあり、目を凝らしてデータを見ていかなければならない。一方肥満の無いBMI22前後の人では、およそ最後までチェックが無い人が多く、あってもわずかでありく両者の明暗ははっきりしている。

③寿命は延伸し、2008年に始まった特定健診(メタボ健診)の意義はますます重要であり、メタボは決して死語ではない。
健診の事後指導などで、「まず運動そして食事」という見出しを目にする。しかし私は意識づけからしてまず何よりも食事だと思っている。
如何に熱心に運動をしてアウトプット(出)の増加を図っても、食事のインプット(入り)側をコントロールしない限り、代謝は改善されない。またそのことが納得されない限り、減食と体重改善は容易に実を結ばない。
さらに運動は個人の身体条件や能力によって、誰でも決まった分量を実行できるとは限らない。また運動だけで体重を減らそうとすると、体を壊すほどの量をこなさなければならず、日常としてはやはり無理がある。
一方食事は理にかない、誰にでも公平に出来、すぐにでも始めることが出来る。
食品会社の健康アピール記事は、およそ運動が強調されていて、やや辛い。
肥満者やⅡ型糖尿病の人ではまず食事。運動は身体能力に見合う取り組みにより、食事の効果を補完するものとして重要という認識で良いと思う。
これが自然な流れであり、単純にメタボ改善=運動ではない。

④さて日頃、
「食事を正すため少し加減しましょう」と言って、肥満の方に減食のニュアンスを伝えると、多くの場合、
「えっ、食事減らすんですか、私余計に食べていません」と始まり、説明が進むに従い、
「ご飯なんかこどもの茶碗一杯です」と手で茶碗の大きさが示され、往々最後に、
「私、水を飲むだけで肥る体質なんです」というホームランが飛び出す。
本当は多く食べるから、喉がかわいてよく水を飲み、食べたことを忘れるか省略して、「水をのんだだけで肥る」と仰る場合がほとんどなのだ。

⑤本日、ある患者さんが、某病院で診察を待っている間、カーテンの向こうから聞こえた話として次のような事を仰った。
そこでは肥満に関してまさに上掲のようなやり取りがされていたらしい。
そこでついに“水だけで肥る云々”のホームランが出て、医師は次ぎのように対応したという。
“えっ、本当ですか、それは非常に珍しい、本当なら凄いことです”
“丁度いま空いている病室があります。できれば直ぐに入院して調べさせてくれませんか。今からそれををご主人に電話してもらえますか”
と。
「凄い先生だなあ、と思いましたよ。大体水だけで肥るなんてのも、変な話ですよね」と、くだんの患者さんは笑いをこらえ仰った。
私自身、「水だけで肥る」に対して、“本当ならば確実にノーベル賞の研究対象になります”と言ったことが過去何度がある。
それに比べれば、先の医師は良くもリアルに話を進めたものだと感心した。
しかしこのように一種否定的な対応だけだと、さすが「水だけで云々」は仰らなくなるが、肥満是正の本番はそれから先であろう。

⑥かように減食の提案はまず必死の抵抗に出合う。
それだけ食事、なかんずく満腹あるいは肥満レベルの摂食は、その人の幸福に強く結びついていると言える。
このような場合、いくら診断基準や疾病リスクを持ち出しても、軽い脅しにしか聞こえないのではないだろうか。
だが、「先生、少し脅かしてください」
3,40年前の糖尿病指導会でたびたび行政保健婦(当時)に言われた。
脅しはともかく、疾病のメカニズムと合併症の脅威を説き、摂取カロリーの話を何度もしたが、成果は判然としなかった。
指導会の前段で保健婦さんたちの話を聴いたことがある。
だが彼女たちの体型がひと目で分かる肥満だったので、殆どの場合講話はアハハ、オホホの笑い話にしかならなかった。

⑦その後「肥満は体質」と粘る人たちに対して、私は以下のように過食と身体の限界、そして健康と幸福を話すようになった。
“食事が幸福の時間であり、少しでも多く食べたいというのはよく分かる”
“ずっとそれが続けられるなら、一番良いかもしれない”

“だが、残念ながら私たちの体には限界があり、年取るに従って一層それがはっきりしてくる。
胃腸、あるいは膵臓や肝臓、何より大事な心臓などの内臓、さらに血液や神経までがどんな量の食事にも耐えられるという訳ではない”
“あなたの内臓や血液は、
「もう少し食事を減らしてください。私辛いんです」と言って、必死に我慢していることが考えられます。
食べたいのはお口だけで、大切な体はもう勘弁して、といっているように思います。
内臓や血液は声を出せないため、黙ってあなたの食事に耐え、もしかしたら食事のたびに辛くて泣いているかもしれません。
自分の人生を支え幸福に暮らすため、これから健康は最も大事になるのではないでしょうか。
その健康を一生懸命支える内臓や血液に我慢をさせたり、泣かせていて本当に良いのでしょうか。
今まで十分に食べてきたのだから、そろそろ変えてみるのはどうでしょう。
これまであなたを支えた内蔵にありがとう、と言い、これからはそれをいたわり、大事にします、という風に考えてみましょう”

“老後は長くなりました。
しかし、我慢していた体が、ある日突然大病を起こし救急車が来る、あるいは後遺症で生活が一変することは十分に考えられます。
体に負担を強いるより、一割で良いから野菜以外の食品を全体に減らし、間食はこれまでの半分にして明日に回してみませんか”
“そもそもスーパーで余計に買わないことから始めたいですね”

“体重が減るのは足腰や心臓にも良く、動きは今より軽くなるはずです。
満腹より健康が一番と考えて、これから少し方向転換してみましょう”
「体はそのことを待っているはずです」

現場で、私はざっとこのような話をさせてもらうようになった。
私の気持ちではなく、患者さんの体の気持ちを比喩化して話しいるつもり。
時間があって一気に話すこともあれば、何度か分けて話すことや、繰り返すこともある。
このようにしてから、
最初に語気を強めて反発していた人が、最後に“ありがとうございました”、と礼を仰る人が出るようになった。
肥満は体質、と言いつつ、多くの人は出来れば減食して痩せたいと願っているのではないかと思う。
お礼を仰る人は、話の内容よりもこちらの熱意に納得されたのかもしれない。

⑧一ヶ月前、むくみがあり、会話と動きがつらい80半ばの肥満した老人に、利尿剤の注射をして減食、減塩の話をした。
本日診てみると下腿のむくみがほとんど取れ、なにより表情が豊かになり、明るい目をされていた。
6キロ減らしましたよ、とはっきりした口調でご本人が仰った。
全然元気になりました、と傍らの娘さん。
バランスよく毎食、野菜以外の一割を意識して減らせば(実際は3~5パーセント前後でも)、身長153㎝、60キロ超の体重は一ヶ月で5~6キロは問題無く減る。
なにより意識の変革が大切であり、この方は、もう一段確実に減らせると期待している。

⑩食事の課題を省いて血圧高めの人に、血糖値が高めの人に、と謳う商品を勧める広告が氾濫している。
食事をそのままにして、薬の数と量を増やすのが治療だと考えている人も少なくない。
開業を始めて来年は50年、しがない老医の限界をまことに申しわけない、と常に思っている。
ただ、食事とタバコ、それにアルコールの三点だけは、まず丁寧にお話ししなければと考える昨今なのです。

今ごろ柿の若葉 草木へのあこがれ。

2019年7月8日(月曜日)

本日ふと見た柿の苗木に若葉がついていて、それが花の蕾の趣きがあり目を奪われた。

 

 

 

 


いずれも幼い若芽を包むように若い葉が開いている。その様子には幼弱な部分を守ろうとする優しさを感じた。
それにしても今ごろになって若葉が開いてくるとはかなり遅い。春に出芽したはずなのに不思議な話だ。

思い返せば今年5月18日、一帯にひどい熱風が吹きこの苗も激しく煽られた。

 

一日中熱風に晒された5月の苗木。
もしかしたら一旦出た若葉は風によって駄目になり、このたび再度出芽したのか。

 

“柿8年” この苗木が生長して実がつき、それを食べる日は何時だろう。
その頃は、枝の下を人が歩くような具合になっているかもしれない。
※話それますが、奈良には美味しい柿の葉寿司がありますし、柿の若葉は天ぷらに良いと聞きます。数年先、可愛い若葉の天ぷらを一度食べてみたいと思っている所です。

春の強風と言えば、上記した風の日、隣の空き地にある松もひどい目に遭っていた。

熱風でひょろひょろに変形した松の芽。
この先どうなるか心配だった。

 

それが現在以下のように真っ直ぐに若芽を伸ばして持ち直した。

本日の松はとてもたくましい。

生き物の再生や立て直しの仕組みは何万年、何十万年かけて出来上がったものであろう。
彼らの凄いところは、リスクの多い環境の中で、修繕や再生を黙々と一人行っている点であり、私などとても叶わない。
古来進化の先頭にいるという人間は、一応信頼できる自己回復の仕組みを有している。
しかしながら、長年余りに多くを望んだため、急いだこともあり脆弱な部分を残したままの進化という側面がある。
その結果敏感で傷つきやすくなった心身は、維持再生のため他者の協力を必要とする道を選んだ。
そして今日医療に福祉と保健はともかく、政治、経済、流通、保険、教育・文化に情報、娯楽に相談からおしゃべりまで、まことに複雑な仕組みを“社会”として実現させた。

年取った私はそれらが余りに膨大で混み入っているため、何でも一人でゆっくりやる草木を羨ましく思うことがある。
樹下美術館のカフェでぼんやり庭を眺めながらお茶や食事をするのは、あるいは庭仕事に没頭するのは、年に一度花をつけるだけの草木へのあこがれかもしれない。

各所からのお客様 館内で安心のわんちゃん いわし雲 夕焼け電車。

2019年7月6日(土曜日)

清々しいお天気に恵まれた土曜日、皆様にいらして頂き有り難うございました。
三重県、東京都は神楽坂、横浜などから当地へいらした方達がお寄りくださった。
展示、カフェのお茶や食事、庭、それぞれ梅雨の晴れ間の土曜日を楽しんで頂き嬉しかった。

午後美術館に行くと、駐車場に置かれたボックスで犬が悲しげに鳴いていた。
赤ちゃんづれのご夫婦が受けつけにいらして、外の犬を心配しておられた。
ワンちゃんは皆様と一緒の方が安心するのではないでしょうか、どうぞ中に入れてあげて下さい、とお伝えした。
あとでお尋ねすると、館内でご家族と一緒に楽しく過ごしされたとお聞きした。

午後遅くになると空はいわし雲で一杯になった。

 

夕刻の百合といわし雲。
先日釣りの方から頂いたオオバイワシを思い出した。

いわし雲の日などは鮮やかな夕焼けが見られそう。
いつものようにほくほく線の高架橋へ行ってみた。

 

 

二両編成の電車が夕焼けに向かって下っていった。

 

いっとき大空が真っ赤になったが、およそ一時間に1~2本の通過なので、本日も肝心の時に暗くなってしまった。イメージどおりに撮れるのは何百回に一枚という世界のようだ。それでもいつか夢のような夕焼け電車を撮ってみたいと願っている。

秋のイベントのお知らせその2「秋の美術館ジャズはジプシー・スウィング」

2019年7月5日(金曜日)

本日は秋のイベントのお知らせその2です。
樹下美術館では今秋10月5日(土曜日)に初めてジャズの演奏会を行います。
1910年ベルギー生まれのロマあるいはマヌーシュと呼ばれるジプシー出身のギターリスト、ジャンゴ・ラインハルト。
彼は左手の不自由を克服し、ジプシ・ースピリットあふれるスウィング・ジャズを確立しました。

特に1934年にヴァイオリニストのステファン・グラッペリと共に結成した「フランス・ホット・クラブ5重奏団」は好評を博し数々の名演を残しました。鬼才ジャンゴは新たなジャズギターの道を開き、世界に影響を及ぼし、アメリカの大御所たちとも共演を果たし、敬愛されました。
45才で亡くなりますが、ジョン・ルイスによって名曲「ジャンゴ」が捧げられ、後に生涯は映画にもなりました。

 

コンサートの案内DMから

【演奏会の詳細

場所:樹下美術館 〒949-3103新潟県上越市大潟区潟町253番地1
電話025-530-4155
日時:10月5日(土曜日) 午後3時開場 午後3時30分開演
出演バンド:じゃんごっこ(ジャンゴ&ステファントリビュート)
入場料:大人お一人2000円
※参加ご希望の方は予め上記お電話にお申し込みください。
会費は当日の窓口でお願い致します。

 

以下YouTubeの動画からジャンゴ、ステファンらフランスホットクラブ5重奏団の演奏です。

 


ジャンゴの代表曲の一つ「マイナー・スウィング」。1937年。
ステファンのヴァイオリンが熱を帯びると「カム・オン!」などと声を掛けているのはジャンゴ?

 


「J’attendrai(ジャッタンドレ:待ちましょう)」を演奏する実写のフランス・ホット・クラブ。1945年。
ジャンゴに次いでステファンが弾き始めると、カードをしていたメンバー達が加わる。
18才の日、ジプシーの旅芸人一座が乗るワゴン(幌馬車)が出火し、ジャンゴは重症を負う。その時の後遺症で左手第4,5指が不自由なのが分かる。熱意と研究、そして努力によって大道芸だったフランスのジャズを舞台芸術にまで高めたジャンゴの功績は貴い。

秋の午後の美術館で、郷愁とエスプリが漂う、スウィンギーなジャズサウンドをご堪能下さい。
どんな音が鳴るか、最初の1音から楽しみです。

秋のイベントのお知らせその1:講演会「建築と私」 ー樹下美術館の設計者・大橋秀三氏が語るー

2019年7月3日(水曜日)

今年の秋は珍しく催事が三つもあり、忙しくなりそうです。
本日は樹下美術館を設計された建築家・大橋建築設計工房の大橋秀三さんの講演会をご案内致します。

 

 

【講演会】
日時:2019年9月28日(土曜日)
午後2時30分開場 午後3時から講演

場所:樹下美術館 陶芸ホール
参加費:無料
途中休憩をはさみ、後半は不肖館長と対話をさせて頂きたい、と考えています。

ひらめきと美的センスに恵まれた大橋秀三さん。
樹下美術館の建設にあたって、ただお一人氏を思い浮かべ、待ちきれずに設計を依頼しました。全体と細部にユニークで豊かななフォルムを提案され、それらを検討し磨く。完成までの日々は楽しさと驚き、そしてスリル一杯の毎日でした。

数多くの受賞をされ、一途で夢中な才人。
あれから12年、大橋さんの樹下美術館は多くの人に見てもらい、成長を続けています。
9月28日、あらためてお話を伺える日を楽しみにしています。

2019年7月
« 6月   8月 »
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

▲ このページのTOPへ