新たな年が明けました。

2026年1月1日(木曜日)

開けましておめでとうございます。

年末に以下の様な旅行をしました。
・12月28日午後、京都着、旧知のご夫婦と食事後京都泊まり。
・12月29日、同夫婦と京都市内東山散策のち岡山市へ、同市池田動物園の後岡山市泊まり。
・12月30日、岡山県高梁(たかはし)市へ、頼久寺参拝のち吹屋地区のべんがら通り観光のち岡山市泊まり。
・12月31日、後楽園、岡山城観光のち吉永市の閑谷(しずたに)学校を見学して帰郷。

旅行の報告はこの先順次掲載させてください。
今年も何卒宜しくお願い申し上げます。

今年下半期(8月以後)の皆さまのお声から一部を掲載致しました。

2025年12月30日(火曜日)

樹下美術館では館内に何冊かノートを置き、気の向くまま皆さまにメッセージをお書き頂いてています。
今年も沢山書いていただきました。
樹下美術館ホームページ「お声」の欄に今年8月以後、下半期分を掲載致しました。

当欄ではその一部を載せました。
皆さまには心が伝わる温かなメッセージを沢山お書き頂き、心から嬉しく思い、深く感謝しています。
来たる年も精一杯励みますのでどうか宜しくお願い申し上げます。

●メッセージの一部(2025年8月以後の分から)

・産後2か月経ちました。子どもが大きくなったらまた来ます。

・落ち着いた雰囲気が心地良かったです。また大人になったら来ます。

・初代陶齋の美術館と聞いてやって来ました。二代目とは違って感じ入るものがあり心に響きました。

・齋藤三郎の作品、いつ来ても新しい感動と発見があります。この地ならではの美しいやきもの、次の世代にも必ず伝えていきたいです。いつもすばらしい作品を見せていただき、本当にありがとうございます。

・何度も通りがかって気になっていました。静かで涼しくて良い場所。「男(O氏の像)」が好きです。

・断水になりませんように!節水忘れそうです。ゆっくりしました。ありがとうございました。

・樹の下のとっても身近な美術館。

・よく来ます。一人でも、お友達とも…私のいこいの場所です。

・子供が無事に生まれてきますように。沢山お出かけしよう。ケーキ美味しかったです。

・岡山県から来ました。ひっそりと佇む美術館。ゆっくりと心地良い時間を過ごせました。

・秋分の日、水と森公園をたっぷり散歩してからランチに伺いました。春は娘ときましたが、今日は夫とです。暑い暑い夏は終わるのでしょうか。すこし秋めいてきました。

・人类应该尊重自然 敬畏 一篇在日本各地巡回的随笔。
人間は自然を尊重すべきです。畏怖の念を抱いて。日本各地を旅したエッセイ。

・初めて来ました。ゆったりと過ごせて私のお気に入りの場所になりそうです。少し悩んでいたのですが、リラックスできました。また来ます。

・山に行った時と同じ位のいやし空間をありがとうございます。場所、自然、お店の方のステキさ、今日もいい日になりました。かわいいカップありがとう。

・富本の絵手紙たのし石榴の実

・抹茶って美味しいですね!家でも飲んでみます

・主人の仕事の参考にさせていただきたいと思い初めて来ました。展示品の一つ一つにも愛着を感じ、じっくり楽しませていただきました。仕事に関わって丁寧なご対応もしていただきとてもありがたかったです。長野県中野市にも、こんな憩いの場ができるようがんばります。

・はじめて来ました。静かでおだやかな所で頭痛が軽くなりました。雨が降っていましたが紅葉がきれいで心がいやされました。天気の良い日にまた来たいと思います。

・平日の昼下がり、私は安息の地を求め、ここへ来た。今季の営業は終了したかと思ったが、駆け込みセーフ。春の足音が聞こえる頃、きっと私はまたここへ来るだろう。

・またあなたと一緒に来られますように。

・大切な人と、今日みたいな幸せな時間をもっとずっと過ごせますように。

来たる年の幸運を願って
コウノトリの再掲です。

長い夏の暑さは秋まで続きましたね。

二つの話題 「ブルーカラービリオネア」とローラさんが農業。

2025年12月26日(金曜日)

●話題1

この所「ブルーカラービリオネア」という言葉が目に付くようになっている。主にアメリカで起こっているAI拡大による雇用傾向の変化を指しているようだ。
以下Yahoo!ニュースから引用です。

日本では、介護や工事現場などで深刻な人手不足が続く中、アメリカでは、肉体労働者の給与が高騰する『ブルーカラービリオネア』と呼ばれる現象が起きています。経理から配管工に転職して給与が3倍になったケースもあります。 日本でも将来、同じような現象が起きるのでしょうか。
※ビリオネア:億万長者

このような記事は多数みられ、日本に於けるAIの浸透はまだ米国ほどではないようだが、ブルーカラーが有利な状況はすてにシニアの転職者で起こっているという。

かって三密が厳格だったコロナ時代、密閉密着する事務職が受ける極端な制限を見て、一定のチームワークのもと、一人の手仕事が基本の職人や肉体労働伸がびるのではと話したことがあった。
このさき日本でもAIの伸びによって業種、労働別の給与評価が変わる節目があるのかもしれない。

●話題2
もう一つはタレント「ローラ」さんに関する記事。彼女はこのたびインスタグラムで本名を「佐藤えり」と明らかにしたうえで佐藤家の先祖が眠る新潟県で農業を行うことを表明したようです。

頭がよさそうな彼女が示した言葉などから、「農」や「土」の生産性と精神性への理解は本物ではないかと信じたくなりました。
県内の拠点は分かりませんが、新潟県としても有意義なニュースではないでしょうか。
インフルエンサーとしてアイコンとして、当然個人として粘り強く頑張って欲しいですね。
それにしてもあのローラが佐藤さんとは、急に近所の人になったようではありませんか。

遅くなってしまいほぼ鳥の写真です。

2025年12月25日(木曜日)

昨夜は昔ながらのクリスマス。

昔と違うのはケーキが小さくなったことと
家内ともども年取ったことでしょうか。

本日休診の木曜日はやはり鳥でした。

潟田の雀です。

朝日池周辺にいた二羽のコウノトリ。
吉川区で育つ若鳥だと思います。
幸運を感じました。

朝日池のタゲリ。数年前、初めて見てから
しばしば目にするようになりました。

夕刻、朝日池のハクガン。
雪降るようにねぐら入り。

本日はニュースを見て二つの事に興味を持ちました。いずれも新たな傾向と個人の出来事で密かな頼もしさを感じました。
いずれも政治がもたらすようなものではなく、社会や個人の現象と考えられましたので余計にジンときました。

出てきた紛失携帯。

2025年12月23日(火曜日)

昨日の当欄で先週末の上京の記事を書いた。
実は20日土曜日の上京で、ホテルに到着すると携帯を新幹線の車内に置き忘れたことに気がついた。

置き忘れた場所は明瞭で、座席の窓側、座面と壁の堺目にくっつけるように置いた。妙な場所だが置いたのには訳があった。
数日前ボロボロになったカバーを取り外した携帯はツルツルして、ともすると滑ったり落ちたりした。当日車内で調べものをしながら本を読んだところ、何度か床に携帯を落とした。それで前述のような場所に置いたのだが、東京駅で急いだため忘れて降りた。

妻の携帯を借りてホテルから東京駅に電話したが届けられていないという。持ち去られを心配して通信もとのドコモに連絡。
すると通信機能を止め、最後の位置を調べてくれた。直近は埼玉県上尾が同定され、東京から戻った新幹線車内にそのままあるのかもしれません、と言われた。終点を敦賀駅と想定して同駅の遺失係にも届け出た。

以来2日目の昨日、どこからも連絡は無く午後から購入先の柿崎のドコモショップへ行った。予約無しだったがスタッフはすぐ対応してくれ、待つ事しばし、携帯は金沢駅を含むエリアにあることが分かった。

戻った列車の行く先は敦賀ではなく金沢だった。
飛んで帰り駅の忘れ物センターに電話すると、ハイ、ハイ、ハイ、と聞いて下さり、
「その携帯ならありますよ」と仰った。
「すぐ着払いで届けます」と言われ、住所氏名を告げた。

そして本日昼前、早くも小包が届きいた。

迅速丁寧な対応だった

誰にも持ち帰られず、東京駅手前から東京、そこから金沢まで新幹線の目立たない所で壁にくっついたままだった携帯。使いこなせなてない機械だが申しわけ無く思った。

携帯の紛失では、思い当たる駅、警察への届けも必要であろうが回線会社、よしんば購入店での助言や探索は最も現実的ではないかと実感した。

いきさつは以上ですが、対応頂いた機関の皆さま、特に柿崎ドコモショップ、金沢わすれ物センターのスタッフさん、本当に有り難うございました。

週末の上京 カーヴ・デ・ランパール 「良寛の書簡」特別展。

2025年12月22日(月曜日)

先週末展覧会を観に上京した。20日土曜日、夕食は妻の兄さんと一緒だった。氏は発達心理学分野で、長くある女子大の教授をされた人。

場所はかって長男が案内した「カーヴ・デ・ランパール」。ワインリストは超一級で、食事は見た目お洒落なフランス料理とは異なり、プロが作る本格的な家庭料理。

私は飲まないので妻、義兄で白1本と赤のグラスワインを飲んだ。ここには基本「ノンアルという飲み物」は無いため、「水」を勧められるが、10ミリリットルばかりの乾杯ワインを4時間掛けて舐めた。

前菜のテリーヌに続いて、
茹でキャベツと桜エビの料理。
栃木のキャベツは青く驚くほど柔らかだった。

「牛モツのオニオングラタンスープ」
美味しさがあふれ出ている。

デザートの「ほうじ茶のフロマージュ」
確かにほうじ茶の香り。
乗っていた「わさび塩」が素晴らしい。

女子大の止まらない入学者減による規模縮小や共学が進んでいる現状を聴き、旅などの話に花が咲いた。
4時間近く居て三人の会計は税込み4万480円だった。

翌日日曜日午前はまず「良寛の書簡」特別展を観に行った。会場は東中野の「東京黎明アートルーム」。周辺は学生時代に友人がいた懐かしい所。少し若返った気持がしてホテルの新橋から電車で向かった。

会場のアプローチ。
徹底して磨かれている。

会場は閑静な東中野の住宅地にあった。受付で入場券を渡すと、招待券ですね、どなたからのものですか、と訊かれた。小島正芳先生からです、と言うと喜ばれ、万事丁寧に応対して頂いた。

美術館は2階建てで、外観に比しはるかに十分なスペースがある。小島先生が企画・展示・解説にと、中心的な役割をされている「特別展」だった。

書簡は良寛の父母兄弟あるいは知人恩人たちとのやり取りで、いずれの書面もこまやかな愛情に加え気品と教養にあふれていた。

二階にあったさわやかな茶室。

床は「天満大自在天神」の軸。
良寛ならではの楷書は、「在」に
関して逸話が残る名作。

軸は唯一撮影許可されていた。

茶室前に革張りのソファー。
茶会の待合を兼ねているのだろうか。

誠意が尽くされた展示会場には絶え間なく来場者さんがあった。観終わり、受け付けを通る時に、感想を聞かれ、「心洗われました」とお答えした。

昨夕食はヘビーだったため朝食を抜いていた。当日は電車に乗り、良い展覧会をじっくり観たのでお腹が空いた。駅近くで昼食のカレーを美味しく摂った。出先で昼食するのは珍しいことだった。

駅前の環六(明治通り)も懐かしい。
建物は変わったが雰囲気は同じ。

美味しくカレーを食べた店内。

もう一件別の展覧会を観る予定だったが、良寛を堪能後これで十分と判断、帰路に着くことにして駅ビルに寄った。

駅ビルのカフェスペース。
生活への密着感がある。

駅ビルは大規模ではないが、カフェのほか書店・文房具、食品、菓子店などが有機的に配置され、賑わっていた。
カフェで読書する人達をみて、東京はいいなあ、近くにこんな場所があって、雪国では何ヶ月もこもりっ切りになりかねない、と思った。

さて実は前日、東京への新幹線で携帯を車内に置き忘れました。
それが二日後の本日午後、有り難いことに所在が分かりましたので、後日その顛末を書かせてください。

ハリハリ漬け 今夕の食事。

2025年12月19日(金曜日)

廊下で匂っていた干し大根が昨日ハリハリ漬けになった。

夜間自室にいると隣からトントンと音がする。行くと妻が細くシワシワになった干し大根を切っていた。次いでスルメとコンブを切り、瓶に醤油、ミリン、タカノツメ少しのダシに漬けてハリハリが完了した。

大根はお客様から頂いていた。

暮から食べられそう。

かって未経験だった九州の母は髙田の祖母にならって作っていた。妻も髙田なので同じものになる。神奈川県では干し大根メインで常食的に食されるらしい。

今夕食は買ったピザと妻製の鶏肉のトマト煮
及びカボチャのスープでした。

かなり寒かったのですが終日よく晴れた金曜日。

過日「唐椿」の枝を挿し木してみました。しかし数日前ついに葉が枯れ落ちて中止しました。駄目もとの試みでしたが生気が落ちる冬期の挿し木はやはり無理でした。

荒天後の海岸 戦中生まれのさが カワラヒワの水浴び 初々しいモズ ハクガンの飛来。 

2025年12月18日(木曜日)

休診の午後柿崎海を歩き、新井柿崎線を走って帰った。荒海や冬鳥を見るつもりで出かけた。

柿崎海岸で車を停めるとカワラヒワが前の水溜まりで水浴びするのを見た。私はホッカロンを背中や腰に貼っているのに冷たい水溜まりを浴びるとは、野性は本当に謎だらけだ。

次々と水溜まりで浴びるカワラヒワ。

柿崎川の小さな突堤までシーグラス見つけながら歩いた。

シーグラスは色、形の良いものがあった。
染め付けの陶片も。

突堤から撮った波浪。

数日続いた悪天候は静まっが海はまだ荒れている。遠くに釣り人だろうか、小さな影が見えていた。
このような厳しい冬の光景を見ていると「異国の丘」の歌を思いだし、頭にメロディーが流れた。
“今日も暮れゆく異国の丘に 友よ辛かろ切なかろ”

昭和17年生まれは少年時代にこんな歌を覚え、日常はメザシとタクアンに親しみ、三輪車を買って貰った弟を羨ましく見ていた。
だれが何と言おうと生涯の信条や感覚はこんな時代の事象が基になっているのでは。

帰路の農道で見たモズ。
新鮮な印象だった。

お天気は次第に良くなり美しい夕焼け空となった。朝日池の白鳥を撮りに再度出かけた。
池の遠くに白い鳥の列が見えた。撮ってモニターをみるとハクガンだった。

100羽ほどだろうか。
ハクガンらしく真っ直ぐ並んでいる。

このところ年が明けて飛来するのを見てきたが年内に来たとは。鳥たちはカレンダーを見ないのは知っているが、それにしても早かった。

来年3月なかばまで留まるのだろう。
あまり邪魔にならなにようにしますので、今冬もどうか宜しくお付き合いさせて下さい。

ラベンダーの雪囲い。

2025年12月17日(水曜日)

本日冬休み休館2日目水曜日、在宅訪問も無い日で午後はラベンダーの雪囲いをした。

今夏はじめカフェの窓下に植え、可憐な紫花は好評だった。しかしすぐにそこは窓の雪囲いの下、屋根から落雪が集中する場所だったことに気づいた。

あるお宅の立派なラベンダーは長年何もしないと聞いていたけれど、ここはそうは行きそうもなく囲うことにした次第。
やや温かめの午後、小一時間、妻と取り組んでみた。

 

防雪板の下に並んだラベンダー。
3分の1ほど先ずカットした。

 

支柱を3本立てヒモで縛っていく。

 

奥の方はやや大きめ。

一応の予定仕事は終わったが、何しろここの雪は尋常ではなく、大きな屋根からドサドサと何回も何回も集中して落ちる場所。
あらためて見ると少々心細い。真ん中にもう1本太めの支柱を立て、さらにグルグルまき付けなければならないのではないだろうか。
およそ2,30㎝の高さにカットしたので、丈夫なアクリルバケツを被せようかとも話している。
しかし雪の力は強い。それすら壊すかもしれない。

傍らでひっそり咲いていた名残のバラ。

本日樹下美術館の後片付けの日 ラヴェルの名曲がポピュラーやジャズに。

2025年12月16日(火曜日)

本日は後片付けの日、5人のスタッフで手際よく今年度の展示や庭の冬支度が終わりました。
来春まで美術館は庭の木々と共に静かな眠りに就きました。

二つあるベンチも囲われました。
ブルーシートは感じが寒々としますので
いずれ色を変えようと考えています。

来年度の展示予定はほぼ決まっていますので年が明けましたら掲載致します。

厳冬に向けカフェの前のラベンダーが屋根からの落雪にどう耐えるか唯一の懸案です。対策の道具が揃う来週に手を付ける予定です。
今夏好評だっただけにラベンダーには是非とも無事に雪を乗り越えて欲しいと願っています。

以下1930年代後半に流行したという古い曲「The lamp is low」です。ほの暗い灯り、小さな灯りという意味でしょうか。歌詞に高い月の深夜、低い灯りのそばで貴方と一緒に居て幸せという風に歌われています。


昨日同様ノーマン・ルボフのコーラス。


スウイングするテンポで。

「The lamp is law」は以下のラベルの名曲「亡き女王のためのパヴァーヌ」を原曲としたものです。後に交響曲にもなりましたがラヴェルがはじめに書いたのは1899年のピアノ曲だったようです。
ちなみにこれは、亡くなった人への葬送曲ではなく、ベラスケスの名画「王女マルガリータ」の肖像画(ルーブル美術館所蔵)にインスピレーションを得て書れたということです。
疲れが鎮まるような曲ですね。


ラベルのピアノ曲で。

時折小雨が混じった時間、美術館と庭の一年の片付け、本当にご苦労さまでした。

本日2025年度の最終日。

2025年12月15日(月曜日)

本日で2025年度の樹下美術館が終わりました。3月15日から開館以後皆さまには沢山のご来館、ご協力を頂き本当に有り難うございました。お陰様で19年目が無事に終了しました。

さて昨日は少し触れましたが、アリゾナ州からのALTさんが友人と来られ、展示やカフェのパウル・クレーの画集をご覧になりノートに可愛いメモを残されました。

スイスのパウル・クレーセンター
クレー作品の60%、4000点を所蔵しているという。
(スイス政府観光局のホームペー-ジから)

 

細長いメモには以下のように書かれていました。

Thank you for a wonderful visit. I could visit here thanks to my coworker,on a windy winter’s day ,with a rainbow in the sly. I hope to visit again in the spring. The matcha set was delicious ,and the art was lovely to see. Thanks very much! K from Arizona R712/14.
素敵な訪問ありがとうございました。虹が掛かる風強い冬の日、同僚のお陰で来ることが出来ました。春になったらまた来ます。抹茶セットは美味しく、展示は素敵でした。とても感謝しています、アリゾナからのK R7 12/14。
というような内容でした。
Matcha:抹茶は外国人さんにも人気だと聞いています。Kさん有り難うございました、どうかまたいらして下さい。
今年後半のノートには他に何筆かの英語メモがありましたので、折々紹介させてください。

以下は「Days of Wine And Roses 酒とバラの日々」をYouTubeから引いてきました。


ノーマン・ルボフ合唱団。

私は普段飲みませんが、こんな昔の曲を聴いていると少し飲んだような気分になります。

本日お客様から妻と私にと頂いた靴下。

毎年靴下をプレゼント頂くお二人さん、今年も大変有り難うございました。来年春の開館まで色々と宿題があり、ある意味あっという間かもしれません。
皆さまとともに風邪に気を付けまたお目に掛かりましょう。

冬休みあいだもブログは続けます、館長。

今年最終日曜日,午後のひと時。

2025年12月14日(日曜日)

樹下美術館2025年の営業は明日12月15日までで、今日は最終の日曜日でした。風強く時折雨が吹き付け、午後の給油の帰りに大きな虹が掛かっていました。
いつもはこの季節にしばしば虹を観るのですが、今期は初めて。慌ただしかった一年を思いだし虹を眺めて行く先の幸運を祈りました。

美術館は賑やかでカフェには何組ものお馴染みさんがお見えでした。中高同級生のA君夫妻、ALT(Assistant Language Teacher:外国語指導助手)さんをお連れしたB先生、お茶仲間のCさん親子の皆さまにご挨拶ををさせてもらいました。

Aさんご夫婦からは、先日来2回続けました当欄の「お婆さんのようなお爺さん」は良かった事、私(館長)はそのようなお爺さんになりそう(既になっている?)と褒められました?

Aご夫婦がよく飲まれるクリームソーダー。
室内が暖かく、私も頂きました。

クリームソーダーは私達のこども時代に、滅多に無い髙田、直江津行きでようやく飲めたあこがれの飲み物です。そういったものへの好みは生涯に渡って続くのですね。

初めてお会いした米国からいらしてるALTの先生は本棚からパウル・クレーの画集を出しておられ、明るいページを指差して嬉しそうな表情をされました。喜んで頂き嬉しかったです。

Cさん親子には開館の2006年来訪ねて頂き、もうすぐの冬休み閉館は寂しいと重ねて訴えられました。
来年度や懐かしい話などを沢山しました。

私が出向いた頃の駐車場風景。

美術館にいた時間に時折陽がさしましたが、夕方から雨風が強まり、当地らしい悪天候に変わりました。

本日ご来館の皆さま真に有り難うございました。

「お婆さんのようなお爺さん」ズボン編 悪天を予告する雲。

2025年12月11日(木曜日)

去る12月7日、女性用のセーターを挙げて「お婆さんのようなお爺さん」を書きました。

ところでかって出先で、ある出来事が起こり、挙げ句の果てに女性用のズボンを着用して帰ったことがあります。少々変わった事件から何年か経ちましたが、セーターに続き「お婆さんのようなお爺さん」の関連としてズボンの一件を加えせてください。

ある年の春、妻に知人を加えた三人で県央の料理屋さんを訪ねました。テレビで紹介された雰囲気の良い店です。清々しい館内の立派な部屋に次々と運ばれる料理は見事なものでした。

十分頂戴すると、ご飯とお漬け物が出され、赤い椀で卵とじの澄まし汁が一人一人へ運ばれました。

ところが着物を着たお運びの若い女性は三人目の私の傍まで来ると突然つまづき、私に向かってお椀が飛びました。
出来たての熱い汁はほぼズボン全部にかかり、おしぼりやハンカチを総動員して皆で拭き、厨房へ走った女性はお女将さんを連れて来ました。

ああ申し分けありません、申し分けありません、本当に申し分けありません、というお女将さんを加えて拭いたりぬぐったり。

どうしましょう、どうしましょう、ちょっとお待ち下さい、と言ってお女将さんは下がると一本のズボンを手に戻って来ました。
「市内で一番気に入っている店であつらえたものです。丁度合うのでは、申し分けありません、一度履いてみて下さい」と仰います。

隣の部屋で履いてみました。想像以上に柔らかなツイードのズボンはスルリと入り、長さやウエストもすんなり収まりました。
お返し頂かなくても大丈夫ですと言われ、「お婆さんのようなお爺さん、ズボン編」の出来上がりでした。

ひと騒動のあとで記念撮影。

珍しいツイードズボン。
手作り感満点です。

長生きになってくると変わった事も起きるのですね。

さて本日夕刻の空に悪天を予告するトロリとした怪しげな雲が見られました。

 


雲を撮ったあと帰宅して美術館と医院の忘年会の会場へ向かいました。色々失敗を重ねた一年。皆さまには本当にお世話になったと実感したひと時でした。

終わって外に出ると激しく雨が降り風が吹いていました。

頂いた椿を挿し木してみた。

2025年12月9日(火曜日)

去る11月24日の当欄に、ある方から頂いた珍しい唐椿の事を書きました。気品があって力強い花をとても気に入りました。
今から1週間ほど前、およそ花が終わるころ、この花が美術館の庭に咲いたならと夢見て挿し木を試みました。

一般に椿は挿し木に適していますが、私は初心者であること、冬は挿し木に全く適さないことから無謀とお叱りを受けることでしょう。しかしダメモトでもいい、出来るだけのことをやってみようと試みた次第です。

最先端の最も若い枝の切り口に発根剤を塗って清潔な用土に挿し、光を控えた室内で僅かに温かめの水を切らさないように保つだけ。
ちょうど1週間が経ちました。三分の一に切った三枚の葉のうち既に2枚は落ちてしまい、1枚の葉と小さな芽は最後の力を振り絞っているように見えます。

これが6月か7月はじめ、芽や枝の生育が旺盛な時期だったらどんなに良いことでしょう。知識も何もない者がモ冬にモヤシでも育てるような事を椿の細枝に強いているのですからまるでイジメです。ですから失敗したら花の王から厳罰を受けかねません。

 

 

 

明るくならないよう薄い被せものをかけている。

葉が落ちても尖った小さな芽が残っている限り続けたいと思っているところです。
何とか2月まで持ちこたえて、切り口にチョロチョロと細い根が出てこないかなあ。

「お婆さんの様なお爺さん」とは もらい物のセーター。

2025年12月7日(日曜日)

以前ある動画で高田純次と上沼恵美三子が司会する番組を観た。ふとしたことから「お爺さんのようなお婆さん」が話題になった。すると「お婆さんのようなお爺さん」っているかしらと話が転んだところで,高田純次氏は突然お腹を抱えて猛烈に笑い出した。
「お婆さんのようなお爺さん」は彼のツボに完全にはまったらしくそれを繰り返しながら息も絶え絶えに笑ったのである。

確かに「お爺さんのようなお婆さん」は何となく想像できる。銀髪で短髪、少し怖い目のお婆さんなら居そうだ。
反対にお婆さんのようなお爺さんとなると、すぐには想像出来ない。小柄で背が丸く、ハナメガネでも掛けているのだろうか、どこか優しい顔が浮かぶが、果たしてそんなお爺さんているのだろうか、いるならどんな風にしゃべるのだろう。

高田純次が想像したのは摩訶不思議で大変可笑しいイメージだったのだろう。具体的にどんなだったのかは知るよしもないが彼は想像力豊かな人に違い無い。

ところで私は女物のセーターを2枚貰ったことがあり、いずれも気に入って着ている。

数年前、家内が貰ってきた手編みセーター。
サイズが合わなくて私がもらった。

25年前のある人のイタリア土産。
これもサイズの点から私へ渡った。
何度も直して今も着ている。

女性もののセーターを喜んで着ているうち80才をとうに過ぎた。セーターだけで言えば一部「お婆さんのようなお爺さん」である。今のところ特に可笑しくもなく有り難く着ているだけだが、運良く90ウン才になったなら、髙田氏が想像したように摩訶不思議で荒唐無稽なお婆さんのようになっているかも知れない。

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