外れた予報、当地の冬はおもちゃではない。
昨日、今日と成人の日を入れた連休日。どの報道も新潟県(上越市を含め)の強い寒波とかなりの降雪を予報しました。
しかし昨日これらを知った上で“この程度ならば当地では例年並みという推移ではないでしょうか”と書きました。
それが本番と思われる昨日から今日にかけて当地(上越市の北東部:頸北地域)沿岸は強風に晒されたものの、降雪はごく僅かでした。一応3,40㎝は覚悟していましたので予報は外れたのではないでしょうか。
暮れる妙高連山。
とにかく大雪を免れましたのでほっとしましたし、冬鳥たちも喜んでいることでしょう。
しかしどうでしょうか、正直あまり頻回に寒波、寒波、大雪、大雪と煽らないでほしいという気持はあります。雪国以外の人は例年もう何メートルも積もって気の毒にと考える人は少なからずいるようです。
当地の冬はおもちゃではありません。降った時にはこうこうこれだけ降ったとしっかり伝えてもらえればいいのですが、極端すぎる予報は重要な予定や地域の評価などに様々な影響を及ぼしかねませんので、もう少し冷静に伝えてと願うばかりです。
もしかしたらあまり雪を知らない所の出身者たちが予報を司っているのかなあなどと、余計な心配までしてしまいました。
寒波前の冬鳥たち。
予報される「北陸で今期一番の大雪」の本日は「稽古」のような日でしたが本番は明日から翌日にかけて来るということ。この程度ならば当地では例年並みという推移ではないでしょうか。
ただし2021年1月のように車も出せず、鳥もやっと生きているという豪雪だけは前もって明確に予報してもらいたいなと思います。
上掲写真が若草と淡雪ならばどんなに良いことでしょう。しかし現実は大雪本番前の状景です。
そもそも雪の心配は切りがありませんが、何かしら予定があり足許の寒さが気になるとついつい予報を聞いたり調べたりします。
かっての両親は特別予定が無いのに毎日何度でもテレビの天気予報を観ていました。
以下本日午後周辺を観に行くと今年初めて田んぼのハクガンを観ました。
手前がハクガン、黒っぽいマガンと一緒です。
雪との区別が難しい。
例年よく居る吉川区のハクガン。
スノー・ギースと呼ばれるように
雪のように白いのです。
積雪の具合、荒天などから鳥たちは雪が少ない頸北地域で過ごしているようでした。かって大雪の年はさすがの野性も力を失いとても可哀想でした。
天気予報は情報元によってばらつきがあり明日午後は晴マークの所から雪をつけているところまで色々でした。少しでも落ち着けばいいのに、、、。
届いたサントリーフラワーズのお花。
かって上越市で仕事をされた方から寒中見舞いのお花が届きました。
あまりの美しさに驚き、早速仕事場の待合室に飾らせて頂きました。
バラ、カーネーション、チース、スィートピーなど
春の香りがいっぱい。
鉢もとてもよいですね。
特にカーネーションは、サントリーの系列会社「サントリーフラワーズ」お得意の青系で、「永遠の幸福」の意味が込められていました。
1本咲きの6色の紫カーネーションは
「ムーンダストブルー」の名。
通常のカーネーションよりも日持ちが良いということ。雪の日が続く当地ですが、美しいアレンジメントはきっと皆さまの心に明りを灯してくれることでしょう。
遠くから素敵なお花を有り難うございました、とても感謝しています。
年末旅行最終日は岡山市から旧閑谷(しずたに)学校へ。
前回の備中高梁の駅隣接ビルの記載で蔦屋を蔦谷などと記載してしまい、申し分けありませんでした。
本日は旅行の最終日、岡山市内と旧閑谷(しずたに)学校行きです。
実は旅行の三泊目を瀬戸内が見晴らせる倉敷市児島を予約していましたが、岡山市周辺を調べると「閑谷(しずたに)学校」という聞き慣れない場所を知りました。吹屋同様山間にひっそりと、しかし確固たる存在感を現す古い校舎の魅力に惹かれ児島から岡山連泊に変更した次第です。
この日は帰郷するので夕刻までに岡山を発たなければなりません。以下簡単ですが31日午前の岡山市の後楽園と岡山城です。
後楽園は広大で池と水路などふんだんに水があしらわれる庭園でした。
茶で言えば中国から日本に茶を紹介した臨済宗開祖・栄西は岡山県の人だと知りました。同園では田植え、茶摘み、観蓮、月見、能楽、芝焼きなど伝統を重んじた四季折々の催事が行われ、開かれた庭園として広く市民に愛されていることが覗われます。
上掲の撮影後旭川(あさひがわ)に掛かる橋を渡って岡山城を眺めに行きました。
時間が来ましたのでお城の後岡山駅から山陽本線は普通列車で「吉永」へ。約35分で到着後、「旧閑谷(しずたに)学校」へはタクシーを利用しました。
山間に入ってすぐに目的地、国宝や重文の建造物群を有する特別史跡「旧閑谷学校」でした。
これが校門とは、鶴鳴門の荘重な屋根瓦。
雨水の傷みに備え緻密な構造。
国宝の講堂。冬以外は芝生の緑に囲まれるようです。
塀の上面は侵入の手がかりにならぬよう丸い。
高さ幅とも2メートル、総延長700余メートルです。
旧満州、奉天生まれの私ですが、
故郷を訪ねたような懐かしさ。
建物の膨大な瓦は全て備前焼で、耐久性保持のため特に高温で焼成されたと言われます。長年にわたり大量の重い瓦を支える木造部分の強さにもほとほと感心させられます。維持し続けた後世の人々にも感心しました。
閑谷学校の始まりは早く、寛文十年(1670)、岡山藩主池田光政公により庶民のための学校として30年も掛けて創建され、他藩をも問わず広く子弟を集めたということです。
当然ですが江戸初期からの歴史ですから浮沈が見られ、衰退ごとに有力者らによって再興され現在でも運営財団は寄付を募っていました。
藩校として長く存続し、明治時代以後は中学校としても使われ大正時代まで実用されたようです。
学校の右手に椿の道があり、池田光政公の墳丘へ続いているということです。当所一帯はまだまだ見どころ多い場所。いつか叶うなら花の季節に再訪したいと思いました。
本日で年末旅行記事は終了ですが、吹屋も閑谷も遠い所でした。しかし両所とも古い学校が格調高く保存され、この度の旅行を意義深いものにしてくれました。
長々お読みいただき有り難うございました。
今回、地域の隆盛は地勢・環境も大事ですが有能な殿様と城下の熱意、学問は決定的であろうとつくづく感じました。
帰路は東京を経由して北陸新幹線でした。東京駅で乗車後すぐ肘掛けの脇にタブレットの忘れ物を見つけました。
携帯の置き忘れをしたばかりなのに今度は私が発見者、急いで車掌さんに届けた次第です。
旅は本当に色々なことが起こりますね。
到着した上越妙高駅は雪降りの最中でした。
3月15日、樹下美術館は20年目の開館です。
休館日など少し変わりますが今年もどうか宜しくお願い致します。
備前高梁で見た蔦屋、スタバ、図書館、そして駅の複合。
当地の雪は降っては止みを繰り返していますが、時々降る雨と常時吹く風によって消えるのが早く、幸い積雪は増えていません。
1月4日の大潟区の通り。雪は現在も同じくらい。
さて昨日お知らせしましたが、本日は備中高梁駅に直結する複合施設に触れさせてください。
去る12月30日、岡山市から備中高梁駅へ。そこから吹屋を往復しましたので、この日二度高梁駅に寄ったことになります。
帰りの駅で隣接するビルの二階へ上がると正面に「高梁市図書館」と明るい看板ががありました。ほぼ駅に図書館があるのです。
若者たちが入って行きます。
入ると目に付く高い書架と読書スペース。
すぐ隣のスタバと自由に往来できる
。
ホームから見えた『高梁市図書館」の看板。
現在、蔦屋とスターバックスの協力は「ツタバ」と呼ばれ、「ブック&カフェ」の形態はすでに全国展開が図られていると聞きました。
さらに図書部分は市図書館として行政が指定管理者を選定して参加、そのうえ駅(JR西日本)が場所の提供者になるケースも始まっているということでした。
人口わずか2万5千人の備中高梁市が年中無休でそれを実現していることに大変驚きました。
ちなみに同複合施設は2025年に公共建築賞「優秀賞」を受章しています。
別に喫茶や本屋を誰がやるかに決まりは無くても、必要なセクションが参加し有機的に便利向上を図るのは地域の有望な課題かもしれません。
これらは幼いこども連れの父母にもニーズがあるということ。ただ場所によっては駐車場確保が課題になることもあるようですが、文房具、お土産、生鮮品、観光案内所などがある場合の駅ビルの利便性は否定し難いのではないでしょうか。
高梁駅ではそれらもコンパクトにまとまっていました。
機会があればまだ新しい新潟駅へ見学に行ってみたいと思いました。
年末旅行3日目は吹屋のベンガラ色の街と吹屋小学校へ。
昨日に続いて岡山県備中高梁(たかはし)市は午後の観光です。
駅ターミナルにあるバスセンターから10:55発、終点吹屋11:52に乗りました。乗車したのは私達と一人のおばあさんだけでした。
そのおばあさんも早々と降り、38もある停留所からは一人も乗りませんでしたので終点まで貸し切り状態でした。
バスは高梁川に沿って走り、およそ反対は山の森林です。森林が上越と違うのは雑木に混じって照葉樹が混じることでした。また特に目を引いたのは南天です。大きな赤い実を沢山つけて随所に「自生」していて驚きました。
時折、傾斜地で田畑も無い所に立派な家があるのにも目を奪われました。
よく見た石垣と白壁それに蔵の家。
南天はマスト。
吹屋が近づきました。
バスは街道の通りが終点で、降りてそのまま散策です。ベンガラ(弁柄)色の建物に赤味を含む石州瓦の家が続く通りは国の重要伝統的建造物群保存地区に認定されていました。
通りを右に入って坂を進むと岡山県指定重要文化財、および日本遺産になっている「旧吹屋小学校」へ出ます。
小学校にしては広大であまりに重厚。そのはず古くからあった周辺の鉱山は明治期から吉岡銅山として三菱財閥により本格的に開発され同時にベンガラの産地として大いに栄えました。ちなみに学校敷地は三菱からの寄付だったそうです。
明治中頃から順次建てられた学校は平成24(2012)の閉校まで「現役最古の木造校舎」として使用されていました。
閉校後一旦解体、大がかりな補強工事を行い令和4年(2022)2月将来へ繋ぐ遺産として竣工したそうです。
残念な閉校はここでも人口減少でした。
通りへ戻るとバスに揺られた後小学校まで行きましたのでおなかが空いていました。「きいろい台所」でカレーを食べました。すらりとした若いネパール人の店でした。
上は香料が効いたカレー、下は熱いチャイ。
高度550メートルの高地で、
ずっと外に居たので温まりました。
さらに時間まで歩きます。
「志楽」さんのお隣「麻田百貨店」でグレーのマフラーを買いました。夕方になり冷えましたのでさっそく用いました。恥ずかしながら後ほど写真をお出しします。
大人しい猫は通りの副会長さんでしょうか。
南天もきれいです。
赤い町並を堪能し15:42のバスの時間になりました。帰路のバスも発車から終点まで私達だけでした。
大晦日前日、深閑とした「ジャパンレッド」に包まれ、夢の中を彷徨うようで不思議な感覚を覚えました。
バスを降り高梁駅に着き人並みに紛れると、この世に戻った感じがしました。
しかし赤い吹屋の時間は、まるで原体験のし直しのようで心身のリフレッシュになりました。
次回は戻った備中高梁の駅ビルについて少し書かせてください。
年末旅行3日目の備中高梁(びっちゅうたかはし)駅周辺。
思いがけない正月大雪になりました。しかし美術館は20㎝前後の積雪、風雨が強かった沿岸の仕事場ではせいぜい10㎝ほどに減りました。
さて戻って年末旅行3日目の記事です。
12月30日、岡山市から伯備線で備中高梁市へ、そこからバスでべんがら屋根の街、吹屋(ふきや)へ行きました。吹屋で長かったため、本日は午前の高梁駅周辺だけ記載いたしました。
伯備線は岡山駅から先ず西に行き倉敷を経ると高梁川に沿って北上、中国山地走り鳥取へと続くJR線です。
かって大学病院時代、米子で行われた糖尿病学会と、津山で後輩の結婚式に参加し、当線は2回乗車経験がありました。しかし昭和40年代後半のこと、長々と山間を走った記憶しかありません。
このたび岡山発9:13特急「やくも」で35分で備中高梁へ(普通列車55分)。
「やくも」の入線。
「やくもブロンズ」と呼ばれる褐色カラー。
やくもブロンズは沿線が関係する銅や鉄及び弁柄(ベンガラ)のふる里、宍道(しんじ)湖の夕日などから独自のカラーが出来たということです。
高梁川に沿って山が続く。
山頂部分はいずれも濃い霧がかかっていた。
トマト銀行は1989年、山陽相互銀行が改名して生まれたそうです。同銀行は改名により世界で話題となり、国内各地から預金が集まったとありました。
べんがら色の街、吹屋行きのバスまで1時間少々余裕があり、タクシーで天台宗「頼久寺」へ。
案外近い寺院は清々しく、小堀遠州作の庭は大規模ではありませんがさすがに想像以上の造形美でした。
色彩と形状のほか動きにも目を奪われる。
非常に良く手入れされている。
頼久寺から駅への途中、山田方谷(ほうこく)記念館を外から眺めました。
山田方谷は藩政と財政に苦しむ備中松山藩を生涯改革した偉人。諸国の藩士にも影響を与え、佐久間象山はじめ後に明治政府で太政官から東京大学教授になる会津藩の南摩綱紀や越後長岡藩から河井継之助らも方谷を訪ね薫陶を受けています。
館長宅に伝わる南摩綱紀(羽峰)書屏風
一昨年倉敷市で継之助が投宿した宿跡を案内してもらいました。一帯では大河ドラマに山田方谷をという運動が熱心に行われているのを知りました。
備中高梁に着いたころ、近隣の山はみな雲海が掛かっていました。駅をお掃除する小母さんから、一帯はこの時期毎日のように霧が掛かり雲海が発生すると聞きました。
気温が上がれば松山城が見えるかも知れませんよ、という言葉通りバス発車間が来ると山頂の城が見えました。
10:55吹屋行きのバスの乗客は私達のほかにおばあさんが一人、それも間もなく降車されました。
終点吹屋まで1時間、高梁川に沿う38カ所のバス亭はみな通過です。貸し切り状態となった車は何度も山中を曲がり吹屋へと入りました。
12月29日午後は岡山市池田動物園へ。
仕事に忙しかった時代、いわゆる観光旅行はほとんど出来なかった。それが年取って出かけるようになった。
およそ5年前から熊本・阿蘇・長崎、京都・奈良、東京・鎌倉、熱海・鎌倉、京都・倉敷・髙松、京都・滋賀、名古屋・豊田へそして今春は山形・秋田に出かけ、今年末旅行に続いた。
旅は縁遠かったので何処へ出かけても楽しいが、行く先の一つに幼少に憧れた場所というのがある。錦帯橋や宇治平等院は小学時代の観光切手だった。
小5の頃に昭和天皇の四女、厚子様が岡山藩主、池田家16代当主、池田隆政氏と結婚された。
陛下のお子が農場主で動物好きの地方の有力者と結婚される。当時平和憲法のもと世の中が明るく活気を帯びるのは小学生にも伝わった。そのころ少年朝日年鑑を毎年購読していたが、厚子様の婚礼記事は心に残る一つだった。
そんな訳で今回の岡山行きでは真っ先に池田動物園が決まった。
16:30閉園まで主に鳥を観た。時間が来てインコとフクロウは諦めた。全体にケージ飼育の辛さはあったが民間(現在は株式会社)経営には資金限界はあろう。
しかし戦後の明るいニュースの一つだった動物園への訪問はよき時代を彷彿とさせ、末長くと祈る気持がした。
ホテルに戻ると近くの岡山料理「八文字」で食事した。
ホテルを出てすぐのイルミネーション。
川面に掛かるので反射が美しい。
翌日、旅は3日目。伯備線で備中高梁(たかはし)へ、頼久寺(らいきゅうじ)を参拝後、バスで遠路山間のべんがらの街、吹屋地区を訪ねました。
12月28日滋賀のご夫婦と夕食、翌日は青蓮院と長楽館。
年末や年始に旅行することはかってある親族が行っていましたので、一昨年から私達も自然にするようになりました。
但し在宅患者さんの良し悪しと雪国ならではの駅周辺の天気予報は肝心です。今年の年内は双方大丈夫と踏み、出かけた次第です。
1日目、28日は正月休みの2日目、午後から京都へ。京都のごった返しはさらに凄いものがありました。
夕食はかって当地で勤務された滋賀県のご夫婦と一緒(実は昨年も)。店も同じ青冥(ちんみん)でした。
有名企業の要職だった人が無事仕事を終えられ第三の人生に向かわれる。来し方行く末の話を沢山しました。
翌29日、2日目は午前、青蓮院(しょうれんいん)で再度合流。
当寺の参拝を選んだのはかって同級生で僧籍、A君の“雨の日の風情が良かった”の一言だった。天台宗の同寺は皇族方ゆかりの門跡(もんぜき)寺院ならではの静かさと品格がある。
参拝の後、かねて予約の長楽館まで散策。浅めに射す京都の冬陽のなかゆっくり歩いて到着。
長楽館は国指定重要文化財です。
50数年前に初めて来て以来何度も寄りました。今は変わりましたがかって緑色の椅子がとても印象的でした。
男性は大きなモンブラン、女性はガレット・デ・ロワでお茶。
モンブランはクラシック・モンブランと言うらしい。
最早一食分、お茶セットで2800円でした。
上からみたモンブラン(同伴氏からの写真)。
皿にはリキュール風味のベースが添えられ、
それも美味しかったのです。
この日、岡山市へ行けば池田動物園の今年最終営業が16:30まであるので、長楽館でご夫婦とお別れ、駅へとタクシーに乗車しました。
一緒頂いたご夫妻、二年続けて年末の多忙時にお付き合い下さり本当にあり難うございました。どの道にも試練はあることでしょう。それも楽しみつつ今年も頑張りましょう。
池田動物園のことは次回に書かせてください。
新たな年が明けました。
明けましておめでとうございます。
年末に以下の様な旅行をしました。
・12月28日午後、京都着、旧知のご夫婦と食事後京都泊まり。
・12月29日、同夫婦と京都市内東山散策のち岡山市へ、同市池田動物園の後岡山市泊まり。
・12月30日、岡山県高梁(たかはし)市へ。頼久寺参拝のち吹屋地区のべんがら通りと吹屋小学校を見て岡山市泊まり。
・12月31日、後楽園、岡山城観光のち備前市の閑谷(しずたに)学校を見学して帰郷。
旅行の報告はこの先順次掲載させてください。
今年も何卒宜しくお願い申し上げます。
今年下半期(8月以後)の皆さまのお声から一部を掲載致しました。
樹下美術館では館内に何冊かノートを置き、気の向くまま皆さまにメッセージをお書き頂いてています。
今年も沢山書いていただきました。
樹下美術館ホームページ「お声」の欄に今年8月以後、下半期分を掲載致しました。
当欄ではその一部を載せました。
皆さまには心が伝わる温かなメッセージを沢山お書き頂き、心から嬉しく思い、深く感謝しています。
来たる年も精一杯励みますのでどうか宜しくお願い申し上げます。
●メッセージの一部(2025年8月以後の分から)
・産後2か月経ちました。子どもが大きくなったらまた来ます。
・落ち着いた雰囲気が心地良かったです。また大人になったら来ます。
・初代陶齋の美術館と聞いてやって来ました。二代目とは違って感じ入るものがあり心に響きました。
・齋藤三郎の作品、いつ来ても新しい感動と発見があります。この地ならではの美しいやきもの、次の世代にも必ず伝えていきたいです。いつもすばらしい作品を見せていただき、本当にありがとうございます。
・何度も通りがかって気になっていました。静かで涼しくて良い場所。「男(O氏の像)」が好きです。
・断水になりませんように!節水忘れそうです。ゆっくりしました。ありがとうございました。
・樹の下のとっても身近な美術館。
・よく来ます。一人でも、お友達とも…私のいこいの場所です。
・子供が無事に生まれてきますように。沢山お出かけしよう。ケーキ美味しかったです。
・岡山県から来ました。ひっそりと佇む美術館。ゆっくりと心地良い時間を過ごせました。
・秋分の日、水と森公園をたっぷり散歩してからランチに伺いました。春は娘ときましたが、今日は夫とです。暑い暑い夏は終わるのでしょうか。すこし秋めいてきました。
・人类应该尊重自然 敬畏 一篇在日本各地巡回的随笔。
人間は自然を尊重すべきです。畏怖の念を抱いて。日本各地を旅したエッセイ。
・初めて来ました。ゆったりと過ごせて私のお気に入りの場所になりそうです。少し悩んでいたのですが、リラックスできました。また来ます。
・山に行った時と同じ位のいやし空間をありがとうございます。場所、自然、お店の方のステキさ、今日もいい日になりました。かわいいカップありがとう。
・富本の絵手紙たのし石榴の実
・抹茶って美味しいですね!家でも飲んでみます
・主人の仕事の参考にさせていただきたいと思い初めて来ました。展示品の一つ一つにも愛着を感じ、じっくり楽しませていただきました。仕事に関わって丁寧なご対応もしていただきとてもありがたかったです。長野県中野市にも、こんな憩いの場ができるようがんばります。
・はじめて来ました。静かでおだやかな所で頭痛が軽くなりました。雨が降っていましたが紅葉がきれいで心がいやされました。天気の良い日にまた来たいと思います。
・平日の昼下がり、私は安息の地を求め、ここへ来た。今季の営業は終了したかと思ったが、駆け込みセーフ。春の足音が聞こえる頃、きっと私はまたここへ来るだろう。
・またあなたと一緒に来られますように。
・大切な人と、今日みたいな幸せな時間をもっとずっと過ごせますように。
長い夏の暑さは秋まで続きましたね。
二つの話題 「ブルーカラービリオネア」とローラさんが農業。
●話題1
この所「ブルーカラービリオネア」という言葉が目に付くようになっている。主にアメリカで起こっているAI拡大による雇用傾向の変化を指しているようだ。
以下Yahoo!ニュースから引用です。
日本では、介護や工事現場などで深刻な人手不足が続く中、アメリカでは、肉体労働者の給与が高騰する『ブルーカラービリオネア』と呼ばれる現象が起きています。経理から配管工に転職して給与が3倍になったケースもあります。 日本でも将来、同じような現象が起きるのでしょうか。
※ビリオネア:億万長者
このような記事は多数みられ、日本に於けるAIの浸透はまだ米国ほどではないようだが、ブルーカラーが有利な状況はすてにシニアの転職者で起こっているという。
かって三密が厳格だったコロナ時代、密閉密着する事務職が受ける極端な制限を見て、一定のチームワークのもと、一人の手仕事が基本の職人や肉体労働伸がびるのではと話したことがあった。
このさき日本でもAIの伸びによって業種、労働別の給与評価が変わる節目があるのかもしれない。
●話題2
もう一つはタレント「ローラ」さんに関する記事。彼女はこのたびインスタグラムで本名を「佐藤えり」と明らかにしたうえで佐藤家の先祖が眠る新潟県で農業を行うことを表明したようです。
頭がよさそうな彼女が示した言葉などから、「農」や「土」の生産性と精神性への理解は本物ではないかと信じたくなりました。
県内の拠点は分かりませんが、新潟県としても有意義なニュースではないでしょうか。
インフルエンサーとしてアイコンとして、当然個人として粘り強く頑張って欲しいですね。
それにしてもあのローラが佐藤さんとは、急に近所の人になったようではありませんか。
遅くなってしまいほぼ鳥の写真です。
昨夜は昔ながらのクリスマス。
昔と違うのはケーキが小さくなったことと
家内ともども年取ったことでしょうか。
本日休診の木曜日はやはり鳥でした。
朝日池周辺にいた二羽のコウノトリ。
吉川区で育つ若鳥だと思います。
幸運を感じました。
朝日池のタゲリ。数年前、初めて見てから
しばしば目にするようになりました。
本日はニュースを見て二つの事に興味を持ちました。いずれも新たな傾向と個人の出来事で密かな頼もしさを感じました。
いずれも政治がもたらすようなものではなく、社会や個人の現象と考えられましたので余計にジンときました。
出てきた紛失携帯。
昨日の当欄で先週末の上京の記事を書いた。
実は20日土曜日の上京で、ホテルに到着すると携帯を新幹線の車内に置き忘れたことに気がついた。
置き忘れた場所は明瞭で、座席の窓側、座面と壁の堺目にくっつけるように置いた。妙な場所だが置いたのには訳があった。
数日前ボロボロになったカバーを取り外した携帯はツルツルして、ともすると滑ったり落ちたりした。当日車内で調べものをしながら本を読んだところ、何度か床に携帯を落とした。それで前述のような場所に置いたのだが、東京駅で急いだため忘れて降りた。
妻の携帯を借りてホテルから東京駅に電話したが届けられていないという。持ち去られを心配して通信もとのドコモに連絡。
すると通信機能を止め、最後の位置を調べてくれた。直近は埼玉県上尾が同定され、東京から戻った新幹線車内にそのままあるのかもしれません、と言われた。終点を敦賀駅と想定して同駅の遺失係にも届け出た。
以来2日目の昨日、どこからも連絡は無く午後から購入先の柿崎のドコモショップへ行った。予約無しだったがスタッフはすぐ対応してくれ、待つ事しばし、携帯は金沢駅を含むエリアにあることが分かった。
戻った列車の行く先は敦賀ではなく金沢だった。
飛んで帰り駅の忘れ物センターに電話すると、ハイ、ハイ、ハイ、と聞いて下さり、
「その携帯ならありますよ」と仰った。
「すぐ着払いで届けます」と言われ、住所氏名を告げた。
そして本日昼前、早くも小包が届きいた。
迅速丁寧な対応だった
誰にも持ち帰られず、東京駅手前から東京、そこから金沢まで新幹線の目立たない所で壁にくっついたままだった携帯。使いこなせなてない機械だが申しわけ無く思った。
携帯の紛失では、思い当たる駅、警察への届けも必要であろうが回線会社、よしんば購入店での助言や探索は最も現実的ではないかと実感した。
いきさつは以上ですが、対応頂いた機関の皆さま、特に柿崎ドコモショップ、金沢わすれ物センターのスタッフさん、本当に有り難うございました。
週末の上京 カーヴ・デ・ランパール 「良寛の書簡」特別展。
先週末展覧会を観に上京した。20日土曜日、夕食は妻の兄さんと一緒だった。氏は発達心理学分野で、長くある女子大の教授をされた人。
場所はかって長男が案内した「カーヴ・デ・ランパール」。ワインリストは超一級で、食事は見た目お洒落なフランス料理とは異なり、プロが作る本格的な家庭料理。
私は飲まないので妻、義兄で白1本と赤のグラスワインを飲んだ。ここには基本「ノンアルという飲み物」は無いため、「水」を勧められるが、10ミリリットルばかりの乾杯ワインを4時間掛けて舐めた。
前菜のテリーヌに続いて、
茹でキャベツと桜エビの料理。
栃木のキャベツは青く驚くほど柔らかだった。
「牛モツのオニオングラタンスープ」
美味しさがあふれ出ている。
デザートの「ほうじ茶のフロマージュ」
確かにほうじ茶の香り。
乗っていた「わさび塩」が素晴らしい。
女子大の止まらない入学者減による規模縮小や共学が進んでいる現状を聴き、旅などの話に花が咲いた。
4時間近く居て三人の会計は税込み4万480円だった。
翌日日曜日午前はまず「良寛の書簡」特別展を観に行った。会場は東中野の「東京黎明アートルーム」。周辺は学生時代に友人がいた懐かしい所。少し若返った気持がしてホテルの新橋から電車で向かった。
会場は閑静な東中野の住宅地にあった。受付で入場券を渡すと、招待券ですね、どなたからのものですか、と訊かれた。小島正芳先生からです、と言うと喜ばれ、万事丁寧に応対して頂いた。
美術館は2階建てで、外観に比しはるかに十分なスペースがある。小島先生が企画・展示・解説にと、中心的な役割をされている「特別展」だった。
書簡は良寛の父母兄弟あるいは知人恩人たちとのやり取りで、いずれの書面もこまやかな愛情に加え気品と教養にあふれていた。
床は「天満大自在天神」の軸。
良寛ならではの楷書は、「在」に
関して逸話が残る名作。
軸は唯一撮影許可されていた。
茶室前に革張りのソファー。
茶会の待合を兼ねているのだろうか。
誠意が尽くされた展示会場には絶え間なく来場者さんがあった。観終わり、受け付けを通る時に、感想を聞かれ、「心洗われました」とお答えした。
昨夕食はヘビーだったため朝食を抜いていた。当日は電車に乗り、良い展覧会をじっくり観たのでお腹が空いた。駅近くで昼食のカレーを美味しく摂った。出先で昼食するのは珍しいことだった。
駅前の環六(明治通り)も懐かしい。
建物は変わったが雰囲気は同じ。
もう一件別の展覧会を観る予定だったが、良寛を堪能後これで十分と判断、帰路に着くことにして駅ビルに寄った。
駅ビルは大規模ではないが、カフェのほか書店・文房具、食品、菓子店などが有機的に配置され、賑わっていた。
カフェで読書する人達をみて、東京はいいなあ、近くにこんな場所があって、雪国では何ヶ月もこもりっ切りになりかねない、と思った。
さて実は前日、東京への新幹線で携帯を車内に置き忘れました。
それが二日後の本日午後、有り難いことに所在が分かりましたので、後日その顛末を書かせてください。
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- 外れた予報、当地の冬はおもちゃではない。
- 寒波前の冬鳥たち。
- 届いたサントリーフラワーズのお花。
- 年末旅行最終日は岡山市から旧閑谷(しずたに)学校へ。
- 備前高梁で見た蔦屋、スタバ、図書館、そして駅の複合。
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