大雪のなか髙田大手町6「浮遊のいえ」に一泊した。

2026年1月25日(日曜日)

このたびの長い寒波の中日、あるいはその山場のような昨日、上越市大手町6の「浮遊のいえ」に一泊してきました。
民泊のその家は建築家・原広司の作品で、氏の義理の両親・北川省三ご夫婦のために建てられています。
そのような家があることは知っていたのですが、このたび修繕のためクラウドファンディングを行うという新聞記事を見て、急げとばかり予約し泊まってきた次第です。

予約は今期最後だったのか24日一泊だけポツンと空いていました。しかしこの日に向かって寒波が迫り報道も大雪一色。「不要不急の外出は控えて」という言葉を背に善は急げ、これも仕事とハンドルを握りました。

1月25日午前の「浮遊のいえ」

宿には駐車場がありませんので屋根がある雁木通りプラザの地下駐車場へ車を回します。私と簡単な荷物を降ろすと今度は妻が運転してそちらへ向かいました。
雪中心配でしたがしばらくすると予約した「藤作」のお弁当を手に、「歩いたら温かくなった」と言って帰ってきました。

さて以下管理人さんの久野遼氏に案内された館内です。

居住の二階へ上がると様々な「雲」が
近づいてきます。

ネットで見る写真以上の広さと手応え。
奥にオコタがありその右側が寝室。

 

非常に寒い雪の日でしたが、
隅々暖められていてほっとします。

寝間着は白いコットンの優しさ。

オコタで早々にお弁当を開きました。

夕食後は新聞タイム。コタツに寝転がり持参した新聞三紙を広げて隅から隅まで読みました。テレビはありませんので落ち着きます。30年振りのコタツは何とも言えない懐かしさでした。

 

大きな湯船のお風呂。


入浴後、本棚から原弘司×吉見俊哉両氏の対談本「その時、夜のはずれで、サイレンが鳴った」を取りだしベッドで読みました。本はすぐにポストモダンの思想家たちの名が出てきました。
ああ懐かしの人々、本が難しかった時代が蘇ります。ちゃんと読んでみようと思った途端、疲れに襲われて寝入ってしまいました。

ぐっすり眠り早く目ざめると日暮れの昨日とは異なり、雪映えの窓はとても明るいのです。いっそう随所が面白く、館内を撮って回りました。モノトーンの柔らかさが印象的でした。


二階の一段と高い所に吹き抜けを囲むようにぐるりと廻廊があります。申し分ない採光のこの場所に雲や鳥の切り抜きが沢山あしらわれていました。
雪に閉じ込められた冬場、ここを歩けば高空の雰囲気を楽しみながら運動不足をカバー出来たことでしょう(1月27日に追加しました)。

 

 

大好きな鳥たちが沢山います。

雪の日、髙田生まれの妻には世話になりました。

一泊中、夜通し徹底除雪したらしく帰りの運転はずっと楽になっていました。スタバで食事し図書館に車を停めて南堀でひもじそうにしている白鳥を眺めてから帰ってきました。

「浮遊のいえ」は本当に良かったです。
室内は暖かく、たっぷりした風呂は熱く、随所の鳥影は親しく、大らかに沸く雲とともに私達を浮遊させてくれました。村上春樹の小説を思わせる不思議な次元感覚を覚えながら、原広司氏の尽きない頭脳と発想に触れ、特別な思い出になりました。そうそう、若くて優しい管理人さんも小説の登場人物のようでしたね。
原氏代表作の一つ「京都駅」で夢中になるあまり新幹線に乗り遅れそうになったのを思い出しました。

雪国髙田出身の奥様のご両親に贈った家。徹底して注がれた心遣いには胸打たれました。

当然ですが無人期間を含めて40年は経とうという屋根はじめ屋内細部は確かに経年の変化が見られました。しかし心ある管理者に恵まれ大切な遺産はあらためて後世へと引き継がれることになりました。そのために始まったクラウドファンディングには心ばかりですが応募したいと考えています。

道路に出てくる野鳥。

2026年1月23日(金曜日)

寒波は続く。来月上旬は寒の終わりでそれまで続くらしい寒波。まだ10日もありそうだし選挙もある。お天気のことだから波はあろう。また明けたらすぐ春ということでもないが、何があっても「豪雪」だけは許してもらいたい。

昨日はかろうじて大きな農道に入りハクガンが撮れた。しかし途中の道では空腹の野鳥(雀やムクドリあるいはツグミ)が車を恐れず道路に出ていてクラクションを鳴らさなければならなかった。

たった3,4日の雪なのにひもじくなった彼らは人を恐れず道に、あるいは車のそばまで来る。冬の道路が特別食べ物が沸いて出る訳でもないのに出てくる。

そのわけは多分こうだ。
野においては道路以外の場所は降るたびに積雪し、表面は絶えず新しい(つまり餌に乏しい)。一方道路は除雪により常に新雪が除かれ、餌を含めて細かく雑多なものが路面に残っている可能性がある。
あてにするゴミ捨て場も積雪し最後の餌場が道路という訳だ。道路脇に除雪された古い雪に鳥が集まるのも同じ理由からだと思われる。

道路脇の水田に集まっていた雀。
誰かが何かを蒔いたのだろうか。
あるいは動物の糞でもあるのか。

以下は本日潟町の仕事場直近の道路です。

旧8号線。

直角に交わる県道。
ここは消雪パイプが通っている。

まだ冬の先は長い。我々は原子力まで使って生活の利便を図っている。大寒のこの時期、必死な野鳥を目にすると素朴な命の原型を見ているようで身につまされる。

早起きは何文の徳になったのか ザクロとハクガン。

2026年1月22日(木曜日)

本日木曜日は仕事休みの日。昨夜そこそこの時間に就寝したためか今朝目ざめると6時だった。普通ならトイレへ行ってまた寝るのにしゃんと目が覚めている。起きて休みを有効に使ってみよう、という気になり離床した。

ごそごそしていると妻も起きて「どうしたの」という。目が覚めちゃった、悪いけどご飯食べるよという事で食事に。

ところで昨秋スケッチしたザクロに色鉛筆で彩色するのは冬休みの懸案の一つだった。丁度いい、午前だけでもかなりの時間が取れるので取り掛かった。

色鉛筆で調子を見て、水彩、油彩と進もうと考えていたので手許の72色を出した。あらてめて絵の具を見ると中国製で「QiLi启励」という文具メーカーの品だった。首相に嫌われそうだが、私は別に構わない。

A4の紙にスケッチをし直して彩色した。
いつものように昼食抜き、4時間掛け不満足ながら一応お終いにした。あらためて観ると画面の右がかなり空いている。
この度は鉛筆をそのまま塗ったが次回はザクロを右に移動させ、筆を用いたり唾で舐め舐め(一応non toxicとありました)色を伸ばして再度彩色を試みたい。

載せるのは恥ずかしいですが、
今後のためにということで、、、。

バックは先の楽しみになるのか。ザクロは構造が複雑なので皆さまの作品を参考に進めたいところ。

雪の状況はさほどでも無く午後3時を回る頃、車を駆っていつもの場所へ探鳥に行った。目的地より1キロほど離れた場所にハクガンの一団が居た。
積雪10~15㎝の広い農道は人通りも無く、100数十メートル先へゆっくりレンズを向けた。

 

撮っても撮ってもやってくるハクガン。

写真向きの条件は欲を言ったら切りがない。ど素人の私のレンズはこれが精一杯。車から出て三脚を立てるなら即座に鳥は飛び立とう。そもそも寒くて車外には出られず窓枠にカメラを固定して撮った。

時間が遅くなったが今回ばかりは下手なりに楽しく撮れたので幸運だった。

ゴルフ以上に早起きした日。沢山時間があったはずだがザクロとハクガンの二品で終わった。寝ていたらそれも叶わなかったかもしれない。十分お相手してもらったハクガンには感謝!

長くなりそうな本物の大寒。

2026年1月21日(水曜日)

昨日から始まった今年の暦上の大寒は2月3日までです。ところが天気予報をみますと終わりまで雪だるまがずらりと並んでいるではありませんか。数日の寒波なら慣れましたが、2週間もとなると果たしてどんな雪になるのでしょうか。

しかもその間衆議院選挙があるのですからおちおちしてはいられません。選挙運動が円滑に行えるように、道路の除雪など雪対策が例年以上こまやかになるなら一般生活も助かるのですが、どうなるのでしょう。

午後大潟区の眺め。

本日午後は在宅訪問がなく雪中近くへ探鳥に行きました。悪天候の日によく冬鳥を見る場所です。すると一番お目当てのハクガンが沢山いたではありませんか。。

一心不乱の食事。
白黒のコントラストが大変シック。

近くの用水脇のオオバン。
大根の葉でしょうか、野菜をついばんでいました。

私達にはスーパーがあり雪が降っても何とか食糧は賄えます。しかし大雪で地表がすっぽり埋まった場合、鳥は食べ物が無くなってしまいます。
彼らはこの先の雪をどの程度理解しているのでしょうか。食べられない日があるかも知れないから“食べられる時に腹一杯食べる”野性の法に従いひたすら食べているようでした。

以前の大雪の時には切なくなり、避難し孤立している白鳥たちのそばに刻んだキャベツを撒きに行ったことがありました。言い訳程度の物でしたが、はたして食べたものか確認していません。予報どおりなら鳥たちにとって今後の冬は厳しいものになりそうです。

痩せたコハクチョウの群などは気の毒なものです。

一日でも半日でもいい、雪の切れ間や雨の日がありますように。

今年の倉石隆展はやって来た作品「少女」を囲んで。

2026年1月20日(火曜日)

そろそろ今年度の展示をお知らせしなければなりません。遅くなりましたが絵画コーナーと陶芸室の展示構想がようやく固まりました。

●絵画コーナーでは昨年初夏、当館にやって来た倉石隆作品「少女」を中心に「少女を迎えて展」を年中通して行います。
●陶芸室では秋まで「樹下美術館の現代茶碗展」を、夏が過ぎましたら書と絵画「同級生二人展」と陶芸作品「今千春展」を開催予定です。
●また6月の毎週日曜日は「樹下茶会」を濃茶で催します。

倉石隆氏は寡作で中々作品が集まりません。そんな折昨春「少女」が数年ぶりにやって来ました。あどけなくも真剣な眼差しの少女の像で、十分な引力があります。この作品を囲むように収蔵作品7,8点を並べてみたいと考えています。

「少女」。
縦×横、73,0×60,8㎝。

生涯、人物画を描いた倉石隆ですが、当館の倉石作品の3分の2以上は女性の像です。作品の女性達はどのようにこの子を迎えるのでしょう。
恥じらいながら、もの想いしながら、おすまししながら、なかには泣きながらという女性もいるはずです。展示を通して感情豊かに人物を描いた倉石作品をご覧頂ければ有り難いと思っています。

この先も陶芸や企画展などにつきまし逐次このようにご紹介させてください。

いよいよ大寒、長く強い本物の寒波がやってくるようです。正直除雪、訪問や往診などに心配はあります。仕事以外に絵を描くなどして過ごたいのですが、どうなるでしょうか。

次第に晴れた日曜日、午後の大潟水と森公園と夕刻の朝日池。

2026年1月18日(日曜日)

午前は雨が少し降り昼頃から晴れた日曜日。午後はある同級生のおくやみに行きその足で大潟水と森公園を歩いた。


その同級生とはかって大潟水と森公園公園で何度か出会った。キャノンを手にシャクナゲを撮りに来たと笑って言った。小学校の分校時代から6年生まで同じクラスで、当時から頭が良く強い人間の実感があった。

家から遠かったが幼少は色々遊んでもらったり教えて貰った。昨秋見舞った時は奥さんの作ったおはぎが1個ベッドテーブルにあった。
あのオハギは全部食べましたかと訊ねると、みんな食べましたと仰った。とにかく我慢強い人でしたと繰り返された奥さん、、遺影の脇にキャノンが二台添えられていた。

強い人だけに大変残念で、私のような意気地無しがしがみつくように生きているのが恥ずかしい。

公園の水仙。

日が暮れてきたので朝日池に行った。いっそう空は晴れ夕刻を待った。

タゲリが4,50羽の群で盛んに舞っている。

時々書いていますがタゲリはこんな鳥です。

間もなく日が暮れる。

コハクチョウは三三五五、
家族単位でねぐらに帰ってくる。

マガンやコハクチョウが次々帰る中、最後にハクガンが高らかに鳴きながら大群として一挙に現れた。

何度か旋回しながら、
雪が舞うように着水する。

ハクガンについては15年ほど前には十数羽でも沢山来たと思っていたのが、今は数百あるいはそれ以上で飛来するようになった。
白いコハクチョウやハクガンは夕暮れのコントラストが良くて撮ってみるが、いかんせん陽の暗さがあだとなり、中々思うようには行かない。

落雪のなかでラベンダーが頑張っていた。

2026年1月17日(土曜日)

降雪が無いうえ雨が降ったため美術館周囲の雪は殆ど消えている。
本日用事のため美術館に出向いた。館内はシンとして春を待っている風だった。
1年目で心配だった軒下のラベンダーを覗いてみた。

2カ所に雪が残っている。
いっときここは1メートル近く雪があった。

雪だまりから覗ていたラベンダー。
落雪に潰れていないか心配したが、
ひとまず大丈夫。

予報では今後1週間は晴れ間は見られず連日雨雪か続くようだ。少しずつでも毎日降る場合かなり積雪することがある。冬将軍もこのまま黙っているとは考えられないので、ラベンダーには春まで辛抱して頑張ってもらいたい。

樹下美術館カフェの落書き帳から その2 この先が冬本番。

2026年1月16日(金曜日)

沢山描いて頂いている館内の落書き帳から一部を掲載していますが本日はその2です。長く拝見しているなかで鬼滅の刃そしてアンパンマンとスヌーピーは三大テーマですね。

もう一つよく描かれるのは庭です。目の前にあるのですから一生懸命描かれるのでしょう。

優しい人が描いたのですね。

 

人気キャラクターがもう1個ありありました。
ドラえもんでした。

 

線の強さと目力。

繊細ですが力強いですね。

「自分らしく」を作る三つの要素は非常に大切。
美が最も高く貴い!

動物が大好きなことが伝わります。

 

動物と一緒に幸せのアイスクリーム。

今年もまた沢山描いてください。楽しみにしています。

以下自分のことです。

 

庭のロウバイ。
あたりに良い匂いがしています。

美味しかった夕食の野菜オムレツ。

今日は暖かく明日はさらに気温が上がるようです。
しかしその先に大寒が待っていて、やはりそのころから寒さが本格化するようです。

寒が明ける2月3日が過ぎれば立春、それまで雪の日でも有意義に過ごせればと思います。

樹下美術館カフェの落書き帳から その1。

2026年1月15日(木曜日)

樹下美術館は館内に何冊かの落書き帳があります。昨年も沢山お描き頂き有り難うございました。

本日はその中から一部を掲載させて頂きました。

庭を描いてくれてありがとう。

 

ちりばめられた幸せ。

 

幸せの色。

 

池田動物園で見て来ました。

 

「猫」まで行ったのですが。
他にも沢山しりとりの絵がありました。

美味しくて飛んだのですね。

沢山描いて頂きました。展示をみてカフェでお茶を飲みケーキを食べゆっくりする。そんな時、何か描いてみたくなるのはよく分かります。私達は幸せになったり自分らしくなると「描く」のですね。「書く」もそうかも知れません。

次回も落書き帳から掲載させて下さい。

本日妻が樹下美術館の土手から
採ってきたフキノトウです。

日中は比較的温かかった日、皆さまはどう過ごされましたか。
明日はもっと温かくなる模様です。

15日深夜の現在、雨がザーザー降っています。

外れた予報、当地の冬はおもちゃではない。

2026年1月12日(月曜日)

昨日、今日と成人の日を入れた連休日。どの報道も新潟県(上越市を含め)の強い寒波とかなりの降雪を予報しました。
しかし昨日これらを知った上で“この程度ならば当地では例年並みという推移ではないでしょうか”と書きました。

それが本番と思われる昨日から今日にかけて当地(上越市の北東部:頸北地域)沿岸は強風に晒されたものの、降雪はごく僅かでした。一応3,40㎝は覚悟していましたので予報は外れたのではないでしょうか。

夕刻の尾神岳と水田。
山もさほど降らなかったようです。

暮れる妙高連山。

とにかく大雪を免れましたのでほっとしましたし、冬鳥たちも喜んでいることでしょう。

しかしどうでしょうか、正直あまり頻回に寒波、寒波、大雪、大雪と煽らないでほしいという気持はあります。雪国以外の人は例年もう何メートルも積もって気の毒にと考える人は少なからずいるようです。

当地の冬はおもちゃではありません。降った時にはこうこうこれだけ降ったとしっかり伝えてもらえればいいのですが、極端すぎる予報は重要な予定や地域の評価などに様々な影響を及ぼしかねませんので、もう少し冷静に伝えてと願うばかりです。

もしかしたらあまり雪を知らない所の出身者たちが予報を司っているのかなあなどと、余計な心配までしてしまいました。

寒波前の冬鳥たち。

2026年1月11日(日曜日)

予報される「北陸で今期一番の大雪」の本日は「稽古」のような日でしたが本番は明日から翌日にかけて来るということ。この程度ならば当地では例年並みという推移ではないでしょうか。
ただし2021年1月のように車も出せず、鳥もやっと生きているという豪雪だけは前もって明確に予報してもらいたいなと思います。

本日柿崎のコハクチョウ。
まるで点描画のよう。

上掲写真が若草と淡雪ならばどんなに良いことでしょう。しかし現実は大雪本番前の状景です。

そもそも雪の心配は切りがありませんが、何かしら予定があり足許の寒さが気になるとついつい予報を聞いたり調べたりします。
かっての両親は特別予定が無いのに毎日何度でもテレビの天気予報を観ていました。

以下本日午後周辺を観に行くと今年初めて田んぼのハクガンを観ました。

 手前がハクガン、黒っぽいマガンと一緒です。
雪との区別が難しい。

例年よく居る吉川区のハクガン。
スノー・ギースと呼ばれるように
雪のように白いのです。

積雪の具合、荒天などから鳥たちは雪が少ない頸北地域で過ごしているようでした。かって大雪の年はさすがの野性も力を失いとても可哀想でした。

天気予報は情報元によってばらつきがあり明日午後は晴マークの所から雪をつけているところまで色々でした。少しでも落ち着けばいいのに、、、。

届いたサントリーフラワーズのお花。

2026年1月9日(金曜日)

かって上越市で仕事をされた方から寒中見舞いのお花が届きました。
あまりの美しさに驚き、早速仕事場の待合室に飾らせて頂きました。

バラ、カーネーション、チース、スィートピーなど
春の香りがいっぱい。
鉢もとてもよいですね。

付けられていたしおり。

特にカーネーションは、サントリーの系列会社「サントリーフラワーズ」お得意の青系で、「永遠の幸福」の意味が込められていました。

1本咲きの6色の紫カーネーションは
「ムーンダストブルー」の名。

通常のカーネーションよりも日持ちが良いということ。雪の日が続く当地ですが、美しいアレンジメントはきっと皆さまの心に明りを灯してくれることでしょう。

遠くから素敵なお花を有り難うございました、とても感謝しています。

年末旅行最終日は岡山市から旧閑谷(しずたに)学校へ。

2026年1月7日(水曜日)

前回の備中高梁の駅隣接ビルの記載で蔦屋を蔦谷などと記載してしまい、申し分けありませんでした。
本日は旅行の最終日、岡山市内と旧閑谷(しずたに)学校行きです。

実は旅行の三泊目を瀬戸内が見晴らせる倉敷市児島を予約していましたが、岡山市周辺を調べると「閑谷(しずたに)学校」という聞き慣れない場所を知りました。吹屋同様山間にひっそりと、しかし確固たる存在感を現す古い校舎の魅力に惹かれ児島から岡山連泊に変更した次第です。

この日は帰郷するので夕刻までに岡山を発たなければなりません。以下簡単ですが31日午前の岡山市の後楽園と岡山城です。

入園早々岡山城が見える後楽園。

後楽園は広大で池と水路などふんだんに水があしらわれる庭園でした。

 

舟置き場。

蓮田、茶畑、蘇鉄(そてつ)畑など
農への重視は印象的です。

茶で言えば中国から日本に茶を紹介した臨済宗開祖・栄西は岡山県の人だと知りました。同園では田植え、茶摘み、観蓮、月見、能楽、芝焼きなど伝統を重んじた四季折々の催事が行われ、開かれた庭園として広く市民に愛されていることが覗われます。

庭園側から見た岡山城。

上掲の撮影後旭川(あさひがわ)に掛かる橋を渡って岡山城を眺めに行きました。

時間が来ましたのでお城の後岡山駅から山陽本線は普通列車で「吉永」へ。約35分で到着後、「旧閑谷(しずたに)学校」へはタクシーを利用しました。

山間に入ってすぐに目的地、国宝や重文の建造物群を有する特別史跡「旧閑谷学校」でした。

校門である鶴鳴門(かくめいもん)。

これが校門とは、鶴鳴門の荘重な屋根瓦。
雨水の傷みに備え緻密な構造。

国宝の講堂。冬以外は芝生の緑に囲まれるようです。

 

塀の上面は侵入の手がかりにならぬよう丸い。
高さ幅とも2メートル、総延長700余メートルです。

昭和天皇お手植えの楠(くすのき)

旧満州、奉天生まれの私ですが、
故郷を訪ねたような懐かしさ。

建物の膨大な瓦は全て備前焼で、耐久性保持のため特に高温で焼成されたと言われます。長年にわたり大量の重い瓦を支える木造部分の強さにもほとほと感心させられます。維持し続けた後世の人々にも感心しました。

閑谷学校の始まりは早く、寛文十年(1670)、岡山藩主池田光政公により庶民のための学校として30年も掛けて創建され、他藩をも問わず広く子弟を集めたということです。

当然ですが江戸初期からの歴史ですから浮沈が見られ、衰退ごとに有力者らによって再興され現在でも運営財団は寄付を募っていました。

藩校として長く存続し、明治時代以後は中学校としても使われ大正時代まで実用されたようです。

池田公墓所へ椿の道。

学校の右手に椿の道があり、池田光政公の墳丘へ続いているということです。当所一帯はまだまだ見どころ多い場所。いつか叶うなら花の季節に再訪したいと思いました。

本日で年末旅行記事は終了ですが、吹屋も閑谷も遠い所でした。しかし両所とも古い学校が格調高く保存され、この度の旅行を意義深いものにしてくれました。

長々お読みいただき有り難うございました。
今回、地域の隆盛は地勢・環境も大事ですが有能な殿様と城下の熱意、学問は決定的であろうとつくづく感じました。

帰路は東京を経由して北陸新幹線でした。東京駅で乗車後すぐ肘掛けの脇にタブレットの忘れ物を見つけました。
携帯の置き忘れをしたばかりなのに今度は私が発見者、急いで車掌さんに届けた次第です。
旅は本当に色々なことが起こりますね。

到着した上越妙高駅は雪降りの最中でした。

雪の駐車場。

3月15日、樹下美術館は20年目の開館です。
休館日など少し変わりますが今年もどうか宜しくお願い致します。

備前高梁で見た蔦屋、スタバ、図書館、そして駅の複合。

2026年1月6日(火曜日)

当地の雪は降っては止みを繰り返していますが、時々降る雨と常時吹く風によって消えるのが早く、幸い積雪は増えていません。

 

1月4日の大潟区の通り。雪は現在も同じくらい。

さて昨日お知らせしましたが、本日は備中高梁駅に直結する複合施設に触れさせてください。

去る12月30日、岡山市から備中高梁駅へ。そこから吹屋を往復しましたので、この日二度高梁駅に寄ったことになります。
帰りの駅で隣接するビルの二階へ上がると正面に「高梁市図書館」と明るい看板ががありました。ほぼ駅に図書館があるのです。

若者たちが入って行きます。

 

入ると目に付く高い書架と読書スペース。

すぐ隣のスタバと自由に往来できる

ホームから見えた『高梁市図書館」の看板。

現在、蔦屋とスターバックスの協力は「ツタバ」と呼ばれ、「ブック&カフェ」の形態はすでに全国展開が図られていると聞きました。
さらに図書部分は市図書館として行政が指定管理者を選定して参加、そのうえ駅(JR西日本)が場所の提供者になるケースも始まっているということでした。
人口わずか2万5千人の備中高梁市が年中無休でそれを実現していることに大変驚きました。
ちなみに同複合施設は2025年に公共建築賞「優秀賞」を受章しています。

別に喫茶や本屋を誰がやるかに決まりは無くても、必要なセクションが参加し有機的に便利向上を図るのは地域の有望な課題かもしれません。

これらは幼いこども連れの父母にもニーズがあるということ。ただ場所によっては駐車場確保が課題になることもあるようですが、文房具、お土産、生鮮品、観光案内所などがある場合の駅ビルの利便性は否定し難いのではないでしょうか。
高梁駅ではそれらもコンパクトにまとまっていました。

機会があればまだ新しい新潟駅へ見学に行ってみたいと思いました。

年末旅行3日目は吹屋のベンガラ色の街と吹屋小学校へ。

2026年1月5日(月曜日)

昨日に続いて岡山県備中高梁(たかはし)市は午後の観光です。

駅ターミナルにあるバスセンターから10:55発、終点吹屋11:52に乗りました。乗車したのは私達と一人のおばあさんだけでした。
そのおばあさんも早々と降り、38もある停留所からは一人も乗りませんでしたので終点まで貸し切り状態でした。

バスは高梁川に沿って走り、およそ反対は山の森林です。森林が上越と違うのは雑木に混じって照葉樹が混じることでした。また特に目を引いたのは南天です。大きな赤い実を沢山つけて随所に「自生」していて驚きました。

時折、傾斜地で田畑も無い所に立派な家があるのにも目を奪われました。

よく見た石垣と白壁それに蔵の家。
南天はマスト。

吹屋が近づきました。

車中から見たベンガラ色の民家。

バスは街道の通りが終点で、降りてそのまま散策です。ベンガラ(弁柄)色の建物に赤味を含む石州瓦の家が続く通りは国の重要伝統的建造物群保存地区に認定されていました。

 

街道はしんとしていました。

 

晦日なので開いている店は僅かです。

通りを右に入って坂を進むと岡山県指定重要文化財、および日本遺産になっている「旧吹屋小学校」へ出ます。

 

 

立派なプールは教育イベント用でしょうか。

 

小学校とは思われない構え。

小学校にしては広大であまりに重厚。そのはず古くからあった周辺の鉱山は明治期から吉岡銅山として三菱財閥により本格的に開発され同時にベンガラの産地として大いに栄えました。ちなみに学校敷地は三菱からの寄付だったそうです。

明治中頃から順次建てられた学校は平成24(2012)の閉校まで「現役最古の木造校舎」として使用されていました。
閉校後一旦解体、大がかりな補強工事を行い令和4年(2022)2月将来へ繋ぐ遺産として竣工したそうです。
残念な閉校はここでも人口減少でした。

通りへ戻るとバスに揺られた後小学校まで行きましたのでおなかが空いていました。「きいろい台所」でカレーを食べました。すらりとした若いネパール人の店でした。

上は香料が効いたカレー、下は熱いチャイ。
高度550メートルの高地で、
ずっと外に居たので温まりました。

店内にあった六芒星の飾り。

さらに時間まで歩きます。

 

ベンガラ染め「志楽」の遠藤さん。

「志楽」さんのお隣「麻田百貨店」でグレーのマフラーを買いました。夕方になり冷えましたのでさっそく用いました。恥ずかしながら後ほど写真をお出しします。

大人しい猫は通りの副会長さんでしょうか。
南天もきれいです。

買ったばかりのマフラーを着けて。

赤い町並を堪能し15:42のバスの時間になりました。帰路のバスも発車から終点まで私達だけでした。

大晦日前日、深閑とした「ジャパンレッド」に包まれ、夢の中を彷徨うようで不思議な感覚を覚えました。

帰りのバスから高梁川と山の夕焼け。

バスを降り高梁駅に着き人並みに紛れると、この世に戻った感じがしました。

しかし赤い吹屋の時間は、まるで原体験のし直しのようで心身のリフレッシュになりました。

次回は戻った備中高梁の駅ビルについて少し書かせてください。

2026年2月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728

▲ このページのTOPへ