盆と正月が一緒に来たようなお招き。

2025年11月20日(木曜日)

快晴の本日某宅の食事に招かれた。お宅ご夫婦を入れて8名の集まりだった。皆さん名士でお顔が広く地域や県レベルの文化、経済、社会、政治、産業、医療など話題は多岐で大変興味深かった。

何事も公平、真摯な点において共通され、さすが地域を主導された皆さんの人柄に感心しきりだった。

玄関のお花。

 


良く言う「盆と正月が一緒に来たような」ご馳走を食べ、当地にこんなに美味しい寿司があるのか、という折を頂き4時間に及ぶ会食を心から楽しませて頂いた。

それにしても、あるじ二人を入れ8人分のこの仕度は大変だったに違い無い。ご夫婦の並外れたチームワークを思わないではいられなかった。
最後は厚い見送りを受け、傾いた陽を受けながら安全運転で帰った。

今夕も北海道の幸 懐かしい写真。

2025年11月19日(水曜日)

昨日に比べ本日は少し寒さが和らいだ。拙医院にしてはインフルエンザワクチンでそれなりに忙しい。小さなお子さんも来られるので優しく注射するがそれでも泣かれる。
ワクチンと並行して感染者も増えつつあるのでマスクのほかうがいや歯磨きもさらに丁寧にしなければならない。

さて本日夕食はホタテだった。昨日の牡蠣と共に北海道から届けられたものだった。

ホタテがこんなに美味しいとは
恥ずかしながら知らなかった。

送り主の方が小学生のころ(5年生だったろうか)昨日書かせて頂いたように兄妹一緒に夕食を共にした。
写真があったはずだと思い探したところ30年近く前で当日のものが出てきた。

洋服が記憶と違っていました。
賢そうな二人。

Iさん、美味しい食べ物を有り難うございました。これからの季節空港の仕事はいっそう神経を使うことでしょう。どうか元気でご活躍ください。北海道の幸のお陰で家内と二人またまた元気が出ました。

寒い日 思い出深い夕食と厚岸の牡蠣。

2025年11月18日(火曜日)

本日夜まで雨が窓に吹きつけ時々アラレが混じった。気温は5度前後で、耳や頬に冬の寒さを感じた。

こんなでは明日にでもスノータイヤに履き替えなければと焦ったが、明日以後気温は戻るというので様子を見ることにした。

そんな日の夕食に頂き物の牡蠣が出た。
送り主は北海道の航空職員だった。今からほぼ30年前のこと、この方兄妹は小学校の授業として私をインタビューされた。それが余りに熱心だったので後日お二人を夕食に招待した。

妻手作りのパスタとコーンスープを前に、ともに可愛いセーターを着て緊張した面持ちながら行儀よく食してもらった。

その後夢だった航空関係の仕事を実現させ北海道で働き始めると、季節ならではの食材を送ってくれる(下さる)ようになった。
この度の牡蠣はあの厚岸(あっけし)産でまことに美味しかった。

 

焼き牡蠣。
大きめのものがまだ沢山
残っていてこの先も楽しみ。

ところで二人のお母さんはまめまめしい方で、長年に及ぶおばあさんの介護を全うされている。この方から季節毎にご実家の東頸城で採れる産物をどれほど頂いたことか。
遠方の妹さんはお産で帰郷されると必ずおばあさんの病室に現れ、ほやほやの赤ちゃんを見せてもらった。

30年前に四人で食べた爽やかな夕食は楽しさ、初々しさの点で思い出深い。

独居老人に便利なモニター 再度夕刻の朝日池。

2025年11月17日(月曜日)

晴れの日が続いていて本日午前中は穏やかだった。しかし午後一転、雨風が強くなり、その最中に1軒の在宅回りをした。

ワクチンをする日で、家に上がると近所のおばあさんが遊びに来た所だった。
問診票は何処ですか、と看護師が訊くと「あー、はいはい、あれっ何処だっけ?」とご本人はキョロキョロ。
すると突然テーブルの真ん中にある白いモニターから「冷蔵庫の脇に掛かっているでしょ」という声。遙か神奈川県の娘さんの声だった。

娘さんによるおばあちゃんへの遠隔ウオッチは大したもので、定時的な問い掛けは勿論、私達の訪問中は常にオンになっていて一緒に参加される。

予め本日のワクチンも前回帰省時に記入され、本日の訪問日を確認されたうえ遠くで待って下さっていた。
モニターは便利で、何より毎日定時に顔を見合わせ会話する事は特に心身に良い。そのうえおよそ月1回の帰省が続けられているのでモニターの併用はより効果を発揮している。

昨日夕刻暇になり、一昨日に続き再び朝日池へ。

両日とも鏡のような水面。

ホテルの明かりの中で眠りにつく。

遠く西の方に白サギが沢山集まっていた。
今夜はここで眠るのだろうか。
コロニーなら木の上、不思議な光景だった。

この後数日天気は崩れるらしい。

昨日レコード、今日白鳥。

2025年11月15日(土曜日)

昨日夕刻、遠方から親族が見え、直江津「多七」で夕食ののち家でレコードを聴き数人分の誕生祝いのケーキを食べました。

客人夫婦とも音楽に造詣深く、せっかくだからということで故中島幸子さん(小山作之助のひ孫さん)が残した四枚のモノラルLPアルバム「思い出のコンサート」に針を落とし、可愛いケーキに明かりを灯し、今月生まれの人達のために誕生祝いをしました。

聴いたのはアルバムA面モーツアルト、
ヴァイオリン協奏曲第3番第1楽章。

大切な人が残したモーツアルトを聴き、甘さ控えめで上品なケーキを食べ、そのケーキのような人たちと一緒して幸せでした

本日土曜日午後は遅れに遅れ溜まりに溜まっていた書類をほぼ仕上げ夕刻は朝日池へ白鳥を観に行きました。

正面のゴルフ場のホテルは全館明かりが灯っているように見えますが、実は西陽を反射しているだけということが分かりました。その事に気づいたのは実に昨秋でした。
こんな風に何気ないことを初めて知る楽しさもありますので、出来れば長生きをする事には意味があろうと考えられます。

幸せそうなコハクチョウの家族。
後ろの4羽は今年生まれの若鳥。

こども連れの白鳥一家は幸せそうでした。
しかし人間の場合、家族は必ずしも一緒にいなくても幸せということはよくありますし、時には幸せまで様々に時間が掛かることは珍しくありません。
当然一人でも、あるいは二人でも、また三人でも、幸せは大いにあろうと思われます。

このところ晴れ間が多く、案外暖かな日が続いて助かります。

出たり消えたり手品のような毛糸(ニット)のチョッキ(ベスト) 樹下美術館のモミジ。

2025年11月12日(水曜日)

11月も中ばになったが本日、風も無く比較的温かかく長袖シャツに毛糸のチョッキを着た。

今ごろニットと言えば良いのに未だに「毛糸」と言い、ベストと言わず「チョッキ」と言う古さ。言葉づかいは許して貰いたいが、そのチョッキについて未だに良く理解出来ない不思議な事があった。

先月はじめの頃地元でゴルフをした。朝がた肌寒かったので毛糸のチョッキを羽織ったが、間もなく温かくなりそれを脱いだ。ラウンド後チョッキが無くなっているのに気付き、途中でカートから落ちものと考えて、スタッフに届け物があったら取り置いて下さいと告げて帰った。

チョッキは丈夫で10年近く季節の合間に着ているお気に入り。

不思議なチョッキ。
アーガイルもボタン留めもいい感じ。

ゴルフバッグには大小沢山ポケットが付いている。帰宅後確認したが何処にも無く、持参した手提げ鞄をあらためたが見当たらなかった。ゴルフ場からの連絡も無く、数日後に入れた電話でもありませんでしたという返事だった。

諦められないでいると、思わぬ所にあった夢を見た。赤いアーガイルが眼前に現れていたが、それが何処なのか見当がつかない。諦めてネットで検索したが似たようなものも無かった。

ところで私のベッドの台の部分は引き出しになっていてそこにセーターやカーディガンなど冬物を仕舞っている。
失くしたゴルフから一ヶ月が経った11月上旬の寒い日、ベッドの引き出しを開けてセーターをひっくり返したところ、なんと「毛糸の」「アーガイルの」「ボタン留めの」あの「チョッキ」が現れた。夢で見たのはここだったのか。

しかし一体なぜそこにあったのか。
一生懸命考えた。
実は持って帰り早々に仕舞った?そもそも着て出なかった?持ち帰ったならどんな風に?何故セーターの—下から出てきた?夢は本当に見たのか?
だがいずれの疑問もどこか奇妙だ。

さらに考えてみる。
実はこの一件は十分スジが通っている可能性があり、思わぬ認知症状により「出てから帰宅までどこかの部分が完全に欠落している」ために手品のようになっている事が否定出来ず、うすら恐ろしくなった。

そして本日温かく、この時間もそのチョッキを着ている。着ながらキツネに包まれたような感覚が抜けない。それどころか私が本当に生きているのかさえどこか疑わしい。

本日樹下美術館のモミジと鉄テーブル。

楽しかった週末 カーヴ・ド・ランパール 国立西洋美術館。

2025年11月10日(月曜日)

雨に変わるという今週末に上京した。30年前、二組の夫婦四人で始まった年末の食事会。途中から三組6人になり、三年前一人が他界し4人になったが、夫人が参加を続けられ5人で続いている。

今年は特別に拙長男夫婦も加わり7人が賑やかに「ラ・カーヴ・デ・ランパール」のテーブルを囲んだ。

 

 

たまの贅沢、フォアグラや仔羊、黒ムツなどの料理を堪能。今昔や飲食の話は尽きなかった。

悴は今夏巡ったスコットランドを語り、Kと二人で聞いたこともないウィスキーや風土の話を交えたので私は夢心地で聞いた。

翌日雨模様の午前、妻と二人で上野の国立西洋美術館へ。オルセー美術館所蔵「印象派 室内を巡る物語展」の会期中だった。
印象派の絵画は何度観てもいい。とくに今年は撮影可能な作品指定がかなりあり、遠慮無しに楽しめた。

拙樹下美術館では人物画に専念した倉石隆を展示している。あらためてその親しさと楽しさを知らされた。

ドガ。

 

ルノアール。

オルセー美術館だから
モネも来ていた。

バルトロメ。

印象派の宝庫オルセー美術館から70点もの出品、2026年2月15日まで開催。

21世紀の私たちを19世紀の巨匠達が一生懸命目ざめさせ、楽しませ、励ましているような展覧会だった。

雨降りの上野は賑やかだった。
多くの文化施設がある
上野の賑わいはとても心強い。

再び柿崎海岸を歩く 海の曲三つ。

2025年11月7日(金曜日)

数日珍しく晴れ間が続きました。昨日のことで恐縮ですが再び柿崎海岸を歩きました。テトラが少なく岩も無ければ何も無い砂浜の海岸です。

もう何十年も歩くのはここだけ。時折釣り人がワッといる日がありますがこのところ静かです。
柿崎川に近い所に中高年配の釣り人が二人、棹を置いてくつろいでいました。

釣るのを諦めたように話し込む脇をそっと通り過ぎました。何を話していたのでしょうか、古い友だちのように見受けました。良い感じでしたので内緒でシャッターを切らせてもらいました。

本日はこれだけですので「海」に関係する好きな曲を三つ掲載しました。


「スリーピー・ラグーン(眠れる珊瑚礁)」

高校時代から好きだったハリー・ジェームスの代表曲。大学時代の後半にフルバンドで来日し新宿厚生年金ホールへ聴きに行きました。イントロのあとのソロが始まると涙が出ました。

 


歌劇「真珠採り」から
「耳に残るは君の歌声」。

亡き真保先生が樹下美術館でプラシド・ドミンゴのこのレコードを掛けて下さいました。タンゴでは聞いていたのですが、原曲の歌曲を聴いてとても感動しました。


シャンソン「ラ・メール(海)」
真保先生はシャンソンもお好きでした。

私が高校時代の父はクラシックのほかにシャンソンのレコードを聴いていました。「ラ・メール」もあり父の居ないときにこの曲を聴きました。歌っていたのは作曲者のシャルル・トレネです。転調を繰り返す曲は聴いていて楽しいのですがピアノでなぞるのに手こずりました。

MLB,準優勝は無いが分配金  昨日の悪天

2025年11月4日(火曜日)

前回11月2日の当欄でドジャース優勝の記事を書きました。確かに2位つまり準優勝にはトロフィーもフラッグもありません。しかし調べると12球団で争うポストシーズンには全収益から一定の割合で個人あてに分配金が配られるとありました。

ちなみに2022年で優勝チームは一人7228万円、準優勝はそれより3000万円ほど少なく、シリーズ早々敗退で100万円少々が配らたようです。現金分配という点でアメリカらしい配慮だなあと思いました。

ちなみに同年日本シリーズ優勝の場合一人300万円でアメリカの20分の1という額。両者の差は球場の大きさ、高い入場料、長期のシリーズ期間などから生まれるようでした。

本日はよく晴れて温かかったのですが、昨日は夜通し降り、朝方には気温が下がってアラレに変わりました。以下は昨日の模様です。

近くのアンダーパス。
ソロソロと通らなければなりません。

同じく雑木林。
朝降ったアラレが残っている。

一両日で紅葉が始まりました。

数日は晴れ間がありそうですが、週末にかけて崩れる予報です。いよいよ冬へと繋ぐ当地らしい晩秋の候となりました。

心臓によくなかったワールドシリーズ決勝戦 不思議な山本投手。

2025年11月2日(日曜日)

2021年7月、思いも掛けない心筋梗塞を発症し10分前後意識を失い救急搬送された。重症の不整脈、急性の左心室不全で脈が触れなくなるなど危うかったが病院到着と治療開始が早かったお陰で救命された。

以後心臓への負担とリハを意識した生活を続けている。旅行やゴルフ、公園や海岸などの徒歩はリハになる。他方過食、アルコールとカフェイン摂取は直接的な心臓負担になるため控えた。
有酸素運動主体の旅行やゴルフでは1万歩以上歩いても動悸はないが、過食およびアルコールやカフェインなど直接的な体内摂取では数分でドキドキし始めるので特に気を付けている。
※カフェインはコーヒー、紅茶、煎茶、抹茶に含まれ主なものにはノンカフェイン飲料があり利用している。ただ抹茶には無いようなのでごく少量を口に含むだけで済ませる。

さてMLBポストシーズンはワールドシリーズに入ると、テレビや動画観戦で動悸を感じるようになった。さすがに相手も強く18回!を含む2回の延長戦や完膚なき敗戦を含めドジャースには綱渡りが続いた。

このたびの三勝三敗からのアウェイに於ける対ブルージェイズ最終戦は最も心臓に悪かった。勝ちはしたが最後まで負けているような雰囲気が続いたが、美技や貴重なホームランで同点から延長戦に、そこから一点勝ち越しの状況を作った。
その一点が危うくなる11回裏のピンチを遊撃手ベッツの流れるようなプレーで併殺、一瞬のうちに決着した。ワンプレーが失いそうな戦いを突然勝利に変える。スポーツ競技には信じ難い「運」が潜む。しかし相手にはどれほど辛辣だったことだろう。

負けたブルージェイズの選手が三三五五ベンチに残り輝かしい表彰式を見ていた。明日のために敗者と勝者の現実を心深く刻みつけているように思われた。そもそもポストシーズンには準優勝表彰などというものが無く、負ければそれまで、アメリカらしい割り切り方だと思った。

やはり神様山本様だった。
(いずれもNHKの放送画面から)

7戦のうち2勝を飾り、最終戦は前日96球の投球に続いて登場し延長をまたいで投げた山本由伸投手がシリーズMVPに輝いた。
勝利への貢献では昨日美技のベテランロハス選手と相棒スミス捕手の本塁打は大きい。

やはり神様山本様だった。長身の選手(特に投手)に混じり小柄に見える山本選手が優れた結果を残すことが不思議だった。何か特別な生活やトレーニングをしているのだろうか。新たな投手モデルになるような気がした。

再三の美技、ベテランの守備 果物を描いてみたい。

2025年11月2日(日曜日)

後が無くなったドジャース。ワールドシリーズ第6戦は山本投手が先発好投し、中継ぎ、クローズの投手が頑張って勝利。シリーズを三勝三敗のタイに持ち込んだ。

打撃では大谷、ベッツ、スミス捕手、エドマンも打った。

試合で特に光ったのは二塁を守ったベテラン、ロハス選手(背番号72)ではなかったか。同選手は佐々木投手入団に際し自分がつけていた背番号を佐々木に譲った人。普段いかつい雰囲気に似合わず特に日本人選手たちへの暖かな様子が垣間見られて嬉しい。

本日は再三堅実で見事なプレーを見せドジャースをの危機を救った。特に9回裏、ランナー2,3塁のダブルプレーは好打者ヒメネスのレフト前フライをキケ・ヘルナンデス(背番号8)の好プレーを活かしダブルプレーに取って試合を決めた。

 

向こうの選手の感情表現は私達と違って生々しく直接的。見ていていっそう気持が伝わる。

ところで果物を色々頂戴しています。

赤く大きなザクロを見て
久し振りに絵を描きたい気持が
湧いてきた。

柿も。

いよいよ明日の1戦でメジャーチャンピオンが決まる。日曜なのでじっくりNHKを見ることが出来る。

本日は連休とインフルエンザワクチン接種が重なり当院にしては相当忙しかった。

ようやくタイに持ち込んだドジャース。心労し批判にも晒されたであろう監督は頬がこけているのがはっきりみとめられ、ストレスの大きさが伝わる。

泣いても笑っても明日決まる。そもそも誰が先発するのだろう。

晴天の柿崎海岸 新柿線のコハクチョウと親子散歩 いよいよ「神様山本様」と「運」のドジャース。

2025年10月30日(木曜日)

前々から晴れる予報の本日10月30日、柿崎海岸を歩いた。

向こうに釣り人が一人、
こっちに私ひとり。
帰りにどちらかともなく少し話した。

波の忘れもの、
30㎝ばかりのきれいなボール。

 

拾ったシーグラスを並べて
ままごと。

ハマゴウの実。
柑橘系?除虫菊?山椒?爽やかな良い匂い。

帰路、新柿線の白鳥(コハクチョウ)の群れ。

 

親子あるいは兄弟。

 

突然首を上げ緊張が走る。

何か来たようだ。みな向こうを向いているので私を警戒したのではなさそう。

親子散歩でした。
安全とみて再びリラックスする鳥も。

さて、ホームで2連敗のドジャース。避ける人(ドジャース)は避けきれずに2連敗。6時間もの飛行機移動もあるが疲労は相手も同じか。だがどちらかというと長時間移動は普段からカナダが本拠地のブルージェイズは慣れているかもしれない。
勝ったせいもあろうが、ブルージェイズから疲労感というものがさほど伝わらなかった。

いよいよ神様山本様の登場、次戦は大丈夫だと思うが、ドジャースには「神様」と「運」が必要になってきた。

18回に及ぶワールドシリーズ 観客のストレッチタイム 両球団の呼称。

2025年10月28日(火曜日)

本日のワールドシリーズ(ドジャース対ブルージェイズ)第三戦は大変なことになった。接戦の末5対5で延長戦になったは良いが、毎回決着が付かず18回裏ドジャースの本塁打でようやく終わった。

試合時間6時間39分。外来を診ながら9時過ぎから顔を出し入れしてテレビを観たが、終わったのが午後3時40分過ぎ、開催地は深夜であろう。

試合は30球団もあるメジャーリーグの決勝シリーズのこと、きわどい均衡が続く延長戦は一つのアウト、一人の打者、一人の投手の1球で状況はめまぐるしく変った。それを18回まで続けた監督、選手、さては観客の疲労はどんなだったろう。

4打数4安打2本塁打、4つの申告敬遠を含む5四球で9度も出塁した大谷選手は勿論凄い。しかし両軍で19人の投手を費やしたあげく、明後日先発予定の投手がブルペンに姿を現すなど異様な総力戦に身震いさせられた。

そんな壮絶な野球で球場に流れた2回の「Take Me to the Ball Game」の歌は何とものどかで健やかだった。

 

 


球場内で歌われる様子。

この歌は、観戦一休みの7回に「セブンス・イニング・ストレッチ」として立ち上がって歌われる。観戦中の小休憩、背すじ伸ばしの歌としてとても楽しい。今日は18回もの延長戦になったため途中14回始めに再度この時間が設けられていた。
テレビで初めて耳にしたのはイチローがマリナーズにいたころだった。本日、延長途中、両チームに果物が差し入れられたようだ。

ところで相手チームの「ブルージェイズ」とは北米に広くいる青い鳥の名ということ。

「ブルージェイ(アオカケス)」
ナショナルジオグラフィーのHPから引用。

ブルージェイズの帽子マーク。
赤い部分はカナダの象徴植物、
カエデ。

いっぽう「ドジャース」はかって球場がニューヨークのブルックリンにあった時代、街の名物である路面電車を避けながら歩く人々の様子を表して「ブルックリン ドジャース」が名付けられた。球団がロスアンジェルスに移動後もそのまま「ドジャース」と呼ばれている。
※避ける:dodge(ドッジ) 避ける人々dodgers(ドジャース) 、ボールを避ける遊び:ドッジボール。

今季初めて見た白鳥の群 雀も沢山いた。

2025年10月26日(日曜日)

午後から静かに雨が降った日曜日は朝6;30に電話が鳴り在宅の方の看取りがあった。十分な介護のすえの看取りには一種清々しさがあった。

コハクチョウが来ていることを10日ほど前から耳にしていたので田圃を走ってみた。雨の中、頸城区ほくほく線沿いに群がいて少々遅い時間だったがレンズを向けた。
寒くなるいっぽうの空の下、今年も冬鳥がやってくる。どんな鳥とどんな風に出会うのだろう。

150~160羽ほどの群だった。

次は吉川区長峰で賑やかな雀の群に出会った。

普段あまり好きではないセイタカアワダチソウだがこの時ばかりは明るくとてもきれにだった。

 

これから来る厳しい冬を
みんなで頑張ってください。

本日のワールドシリーズはドジャースがブルージェイズに勝って1勝1敗のタイにした。前半以後山本投手がテンポ良く投げて完投しキャッチャーもホームラン。ホーム球場に戻っていよいよ実力発揮か。

本日の良寛さん講演会 本日ワールドシリーズ第一戦。

2025年10月25日(土曜日)

本日土曜日午後、「佐渡島の金山と良寛の母の愛」の講演会が無事行われました。全国良寛会会長・小島正芳氏のお話は汲めども尽きぬ興味深い内容で、魚沼や県央、さらに当館にご縁ある横浜の方も参加くださり盛会でした。

学生時代を過ごされた先生ご自身と上越市との結びつきから始まり、良寛と父母の系譜と佐渡の縁が語られ、佐渡がふる里の母「おのぶ」とのこと、そして生涯のエピソードが語られました。

まことに個人的な感想ですが、私には母とは真に不思議な存在で、“父は取り替えが出来ても母は出来ない、というようなイメージがあるのです。たとえどんな母であっても如何ともしがたい直接的な縁を感じてしまうのです。

名家の長男として父とともに苦労を重ねた末に出家。西国から巡り来た高僧に付き従って遙か岡山県で仏門に入ろうとする良寛。見送った母との別れの場面の詩「出家の歌」には胸打たれます。

たらちねの 母にわかれを つげたれば 今はこの世の なごりとや 思ひましけむ 涙ぐみ 手に手をとりて わがおもを つくづくと見し おもかげは なお目の前にあるごとし

母の心のむつまじき そのむつまじき みこころを はふらすまじと 思ひつぞ つねあはれみの こころもし うき世のひとに むかひつれ
※はふらすまじと:捨てるまいと、忘れまいとの意味でしょうか。

別れに際して涙しながらじっと自分の顔をみていた母の面影は今でも目の前にあるようだ、と歌っています。

母とのことではないのですが、遠い地で20数年前、末期の膵臓癌が見つかった妹を病院に見舞いました。進行によって何も取らずに終わった手術後、ガランとした病室で妹が「自分が何故ここにいるのか分からない」と言いました。
その時何か言おうとしたものの言葉が出ず、先に涙が出て止まらなくなり、ただ手を握り続けたことを思い出しました。

妹とは悲しかっただけでしたが、西国へと旅立つ長男との別れに、母が示した「むつまじさ」は今のそれとは少し意味が異なり、「愛」と呼ぶようなものだったのでしょうか。その後の良寛の人生の中で守るべきただ一つの態度を伝えたのか、と思いました。

さて話変わって本日のワールドシリーズ第一戦でドジャーズは完敗でした。
試合前のある状況を観て、今日は駄目かもしれないと嫌な予感がしました。
ベンチの選手たちに「行け行け」や「のりのり」の様子が見られたからです。悪いことにスタッフの一人と思われる人が大声で選手たちを煽って回るのも気になりました。

雄叫びは勝ったら上げればいいのですが、始めに上げるものでは無いように思われるのです。つまり試合を前に気分が上っ調子ではないのかと心配でした。比べて相手ベンチには秘めた闘志が漂うのを感じましたのでなおさらです。
まだまだ7戦のうちの一敗なので全く分かりませんが、逆に胸を借りる挑戦者の気持に切り替えれば大丈夫と、本当に勝手ながら思いました。

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