明け暮れ 我が家 お出かけ

一筆ごとに試行錯誤の絵 面白い母の言葉。

2022年1月22日(土曜日)

一日中曇の土曜日。
午後は休みだが気がかりな人がいて午前に往診をした。一昨日から2本の連続点滴を足にしていて、今朝初めて眼を開け水を少し飲んだという。おもゆが行けそうなので今日は1本にして、エンシュアを試すことにした。上手く行ってくれと願っている。

午後ははっきりしない空のまま過ぎる。
鳥を止め、絵を引っ張り出して色々やった。
水彩の植物精密画はハイライト(光る部分)としてボードの白色を残し、乾かしながら周囲から薄く薄く加色し明るい所から影へ進んだ。
この分野の教則本を色々見たが肝心の所、特にグラデーションについて丁寧に書いてあるものは皆無で、自分で色々やってみるほかなかった。

この度は油彩で描いている。水彩より色が伸びるのでグラデ-ションは楽かなと宛にしていた。しかし筆で描いているのでタッチが出やすく自然なグラデーションは容易ではない。
2014年の作品展で30点ほどの小品を油彩で描いたが、初めてにも拘わらず何とか形になった。それに比べ、今回は絵の具が画面をツルツツ滑って落ち着かない。

キャンバスを磨き過ぎたのもあり、当然歳のせいも否めない。しかしこれが最後、始めたからには言い訳などを言ってはいられない。

 

三種類のモチーフを色々な書き方で試している。
色々出来るのは油彩の利点。

 

一筆一筆全てが試行錯誤。花の厚みと強さがまだ出てこない。
水彩の場合は苦労して、最後に急に絵が立ち上がってきた。
いつか調子が出れば良いのだが。
うまく行かない場合全て塗りつぶすことがあり、すでに何枚かそうした。

紙のパレットを用い、絵の具はほんの少量しか使わない。水彩の時はさらに少なかった。
生前、私のパレットの絵の具を見た母は
「キスの腹わたみたいだ」と言った。
どういう意味かと訊くと、
「ちょびりしかないから」と言い、
どうしてそんな言葉を知っているのかと思ったが
「だってそう言うだろうが」というのが答だった。

ある日床屋から帰った私を見て
「頭の張り替え」と言ったこともあった。生まれ故郷の佐賀県では普通の言葉だったのか。

SDGs? 東西南北、、、異文化は楽しくもある。

雪の蜘蛛が池 1週間の早い遅い。

2022年1月21日(金曜日)

昨夜から冷え、今朝は道路が凍り、あたりの雪が少し増えた。

本日在宅回りの蜘蛛ケ池。
集落の眺めは雰囲気がある。
(スマホ撮影)

三軒を回り、帰路の車中、
「明日は土曜日だよね」と看護師さんに訊く。
「はい」
「1週間は本当に早いなあ」
「そうですね」
「1週間は早いのと遅いのがあれば、早い方がいいかな」
「うーん、そうですか」
つまらない話に付き合う看護師さんは気の毒である。なぜ早い方が良いかというと、休める週末が早くくるからという簡単な理由。

楽しみは待っている間が幸せ。だが休みは直ぐ来るがすぐに終わる。それでもやはり来るのを待つ。
明日土曜日は穏やからしく、いっときなら晴れ間もありそうだ。ハクガンはまだいるだろうか。

昨日の仕事始め 葉っぱと輪郭線の交点と接点 感染拡大と南アの過程。

2022年1月7日(金曜日)

仕事始めの昨日6日、曜日を間違えたため風変わりな日になった。
その日木曜日なのを朝から水曜だと思って過ごしていた。休みが長かったので午前中は普段より少し忙しめに過ぎた。

問題は午後。
水曜日は在宅回りが無い日なので絵筆を取った。一時間は経った後も外来へ呼ばれない。お薬が切迫していた人は午前で大方済み、午後はヒマになったのか、と思った。

そこでせっせと葉っぱを中心に描いた。
花を描くとは言え、私の場合花より葉に費やす時間の方が圧倒的に多い。
理由として、
花に比べ葉の数と面積が多いため、
葉の複雑な色彩のため、
照りを伴った明暗や葉脈が作る陰影がデリケートなため、などの理由が挙げられる。

その間、外来は誰も来ないと見え、連絡はなかった。最後に「誰も来なかったね」とスタッフに挨拶しようと思ったが、時刻は閉める時間をとうに過ぎスタッフは帰ったはずだった。ヒマにしてスタッフに申し分けなかったな、と思った。

間もなく妻が外出から帰った。すると、
スタッフのAちゃんが予定があって日を繰り上げ、午後ワクチンに行ったんだよ、と言った。
えっ、午後から、、、?うちの仕事があるのに、と思い、 本当?と言うと妻が、
「午後は休みだから」と言った。
あ~そうだったのか、木曜なのか、午後休みだったんだ、と一人騒いだ胸を撫で下ろした。

曜日の間違いは歳のせいの一方、長休みボケ、幼少からの物忘れ癖などで、私にはたまに起こる。大抵前日などに気づくが、当日勘違いのまま過ごすのは珍しかった。

 

葉の彩色の過程。
輪郭線の交点や接点、特に鋭角な部分を極細の筆で
予め塗っておく。

さて本日は七草がゆの日。七草ではなかったが夕食にセリを中心にした粥が出た。

 

とろみダシで百合根が入っている。
昆布の佃煮を一本乗せた。

国内でコロナがオミクロン株に代わりつつあり、ひどいことになってきた。新潟県でも本日70名もの報告があった。
12月29日のブログで未曾有の拡大が懸念される、と書いたが、年末年始の移動などから予想を遙かに超える勢いになっている。
週が明けたらさらにその数倍からそれ以上の拡大があるのではないか。
万一インフルエンザと同程度の症度でも一定期間隔離の必要があり、重症化も否定出来ない。
※隔離期間は症状の有無で変わり、無症状でも検査陽性日翌日から10日という基本がある。今後オミクロンで短縮の可能性があるとも言われる。

オミクロン株の発祥地南アは惨憺たる有様だったが、いま確実に減少に向かっているという。何しろワクチン接種率が極めて低かったため、一気に拡大したが、今や国民に70%台の抗体が獲得され、ピークアウトしつつあるということ。

この間、はたしてどのくらい犠牲者があったのか詳しく知らない。
だがある種放置のような状態の結果、皮肉にも自然に近い形で社会的免疫の獲得が進んだとすれば、狐に包まれたような感じを覚える。

柿崎区は圓田神社と楞巌寺へお参り 絵画と料理。

2022年1月5日(水曜日)

本日日中、晴れ間があり遅くなったが初参りに柿崎区の圓田神社と楞巌寺へ行った。

 

陽を浴びてきれいだった尾神岳。

 

圓田神社にて。
ここの神職でもあるお嬢さんは世界5大ミス・コンテスト
であるミス・グランド・インターナショナル2020の日本代表。
2017年の社務所にいた可愛い娘さんがそうだったのかもしれない。

続いて楞巌寺へ。

門前でいつもの如意輪観音石像が迎えてくれる。

石段を上がった山門。
国旗と五色幕が美しい。

 

上杉謙信公の重臣であった柿崎和泉守景家公が開基となり、
謙信の師である天室光育禅師を請した曹洞宗の寺。
平成23年に本堂及び山門が国登録有形文化財に登録された。

 

赤い前掛けのお地蔵様。

 

そして本日の絵画過程。

色々手を付けたうちの一部。
残り過程は、左95%、右75%はあり、これからが大変。
右のは十分乾いたと思っていたが、少し早かった。
この辺が課題。
かってのように白地から始めた方が楽そうだ。

夕食は白菜の梅昆布炒め。
NHKテレビの料理番組を観て作ったという。
妻はかって、料理が苦手というスタッフに、NHKの番組を観て
一年くらい挑戦すれば、うまくなると助言したらしい。

 

さて明日から仕事。
1週間の休み。ゆっくりは出来なかったけれどお陰様で絵と読書はひとまず進んだ。
心配した豪雪にならなかったのが幸いだった。

今年一年、歳なりに仕事が出来、皆様とともに健康でありたいと願っている。

1週間の正月休み 西王母ツバキの輪郭線 干支 スタンリー・ブラック。

2022年1月4日(火曜日)

1月4日火曜日、1週間の正月休みを取らせて頂いているのでまだ休んでいる。昔は休みといえどもしばしば電話が鳴り仕事にかり出されていた。夜間休日診療所や病院と救急隊の対応が進んだのと患者さん自体少なくなったので一応休めるようになった。

しかし自分で休みと言っているだけで、患者さんには迷惑を掛けているのではないか、と案じている。
6日間休んだが、感覚として何週間も休んでいるように実感される。

同じ1週間でも仕事となるとたちまち過ぎる。私の場合、何かの失敗の後や心配ごとがある場合、思ったように時間が過ぎない。1週間もの休みには、どこかに後ろめたさが潜んでいて、時間が経ちにくいのだろうか。時間というのはデリケートなものだと思う。

本日は12枚のサムホールサイズのキャンバスに西王母つばきの輪郭線を描いた。

左の蕾に葉を一枚加えたほうが良さそうに見える。
描いたキャンバスを積んでみました。

小さな3Dキャンバスの下塗りがもう少しで乾くので明日は一部を彩色してみたい。

 

可愛いトラのあめ。

寅年なのでこんなあめがあるらしい。私は長いあいだ干支が苦手で未だに巳までしか言えない。それで年を聞いて、何どし生まれですね、という人をみると非常に驚く。
ちなみに自分はうま年生まれで、誕生日が父と同じです。うま年の前後が何年か分かりません。

本日で「海辺のカフカ」が127ページまできた。上下2巻でそれぞれ400ページ近くあるので大変だが、今のところ面白い。この先どうなって行くのやら、変わった筋立てなので目が離せない。手つかずだった村上春樹の本を読んで良かったと思っている。

本は、動画でスタンリー・ブラックのラテンピアノのアルバムを聴きながら読んだ。


The Moon Was yellow」がアルバムとは別にあった。
アルバムは「キューバの月影」のタイトル。
途中でベートーベンの「月光ソナタ」が聞こえてきたので、
関連動画に移ったのかなと思ったがまだスタンリー・ブラックだった。
月光の曲調は読書向きだった。

ラテンピアノ。
今ではこのジャンルを耳にすることがなくなったが、彼らの国では流れているのではないだろうか。私はこのようなピアノが嫌いではありません。

雪は無いが天候が悪くて困る。予報の週末は少し安定するらしい、当たってもらいたい。

大雪前夜の年末。

2021年12月25日(土曜日)

今年最後の週末土曜日、午前中の外来に少し変わった雰囲気を感じた。
寒いから、あるいは押し詰まってきたからは例年通り。しかし今年は正月が大雪になりそうだ、オミクロン株が拡がってきた、の二つが加わり、常よりも年末の慌ただしさと不安が増しているようなのだ。

そんな中、三日間発熱が治まらない大人に行うコロナとインフルエンザの抗原検査があると思えば珍しくこどもたちが来る。感染性胃腸炎の流行と遠い地域の学校クラスターが受診を促しているように感じられた。
そんなこんなで午前中はずっと落ち着かず、ふと心臓に重圧を感じては肝心な自分は大丈夫かと少々心配した。

1時間ほどの午睡で体が休まり、暗くなって年賀状のプリントのためインクを買いに出た。
車のキーを押すと「メリークリスマス」と車がアナウンスした。途中で可愛いイルミネーションの家を見たとき、これで十分クリスマスは味わったと思った。

 

今夜の外。雪はまだ数センチ、これから降るのだろう。

新潟行きは県央から先の事故でUターン。

2021年12月19日(日曜日)

新潟市美術館で開催中の「生誕110年香月泰男展」は来年1月23日で終わる。
この先、厳冬へと入るため伸ばすほど新潟行きはきつくなる。そこで予報から雪はさほどで無いとみて本日午前新潟へ向かった。

米山まで雪はほとんどなく高速道路の路面もきれいに出ている。長岡もそれほどの積雪には見えなかったが、事故のため中之島見附から新潟東まで通行止めの知らせが出た。随分長い区間の閉鎖であり、事故は一件ではないようだった。

中之島見附の出口に向かって次第に渋滞、そこを出てから帰りの高速道路に入って帰宅した。

高速道路を下りて料金所へ向かう車の列。
{助手席の妻撮影)

降雪量が原因というより、スピードの出し過ぎ、あるいはタイヤの不備が幾つかの事故を引き起こしていたのかもしれない。。

雪国、なかんずく県都を隔てると、こんな風に文化からも遠くなる。
冬の余暇は何かしら籠もって行う活動に集中するのが良いのか。私の場合、いっそう絵の制作に励もうと思った。それにしても残念だった。

冴えない話題に代わって「ヴァーモントの月」を二つ載せました。

 


アンディ・ウイリアムスの「ヴァーモントの月」
画面でみんなは何をあぶっているのでしょう。

 


ジョニー・スミス(ギター)とスタン・ゲッツ(テナー・サックス)の
「ヴァーモントの月」(1952年演奏)。

この曲の主なテーマはめずらしく愛ではなく、ヴァーモント州の風景の素晴らしさです。ヴァーモントはアメリカ東海岸のカナダのすぐ近くの州のようです。

流れに写る月影、冬のスキートレイル、秋のカエデの落ち葉、春の草地、、、。
最後に“貴方と私とヴァーモントの月”で終わります。

一般に冬の歌としてよく取り上げられるようです。

今年の師走はいっそう落ち着かない 三回目のワクチン接種 我が家のハリハリ漬け シルクロード第2部の再放送が終わった。

2021年12月8日(水曜日)

12月はやはり落ち着かず、後ろからぐいぐい押されている感覚がする。寒い外と暖かな室内の往き来も気ぜわしく、年末特有の仕度も免れず、ふとどこかへ行ってしまいたくなる。

さらにここへ来てインフルエンザのワクチン接種が薬液の不足で大変不規則に推移している。普段ひまでも、入れば遠くからも希望者が来て多忙を極める。
こんな風にワクチンと関係していると今夏の心臓発作がよぎり、ともすると恐怖心を否めない。

本日、新型コロナワクチン三回目の接種について希望日の確認書類が来た。私達は3月になる模様。
コロナ禍はついに三年目に入る。一部にこのようなスパンを予測していた向きもあったが、私には全くイメージ出来なかった。

 

22年のカレンダーにモネのスイレンが毎月見ることが出来るものがあり、
自室用にもらった。
今冬は絵を描く予定なのでモネを観て励みたい。

 

妻が作っているハリハリ漬け。

 

カズノコとスルメ、それに根布が入っている。
今年はカズノコが少し多すぎるようだ。
あるいは小さくても良い。
祖母→母→妻と受け継いだハリハリは食べ過ぎないようにしないと。

 

毎水曜日に観ていたNHK特集「シルクロード ~第2部~」。
再放送は、本日トルコからついにローマに入り第2部が終わった。
マルコポーロの東方見聞録に対して、
長い取材番組は「西方見聞録」と述べられていた。

 


懐かしいテーマ曲。

1部では父もまだ元気で、よくこの番組を観ていた。映像を通して、大昔でもないのに当時の世界は今よりもまだ平和だったことが、非常に遠いことのように伝わる。

白鳥と文房具の日曜日。

2021年12月5日(日曜日)

午後から夕刻にかけて空が明るくなった日曜日。
晴れ間を見てスーパーMへ行った。卓上マットがすっかり汚れてしまったので新調するため。

行きの田んぼで白鳥の群と出合った。うまい具合に二番穂が枯れている場所で一生懸命穂をしごいてた。きっと実はあるか無しかに違いなく、一日中食べなければならないのだろう。

 

黒ずんでいるのは若鳥。
真っ白は年上の仲間あるいは兄姉また親鳥。

 

柔らかく乾いた草が何とも言えず良い色。
鳥たちは嬉しかろう。
このような写真を絵はがきにしてショップに出したい。

先日に続き夕刻ふたたび朝日池に出向いた。
今回わずかに時刻が早目だったのと、望遠ズームにしたので幾分感度良く撮れた。

 

 

 

 

 

湖面広く鳥たちがいて、それぞれコウコウとかクワクワと思いっきり鳴いている。コーラスのように響く鳴き声は180度、いやそれ以上に広がって私を包み、なかば鳥の世界に入っているようだった。さらに闇が深くなるにつれ異次元的な不思議な感覚に陥り、ずっとそこに居続けたい気持さえした。

彼らの幸福の為(勿論私達も)に、昨冬のようなドカ雪だけは止めて頂きたい。昨年1月上旬からほぼ一ヶ月間、鳥たちはねぐらも餌も拒まれ、危機的な状況にさらされた。

さて卓上の1枚メモを始めて2年少々経った。取り替えは6回目か。この度はコロナのPCR検査と個別ワクチンの受け入れで相当メモった。
ボールペンで黒→赤と書き、その上に赤または黒の細目のマーカーで書く。年のせいでお茶や牛乳をこぼしてしまい、今回はとても汚れた。

 

2019年8月から初めた机上の1枚メモ。
ブログによれば前回2020年12月8日に取り替えている
まだ少し余白はあるがボロボロなので取り替えた。

  グリーンマットも新しくして、その上に終わった月のカレンダーを裏返して張り替える。
今度のは大きめなので頼もしい。

 

スーパーの入り口にずらりと手帳が並んでいたので買った。
今年は気分を変えてオレンジ色に。

美術館は今年の終了までちょうどあと十日。馴染みの方たちに、良いお年を、と挨拶した。

ようやくノルウェイの森を読み始めた ディア・ハート。

2021年12月1日(水曜日)

樹下美術館では今春から三誌の文化系雑誌を定期購入してカフェにお出ししています。

一つが骨董、古美術の「目と眼」(目と眼社出版)。
一つが総合的な美術雑誌「芸術新潮」(新潮社)
そしてライフスタイル雑誌「BRUTUS:ブルータス(マガジンハウス社)です。

芸術新潮は昭和25年、目の眼は昭和52年、ブルータスは昭和55年の創刊です。バブルや経済ショックなど社会の荒波を越えて、文化系雑誌が刷新を重ねながら充実して維持されているのは、世の健康を物語り元気づけられます。

 

カフェのラックの「目の眼」、「芸術新潮」。

 

BRUTUS。
悩み多き1980年代、この雑誌にはお世話になりました。
服装や小物に食器、本やポストモダン思想から東急ハンズまで知りました。

これらの中で今年10月のブルータスは(上)(下)に分けて村上春樹の特集でした。
本日のブログは、縁の薄かった村上春樹の遅かりし個人的な入門編です。

実は氏の本のうち、「中国行きのスロウ・ボート」「海辺のカフカ」「ノルウエイの森」「意味がなければスイングはない」「村上ソングズ」「ポートレイト・イン・ジャズ」「セロニアスモンクの居た風景」などはちゃっかり書棚にあります。ジャズが好なので、とりあえずタイトルが気になるものだけ買っていたのです。

いずれもパラパラとめくっては終わり、
「年だから今さら読んでも間に合わない」。そんなことを理由に過ぎました。

ところがこのたびばかりは、カフェのブルータス二冊が、「村上春樹 上下」と書かれた表紙をこちらに向け、毎日睨みつけているではありませんか、毎日。
何となく根負けしてしまい、家の棚から「ノルウエイの森」を引っ張り出して、ついに読み始めたというわけです。

ビートルズの曲名と同じ、ぱっとみ意味不詳なタイトル。それが上下で600ページもあり、しかもケタはずれのベストセラーだという。
いざ手にすると、何が書いてあるのか、どんな文なのか、急に興味が湧きました。
読み進むにつれ面白く、ガソリンスタンドの洗車待ちも読みました。

左・赤い表紙の上巻 右・緑色の表紙で下巻。
赤と緑の表紙はクリスマスカラーらしい。

読み始めて丁度2週間、昨夜上巻が終わりました。
まだ上巻だけですが、映画化が意識されていたのでしょうか、場面の切り替わりが台本のようで少し気になりました。だが愛と性、生死、精神・心理とそのゆがみや困難、それらにおける人間の関係性などが詳細で、想像以上に深い本だと思いました。

さて、がらりと話変わりますが、作中、
主人公「僕」がクリスマスプレゼントとして、「直子」へ彼女の好きな「Dear Heart(ディア・ハート)」が入ったヘンリー・マンシーニのレコードをプレゼントするくだりがありました。
以前一度載せたことがありましたが、以下にYouTubeからその曲を借りました。

 


録音は1965年らしい。
小説中のプレゼントは1968年のクリスマス。

ところで私にもこの曲に拙い思い出があります。
若い若い時代、ある人と知り合ったときのこと。1960年代の正月、伊豆の見晴らしの良い山にあるその人の別荘に誘われました。彼女は先に行っていて、私はクラッチのバネが切れるようなオンボロのワーゲンに乗り、都内から向かいました。

伊豆では平野部を経てつづら折れになった草地の山道に入ると、かなりの急登。無事のぼれるか、冷や冷やしながらハンドルを握りました。
やっとの思いで到着すると、「あなたが登ってくるのをずっと見てた」とその人が言いました。

その晩、慣れない手つきで彼女が五目鍋を作り、私は持参したウクレレを弾き、手持ちのソングブックをⅠページずつ一緒に歌いました。私はディア・ハートを知らず、彼女は知っていました。良い曲だなと思いながら何度も歌いました。

ノルウェイの森の本が終わったらもう一度繰り返し、その後「海辺のカフカ」にするつもりです(あくまで予定」)。
なにごとも奥手なので人生の最後に忙しくなるのは仕方がありません。

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