倉石隆

台風前の本日大洞原を訪ねた。

2017年9月16日(土曜日)

過日、妙高市は関山、大洞原のトマトとトウモロコシを頂戴した
ことを書かせて頂いた。
倉石隆の絵に素描「草原開墾」と油彩「妙高」があり、同所では
ないかと思われ、トマトを食べて以来無性に訪ねてみたくなっ
ていた。

以下は倉石隆の素描「草原開墾」から。

1'
働く男女とハンモックのようなものがペンで描かれている。

2'
上掲の女性を入れて大勢が描かれ、わずかの水彩で着色さ
れている。
ここが大洞原だったとすると、描かれた人物たちは一日一日
が精一杯、観光化されるまでになった今日の様子など想像だ
に出来なかった事だろう。

調べてみると現在同所にハートランド妙高という施設あり、本日
昼そこへ電話をして場所を確認し妙高山が見えているか、も尋
ねた。
山は見えているということで、仕事を終えた午後車を走らせた。

1
トマト畑と向こうにハートランド妙高。

2
トマト畑は至る所にある。

4
開墾地らしく石ころが小道脇に集められていた。
火山の山麓ゆえ岩石との格闘だったことだろう。

5
トウモロコシ畑で、竿に繋がれた鳥追いのカイトが舞っていた。

6
曇天の妙高山と爽やかなソバ畑。

以下は倉石隆の「妙高」 41×31,5㎝。

3'
手前に描かれたものは判然としないが、良く晴れた山は本
日訪ねた場所からの眺めに似ている。
明るく南を向く妙高、数個の雲と原野、あらためて良い絵だと
気づかされた。

スケッチと油絵が同じ日のものとすれれば、この日倉石
氏が訪ねて描いたのは大洞原とみて間違いなさそうである。

氏が髙田にいたのは昭和25年(1950年)まで。
大洞原の開墾は昭和24年からだ。
わざわざ訪ねたなら、当時開墾は大きなニュースになってい
た事が考えられる。
「草原開墾」の題から、一帯は広大な草地あるいは萱場のよう
な場所だったのか。
いずれにしても開墾は始まったばかりだった。

敗戦後、厳しい世相下に於ける豪雪地の開墾は、運命への挑
戦だったであろう。
苦しい生活の中、再上京のことなどで葛藤が想像された当時
の倉石氏にとって、晴れた妙高山と精出す入植者の姿は、心
奮わせられる光景だったのではないだろうか。

 

7
本日路傍のハギと向こうのソバは秋の風情そのもの。
一帯から見て東に昇る満月などは美しかったにちがいない。
開拓団の人々は、月の日ばかりは疲れを忘れ、なにがしかの酒で
喉を潤したことを想い願いたい。

帰路、国道の直販センターに寄ってミョウガ、枝豆、トマト、ハリハ
リ漬けなどを買った。

11
大潟区潟町の祭で、知人宅からお赤飯を頂戴した。

夕食にセンターで買った野菜が出て、妙高の土と入植・後継の人
々による渾身の恵みを堪能した。

大洞原のトマトとトウモロコシ 本日の夏櫨(ナツハゼ)、アオハダの実。

2017年9月13日(水曜日)

昨日、妙高市関山の大洞原で農家を手伝っている方から
野菜を頂いた。

まだ訪ねたことはないが、同地に於ける入植による開墾の
話は聞いていた。
頂いたトマトは真に充実しトウモロコシは甘味つよく美味し
かった。

IMG_8957 - コピー
頂いた野菜。

戦後間もなく25戸で始まったという事業。雪深い所で今日
までよく到達したものと、深い敬意を禁じ得ない。

ところで倉石隆の昭和20年~25年までの髙田に於けるス
ケッチに草原開墾と裏書きされた小品がある。
当時の開墾といえば大洞原ではないか、と漠然と考えてい
た。
また原野から妙高山を描いた油絵があるが、これも同地か
らの眺望では、とあらためて想像している。

この機会に是非現地を訪ね往時をしのび、描かれた妙高山
がそこからのものなのか、など確かめてみたい。

所で去る10日、庭のナツハゼを書かせて頂いたところ、本日
館内のノートに〝夏櫨が赤くなりましたね〟という記載を見た。
難しい漢字でお書きになっていて驚かされた。

以下は本日の夏櫨・ナツハゼとアオハダの赤い実です。

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品良く愛すべき小ぶりな木。
この木を見た人は大抵好きになるのではないだろうか。

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本日のアオハダの実。
わずか甘みがあるが、不思議なことに鳥が食べているのをあま
り見ない。

 

倉石隆の「落日」 氏の悲喜。

2017年7月19日(水曜日)

過日の樹下美術館10周年の会に出席下さった倉石隆氏のご親族が
以下の「落日」を携えてこられ、ご寄贈頂きました。

 

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「落日」(F6サイズ:縦横およそ41×32センチ)
瞑目する女性を光背の如く落日が包んでいる。
1977年少し以前に描かれた作品と言われています。

多様な人物を描いた倉石氏の作品のなかで特に静かな作品です。
静けさは深い悲しみそのものであり、落日の陰影が一層それを純化
しているようです。

似た雰囲気の作品にバルザック作「従兄弟ベット」の挿絵に用いら
れた版画があります。

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↑当館で収蔵している「従兄弟ベット」の登場人物の一人ユロ
夫人の挿絵原画(1970年6月29日初版の河出書房挿絵用)。
目を伏せて愁い悲しむ女性が描かれている。

倉石氏の人物画はあたかも〝笑顔の人物はほかの人に譲る〟と主
張している如く微笑む作品はわずかです。
真に迫りたいと述べる作者はどうしても甘美な美人は描けない、と語
っています。
なるほど私が知る範囲で微笑むのは少女たちの版画などかなり限ら
れてるように思われます。

69
『大きな髪飾りの少女」 1983年。
この少女の笑みは一種迫真ではないでしょうか。

人は一日中(あるいは一生)笑って過ごせるわけではなく、倉石氏のよう
にあえてそれを控えるという画家がいても良いのではないかと、考えるの
です。
あるいはそのことが倉石作品の貴重さ、見所ではないかとj、「落日」を見
てあらためて思いました。

館内ノートの楽しいイラスト 学芸員に欲しい青年 アルネ・ヤコブセン アルベルト・ジャコメッティ。

2017年7月16日(日曜日)

以前にもご紹介しましたが館内のノート、特に丸テーブルのには若い
人たちのイラストが描かれていて楽しい。
本日2点紹介させて頂きました。

1
9才女子のイラスト。
山、猫、雑草、ホコリ、花の冠など独自のキャラクターが描かれ面白い
です。〝ポジティブ〟が共通のキーワードのようですね。

2
↑こちらはもう少しお姉さんでしょうか、倉石作品の「めし」と「さかな」が
気に入った、また来たいと書かれていました。
どれもほのぼのとしていますが、可愛いハンドちゃんは良いアイディアで
すね。

そして本日お父さんとご一緒の若い男性は展示をご覧の後、カフェに
入るや「この椅子はアルネ・ヤコブセンですね」と仰った。
こんな事を話す人は数年にお一人くらいで、嬉しかった。
米国のメトロポリタン美術館をゆっくり観に行ったという美術ファン。
今夏是非行きたいと考えていた国立新美術館の「ジャコメッティ展」も既
に観ていて、お聞きした話から早く観たいと焦った。

当館は金欠美術館ですが、世が世ならこんな青年を学芸員として迎え
てみたい、と思いました。
アルベルト・ジャコメッティは倉石隆が影響を受けた芸術家の一人。
氏は1978年の座談会「幻想とは」で〝ジャコメッティの消えそうな形の
中に大きな宇宙を感じる〟云々と語っています。

3
↑カフェに並んだデンマークのフリッツハンセン社製オリジナルウッドチェ
ア「セブンチェア(ウォールナット)」は1955年アネル・ヤコブセンのデザ
イン。
歴史的な名作椅子は今でも売れ続け、すでに世界で500万脚を売ってい
るという。
一見きゃしゃに見えるが当館カフェで10年経ってもびくともしない。
木の座面ながら2時間、3時間座るお客様がいらしても、一人として固いと
か痛いとおっしゃる人が無く魔法の椅子。

倉石隆の絵画への楽しく頼もしい反応。

2017年5月11日(木曜日)

樹下美術館の今年の展示は倉石隆が「カリカチュア
風な
倉石隆」、齋藤三郎は「陶齋の色絵と鉄絵」です。

倉石隆の絵画7点は、漫画的な風合いのものが並び
ましたので見やすいというのもあり、例年よりも興味深
くご覧になる方が多いように感じられます。

1
「人生」 1957年 90,9×72,7㎝
当作品は以前にも架けたことがありますが、今年
はよく感想が聞かれます。
開館早々のお客さんが「あの絵はいいですねー、
欲しくなりました」と仰いました。
また先日当館を取材された某紙のライターさんが
資料として所望された三つの作品の真っ先に上げ
られました。
あるいは過日来訪した親族の一人、大学一年生
のイケメン男子が「不思議な気持ちになり、吸い込
まれそうになった」と述べたといいます。
確かに、いくら開き直ったとしても人生をここまでぐ
しゃぐしゃにはなかなか描けません。
抽象絵画なら方法はありますが、具象ゆえ滑稽か
つ惨めな人生の側面をいっそうインパクトをもって
訴え得たのではないでしょうか。
画面狭しと描かれた作品は倉石氏ご本人を描いて
いるようにも思われます。
あるいはハンサムだった氏だけが描ける自画像だっ
たとも思われ、あらためて面白い絵だなあと見直し
ている次第です。

2
「(熱情)」 1987年 18,0×13,8㎝
先日来館された女性がエゴン・シーレを思わせる、と
仰った作品は私も同感。
お話にクリムトも語られ楽しいひと時でした。
現在展示をしていませんが、樹下美術館にはもう一
点シーレ風の倉石作品があります。

52
「(みつめる)」 1985年 73,0×52,0㎝
ごつごつした線と荒らめなタッチ、強く描かれた眼、褐
色。
倉石夫人から、シーレは隆氏が影響を受けた画家の
一人、とお聞きしたことがありました。

E
そして「男の像」 1955年 72,0×60,0㎝

本日、かの5月4日の若者達を知る人から、あのペー
ジの上隅に描かれた小さな絵は、「男の像」のイメージ
だったようです、と聞いた。
ちなみに以下にその部分を取り出してみました。

img196
絵心を感じさせる小さなイラストは、「男の像」だっ
たのですね。
「男の像」は倉石隆氏のご親族から頂きました。
持ち主もとても気に入っていたと仰り、私も困ってい
る顔の小さな頭の大きな「男の像」は好きです。

人や人生を醜く描く。
現代の若人にはともすると馴染みの薄いことかもし
れません。
でも自らや人間の欠点と負の事実をちゃんと見るこ
とは成長とステージアップには欠かせない作業(過
程)であろうと考えられます。

現在あちらこちらで見られる自画自賛は、本来日本
人であれば恥ずかしくなるような雰囲気が感じられ、
ある種弱さの現れでなければいいがと心配でした。

しかしわずかの事でしたが、倉石隆が描いた人間
の負の側面に打たれる若者がいるという事は、彼ら
が密めている力強い成長への健康な芽を見た思い
がして、頼もしさを感じました。

最後に小さなお子さんでしょうか、「さかな」がかわい
かったという感想を残されていました。

さかな
「(さかな)」 1955ー60年 24,2×33,3㎝

※括弧内の題名は1955年新潟市美術館で開催され
た「倉石隆展」で付けられた仮題です。
氏の作品にはタイトルが無いものがよくあり、展覧会
に際して夫人および親友の画家司修氏によって仮題
が付けられています。

今年の展示から2・「カリカチュア風な倉石隆」から。

2017年3月18日(土曜日)

去る3月15日、今年の絵画展示作品のご案内として
「カリカチュア風な倉石隆」から4点をご紹介しました。
本日は残り3点です。

26●
「詩人」 1964年 89,9×73,0㎝(高さ×横)
先回の「(人生)」に負けないカリカチュア風な作品で
す。
鼻、顔の輪郭、髪、首、そして目も随分と異様です。
モデルが実在したかどうか分かりませんが、詩人とい
うタイトルでこんな風に描かずにはいられない衝動が
あったのでしょう。
激しい感受性の持ちとして観る者のイマジネーション
をかき立てるインパクトがあり、作者らしいモノクロー
ムが効いています。

23●
「(さかな)」 1955-60年 24,2×33,3㎝
人物画中心の作者は時に風景やこのような生物も描
きました。
作品は生きている魚ではなく食べた焼き魚だったかも
知れません。そうだとしたしたら描きたいほど美味しか
ったのでしょう。
のどかな雰囲気ですが、いかがでしょうか。

61
「(鳥)」 1952年 24,5×39,3㎝
前者と全く異なりやかましい鳥を描いています。く
ちばしや羽ばたきなどカラスそのものです。
出身地高田にはカラスが沢山いました。故郷の水
田の作品にもカラスが描かれているものがありま
す。
上京してまだ数年、「めし」と同じころのものですが、
この鳥のようにばたばたとした自身の内面の焦躁
を描いたようにも思われます。

絵画の見方の一つでしょうが、その絵を描いている
時の作者を想像したり、描かれているのは作者自身
ではないか、と考えてみるのも面白いと思います。。

※作品タイトルのカッコ内のものは1995年の新潟市
美術館に於ける仮題として記されているものを引用
しました。

さて肌寒さが感じられるものの、庭のクリスマスロー
ズは競うように蕾から花へと変身中です。
早春の王女たちのようですが、中には一輪寂しそうに
しているものもあり、それはそれで気品が感じられます。

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皆様にお出かけ頂いていて花ともども喜んでいます。

今年の展示から1・「カリカチュア風な倉石隆」 スプリングソナタのSPレコード。 

2017年3月15日(水曜日)

今年の開館を迎えた本日、寒い一日でしたがおな
じみの方初めての方々にご来館頂き有り難うござ
いました。

開館に際し展示作品について簡単ですが説明を試
みたいと思います。

2017年絵画展示「カリカチュア風な倉石隆」

倉石隆は人物(人間)を描くことをライフワークとし
ました。
人間は生き物として共通部分をベースに、生まれ持
った個性と環境、経験など個人的な要素が加わった
複雑な存在です。
さらに人間を描く事は自分を描くことにもなろうと思わ
れ、いっそう困難もあったことでしょう。
氏は具象の画家でしたが、時に風刺画や戯画風の
表現で描きました。これらは一種カリカチュアと称さ
れる範疇でありましょう。
このたびは氏の作品からそのような雰囲気を有する
ものを選んで架けました。

●それでは会場左から

54
「(熱情)」 1987年 18,0×13,8㎝
身体の不自由を強い意思と感情が支えているお年
寄りを描いた小さな作品です。宝くじ売り場にいた人
に惹かれて描いたようだと、夫人からお聞きしました。
エゴン・シーレ風な荒々しいタッチで素早く描かれて
います。

E
「男の像」 1955-1960年 90,9×72,7㎝
大きな身体にごく小さな頭部が乗っています。顔は
悶々としていらだち、身体と手を持てあましている風
です。
上京したある期間、全く描けない時期があったそう
ですが、そんな日々の焦躁を描いたと思われます。
しかし薄い黄色にそこはかとない希望が感じられま
す。事実このように筆を執り始めたのですから。

19
「めし」 1953年 33,0×24,4㎝
前者よりも前の小さな作品です。
魚の骨だけの皿が粗末な食卓に乗っています。茶碗
とハシを差し出した男が「もっと!」と叫んでいます。
1950年に上京した倉石の当初、部屋には机の代わり
にリンゴ箱が一つという時代が続いたそうです。心身
ともに飢えていたに違いありまません。
いらいらする赤の下地を鎮めるようにグレーが乗せら
れています。

22●
「(人生)」 1957年 90,9×72,7㎝
やや大きな作品ですが、どんな事を描いているのでし
ょう。首から何かを下げた売り子のようにも見えます。
野球が好きだったという氏が球場でこのような人を見
かけたとも考えられます。
懸命に生きるほどに人生は時として醜さや滑稽さが滲
むのを経験します。
氏は大変にハンサムでしたが、内省の人らしく自らの
側面をこの人物に投影したように思われます。
本日、この絵がとても気に入った、欲しい、と仰ったお
客様がいました。

 

次回は倉石隆の残り三点を掲載してみようと思います。
※題名の( )は、1995年新潟市美術館の展覧会の際
に付けられた仮のタイトルです。

 

本日ベートーベンのヴァイオリンソナタ5番“スプリング
ソナタ”のSPをお客様が持参された。
蓄音機に乗せるとリリー・クラウスのピアノが明るくリー
ドしてカフェに流れ、居あわせたお客様とひと時を過ごし
た。
外が寒い名ばかりの早春の庭を見ながら聴いたレコ-ド
はとても優しかった。

2017年の展示2 倉石隆作品は「カリカチュア風な倉石隆」。

2017年2月22日(水曜日)

来る3月15日開館に際しまして、本日は倉石隆の絵画展示
のお知らせです。
テーマは「カリカチュア風な倉石隆」です。
カリカチュアは風刺画、漫画、戯画などに相当する絵画ジャ
ンルです。
訓練されたデッサンに支えられた人物画を多く描いた倉石氏
ですが、中に強いデフォルメをほどこしたものや漫画的で滑
稽に見える作品が混じります。

このたびはそのような7点を選びました。可笑しさの中に対象
への愛おしみがにじみます。

17倉石氏告知ファイル

カフェの図書の入れ替え その3

2016年9月29日(木曜日)

去る9月21日からカフェの図書につきまして、新たに追加する
ものを掲載しております。
本日は25日に続いて三回目最終回のご案内です。

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↑「芸術新潮 特集 ジャコメッティ」
芸術新潮2006年7月号 新潮社
倉石隆氏の奥様から「主人が影響を受けた芸術家の一人」と
して何度かお聞きしたアルベルト・ジャコメッティ。
当書は2006年、神奈川県立近代美術館で開催された展覧会
に合わせて刊行された雑誌特集。
超人的なこの芸術家自身や評論家の言葉は難解なものが多い
が、誌上の作品から直接的に人なつこさや親近感を覚える。
作品は存命中から人気があり、現在のオークションでは想像を
超える高値がついてその都度話題になる。

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↑「スリップウェア」
編者・誠文堂新光社 誠文堂新光社 2016年1月23日発行。
スリップウエアは古くからヨーロッパや中国ほか世界各地
にあった陶器だが、18世紀、産業革命を期にすたれ、一
部のコレクターの手許に残るだけなっていた。
1913年にスリップウエアが載っているイギリスの古陶器
の書物を若き日の陶芸家富本憲吉と美術家柳宗悦が偶
然別々に目にして魅惑されたことから、日本に於ける本陶
器への熱い注目と憧憬が始まった。
すぐさま在日中の英国の版画家バーナードリーチおよび
同時代の陶芸家濱田庄司、河井寛次郎らの知ることとなり、
自らも渡英して調査研究と収集を行なった。
彼らはいずれも当時起った民芸運動の中心的人物たちで、
洋の東西を越えて存在する素朴かつ一種斬新な芸術に触
発され、それぞれの作風に生かすに至った。
富本と共に陶芸の研究を重ねていたリーチは帰国後、窯を
築き、途絶えたスリップウエアを、和の味わいも加えた独特
の作風で現代に蘇らせた。
本書は英国を中心に各国の作品およびリーチや日本の現代
の作家のものなどを詳細に紹介している。
暖かみと面白みを有した器は鑑賞でも良いが、肉などの煮
込み料理を盛ったらどんなに素晴らしかろう、と心惹かれる。
※富本憲吉は当館齋藤三郎の二人目の師。

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↑「新潟の絵画100年展」
編集構成・新潟市美術館 1989年9月1日発行。
開館5年目に開催された明治、大正、昭和の新潟県出身者
および新潟県をモチーフにした130名の作家の224作品が
網羅された画期的展覧会の図録。
あらゆるジャンルと個性的な画風が見られて興味深く、また
意識せずとも地元感が横溢する一冊。
上越市出身では、小林古径、矢野利隆、飯田春行、牧野虎
雄、賀川隆、舟見倹二、堀川紀夫、富岡惣一郎、柴田長俊、
矢島甲子夫、串田良方らとともに、樹下美術館の倉石隆も三
点が収載されている。
県外人として齋藤真一、寺田政明ほか幕末明治初期の画家
チャールズ・ワーグマンらの新潟県に関する作品も見られる。
また県内の洋画黎明期の人、小山正太郎による「春日山より
米山を望む」(1899年)の古色溢れる頸城野が美しい。

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↑「會津八一の法帖」 中央公論美術出版 昭和54年2月25日発行。
法帖(ほうじょう)は主に書家の作品をまとめた中小サイズの
書物。
自ら作成したものと、後人が編さんしたものなどがある。
当書は會津八一の書が7つの範疇にまとめられ、それぞれ
の末尾に読みが丁寧に記載されている。
7月にたまたま東京から樹下美術館を訪ねられたお客様か
ら贈呈された八一に関した書物のうちの貴重な一冊で、感
謝を禁じ得ない。
八一は樹下美術館の陶芸家・齋藤三郎と親交され、氏に
「泥裏珠光(でいりじゅこう)」の号を与え、高田で書き入れ陶
器の制作を共同で行い、東京で発表している。

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↑「写真集 私」 著者・濱谷浩 湘南文庫1991年3月28日発行。
戦前戦後、縁あって上越市に住んた世界的な写真家を、関係
者などが撮影したアルバム。
都内のダンディな青年、軍を撮る軍服姿、上越地方におけ
る山間の撮影の一コマ、高田での幸福な結婚、雪国、裏日
本、表日本、それぞれの風土に密着して仕事をする本人が
写っている。
大磯の新居の正月、床の間に着物姿であらたまる夫を写し
たのは朝(あさ)夫人。
後年夫人永眠の際の氏の様子は真に辛い。
だが晩年に訪れたアメリカでタイツのゴーゴーガールと踊る
写真には、自己の全てを出し切って生きる渾身の芸術家魂
を垣間見る事が出來る。
※写真集「福縁随所」では齋藤三郎を撮影している。

以上この度の入れ替え図書14冊を紹介させていただきました。
当館の二人の展示作家、齋藤三郎と倉石隆両氏や上越市や新
潟県にゆかりのあるものなどを交えて選んでみました。
ご来館の節にはお手にとり、どうかお楽しみください。
樹下美術館のホームページの「本」の改訂は来週中にさせてい
ただきます。

カフェ図書の入れ替え その2。

2016年9月25日(日曜日)

カフェの図書に10数冊の本を追加している所ですが、如何せ
んカフェも本棚にもスペースに余裕が無く、長く置いているもの
との入れ替え中しといった次第です。

本日は新たな児童書を掲載させて頂きました。
文章や漢字などから本によってはむしろ大人向きと言っても
良いかな、というものもあります。

IMG_7584
↑「雁の童子」 作・宮沢賢治 絵・司修 偕成社2004年9月発行。
ある中国の砂漠でのこと、空を飛ぶ7羽の雁の6羽が次々と鉄
砲で撃ち落とされ、人間の老人の姿になって死んだが、無傷だっ
た幼い雁だけ童子となり、ある夫婦に育てられる。
童子は純粋で賢く、新たな両親に愛されたが、いつか自分の姿
に似た砂漠の洞窟の壁画を見て倒れ、天に召される。
物語からいつとはなしにサンテグジュペリの「星の王子さま」がよ
ぎる。
沙漠、天から降り再び戻る子供、純粋さ、存在の意味への気づき。
などだが、本書は雁の童子を通して仏教上の輪廻転生が透明感
をもって書かれている。
司修の挿絵から愛らしい童子の転生と哀切さが広がり伝わる。
氏は若き日より樹下美術館の展示画家倉石隆と親交し、かって
当館において倉石氏について講演して頂いたご縁がある。
当書は十分に大人向きであり、巻末には流沙(るさ)→タクラマカ
ン砂漠、などの註釈があって助かる。

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↑「小公子」
原作・バーネット 文・立原えりか 絵・倉石隆 世界文化社発行。
アメリカの裏町で元気よく過ごしていた少年は、イギリス貴族
の跡取りだった、という物語。
英国で出版された時代1886年(明治19年)には貴族制度が残
っていて土地、村人、税も貴族のものであり、貧富の差は激しか
った。
そんなイギリスに渡った少年が、いかめしい伯爵の祖父との間
で次々と新しい出来事を起こす。
挿絵の倉石隆は樹下美術館で常設展示している画家。
しばしば人物を細長く描いたが、この本でもその特徴が見られて
いる。

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↑「どんこうれっしゃがとまります」 文・鶴見正夫 絵・倉石琢也。
電車好きの子供は海辺の駅のそばに住んでいる。駅は夕陽が
きれいで、冬に雪が降り、新潟県柏崎市の信越本線「青海川
駅」を彷彿とさせる。
著者は新潟県の出身で挿絵は倉石隆氏のご子息倉石琢也氏。
お二人とも青海川駅を良く御存知だったのではないだろうか。
琢也氏は多くの児童書に挿絵をされているが、それぞれの本に
合わせて多様な描法を駆使される。お父様譲りの確かなデッサ
ン力の賜物にちがいない。

IMG_7578
↑「ルノワールの絵本」 著作者・結城昌子 小学館 1994年1月1日
発行、2016年5月29日第30刷発行。
過日のルノワール展のショップで購入してきた。代表作や細部の
人物や小物などに焦点を当てて、鑑賞の素朴な手引きとなる
よう編集されている。

IMG_7599
↑名著初版本復刻修行選「風の又三郎」 著者・宮沢賢治 図畫・小穴
隆一、解説・坪田譲治 日本近代文学館 1985年4月20日発行。
宮沢賢治亡き後の昭和14年、氏の初めての児童書として刊行され
た書籍の復刻版です。
「風の又三郎」のほか「貝の火」「蟻ときのこ」「セロひきのゴーシュ」
「やまなし」「オッペルと象」が収められている。
賢治の倫理観、世界観、深遠な自然界の物語性が伝えられる。、
丁寧な解説は野尻湖に疎開していた児童文学者、坪田譲治、挿絵
は芥川龍之介の無二の親友で、「この人を父と思え」と子へ遺言さ
れた小穴隆一。
ちなみ小穴氏は樹下美術館の画家・倉石隆が学んだ太平洋美術学
校の前身である太平洋画会研究所の出身者。

復刻とはいえ、初版と同じ外函つきのハードカバー装丁をそのまま
受け継いでいて、ノスタルジックな一冊になっている。

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