社会・政治・環境

ニュースから 介護士さんの報酬。

2023年11月10日(金曜日)

日頃特養やグループホームに関係していると、介護職の給与はとても低く設定されているという話を耳にする。

すると過日のテレビニュースで「政府・与党が来年2月に同職の報酬を追加的に月6000円上げる」と報じていた。ようやく政府も深刻な問題に気づいたのか、しっかり対応してもらいたいと思った。

近年の介護職員の給与平均は全産業平均より7~8万円も下回っているうえ、23年度の賃上げ率は1,42%で、春闘の平均賃上げ率3,58%とも大きな隔たりがある。
結果として低賃金のために離職者は年々増加の一途をたどり、他産業への移動の流れが止まないらしい。

来年春には6年ぶりとなる介護報酬の改定があり、介護士さんへの6000円補助はそれまでのつなぎと考えられている。

彼らは多くの手間が必要な高齢者や障害者を一手に引き受けることで社会、家庭、ご本人の三者を支える。
毎日の観察と記録、移動、入浴や着替えに整容、食事、排泄、服薬などの世話から夜間や重症者のウオッチまでストレスに満ちた仕事に追われている。

いくらITやロボットが開発されても不安定な人々を相手に不意で深刻なリスクがつきまとう現場の助けにはならないだろう。

強いストレスと責任を負いながら社会と人生の急所を支える介護士さん。仕事は尊く、本改訂では立場と内容に見合った報酬体系が優先的に実現することを心から望みたい。

春分の日 絵筆とシューベルト スポーツ観戦の鳴り物 ノイズに夢中で良いのか。

2023年3月21日(火曜日)

温かだった春分の日の祝日。スマホの妙なる目覚まし音「我が母の教え給いし歌」が余りにも優雅に響き二度寝を繰り返したため、起きたのが昼近くだった。
だが慌てることもなし、長寝が必要だったと納得し身支度をして用意された朝昼兼用食をゆっくり食べた。

冬鳥が去った後、暇をみては絵筆を執る。小品中心とはいえ数が多いため時間が必要だ。本日西王母椿に手を入れると、ようやく15点が一定の段階まで揃ってきた。

2月28日時点の西王母の2枚。
当時殆どが下段どまりだった。

以来葉を濃くし枝とシベを描き、右の花に影を付けた。

この絵の15点が揃ってここまで来た。
細部と陰影、バックなどまだまだ。
ほかに風景と菊の静物等もある。
6月に間にあうだろうか。

本日はシューベルトのピアノ五重奏、いわゆる「鱒」をYouTubeで聴きながら描いた。「鱒」は歌も良いが五重奏はいっそう鮮やかで楽しく、ピアノが生き生きしている。鱒の季節が気になる所だが調子の印象から春として聴きながら描いた。

だが3時間近くなると疲れ美術館に顔を出した。
聞く所によると陶芸、絵画とも観やすい親しみやすい、と好評らしい。確かに焼き物と言えばまず「壺」のイメージがある。また「お嬢さん展」はデッサンと版画メインだが、一目で若さや愛くるしさに出会えるので良かったのか。

さて寝ている間にWBCは素晴らしい逆転で勝っていた。これもユーチューブ。勝っているのだからチームワークの良さは素人目にも分かるし、監督が優れていることも伝わる。
ただ一点、外野席に陣取る鳴り物は明らかに浮いていて見た目にも恥ずかしかった。

あくまで観客は客。それが主役とともに目立っているのはどうかと思う。バレーボールしかり、大声を揃えて客が試合に参加するのは日本独特の文化だろうか。
一方、観客の多くがサポーターとして旗振り揃って大声を出すサッカーは世界共通であり例外かもしれない。

ゴルフも観客が特定選手のプレーによく大声を出している。選手によって不興を表明したり、嬉しいと言うなど反応はまちまち。私個人は観客の大声は邪魔だと感じる。

総じて観戦マナーとしては拍手や驚きの歓声など自然な反応で十分ではないのか。お金を払って観ている者同士なのだから、基本個人が余計なノイズを生じさせるのは感心しない。
音というのは防ぎようが無く、厄介だ。それで言うと修行において食事を無音で行う禅の徳目が目を惹く。

文句のついでにもう一つ。
首相がウクライナを電撃訪問した。コメンテーターは目的と成果を論ずれば良いのに、NHKと日テレだけが知らされていたのではないかと、物識り顔でノイズに埋没している。
仕事の本質と哲学を忘れ、ただただ見た目や末梢で済まそうとする。それで言うと為政と学問文化の根幹であり、忘れっぽい人間のためにこそある資料、文書を「ねつ造」と言い出す風潮しかり、何が動機なのかあまりの軽さに悲しくなる。

こんなことで国は大丈夫なのだろうか。

何かと体を動かした午後 ヒメオドリコソウも早い あれから12年。

2023年3月11日(土曜日)

晴れてはいたが肌寒かった土曜日。午後から絵を描きゴルフの練習場へ行き、帰って庭の花に施肥をした。数年前のゴルフ練習では300球が普通だったが昨年から200でちょうど良くなった。練習する分、疲れて余計下手になるかもと気付き球を減らしたが、もっと減らしても良いかも知れない。

庭の施肥は周囲を掘り広げてくべるため大変である。そこで今年は液肥(ハイポネックス)主体で試してみることにした。まず花期まで二週間に一回スタッフにも手伝ってもらって続けたい。

隣の草地のヒメオドリコソウ。

イチゲと同じ頃、野に咲くヒメオドリコソウ。この花も例年よりかなり早い。

この写真は樹下美術館開館の約二ヶ月前にあたる2007年4月4日のもの。ブログの前身のお知らせで第一回目を飾った。カメラはパナソニックのコンパクトデジカメだった。土手は年により異なる野草が場所を占め、現在ミゾソバが主体になっている。

久し振りの夕食写真。カレードリア、カブのスープ、白菜と鶏手羽の煮物。

 

12年前の本日夕刻、東北大地震が起きた。仙台と南三陸町に親族がいるため非常に心配して過ごした。地震後現地は雪が降り始め、様相にいっそうの悲惨さを覚えた。

全国に散った多くの被災者。わけても原発があった地域の方達の心境と身の振り方は今なお複雑で非常にお気の毒だ。ふる里への回帰は家族といえども世代間で厳しい相違がみられている。また汚染水の行くへとともに真に地域が再生、存続が可能なのか傍目にも安心とはほど遠く写る。

少なくとも原発は広く人生を蹂躙することがあること示したのは否定し難い事実。避難計画は良いとして全ての問題はその後の事。

館長の絵画と写真展から その2絵画展 カラスとコチドリ 人間の歴史とは。

2023年2月23日(木曜日)

一昨日2月21日の館長の写真展に続いて本日は「館長の絵画展」のお知らせです。

かって絵は透明水彩で花や実を描いていました。油で描き始めたのは2014年の上越市遊心堂さんの作品展のころからでした。
水彩は上手く行けば完成時の気分は大変良かったのですが、塗り重ねなどの過程で神経をすり減らしました。そこである時期から油絵に変わったという訳でした。

●7月13日(木)~8月15日(科)「館長の絵画と写真展」より「館長の絵画展」。

 

自分の絵が樹下美術館でどのように見えるのか、かなり心配です。観て頂ける作品になるよう制作途上の作品などを出来れば楽しみながら仕上げて行きたいと考えています。

本日午後少々庭仕事をし、妻は部屋の片付けだった。

ぶり返した寒さ。庭の地蔵さまに妻が赤い防寒具を着せた。

 

庭仕事のあと柿崎海岸へ行った。その途中でカラスのケンカを見た。高速道路のフェンスとコンクリート壁に挟まれた狭い所で噛みつきあいを続け、仲間たちも駆けつけていた。

狭い場所で飛び立つこともできずひたすら絡みあう。その後どうなったのでしょうか。

 

海でシーグラスを探したが見当たりません。近時多くの人が探すのでなかなか難しくなっている。

海の折り返しにコチドリを見た。

 

人間の足跡に隠れるようにして私が去るのを待っている。もしかしたら私の足跡かもしれない。

カラスやムクドリは仲間同士、時に執拗に諍う。コチドリなどにはそのイメージが全く湧かない。

ロシアが主導しウクライナで行われている残酷な戦争がある。諍う鳥でも殺すことは無いそうだが、人間は優れた道徳や哲学をかなぐり捨てて殺しに徹することを繰り返した。世界の存在の頂点を自負しつつ残忍このうえ無い。

悲しいことだが人間の歴史とは互いの殺戮の歴史であり、殺すゆえ人間と言われかねない。だがいつまで惨めな立場に留まるのだろうか。 存在頂点の大いなる価値が殺しなら、その上に絶対的頂点として殺さない価値世界があっても良いのではないか。

殺しを止めるために際限ない欲求と憎悪を伴うプライドを捨て、欺瞞や盗みの衝動を抑え善悪の二面性を緩和させる。
考えてみると、晩年になるに従いこれらが自然と身近なものになってくる気がするのである。

世界や社会の平和のために「心の老化」が取りざたされても良いかも知れない。

キジは国鳥、本日は国葬。

2022年9月27日(火曜日)

樹下美術館の周囲に時々キジが姿を現す。キジは日本の「国鳥」で、雄は華やか雌はシックで、ともに美しい。

裏手の田んぼで雄の後ろ姿。

美術館の庭に現れた雌。

今年9月上旬、隣の草地に現れた雄。

上掲のオスは不自由な左足を引きずり、尾羽はすり切れ、全体の色調が失われている。老いた上に傷ついていたのだろう、こんな雄キジを初めて見た。草地を横切る姿は哀れであったが、生きようとする摂理は貴く写った。

本日は元首相の「国葬」があった。多様な国民の幸福を考える民主主義は手間が掛かるがやりがいはあろう。以後政治は丁寧な記録資料の管理、確かな科学と文化を根拠に、一般国民の実生活向上を目指した取り組みを力強く進めてもらいたい。

「ここに幸あり」 教育は幸福のみなもと。

2022年5月26日(木曜日)

何かにつけ「昔は良かった」と思うのは年のせいであるため先ずお許し願いたい。

昔の事々のなかで好きな歌に「ここに幸あり」がある。動画サイトでこの歌の背景に夜間の定時制高校と思われる映像が重ねられているものがあった。

歌が発表された昭和31年は中学三年生の年にあたる。何故かこの歌で浮かぶのは潟町の砂浜での海水浴というのも不思議なことだ。

以下動画で当時の夜間定時高校の授業風景と生徒さんの日中の仕事が丁寧に撮られている。


大津美子歌「ここに幸あり」

多くの生徒さんがさまざまな仕事に就いていることが分かる。
学校で眠い目をこすりながら、あるいは肩を揉みながら懸命に取り組む授業や実習。先生の熱心さもまた伝わる。そして幸せな給食時間。

歌詞の内容とは意を異にしているが「学ぶこと」が「幸(さち)」であることが読み取れ、大津美子さんの温かな歌声は彼らへの応援歌のように聞こえる。

現在の定時制高校はすっかり様変わりしているらしい。そこへの進学は経済的な背景よりも好みや性格など個人的な事情による場合が多く、現在当地では夜間がなくなり日中の定時制だけになっていると聞いた。いずれにしても昭和30年代の定時制高校の映像からは高度成長へ向かう時代の若者の本気と熱気が伝わる。

話変わって、今日の平和と繁栄は日米安全保障のお陰というお説は一面ご尤もだが、一片の動画は幸福を求めて教育を大事にした国民の真剣さと勤勉さが今日の礎になっていることを如実に浮かび上がらせている。

プーチン氏の戦争を最後として世界は愚かさから抜け出る方向へ向かうのではないかという一縷の希望がある。
いかなる犠牲もあってはならないという哲学のもと、愚かさを救済する教育と幸福を国の是の是として長く根幹に据えてもらいたい。

実社会は人間を成長させる。当然学校もしかりである。映像の人々は主に経済的な理由から夜間へ通われたと考えられる。就業と学業の両立は本当に大変だったに違いない。だが曖昧な青春を過ごした私などにとってそれは眩しく貴重で幸福な姿として写る。

去る日ウクライナ出身の名チェリストが演奏する「祈り」を聴いた。

2022年4月25日(月曜日)

去る日にカフェでA氏らとSPレコードを掛けた。その一枚にかって100万ドルトリオと呼ばれたトリオのチェリストであるピアティ・ゴロスキーが演奏するブロッホ作曲「祈り」を聴いた。

ピアティ・ゴルスキーは旧ソ連時代のウクライナ出身で1942年に米国市民権を得ている。「祈り」を作曲したエルネスト・ブロッホはユダヤ系のスイス生まれ、同じく米国で活躍した。

SPレコードを回して、
ピアティ・ゴルスキーのチェロ演奏で
ブロッホ作曲「ユダヤ人の生活」から第2楽章「祈り」を聴く。

以下の動画で演奏するチェリスト、ミッシャ・マイスキーはソビエト連邦生まれ。1970年代に家族の一人がイスラエルに亡命したことなどから逮捕、18ヶ月間、収容所の強制労働の後に米国に移住している


ピアノはリリー・マイスキー。

マイスキーはピアティ・ゴルスキーの最後の弟子と言われ、米国移住後世界で演奏しています。

ユダヤ人、ソ連生まれ、ウクライナ生まれ、、、。独裁者がいなければ深く美しい芸術が生まれるのに。独裁者はどれだけ世界を駄目にすれば気が済むのでしょうか。

樹下美術館のソメイヨシノ 戦争する人間の順位。

2022年4月11日(月曜日)

設立時の2007年に植えた桜が満開になった。

 

一本の枝でしかなかった桜・ソメイヨシノ。
満開の花はベンチを被わんばかりになりました。

 

角度が違いますが、
2010年、私も含めて見る人もいなかった桜(丸囲み)。

 好天の本日は秋の作品展に向けて4時間ほど絵を描いたり、美術館でアイスクリームを食べたりしました。

 

午前の仕事場の庭にメジロが来ていました。

すでにツバメはやって来ていて元気な飛翔を見せています。
「人間(国家)以外はみな順調」のように思われ、我々としては恥ずかしい。

まさか第三次世界大戦は無いと思いますが、ロシアは対欧州を戦争相手に想定しているという報道にはぞっとさせられます。そうなれば全ては米国と中国次第で、その先は想像が出来ません。こんな“まさか”があるとは。

大戦になるようであれば、人間は動物以下、草以下、カビ以下ということが確定し、今のところそうなりつつあるのかもしれません。
しかるに我々は動物や草、あるいはカビではイヤだと考える。では人間の方が良いと考える理由とはどういうものなのでしょう。
戦下の当事者は銃や爆弾で手足や首が飛び、命あっても難民となり、築いた社会と地域が瓦礫と化す。こんなでは死んだ方が良い、まだ草木でいる方が良いと考える人達がいてもおかしくありません。

それでも人間の方が良いとするならば、死と破壊の再生を子や孫に託す希望からでしょう。では未経験の残酷な道を突き進む戦地の結末は本当に再生可能なのでしょうか。

戦争の残虐 ある人の言葉は永年の罪の意識からか 裏手に宵の桜。

2022年4月7日(木曜日)

戦争行為に公式非公式、あるいは表裏があるうえ、さらに個別に断罪されるべき「犯罪」行為まである。ウクライナ侵攻は国を挙げての暴力沙汰だが、次第にロシア軍による民間人への凄惨な拷問や虐殺およびレイプが報道されるようになった。

残虐行為は偶発でなく軍には強さのほか悪徳を知らしめ、相手の厭戦を促そうという意図があるのだ。
特にロシア軍の凶悪さを指摘する記事は見られるが、このたびは傭兵の関わりも大きいのではという気がする。
もともとロシアは残虐を想定して傭兵を投入しているのではないだろうか。これなら、「ロシア兵」はそんなことをしない、と言えば済んでしまう。都合が悪ければフェイクといい、狡猾さでも指導者は際立っている。

実直が価値だった世界を一夜にして残酷、凶暴の悪徳が席巻する。進んでいるとされている国でこれだけの反道徳が行われるとは、21世紀はまだまだ未開発な時代だと言わざるを得ない。
個人が日夜洗練と生活努力に勤しんでいる時に、国家が如何に遅れているかをイヤと言うほど知らされる。どこかでしっかりリセットしないと、そう遠くないうちに世界は滅茶苦茶になってしまいそうだ。

残酷と言えば話変わって、
古い事になるが、当地で仕事を始めて間もなく、特に昭和50年代は色々な人が来た。
ざっと計算すると当時60才前後、太平洋戦争で軍人だったという一人の男性が脳裡に浮かぶ。褐色の人は小柄ながら鋭い眼光の持ち主だった。

初診でその人は
「私は満州で何人も支那人を斬った」と言った。民間人が相手らしかった。
何が言いたいのか分からなかったが、私は憤りを覚え、
「いくら戦争と言っても自分は何人殺したかを、自慢げにしゃべるなど最低だ。そんな事を言う人はうちに用は無いから帰ってください。」
と怒鳴った。
「そんなに怒らなくてもいいじゃないの」と彼は眉をひそめた。
「一回だけ薬を出しますが、次はほかへ行って下さい」
と言って終わった。

ひと月後その人はまた来て、この間は申し分け無かった、と謝った。以後奥さんも一緒に来院されるようになり、20数年通われた後お二人を看取った。
初診であんな事を口にされたのは、必要以上に私との上下関係を意識されたのか。もしかしたら殺めた中国人に対する永年の罪悪感からだったのかもしれない、と後に考えた。

 今夕5時半ころ、美術館裏手のソメイヨシノ。

午後から陽が射したが寒かった 侵攻はリンチ。

2022年3月22日(火曜日)

時折小雨が混じる寒い日。午後から陽が射したが寒さはつのった。
上越市髙田で最高気温5,2度。驚いた事に北海道網走の5,7度よりも低くかった。
寒い訳だ。

 

 

雨上がりのアプローチ。
明日から気温は少しずつ上がってくるようです。

 

雨を降らせて身軽になった雲。

 

美味しいと評判のピクルスが仕込まれていた。

 

ロシアのウクライナ侵攻は容赦のないリンチ。
かっての同志の敵方への寝返りが我慢出来ない。
独裁は自国の劣化を招来し旧知の自由と幸福を許せなくなる。
裏切りを口実に隣国が築いたものを気が済むまで破壊する。
幼弱の極みだが凶暴なものが勝者になって良い訳がない。

恋愛や結婚、友情や思想でも同じ事が起こり厳しく罰せられる。
国なら許されるはずは無く、必ずや制裁されなければならない。

あまりの惨状に目を覆いたくなるが、さらなる波乱へ転じることがあるのではないか。
必死に抵抗するリーダーと、仲間を救おうとする国や個人の努力に畏怖を覚える。

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