食・飲・茶

上越市大潟区は小さな区 田や林を走る在宅訪問 超高齢者で無視できない食事の負荷。

2021年1月19日(火曜日)

ようやく道路が落ち着いたので今月も在宅訪問をすることになった(看護師に催促もされて)。

医院がある旧大潟町は平成7年の大合併でそのまま区になったが、面積は16キロ㎡少々と大変小さい。四角にすれば4キロ四方しかないのだ。
その区を北から順に(海から順に)県道浜線、国道8号線、JR信越線、北陸高速道が東西に横切っている。
小さな町を道路や線路が忙しく通過しているのだが、海辺や雑木林(昔は松林)が何とか残っているので、一定の自然に触れることが出来る。

本日の訪問は三軒で、二軒が町うち、一軒は田んぼのある集落だった。水田地の集落へ行くのは林や田を走るので清々しく気持ちが和らぐ。

以下本日、帰路の写真です。

 

両側の田は深い雪の中。
向こうの雲間から青空が覗き明日はお天気になりそう。

 

さらに進むと向こうに高速道路が見える。

 

 林を横切るとJRの高架橋に出る。
ちょうど電車が来たので車から降りて撮った。
豪雪で何日も運休していた電車が足取り良く通過した。

 

さて時々食事中や食後に失神していた方が食べ方を変えて以来すっかり症状がなくなった。超高齢になると食事はその都度、消化や循環、あるいは神経系にとって実は一大イベントに相当するようになる(自覚出来ないのが普通ですが)。
つまり超高齢者は調子良く食べ続けて太り始める頃に、救急騒ぎが起きることが少なくないのである。
太るまで食べることと、騒ぎになって慌てること、どちらを選ぶか難しい。出来れば安全な生活が良いのではと考ているが、どうだろう。

明日は大寒。厳しく始まった冬、今後しばらく小康が期待できるのか。

除雪車が来てお濃茶を飲んだ 本日のヒヨドリとスズメ ひもじい白鳥が県道を歩いたという。

2021年1月14日(木曜日)

本日午後仕事場から8号線に出る県道が除雪された。

 

最悪だった11日午前の様子。

 

雨によって減った昨日13日夕刻。まだ向こうで行き止まりになる。

 

本日、排雪トラックと一緒に待望の除雪車が来た。

 

きれいになった。
但し浜線はまだであり、明日になるのか。

ところであれだけ賑やかだったスズメたちが、本日は7,8羽に減っている。
どこへ行ったのだろう。
彼らは雪溶けで現れた木の芽も食べるようであり、ある程度餌が自由になったのか。あるいは渡りを行っていた一群で、空腹を満たした後再び旅の途に就いたのか。鳥と話できるなら聞いてみたいところ。

 

本日のヒヨドリ。
スズメが減って淋しそうに見えなくもない。明日スズメは来るだろうか。

 

道が切れたのを記念して夕食後甘納豆を口にし濃茶を服した。
(卓上で練りました)

本日来られた方が、白鳥が朝日池近くの県道を歩いていたと仰った。轢かないよう車はゆっくり後を走ったらしい。
豪雪によって白鳥や雁たちが飢えに直面しているのは容易に想像できる。道路に出たとて食べ物にはありつけるはずがない。
折角当地へ沢山飛来したというのにとても気の毒だ。

恥ずかしながら晦日三が日の食事 新型コロナウイルスはインフルエンザとは違う。

2021年1月3日(日曜日)

予報は侮れない。
雪が少なかった当地沿岸も、静かに夜が明けると豪雪が出現していた。70センチ前後の積雪に見舞われた。二年振りで仕事場の雪掻きをしたが、やるだけ片付くため、つい「雪かきの馬鹿力」風に陥り、やり過ぎを少々後悔した。

除雪の写真を撮り忘れましたので、本日は恥ずかしながら大晦日~正月の食事を並べてみました。例年なら料理屋のおせちでしたが、今年は単品を買い付けし、あとは妻の手作りでした。

 

 

ご近所の方が作ったお蕎麦をとろろダレで食べました。

 

 

標準価格の蟹のほかは、みな自家生産でした。

 

琵琶湖産の鮎の佃煮はネット、伊達巻き、錦玉子は近隣の店です。
琵琶湖の鮎は姿が大変美しく、しかも美味しかったです。

 

四日間は一日二食で過ごしました。

 

さて昨年の今ごろは、柏崎市の天神様巡りでした。寒さは風情のうえ、雪もコロナも無くウキウキしながら回ったのを思い出します。三忠呉服店さんで頂いた鯛飯やご馳走と器の味わいは思い出深く、原惣右衞門さんの銅器、吉田隆介さんの焼き物はいずれも上品で、その後喜んで使わせて頂いています。

 

上越地方はしばらくコロナの報告がありませんので、どうかこのまま、と祈るような気持ちで過ごさなければなりません。
本日雪かきでかなり無理をしましたので、心肺の余力が気になりました。年を考えればやはりコロナは恐ろしいです。

新型コロナウイルスはインフルエンザ並みという人がいますが、
タミフルのような有効な抗ウイルス薬もないまま死亡例は急加速し始めました。医療態勢と経験はまだ浅くワクチンは不確定。私達はいまだに丸腰のままなのが本当の姿でしょう。根尽きて、インフルエンザと同じ、もっと自由にという人にはコロナ以上の恐ろしさと悲しさを覚えるのです。

今こそ医療の前線に耳を傾け、少なくともあと三か月は慎重姿勢が必要ではないでしょうか。
万一大過なく過ぎたなら、その時はじめて喜べば良いのです。

怒る海とコロナとチドリ 一応の食卓。

2020年12月24日(木曜日)

午後休診の本日、穏やかな空をみて柿崎海岸へ向かった。
静かな空と対照的に海は数日前の低気圧の名残で大波が打ち付けていた。

波を見ていると計り知れない力を感じる。
例えが合っているか否か自信はないが波を見ていると、ウイルスも斯く膨大な力を有しているのではないか、と思った。
海とウイルスは様子は異なるが、古い兄弟同士だ。一方新参の私達は、高邁にもAIだ5Gとうそぶきながら、遠く小さなウイルスに苦戦している。

 

 

 

歯がゆそうに打ち続ける波は、懲りる様子もない人間に怒りを押さえられない風に見えた。少しは謙虚になれば良いものを、数字は煽りだなどと、偉そうにしながら死者を増やすのに手を貸している人間たちに怒っているのだ。

 


コロナを恐れない人々はこのような歌を、腹を抱えて笑うことだろう。
ベトナム戦争はこの歌などによって終わった訳ではないが、
毎日毎日ラジオから流れ、一種真実を歌っていたことは確か。
今より希望やささやかな幸福があった時代の歌。

人は幸福を実感出来にくくなった代わりに、真実を笑い飛ばす新しい快楽に夢中になっているように見える。

 

 

本日も二羽のチドリがいた。
チドリは海と兄弟だ。養鶏場の鶏とは違う。

 

一応クリスマスイヴらしい夕食
異教徒ながらいささかの反省を試みた。

後片付けの後の昼食会。

2020年12月21日(月曜日)

昨日今年度を終わり、本日午前中にスタッフが片付けをした。
すっかり仕舞った後、スタッフ7人と「とくっと」で昼食会をした。

少し遅くなって駆けつけた。みなはステーキ丼を食べている。あわてて私はオムライスを注文した。
マスクを付け外ししながらの食事。コロナで忘年会を止めるのでせめてもの集まりだった。

 

入り口に立っている大きなボードのメニュー。
“イラストはお店のイメージとコンセプトです”と書かれている。
背の高さよりも大きく、美術作品のような出来映え。
席で見るメニューもアーティスティック。店に上手い人がいるらしい。

 ロビーにあるとても大きな暖炉。

 

慌てていて少し食べてしまいました。

 

上、デミオムレツ。下、コーヒーとマシュマロのデザート。

 

13時15分頃、まだ賑わう駐車場。

駐車場を共有する「ココビーンズ」のピザも美味しい。近くに野菜フレンチ「サブリーユ」や「都寿司」など美味しい店がある。

スタッフは溌剌としていた。店や組織は常にサービスや設えを磨き、いつも「生き生き」としている印象が必要だ、とつくづく思った。
樹下美術館にも大切なことだと感じた。

今日、今年の樹下美術館が終わりました。

2020年12月20日(日曜日)

新型コロナを心配しながら樹下美術館の2020年の営業が終了しました。
全ての人に重く等しく迫ったコロナの災禍。
“万事塞翁が馬”
大変でしたが真摯に受け止め、苦労した人ほど心身の抗体を強く獲得した、という風に考えたい、と思っています。

頭の洗濯として荒れた海を見に大潟漁港へ行きました。

 

 

 

閉館近く二組のお客様が見えて、お茶を一緒しました。

今年購入し、ご好評を頂いたイッタラのカップ&ソーサーが最後を飾った。

 

ある方がプレゼントといって「スージー・クーバー」の楕円皿を下さった。
既に終了したメーカーながら、今でも人気を保っている。
一目見てスージ・ークーパーだと分かり、
初めて手に取り、素晴らしさを実感。果物を盛ってみました。

絶妙なパステル調の色使い。楕円ぶりも麗しい。
オムレツ、果物、、、お茶会でお菓子も載せてみたい。
貴重なお品を有り難うございました。

 

開館を3ヶ月近く遅らせるなど、コロナで大変な年でした。
至らないことが多かったと振り返っていますが、皆様のお陰をもちまして何とか終了しました。

来年度は3月15日(月曜日)から開館です。
お待たせ致して申し分けありませんが、無事開けられるよう健康に注意して臨みたいと思います。

本当に有り難うございました」

本日最後の月末茶会が終わった。

2020年11月22日(日曜日)

7月から始めた月一回の月末茶会の最終回を本日終えた。
樹下美術館が今年行った精一杯の催事で、コロナ騒動のなかなんとか5回を行った。
京間四畳半の室に一席5名様までとさせて頂くと、90センチ×5,4メートルの畳に5人で座ることになる。
西と南の窓を半分近く開けたので一定の換気は出来たのではないか、と思っている。

最終日の本日合計19名のお客様に検温をさせて頂き、午前10時半から3時まで4席に分け、一席およそ20分で終えるようにした。お客様はお菓子と茶を頂く時以外はマスクをして頂き、不肖お点前の小生は終始着用した。

室を通過した楚々とした風は爽やかだった。

 

 

 

古谷和也作の伊賀面取り掛け花入れに白玉椿とマユミの枝を生けた。
軸はこの秋二回目、良寛筆「四時有月」を掛けた。

冷々たる山水と高空の秋月を讃え、月を鏡に、世界を境とし、鏡なくして境は非ず(無い)、境もまた然りと書かれている。
両者は一体である、という碧巌禄(へきがんろく)からの一節。文言は有で始まり後に非が繰り返され、禅味と哲学を秘めている。小さな紙面に流れるように美しく書いた禅師の深い思想と教養に圧倒される。
※碧巌禄:中国の唐~宗代に編纂された禅宗の語録。

 

齋藤三郎作の染め付け香盒。
富本憲吉から拝領した竹林月夜の上品な文(絵図)と独自の作り。

 

今秋妻の友人から頂戴した黒柿の炉縁(ろぶち)を早速使わせてもらった。
釜は江戸後期の高木治良兵衛作。炉の炭火は初冬のもてなし。

 

齋藤三郎の水指と風炉先屏風の書簡、そして伊賀の蓋置き。
蓋置きは昭和60年頃、新潟三越で行われた谷本光生展で求めた。
まだお茶を始める前で、何に用いるかも知らず、ただ感じが良いだけの理由
で求めた。

その時の売り場のお客さんにお年寄りの女性がいて、「あなた良いものをお買いになったね」と言われた。谷本作品の風合いが非常に気に入り、用途も知らず肩衝(かたつき)の茶入れと徳利型の花入れも購入した。

茶も知らぬ客が次々茶道具を購入したので売り場は、ちょっとした騒ぎになり、居合わせた谷本氏が駆けつけ、良いのですか、と心配顔で仰った。それから作品の包み方、仕舞い方など、大変丁寧に教えて下さり、それぞれインド更紗の風呂敷に形の良い木製の名札を付けて頂いた。
後で調べると広い教養を有し、谷本伊賀のジャンルを創造された作家さんと知った。優しくまれに見る紳士的な方だった。
それから二年経った頃、大潟区の裏千家茶道、渡辺宗好先生に入門しお茶を始めたが、本日の伊賀の蓋置きはそのきっかけの一つとなった懐かしい品。

美しくおいしいお菓子「木枯らし」は髙田の竹内泰祥堂さん。
皆様にはいつも拙いお点前を致し、恥ずかしく思っています。
ご来席頂き誠に有り難うございました。

毎回恐る恐るの茶会開催を終了、残す今年の開館はあと一ヶ月となりました。
昨今のコロナの流行事情から、お客様、そしてスタッフ共々無事でありますことをひたすら願っています。

 

美術館のコブシは早くも来春の仕度、蕾でいっぱい。

 

大潟区長崎で梅であろう、花が満開だった。

吉川区の橋爪法一さんのブログで、当地に一羽コウノトリが来ていると書かれている。お茶の後車を走らせたが目にする事は出来なかった。まだ居るのだろうか、是非見てみたい。

晩秋らしくない気象 紅葉の色々 馬路村の柚子 コロナの三波

2020年11月18日(水曜日)

お天気が続き、本日髙田では22,7度まで上がった。
11月の後半なのに10月よりもずっと好天に恵まれ暖かい感じがする。

なぜか美術館の庭は例年になく色鮮やかに紅葉し、それが木ごとに移って行くのが見て取れる。
同じカエデでも既に散っているものから、ようやく赤くなり始めたものまで様々である。

庭の木は造園屋さん、ホームセンター、ネットなど経由がまちまちで、同じような木でも紅葉の進行が随分違う。
産地が異なるため、それぞれふる里の流儀を頑なに守っているのであろう。

 これは25年前、造園屋さんが植栽した場所。
産地が揃っているので、ドウダンツツジやモミジはそれぞれ紅葉時期が同じようだ。

 

手前の黄色のカエデはもとからこの土地に自生していた。
美術館の駐車場を造るにあたり、根が掛かるので切りましょうか、と提案された。
当時小さかったが、鮮やな黄色になるので、一部の根を切って残してもらった。
いま大きくなり、見栄え良く紅葉する。
左手に見える二本のカエデが急に赤味を増してきた。

 

庭では先に落ちた黄色の葉が、芝生に愛らしく散らばっていた。
最後は上掲した二本のモミジが赤い葉を沢山散らして庭の落葉が終了する。

 

本日患者さんから頂いた白菜と大根。いつも上手に作られ、スタッフの分も下さる。
今夜大根は里芋と一緒に煮物となって出た。

 

テレビで垣間見た丹波の焼き栗をネットで取り寄せた。
冷凍して届いたものを室温解凍し、一部をレンジに一部を解凍後そのまま食べてみた。
焼いたものは風味があり、焼かないものはとても甘みが強い。

本日東京の友人から、過日届けた新米のお返しにと、ふる里高知県の柚子製品が沢山届いた。

高知県の東部にあるらしい馬路村(うまじむら)の柚子加工品の数々。
柚子ジュース、柚子胡椒、寿司つゆ、柚子オイルetcまで柚子一色。
居ながらにして遠い高知県の村に寄った気持ち。
大手ブランドの品もあった。

電話をすると、再びコロナに対する緊張感が高まっていると話した。医療関係者なので、自分が罹ると病院や地域に多大な影響が生じる懸念を強調した。
診察の現場はパーティションで仕切られているが、横から顔を出して話してくるお年寄りがいる、などと言って笑った。

外出は近くの多摩川周辺を歩く程度らしい。同業として背負っているものが同じなため、事情はよく分かる。自分もヒマがあれば今まで以上に一人で出て、外気外光に触れるようになった。

新潟県で発生中の二カ所のクラスターから、感染力の異様な強さが窺える。特に高齢者施設における現在まで43人もの大規模感染は、重症者が出ないことを祈るばかりであり、現場の緊張と大変さは想像以上のものがあろう。

寒かった日の見聞 皆様に感謝。 

2020年10月17日(土曜日)

本日は朝から寒い一日だった。
午前の仕事を終えて美術館に向かう道で、妙高山山頂に雪が見えた。

雪は谷すじに溜まり、ちょっぴりであり冠雪というより初雪のイメージ。
しかし例年より相当早く降った模様で、今冬の寒さが案じられる。

 

美術館裏から撮った山頂。

 

 

午後3時ころ、買い物帰りの妙高山。
ホームセンターで芝生の肥料や百合の球根と咲いているフジバカマを買った。
フジバカマも蝶が寄る花なのでブッドレアのそばに植えたい。

以下午後から目にしたものです。

裏のベンチ脇で沢山実をつけているノブドウ。
ある種のハチが卵を産み付け、その実だけがこのように色づくらしい。

夕刻に尊敬するコレクターのA氏が見えた。
お持ちになったスプーンは、先ほど手に入れたばかりのイタリアのアンティーク。100年ほど前のもので、コーヒー豆の計量スプーン。
良い感じに使われ、各部のカーブとバランスが何とも言えず美しい。
如何にもイタリアという感じでしょ、と言うニコニコ顔のA氏。センスの良さにはいつも感心させられ、美学の専門家と言ってもいい人。
仕事帰りの俳句のA氏も加わって、しばらく四方山を話した。

 

コレクターズアイテムとしてスプーンは奥が深そうだ。

閉館後西方の空低く僅か雲の切れ目が見られ、綺麗な夕焼けの予感。
近くの水田へと出向いてみると、いっとき紫色の世界が現れた。

 

東の米山は変わった形の雲が浮かび、童話のシーンのようだった。

 

西の妙高連山と雲も紫色。

 

帰路の潟川。

 

本日夕食のメザシ。
このほかに玄米ご飯にサラダとおでん風の煮物が出た。
軽い朝昼とメザシ&野菜中心の夕食にして45日、
54,7キロの体重が2,5キロは減った。
減り加減が早いため、夕食のおかずを少し増やした。

ちなみに朝・昼はヨーグルトとサラダに紅茶が基本。多目に動く日は8枚切りトーストを1枚加える。
このような食事は一般に勧められないかもしれませんが、味覚が鋭くなり、ゴルフが良くなり食後の眠気も無い。年の多い私には合っていると感じている次第です。

 

仕事場の夕食どき、外でドンドンと音がした。鵜の浜温泉の花火が見えてカメラを向けた。

本日夕刻近く、柏崎の方達がお見えになり、熱心に展示をご覧頂いた。その後カップが楽しみと仰りカフェでゆっくりして頂いた。
午前に来られた方が「森のトマト畑」を二冊お買いになったと聞き、有り難く思った。

さまざまにスマホを楽しまれた若い女性お二人の様子は、スマホが上手く使えない私には羨ましい光景でした。
多く留守をしましたが、皆様ご来館有り難うございました。
明日は暖かくなるということです。

常時玄関扉を6.70㎝ほど、カフェの窓を20㎝ほどを、晴れていれば天井の排煙孔を開けていますが、新しい二基のエアコンのお蔭で館内はほどほどに暖かく、助かっています。

無事に終わった今月の茶会。

2020年9月27日(日曜日)

時に土砂降りを交えた本日日中、樹下美術館で今月の茶会をしました。
7月から始めた新機軸、月1回の月末茶会です。
午後1時と2時半の二回、11名様のお客様をお迎えし、雨も上がり良い日和になりました。

待合に掛けた堀口大學、團伊玖磨両氏による色紙「友と来て」。
お二人は慶應義塾式典曲などで作詞作曲を共にされています。
文言は大學氏、音符は伊玖磨氏と思われます。

樹下美術館は齋藤三郎を常設展示しています。三郎は戦後上越市に仮寓された堀口大學に気に入られ、親しく交わりました。

 

本日のつくばい。

 

軸は立花大亀和尚の円相。
花入れは柏崎市の吉田隆介作の掛け花入れ。
頂いたアケビと庭の茶の花を入れました。
器は今年正月、天神祭に出かけ吉田宅を訪問した際に求めました。

 

坪島圡平作の赤絵鳥文角切り香盒。
作者は川喜多半泥子の廣永窯を継いだ人です。

 

今日庵のお庭焼きによる四方風炉と畠春斎の菱形釜。
風炉先屏風は齋藤三郎筆の父宛手紙。
そして坪島圡平作菱水指です。

 

髙田の竹内泰祥堂さんのお菓子を坪島圡平の角皿に盛りました。
古い話ですが、30年前坪島氏の水指を求めた年の暮れ、
お歳暮と言って氏から届いた2枚の皿のうちの1枚です。
本日はコロナの日々を明るくする同氏の三器を用いました。

 

清水六兵衛の現代的なお茶碗と加藤卓男氏の棗です。

 

建て付けに蝋型鋳物による斑紫銅建水。
花入れと同じく今年正月の天神様祭で柏崎を訪れた際、
原惣右衞門工房にお寄りして求めました。

 

障子を開けた会が和やかに終わりました。
暗くなりがちな毎日ですので色彩を意識してみました。

お客様で、結婚式の前日に発熱し小生が注射をしたというご夫婦が見えました。40年も昔のこと、全く記憶にありませんでした。
式当日は熱が下がり無事だったということ、今更ながら良かったと胸を撫で下ろした次第です。今では、熱が出たからといってすぐに注射などをしませんので、今昔物語です。

 

終えて田んぼに行くと青空と大きな雲が緩やかに戯れていました。

 

毎年この場所のカンナに慰められます。

 

尾神岳と黄色の水田、そして大きな雲。

秋の茶を終えて仰げば大き雲

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