食・飲・茶

ワクチンの合間に奉公の話 柿崎区馬正面の桃。

2022年8月4日(木曜日)

4回目のワクチン個別接種が半ばを過ぎている。猛烈なコロナは軽症者中心だが未曾有、世界最多の感染となり死亡者が増加し始めた。現行の流行株に対するワクチンの効果減衰が言われている。
大流行の中で自身は後期高齢者かつ三大疾病の有病者。そして毎日何名かの陽性者を診る現場の末席にいる。ワクチンは頼みとする重症化予防の期待にだけは正しく応えてもらいたいと願っている。

注射は看護師が詰め、私が打っている。

一人一人直前に「そっとやりましょう」と言って注射する。打たれる身には「チクッとすます」と言われるよりは良いのかなと思っている。昨年は最大一日30人を接種したが、今年は午前12、午後6人なので何とかやれる。

ある午前、接種が終了した普段の診療で大正12年生まれの方の番になった。とても小柄なその人は99才、かって半年ほど不安定な時期があったが再びお元気になった。
丈夫になりましたね、と言うと以下のように仰った。
小学生のころの自分はとても弱く、あまり学校へ行けなかった。温情のような形で小学校を卒業、数年後に東京は下谷の呉服商の家に奉公に出た。
不思議なことに東京の6年半の生活は病気一つせず子守や丁稚奉公が出来た。あるじ夫婦から大事にされ子どもたちはとても良くなついた。
戦争で空襲が激しくなると一家は愛知県の田舎へ疎開することになった。是非一緒に来てくれと頼まれたが、年季期奉公の自分は郷里に帰らざるを得なかった。最後の日、夫婦は手紙を書くと言い、こどもたちと泣いて別れた。
田舎に帰ってみると、弱かった自分は東京で死んだという話が伝わっていてびっくりした。疎開先のご夫婦から手紙が届いたのはとても嬉しかった。

お顔にあどけなさが残る小柄なおばあさん。この方の15,6才からの話ですが、可愛い娘さんだったことだろうと想像し、いつまでもお元気でと願いつつ自分も元気でいなければ、と思った。
かって10代のころから遠い都会へ奉公に出た方が少なくない。別世界の暮らしと仕事。田舎の里から都会へ、境遇を運命と定め、あるじ夫婦の教えに従い仕事に勤しむ。さほど遠い昔の話では無いだけに彼女達の忍耐と努力、従順さには驚かされる。

この方の場合、都会の恵まれた栄養が身体を健常にしたのではと想像される。強くなったことを喜び、励みとした娘さんの幸福が伝わる話だった。

柿崎区は馬正面のN氏から頂いた桃。
自作され、本当に良い食べ頃のを頂戴した。

本日食べた幸福の果物。

Nさん、いつもお心に掛けて頂き有り難うございます。こんな立派な桃を作られるとは!

昨午後2席の15周年記念茶会。

2022年6月27日(月曜日)

昨日おおむね晴れた間午後、お客様をお迎えして開館15周年記念の呈茶を2席行いました。

玄関
額:齋藤三郎筆 寒山詩から「忘却来時道(来た時の道を忘却す)と水注図」
花:半夏生、撫子、紫陽花、茗荷、蓮玉草 花生:辻村史郎 信楽

待合:軸 「竹林小倉」 富本憲吉筆

風炉:深草焼き四方 窯:浄汲 口四方 棚:淡々斉好み寿棚
薄茶器:齋藤三郎作赤絵十薬(どくだみ)文小壺
水指:齋藤尚明作色絵市松文水指
風炉先屏風:薬師寺薬師三尊像台座拓本 白虎と青竜


軸:小林古径筆「壽」 花生:榊原家伝来竹籠

 香合:新井野正直作かわせみ香合

お菓子:竹内泰祥堂 あじさい

主茶碗:鈴木秀昭作 色絵金銀彩天空茶碗

 

呈茶を終えた庭でテッポウユリが陽を浴びていた。
例年雨に打たれて傷むが、空梅雨ぎみの空の下安心している風だった。

今後の会は次のように致します。
日時:7月2日(土曜)、7月16日(土曜)、24日(日曜日)、30日(土曜日)
時刻:1回目午後1時から  2回目午後2時30分から
1回6名様までにさせていただいています。

恵みを恵まれる 机を見て自分を診断。

2022年6月8日(水曜日)

晴れたり曇ったりの本日。
私だけでは無く多くの人が本日「寒い」と言い、あるいはしばしば「特に今年は寒い」とも仰った。

「今年はおかしい」と毎年のように言われるお天気。「順調」と褒められることなどめったに無いので可哀想と言えば可哀想でもある。
今のところ「寒い」と評されているが、真夏には「暑くて変だ」とか「寒くておかしい」などと言われるような気がする。

今日も寒かったがこの程度なら作物には良いらしい。

今夕の四ツ屋浜。日没してから茜が拡がった。

今季最後と仰って頂いたタケノコ。
今どきこんなに大きなものが何処で獲れるのだろう。

昔一緒に演劇をした人から届いたキス。太っていて味も香も良かった。

タケノコ料理。ワラビなども頂き物。

寒い気象が続いているが山海のものは良く育っているようだ。その恵みを折々に皆さまから恵んで頂く一方で、私は何を恵み、お返し出来るのだろうかと考えてしまう。

その私と言えば、

自分の居場所。

最近机がごちゃごちゃと片づかない。
ここでpcをいじり、絵を描き時には食事をする。昔から一般論として“鬱になると片付けが上手くできなくなる”という概念を持っているので、時々俯瞰するように机を眺めて自分を診断する。このところ未処理のままの書類も多く、大丈夫かなと疑っている。

季節が濃くなる。

2022年5月24日(火曜日)

5月下旬となり庭は濃い緑へと色を変えた。
あっと言うまであり、色どころか枝も一段と伸びて美術館は緑に埋もれるようになっている。

以下本日の眺め。

 

 

 

15年前の今ごろの眺め。あっさりしていた。

ジャガイモから始まった皆さんの家庭菜園。まちまちだった苗は順調なお天気に恵まれていずれも青々と育っている。
以下は近隣のジャガイモ畑。

ある畑熱心な方が「春はジャガイモ、秋はダイコン。美味しくて用途が広く、畑の代表みたいなもの。皆さんは必ず作られ、長年研究され尽くされているため誰でも作れるように完成されてきている」と仰った。
だがジャガイモなどはこの先が勝負で、毎年ある程度出来不出来のばらつきが生まれる。大きいのが沢山採れたという笑顔に、小さなものばかりと言って不満な声が混じる。

さて過日の海の夕暮れ写真で遠くに幾つも漁り火が見えていた。

鯛漁の灯りだと聞いた。

すると同級生から鯛を頂いた。仲間から沢山もらうので取ってくれるとありがたい、と喜んでいた。

とてもきれいな色をしている。

一日目は刺身、その後にアラ煮で出てきた。
W君、美味しく頂きました。

梅雨まで良い季節が続く。

アザミのペンダントヘッド 柿の実の赤ちゃん 鵜の浜の夕暮れ 弟の豚肉 とても良かった義経。

2022年5月15日(日曜日)

去る5月7日のブログで農道のアザミを記載した。その日お着物で来られた方の写真を撮らせて頂きそれも載せさせてもらった。

すると昨日その方たちが再び来られ、実は自分が付けているペンダントヘッドは王冠が無いだけで、デザインはスコットランドの紋章によく似ていると仰った。

着けているペンダントをはずして見せて頂いたが、なるほどなるほど、確かにその通りだった。
彼女は長年それとは知らず、彼の王家の紋章であり勲章や貨幣デザインでもある花を胸に飾っていたということになる。身につけていた遠い国の誉れと旅情。拙くあってもブログには何でも書いてみるものだと思った。

 

 

上:スコットランド王家紋章、下:お客様のペンダントヘッド。

話変わって美術館東側にまだ小さな柿の木がある。昨年10数個実をつけたが夏の間に皆落ちてしまい、一個も実らなかった。昨日枝を見たところ、実の赤ちゃんとおぼしきものが数十ついていた。私は甘柿が大好きなので、今年は一個でもいい、赤く実ってくれないかなと思っている。

矢印が実の赤ちゃん。

日中地元大潟区の同好会の皆さまとゴルフをした。後半スコアが落ち着き、この先の楽しみに繋がりそうだった。楽しいパートナーの皆さん、ご一緒有り難うございました。

そして鵜の浜の夕焼けは美しく穏やかだった。

沖に幾つも漁り火が見えていた。

 

夕食は弟が南三陸町で放し飼いしている豚肉を食べた。
言葉が出ないほど美味しかった。

 

今夜の大河ドラマの義経はとてもとても良かった。
あの猛りの人が今夜は切ない哀愁の人に変わった。
役者さんて凄いものだと思った。

少し肌寒むかったが、草木はおろか私達にも丁度良いお天気だったのではないだろうか。

新緑と身に余る春の恵み。

2022年4月26日(火曜日)

タイミング良く雨が降り庭は一斉に新緑になった。

何万人の魔法使いでやってもこんなには出来ない。

そして山海の恵みを頂戴した。

町内の方からタケノコをいただいた。

 

それでタケノコ汁を。

 

南三陸町の弟から届いた鱒。

 

ご実家が安塚の方から頂いたタケノコとウドで。

居ながらにしてこのような春の旬を頂けるとは身に余る贅沢だと思った。

能登町の蕪寿司 春のお菓子 心に響く歌、響かない歌。

2022年3月29日(火曜日)

予報ではもっと良いお天気になると伝えられた。しかし比較的温かかったが日射しのようなものは無く終日曇った。

弟がお付き合いしている能登町の方の蕪寿司。
研究が重ねられた素晴らさ。

本日かってのスタッフが寄ってくれ、お菓子を頂いた。

菊廼舎(きくのや)の富貴寄(ふきよせ)の「桜色缶」
というもの。
開けると春満開だった。

 

食後お抹茶のお伴に頂きました。

 


心込められた薬師丸ひろ子の「Wの悲劇より」。
さすがプロの作詞作曲だけある。
彼女の「セーラー服と機関銃」もとてもいい。

一方、
“貴方に会って素直になれた
この思い抱きしめて
めくるめく季節の中を明日を信じて
前を向いて歩いて行こう”

かってゴルフの練習場でスピーカーから次から次とこのような歌が聞こえて来て参ったことがあった。どの歌も同じような歌詞(作文)で苦痛になり途中で帰った。
いつの頃からか四方に聞こえるこの歌。聴きようによってはとても幼い内容に写る。ある報道特集のテーマ曲も似たようなものだったのには驚いた。

私でも(誰でも)ちゃちゃっと作ることが出来、後世で何の評価も受けないような気がする。

今年始めての週末日曜日 美味しそうな厨房 ホオジロ 水仙。 

2022年3月20日(日曜日)

今年の開館後初めての週末日曜日、ほど良く皆様に来て頂きました。カフェだけの方も大歓迎なのですが、今年の展示が湯呑と盃、絵画は新蔵品と裸婦で見やすいせいでしょうか、展示もよく見て頂き感謝しています。

昼に行ってみますと厨房が美味しそうでした。

ホットサンドやベーグルサンドに付くピックルスとサラダ。

 

甥が営む自家製粉の健康なパン屋さん「ハレノヒi」のベーグル。

 

今年からメニューになった「白玉アズキアイス」
450円です。

 

夕刻犀潟海岸で鳴いていたホオジロ。
澄んだ声で短いメロディを歌っていました。

 

仕事場の水仙。
何も構わないのにとても良く咲きます。

 


懐かしい1960年代のフォークソング「七つの水仙」。

 

当時、カレッジ・フォークソングというジャンルがあり、ブラザーズ・フォーは人気でした。彼らの曲はほぼ毎日ラジオから聞こえてきました。
当時の(今でもそうかもしれませんが)洋楽は歌詞の意味がよく分からなくとも、雰囲気だけで十分にヒットしました。

少しずつ絵は進むのか 今日の食事 近隣の夕暮れ 久し振りの大河ドラマ。 

2022年1月30日(日曜日)

本日は昼近くまで寝て曜日。1週間に一日くらい馬鹿になって眠ることを体が要求している様子。昨夏の心臓発作以来少々体調が変わっているのが分かる。

起きて朝昼兼用の食事を必要以上にちょっぴり摂る。サラダと8枚切り食パンを2分の1、牛乳50ccと紅茶で終わり。ちょっぴりにすると体が喜ぶようであり少しもイヤではない。

それから絵を描いた。色々といじくりながら、絵の具や油の扱い方が少し分かってきた。

この絵を中心に色々やってみた。
さらに色、陰影、詳細の描き込みなど楽しめればと思う。

12月30日の状態。
この先どうなるものかと案じていた。
作品は一応他者の眼で観るようにしているつもり、、、。

ずっと家に居たので夕刻の田を走った。
少しずつ日が長くなっていることが分かる。

南三陸町からのカキはフライにタラはタラ汁になった。
まだホタテが残っている。

フキノトウのテンプラ。

 

妻は過日に続き本日も樹下美術館の庭からフキノトウを採ってきた。
人様にもあげるつもりらしい。

毎日曜夜、大河ドラマを観ている。毎回の大河は「天地人」以来だから本当に久し振り。
「鎌倉殿の十三人」は楽しめる。私はドラマや映画は如何にも役者さんが「演じている」風なのが好きだ。リアルなものはどうしても冷めた料理のように感じてしまい駄目である。

近時テレビは器用な芸人さん達が各方面に我が物顔で活躍するが、俳優さんたちはせいぜいゲストで、出番も少ない。
しかしこの度の大河は、日頃の鬱憤を晴らすが如く役者さんの熱気が伝わる。張り合いが演技にあふれ、冬のさなか観ていて心身が温まりそして楽しい。
練られた見せ場、テンポ良い脚本、考証されたであろうセットなど、手作り感十分な「鎌倉殿の十三人」は良い感じに写る。

樹下美術館にフキノトウとクリスマスローズの蕾 白菜料理。

2022年1月27日(木曜日)

予報に雪のマークがついていた本日木曜日。予報が外れ?柔らかな日射しがよく射した。

 

午後の近隣。

美術館裏手の土手で雪が消え、妻とフキノトウを探した。

 私は五つくらい採り

 

妻は沢山採った。

 

雪から顔を出していたクリスマスローズの蕾。

まだ降るだろうが、雪の下では春が仕度をしている。

 

夕食のおかず。
梅干しと塩昆布のダシにゴマをあしらった白菜の炒め物。
白菜がこんなに美味しいとは。
NHKのレシピらしい。

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