近隣の花自庭の花 赤い動物のオルゴール。
近くの新堀川公園の桜が見頃になりました。両岸を彩る花は例年見事で、当館にお越しの方に是非観て頂きたいと思います。
樹下美術館前の左にあるコブシも満開を迎えました。設立時に2メートル少々だった樹ですが今は見上げるようになりました。今年は花付きが一段と良く真っ白です。
裏手のソメイヨシノは1,2分咲きででょうか、
田圃では春耕が始まりました。
数年前に東京のあるレストランで食事したときのこと、オーナーが自作のオルゴールを見せてくれました。赤い馬でとても気に入り、欲しいというと売ってくれました。一度出したことがありましたが、このたび思いだしカフェの丸テーブルに乗せました。
あるメガネやさんでもらったルパン三世の小さなフィギュアや大地の芸術際で求めた人形「マユビト」を乗せて賑やかにしました。どうかお好きに動かしてお楽しみください。
丸テーブルにはスケッチブックと色鉛筆などが置いてありますので、これも自由にお使い下さい。
吉川区の長峰城址 トランプショックに時代劇。
今日は日曜日、普段通り起きた。あっさり目の食事をし、風があり曇り空のため鳥というほどでもあるまいと決め、新聞を読んで溜まっている書類を書いた。
昼になり、吉川区長峰湖畔の長峰城址が良いと聞いたので行くことにした。現地の長峰池脇の駐車場までせいぜい10分ほどだ。駐車場からすぐの池に出て左手(西方)に道があり長峰城址と案内されている。
一帯は小学校の遠足以来、近時は探鳥などで何度も来ている場所。しかし城址へは行った事が無かった。
ゆっくりした上り坂の道に入ると右手に鳥の影。
ジョウビタキの雌。
いかつく派手な雄よりも
地味でもそそとして可愛い。
花が少ない印象を持ったが、昨日の大池いこいの森と違い早くもスミレが沢山咲いていた。
ヒサカキの花。
わずかにトイレの匂いに似ているが、
神聖な木。
道中竹林を通った。
荒れてはいるが嵯峨野?
と言えないこともない。
城跡の案内板を見ているとお年寄りがさっさと通り過ぎて行く。
道の左右に雪割草が植栽されている。おびただしい花が自然に溶け込んでいて癒やされる。
土塁や空堀など一通り城跡を巡り帰路へ。帰路の途中で農道へ出る場所があり梅がきれいだったので寄った。
初めて行った長峰城址。去年春現地を観られた一級建築士で新潟県まちなみネットワークの関由有子さんが帰路当館に寄られ素晴らしいと熱心に語られた。
本日もまた5000千歩足らずの行程を大変ゆっくり2時間もかけて歩いた(当然年令のせいですが(・・;)
。

昼食抜きの毎日なのでとてもお腹が空く。樹下美術館では我慢出来ず二つ入りにしてもらったアイスクリームを食べた。
車でわずか10分の所に江戸初期の城や人々の足跡が辿れる場所があるとは大変貴重なことだ。
僅か二年で廃城になった五万石の城址はやはりもの悲しさを禁じ得ない。しかしその二年間、城主は美しい長峰池と米山、尾神岳の雪月花を楽しんだのではなかったか。
この数年時代劇ばかり観るようになり本日日曜日は大河「べらぼう」を観た。うれしいことに「べらぼう」に続いてすぐ「あきない正傳 金と銀2」が始まる。
アメリカ大統領によって突然のように世界の商いが難しくなった。だがいずれ「精魂込めて作る売る」我が国ならではの「商いの真髄(近江商人魂)がじわじわと力を発揮される好機のようにも思われる。
高齢者ばかりではなくZ世代の皆さんもこぞって二つの時代劇を観て心奮わせてもらいたい。多くの人の期待を背に若き小芝風花さんはじめ重鎮の熱演も光っている。
頸城野にようやくの春 メダカの学校。
珍しく日射しが現れ少し気温が上がった土曜日。去る3月25日に訪ねたように、いこいの森公園に繋がる学習センターから入り大池側へと歩いた。
一帯の梅や早咲きの桜は前回よりも賑やかになり、ようやく春の眺めになってきた。
当センターには小さな流れがいくつもあるが、その一つでメダカとおぼしき群を見た。群は何十年振りかも知れない。童謡のメダカや雀は学校になぞらえら、一斉に揃って動くのでとても可愛い。
雪が消えたばかりの園内はまだ僅かな花しか見えない。少ない分ゆかしい風情がある。
ナツツバキ。
庭木と異なりとても大きい。
後方の白いものは残雪です。
案内札によるとタカノツメというらしい。
ナツツバキとともに木肌が美しい。
以下は本日の鳥です。相変わらずで申し分けありません。一羽だけエナガを見ましたが間に合いませんでした。
ゆっくりのろのろと2時間ほど歩き、美術館に帰ってきました。
四月といえども野はようやくの春。これから一気に花の足が速くなるのでしょう。
童謡「めだかの学校」
1980年代からメダカは減少し、2003年5月に環境省のレッドデータブックで絶滅危惧種に指定された。本日目にしたメダカはいわゆる在来種であるか否かは分からない。
外来種や商品種が多勢を占めた現在ビオトープへの放流なども慎重を求められ魚類学会の厳格な判断が必要とされているという。
減少の原因は農薬による汚染、水田環境の自動化、捕食魚の増加などが指摘され、いずれももっともと実感される。
出かければ何かと新たなものに出会える。先般は貴重なクジャクチョウ、本日はメダカだった。
久し振りの好天の土曜日、美術館はいつもより大勢の方にお見えいただきまことに有り難うございました。
いま四月馬鹿はどうなっているのだろう メギスの旬。
寒い三月が去ると本日4月1日も負けじと寒かった。
何十年も前ならば本日は「四月馬鹿・エイプリルフール」で、のどかなことにお互い騙しのようなことをしようとそわそわしていた。
今でもそのようなことをしているのだろうか。あまり耳にしなくなったのでもう止めたのかもしれない。
本日ある在宅のお宅で、お年寄りのトイレの汚しが話題になった。ええ汚します、うちでは犬のおしっこシートを敷いていますよと、介護者さんが言った。
犬のおしっこシート?
四月馬鹿? まさかと思って聞き直した。
介護者さんは、むかし犬を飼っていた時のが沢山余っているので使っています、と言って大きな犬のマークが付いた袋を持ち出してきてシートを見せてくれた。風呂敷ほどあり表裏が吸水、防水され大きなオムツの構造。なるほど便利そうだ。
今日まで犬のシートも知らなければ、お年寄りの汚しに対しトイレに敷くことも初めて聞いた。十人十色の介護では皆さんが思ってもみない努力や工夫をされている事をあらためて知らされた。
夕食のメギスの煮付けと麩と
タマネギの味噌汁、野菜のゴマ和え。
昼食無しで朝夕は玄米です。
亡き妹はメギスが好きだった。メギスは産地が石川、新潟、愛知などに限定されているらしく妹が暮らしていた宮城には無かったようだ。それで一度やって来たときに妻が出すととても喜んで食べた。
なにしろ早く傷むため他に出せず主に産地のみで食されるらしい。
旬は4,5月と9,10月の年2回と出ていた。4月1日は人などを欺さずメギスを食べるのが当県の流儀に叶うようだ。昔好きではなかったが次第に美味しく食べるようになった。
3月30日の徳川美術館と豊田市美術館 そして富士山。
3月30日日曜日、午前は名古屋市内の徳川美術館へ、午後はこの旅のメイン豊田市美術館で「黒田辰秋展」を観た。
徳川美術館には開門前に着いた。清々しい園内は啓翁桜であろう箒状に立ち上がる鮮やかな桜が美しかった。美術館の裏手に続く変化に富んだ庭園を一巡りすると開門していて来館者で賑わい始めた。
婚礼写真撮影。
館内へ。
おひな様の展示が行われていた。
次第に大きく豪華になる雛飾りを幕府が諫めるとミニチュアのような芥子雛が登場し、展示されていた。
時間通りに観て回り、地下鉄鶴舞線の伏見駅から11駅目、豊田市へ向かった。
伏見から50数分で豊田駅。
新鮮な風光の都市。
トヨタ自動車のお膝元。
美術館は地方都市とは思われぬ大きなスケールの近代的な施設だった。
現在「人間国宝 黒田辰秋 木と漆と螺鈿の旅」が開催されている。終了した京都国立近代美術館と2カ所開催の貴重な展覧会。
氏は分業が一般的だった木地師(形成)と塗師の仕事を一人で行った。木工出発の頃、朝鮮の棚に魅せられその模倣に40日間不眠不休で取り組み、金具を取り付け完成させると丸二日眠り通したという。
以下展覧会図録「黒田辰秋」のページからからです。
朱漆三面鏡。
繊細な場所に力強さと安定感。
木と漆の相性が造る第三の質感。
会場には203点の作品が展示されていた。あっちで数点、こちらで一点程度しか見ていない黒田作品が一堂に会されかくも沢山観られるとは夢のようなこと。
古くから黒田辰秋作品はファンが多く、今もって小さなペーパーナイフさえ手に入らない。氏は以下のような言葉を残されている。
・自分の作品には生涯責任をもちたい。
・地球と代えられるだけの作品を作りたい。
・用いられることで道具としての良さが引き立つように作りたい。
扱う木に地球の全てをみて取り組む仕事。どの作品にも神域というような超越感が漂うわけだ。
今回訪ねた名古屋と豊田。どちらも開けて気持ち良く、さらなる可能性を秘めていると感じた。
当地から豊田市への交通は不便だ。名古屋市で色々な人に行き方を訊いたが、そらんじている人は少ない印象だった。そんな中でホテルのフロントと一部のタクシーさんは地下鉄伏見駅から直通が便利と説明してくれ、それに従って良かった。
その一人50代のタクシーさんは父親の介護のため地元に戻りドライバーをしながら見ていると話した。とてもきちんとした人だった。「親の介護は一大事業ですね、頑張って下さい」と言って車を降りた。
週末は名古屋と豊田市へ 本日は名古屋の分です。
昨日午後から名古屋一泊で豊田市へ。
「生誕120年 人間国宝 黒田辰秋-木と漆と螺鈿の旅-」展を観に行った。「参りました」と言うほか無い木工の王・黒田辰秋。今もなお、いや、さらに高みで静かに力強く存在する人の大展覧会は京都国立近代美術館を終えて愛知県豊田市へ来ている。
数ヶ月前に妻がテレビで観て教えてくれた黒田展。何が何でも行かなければならないけれど、当地から豊田市行きは不便で珍しい名古屋一泊は必要かつ楽しみな行程だった。昨日午後、上越妙高から東京周りの新幹線で名古屋へ、午後5時少し前に着いた。
何処も閉まり、観るだけの名古屋城は開いていて桜も咲き始めていた。珍しい事に名古屋市はタクシーがとても多く移動は便利だった。
まじまじと城を観るのは初めて。
高く立派な石垣、重厚な天守閣。
夜の方がきれいではないだろうか。
ぐるりと城を回ったあとタクシーさんに聞いた界隈を歩き、食事処を探し、目に付いたお好み焼きに入った。
場所は宿の近くの納屋橋。堀川の両岸は「なやばし夜イチ日本酒祭 2025」というイベントで、屋台とキッチンカーがずらりと並び、若者達で一杯だった。
入ったお好み焼き屋はコンクリートのエントランスに水が流れるお洒落な作りで客もまた若者主体だった。
お好み焼きは50年以上も前の東京時代、先輩に連れられて蒲田で一度だけ食べた。器用な先輩は「エヘヘ」と笑いながらヘラでパンパンと叩くや鮮やかに返した。
作る前までは一人前の手付き。
昔の先輩を思い出して作ったがかなりばらけ、一生懸命寄せ集めて食べた。
とても冷えた名古屋の夜、心身温まり楽しいひとときだった。城の行き帰りはタクシーを使ったが朝から数えて9000数百歩は歩いていた。
次回は翌日午前の名古屋市徳川美術館と午後の豊田市美術館を記載予定です。
自然の末席で。
気温急上昇から一転、昨夜から肌寒い空と雨に変わり一日中降り続いた。変わりようは同じ空のものとは思われぬほど無表情にひたすら降った。
雪国から南国へ急転、ここは何処だろうと書いたのを知っている如く空は落差を埋めてきた感じ。
斯くお天気は埋め合わせをしたり、突然裏切ったり自在な実力を見せつけてくる。大資本は不測の変化にダイナミックな備えで対応出来るが私達のような個人商店は慌てふためきながら付いて行くほかない。つまり素朴なまま自然界の一構成要素に甘んじることになる。
私には冬鳥のように分厚く強靱な翼や暖かな羽毛があるわけでもなく、寒空の空腹に耐える肉体もない。一点頼れるものはいくばくかの忍耐や楽観を交えた心の持ちようなものくらいだ。
その点で個人としての人は自然界の変わり者であろう。私もそれ以外無いのであたふたしながら自然の末席を汚しながらついて行ければと思う。
ジグザクする空のもと花や樹木は緩やかな時候のうねりに従い芽と蕾を膨らませている。
夕ご飯のオムライスと来客から頂いた
地のシジミの味噌汁。
美味しいシジミだった。
夜になり一旦止んだ雨は静かに降り直している。
三月にして真夏日 初ゴルフ アイスクリーム 啓翁桜 雪割草 内山雅子さんのCD。
定期の休診日で今年最初のゴルフに行った。夕刻のニュースで知ったが午後2時過ぎの最高気温が30,0度で真夏日だったという。
今朝7時半に家を出る時は少々寒くウインドブレーカーを羽織り、スタートの8時過ぎに気持がいいですね、と言った。午後2時前に上がったのだがその頃が最高気温だったらしい。
さほどの風も無かったので30度と知っていたなら、暑い暑いとぼやいたかも知れない。知らぬが仏だった。
3月の真夏日は本州では観測史上初めてだという。雪国→南国、一体当地はどうなっているのだろう。
以下本日の写真です。
啓翁(けいおう)桜が開花していた。
昨年5本植えた小ぶりな桜は
今後さらに楽しみ。
大雪や山火事などの気象災害はすでに露わになっている。考えると切りがないができるだけ穏便に願いたい。
さて夕刻、今月下旬にオリジナル2曲を新潟市で吹き込みCDデビューをした内山雅子さんがカフェに来られた。
みなで視聴したが柔らかな声に秘められた情感と確かな音程は生来の才能だと思った。物語を秘めた詩もとても良い。
才能と言えば画才がありセンスの良いイラストは独特で地域の催事には欠かせない存在。控えめだが何でも出来る貴重な人ではないだろうか。
樹下美術館でCDをお預かりしていますので、視聴ご希望の方は仰って下さい。どちらか1曲をお掛け致します。
春の公園、過日の大潟水と森公園と本日の大池いこいの森公園 その付近でクジャクチョウ。
暖かな天候に恵まれている。本日の当地髙田で最高気温22,5度と出ていた。1週間前に寒いと感じていたのが、日時によって暑いと言わなければならなくなった。
陽気に誘われて一昨日は大潟水と森公園へ、本日は頸城区の大池憩いの森公園に隣接する自然学習実践センターへ行った。いずれも景観は水辺を有する自然公園でどちらかと言えば水と森公園の方が良く手入れされている。
以下まず一昨日の大潟水と森公園からです。
あちらこちらに伐採された樹木。
海苔巻きのようで、見るとお腹が空く。
当日は日曜日、美術館へ帰ると田んぼ脇のベンチでベビーカーを交え賑やかなお子さん連れがくつろいでおられた。
そして本日午後は大池いこいの森公園の東隣にある日本自然学習実践センター里やま学校というややこしい名だが素朴な場所へ行った。まず鳥を観れるかと、公園に沿った山裾の農道を走った。
春風が吹く未舗装の道で舞う小さな影は落ち葉でなさそうだった。車から出て近づくと美しい蝶が路上にいた。初めて見る赤い蝶は4つの眼模様を持ち、何とも華やかだった。
越冬場所から出たばかりなのか陽に温まろうとしている風だった。
差し渡し5㎝前後の大きさ。帰って調べると「クジャクチョウ」とあった。主に高地や北海道で見られるらしいが近時平場にも現れるようだ。
お目当ての学習実践センター(水場をあしらった自然公園)は残雪があり、そこそこ歩けたが西向こうの大池いこいの森へは僅かのところで雪に阻まれた。
園内の明るい雑木林。
厳しい冬のためまだミズバショウ、スミレ、イワカガミなど予想した花の姿は無かった。だが特別華やかなチョウに出会えて大満足。
東風(こち)の昼庚申塔の日射しかな
近い所でも出かけてみれば自然はお土産を用意してくれる。例年どおりであっても変わらぬことがお土産になる。まして本日のクジャクチョウは「冥土の土産級」だった。
大好きな濱谷浩作「ホンヤラ洞で歌う子供たち」とその絵はがき。
昨日の小林古径記念美術館行きの際、受付前の壁面に濱谷浩氏の「ホンヤラ洞で歌う子供たち」が展示されていた。氏の作品でどれが最も好きかと聞かれればこれと言うかも知れない。
いいですね、と受付で言うと、絵ハガキきもありますよ、と仰る。ほ、ほんとうですか、頂きます、頂きますと思わず口走った。それくらいこの写真が、この絵はがきが好きだった。
7,8年前のことか、古径美術館がまだ無い頃,上越歴史博物館のショップで「ホンヤラ洞で歌う子供たち」の絵ハガキが売られていた。喜んで10数枚だったかあるだけ求めた。当持は今より筆まめで、ハガキもよく使っていたので瞬く間に手許から無くなった。
一、二度再入荷したが残念ながらその後入らなくなった。ネットで調べると京都の便利堂という絵はがき屋さんの品で、コロタイプ印刷という古い伝統的な技法で刷っていることが分かった。
今度はそちらから10枚、15枚と求めているうちリストに載らなくなり、時期をみて当たったが長く出てこなくなった。
私に「ホンヤラ洞で歌う子供たち」は一種夢にまでみる絵ハガキ。それが昨日目前に一杯あるという。20枚、、、いや30枚お願いしますと言って買った。一枚165円だった。
夢の絵はがきが30枚。
机に置いて写真を撮った。
幸福で不思議な写真。
ところで同じ作品の絵はがきでも便利堂のものと少し異なり古径美術館のは縁取りがない。昨日久し振りに便利堂のホームページを見たところ、こっちにも出ていた。一枚275円である。
白ふちで囲むのとカットするのでは印象が異なる。カットされるとコントラストが効いてシャープになり、白い縁が付くと柔らかな印象になる。濱谷氏作品は縁があったほうが氏らしくて良いかも知れない。
さてハガキを良く観てみると、
大きなホンヤラ洞(かまくら)はロウソクが焚かれ、やかんが掛かり餅が焼かれている。手前にはミカンだろうか子供の数だけある。入り口にはゴツゴツと靴が置いてあり、後方の壁に小棚が穿たれ小さな雪だるまなどが供えてある。
ロウソクはじめ内壁、やかん、餅、ミカン、壁の小棚および子供の顔が明瞭なハイライト、一心に歌う子供たちの顔は雪洞とほぼ同じ明るさで髪や衣服、口および靴の黒とはっきりしたコントラストを作っている。さらに精一杯に開かれた口からは歌声が聞こえそうである。
ここに到るまで極めて丁寧な演出を施し何度もリハーサルを行ったのではないだろうか。明るいロウソクがポイントだと考えられるが、こまやかな照明はどのように工夫されていたのだろう。さらに歌をリードしているような左側の大人は誰なのだろう。
それにしてもよく子供たちがこのように自然で幸福な表情になったものだと感心する。そのことを含めて濱谷浩氏の写真は、あの夜の桑取の鳥追いといい、神がかっているとしか言いようがない。
「ホンヤラ洞で歌う子供たち」
昭和31年(1956) 新潟県十日町猿蔵 撮影:濱谷浩
小林古径記念美術館「生誕110年記念 濱谷浩展」と講演会。
現在小林古径記念美術館で開催中の写真家・濱谷浩展。本日午後から講演会「濱谷浩・人と作品」が二の丸ホールであり参加した。
戦前、グラフ社から派遣され髙田連隊の冬期演習を撮影した折、地元の研究家から紹介され谷浜の桑取谷に伝わる小正月の伝統行事を撮影。密かで力強い風土の概念を目の当たりにして取り憑かれ、長い写真家としての出発点となっている。
その後大衆、名士それぞれの持ち味、国内外の光りと影、風俗の新旧、地の果てそして告発etc、何かしら人間が関わる森羅万象をあまねく撮らんと世界を駆けられた。
講演会の第1部の講師は多田亜生(つぐお)氏(編集者、濱谷氏の作品管理者)で「濱谷浩 写真の魅力」を、第2部は齋藤尚明氏に学芸員の市川さんが加わり三人で「濱谷浩の髙田時代」を鼎談され多くの興味深いエピソードが語られた。
第一部でブラッサイやキャパの名が出て私のような年令には懐かしくも安心だった。
日本人初のマグナム写真家の証。
氏のヘルメットと腕章に身分証。
鼎談の最後の方で桑取取地区に「濱谷浩記念館」構想が起きた時の話になった。意見を求められた濱谷氏は“作品というのは時代により評価が異なる。何時でも常に光っているとは限らない”というような主旨から構想に同意されなかった事が話題になった。
誰も彼も残したがる世にあって氏の慧眼と謙虚さに驚かされた。晩年はひたすら作品の綿密な整理と記録に打ち込まれたという。マグナム写真家集団への貴重な参加といい、明晰な氏の頭脳と立派な生涯にあらためて畏敬の念を覚えた。
濱谷氏筆:古径邸の床「裂古破今」
如何なる時も満足するなの意味か、
厳しい言葉だ。
髙田で最高気温が20,6度にもなり近づくお彼岸の威力はさすがだ。
春分の日、肌寒いが日が長くなった 啓翁桜はいつ咲くか。
本日春分の日は久し振りの晴れ間で皆さまには出足良くして頂いた。新潟市からお忙しいAさんが寄って下さり,Who’s Who(今どきこんな言葉が使われるだろうか:名士たちのこと)などを話し、お互い元気を分け合いましょうと快活にお別れした。
例年大池いこいの森公園に初めて出向く時期であり行ってみた。湖畔のビジターセンターから橋を渡ったのは良いが降りた先は積雪しいていて行き止まりだった。
仕事場の大潟区や頸城区の樹下美術館一帯は全く雪が無いが同公園の山あいはまだ無理な模様。今冬の大雪をあらためて知らされた。
寒いとは言え一応春分の日は近い。日が長くなり美術館終了の17時からでも庭仕事が出来る。本日は昨年植えた5本の啓翁桜(けいおうざくら:小型の桜)のうち陽当たりに問題があった苗2本を心込めて移植した。
まだ背丈はいずれも60~70㎝。今年蕾を付けるかどうかとても楽しみ。あと二年もすれば少しは目に付くようになることでしょう。
柏崎から佐藤さん、明静院の大日如来坐像 いしだあゆみさんの訃報
一昨日のこと髙田文化協会事務局長の宮崎さんが来訪され、途中から元柏崎市博物館学芸員の佐藤さんが加わられた。佐藤さんは2007年当館開館時に来られ、小生の植物精密画のハガキを同博物館のショップに置いて下さりその後も時折訪ねて頂いた。
氏の話から写真、特に生物写真、わけてもトンボを撮っていることをお聴きした。私は拙い植物を描き鳥や雲などを撮り、一時日本自然科学写真協会(SSP)に入っていたと話すと私もですと仰りさらに親しみを増した。驚いたことに僧籍を有しておられ家は寺院で真言宗豊山派(ぶざんは)ということ、当家も同じ宗派なので二重三重にびっくりだった。
五智のさらに向こう山中に位置する明静院(みょうじょういん)の話となりお二人からスマホの写真をみせて貰ったが、同寺の大日如来坐像は国重文で大変美しく今春中に是非とも訪ねたいと思った。上述の明静院と如来像が載る上越タウンジャーナルを是非ご覧下さい。
さて今朝は間もなく消えたが、いっとき雪が降り仕事場周辺はうっすら雪化粧になっていた。
話変わりいしだあゆみさんが亡くなった。
彼女のデビュー昭和43年は私の卒業年であり医局入局年でもあった。同年京都で行われた糖尿病学会に参加した。すると東京駅の待合室だったかテレビで彼女の「ブルーライトヨコハマ」が映っていた。5つ上のA先生が盛んに「この子可愛いね、いいね」と言った。京都の宿は円山公園でそこでも彼女が流れ、繰り返し「可愛いね、いいね」と目を細めた。
溌剌としたブラスの伴奏や一種こもったような歌声は演歌でも無く好きだった。
女優で活躍するようになると痩せ始め、演技はいっそうシリアスを深めた。
甲状腺機能低下症だったという。確かに外見はそのように見えホルモン補充療法が奏功するはずなのだがそれが死因とは。よほど劇症か、あるいは中途半端な治療たっだのだろうか。デビュー時代のイメージが強く未だまだ若いと思っていたのにとても残念だ。
宮崎俊英さんとあらためて倉石隆を観た。
本日も肌寒く午後遅くからシトシトはじまり、春雨にしては冷たい雨。髙田文化協会事務局長の宮崎俊英さんが待っていて下さり、今年の展示は両方とも面白いと褒めて下さった。
齋藤三郎は茶道具のバリエーション及び茶道へ理解の促しが良いと指摘され、倉石隆は男性についてのストーリー仕立てが面白いと仰った。
倉石作品は幼年から老人まで副題をつけて並べてみたのだが、思ったよりも脈絡が繋がった。これは倉石隆の力量あらばこそ成立したことににちがいない。
因みに、スタートの幼少から老年まで以下の順で副題を付けました。
「毎日一生懸命」→「勉強もして」→「お腹を空かし」→「不安もあった」→「大きく見せたり」→「おどけたり」→「時には詩人」→「しかし自分は自分」→「意を決し」→「我を見つめ」→「孤独も修行」→「繰り返し妻を描き」→「いつしか年取った」です。
当然こんなことをしては倉石氏に失礼なのですが解釈や副題および展示順については私自身も問うて反映させてもらいました。ご覧になった皆さまのご意見は如何でしょうか。
「大きく見せたり」
(原題:男の像)
「時には修行」
孤独も修行と考えました。
(原題:黄昏のピエロ)
最後から2番目「繰り返し妻を描き」
(原題「画室」)
ところで「男性像展」とはいえ上掲の最下段「繰り返し妻を描き」は男性が見当たりません。しかし画中の大きなキャンバスの前(モデルの妻を見いているこちらこちら側)に絵筆を持って立つ倉石氏本人がいるのですから「男性像」として取り上げました。
人物を描くのはある意味“人間の本質”あるいは“自分自身”を描く事になるのでかなり大変な作業。おそらく描く時間だけではなく、生活のほぼ全て(ある意味生涯)を費やして取り組む課題なのでしょう。
「レンブラントは最大の師」とは氏の口癖だったようです。どうか人物画の面白さと深さをお楽しみ下さい。
25年初日 A君の書と芸術。
本日、2025年度の開館を迎えた。肌寒い日にもかかわらずご来館の皆さま、有り難うございました。お馴染みさんは冬の間に健康に過ごされたと見受けられ元気なお顔に安心しました。
その中の一人、中高時代の同級生A君ご夫婦と一緒して観て回った。それまで熱心に付き合ったことが無かったのが2007年の開館からよく顔を見せてくれるようになり、この数年は月に何度も来てくれる。
新潟大学教育学部書道科で学び、夫婦で2年間ドイツの日本学校に派遣され、県内の校長職と教育委員会の要職を歴任している。堅い肩書きを有しながら屈託なく万事謙遜の自然体、一緒する時間の話は勉強になり尽きない。
互いに年なのだが今のところあまり同じ話が出ないのはまださほど惚けていないのかもしれない。
本日展示を観て回りながら“俺はまだ書いているがどうしても芸術的にならない”という事を盛んに口にした。“大体書を芸術に入れない分類まである”と言い、「しかしそれを意識するとわざとらしくなるしね」と話す。
対して“書の文字が持つ意味は芸術として大きなアドバンテージ”とういような事を返すと、“同じ書でもここにある齋藤三郎さんのようにどれを観てもその人らしい自然な味わいを出せれば”と言う。
“いやいや、もっとと思う気持ちは大事だが、自分らしさは、すでに出ているのでは”などと続けた。
妻同士も友人なのでカフェでお茶を飲み高校時代の学校火事にまつわるエピソード、学生時代の先輩後輩のありさま、小林古径記念美術館で始まる写真展の作家濱谷浩氏や朝夫人の話などに時を忘れた。
因みにA君は7年ほど前に遊心堂で個展を行っていて樹下美術館でも「喫茶去」を収蔵している。書は立派な芸術であり、作者が満足し何より人に喜んで貰えれば一大幸福ではないだろうか。
話しながら思った、こうなったら来年はA君の書と私の植物画で二人展をやろうと。一昨年に拙作品展を行っている。だが良いではないか、こうして顔を出してくれる級友は益々貴重で本日の話など芸術家の悩みそのものだ。館長の我が儘を許して頂きぜひ来年は一緒にやろうと思った。
ますます謙遜と向上心を秘めるA君に出会えて幸せだと思った。
- 仏像、社寺、二十三夜塔、庚申塔
- 樹下だより
- 齋藤三郎(陶齋)
- 倉石隆
- 小山作之助・夏は来ぬ
- 高齢者、昔話
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- 館長の作品。
- 寒波前の冬鳥たち。
- 届いたサントリーフラワーズのお花。
- 年末旅行最終日は岡山市から旧閑谷(しずたに)学校へ。
- 備前高梁で見た蔦屋、スタバ、図書館、そして駅の複合。
- 年末旅行3日目は吹屋のベンガラ色の街と吹屋小学校へ。
- 年末旅行3日目の備中高梁(びっちゅうたかはし)駅周辺。
- 12月29日午後は岡山市池田動物園へ。
- 12月28日滋賀のご夫婦と夕食、翌日は青蓮院と長楽館。
- 新たな年が明けました。
- 今年下半期(8月以後)の皆さまのお声から一部を掲載致しました。
- 二つの話題 「ブルーカラービリオネア」とローラさんが農業。
- 遅くなってしまいほぼ鳥の写真です。
- 出てきた紛失携帯。
- 週末の上京 カーヴ・デ・ランパール 「良寛の書簡」特別展。
- ハリハリ漬け 今夕の食事。
- 荒天後の海岸 戦中生まれのさが カワラヒワの水浴び 初々しいモズ ハクガンの飛来。
- ラベンダーの雪囲い。
- 本日樹下美術館の後片付けの日 ラヴェルの名曲がポピュラーやジャズに。
- 本日2025年度の最終日。
- 今年最終日曜日,午後のひと時。
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