文化・美術・音楽・本・映画・スポーツ・テレビ
あるブロガーさんへの歌。
とても残念なのですが、ある方が最近ブログを閉じられることになりました。
遠くから樹下美術館を応援してくださっている方です。
ささやかなお礼としましてYouTubeから歌をお借りしました。
宜しければどうかお聴きになってください。
ある医師のお勧めの歌でもあります、
アルフレード・クラウスの「真珠採り(耳に残るは君の歌声)」にしました。
力づくで来ようとする者との戦い。
貴方に共感し応援しています。
「大丈夫ですからね」
休館のお詫び 銀の匙その3 ムラサキシジミ 雀たち お菓子に温まる ウィルスの行方 マスク。
日中暖かな陽が射した一日、午後から特養の診察に伺った。今年はインフルエンザの流行を免れたものの、新型コロナだけは何処を突いてくるか分からないので落ち着かない。
昨夕、妻がちょっとした集まりに出掛けた。二時間経とうとするころ、お節介かと思ったが、そろそろ中座するよう電話で促した。帰宅した妻は、電話をもらって助かったと言った。今は人に嫌われても、ウイルスにだけは好かれないようにせざるを得ない。
さて休館のお詫びにと勝手ながら小説「銀の匙」のから、明治時代の子供たちの振る舞いを紹介させて頂きました。前回は人見知りの激しい主人公のお友達にと、お伯母さんが見つけた「お国さん」という女の子と「蓮華の花ひらいた」をして遊ぶところを載せました。
本日はお国さんと仲良くなっていく場面の一節その3です。
〝二人がさしむかいになったときにお国さんは子供同士がちかづきになるときの礼式にしたがって父の名母の名からこちらの生年月日までたずねた。そしてなにの歳だといったからおとなしく酉の歳だと答えたら
「あたしも酉の歳だから仲よくしましょう」
といっていっしょに、こけこっこ、こけこっこ、といいながら袂で羽ばたきをしてあるいた。おない年はなにがなし嬉しくなつかしいものである。お国さんはまた家の者が自分のことを痩せっぽちだのかがんぼだのというといってこぼしたが私もみんなに章魚坊主(たこぼうず)といわれるのがくやしかったので心からお友達の身のうえに同情した。いろいろ話あってみればいちいち意見が一致して私たちは間もなく仲よしになってしまった。〟
以上、またご紹介させてください。
さて午後の施設を終えて美術館に寄りました。美術館はねそべったまま身を持てあまし、庭の花も何か申しわけなさそうにしています。幸い在宅回りが無かった午後、枯れ芝の庭にボールを撒いてアプローチの練習をして過ごしました。
すると小さな物体がチラチラと飛び回り美術館の壁や敷石に止まります。
アオスジタテハでした(当初ムラサキシジミと記載しましたが訂正しました)。私にとっては珍しく、喜んでカメラを向けますと、どこかへ飛んで行ってはまた戻るのを繰り返します。しゃがんでいる頭上にも何度か来ました。樹下美術館は午後の陽を包み込むような形をしているため、温まっている壁や石が気に入ったのでしょう。
調べますと成虫のまま翅を立てて越冬するということです。
なるほと翅の裏は枯葉そのものの模様になっています。
小雪の冬は越冬する昆虫たちには楽だったことでしょう。
それにしても数ヶ月の寒風の下を何処で過ごしたのでしょうか。
この魅力的な蝶にとっても幸運な年でありますように。
ベンチの傍らに雀たちがいました。
大きな群から離れて一帯を住処に決めたのでしょう。
パートナーを求めて活発に追かけっこなどをしていました。
さて以下のようなお菓子を頂きました。
東大寺お水取りの時期だけのお菓子と聞いた「御堂椿(みどうつばき)」。
奈良市千代の舎竹村(ちよのやたけむら)の製。
きれいなもんですね。
長生きはするものでしょうが、この度ばかりはじっと狙われているようで落ち着きません。
世界はどのように推移するものか。日本はまだまだですし、大国アメリカはどう切り抜けるのでしょう。貧しい無保険の人達がとても気になります。
本日は四人の方に一枚ずつですが、マスクを上げました。とても喜んでくださったのが目に浮かびます。
沢山載せてしまいました。
本日のマスク。
感染しているかもしれないと仮定してマスクを意識するようになった。
来院する方達も皆さん付けて来られる。先々の不安からますます不足し、出入りの業者さんはじめ町のストアから衛生用品が消えている。私たちは少し早めにネットで購入したためため、当分なんとか間に合いそうだ。
本日午前に同級生のTちゃんが来た。マスクの上で眼が笑っている。いいマスクじゃないの、というと、いつものようにオホホと言って、自分でつくりました、と仰った。新聞だか雑誌に付いていた型紙に合わせた、ということ。お母さんが裁縫の先生だったTちゃんは普段色々なものを自分で作る。今日はふっくらと軟らかそうなマスクが似合っていた。
今度は同級生のY君が来た。マスクが無くてすみません、と申し分けなさそうに言う。診終わって、少ないけど良かったら使って、と言って引き出しから4,5枚出して差し上げた。
そんな夕、お茶の稽古から帰った妻が、先生から、亡くなられたご主人が残されたマスクを頂いた、と言って箱を二つ取り出した。
初めての丸型マスク。耳ではなく顎と頭に掛ける本格的なもの。
鼻の部分はアルミで形を作り、その裏にスポンジが施されている。
〝これで余裕ができ助かります、、先生本当に有り難うございました〟
ヘンリー・マンシーニのDreamsville(夢の場所あるいは夢の町?)
1958-1961年のTV探偵シリーズ ピーターガン の挿入歌。
60年前とは思われない新鮮さ。
施設の出会い 美しい「白梅」。
午後に施設回診があった。新型コロナウイルスは恐いが、幸い同園は静かに推移していてほっとする。
比較的新しいお年寄りの女性を診た。いつも大人しい方である。
二三話してから
「ここにいて寂しくないですか」と訊いてみた。
「寂しいなんて思っていたら、いられません」とかなりはっきりした口調で仰った。
普段ぼそぼそと話される人の明瞭な返事に少々驚き、
「あなたはとてもしっかりしていますね、こんなに本当のことをちゃんと言えるんだから」
と言った。すると、
「先生は○○先生ですか」とばそぼそいう。私のことを知っているみたいだ。
「ええ、潟町の○○です」
「わたし昔先生に掛かったことがあります」と突然仰って驚いた。
続けて、
「先生、変わりましたね、年取られました」と言われた。
ドキッとしながら、ああこの方は何でも本当のことを仰るんだ、とまた思った。
「はい、年取ったと思います、父にも似てきましたし」
と答えたものの、いつどんなことを診たのか全く覚えていない。その時、何か間違いをしていなければいいが、と心配がよぎる。
「また、二週間したら会いましょうね」と言って頭にさわった。
「有り難うございます」とぼそぼそ返事をされたので、また話をしてみたい。
一度あったことは二度あるのか、先ほどの方の帰りにホールを通った。
そこである老人が介護士さんと居て、筆を執って字を書いていた。
ちょうど書き終わった時で、これ白梅と読むんですって、と介護士さんが言う。
一分の隙もない美しい白梅が書かれていた。
この方の字は廊下に幾つも掛かっている。いつも感心して見ているが、実際書かれているのを見るのは初めてだった。
「本当にお上手ですね」
「いえ、とんでもない、先生の花の絵にはかないません」と仰った。
またドキッである。
お訊きすると同じ町に住んでいた方だった。
私の受け持ちではないが、いつも通りすがりに深々と会釈をされる。
この方もまったく静かな人で、笠智衆をきりっとさせたような方だなあと思っていた。
よくもまあこんなに上手く筆が運ぶもんだと感心した「白梅」(やや下から撮りました)
コロナウイルスによって過日鎌倉の梅を諦めたら、素晴らしい白梅に出合った。
もらっていいですが、と尋ねると「どうぞ」と仰った。
この分野は知らない者同士でも十分やっていける。
しかしかって会ったとか、実は知っていたなどで、知己があらたまると、新しい親しみが生まれ、次ぎにお会いするのが楽しみになる。
休館のお詫びに「銀の匙」の一節から その2
本日はお詫びというわけでもありませんが、気にいって読んでいる中勘助の本「銀の匙」から以下のように一節を紹介させて頂きました。
幼年の主人公「私」は神田で生まれ間もなく小石川へ移ります。
歩ける年になってもひたすら強い愛情と保護を注ぐ伯母さんに背負われる生活をしている主人公。時代は明治半ばの頃。博覧強記で深い仏心の持ち主である伯母さんの訛りと気っぶにも、不思議と郷愁を誘われます。本日は昨日の続きです。
〝あらたにこの調和しがたい新参者が加わったために子供たちはすっかり興をさまされていつまでたっても廻りはじめない。それを見てとった伯母さんは輪のなかへはいり景気よく手をたたいて
「あ、ひーらいた ひーらいた なんのはなひーらいた」
とうたいながら足拍子をふんで廻ってみせた。子供たちはいつか釣りこまれて小声でうたいだしたので私も伯母さんに促されてみんなの顔を見まわしながら内証(ないしょ)で謡のあとについた。「ひーらいた ひらいた、なんのはなひーらいた、れんげのはなひーらいた…」
小さな輪がそろそろ廻りはじめたのをみて伯母さんはすかさず囃したてる。平生ろくに歩いたことのない私は動悸がして眼がまわりそうだ。手がはなしたくてもみんなは夢中になってぐんぐん人をひきずりまわす。そのうちに
「ひーらいたとおもったらやっとこさつーぼんだ」
といって子供たちは伯母さんのまわりへいちどきにつぼんでいったもので伯母さんは
「あやまった あやまった」
といって輪からぬけだした。「つーぼんだ つーぼんだ、 なんのはなつーぼんだ、れんげのはなつーぼんだ…」
つないだままつきだしている手を拍子につれてゆりながらうたう。
「つーぼんだとおもったらやっとこさひーらいた」
つぼんでいた蓮華の花はぱっとひらいて私の腕はぬけるほど両方へひっぱられる。五六遍そんなことをやるうちに慣れない運動と気疲れでへとへとにくだびれてしまい伯母さんに手をほどいてもらって家へ帰った。〟
上掲2枚の写真は2014年5月20、樹下美術館近隣の畑の蓮華です。
まじまじ見たのは初めてで、こんなにきれいなものだとは知りませんでした。
さて、こどもたちには少し優しいコロナウイルス。このウイルスはよほど人間のことを知っているのかもしれません。それで大人は余計に油断が出来ないのではないでしょうか。
休館のお詫びに「銀の匙」の一節から その1
本日はお詫びというわけでもありませんが、気にいって読んでいる中勘助の本「銀の匙」から以下のように一節を紹介させて頂きました。
国が富国強兵に被われる直前、のどかさがまだ残る明治20年代ころからの子供達、あるいは社会の一コマです。
幼年の主人公「私」は神田で生まれ間もなく小石川へ移ります。
歩ける年になってもひたすら強い愛情と保護を注ぐ伯母さんに背負われる生活をしている主人公。博覧強記、そして深い信心の持ち主である伯母さんの訛りと気っ風にも、不思議と郷愁を誘われます。都合で本と段落が変わていることをお許しください。
〝で、伯母さんは一生懸命私の遊び仲間によさそうな子供をさがしてくれたが、そのうち見つかったのはお向こうのお国さんという女の子であった。
ーお国さんのお父様は阿波の藩士で、そのじぶん有名な志士であったということは近頃になって始めて知った。ー
伯母さんはいつのまにかお国さんが体が弱くておとなしいことから頭痛もちのことまでききだしてもってこいのお友達だと思ったのである。ある日伯母さんは私をおぶってお国さんたちの遊んでいる門内のあき地へつれてゆき
「ええお子だに遊んだってちょうだいも」
といいながらいやがる私をそこへおろした。みんなはちょっとしらけてみえたがじきにまた元気よく遊びはじめた。私はそのひはお目見えだけにし、伯母さんの袂につかまって暫くそれを眺めて帰った。その翌日もつれてゆかれた。そんなにして三日四日たつうちにお互いにいくらかお馴染みがついて、むこうでなにかおかしいことがあって笑ったりすればこちらもちょいと笑顔をみせるようになった。
お国さんたちはいつも蓮華の花ひらいたをやっている。伯母さんはそれから家で根気よくその謡(うた)を教えて下稽古をやらせ、それが立派にできるようになってからある日また私をお向こうの門内へつれていった。そうしていじけるのを無理やりにお国さんの隣へわりこませたが意気地の無い二人はきまりわるがって手を出さないので、伯母さんはなにかと上手に騙しながら二人の手をひきよせて手のひらをかさね、指をまげさせて上からきゅっと握ってようやく手をつながした。
これまでついぞ人に手なぞとられたことのない私はなんだか怖いような気がして、それに伯母さんに逃げられやしないかという心配もあるし、伯母さんのほうばかり見ていた。〟
「
「かごめかごめ」はしたことがあるように思います。
蓮華の花ひらいた、は聞いた覚えがありますが、遊んだか否か微妙でした。
かすりの着物にへこ帯であろう子供たちの様子は愛らしく映ります。
門内:もんない、と読むのでしょうか、具体的な意味が分かりませんでした。いわゆる町内でしょうか。
夏目漱石から「子供の世界の描写としては未曾有」と絶賛され東京朝日新聞に連載された「銀の匙」
大人には特別な出来事が起きるわけではありませんが、繊細な主人公にとって毎日は事件でした。
押しつけがましく致しまして申し分けありません。
嵐の海の絵 東北大震災のエネルギー。
走ればすぐ海へ出る所で育ったので、季節ごとに何かと海へ行った。冬の最中に海辺の砂丘でスキーをした。荒波が打ち付ける波打ち際の砂の上まで滑るのである。
そんな訳で荒海のドラマチックな景観も好きで、先日も写真をのせさせて頂いた。
先週末にかけて荒れたため飽きもせず近隣の海を写してきた。
漁港の防波堤と波。
どんなに激しく何年打ちつけても、小さな漁港の防波堤だがびくともしない。
もうじき3月11日、東北大震災の日がくる。
ちょうど新潟市の知足美術館で拙個展の最中。弟はじめ三つの親族が南三陸町と仙台に住んでいた。すぐに個展などは上の空になったことが昨日のように蘇る。
大震災の津波は1回で、あまたの港の防波堤をことごとく破壊した。その力は広島型原爆のほぼ3万個分のエネルギーだったという。上掲の堤防などは砂を盛った如くあっさり潰されたに違い無い。普段地下のプレートが如何に強大な力を我慢しあっているかも知らされた。
加えるに原発4基の破壊と爆発。東北を越えた未曾有の災禍に広がった
日頃自分一人生きるのも大変な人生を生きている。だが時に立ち止まり、このような災害と事故を自分のことのように置き換えて振り返ることには非常に意味があると思う。
さて冒頭で爆弾低気圧の漁港を取り上げたが、美術の分野には海洋芸術あるいは海洋画というものがある。
陽光を湛えた穏やかな海を描いたものが多い中で、以下のように嵐も少なくない。
レンブラント(レンブラント・ファン・レイン)の「ガリラヤの海の嵐」
海にまつわる説話や聖書の逸話など古くから海は多く描かれている。わけても嵐の海は風波や雲の観察、光の効果、波乱を支える構図の安定感、さらに物語の構成など素晴らしい。
日本画の激しい波浪といえば、何と言っても葛飾北斎と曽我蕭白であろう。機会にめぐまれたなら勉強をして、取り挙げてみたいと思います。
倉石氏の挿絵の本に「誰が風を見たでしょう」の歌があった。
昨日は倉石隆の挿絵本のことに触れ、「玉川こども・きょういく百科」の「ちきゅう」に描かれた氏の挿絵を紹介させて頂きました。描かれている幼いこどもたちの情景を見るにつけ、日常の種々(くさぐさ)から開放され、童心に返って筆を走らせる倉石氏が浮かびました。
ところで、その本を見ながらあるページで手が止まりました。そこに懐かしい歌が書かれていたのです。
〝だれが かぜをみたでしょう
僕もあなたも みやしない
けれど 木の葉をふるわせて
かぜは とおりぬけていく
だれが かぜをみたでしょう
あなたも僕も みやしない
けれど 木立が あたまをさげて
かぜはとおりすぎていく〟
覚えたのは多分小学校時代。学校で、姉から、レコードから?どうやって覚えたのか思い出せない。
しかしメロディーと、うろ覚えの歌詞はいつの日からか、不意に口を突く。
だれにもそんな歌があるのではないだろうか。
「風」
(題が風とは知りませんでした)
本を見て、さらにYouTubeで見て、やはり歌は存在したのだ、と一種デジャブに似た感覚をおぼえた。
原題「Wind」 訳詩・西条八十 作曲:草川信 大正10年(1921年)発表
作詞のクリスティナ・ロゼッティは進んだ人だったらしい。
草川信は長野県出身、「夕焼け小焼け」「揺りかごの唄」 などを作曲している。
良い歌だと思う。
在宅医療は大事業 ヴァレンタインのプレゼント ジョージ・シアリング。
月1出向いている百才が近いおばあさんは、通い始めてから4,5年は経つ。
促されてベッドで目を開けると一瞬笑顔風な表情になるが、すぐに眠ってしまう。これまで骨折をしたり、執拗な呼吸器疾患や皮膚疾患、時に裂傷を負ったりして何度も病院へ行った。介護者にとって、寝たきりの方を病院に連れて行くのはその都度大変だった。
毎夜二時三時にもオムツを替える介護者の娘さんは、表向きには文句を仰るが、強い愛情をもって接しているのが分かる。
在宅医療というと場合によって美しく聞こえなくもない。しかし癌の方や長い要介護4,5レベルの方を看るのは、一種戦争のようでもあり、ご本人も寝ているだけではなく傷だらけになって戦っている戦士のように見えてくる。
概して在宅医療は一大事業だ。
本日の訪問で、おばあちゃんからです、と言ってお宅からヴァレンタインのプレゼントを頂いた。
今夜サラダになったルッコラ。
ジョージ・シアリングのマイファニー・ヴァレンタイン。
若かりし時代にラジオからよく聞こえたシアリングは幼くして視力を失ったピアニストで作曲家。
アメリカで活躍したが、晩年母国イギリスから大英帝国勲章を授与された。
1950年代であろう録音はモノラル。以前も書いたがモノラルのピアノは残響が少なく音がコロコロと丸く可愛く聞こえ、私は嫌いではない。
ここへ来て寒さが強まり、冬が意地をみせている。
今日も寒かった。
寒波を免れている マンハッタン ・トランスファーの「SNOWFALL」。
先週からぐっと寒くなり何度か雪が降った。
難渋する程度ではなく数㎝の積雪だったが今期はじめて雪景色だった。そういえば今年は「寒気」という言葉を聞くが「寒波」は耳にしていない。
調べると、著しく冷たい気塊(空気のかたまり)でも一両日で去るものは寒気、広範に亘り3日以上居座るものを寒波と呼ぶらしい。
今年は寒さが来ても短期間で去って行くのが続いている、ということになる。今の所豪雪という災害的な気象から免れているのでやはり助かる。
マンハッタン・ トランスファーの「スノーフォール」。
四人のコーラスグループ、マンハッタン・ トランスファーは何度もグラミー賞に輝いている。
しんしんと雪の降るさま、あるいは降り止んだ雪晴れの感じがよく現れていると思う。
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