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渡部典さんの「音楽をはこぶもの」 机上工房/渡部典の仕事展

2015年2月12日(木曜日)

本日、東京でご活躍の渡部典(のり)さんが展覧会の案内を届けて下さいました。
渡部さんは「机上工房」を営まれる上越市大潟区ご出身のグラフィックデザイナーです。
このたびは「音楽をはこぶもの」と銘打ち、製作プロセスや、
沢山のお仕事の中からクラシック音楽のCDパッケージ36点を展示されます。

〝ヴィジュアルデザインが無形の音楽に対してどのようにアプローチし、どのように形を与えてきたかを紹介します〟と述べられています。

かって大震災の年、筆者のシーグラスの写真を使って下さったことがありました。
それが光栄にもジョン・エルウィスの「シューベルト歌曲集『白鳥の 歌』」になり、昨日のことのように思い出されます。

音楽をはこぶものフライヤー
頂いた案内葉書(大きくしてごらんください。

〝音楽をはこぶもの〟渡部典の仕事GRAPHIC DESIGN展
会場:東京都千代田区神田駿河台1-5-6 コトー駿河台
「ギャラリーf分の1」 ☎03-3293-8756
日時:2月17日(火)~2月22 日(日) 11:00~18:30
(初日13:00より、最終日17:00まで)

間もなくですが、お近くお出かけの際にどうかお寄り下さい

NHK「小さな旅」の雁木通り 倉石隆のふるさと。

2015年2月6日(金曜日)

今夕NHKテレビ「小さな旅」で放映された-雁木あたたか-を見た。
新潟県上越市高田の雁木通りの風物と暮らしの一端を紹介していた。

雁木通り

高田のらしさは色々あるが、町並みで言えば雁木、わけても古い通りにあると思う。
番組でも新たな本丁筋は触れられなかった。

およそふる里感のある村落や町並みは人を惹きつける。
いずれにも一生懸命に営まれ磨かれた生活と時間が生きて漂う。
そこでは自らのふる里でなくとも、郷愁が眼を醒まし心癒やされるのだろう。
このような場所はにわか作りが不可能なので、慎重な保全が必要な財産に違いない。

以下は倉石隆のふる里に関する作品と文です。

北の町倉石隆作「北の町」 1953年 21,6×27,3㎝ 樹下美術館収蔵。

粉雪が舞う倉石隆作「粉雪が舞う」 1985年 146,5×98,6㎝ 上越市収蔵
写真は新潟市美術館1995年9月14日発行 郷土作家シリーズ 倉石隆展 から。

-幻のふるさと- から抜粋
町名が上越市と変わっても、僕の故郷の町は高田でなければならない。目抜き通りにビルが建ち並び、行き交う人びとが都会風のファッションに彩られたとしても、僕の幻の町は、風雪にさらされ、家並みは灰色に沈んでいなけらばならない。
雁木はせまく、薄暗いトンネルんのようにどこまでも長く続いていて、すっこかぶりのお父っつぁと、角巻き姿のおっ母さが背をまるめて雪の中を歩いていなければならない。
それから、黒いマントの少年たちのいる風景。その時代錯誤の幻の町こそ僕の中のふるさとなのです。
(1987年12月11日新潟日報日曜版 35周年記念特集 ふるさとを描くシリーズ掲載 倉石隆の「粉雪が舞う」の寄稿文から)

ダスティー・スプリングフィールドの心の風車。

2015年2月3日(火曜日)

雪は5㎝程度で止まっているがさすが2月、寒い日が続いている。
1月の終わりに2回も庭仕事ができたなど嘘のようだ。

後藤さんの一件の辛さはやはり早晩には消えない。
常軌を逸する点でテロに戦争の本質があり、テロ無き戦争もない。
国は唯一戦争を避けるための装置であり、
税金を払う人間としていつもその事に望みを託している。


「The Windmills fo Your Mind」 心の風車、というような意味でしょうか。
シェルブールの雨傘のミシェル・ルグラン作曲 作詞アラン&マリリン・バーグマン

車輪、糸車、雪球、メリーゴーランド、時計の針、世界、リンゴ、トンネル、回転ドア、螺旋、、、くるくる回るものが次々出てくる。
突然去った人の回想として歌われている。どこかが無くなると全てが崩れるようなイメージで書かれた曲だという。

レコード

上の写真は「The Windmills fo Your Mind」が入っているレコード(胸の所のサインは買った当時小生が書いた)。1968年頃に買ったが、これを貸した同級生と今も年に一度くらい食事をする。

レコードの当時も世界と社会は安定していたとは言えないが、人の命は地球より重い、というような概念は広く私たちの中にあった。政治家もそうだったと思う。

後藤さんのことを悼みたい。

蓄音機によるSP盤レコードコンサートのお知らせ。

2015年1月28日(水曜日)

昨年10月、友人の厚い協力のもと好評を博しましたSP盤レコードコンサートを、下記のように5月に催します。
前回のプログラムからも数曲をピックアップして聴いてみたいと考えています。
15~16曲ほどを予定しています。

告知ファイル

昨年はハイフェッツ、カザルス、クライスラー、ひばり、チエミ、川田孝子など大変ご好評頂きました。
SP盤は音波のストレートな再生により、
巨匠や優れたプレーヤーたちの心込められた演奏が、直接的な振動感覚で伝わります。

どうかご期待ください。

しばらく春を想わせる暖かさだったのですが、本日気温が下がり雪がちらちらしました。

雪一時激しく降りましたが、すぐに消えました。

4月19日(日曜日)のギター演奏会のお知らせ。

2015年1月26日(月曜日)

 樹下美術館は山桜の頃、4月19日に佐々木忠(ささき ただし)さんのギター演奏会を開催致します。

佐々木さんは1966年渡独。
ケルン音楽大学でリュートとギターを学び後に同校で教鞭を執られました。
1973年にケルンアーヘン音楽大学教授を経て今日に至っておられます。
門下から数多くのトップアーティストや教授陣を輩出し、目覚ましい演奏活動、国際音楽祭主催、
ほか国際コンクール審査員長を歴任されました。

期日:4月19日(日曜日) 午後6時から(5時半開場)
場所:樹下美術館
入場料:大人お一人2000円 中高生お一人1300円
お申し込み:樹下美術館の窓口あるいはお電話025-530-4155でどうぞご予約ください。
※開館までは留守番電話での受け付けになりますが、お許し下さい。

プログラム:ヨーロッパ各地のバロック、バッハ、日本の叙情歌そのほかです。

佐々木さんの告知ファイルどうぞ大きくしてご覧下さい。

春の宵のひと時、館内に響く美しいギターの音をお楽しみ下さい。

北陸新幹線、上越妙高駅で「夏は来ぬ」が流れますように。

2015年1月9日(金曜日)

昨日のニュースサイト「上越タウンジャーナル」および本日の朝刊「新潟日報」と「上越タイムス」に思わぬ記事が載っていた。

来る3月15日開業の北陸新幹線「上越妙高駅」の発車メロディーに「夏は来ぬ」が市から正式に提案されたという。
作曲者の小山作之助は上越市大潟区の出身で明治、大正、昭和の音楽教育家。

当ブログにも小山作之助のカテゴリーがありますが、その母トヨは我が家の出で且つ作之助の弟・直次郎は筆者の祖父になります。
生前父は作之助のことを「叔父さん」と呼び、集まりがあると沢山いた叔父叔母たちは皆で夏は来ぬを歌っていた。

作之助は平成25年、地元大潟区の堀川正紀氏の「小山作之助物語」の刊行、さらに上越教育大学教授・後藤丹先生による長い学研から「上越の偉人」として広く認識されるようになった。
中でも作之助作曲「夏は来ぬ」の高度な音楽性は絶賛されている。

 img073本日の新潟日報から。

平成元年に文化遺産として後世に残すべく各音楽団体などが主催、文化庁などが後援し「日本のうた・ふるさとのうた100選」を選定した。
「夏は来ぬ」は一人一曲の65万7千通の応募の中から晴れて選ばれた。
またNHK「みんなの歌50周年アニバーサリー」でCD」に収められている。
歌人・佐佐木信綱氏の詩は日本の自然風土を詠ってさらに申し分ない。

なによりさわやかな「夏は来ぬ」はさまざまな編曲や演奏法が可能な高い洗練性を有している。
運良く採用された暁にはきっと皆様に愛され、上越ここにありを自負できるメロディーが流れるに違いない。

1:小山作之助と杉田直次郎(明治20年代後半)右・小山作之助 左・祖父杉田直次郎の兄弟。明治20年ころ。

どうか正式に選ばれますように。

三本の映画。

2015年1月3日(土曜日)

2015年は切りが良くて覚えやすく、平成27年はラッキー7が付いている。
縁起に疎くとも年の字面は何となく心軽く感じられる。

あとは良くないことがあまり無い事を願い、精一杯生きるだけ。
そんな正月休みに映画を3本観た。

昼下がりの情事大晦日のテレビで「昼下がりの情事」
オードリー・ヘップバーンの匂うような美しさ、何と魅力的なことだろう.。
おしゃれで気が利いていて夢見るような映画だった。テーマ曲「魅惑のワルツ」は流行に流行った。
オードリーが特別な人だったことがあらためて分かる。相手役は大変だったことだろう。
もう一人特別な人が居た、モーリス・シュバリエだった。

グレングールド 「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」 正月用にamazonnで買った。
天才ならではの生活と人生、円熟する彼を支えた女性がいたとは。
氏のバッハをあらためて聴きたい。

ローンレンジャー昨日のテレビは「ローン・レンジャー」
笑いとはらはらドキドキが延々と続く開拓時代のテキサスのお話。
長かったが最後が真剣で全て観た。
50年以上も前のテレビでしばしば聞いた「キモサベー」と「トント」の懐かしかったこと。

2015年元旦のご挨拶 新年のワルツ。

2015年1月1日(木曜日)

2015年が明けました。
旧年、皆様には大変お世話になり有り難うございました。

皆様と共に幸せ多き年でありますように。

鳩40,9×31,8(1984年) - コピー倉石隆作「鳩」を使わせて頂きました。


ショスタコーヴィッチ作曲「ジャズ組曲 第2番 第2ワルツ」

昨日大晦日のワルツはアニヴァーサリー・ソング(原曲イオン・イヴァノヴィチ作曲「ドナウ川のさざ波」でした。
新年はショスタコーヴィチのワルツで、演奏者はポーランドの若いチェリストたちです。

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新年早々多くの年賀状を有り難うございました。心より御礼申し上げます。
義母の逝去が12月26日、大勢様には年賀欠礼の知らせが間に合わなかった事と存じます。

どうか本年も昨年同様、樹下美術館と拙ブログを宜しくお願い申し上げます。

キューバと米国 大人の国へ 暖かなルーベン・ゴンザレスのルンバ。

2014年12月22日(月曜日)

雨交じりのみぞれの一日、美術館の周囲で20㎝、診療所では10㎝ほどの積雪で推移している。
しかるに現在夜8時半すぎ、数回昼間のような稲妻がカーテンを染めて大音響が響き渡った。

過日農産物を届けて下さった方の山間地区は一時2メートル近く積もったという。
雪に阻まれ帰宅できなくなった身内のために、家族が除雪機を乗せて救出に向かったとも聞いた。
さほど遠隔でなくても、地勢によって雪の状況は非常に大きな違いがある。

さて寒気の真っ最中、キューバとアメリカ合衆国が国交正常化に向けて動き出した。
反米の社会主義国と米国フロリダ南端とは、わずか150キロ足らずの距離だ。
近くの者同士を敵対させるような悲しい政治では本当に困るのである。

胸傷むニュースばかりの中、このたび両国が恩讐を越えて関係改善に向かうことになった。
これには米国の部分的な寛容さもあろうが、カストロ政権の(フィデル→ラウル)洗練さが、ものをいっているのではないだろうか。
当事者には複雑な要素もあるようだが何とか粘って上手く行ってほしい。

そもそもキューバは偶像やモニュメントなど指導者の美化崇拝を避け、貧しいながら医療に全力投球をしてきた。
そして野球や音楽が大好きなうえ親日国家である。

このたびのことは突然始まったことではなく、おそらく長く忍耐強い外交交渉が生み出した成果ではないのか。
好き嫌いの感情論のあげく、力を頼りに必死に固まるばかりのどこかの国々と違って、大人(おとな)だなあと感じるのである。


キューバのピアニスト、ルーベン・ゴンザレスの「Melodía del rio」。
川のメロディーという意味でしょうか。

 

明日は火曜日、定期休館日ですが、祝日ですので開館いたしてます。

枯れ芝を染めていくモミジ。

2014年11月24日(月曜日)

吹かれて散り、晴れても落ちた木の葉。
大方裸木となった庭で、カフェの右手で燃えていたモミジが散り始めた。

毎日掃いてきれいになった枯れ芝を最後のモミジが染めていく。
「しばらくそっとしておいて」と本日スタッフに言いました。

カフェの前の落ち葉枯葉たちにどんな思い出があるのでしょう。


エラ・フィッツジェラルドの「木の葉の子守歌」

本日ご来館の皆様、大変有り難うございました。

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