樹下だより

「手は難しい」と言った倉石隆の手 その3不安定な心の表れ。

2015年8月24日(月曜日)

「手は難しい」と言った倉石隆の手 で二回の記載を行いました。
一回目は雑音を避けるように、あえて手を描かない人物画。
二回目は動作の手と心理や感情など心が表れている手の作品を取り上げました。

色々ご意見はあろうと思いますが、本日は三回目最終です。
ここでは正面像にも拘わらず手の位置が不揃いだったり、その仕草に不安定さが見られる作品三点を眺めてみました。

④黄昏のピエロ倉石隆おなじみの油彩 「黄昏のピエロ」です。
まず細い身体と戸惑ったような目が印象的です。

④黄昏のピエロの手 か細い指をした手の高さが大きくずれています。
テントからの距離、細い体と頼りなげな手は拠り所のない孤独なピエロの心を伝えています。
「「(みつめる)」と同じように暖色系の色使いが、人物を優しく包んでいます。

 

E今春入ったばかりの油彩 「男の像」です。
黄昏のピエロと異なり、はち切れんばかりの異常に大きな身体です。
較べて手と顔は極めて小さく描かれ、顔の表情はいらいら落ち着きません。

E一応組まれている手にも同じようにに焦燥感が表れています。
新たなステップへの意欲と現実の狭間で、大きな体を持てあましている作者自身を描いています。

 

ネグリジェ倉石隆 油彩「ネグリジェ」
寝間着を脱ごうと服をずらした少女は細い身体をしています。

ネグリジェの手両手の位置は「黄昏のピエロ」と同じく高さが揃いません。
ぎくしゃくと左右異なる指のポーズから、緊張と不安が伝わります。
若い娘さんはモデルになるのが初体験だったのでしょうか。
何か可哀想で、見るほうもドキドキと緊張させられます。

さて三回にわたって倉石隆の人物画を、特に手に注目して見てみました。
〝手は口ほどにものを言い〟ではありませんが、氏の手には様々な表情が見られました。

実際手と指は顔にも劣らず大きく、二つもあり如実に動きます。
「手は難しい」
手は内部にある心を反映し、時には増幅するなど敏感な身体部分にちがいありません。
内省と観察の人物画家、倉石隆にとってそれは心と同様無視できない重要な器官だったのでしょう。

現在、樹下美術館では「倉石隆の男性」と銘打って老若の人物画を9点展示しています。
それぞれに、穏やかさ、無心、空腹、おどけ、困惑、寂寥、焦燥などが描かれています。

このたびの「(みつめる)」、「黄昏のピエロ」、「男の像」も展示していますので、どうぞご覧下さい。

「手は難しい」と言った倉石隆の手 その2動作の手 心の手。 

2015年8月23日(日曜日)

倉石隆の手に関連して前回は、手が描かれていない人物画を取り上げました。

本日の以下の二枚は1945から50年まで、戦後高田に復員していた困窮時代に書類や座右の半紙に描かれた素描です。
動作に関連したもので、構図が良く手のエッセンスが素早く描かれています。

授乳倉石隆 素描 「(授乳)」

寝そべる倉石隆 素描 「(寝そべる)」

 

このように熟達した描写力の倉石氏が「手は難しい」といいます。
次は動作をしていない人物(肖像など)で、表情のある手を見てみました。
いずれも1950年に上京し、画家としての地位を築いて行った時代の作品です。

(若い女性)倉石隆 素描 「(若い女性の像)」
重ねられるように組まれている手から、穏やかな感情が伝わります。
ダ・ヴィンチの「モナリザ」は椅子の肘掛けに片手を掛けていますが、この女性も似たような手の組み方をしています。

愁倉石隆 油彩 「愁」
固く組まれた手に愁いの強い思いが込められているようです。

 

最後に上の2枚と較べて、一種心の不安定さが手に感じられる作品を挙げてみました。

③見つめる倉石隆 油彩 「(みつめる)」
顔と同じくらいの大きさで描かれている手が気になります。
しかも離れた両手の高さが異なり、不均衡さが人物の心理に動きを与えています。
やや固い表情とともに、この手は一種不安定な気分を伝えようとしているようです。
但し、着衣の深い暖色と、首回りの引き締まった黒が絵画としての安定感を際立たせていると思われますが、如何でしょう。

モデルは作者自身ということですが、「(みつめる)」は私の好きな作品です。

1枚の無言の人物に込めなければならない心理や感情。
それが人物の困惑や不安で、しかも手でも表現を試みるのは、確かに難しいことでしょう。

心は文字や言葉にするさえ難しいのですから、倉石氏は手を何度も描いては消し、消しては描いたにちがいありません。
次回は「(みつめる)」と同じように、安定していると言いがたい心が手に表れている作品を幾つかご紹介したいと思います。

※括弧で書かれた作品タイトルはオリジナルのものが無いため、
「新潟市美術館企画展示図録 郷土の作家シリーズ 倉石隆展 1995年9月14日発行」の記載に依り、また一部は私が個人的に仮題としてつけました。

「手は難しい」と言った倉石隆の手 その1手が描かれていない作品。

2015年8月21日(金曜日)

過日美術館を見るという宿題の中学生とお会いした事を書かせて頂いた。

そのおり、〝倉石隆の人物作品は幾分ややこしい。
この画家には美術=美しい、楽しい、という図式と異なる部分があるからであり、
人間の孤独や不安、迷いやあせりなど弱い所へもしっかり目を向けた人〟など話をさせて頂いた。

さて、その倉石氏は生前「手は難しい」述べていたことを夫人からお聞きしたことがある。
デッサンの名人であり、太平洋美術学校時代は毎年デッサン賞に輝いた氏。
氏は後年「僕はデッサンをやり過ぎた」とまで述懐している。
なぜその人が「手は難しい」と述べたのだろう。

氏にとって手だけ描くのであれば、おそらく造作のないことだったろう。
仮に読書、演奏、絵画制作など「何かをしている」人物であればそれに合わせた手のポーズを描けば良い。

だが何もしていない人物画(肖像画も含めて)における手の扱いはどうすればいいのだろうか。
美しく描かない画家、倉石隆にとって重要なのはモデルの心理、感情、時には人物の歴史や物語でもあったはず。
顔や目は時間を掛ければ何とか描ける。
しかし手の心理、感情表現となると解剖図などに当然なく、描法もないl。

心理学で探すか、他者を詳細に観察するか自分を見るしかない。
正確に行おうとすれば、確かに難しい課題である。

このたび数回にわたって倉石隆の手について書いてみたい。
本日はまず手が描かれていない作品から二点掲載してみました。

①M夫人倉石隆 油彩「M夫人」

 

46倉石隆 油彩「秋」

何故手を描かなかったのだろう、と幾分の疑問を覚える作品である。
だが作者は作品に余計な心理感情を交えず、ただその人らしさを描きたかった、と考えてみた。
そのため手を描くことで生ずる雑音をあえて避けたのだろうと思われる。
倉石隆が終生心の師と仰いだという、レンブラントにも手が描かれていない自画像は多い。

次回は穏やかな手が描かれた作品に触れてみたい。
さらに先では困惑や混乱の心理、感情が手に表れていると考えられる作品について記載してみたいと思います。

美術館が宿題の中学生 実る水田。

2015年8月16日(日曜日)

蒸し暑さが戻った午後、熱心に絵をご覧になっていた家族にお会いした。
帰省中の方達で、長岡市の中学二年生のお嬢さんが混じっていた。
彼女の夏休みの宿題に美術館へ行く課題があったという。

「樹下美術館は小さいですから、宿題向きかもしれませんね」と話すと、
緊張ぎみだったお顔に笑み浮かんだ。
ただ倉石隆の人物作品は幾分ややこしい。
美術=美しい、楽しい、という図式と異なる部分があるからだ。

「この画家は、人間の孤独や不安、迷いやあせりなど弱い部分もしっかり目を向けた人」
として現在架かっている、「めし」「黄昏のピエロ」「見つめる」「男の像」などを少し説明させて頂いた。
大きな瞳を開いて熱心に聞いて頂いた。

大人達がカフェに降りた後も一人で展示場に残っていた、と後でお聞きした。

さてお盆も終わり、周囲の水田は急速に色を濃くし、穀物のかおりが立ち始めている。
そんな田んぼに連日雀たちがやってくる。

集団でさえずり、何かの拍子に田から近くの木に一斉に移ると、また田に降りる。
乾燥して固くなる前の今頃の稲穂は柔らかくて甘く、雀の大好物らしい。

 

欣喜雀躍喜びいっぱいの雀。
厳しい秋冬に向かって食べれるだけ食べる。
農家の方、申し分けありません、きっと害虫なども食べていると思われます。

びっしりと稲穂夕刻の田んぼ。場所によってかなり色づいている。
びっしりと実った穂は大きく重そうで、素人の私ですが豊作を期待してしまいます。

年によって毎週のようにやってくる台風が一休みしている。
これだけの実りが台無しにならないよう、お願いしたい。

待ち遠しい雨は今夜降るのか 今秋11月14日(土曜)に第3回SPレコードコンサート 作之助の墓参り。 

2015年8月13日(木曜日)

なか三日お休みして更新したブログ。
その分を補って本日13日もう一記事を掲載致しました。

ようやく猛暑が一段落した盆入りの日、雲多き空から結局雨は降りませんでした。
もうどのくらい降っていないのか判然としません。
まずサルスベリとキョウチクトウだけが、我が世とばかり赤い花を勢いよく咲かせています。

サルスベリ診療所の近く、お地蔵様のサルスベリ。

午後美術館に寄りますと、当館のSPレコードコンサートで蓄音機と盤の厚い協力を頂いているS氏が来られました。

蓄音機夏の昼下がりのカフェでSPレコード。

お客様が帰られた後のしじま、聴きましょう、と持参された二枚のSPレコードを掛けました。
・最初はJ・Sバッハのやや珍しいリュート曲で、歴史的なギター奏者アンドレス・セゴビアの演奏でした。
・次がエルネスト・ブロッホ作曲のヴィオラとピアノの為の組曲からウイリアム・プリムローズのビオラによる一枚でした。

セゴビアが奏でるバッハはこよなくロマンティックに歌い、
プリムローズによるヴィオラは1900年前後のかぐわしさをカフェに響かせました。

今秋の「SPレコードを聴く会」を
11月14日〔土曜日) 18:00開演 に予定致しました。

クラシック、ポピュラー、日本歌謡の古き豊かなレコード音をどうかお楽しみください。
お申し込みは樹下美術館の窓口か、電話
025-530-4155で受付致します。 

本日聴きました二枚はとても良かったので、相談のうえ今度のプログラムに入れることに致しました。

 

作之助墓所当方で守らせて頂いている盆入りの日の小山作之助の墓。
我が家の墓所の隣にあり夕方お参りしました。

齋藤三郎(陶齋)の夏。

2015年8月8日(土曜日)

異常熱暑が続くなか、去る8月6日に倉石隆の夏を書かせて頂いた。
本日は齋藤三郎(陶齋)の夏作品を掲載してみます。

陶齋は草花を絵付けされましたので季節のモチーフは倉石氏の人物に比し多く見られます。

2冬瓜と茄子の絵籠に冬瓜と茄子の図。幅54,5㎝

 1冬瓜の皿色絵冬瓜皿 幅29,5㎝

  4姥百合の図。 幅67,0㎝

 

6芙蓉の皿鉄絵芙蓉文皿 幅18,2㎝

 5朝顔と浴衣湯呑染め付け湯呑:左朝顔、右俳句「浴衣着ていつもの顔の茶会かな」。

私たちは何かと季節感に敏感で、それは詩情をもって感覚されるようです。
詩情は季節から静かに届けられている贈り物のようです。

倉石隆の夏。 

2015年8月6日(木曜日)

本日も暑い一日、夕立もなく最後の雨も何時だったか思い出せません。
そんな日に作家の夏を見てみました。

樹下美術館の展示作家である画家倉石隆は人物の内面に挑戦した油彩メインの人物画家です。
そのためでしょう、タイトルに季節が入る作品は希のようです。
樹下美術館の油彩で「夏」が付いた作品は「夏の午後」が一点あるだけです。

 

55昨年展示した大きな作品「夏の午後」 1981年 145,5×112,0㎝
人物の上半身は女性だが、下半身、足などは男性の如く描かれている。
一体が男女であろう身体は空高く、気持ちよさそうに夏の日射しを浴びている。
モノクロームの空間は深く、背後の雲は優しい。
人物は極めて健康的で、一種性的な満足〔幸福)感を現しているように見える。
(以前は男性的な女性としか見ていませんでしたが、最近見方が変わりました)

 

次はがらりと変わって少年少女向け書籍「森の少女」の挿絵の夏です。
著者の椋鳩十(むくはとじゅう)は、奥深い信州の山の豊かさと神秘性、
およびそこに於ける人間の強さと暖かさを一夏の出来事として書いています。

 

森の少女」森の少女:椋鳩十・著 倉石隆・絵 偕成社1982年3月 第一刷発行

 123森の少女の挿絵原画から:物語の山姫を疑っていた少女が後半で正彦の前に現れる。
一種重厚な油彩と対照的に、倉石隆の挿絵は物語に沿って明快です。

この本は当館に1982年11月の第二刷が別にありますので、
明日それをカフェに置かせて頂きます、どうかご覧下さい。

さて暑い日は続きます。
本日午後じっとしていられずゴルフの練習場に行きましたところ、帰ると体が軽く感じられました。

後日齋藤三郎(陶齋)の夏を掲載致します。

10月17日(土曜日)夕刻は三人の大学院生によるコンサート。

2015年8月4日(火曜日)

来る10月17日(土曜日)、樹下美術館において、
“三人の大学院生による秋の美術館コンサートを開催致します。

上越教育大学大学院の院生さんたちは23才、とてもフレッシュな三人です。
若者とはいえ十分な学びとキャリアを積んでおられ、演奏会が楽しみです。

 

コンサート告知どうぞ大きくしてご覧ください。

 

第一報ですが、いずれお三人のプロフィールやプログラムの概要などをお伝えしていこうと思います。

明日より受付を始めます、どうか振るってお申し込みください。

みんなで遅刻 ケータイを持たない外出で陸の孤島化。

2015年7月27日(月曜日)

昨夕、東京からの客である知人と食事をするため、高田のホテルで待ち合わせをした。
17:45ロビー集合。
万事妻任せの私は財布もケータイも持たず診療所を出て、妻が待っているはずの美術館へ向かった。
ところが着いてみると妻の姿は無い。

「どうしたのだろう」美術館の電話を使って妻のケータイに掛けたが伝言設定だった。
「少し待ってから、先に出る」と伝言、返事が無かったためやむなく高田に向かった。
客人は几帳面な人だ、美術館で手間取ってしまい焦った。
それにしてもこんな時にケータイが無いと陸の孤島に居るようになる。

悪いことに高田に入って高速道路を降りると、珍しくひどい渋滞だった。
何度も信号待ちした後、稲田橋を渡るのに10分以上を要して完全に遅刻である。
付近の関川で「直江津祇園祭」に向かう「みこし渡御」の祭事が行われていた。

6,7分の遅れでホテルに着いたがロビーに知人も妻も居なかった。
まさか私を残して出ることはないだろう。
財布が無いので妻へ公衆電話も掛けられない。
行く店も妻任せで名を聞いていない、そもそも集合場所がこのホテルだったのか。

駅前のロータリーを回って気を静めてみる。
戻ってホテル脇に停めると知人が慌てて出て来た。
「遅れて済みません、訪ねたお宅で長引いちゃって」
と盛んに謝る。

ひとまず私の車に乗ってもらったが、どこへ行けばいいのか。
すると知人のケータイが鳴り、妻からだった。
最初の待ち合わせ場所が美術館でなく診療所だったと言い、夕刻の用事にも手間取ったらしい。
いまホテルの駐車場に入った所と言うと、間もなくはーはーと言って妻が現れた。

やれやれ、最も用心の悪かった私が一番乗りだったとは。
全員遅刻となったが、なぜか皆ほっとしている。

来る途中の妻は店に遅刻の侘びを入れてあり、お陰で楽しい食事となった。

 1 県内産、地場産の凝ったオードブル.。
開店6周年記念メニューはみな口に美味しく胃に優しかった。

2

「私はなにかと数を数える癖がある。公園の木も年月や時間も」
「駅の階段は数えながら上り下りすると安全」
私と同じ年の几帳面な知人の幾分不思議かつ為になる話だった。

帰路、車が二台になったが、飲んだ妻は一晩高田の実家に泊まり、
飲まなかった私がそれぞれの所へアッシ-をした。
ケータイと財布を持たずに外出した私が最もいけなかったのは論を待たない。

梅雨が明けて。

2015年7月21日(火曜日)

本日北陸も梅雨明けと報じられた。

かっての昔、「梅雨明け宣言」と言っていたような気がするが、今は言わないようだ。

ちなみに当地の明日の予報は、午後に雲と傘のマークが付いている。
梅雨入りや梅雨明けは絶対的な区切りではなく、グレーゾーンを伴うのは自然であろう。
気象庁でも〝梅雨明けしたと「みられる」と「発表」〟という風に控えめな言い方をしていている。

昨夏は週末のたびに雨になったり、台風の影響を受けたりで海水浴場は低調だった。
今年、まず海の日の連休は晴れた、今夏の海は賑わってもらいたい。

 

1本日美術館のベンチから見た積乱雲(入道雲)。

2およそ25分後、雲の先端が破裂したように扇形に開き、毛羽立った。
昨日の「かなとこ雲」と同じく、発達する積乱雲の最終の形で「多毛雲」と呼ばれるらしい。

「雲散霧消」の言葉があるように、、明瞭で大きな雲でも分単位で形が変わる。
ちなみに上掲のような雲は後にすじ雲になったり、曖昧な形で消えたり、
一面の曇り空となって雷雨を伴うなど色々変化を遂げる。

3新しく見つけた大潟漁港付近の夕暮れ。

本日暑い中ご来館くださった皆様、まことに有り難うございました。

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