空・海・気象

Early Autumn 樹下美術館にも初秋

2012年9月6日(木曜日)

ここへ来てやはり秋の訪れを感じる。

 

美術館の庭本日閉館前の樹下美術館の庭。向こうの田の刈り入れも近い。

海午後4時半すぎの大潟区四ツ屋浜。直江津港を出た佐渡汽船が見える。

 
You TubeにあったSoul FluitesのEarly Autumn

もう聴く道具はなくなったが、このレコードは今もケースにある。買ったのは医者になったばかりの1968年ころで、 Early Autumn はよく聴いた。くすぐったいような中低音のフルートのアンサンブル、響きのいいビブラフォンとリリカルなピアノが初秋の空気にピッタリだった。

当時長野県の小さな病院に一月ほど出張した冬、友人から借りたデッキでカセットテープにとって持って行った。

1975年に新潟県に帰って来てしばらくしてのこと、イタリア軒のラウンジピアニスト青木昌巳さんにEarly Autumnをリクエストをした。ややこしいコード進行をする曲を、ロマンティックに演奏をされたのはさすがだった。

見飽きない雲 原子力発電所を拝む時代。

2012年9月3日(月曜日)

お天気は数分、数十分、数時間、数日、数ヶ月など刻々と変わる。予報もそうらしい。

 

先日tenki.jpで見た上越地方の10日間天気予報は、9月8日の最高気温を36度と知らせていた。しかしその後、色々と変わり、本日は30度だった。ここへきて9月の予想がやや低めに変わっている。

 

一両日は暑さの中、雨が降り始めたので澄んだ空で雲が生き生きとしている。本日午後、尾神岳上空の雲などは山をムシャムシャ食べているような迫力があった。

 

米山・尾神岳の雲
上越市大潟区吉崎新田付近から見た午後の空。左が米山、右に尾神岳。

 

上下浜の夕陽
上下浜の本日は華やかな入り陽。

 

さて20年ほど昔の夕刻、大潟区は新堀川にかかる橋を通ると夕陽を拝む老人がいた。海産物の事業で成功された方で、後ろ姿は高潔だった。

 

その方亡きあと、夕陽に手を合わす人を知らない。美しい心根の昔の人たちは、朝な夕な陽にむかって手を合わせたのだろう。それがいつしか原子力発電所を拝む時代になった。

一日だけの秋 再び猛暑の予報。

2012年8月30日(木曜日)

お盆の頃に降って以来、雨知らずの猛烈な残暑が続いた。あまりの暑さに、もう何ヶ月も降っていないような錯覚に陥る。

 

それが本日、夜半から朝にかけて目覚めるほどの雨音で降った。

 

雨の雫今朝の葉。

 

夕方の空夕方にかけて西南の空に現れた雲。暗く波打ち、少々気持ちが悪い。
日中晴れ間が見えたが、夕刻一時ひどくまた降った。

 

気温も下がり会う人ごとに恵みの雨を喜びあった。しかし10日間天気予報では明日から再び暑さが続くらしい。9月は1日が35度、8日に至っては36度と知らせている。9月がこんなに暑くて大丈夫だろうか。

上下浜の異国。

2012年8月23日(木曜日)

柿崎区上下浜の海辺はマリンホテルの下に小さな茅葺きの小屋がある。

 

戸が開いていたので椅子に座ってみた。テーブルが四つ、外観、調度品ともアジアンリゾートのしつらえ。心地良い海風が通り、日没の情景がぴったりだった。

  

小屋の中
10分間の異国情緒を有り難うございました。

立秋 大いなる雲の日。

2012年8月7日(火曜日)

昨夜半、思わぬ雨。それが本日日中一斉に雲となった。東西南北、海から山から大いに雲が沸きそして流れた。

 

尾神岳の雲
雲また雲の尾神岳。

 

長峰の雲
吉川区長峰の坂の上の雲。大きな手を広げて待っていた。

 

夕刻にかけて気温が下がると、あれだけ高かった雲は一斉に平坦になった。明日も30度を割るらしい。しかしその後再び猛暑日が続くようだ。

降らなかった雨 青栗 夕雲 受任者が3000人を越えた。

2012年8月6日(月曜日)

昨日の天気予報は、本日午後の雨をありありと示していた。連日の猛暑、まさかと思ったが午前から風強く、昼近づくにつれて曇が広がり気温も幾分下がった。

 

庭ながら、どうしても降ってもらいたい雨。しかし1時半ころ、施設へ出向く車のフロントガラスに10数粒の雨が付いただけで終わった。上越市大潟区では結局降らなかった。

 

青栗往診先の庭の青栗。猛暑続きの中、涼しげだった。

 

ホテルと雲
永遠なれ美しい空のふるさと。本日上下浜マリンホテルの夕雲。

 

「原発」新潟県民投票の実現を目指した署名収集の受任者登録がついに3000人を越えた。筆者は7月中頃に末席を汚させていただいた。当時の登録は1600人ほどだった。増え続ける受任者が集める署名が、目標の4万筆を大きく越えることを期待したい。

 

活動期間はわずか2ヶ月、来る8月22日で終了する。残り16日、いよいよ最後の追い込みとなった。署名のお願いに対する皆様の厚い反応が嬉しい。同様の機運は全国規模で着実に浸透している。活動が成功し、“新たな文明に向かう第一歩”となることを願わずにはいられない。

夕暮れの海で車ごはん。

2012年7月27日(金曜日)

明日は丑の日だから海でうなぎを食べよう、と昨日の妻。

 

どうかなと思った今夕の海と空は穏やかに暮れていった。今日は鵜の浜温泉のすぐ先、上下浜だった。

 

浜
先客の皆さん。

 

うなぎ

 ついにうなぎが出てきた。妻は缶ビール一本、私はオールフリー一本。

 

 車とマリンホテル
背後にマリンホテルハマナス、海辺に私たちの車。

 

2010年9月に始まった夕暮れの車ごはん。先日の田んぼを入れて今日は5回目となった。当初はコンビニ弁当だったが、このところ妻が自分で色々と用意し始めた。

 

外国なんか行かなくてもいい、と沖の佐渡汽船を眺めながらの食事。食器が多くなったので、メラミン板などを加工した二つ折りの専用プレートを作ってもらうことにした。

夕刻の雲に感謝。

2012年7月24日(火曜日)

昨夕も見応えのある雲となった。手軽に素晴らしい形象を見せてくれる雲にはやはり感謝したくなる。

 

 

雲120723
昨夕、東北の空にかかった雲。巨大な白い鳥の羽を思わせる形もあった。

 

ジェット機が無かった時代、こんな空は見られなかったと思われる。

東海地方などではもっと沢山飛行機が飛んでいるにちがいない。 

夕刻はどんなだろう。 

 夏~秋は一段と雲がいい、当ノートも連日の雲。

 

昨日三条市からお見えのカップル様、遠路を有り難うございました。

雲は気象の代理人。

2012年7月21日(土曜日)

今年の上越地域は風穏やかで、ほどよく晴れほどよく降る。田畑をやっている人はもちろん、大抵の人はちょうど良いお天気という感想を仰る。

 

今冬は大雪で異常だったが、春以後は大変順調。現在庭の乾きもほどほどで、水遣りもそれほど神経質にならずに済んでいて助かる。

 

暑さの本番はこれから。冬の埋め合わせに、ずっと順調に推移してほしい。

1
17:21。本日夕刻、美術館に向かう途中、新堀川から東方面の雄大積雲。

 

2
18:28一時間少々後の帰り道、高く発達していた雲がすっかり変わっていた。

 

雲の変化はなんとも早い。少しよそ見をしているともう動いたり変わったりする。子ども時代の時計の長針のような感じがしないでもない。一両日は曇りがちな予報となっている。

 

富山からお寄り下さったカップル様、ブログにもお載せて頂き有り難うございました。

幸福な親子 今日の夕焼け。

2012年7月18日(水曜日)

超高齢者(およそ85才以上の方)にとって、夏は冬よりも危険ではないだろうか。ご本人がさほど辛さを感じないうちに高熱を発したり、意識障害に陥ることも希ではない。熱中あるいは脱水症であり、時として尿路などの感染症を併発する。

 

90半ばのおばあさんはまる一日意識が無かった。しかし数日の点滴のあと、少しの粥、それに味噌汁とお茶で回復に向かっている。ひごろ息子さんは母親の車椅子を押して散歩に出るなど熱心な介護をされる。

 

不十分な食事を補おうと栄養リキッドをお出しした。それはとろりとして甘い。プリンがダメだったので心配したが、「甘いのう」と仰って飲まれたという。一安心だ。

 

「これはおまんの乳だから甘いんだわね」とせがれさん。

「あー、どおりで旨まかった」と患者さんは喜んだらしい。

おばあさんには一定の認知症がある。しかしこんな素晴らしい会話を交わされる親子もざらには居まい。我が子のようなもんですから、と彼はよく言う。私も晩年の母を好きになったが、せがれさんの足許にも及ばない。

 

さて今日の四ツ屋浜の夕焼けも変化に富んで素晴らしかった。夕焼け度8は十分にあったのでは。

 

 
19:15
19:15 実際は写真よりはるかに素晴らしい。

 

3・19:18

19:18 

 

夕刻にかけて高いむら雲やすじ雲が広がる日は、綺麗な空になることが多い。華やかなものは日没後から始まる。
TVならきっと音楽が入ることだろう。しかし実際は当然音も無く展開する。およそ15分、壮大なのに静かであることで余計神秘的だ。

 

これから本番。鵜の浜温泉やキャンプ場のお客さんにも、ぜひ忘れられない夕焼けに出遭ってほしい。

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