上越市大潟区の特養「しおさいの里」の配置医師を終える。

2024年3月27日(水曜日)

異様な寒さに「冬のしっぽ」などと揶揄していた三月も間もなく終わる。そんな月末の本日は、配置医師として平成12年から一時期中断を挟んで週一お世話になった特別養護老人ホーム「しおさいの里」の最終回診日だった。

数値や症状が心配だった方を病院に紹介すると確定診断がついて入院され、何人か不安定な方たちが不思議と落ち着きはじめ、ほっとしつつ最後の出務を終えた。

医務室を出てエレベーター前に来ると園長はじめスタッフが20人近く集まってきて、園長が挨拶し婦長から花束を渡された。

思えばここにくるきっかけとなった介護保険制度のはじまりのころ、悲惨とも言うべき在宅高齢者の状況と処遇の行き詰まりを強く感じていた。
働きながら世話するお嫁さんの悪口を窓を開けて大声で近所に訴えるおばあさん。しゃがんだ便器にはまり出れなくなったお年寄りの寝床は大便だらけで、半身には褥瘡が連なっていた。

介護保険は準備が出来たところから内容が担保される真っさらな制度だったので医師会を通して粘り強く自治体に働きかけ、県から人が来てヒアリングも受けた。テーマが現行の自治体保健婦→新たなケアマネージャー誕生の可否と課題だったことは懐かしくも象徴的な制度要点だった。

理解が必要な当時の首長や団体の要人達は「介護保険の世話にならないよう普段から体を鍛えればよい」「昔から町内には恵まれない人が一定数いたが世間でなんとかしてきた」という考え方が一般で、その後に「先ずは景気を良くすることが大事だ」が加えられた。
同じ話に対して時には眼から涙を飛ばして「何時か皆さんもその時が来る、今からでないと間に合わない」と言って制度の重要性を訴えた。
介護保険が始まり10年、15年経つと、そのように仰っていた人々は新たに生まれた「ケアマネ」をキーに動く制度の中で無事在宅や施設で過ごされ生涯を終えられた。

それにしても私のあとを継いでくださる若い医師の気持を本当に有り難いと思う。どうか「看取り」などでは特に他の配置医師たちと協力しあい、自らの身体と仕事、なにより家庭を大切にされて続けて欲しい。

偉そうに言うわけではないが「終わり良ければ全て良し」。高齢者福祉は国の最終基盤であろう。
厳しい現場とスケジュールに追われる看護・介護のスタッフの皆さんには、どうか止めずに頑張って頂きたいと心から願っている。そのために地域の施設同士がもう一度強くまとまり、交渉力を高めることは今一度必要ではないだろうか。

 頂いた心尽くしの花束。

何か急に年をとったように感じながら家に帰ったが妻が入れてくれたお茶とケーキを食べて一息ついた。

「しおさいの里」の皆さま、本当に有り難うございました。

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