ほくほく線電車&乗り物

鵜の浜の展望台の夕空 ほくほく線を撮り続けている一つの訳。

2020年9月15日(火曜日)

本日も似たり寄ったりの写真で相申し分けありません。

仕事場の西向きに高い天井窓があり、切り取るように空が見えます。
仕事終わりの夕方、良い感じの空や雲が見えると、四ツ屋浜や上下浜、あるいは土底浜または鵜の浜など時間と様子で気の向くまま場所を決め、カメラを持参します。

このところ鵜の浜の西にある展望台に行っています。
今夕も高い空に青さを残した茜雲がこまやかに現れ、八の字の展望台と釣り合いが良く、綺麗な空でした。

 

 

 

角度を変えると雲も変わりました。

明るさがまだ残っていましたので、これもまたいつものほくほく線を撮りに行きました。

 

今夕の上り電車。

嘗て特急はくたかが走った時代、もっと夢中になっていました。
はくたか去って後、普通電車を撮り続けているのは、以下2014年に撮った写真が今日も尾を引いているからなのです。

 

2014年9月26日撮影の電車。
夕空の光と色、雲、電車の明かりなどが良く、人物まで写り込みました。
ポストカードにしましたところ、珍しくお褒め頂きました。
およそ本日と同じ季節、時間帯ですが、その後は中々上手く撮れません。

電車の本数が少ない上、日が短くなります。
仕事の終了時間と電車の通過時刻、および日の入りが上手く重なるのが次第に難しくなって来ます。
ただ秋は雲が良いので、休日や午後フリーの日など粘ってみたいと思っています。

裏の田ににコンバイン 駐車場からダッジ 若い人の合理的な行動 最近は多様なお客様 土底浜の夕暮れ。

2020年9月12日(土曜日)

朝夕やや涼しくなったが日中はかなりの暑さの本日。

美術館は静岡県ほか遠方からのお客様で賑やかで、沢山展示も観て頂いた。
また上越教育大学の芸術分野の教授とお弟子さん達や着物の方達はじめ当地の皆様に恵まれた一日だった。

裏手に出るとどーどー、と大きなコンバインが音を立て、稲刈りの真っ最中だった。
どんなに倒伏していても刈り取ってしまう凄い機械のように思われた。

三台出ていた。

カフェでお客さんと話しをしていると、突然駐車場でどーどー、と言う音。

びっくりして出て見ると、遠くへお帰りになるお客様の新しいダッジのチャレンジャーがエンジンをかけたところ。ボロロロロ~という音で去って行かれた。
またおいで下さい。

 

雲がよかったので大潟漁港へ。
夕刻の海辺はどこも主に若い人達や家族ずれでいっぱいだった。チェアでくつろいだりテントを張ったり、若者が戸外や自然をを楽しむ姿は見ていて気持ちちが良い。
コロナで生活が内向きになったことがあるのか、この人達には、今後お仕着せでない、自立した生活感覚を持って生きて行く感じを受け、希望を抱かされる。

 

静かな土底浜の草の丘に行った。お父さんと坊やが来た。
小さな丘の小径を走って上り下りする坊やが可愛い。

 

夕空に草の影。

 

 

夕空に竹の影。

本日はカフェがいっぱいで、6名様が展示だけでお帰りになった。
コロナで席数を減らしていていますので、とても申し分けなく思っています。
最近、これまでにない多様なお客様がお見えになり、とても嬉しく思っています。

お茶席の日曜日 青い蝶、海や雲、月と電車などです。

2020年8月30日(日曜日)

今年からの試み、第四日曜日午後のお茶席を催しています。
今月は都合により第五日曜となり、本日無事行いました。
5人のお客様による一席。恥ずかしながら拙お点前で薄茶を差し上げた次第です。

しゃんとしないお点前にもかかわらず、ご好意あふれるお客様のお蔭で無事終わることが出来ました。
本当に感謝を禁じ得ません、さらに修業をして向上したい、と思います。

本日の茶室。

 

新井野正直作の秋草文卵香盒。
平成4年に県下のご自宅を尋ねて求めました。
鶏卵に蒔絵を施してあります。

 

かって銀座黒田陶苑で求めた古谷和也作、伊賀面取り掛け花入れ。
ミョウガ、オミナエシ、イトススキを入れました。
器の刀のように鋭い形は涼しさを感じさせてくれました。

竹内泰祥堂さんの爽やかなお菓子は秋桜。次回t坪島土平の器とともに紹介させて下さい。

 

終わって着替えて出ると飛び石にアオスジタテハ。

 

農薬などで鳥類や昆虫など弱い生き物が数を減らす世の中。
このように美しい蝶などを見ると嬉しさと、けなげさの余り脳天を打たれたような気持ちになります。

脳天を打たれた後、珍しく雲が良かったので近くの土底浜、そしてほくほく線の水田に行きました。

 

 

 

熱波が続きますが、いよいよ雲や月が良くなるのでしょう。

 

 

 

二年経った愛車プレミオと夕陽を浴びる積乱雲。
雲はあまりの高さで、テッペンが平らになっています。

 

ブーンという軽快なエンジン音の主はドローンでした。
随分遠くまで飛ぶのですね。二人の若者が操っていました。
若者の車や服装はゴージャスではないものの、とても良いセンス。
電車を撮りにきたということ、二人はきっと幸せになると思いました。

暑い一日でしたが、夜半に雨音、ぜひともしっかり降って下さい。
遠雷が聞こえはじめました。

コロナの海に漂流する船 歩みを進める夏。

2020年7月16日(木曜日)

昨日上越市から10代と20代二人の感染報告があった。
当市の感染は今年4月26日以来6人となり、一気に緊張が走った。

現在、国内で再び拡大に転じている感染は、5月25日に次ぐ6月19日の自粛緩和が反映されたものであろう。
間近に迫るGoToトラベルには、各界から深刻な懸念が指摘されている。
いずれも容易に想定された事態である。
未知の医療マターにも拘わらず、予防、検査、診断、治療を検証重視して進められる医療の王道が顧みられていない。
おそらく絶えず政治の都合に押しまくられるのであろう。
政府の部会に参加する医療の専門家たちは、不条理をどのように耐えているのだろうか。
経済優先と言いながら、付いて回るツケは想像以上に大きいことが危惧される。

主要な流行地である東京都は迷走の末、一昨日知事は警戒レベルを最も高い水準に引き上げ、本日GoToに独自の制限を設けた。
周辺各県も追従する可能性がある。

〝緊張感をもって見守る〟といつも国は述べる。、
だが克服の港に向けてコロナの海を航海する船は、漂流しているように見える。
あるいは、もうこの先国民は、〝個人の責任に於いて泳いで渡れ〟と、言われているようでもあり、
経済とともに感染を促すのは、犠牲者を盾に抗体保有者を増やすことによって、社会防衛を果たそうと目論んでいるようでもある。

死亡者が少ない一点が楽観を許しているのだとすると、ウイルスはそんなに甘くはないことが経験されている。
重症者と死亡者は遅れてまとまって増えるのではないか。
予算に余裕があるとは考えられず、GoToの補助は支援金として直接業界に交付し、感染拡大防止と医療資源の確保に専念してはどうかな、と思う。

 

おしまいに、お目汚しに昨日、本日の写真です。

昨日切ったカシワバアジサイを水盤に入れました。

 

本日夏の花、ミソハギとリアトリスが盛りになりました。

 

今夕山を覆っていた優しく美人な雲。

久し振りの夕陽を浴びてほくほく線が緑の水田を走って行きました。

6月の草地と雲と夕暮れ、それに電車。

2020年6月6日(土曜日)

雨が降らず良い季候の日が続いている。
本日土曜日午後から曇り空が次第に明るくなり、雲が賑やかになった。

 

樹下美術館隣の草地は、一面にブタナの黄色い花がきれいだった。

同じ外来種でも花が小さなブタナは大きい金鶏ギクよりそれでも景色が良い。旺盛な繁殖力で随所の草地を我が物にしている。
日が経つにつれ花がしぼみ、白い穂(綿毛)に変わりつつあり、眺めとしては悪くない。。

 

近づいてみた。

 

さて陽が傾き始める頃、西の空に光のスジがクシ状に現れていた。
雲による光芒だと思っていたが、太陽から離れた所から始まっている。
するとスジ雲ということになるが、こんなに強いコントラストで直線的なのは初めて見る現象だった。どう説明されるのだろう、分からない事が多くて困る。

 

 

中層から高層までさ、まざまな風を反映して賑やかな雲。

 

大きな夕焼けのスポットライトの中からほくほく線の電車が現れる。
半円の夕焼けはたまに見ますが、不思議といえば不思議。

 

午後1時から5時までの四時間の営業ですが、ぽつぽつとお客様に来て頂き、展示をご覧になったり、風が通るカフェやベンチでお茶を飲んで頂きました。

皆様有り難うございました。

ほくほく線の夕焼け電車。

2020年5月12日(火曜日)

水田に水が満たされはじめ、一部で早くも田植えを目にする。
無雪の冬が今年の農業にどのような影響をもたらすのだろう。
新型ウイルスで経済が打撃をこうむる中、農業が安定した成績を残すようであれば、都会から地方へ農業をやりに来る人が出てくるかも知れない。
このようなトレンドが生まれるなら、良いこととして期待される。

夕暮れの雲が良さそうに思われたので、仕事の後、ほくほく線の電車を撮りに行った。

 

 

今夕はかなり美しい夕焼けの中を二両編成の電車が通った。
仕事場からここまで車で10数分あれば来られる。

上越市頸城区から大潟区に到る水田を高架で走るほくほく線。水が満たされはじめたため、電車には湖上を走る趣きがある。

日が長くなり、お天気が良い日が多くなった。通過はおよそ一時間に一本だが、これからも夕焼けと私と電車の都合が上手く合うことを期待したい。

夕刻のほくほく線。

2020年4月10日(金曜日)

すっかり日が長くなった。
大潟区蜘蛛が池の先、頸城区の農道からほくほく線の高架が良く見える。くびき駅発上り下り18:16の列車があり、本日仕事を終えて出向くとちょうど間に合った。

 

かってここで特急「はくたか」を随分撮った。重厚な金属音とともに、のどかな田園の夕暮れを切り裂くように通過した列車は常に新鮮で魅了された。

 

頸城平野を疾走した特急「はくたか」(2014年5月)

はくたか去った後、何度か金澤でサンダーバードになった同型の列車に乗った。
しかしここを走っていた時の方がずっと格好良かった。

現在は普通列車だけになったが、ゆっくり走るので撮りやすく、夕焼け雲などが良ければ旅情めいたものが浮ぶので悪くない。

腕のせいもあるが、本日はいまいちだった。
この先時間と夕焼けの具合が合う良い日を楽しみにしたい。

年末~大晦日に上京し鎌倉を訪ねた-その1。

2020年1月1日(水曜日)

2020年1月1日、二回目の記載です。
実は昨年12月29日に快晴の朝、さいがた駅からほくほく線に乗り上京、東京と鎌倉へ行きました。
29日は東京でゴッホ展を観た後、2,3の社寺を回り、いつものようにお台場の海を見て都内で一泊。翌朝鎌倉へ行き、一泊し2日に亘って観光、31日夕刻に帰宅の行程を予定して出かけたという訳です。

人生そう後がありません。押し詰まったこの時期、思い立ったら吉日、ゴッホ展を口実に敢えて出掛けました。以下に短い旅の顛末を何回かに分けて記載してみたいと思います。

 

12月29日日曜日、ほくほく線さいがた駅8時10分発の電車がやって来る。

 

樹下美術館付近の水田を通過。快晴の妙高連峰が眩しい。

 

ほくほく線の車窓から。
山間に入ってすぐ霧がかかり、松代駅は濃霧に陽が当たる幻想的な眺め。

 

ゴッホ展は開館前に入場券を求める人で既に長蛇の列。

列はさらに右方に続き、見えませんがその先も右に折れて続いていたのです。

あまりの列におじけ付いて早々にゴッホ展を諦め予定変更。埋め合わせに上掲の写真に見える赤い建物、寛永寺は清水観音堂を訪ねた。

 

優美な回廊と花頭窓。鎌倉時代の建造を維持しているという。

 

京都の清水寺と同じ懸崖の舞台が設えてある。

 

お金を投入するとおみくじを持って来てくれるロボットの獅子。

高さ30㎝くらいの小さな獅子がお金の投入をじっと待っている。
お金を入れると右の箱からおみくじを取って取り出し口へ運ぶ。ユーモラスな動きをするので試すと小吉だった。

 

山を下りた眺め。舞台作りであることが良く分かる。

 

タクシーを拾い予定した湯島天神へ。

 今年孫達が何人も受験や進学をするのでお守りを沢山求めた。
梅のつぼみはまだ小さく堅そうにしていた。
SNS用?のプラカードが置いてあり、念のため写真を撮ってみる。

天神様を出ると間口の狭い寿司屋さんがあり、釣られるように入って昼食とした。

 

東銀座のホテルにチェックインをして休む間もなく外出。

 

少し歩くとカプセルホテル。懐かしくも維持されているのが嬉しい。
昭和47年竣工のホテルの事は前々日のBS1テレビで再放映されていた。

若き日の病院アルバイトの往復で、出来たばかりの建物前の高速道を何年も走った。アスベストや老朽化が問題となっているが、世界遺産登録まで関係する存否議論が続いている。
大きさと高さを争おうという建築物のなか、機能とと形態で挑み、50年以上に亘り大都会のシンボルの一つとして生き続ける生活空間。作者黒川紀章にあらためて畏敬の念をおぼえる。

その後浜離宮を右に見ながら環状二号線に沿った歩道を築地橋を越えてかなり歩いたところで、タクシーを拾った。

 

いつものお台場へ、砂浜の大半が大がかりな工事中でやや寂しい。
オリンピックに関係しているのだろうか。

お台場へ近づくと見えてくる観覧車がいつも気になっていた。本日乗ってみようということになり、砂浜を後にして歩き出した。大きなものというのは、遠くから見えてはいるが中々到着しない。道筋の要領も得ずタクシーの世話でようやくバレットタウンという所に着いた。

 

着いても何処なのかさっぱり見当が付かなかった「パレットタウン」。

 

広い場内は車の展示場で、若い人ばかりの不思議な場所だった。

 

さらに進みついに大観覧車の乗り場へやってきた。

 

ゴッホの待ち時間30分を待てず、観覧車の20分は待った。

 

 

ああ生まれて初めて乗った観覧車の何と楽しかったことか。
宝石をちりばめたような夜景だった。

観覧車の後は近くの駅でゆりかもめに乗って汐留駅で降りた。

 

迷路のような汐留の夜道もまるで遊園地のよう。
ここでもいっとき迷った。

ホテルに帰る道すがら巨大なビルの一階にあった中華飯店で夕食を摂った。

肉、野菜とも広東風、エキゾチックで優しい味。

ジャスミン茶で長歩きの疲れが和らいだ。

 

食事を終えた道すがら再び迷い、カレッタ汐留のイルミネーションを路上から見下ろして楽しませて貰った。

東銀座や隣の汐留は昔から縁の薄い所。そこに巨大タワー群が林立し、広い交差点の歩道は複雑な高架構造になっている。見えていた目印がすぐにビルの陰になり、似たような風景が微妙にずれる。そのうえ次々に現れる交差点は直角に交わっているとは限らない。少々苦労はしたがスマホにも助けられ無事ホテルに戻れた。

患者さん達にご迷惑をおかけするかもしれない年末旅行。お陰様で一日目を楽しく過ごさせてもらい感謝に堪えない。普段馴れない1万歩数千歩の歩行、疲労した足を休めているとすぐに眠りについた。
翌朝8時に新橋→東京駅→横須賀線で鎌倉に向かう予定になっている。

続く30、31日の行程はまた後に掲載させてください。
さる12月29日の渋野選手の記事は出発前に予定投稿させて頂きました。

〝今年もどうか宜しくお願い申し上げます〟

夕暮れは優しい雲と童話の世界 ひよこゼリー。

2019年8月9日(金曜日)

日中は様々な雲が現れ夕暮れを楽しみに待った。
午後の仕事が終わると、ほくほく線の水田と四ツ屋浜の海で空を見上げ、雲や飛行機、電車などを写した。

 

虹彩を帯びていた飛行機雲。
あんな高いところに沢山人が乗っているなんて。

 

下る電車が一瞬キラリと金色に光る。

 

四ツ屋浜では雲よりも赤い車に目が止まった。

 

頸城区柳町あたりで電車を待つ間、砂糖菓子のようなパステル調の雲が拡がった。

 

 

 

優しい色だった。

 

18時15分前後からおよそ一時間の間に4本の電車が往き来した。

 

 

夕暮れ電車は一種童話の世界の趣き。

 

電車が終わり、見ると関田山脈の積乱雲に雷光が走っている。
光ってからでは間に合わないので、いい加減に連続シャッターを押すと何枚か雷光が写った。

丸のところに以下の様な稲妻が写っていた。

 

たまたま写っていた稲妻。

 

この雲の下では雨が降っていたかもしれない。
雷は怖いが雨なら羨ましい。

 

昨日頂いた可愛いひよこゼリーは冷やして、みな食べてしまいました。
Oさん、ごちそうさまでした。

夏らしくなっている。

2019年7月30日(火曜日)

夏休みになり樹下美術館もお子さん連れの方を目にする。
小学の高学年?かなという女の子さん三人がおばあちゃんと一緒にカフェに見えた。
沢山名刺をつくってあるので皆さんに配った。
二人は姉妹、もう一人は友達ということ。
あとで聞いたことだが、三人はケーキを食べた後、おばあちゃんのホットサンドをみて、みなでベーグルサンドも食べたという。
咲いたばかりの花の匂いがするようなお嬢さんたちだった。

往診で往き来する鵜の浜温泉と海岸も賑やかで地元としては嬉しい。
近くを走るほくほく線も夏のお客さんを一生懸命運んでいる。

長梅雨を終え夏雲がもくもくとふくらむようになった(去る7月27日)。

雲が多かった今夕、日没直前からその雲が茜に染まった。

湿った感じがする軟らかな雲の夕焼けだった。

付近の信越半導体の工場がツートンに染まったいた。

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