ほくほく線電車&乗り物

年末~大晦日に上京し鎌倉を訪ねた-その1。

2020年1月1日(水曜日)

2020年1月1日、二回目の記載です。
実は昨年12月29日に快晴の朝、さいがた駅からほくほく線に乗り上京、東京と鎌倉へ行きました。
29日は東京でゴッホ展を観た後、2,3の社寺を回り、いつものようにお台場の海を見て都内で一泊。翌朝鎌倉へ行き、一泊し2日に亘って観光、31日夕刻に帰宅の行程を予定して出かけたという訳です。

人生そう後がありません。押し詰まったこの時期、思い立ったら吉日、ゴッホ展を口実に敢えて出掛けました。以下に短い旅の顛末を何回かに分けて記載してみたいと思います。

 

12月29日日曜日、ほくほく線さいがた駅8時10分発の電車がやって来る。

 

樹下美術館付近の水田を通過。快晴の妙高連峰が眩しい。

 

ほくほく線の車窓から。
山間に入ってすぐ霧がかかり、松代駅は濃霧に陽が当たる幻想的な眺め。

 

ゴッホ展は開館前に入場券を求める人で既に長蛇の列。

列はさらに右方に続き、見えませんがその先も右に折れて続いていたのです。

あまりの列におじけ付いて早々にゴッホ展を諦め予定変更。埋め合わせに上掲の写真に見える赤い建物、寛永寺は清水観音堂を訪ねた。

 

優美な回廊と花頭窓。鎌倉時代の建造を維持しているという。

 

京都の清水寺と同じ懸崖の舞台が設えてある。

 

お金を投入するとおみくじを持って来てくれるロボットの獅子。

高さ30㎝くらいの小さな獅子がお金の投入をじっと待っている。
お金を入れると右の箱からおみくじを取って取り出し口へ運ぶ。ユーモラスな動きをするので試すと小吉だった。

 

山を下りた眺め。舞台作りであることが良く分かる。

 

タクシーを拾い予定した湯島天神へ。

 今年孫達が何人も受験や進学をするのでお守りを沢山求めた。
梅のつぼみはまだ小さく堅そうにしていた。
SNS用?のプラカードが置いてあり、念のため写真を撮ってみる。

天神様を出ると間口の狭い寿司屋さんがあり、釣られるように入って昼食とした。

 

東銀座のホテルにチェックインをして休む間もなく外出。

 

少し歩くとカプセルホテル。懐かしくも維持されているのが嬉しい。
昭和47年竣工のホテルの事は前々日のBS1テレビで再放映されていた。

若き日の病院アルバイトの往復で、出来たばかりの建物前の高速道を何年も走った。アスベストや老朽化が問題となっているが、世界遺産登録まで関係する存否議論が続いている。
大きさと高さを争おうという建築物のなか、機能とと形態で挑み、50年以上に亘り大都会のシンボルの一つとして生き続ける生活空間。作者黒川紀章にあらためて畏敬の念をおぼえる。

その後浜離宮を右に見ながら環状二号線に沿った歩道を築地橋を越えてかなり歩いたところで、タクシーを拾った。

 

いつものお台場へ、砂浜の大半が大がかりな工事中でやや寂しい。
オリンピックに関係しているのだろうか。

お台場へ近づくと見えてくる観覧車がいつも気になっていた。本日乗ってみようということになり、砂浜を後にして歩き出した。大きなものというのは、遠くから見えてはいるが中々到着しない。道筋の要領も得ずタクシーの世話でようやくバレットタウンという所に着いた。

 

着いても何処なのかさっぱり見当が付かなかった「パレットタウン」。

 

広い場内は車の展示場で、若い人ばかりの不思議な場所だった。

 

さらに進みついに大観覧車の乗り場へやってきた。

 

ゴッホの待ち時間30分を待てず、観覧車の20分は待った。

 

 

ああ生まれて初めて乗った観覧車の何と楽しかったことか。
宝石をちりばめたような夜景だった。

観覧車の後は近くの駅でゆりかもめに乗って汐留駅で降りた。

 

迷路のような汐留の夜道もまるで遊園地のよう。
ここでもいっとき迷った。

ホテルに帰る道すがら巨大なビルの一階にあった中華飯店で夕食を摂った。

肉、野菜とも広東風、エキゾチックで優しい味。

ジャスミン茶で長歩きの疲れが和らいだ。

 

食事を終えた道すがら再び迷い、カレッタ汐留のイルミネーションを路上から見下ろして楽しませて貰った。

東銀座や隣の汐留は昔から縁の薄い所。そこに巨大タワー群が林立し、広い交差点の歩道は複雑な高架構造になっている。見えていた目印がすぐにビルの陰になり、似たような風景が微妙にずれる。そのうえ次々に現れる交差点は直角に交わっているとは限らない。少々苦労はしたがスマホにも助けられ無事ホテルに戻れた。

患者さん達にご迷惑をおかけするかもしれない年末旅行。お陰様で一日目を楽しく過ごさせてもらい感謝に堪えない。普段馴れない1万歩数千歩の歩行、疲労した足を休めているとすぐに眠りについた。
翌朝8時に新橋→東京駅→横須賀線で鎌倉に向かう予定になっている。

続く30、31日の行程はまた後に掲載させてください。
さる12月29日の渋野選手の記事は出発前に予定投稿させて頂きました。

〝今年もどうか宜しくお願い申し上げます〟

夕暮れは優しい雲と童話の世界 ひよこゼリー。

2019年8月9日(金曜日)

日中は様々な雲が現れ夕暮れを楽しみに待った。
午後の仕事が終わると、ほくほく線の水田と四ツ屋浜の海で空を見上げ、雲や飛行機、電車などを写した。

 

虹彩を帯びていた飛行機雲。
あんな高いところに沢山人が乗っているなんて。

 

下る電車が一瞬キラリと金色に光る。

 

四ツ屋浜では雲よりも赤い車に目が止まった。

 

頸城区柳町あたりで電車を待つ間、砂糖菓子のようなパステル調の雲が拡がった。

 

 

 

優しい色だった。

 

18時15分前後からおよそ一時間の間に4本の電車が往き来した。

 

 

夕暮れ電車は一種童話の世界の趣き。

 

電車が終わり、見ると関田山脈の積乱雲に雷光が走っている。
光ってからでは間に合わないので、いい加減に連続シャッターを押すと何枚か雷光が写った。

丸のところに以下の様な稲妻が写っていた。

 

たまたま写っていた稲妻。

 

この雲の下では雨が降っていたかもしれない。
雷は怖いが雨なら羨ましい。

 

昨日頂いた可愛いひよこゼリーは冷やして、みな食べてしまいました。
Oさん、ごちそうさまでした。

夏らしくなっている。

2019年7月30日(火曜日)

夏休みになり樹下美術館もお子さん連れの方を目にする。
小学の高学年?かなという女の子さん三人がおばあちゃんと一緒にカフェに見えた。
沢山名刺をつくってあるので皆さんに配った。
二人は姉妹、もう一人は友達ということ。
あとで聞いたことだが、三人はケーキを食べた後、おばあちゃんのホットサンドをみて、みなでベーグルサンドも食べたという。
咲いたばかりの花の匂いがするようなお嬢さんたちだった。

往診で往き来する鵜の浜温泉と海岸も賑やかで地元としては嬉しい。
近くを走るほくほく線も夏のお客さんを一生懸命運んでいる。

長梅雨を終え夏雲がもくもくとふくらむようになった(去る7月27日)。

雲が多かった今夕、日没直前からその雲が茜に染まった。

湿った感じがする軟らかな雲の夕焼けだった。

付近の信越半導体の工場がツートンに染まったいた。

各所からのお客様 館内で安心のわんちゃん いわし雲 夕焼け電車。

2019年7月6日(土曜日)

清々しいお天気に恵まれた土曜日、皆様にいらして頂き有り難うございました。
三重県、東京都は神楽坂、横浜などから当地へいらした方達がお寄りくださった。
展示、カフェのお茶や食事、庭、それぞれ梅雨の晴れ間の土曜日を楽しんで頂き嬉しかった。

午後美術館に行くと、駐車場に置かれたボックスで犬が悲しげに鳴いていた。
赤ちゃんづれのご夫婦が受けつけにいらして、外の犬を心配しておられた。
ワンちゃんは皆様と一緒の方が安心するのではないでしょうか、どうぞ中に入れてあげて下さい、とお伝えした。
あとでお尋ねすると、館内でご家族と一緒に楽しく過ごしされたとお聞きした。

午後遅くになると空はいわし雲で一杯になった。

 

夕刻の百合といわし雲。
先日釣りの方から頂いたオオバイワシを思い出した。

いわし雲の日などは鮮やかな夕焼けが見られそう。
いつものようにほくほく線の高架橋へ行ってみた。

 

 

二両編成の電車が夕焼けに向かって下っていった。

 

いっとき大空が真っ赤になったが、およそ一時間に1~2本の通過なので、本日も肝心の時に暗くなってしまった。イメージどおりに撮れるのは何百回に一枚という世界のようだ。それでもいつか夢のような夕焼け電車を撮ってみたいと願っている。

日曜日午後の庭 壁に止まる雀 夕暮れの雲。

2019年6月30日(日曜日)

例年になく梅雨らしい空が続いていたが、本日午後やや遅く小降りとなり、いっとき陽もさした日曜日。
草花は生き生きと生気を放ち、鳥たちの声が庭にこだまし、幾つかの生き物たちが近くへやって来た。

 

美味しい雨をたっぷり吸った庭。
夏の草、イトススキが涼しげ。

 

これも夏の草、トクサの新芽がぐんぐん伸びてきた。

 

雨に降られたスカシユリが脱色されてガラスのようになっている。

 

やや遠い西の一角で遅いアジザイが鮮やかだった。

 

テッポウユリがカフェの正面で目立っている。

 

これは手前のテッポウユリ。こちらは賑やかなおしゃべりの趣き。

 

 

モミジバフウの実。
この特徴ある実を調べましたら、楓(フウ)に属する木だと分かりました。
イタヤカエデだと思っていましたが、それはロペラのある実を付けるので違ったいました。
フウには何種類かあるようですので、調べてみます。
長くイタヤカエデと言い、申し分けありませんでした。

 

 

樹下美術館は40度西に曲げて作られている。その角に毎年雀が巣を作る。
今年何度目かのヒナたちがチュンチュン、と鳴いている。

 

巣のそばの壁に突然雀が止まった。鳥が壁に止まるとは、驚きの光景。
生き物で変わった行動をするのは、およそ若い個体だ。
以前コムクドリで見た事があったが、巣立ちが迫るとどこからともなく若鳥たちが集まってきた。
彼らは巣を覗くなど、待ちきれないという風で、幼い仲間に興味を示した。
鳴き声によって巣立ちが近いヒナがいることが分かるのだろうか。
それとも同じ巣で今春育った兄姉たちなのか?

 

設計者・大橋秀三氏の考えで、樹下美術館の壁は荒い刷毛目が施されている。
雀は細い細い爪で粗壁の目に止まり、ヒナの鳴き声を聞いている趣き。

 

雀が去るとベニシジミが来て窓ガラスに止まった。

夕刻になると風が出て、雲が良い感じになった。

 

ほくほく線の夕暮れ電車を撮りに行ってみた。

 

 

雲は電車と良い関係にはならなかったが、私の車の見事な背景になった。
車は一年前にプログレからプレミオに変えました。

過日訪れたS氏が、私は雨や雪が好きですね、と仰った。
災害はいやだが、確かにそれが無かったら、毎日カンカンと照る空を見上げながら、あーあ、などと言うほか無いかもしれない。

新潟市方面から「おとプラ倶楽部」の皆様。

2019年6月27日(木曜日)

樹下美術館は2017年5月、新潟日報の「おとなプラス」で詳しく取り上げられた。
ライターの掘川愛理さんが2回訪問され、成り立ちから建築物、展示作家、展示物、ロケーションおよび庭、カフェ、食器、来館者さんの感想に至るまで、実に詳細に取材され、大変好意的にお書き頂いた。芸術に造形深いライターさんらしく、タブロイド判3面にわたり写真と共に見所が述べられ、以後遠方を含め来館者さんが着実に増えた。

本日午前、おとなプラスの読者さんの集まり「おとプラ倶楽部」の方々46名様が大型バスで来館された。前島密記念館など上越地方の小規模な文化施設を巡るバス行「上越の小さな美術館・記念館めぐり」で寄って下さった。団体さんなので入館料はお一人150円にさせていただいた。

 美味しいと言って頂いた各ホールに用意した冷茶。

是非館長の話を、ということで胃カメラを済ませ10時に駆けつけた。
作家と作品の要点を説明させて頂くと、興味を持ってお聞きくださり、張り合いを感じた。

 

 

 

 

熱心に鑑賞され、グッズや絵はがきをお買い上げ頂いた。
2011年2~3月、新潟市知足美術館で小生の植物画「花の命展」があった。
観ましたよ、という方がおられ嬉しく思った。

 

小さな樹下美術館に大型バスはモンスターのようだ。

“今度はゆっくり来ます”のお言葉が有り難かった。

 

以下は昨日夕刻のほくほく線の上り電車。珍しく迫力ある夕焼け雲にお目に掛かったが、雲と電車の構図が上手く取れなかった。
自然現象と動く対象の時間や位置など、写真はなかなか思うようには行かない。

 

夏に向かって白い花が咲いている ほくほく線の夕暮れ電車。

2019年5月13日(月曜日)

はや5月は半ばとなり、初々しかった新緑の木々は緑を深めている。
すでにクリスマスローズやイチリンソウ、ホウチャクソウにミツバツツジなどは終わり、今ライラックやヒメウツギ、そしてスズランの白い花が盛りになっている。
ほかにピンクのタニウツギとアスチルベ、青いミヤコワスレも元気に花をつけている。

今年の春の良い所は、日中少々の暑さはあるものの、朝晩に涼しさ(あるいは肌寒さ)が感じられ、清々しい日が続いていることであろう。

 

美術館の正面向かって左側に白花のライラックが咲いている。

 

今年のヒメウツギは一つ一つの花が例年より大きく感じる。
これが終わるとすぐ隣の白いウノハナが咲き始める。

 

庭の南側でスズランが一斉に咲き始めた。

 

今年も数輪、ピンクの花が混じった。

随分日が長くなっている。夕食後近隣のほくほく線を撮りに行った。

 

水が張られ田植えを待っている田んぼに、明かりを写してほくほく線の電車が上って行った。
電車は右方向に向かっています。

 

隣の空き地に見知らぬ花 ほくほく線の夕暮れ電車 弟の肉の串カツ 庭木の枝切り。

2019年5月11日(土曜日)

多少の暑さはあるものの清々しい晴れ間の多い日が続いている。
本日、お隣の空き地に初めて見る花が沢山咲いているのを見た。
薄紫の花は園芸種でも良いのでは、と思わせるほど色良く、そそとししていた。

 

高さ30センチほどの細い茎に愛らしい花を付けている。
パラパラと50本以上は楽にある。

 

根本の部分に申しわけ程度の短い葉が見える。

山奥や高山ならいざ知らず、新しく出来た隣の空き地に見た事が無い花が咲くなど初めて。投入された土砂に種が混じっていたものだろうか。
いずれにしても外来種に違いない。今後一帯の覇者になるのか、後退してしまうのか、いずれだろう。

 

夕刻の雲が良かったので近くのほくほく線に電車を撮りにいった。
以前はもっと上手く撮れたと思うが、どうもいまいち。

 

夕ご飯に弟の豚(いばりこぶた)が串カツになって卓に上った。
申し分けありません、少し手を付けました。
写真はともかく、弟の肉はいつも美味しいのです。

雨が遠のいていているので芝生と草木に撒水した。
見れば激しく繁り始めた樹木が何本もあり、幹や枝をバサバサ切った。切るだけ切って、後片付けはスタッフにお願いした。そちらの方が大変そうだった。

正月元旦と二日、増上寺、ビュッフェ、東京タワー、上野駅の彫刻、サンドウヰッチイッチ、新幹線の遅れetc。

2019年1月3日(木曜日)

新年は三日目となり、歳月の逃げ足はますます早い。
それを年々遅くなる足で追いかけるのだから大変だ。

この追いかけっこに参加するには唯一健康への配慮だけ
が条件であろう。
レース参加は生きている証し、または年取ってもなお続
くという成長をあてに、何とか追いついて行こうと一応
努力を試みる、そんな年が始まった。

 

ところで館長のノートと名付けた当ブログに元旦と2日
の記事を載せていた。
元旦は新年の挨拶、2日は以前に訪ねた板倉区の庚申塔
に関する記事だった。
実は元旦に一泊で上京したため、いずれも大晦日に書き、
投稿予約して出かけた。

そこで本日、実際に過ぎた1日と2日を振り返って記して
みたい。

1日は東京の縁者たちと会うことが急に決まり、30日に
急いでホテルと切符をあたった。
年末年始の人の流れと逆になるため、ホテルも新幹線も
思ったより簡単に取れた。

1日は夕刻の集合時間前に早く到着した者たちで近くの
増上寺へ参詣に上がった。

IMG_3700
増上寺は山門を「三門」と呼ぶらしい。赤くとても元気の
良い門だった。
嬉しい事にその左右に続く棟に計四つの花頭窓があり、歓
迎してくれていた。
何度も門前を通ったことがある増上寺だが、参拝は初めて。
門から先も壮大だった。

IMG_3701
午後4時40分、まだ大賑わいである。

 

IMG_3704
本殿(大殿)へ広い階段を上がる。色鮮やかな東京タワー
が背後に見え、この景観が人気の秘密の一つかもしれな
い。

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大殿内に読経が流れている。見ると向かって左脇檀に法然
上人像があり、そこで読経が行われていた。一日中続ける
のであろう。新春の寺院に相応しい声と光景だった。

さて参拝でお腹が空いたところで、食事になった。
東京のホテルの正月は往々にしてビュッフェスタイルにな
るようだ。
冷菜温菜、飲み物などなんでもある。
久し振りの現況を温めあい、励まし合い、美味しく頂いた。

DSC_0543
会食後参集者を送った帰路、東京タワーを通過した。
スカイツリーよりも人気があるかもしれない、とタク
シーの運転手さんが言う。
昭和の親しみ易さと安心感が人を惹きつけるのだろう。
二つの理由は大切なことだ。

翌日もう一軒の縁者を訪ねて帰路についた。
お元気な様子をなにより嬉しく思った。

 

さて帰路の上野駅。

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構内17番線手前に朝倉文夫作「三相 智・情・意」の彫刻
がある。
よき時代の素朴かつ強靱さが生き生きと現れていて、ます
ます好きになった。
余計なことかもしれないが、1958年発表ということで、モ
デルさんが20代であれば現在80代になられている。
優れた芸術の生命力を思わずにはいられない。
広い切符売り場の上方に掲げられた同じく文化勲章作家の
長大なステンドグラスよりもずっと良いと思っている。

IMG_3729 - コピー
車内で買った昼食は大船軒のサンドウヰッチ。
何のおもねりも無い超シンプル品、迷い無く手が伸びる。
これも昭和の親しみやすさと安心が決め手。昔から食べ
物で迷うのは苦手。新鮮そうであれば適当に選び喜んで
食べる=食べれるだけでうれしい。
※昭和30年代に、かって満州で生活した母が何度とな
く作った餃子より美味しい食べ物に出合っていなのと、
今どき美味しくない物など売られてないと思っているこ
ともありそうだ(少し変かもしれません)。

 

ところで復路の2日、新幹線はくたかは飯山で長時間の
停車を余儀なくされた。
金沢で停電しているためとアナウンスされた。
一時間半ほど停まった車内で過ごし、庚申塔の本が読め
た。

慌てたのは発車直後のアナウンスだった。
「大変お待たせ致しました。次は糸魚川、糸魚川」と告
げる。
うん?降りるべき「上越妙高駅」が飛ばされている。
まさか停車していたのは飯山ではなく、上越妙高だった
のか?
さらに、「終点まで停まる駅と到着時刻をご案内致します。
次の糸魚川には○○」とまたしても上越妙高が無い。
これだけの雪で長時間の停電も問題だが、一体車掌には
何があったのだろう。
乗客の中には慌てて車掌室へ向かう人もいたし、一瞬、糸
魚川からどうやって帰ろうか、と心配もした。

IMG_3741
上越妙高には大勢が降りた。構内で駅員が次を待っている
乗客にアナウンスをしていた。まだ影響が残っているのだろ
うか。

停電と言えば過日、妙高市でオペラ「景虎」が上演された。
その日、かなりの雪降りに見舞われて新幹線が遅れ、東京
からの公演関係者が間に合わず、30分開演が延びた。
混乱は停電が原因ということだった。

今回も豪雪レベルではなかった。
停電、、、、大丈夫なのか、北陸新幹線。

交通不運はこれで終わりでは無かった。
東口で10数人がタクシーを待ったが、10分、20分経っても
一台も来ない。

IMG_3745
タクシーを待った東口の光景がきれいで癒やされた。
タクシー会社に電話をすると間もなく妙高営業所からやって
来てくれた。他の方達も各自電話をして次々と車を呼ぶのだ
った。

当日、髙田での会合には大幅な遅刻となった。
目出度いはずの日に往々にして面倒が起きる。
人生ではよくあることだろう、こんな程度で良かった。

新年にお会い出来た皆様、有り難うございました。
今年また頑張りましょう!

21:30過ぎ北東の空の閃光は隕石? アートトリエンナーレのラッピング列車。

2018年8月13日(月曜日)

只今22;10ころ、大した事ではないかも知れないが、
とりあえず記載してみた。

今夜21:30過ぎ髙田インターからの直江津方面の帰
路、進行方向のほぼ正面(北東方向)にかなり大きな球
状の閃光が現れて消えた。
色は明るいオレンジ色でせいぜい数秒?の短時間、10度
ほどの高さで東から北へほぼ水平わずか下方へと流れた。

何だったのだろう?
流星ならばかなり沢山見ているが、それらとケタ違いの
大きさと明るさだった。
中空で消えてたが隕石だったのか。
ほかに見た人がいるのではないかと思っている。

さていつものような記載になります。
本日午前から昼まで激しい雨が降りしきり、大きな雷も鳴っ
た。
当地だけでなく、上越一帯、いえ全国各地で同様の気象に
襲われたと報道された。

1
雷雨をしのいだ堀川さんのテンセグリティ。

このところ美術館の入場者が増え、時にはカフェで席待ちが
生じることも起きている(勿論ひっそりしている時間も多々
ありますが)。

そして夕刻、いつものほくほく線はラッピング電車が通過し
た。

2

4
撮った一枚を拡大すると下段に「DAICHINO GEIJUTSUSAI」
と書かれている。窓の上下の黄色は樹木であろうか、鳥やう
さぎなども描かれている。

新潟県は十日町市、津南町で開催されている「大地の芸術祭越
後妻有アートトリエンナーレ2018」をイメージした列車だった。
デザインはコスチューム・アーティストの、ひびのこづえさん
が担当し、越後湯沢~まつだい間を1往復する臨時列車だが、普
通列車にも随時使用されている模様。

9月になったら私たちもまだ見ぬアートトリエンナーレに行く予
定です。

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