明け暮れ 我が家 お出かけ
あと二日の樹下美術館 「南国土佐を後にして」と亡き友N。
2022年度の樹下美術館の最終営業日12月15日(木曜日)まであと二日となりました。
15周年を迎えた今年は「齋藤三郎ゆかりの人々展」と「ふる里上越 主体美術協会の人々展」の二つを特別企画させて頂き、例年に比し多くの皆様にお越し頂き、深く感謝申し上げます。
3月15日から開館後の9ヶ月間はそれなりに長いはずでした。でもこんなに早く終わってしまうとは、歳月に代わってお詫びしたい気持です。
このところ悪天候もありましたが、名残りを惜しむお客様でかなり忙しくして頂き、有り難うございます。
振り返れば今年は学友のNを亡くした年でした。大学の6年を一緒、卒後も7年間同じ医局に所属。20年前からはKとともに毎年1回夫婦3組で食事会を続けました。
Nは高知県出身で穏やかなうえに粘り強く、時折口にする冗談は自分から先に吹き出してしまうような純粋さがありました。高知の結婚式では「皿鉢(さわち)料理」が振る舞われ、桂浜を案内され、教授とともに土佐カントリーのゴルフも招待されました。
「スギちゃん、スギちゃん」と寄ってきては、耳元で話す短い話は他愛ないが何故か面白く、問題の際には核心に照らして返される反応は的確でした。
昨夜の音楽番組でコーラスグループが「南国土佐を後にして」を歌った。すぐにNを思い出し、詩情も人情もある歌にあらためて聴き入り、土佐弁のこまやかさに心温まった。名曲ではないでしょうか。
寂しくなった私達、心からの冥福を祈るばかりです。
遠来のお客様が帰られた 塵穴 椿の絵。
二日強風が続いた後の昨日木曜日は終日シトシトと雨が降った。
一泊された東京のA氏は午前中に小林古径記念美術館を観て、樹下美術館へと来られた。昼食をご一緒すると、齋藤三郎の湯呑、盃展は親しめてとても良かったと仰った。
昼食は駅弁を妻が用意したいも煮汁などで食べ、その後茶室でお抹茶を服した。茶碗は昨夕からお付き合いして頂いているB氏愛蔵の荒川豊藏の粉引(こひき)だった。初めて手にする茶碗は豊藏に縁があった南禅寺管長ゆかりの品で、とても気品があり穏やかだった。
食事のあと白鳥を観にA氏を頸城区の田んぼへと案内した。4つのグループを間近に見てとても驚かれていた。
夕刻電車の時間が近づくとB氏が駅へと送ることとなり、美術館でお別れした。
食事中にお話された塵穴のこと、雰囲気が良く大変勉強になりました。当方の茶室路地にそのしつらえが無く、瓦などを使って自作が出来るか考えようと思いました。
すでA氏からは塵箸を頂いているので、あとは穴をこしらえ、路地をグレードアップしたいと考えている次第です。
来年はそれもご覧頂けるよう楽しみにお待ち致します。
本日は昨日の西王母椿の続きをして葉をまあまあまで塗りました。
昨日の様子(サムホールサイズ)。
本日の進捗。
葉と花びらを強化しシベを描き、細部をチェック、バックへと進みたい。
水彩の時もそうだったが、ある時点に到達すると
全体が生き生きと立ち上がる瞬間がある。
この度もそうなることを願っている。
風景画に問題がある一方花の制作は案外はかどるようになった.。
この先一日ひと筆ずつで良いので楽しみながら毎日続けようと思う。いずれ完成したものをご覧いただきたいと願っています。
二日続きの荒れ模様の日 東京のひと。
二日続きの強風の日、深夜は激しくカミナリが鳴った。
TVの天気予報で新潟市は日本で何番目にカミナリが多いかをやっていた。上位は北陸三県と東北地方日本海側で、新潟市は三番目だった。冬のカミナリのためにランクが上になるらしい。
雷は夏の季語だが、春は春雷、秋は稲妻で、冬は「鰤(ぶり)おこし」があるらしい。当地で耳にするのは「雪起こし」。これは否応なく納得がいく。だからドンドン、ガンガン激しくやられると大雪かもと心配する。特に夜間から朝方にかけてドッカーンと鳴っては目を覚まさせられるので「人起こし」でもある。
本日昼の北東の眺め。
暗い空に明るい雲のちぐはぐ。
国道8号線からブルボンに向かう跨線橋から。
田んぼに出ると北西に悪天らしい雲。
こちらへ来ないで東へと去って行った。
自作の個展を来年6月に決めている。2年前からアナウンスしては伸ばし伸ばしにしたのでオオカミ少年になってしまった。それで最近は机の回りに道具を置き、椅子に座るといつでも描けるようにして取り組んでいる。
右に紙パレット。ボール紙の箱の蓋の中にキャンバスを置き、
長い筆を渡し、そこに右手を置いて細かに描いていく。
本日上掲の絵に25分かけて葉っぱ1,5枚に手を付けた。
下は描きかけで、はみ出しはバック塗りの時に整えるつもり。
20本ほどの筆の中から本日用いた筆。
左の斜めの平筆は太くも細くも描けるので誠に便利。
その右隣の筆はぼかしに使い、右橋の綿棒も時に用いる。
パソコンに入れたデッサンを見ながら色と陰影を付ける。
本当は水彩などできちんと彩色するところ、
時間が無いのでこのレベルから始めている。
見慣れた椿なのでなんとかなっている。
さて今夕東京からお客様。髙田で一泊され明日来館される。
もう何度も来られている方で今夜は食事をご一緒した。青春時代に貨物船で渡った津軽海峡、三味線に新内のこと、落語から茶会さらに料理の話へと楽しいひとときをご一緒した。
おみやげの京都のお菓子と、
福島県の郷土玩具「たまうさぎ」。
すでに正月気分がして心温まるお茶だった。
自然体で何事も楽しまれる人。当地は荒天もご馳走です。明日またお会いしましょう。
寒かった日 私のお知らせ。
時雨れることが多くなり気温も下がっている。
美術館のムラサキシキブ、以前からあった譜代の木。
直江津三野屋のかわたりもちを食べた。
話変わって一つ目、今秋10月に二泊の入院をして昨年7月に発症した心筋梗塞の治療成績の診断を受けた。皆さまから、 どうでした、大丈夫でしたか、と診察時によく訊かれていた。
もう一つ、来年2月には81才になる。一応の健康を維持出来ているが、少しばかり体を休めつつ仕事を続けたいと考えていた。
そこで二つのことをまとめて以下のようにお知らせ」として刷り、患者さん達にお配りしている次第です。
“皆さまへ 二つの“お知らせ”
○今年10月19日~21日まで上越総合病院循環器内科に入院し、心臓の検査をしました。結果心配した心臓は血管も全体の機能も良く、もう通院しなくても良いでしょう、ということになりました。○この先も元気に診療を続けようと思い、来年2月1日の誕生日から毎週木曜日を休診とし、少し体を休めながら続ける事に致しました。
ご迷惑をお掛けしますがどうか宜しくお願い申し上げます。
一方的なお知らせですが、なんとかご理解して頂いているようで少しほっとしている次第です。
午後いっときアラレが窓を叩きました。
樹下美術館をビジネスモデルに卒業制作 プレゼン力。
昨日孫の一人が東京から抗原検査を済ませてやってきて一泊した。
来春大学卒業にあたり、デザイン科の卒業制作「樹下美術館」をまとめるためだった。夏には私の話を思ったより真剣に聴いて帰り、このたびはそのプレゼンのための資料(50数ページに製本)作成が目的。
彼女は昨夕から私が用意した美術館の細々した写真ファイルを取捨選択し文を考え、予め割り付けてあるpcに向かうと徹夜した。
学んだデザインやビジネス理論を基盤に樹下美術館をモデルとして取り上げ、その評価と展望を卒業課題(制作)としたことが、ようやく私にも飲み込めてきた。
新たなビジネス理論に基づく事業は、SGDsなどの概念と並んで、社会と個人の維持成長や幸福が強く加味されたものでなければならないことも、あらためて知った次第。
猫の絵が得意だった子が4年間の学生生活のほぼ3年をコロナ禍の東京で過ごす。
だがこのたび、私が初めて耳にするCSVという語法や事業に於けるDXのトレンドなどを自然に口にするのを聞いて、教育機関としての大学と若き日の柔軟な脳がもたらす成長作用にあらためて驚かされる。
本番はこの先。
恐らく冊子化した資料とともに講堂の大スクリーンを用いて行う樹下美術館のプレゼンが卒業試験になるのであろう。
プレゼン力、、、今どきの大学生は、今どき故に大変なんだ、と思った。
どのようにまとまり、どう評価されるのか少々心配で興味もある。
夜更けて急に腕が痛みはじめ、今夕五回目のワクチンをしたことを思い出した。
色々な意味で時代が変化している。
久し振りの方達。
日中温かだった土曜日、何度かカフェがいっぱいになった。
本日は久し振りの方や懐かしいお顔に会えた日でもあった。
かって美術館を手伝って頂いた方がご長男と一緒に見えた。
お連れしたワンちゃん。12才というがなんとも可愛い(飼い主撮影)。
その昔の来館で芝生を走り回っていた幼い日のご長男。来春医学部を卒業されるとは月日の何と早いことか。
コロナ禍の授業の大変さは同情とともに激励して余りある。
その後久し振りのA氏ご夫婦が見えた。お変わり無く元気でつもる話に時の経つのを忘れた。
再会を約束して後何度も通っている朝日池に行った。
この時間の写真は青みを帯びるときと赤味の時がある。
ホワイトバランスの調整でも変わるのだろうか。
帰る頃、北西の空に稲妻が光り雨が当たりお天気が変わった。
シューベルト「セレナーデ(白鳥の歌から)」
陀羅尼(だらに)八幡宮参り フカミ美術でお茶。
本日雨降りの勤労感謝の日。
かねて訪ねてみたいと思っていた髙田北本町の「陀羅尼八幡宮」にお参りに行った。初めて伺う八幡宮は先日までライトアップされていたというモミジはいまだ紅葉の盛り。古木、若木が鮮やかに色を競っていた。
本殿のほか子安神社、御輿殿、明治初期の学校、
縁を求めて集まった多くの石祠などが整然と佇んでいた。
裏手にモミジの苗{実生苗かも知れない)があった。
成長を祈るように根元にチップが盛ってある。
八幡宮は生命の健やかな生成を祈る場所に相応しく生き生きとした雰囲気を漂わせていた。ご当主と地域の皆さまの心入れの賜ものであろうと思った。
帰路、上越教育大学前の「フカミ美術」に寄った。二階のお茶室で呈茶があり一服頂いた、
穏やかなお点前で美味しく頂いた。
フカミ美術はこの地に出て25年だという。当初からお世話になったが、今日を迎えられたことへの畏敬を禁じ得ない。
本日お点前された方は、私の亡き茶の師のもとで同期だった人を教えておられることを知って驚き、また嬉しく思った。
先週末の上京。
先週土曜日に上京し友人達と会食した。およそ25年、年末に3組の夫婦で集まっていたが今夏Aが亡くなった。コロナのため19 年11月以来ほぼ3年振りとなった食事は夫人にお声を掛けて偲ぶ会になった。
暮れてからの食事、気丈に振る舞われる夫人を交え昔話や近況を話したが、Aの姿が無いこと知っては愕然とした。
3時半ころチェックインしたホテルから日比谷公会堂が良く見えた。
公会堂は1969年オスカー・ピーターソントリオとエラ・フィッツジェラルドの公演を聴きに一度だけ入ったことがある場所。このたび食事前の散歩に寄ることにして、妻と日比谷公園を初めて歩いてみた。
今は廃墟?の日比谷公会堂。エラの時はここから入ったのか。
1947年の黒澤明監督映画「素晴らしき日曜日」で
貧乏な恋人二人は公会堂の入り口まで来てお金が足りず、
コンサートを聴くのを諦める。
お金の無い映画の二人は散々な日曜を過ごし、野外音楽堂で
“貧しい私達に拍手を励ましを”とスクリーンから訴える。
二人には「ヒアシンス」という名の喫茶店を開店する夢がある。
絵画的な先週末の公園。
黄色のツワブキの花と樹木の黄でいっぱい。
当公園は明治36年開業、日本初の洋風公演。
鶴の噴水は東京美術学校の二人の作家によって制作されたという。
公園の膨大さ、至る所のベンチ、多くの若者や家族連れ、随所のツワブキの植栽など驚くことが多かった。クリスマスローズが集められている場所も多々あったので来春の花期は再訪し樹下美術館のクリスマスローズと比べてみたい。
食事はKが選んだ三度目の有楽町のレストラン。
ウェイティングルームのグラス類と向こうにワイエスの絵。
店にはユトリロ、ブラジリエなどの本画が掛けられている。
キンキ、クエ、アオリイカと温菜のオードブル。
魚料理でオマール海老、を肉は鴨を選んだ。いずれも幹事をしたKが分量を少なくと伝えてあったため残すこと無くみな美味しく食べた。
半ばを過ぎてチーズのワゴン。
臭味の強いエポワスとTVで観ていたロックフォールを取った。
ワインは貴腐ワインに変わった。
デザートのケーキ。
果物のコンポートにしてエスプレッソを飲んだ。
食事を終えた後の支払いで、Kはスタッフたちに私達を紹介した。素晴らしいサービスを提供する彼らは、上越なら知っている、蔵めぐりで岩の原葡萄園へ行ったとにこやかに話した。
一年一度の貴重な食事のあと皆で少し歩きA夫人と別れた。年末で賑わう雑踏に消えた夫人の後ろ姿の突然の哀しさは筆舌に尽くしがたい。
翌13日日曜日、これまでしばしば美術館に行っていたのを、混雑を嫌って神宮外苑のイチョウ並木を歩くことにした。
初めて見る紅葉のイチョウ並木はとても混んでいた(仕方ありません)。
樹木も路上もイチョウで真っ黄色。
ヨーロッパ風の身なりを好むKはこのような風景が似合う。
新国立競技場のそばでタクシーを拾いホテルに戻ってK夫婦と別れ、上野動物園に行った。
何かをこらえているうちに頭がおかしくなってしまったような
シロクマ。
高い塀のあちらこちらに空いた小さなガラス窓から観る。
いくつかのパートに別れていた園内のうち半分も回らなかった。
奥の方でひたすら行ったり来たりを繰り返すシロクマやトラ、落ち着かないタンチョウヅル、広くも無い檻でじっとしているだけの大型猛禽類などなど、、、。
楽しい動物園のイメージとは裏腹に、およそ狭いケージに閉じ込められている動物たちが可哀想で、妻と私は全てを観る事ができなかった。動物たちは毛並み色つやも悪くみな病んでいるような印象を受けた。
65才以上300円。小学生以下と都内中学生は無料と入園料は安いが、観るほどに心が重くなり、特にこどもたちにこのような形で動物を見せるのは良くないと、怒りさえ覚えた。動物を生き生きと見せる先進的な取り組みが見られる時代に、一体どうしたことだろう。
コロナの時代、動物園や公園にはより多くの人が集まろう。
動物園は世界に向けた都市の顔でもある。日比谷公園に比べて上野動物園ははるかに見劣りがする。オリンピックどころでは無かった、何を置いても1番に取り組む事業だった。
色々なことがあった24時間が過ぎ、K夫妻と来年夏の約束を一つして別れた。
私達は少なくとも一つ二つの病を抱えている。だから約束とは言え何となく心もと無さを禁じ得ない。
今週末、姿の無かったAは修業を終えた僧のようであり、Kは勉強をした詩人のようで、私はつまらない俗人だった。
マーラー「交響曲第五番よりアダージェット(第四楽章)」
Kが葬式に掛けてもらいたいというカラヤン指揮の音楽。
とても長くなりました。
今夜のルナ・ロッサ 赤い月。
今夜の満月は皆既月食、しかも天王星食も起きる貴重な空だった。
だが残念ながら予報も現実も雨降り。但し雲や予報から西、例えば糸魚川は晴れと出ていた。時間は十分にある、夕食を済ませると車を駆って高速道路を西へに向かった。私は尻が重いのか軽いのか、こんな時は特に分からなくなる。
名立や蓮台寺のサービスエリアはいずれもパラパラと降っている。親不知もダメでとうとう朝日ICまで来てしまった。
幸い雨は止んでいたのでこれ以上は止めにして降りた。勘を頼りに田舎道へ入り農道に出て見上げると高い雲間に赤い月が見えた。
今夜の皆既月食(20時すぎ)。
こんなにしてまで観たいのかと、自問はあったが、
来て良かった撮って良かったと思った。
リュシェンヌ・ドリールのシャンソン「ルナ・ロッサ(赤い月)」
“おお赤い月よ、夜の女王よ”と恋心を訴える
(サイトの歌詞から)。
ヴィック・ダモンがスペイン語をまじえて歌う「ルナ・ロッサ」
ヴィック・ダモンはフランク・シナトラに、声が良すぎるのが
欠点と言われたという話を昔読んだことがある。
良い声のどこが悪いのか、とシナトラに反発を覚えた。
テラ・ロッサはブラジルの赤い土、ルナ・ロッサは赤い月でシャンソンだと、高校時代の地理で恩師Y先生から教わった。Y先生は良い先生だった。
朝日の月は雲で見え隠れを繰り返し、天王星の食は観られなかったが心に残る異国の夜空だった。
※ネットで天王星食の写真を見たがとても小さくて、私には無理だと知った。
次回はここで降り入善のコスモホールでアンサンブル金沢を聴くことにしようと思った。
先週末の種々。
このところ土日のブログをさぼり、月曜に「先週末の種々」などとまとめて二日分を書くことが目立ってきた。週末は書くことが多くなる一方体を休ませたいのをその理由にしている次第。
さて先週金曜日にはシュターミッツ弦楽四重奏楽団&市村幸恵さんのコンサートがあった。翌土曜午後はクラシックファンのA氏が見え、前夜のコンサートが如何に素晴らしかったかを逐一語った。
内外の有名ピアニストを聴いている人が、何より市村さんのピアノを第一番に褒め、ピアノであんなに美しい音色を奏でる人は滅多にいないと絶賛する。
熱演の第一バイオリンかアンサンブルを褒めるのかと思ったのが、ピアノをまっ先に挙げたのには正直びっくりした。
たしかに当夜の市村さんの演奏には色や輝き、香りや感触などが漂うのを折々感じ、演奏は冴えていた。
当夜演奏直後、知人のB氏一人が控えめなブラボーをし、A氏が一人スタンドして喝采した。コロナで大声は控えられているが、感動に駆られてするスタンディングは演奏者と聴衆が感動と感謝を分かちあう優れたマナーだ。だが立つなり後ろの席から「立たないで、立たないで」と言う声がして、がっかりしたとA氏は嘆いた。
いつか上越でも演奏者の感情を遮る楽章ごとの拍手が控えられ、盛大なブラボーと大いなるスタンディングオベーションで終わるコンサートがあることを夢見ている。
さて週末の目撃です。
翌日曜日は髙田方面へ二つの用事で行った。
先日あるお茶人から無地の木製の建水(湯水を捨てる器)にモミジの絵を描いてと頼まれていた。
数年前の茶会で桜の花びらを描いてと言われ、花を散らした意匠をアクリルガッシュ絵の具で描いた。今度のモミジは花びらとは違い簡単ではなさそうであり緊張し、大嶋画廊で足りない絵の具を求めた。
ジョーシン電気は帰路に寄った。今春求めたコンパクトカメラが突然スイッチが入らなくなったためだった。
それがカメラ売り場で充電ケーブルにつなぐと直ぐに動いた。家のソケットの差し込み不十分という他愛ない原因だった。落ち込んでいたのでほっとした。
以下は夕刻の大きな雲と月
東の空で陽をを浴びている雲の上に出た月。
明日皆既月食があり天王星食も起きるという。
18時過ぎから20時40分過ぎまで、お天気に恵まれるように。
皆既月食中に起きる惑星食は今後2235年まで見られないという。果たして写真に撮れるだろうか、この間だけでも晴れてほしい。
- 仏像、社寺、二十三夜塔、庚申塔
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- 「小3の凄まじい体罰」をお読みいただいて。
- 上越市八千浦中学校の皆さま。
- 小3の凄まじい体罰 その3 終章。
- 小3の凄まじい体罰 その2。
- 小3の凄まじい体罰 その1。
- 小学校に上がるまでジャンケンを知らなかったAちゃん。
- 台風直後の上野駅から大潟町へタクシーに乗る その2。
- 今朝方の雷雨 その昔、台風後の上野駅から大潟町へタクシーに乗る。
- 厳しい残暑のなか頸城野の稲刈り。
- ほくほく線のポストカードで。
- 気に入って頂いたほくほく線電車の写真。
- 今年初めての赤倉CC 仕事上の最年長になっている。
- 今年前半の「お声」から 刈り入れ前の田んぼの雀。
- 週末の上京 小5の築地と叔母の周辺そして「横浜事件」。
- 昭和100年、太平洋戦争80年の声無き声を思って。
- お盆14日は柏崎市の木村茶道美術館へ。
- 来たる10月25日(土)は小島正芳先生の講演会「佐渡島の金山と良寛の母の愛」。
- お盆休みに入って。
- お礼のランチ会。
- 明日夕方は満月。
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