大手町のムーンリバー

2008年11月11日(火曜日)

 1962年、上京した年の正月、私は生まれて初めて憧れのジャズ演奏を聴いた。場所は大手町の東京サンケイホール。ホレス・シルバーのクインテットだった。当時モダンジャズは世界で縦横に場を広げ幸福な時代を迎えていた。ホレスの演奏はうぶな自分にもNica’s Dreamの華やかな激しさを伝えた。
公演が終わって頭を冷やすため、人影の無い正月のオフィス街を歩いた。歩きながらムーンリバーのメロディーを口ずさんだ。あたりは、映画「ティファニーで朝食を」で見た朝のシーンに似ていた。ビルの谷間の誰もいない細い路地へわざと入って、都会っていいなと思った。

 

サンケイホールの正月は、前年にアート・ブレーキーが公演していた。以来しばらくきら星のごときジャズメンたちの公演が続いた。キャノンボール・アダレイ、ホレス・シルバー、アートブレーキーの再演、、、。

 

大手町で地下鉄を降りてサンケイホールの外階段に並ぶ。ニューヨークから着いたばかりのジャズマンの演奏が聴けるのだから、正月の寒い階段も平気だった。演奏は音で世界を埋め尽くさんばかりで、スーツを決める黒人プレーヤーたちは格好良かった。そして終わるとガランとした大手町を歩き、決まったようにムーンリバーを口ずさんだ。誰も居ないビル街を独り占めしているようで楽しかった。ジャズのため何度か正月に帰省せず、親に叱られた。

 

ところで昨夜11時前、テレビで「ティファニーで朝食を」の最後のパートをやっていた。陽気なシーンもいいが、悲しげなヘップバーンは本当に素晴らしい。そしてエンドタイトルへ、ムーンリバーが流れて静かな朝のニューヨークが写る。あらためて正月の大手町は似ている気がした。私は海外旅行の経験がほとんど無く、もちろんニューヨークへも行ったことがない。MJQ、セロニアス・モンク、カウント・ベーシー、ヘレン・メリル、オスカー・ピーターソン、そして秋吉敏子もだったかな?正月以外もジャズを聞きに通った大手町。そこは自分なりのささやかなニューヨークだったのかもしれない。

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