2026年3月

先週末の種々 その2悪天候のゴルフ。

2026年3月10日(火曜日)

去る土曜日は音楽会で翌日はゴルフの予定だった。しかし以前からゴルフ当日の予報は悪く雪マークが付いたまま経過していた。
日が近づくとゴルフ場スタッフから「どうしますか」あるいは「明日は凄く天気が悪いようですがやりますか」と心配するメールが入るようになった。

そのつど同伴予定の友人ご夫婦に尋ねたが、返事は「やりましょう」で一貫していた。悪コンディションでは誰か一人が止めようと言えば中止なるが三人とも「やろう」ならばかえってやる気がつのる。

さて当日案の定気温はぐっと下がり4、5度、北風強く暗雲たちこめている。つま先、ふと股内側、背中に左右2枚ずつ温熱剤を貼り、深い毛糸の帽子をかぶり最初から雨仕度をした。

いつも混むはずの駐車場に人の気配は無く、現れた夫婦はお揃いの赤いアウターに毛糸の帽子で颯爽の出で立ちだった。

パートナーご夫婦。

館内は受付もスタート管理にも客はいない。一番ホールに立つと後さきはおろか見渡す限りコース上に人影は見えず「貸し切りではないですか」と言いながらスタートした。

但し午前の最後の方でやや遠くに二人が乗ったカートを見た。
途中ほんのいっとき粉雪がふわりと舞ったものの皆で50代で回り、広いレストランでは揃って熱いチャンポンを食べた。この時も私達だけだった。

午後、雲間から僅かに陽が射す時間はあったが寒風は相変わらずでコンディションは悪いまま。時たまのナイスプレーを褒めあって80才代二人と70代一人の今年初ゴルフは無事に終った。

周囲の朝日池に鳥の姿は無かった。

振り返れば、
この日万一私達がキャンセルしたならゴルフ場はクローズドになったかもしれない。しかし僅かな組がプレーしたため、受付、食堂、スターター、コース管理などでスタッフを配さなければならなかったと思われる。
私達は喜んでプレーをしたが施設では余計な費用がかさみ損失を拡大せざるを得なかったのでは。
ゴルフ場には迷惑を掛けてしまい、申し分けない気持がよぎる。

先週末の種々から その1心打つ音楽会。

2026年3月9日(月曜日)

先週末は雨は無かったが寒かった。そんな週末は少々忙しかった。
その1
一昨日土曜日は午後2時から上越文化会館 中ホールで演奏会があり聴きに行った。「弦楽四重奏の愉しみ」は桐朋学園大学の学生音楽家グループ「[Qartet Ruminoa(カルテット ルミノア」の演奏で上越市の斎京法子さんがビオラで参加されていた。

演奏会ちらし。

3月7日、午後妻と行った会場は混んでいて、遅く着いたため座ったのは最前列の最左席だった。
プログラムはハイドン「皇帝」と“朗読とクァルテットによる「生まれる」”が一部、後半はシューベルト「死と乙女」だった。

「皇帝」は堂々として時に優しく、さあ祖国を愛そうという気概を正面から促す清々しい演奏だった。

二曲目は医療用の呼吸補助器が必要な車椅子の青年花崎碧士さんの詩「生まれる」に若き作曲家菅原京大さんが曲を付けた作品の初演だった。
演奏はとても変わっていて、詩を朗読をする男女二人の高校生がステージ両手に別れて立ち、段上のカルテットの演奏と対話をしながら進行する。

カルテットが多用したピッチカットが命の生成を促す水の雫と時間を現し、詩は最後に訪れる死は生のはじまりであることを伝えた。
死を身近に生きてきた作詞者ならではの「力」と、命の連鎖を掘り下げる「明晰さ」に打たれた。
テーマは重いが、作詞者の透徹した観念が全体に厳しさと同時に柔らかさを与えていた。

休憩を挟み後半の「死と乙女」で演奏者の配置が変わった。二人のヴァイオリニストが左右二手に分かれ、中央にビオラとチェロが座り音の響きが変わった。
それまでややゴツゴツとしていた二丁のヴァイオリンが馴染み合い、ビオラが触媒のように働き全体に安定感を与えるのが実感された。

この変化は最前列、最左席の座席位置のせいだけでないと考えられ、演奏者の位置如何でこれだけ音が変わることに驚いた。

ステージを挟み美しい竹灯篭。
向こうとこちらに朗読用のマイクが見える。

後半のシューベルト「死と乙女」の4楽章全ては短調。しかし悲劇的な重厚さのなかに鮮やかな生命感がうねりのように交じる聞き応えのある40分だった。
まる一年を掛けて取り組んだと説明されたが、それだけに深く魅力的な演奏だった。

外は寒かったがホールの音楽会は楽しくかつ暖かかった。

次回その2は話変わり、さらに天候が悪化した翌日曜日の初ゴルフを、その3は週末の二日間携わった拙童話「森のトマト畑」の本作成のことを書かせてください。

「魅せられしギター」とロシア民謡「道」。

2026年3月4日(水曜日)

音楽はほかの何かの事象とつながっていてることがよくある。最近では「魅せられしギター」とロシア民謡「道」がそれで、いずれも中井亜美選手が使用した音楽「道」に繋がっていた。

過日テレビで黒澤明監督の「天国と地獄」を観た。学生時代、大岡山に住んでいたので自由が丘が近かく、ある日自由が丘でその映画を観るため電車を降りた。駅前に広場があってそこで信号を待った。
広場は静かで街角のスピーカーから聞き覚えのある曲が流れていた。信号待ちから近くの映画館まで続いた哀愁あるメロディーは耳に残ったが、残念ながら肝心の曲名を知らずに長年が過ぎた。

過日、当欄で中井亜美選手のオリンピックSPの音楽に「道」が使われていた事を書いた。彼女の曲は新鮮なアレンジだったが、1960年代のスリー・サンズの演奏がもとになる曲だ。

彼女のスケートを観た日、その古い「道」を動画で観て聴いた。終わると関連動画が出てスリー・サンズの「魅せられしギター」へ続いた。ああしかしそのメロディーこそ「天国と地獄」を観た日、静かな自由が丘に流れていた音楽だった。

60余年にして懸案があっさり片付き、これで好きな時に若き日の自由が丘を安心して思い出せるようになった。

もう一つもやはり「道」でこれは中井選手の曲からすぐ横に飛んで浮かんだ。1960年代に父が、後輩たちのコーラスだと言ってレコードまで買ってダークダックスを聞いていた。そのロシア民謡に「道」があり反戦的世相を反映して心に響き、父に内緒で何度も聴いた。


歌中の「ブーリャン」は雑草で
戦友の屍をさしているらしい。

ちなみに前半で書いた映画「天国と地獄」には横浜の麻薬巣窟でシリアスに中毒患者を演じた女優・富田恵子は草笛光子の妹さんだった。汚れ役の凄さをみて姉妹でも随分違うもんだ、さすが女優さんだと感嘆した。

映画の犯人が医者の卵というのもインパクトがあり、当時多くの医学生が観たのではなかったか。
私は映画館で待ち合わせ、今は亡き級友Sと観た。

いずれにしてもスケート選手がオリンピックで使用した音楽が若き日の街角メロディーを明らかにし、父が愛聴したレコードのロシア民謡を思い出させた。
それは音楽の恵みである一方、なにかと古いことがよみがえる老境の現れでもあろう。

本日美術館で今年度の展示の準備作業があった。大方は妻とスタッフが行い、後日細部の調整予定。今年は作業が早くはじまり余裕が生まれているのは珍しいかも知れない。

※当初今回のブログの文脈が乱雑でしたので3月7日深夜に少し整理を試みました。

暦の春、卓上メモ、鷺と鷹、梅の名所は。

2026年3月1日(日曜日)

晴れたり曇ったりの今日から春の3月1日。
昨年途中で売れて無くなった「森のトマト畑」を直したり刷ったりした。プリントするとある絵だけ色が変わって苦労した。

久し振りに使った卓上メモ
4ヶ月経って一杯になった。

新しくすると気分がいい。

午後やや遅く外出して鳥を探した。ざっとみたところわずかにコハクチョウの群が観られただけで周辺はさびしくなった。

探鳥や不調の時の鷺だのみ。
じっとしてくれてありがとう。

童顔のタカはチョウゲンボウか。
こんなに幼い風貌で狩りが出来るのだろうか。

大潟水と森公園へ寄った。時間が遅くて鳥には出会えなかったが雲が美しかった。

西の空に巻層雲。

15分すると変わって来た。
近づいただけかもしれない。

ところで上越地方には桜の名所はある一方梅が無い。畑やよそさんの庭で見るくらいだ。雪のせいで仕方がないのだろうか。
樹下美術館でも開館のころ植えたことがあったが、ちゃんとした姿にならなかった。

調べると新潟市の白山神社や蒲原神社、あるいは田上町の梅林公園が名所とあった。
まだ見頃の時期のようなので「時間があれば」観にいってみたいし、金沢か富山というのもありそうだ。

鳥の後は美術館がはじまり、外では庭が待っていている。
明日は晴れるらしい。

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