頸城野点景

関川大橋付近のコスモス畑 「NPO法人 徳合ふるさとの会」。

2015年10月20日(火曜日)

先日新潟t労災病院へ用事で訪れた際、対岸の広大なコスモス畑をきれいだなと思った。

本日昼休みに訪れたその花畑は流れるようにアレンジされて本当に美しかった。
植栽は「NPO法人 徳合(とくあい)ふるさとの会」がアイディアを出し各方面と協力し、
河川管理者である国土交通省、さらに上越市の理解も得て行われているという。

自分には疎いことだが、NPOと省庁や行政が協働できていることにとても驚いた。
持ちかけた当事者の熱意が本物だったに違いない。
そのことは今日実現されている美しい景観を見てもよく分かる。

 

024ほぼ満開ですが花は散っていませんし、まだ蕾も見られていました。
低温が続いてますので、もう少し大丈夫ではないでしょうか。

 

016

 

041向かいの病院の患者さん達にも心癒やして欲しいという願いが実っている。

ところで「徳合ふるさとの会」の関係者の方が昨年から毎春樹下美術館に来られるようになった。
同会では地域文化と景観の維持創造の一環として、糸魚川徳合地区に植栽したしだれ桜の里巡りが行われている。
その方の勧めでメイン会場に樹下美術館のパンフレットと小生の花の絵の絵はがきを置かせてもらっている。
私たちにまで手をさしのべて頂きとても有り難い。

同会のホームページに活動の原点として以下があった。
・「飾る」より「磨く」こと
・「魅力」は、自分たちが創ること
・「想い」は、形になる
よく考えられているな、と思った。
特に一番目の「磨く」こと、は樹下美術館のポリシーも同じであり、シンパシーを感じた。
磨けば光るが、飾るだけなら汚れて朽ちる事もままあるのである。

すでに妻は徳合を訪ねているが私はまだ。

来春はぜひ訪ねたい。
昨年度版ですがコスモス畑への行き方が出ています。
本日私も参考にしました。

頂戴した秋の花 ひやひやする送電線の点検作業。

2015年10月10日(土曜日)

本日は度々お花を持参されるお客様から今盛りのものを沢山頂きました。

上手に育てられる花は楚々として野の趣をたたえています。
さっそく館内に飾らせて頂きました、有り難うございました。

秋の花2

秋の花1紅白のシュウメイギク、数種のホトトギス、白色のフジバカマ、タデ、タムラソウなど。

 

さて冬に備えて行われる送電線の点検はこの季節の風物詩かもしれません。
サーカスのように見えてドキッとしますが、プロだなあと感心します。

人による作業

ヘリで先週美術館の裏手に現れたリコプターは仙台から上越に飛来すると聞きました。
ひやひやして見ていましたが、大きなカメラを備え送電線に沿って時間をかけて飛びました。

昨日記載しましたヤフーの時計は狂いもなく順調に動いています。

夏から秋へ野菜が育っている 農家の方は心美しい頑張り屋さん。

2015年9月12日(土曜日)

日中久し振りに晴れた一日、車の車外気温は31℃を示して暑さが戻った。
しかし夕刻には雲が広がった。

予報は明日一日くずれるらしいが、その後はまた晴れてくるという。
一日のくずれなど、どうして分かるのだろう。

さて美術館の東へ少しく行くとI氏の畑がある。
8月下旬。植えたばかりのキャベツは頼りなさそうだったが、本日随分立派になっていた。

150822石田氏のキャベツ畑去る8月22日の畑。

150912石田氏の畑本日9月12日の畑。

農家の方はどなたも心美しい頑張り屋さん。

貴重な今年前半の「お声」 なかなか晴れない空。

2015年9月8日(火曜日)

〝素晴らしいです。ボケの花入、草花文の水指、大変感動しました。特に気に入りました〟
〝光の使い方がとても上手だと感じました。とても良い雰囲気です〟
〝友人から県内外からの客人があると必ず来るとても素敵な美術館と聞き、是非一度と思っていました。
目線が低く様々な植物を見ながら昼食で気持ちが落ち着きました〟

以上は今年3月~7月まで、お客様が館内のノートに記載されたご感想の一部です。
「お声」として樹下美術館のホームページに掲載させて頂きました。
展示にカフェに庭に、さまざまな方々が記載されるノートは大変興味深く貴重です。
引き続き、どうかご自由にお書き下さい。

それにしましても連日雨がよく降りなかなか晴れません。

関田山脈の雲頸城平野を囲んで東西に連なる関田山脈の稜線を覆う白い雲。
平野を吹き上がった湿った風が冷えて帯のように連なっています。

 

センニンソウ縦位置近隣の林で咲き誇るセンニンソウの真っ白な花。
おしなべて今夏の草花は旺盛に咲いたようでした。
初秋のこの花も強い芳香を放ちながら沢山咲いています。

 

台風18号が接近しつつあり、晴天は週明けと、テレビの予報が伝えていました。
目を楽しませてくれる雲ですが、本日もテントのように空を覆い日光を遮っています。

 

雨雲たれこめる関川大橋の眺め。

2015年8月17日(月曜日)

運転で何度も何度も渡っている橋。
比較的大きな橋のうち、
関川大橋はこれまで最も多く渡った橋ではないだろうか。
往復何百回、いや何千回かもしれない。

本日直江津に所用があり、ふと歩いてみたくなって車を置いて橋の歩道を往復した。
車ならあっという間に渡り終える橋は、感じていた何倍もの長さがあった。
地図で見ると300メートル余はあるらしい。

雨で水かさを増した河はゆったりと横たわり、雨雲の下、謙信公大橋や南葉山を両岸に並べて広く美しい眺めだった。

関川大橋満々と水を湛えた関川。
左に謙信公大橋、右に低い雲がかかる南葉山、本日妙高山は見えなかった。
河岸を散歩する人をよく見るが、さぞかし気持ちが良いことだろう。

本日西日本や関東で大雨があり、当地も午後から夜にかけていっとき強く降った。

予報では明日も雨ですが、その後再び晴天となり、暑さが戻るようです。

美術館が宿題の中学生 実る水田。

2015年8月16日(日曜日)

蒸し暑さが戻った午後、熱心に絵をご覧になっていた家族にお会いした。
帰省中の方達で、長岡市の中学二年生のお嬢さんが混じっていた。
彼女の夏休みの宿題に美術館へ行く課題があったという。

「樹下美術館は小さいですから、宿題向きかもしれませんね」と話すと、
緊張ぎみだったお顔に笑み浮かんだ。
ただ倉石隆の人物作品は幾分ややこしい。
美術=美しい、楽しい、という図式と異なる部分があるからだ。

「この画家は、人間の孤独や不安、迷いやあせりなど弱い部分もしっかり目を向けた人」
として現在架かっている、「めし」「黄昏のピエロ」「見つめる」「男の像」などを少し説明させて頂いた。
大きな瞳を開いて熱心に聞いて頂いた。

大人達がカフェに降りた後も一人で展示場に残っていた、と後でお聞きした。

さてお盆も終わり、周囲の水田は急速に色を濃くし、穀物のかおりが立ち始めている。
そんな田んぼに連日雀たちがやってくる。

集団でさえずり、何かの拍子に田から近くの木に一斉に移ると、また田に降りる。
乾燥して固くなる前の今頃の稲穂は柔らかくて甘く、雀の大好物らしい。

 

欣喜雀躍喜びいっぱいの雀。
厳しい秋冬に向かって食べれるだけ食べる。
農家の方、申し分けありません、きっと害虫なども食べていると思われます。

びっしりと稲穂夕刻の田んぼ。場所によってかなり色づいている。
びっしりと実った穂は大きく重そうで、素人の私ですが豊作を期待してしまいます。

年によって毎週のようにやってくる台風が一休みしている。
これだけの実りが台無しにならないよう、お願いしたい。

上越市高田公園、蓮の気品。

2015年7月10日(金曜日)

昨日の濱谷浩「雪国」写真展の後、高田公園を少し歩いて蓮を見た。
これからが本番と思われるが、多くの見慣れた花に混じって、初めて見る色白の蓮が咲く一角があった。

蓮1

 

蓮2蓮は心静かに眺める事が出来る。
この蓮は涼しげで気品にあふれていた。

7月24日~8月16日まで上越蓮まつりが開かれる。

お年寄りのタブレット 梅雨の花、合歓(ねむ)。

2015年7月7日(火曜日)

過日お会いした80才を越えられている女性は、タブレットの便利さと面白さを熱心に話された。
分からないことはググればすぐに出るし、その中の分からない言葉はまたググればいい。
文字や絵は大きくなり辞書も要らず、自分に出来るゲームも楽しい、と仰った。

タブレットを購入したばかりのころ、介護していた夫の容態が悪化した。
「ここで一緒に座ってくれ」、ある日夫は言った。
これまでそんなことをしたことがなかったので、恥ずかしかった。
だがそばに座ると幸せな気持ちがしたので、傍らのタブレットで自分たちを撮ろうと思った。

ところが画面で自分たちを見ながら写す方法が分からず、後ろ向きにしたまま何枚も撮った。
時間はかかったが良く撮れたものがあった。

その夜中、夫は急変して亡くなった。
何かが知らせて一緒に座れと言ったのだろうか、無理して何枚も写真を撮ったのが悪かったのか、色々考えた。

しかし、夫と撮った最後の写真は大切な思い出になった。

 

066上越市大潟区の近辺は合歓が多く、いま盛んに咲いています。
見るからにひ弱な花は雨に打たれてすぐに傷みます。一方ご覧の房状の丸い玉は全てつぼみです。

降られて傷み、傷んでは咲き、合歓は梅雨の日を精一杯明るく振る舞っています。

次回もお年寄りのことを書かせて頂ければと思います。

同僚の弔いの後で山間を少し走った。

2015年6月20日(土曜日)

先日亡くなった医師を送る通夜と葬儀が、昨夕と本日正午、妙高市で行われた。
読経や鐘の音のたびに故人の面影が仏のイメージへ昇華していく。
心込められた経や鐘、そして焼香には強い作用がある。
残された奥様の愛惜に接し、亡き人の幸せを思った。

葬儀のあと、送迎してくれた妻と県道飯山線の途中から関山方面へと少し走った。
雨交じりの山間に立葵(タチアオイ)が咲き、野菜畑はみずみずしかった。

1水田の立葵。

2沿道の立葵。

3茄子畑。

4トウモロコシ畑。

走りながら故人はこの辺りも往診したのではないか、と思った。

かって頂戴した美味しい蕎麦のことも思い出された。

上越市は頸城(くびき)平野南西部の石垣。

2015年6月14日(日曜日)

昨日、北陸新幹線で長野市へ行ったことを書かせていただいた。
上越妙高駅を出ると西側車窓の妙高山をゆっくり見る暇もなくトンネルとなる。

トンネルの直前、東側の窓から一瞬だがはっきり特養・いたくら桜園が見えた。
2011年夏に亡くなった母がショートステイでお世話になった施設だ。
大抵同じ部屋で、そこからいつも建設中の新幹線が見えていた。
今その新幹線に乗って遠くから母亡き施設を見る。

懐かしく不思議な一瞬だった。

当時、送り迎えで新井柿崎線をしばしば走った。
走りながら母の昔話を聞きつつあちらこちらの里へ道草した。
三和、清里、牧、板倉など各区の村落の平和なたたずまいを母は喜んだ。

話逸れるが、通い始めて間もなく、道中の家々の石垣に目を奪われた。
私が住まう沿岸部ではほとんど目にしないしつらえだ。
特に川石と思われる揃った丸石の垣(かき)が印象的だった。

本日の美術館で、牧区のお客様から一帯の石垣のことで興味深い話をお聞きした。
夕刻あらためて見たくなり、新井柿崎線を中心に板倉まで走り、石垣を見て回った。

1段と2段坂の調整に大きい石の1段から小さな石の2段へと変わる。

1段半下段を埋めて坂を調整。

2段と3段2段と3段の石垣。向こうの下段は石を斜めにして調整。
立方体の石も使って外観を整えている。

5段5段もある。

社1 小さな社の石垣。上段は平らに削り最下段は埋めている。

 

段数と大小を変える高低に合わせて段数と石の大きさを変えている。

目地埋め目地を埋めて傾斜を立て高さを揃える。

亀甲組み亀甲に削ってしっかり組まれた垣。

非常に大きな1石見事に揃った大きな丸石、角の部分は特に立派な石。

川途中の川。この様な所からも運んだのだろうか。

地形や外観への巧みな配慮。
一部を見ただけだったが、石垣は多様で見応えがあった。

日中お聞きした話の中で、冬期の雪を利用し、ソリに石を載せて積んでいく方法は意外だった。
環境や地勢が育む独特な生活文化と、先人の能力の高さをあらためて知らされた。

当地の他所ではどのようになっているのだろう。

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