樹下だより
2021年7月12日(月曜日)
先週末4日間に亘って行われた2021年女子プロゴルフツアー「 ニッポンハムレディースクラシック」で、プロ7年目の堀琴音選手が初優勝した。
2016年「日本女子オープンゴルフ選手権」決勝ラウンドの終盤、アマチュアの畑岡奈沙選手に逆転され貴重な初優勝を逃した掘選手。かって新人賞に輝いた選手は、以後極端なスランプに陥り、シードを失い引退まで考えながら不調に苦しんでいたという。
しかし今季はコーチにも恵まれ、再び復活の兆しが見え、レギュラーツアーでの活躍が期待されていた。
以下ショットはテレビ東京スポーツの決勝の動画からです。


バンカーが連なる恐ろしげなグリーンに向かって打っていく掘選手。
念願の初優勝。
最後のパットを決めた後ずっと泣きっぱなし。
優勝がこんなに嬉しいものだとは思わなかった、と語っている。
ご覧のように今どき珍しく化粧っ気の少ない選手。派手なマニキュアやピアスも無いことにも驚いた。しっかりした雨用のズボンといい、いかに競技に集中しているかかが窺われる。
2016年秋、日本女子オープンゴルフ選手権で高校生アマチュアの畑岡選手に
土壇場で抜かれた時の堀選手。
プロがアマチュアに負けて情け無い、と言って泣く姿が印象的だった。
(GDOニュースから)
この時 堀選手は「天才が1人来たと思った。勝つべき人です」と畑岡選手をたたえたという。
翌年プロに転向した畑岡は渡米し、一般に1勝さえ困難なアメリカで活躍。くしくも先週同じ日曜日に驚異的なスコアをもって4勝目を飾った。
なお掘選手が勝った最終日、一緒に回った最終組の2選手はいずれも新潟県出身者だった。
優勝経験者で、ママさんプレーヤーとして初の優勝が期待された若林舞子選手はプレーオフで掘選手に敗れ2位に、近時上位が多い若い高橋彩香選手は3位になった。ゴルフにおける当県出身者の活躍はとても頼もしい。
コロナの影響か、若者たちに戸外スポーツのゴルフ熱が高まっているという。ゴルフが好きな私には嬉しい。
2021年7月10日(土曜日)
本日、頸城区は希望館で集団接種に問診医として出務した。
一日1600~2000人規模の接種の午後の部で、いわゆる大規模会場だった。当地域では高齢者をほぼ終了し、すでに16才~64才まで対象を拡大している。
午後1時から5時過ぎまで問診と安静室を受け持った。問診は四人の医師が関わり、接種は7つのブースで行われた。7番目はナーバスな方などに向けてベッドで受けられるべく配慮されていた。
密にならぬよう待ち、受付し移動し、問診および接種、観察を受けることが何列にもなって一斉に行われる。高齢者の方たちと異なり、対象者は病歴や服薬も少なく、終始スムーズに推移した。
膨大な対象、しかも10代後半の方達も多く混じり、若者たちに懸念された緊張による不調も見られず、接種後に安静を必要とする人も無かったことは幸運だった。
途中、迷彩服の若い自衛官のグループが入り、最も混み合ったが、機敏な反応と動作によって流れ良く推移した。
この調子で国内の接種進行を期待したいところだが、ワクチン切れを生じたことは極めて残念だ。
但し、既に接種された若者達にも深刻な副反応が乏しいことが集積され、今後用心深い彼らの安心材料になれば、と思った。
無事終了し、一斉に片付けに入る受付スタッフ。
書類はじめ本人確認の受付、案内と誘導、観察など多岐にわたり非常に多くのスタッフが関わる。
薬液調整、接種、問診など医療系スタッフとともに長時間緊張の一日だったに違いない。
過労はミスに繋がるため、こまやかにスケジュールが管理されていることを望みたい。
折角の接種、変異を重ねるウイルスに十分対応することを心から願っている。
2021年7月8日(木曜日)
本日は髙田の新道地区方達が公民館活動として来館されました。その前に小山作之助の墓碑をご覧になって来られたということ、皆様の熱意がとてもよく伝わってきました。
診療時間でしたので十分な時間を取れませんでしたが、お話しをお聞き頂き誠に有り難うございました。

また午後にはThree Love Joetsu Myokoのちかさんが熱心に取材され嬉しかったです。ちかさんの地域に対する情熱を知り、とても頼もしかったです。地域の興味深いことも色々教えて頂きためになりました。
これまでの写真の一部を見せて頂きましたが、お上手ですね、どうかこれからも長く粘り強く頑張りましょう、有り難うございました。
2021年7月6日(火曜日)
連日の雨にもかかわらず庭の植物はよく順応して頑張っている。
大きなカシワバアジサイとテッポウユリが白さを競っている。
早々と雨のなかで開いたキキョウ。
庭を観察している風。
赤、白、黄色。この一角は雨でも明るかった。
リアトリスが咲き始めた。
田んぼに面した場所で毎年ションションと生えるイネ科の草。
風情が良いので全部抜かないようにしている。
柿が段々大きくなった。
柿は案外難しいようなので少し研究が必要。
2021年6月27日(日曜日)
今から10年前、大震災と原発事故に関連する政府のコメントに「安心安全」というフレーズが盛んに使われた。
その言葉の曖昧さがとても気になって、当時安心・安全の愚とブログに書いた。具体性が曖昧のまま事態が流れる印象を否めなかったからだった。
安心安全、また安全安心は、2000年に始まった介護保険制度の議論の中で盛んに登場するようになったやに思う。画期的な制度の議論で、自治体の要人たちは安心安全を常套句とした。述べられるものは役所が用意した数字などであり、責任者としての意識と意欲は薄かった。
挨拶などの終わりには「制度も大事だが、体を鍛えて福祉の厄介にならないようにしよう」などとよく結んだ。
体は鍛えてもらうのは良いが、その後に巡りくる不自由を手当てするのが介護保険。
制度の意味が理解出来ず、肝心な話の方向が違うのであり、委員会では精一杯抵抗し理解を促した。
どれだけ鍛えたか知るよしもないが、その方達は後に、忌み嫌っていた介護保険にしっかりお世話になったはずである。
介護保険、大震災、コロナ禍とオリパラ、、、多用される「安心安全」。
そもそも安心させたいのであれば、安全を十分確保しなければならない。
ちなみに交通安全週間と言うが交通安心週間とは言わない。職場で労働安全週間と言うが安心週間とは言わない。
これらで安心と加えた場合、途端に気が緩みそうである。
安心という言葉には危険な側面がある。
安全を掲げたビル建築工事の下は、工事が完成するまで安心ではない。最初から安心を掲げたら「ウソだろう?」という事になろう。
過日の西村長官の会見は「安全・○○」(○○は確実だったか?)と述べ、「安心」が外されていた。
ある意味正直だと思い、むしろほっとした。
安全は科学的、可視的で明らかなものである。
一方安心は心理の問題で漠然としている。
安全でもないのに、上手いことを言われて安心してしまうことは、世間ならどこでも起こり得る。
国が行うのは安全を可能にする科学を徹底させ一日でも早くコロナ禍を終わらせることだ。
弁を弄して曖昧な「安心」を繰り返すことではない。
ぼんやりだが、私達は安心と安全のちがいを認識していて、聞かされる「安心安全」に違和を感じ、「安全」が薄められるのを心配するのである。
以下は今週末の写真です。
昨日見た近隣のタチアオイ。
昨日新しいベンチで読書する人。
昨日、蓄音機でシャンソンやクラシックを掛けました。
5,6カ所で咲き始めた庭のテッポウユリ。
次第に一種「森」的な雰囲気が出てきた本日美術館の雨の庭。
お客様も庭を愛して下さっていることが伝わる。
本日閉館前にコーヒーを飲んだ。
国は、ふだん国民が色々考えたり国を批判することを好まない。
だが近時、過酷なコロナによって、ものを考えることが自然に増えた。
2021年6月18日(金曜日)
先日美術館に行くと、スタッフが“裏のベンチで小さな赤ちゃんを連れたお母さんが座ってお茶を飲まれた”と嬉しそうに、話してくれました。
良いお天気で、爽やかな風が吹き、とても気持ちよさそうに見えたといいます。
お伝えしていますように樹下美術館には、以下のように三つのベンチ席があります。最近の緑のベンチを載せてみました。
開館以来の裏手のベンチ。
水田に面していてますが、稲が随分伸びてきました。
昨年こしらえた鉄の椅子、テーブル席。
建物の真裏にひっそりとあります。
今春しつらえた駐車場に隣接する木製のテーブル&ベンチ。
これからの季節、晴れた日にどうかお座りになってみてください。いずれの席でも飲食が出来ます。
以下は「そよ風と私」、原題は「アンダルシア」。カテリーナ・ヴァレンテが歌った曲でしたね。
ジョン・ノーマン指揮のコーラスで「そよ風と私」。
ペペ・ハラミジョのピアノで「そよ風と私」。
本日6月18日、当地も梅雨入りしたと報じられています。
今年はどんな梅雨になるのででしょう。
宜しければ晴れ間に外の椅子に座り、海からの風に当たってみてください。
2021年6月16日(水曜日)
15,6年前に東京のデパートの展示会で味の良い伊賀風の壺を購入した。
辻村史郎の作品だった。
昨日NHK総合放送の番組フェッショナルで辻村氏のドキュメントが放映され視聴した。
「作ることが、生きること 陶芸家・辻村史朗」のタイトルで、サブタイトルは-孤高の陶芸家・辻村史朗 山奥で生きる日々に密着-だった。
奈良県山中の仕事と生活はまさに自然とともに営まれている。そこで土と炎にまみれて汗する作家の姿に感銘を受けた。
番組で、
“作品を如何に作るかではなく 如何に生きるかである”。
と述べ、
苦境については、
“嘆くのにも、前に進むのにもエネルギーが要る。同じなら進む方にエネルギーを注ぎたい”
という主旨を口にされた。
理想に執念を燃やし苦闘する人に相応しい言葉だと思った。
以下は樹下美術館で所蔵する作品です。

自然釉の壺に山岳と人の美。
ご長男・辻村唯氏の平茶碗。
茶を飲むと美味しい。
独学で、まあよくもここまで、と感嘆させられる氏の作品。
世間の名を求めず、失敗を肥やしに造形家として、美への執念ひと筋に生きる賜物ではないだろうか。
嘗て氏のことを知らず、ただ良かった、というだけで作品を求めたが、放映を観て素晴らしい人であることを知った。
現在樹下美術館はコロナの影響を考え、月末の呈茶を中止していますが、再開の際には、齋藤三郎作品とともに辻村氏親子の器を用いたいと考えています。
2021年6月10日(木曜日)
本日6月10日は樹下美術館の開館記念日でした。うっかり者の私はそれを忘れていました。午後休診日の本日、昼食を摂るや青空の下ゴルフ場へ直行し、午後の9ホールをお一人様で回ったのでした。
その間にIさんからお祝いのメッセージを頂戴していて、本当に感謝しています。皆様の方がよほど館長のようになってしまった樹下美術館。それも当館の一つの形でしょうか。
皆様への御礼かたがた、ざっとですが、あらためて建設の過程を振り返ってみました。
06年4月雑木林の伐採が終わって更地に。
06年6月17日ささやかに地鎮祭。
設計監理の大橋秀三さん、施工の久保田誠一さんらと。
06年8月基礎工事が仕上がってきた。
爽やかなコンクリートの形状をとても美しいと思いました。
06年10月鉄筋工事。
おぼろげに今後の空間を現す鉄筋も幻想的でした。
06年11月下旬コンクリ-ト工事が進む。
冬期間に内装、水・電気工事などが進み年を越えた。
07年3月、寒空のもと外構工事。
07年3月末、陶芸ホールに展示ケースが来る。
同じ頃、絵画ホールでピクチャーレールの高さを決める。
07年4月庭工事。
4月末、カフェに家具が揃った。
07年6月5日、ほぼ全ての工事が終了。
開館して15年目となり、収蔵品が少しずつ厚くなり、建物が渋みを増し、庭が育ち、当初よりも皆様に愛好して頂いている樹下美術館。
しかしいつも、どこかが、何かが足りないのを感じながら歩んだ半人前の零細施設です。
この日にあたり、成長の無い館長の怠惰をお許し頂けるならどんなに有り難いことでしょう。
これからもどうかどうか宜しくお願い申し上げます。
本日の米山水源カントリークラブ。
時折ホトトギスの声が聞こえ、高く飛ぶ姿が見えました。
昔の田植え、朴葉、初がつお、気象、6月特に上旬はやはり素晴らしいです。
良いお天気のもと、お陰様でワクチンストレスを緩和できました。
夕刻の庭の一角に咲いていた自生のホタルブクロ。
何故か感動しました。
2021年6月9日(水曜日)
ふとしたことで中勘助の「銀の匙」を読むと、作者に興味を持ち氏の他著書も色々読むようになった。現在手許のは12話の「鳥の物語」で、過日の白鳥の後、昨日昼休みに「雉子の話」を読んだ。
少し長いですが、以下は拙あらすじです。
物語は、ある昔の長柄(ながら)の寒村に架かる橋と人々の話です。
村の川は急で大雨のたびに橋は潰れ、作る後から次々に流された。ついに離村まで覚悟する村人は最後に村の宮へ参る。願を掛けられた神官の娘である巫女は倒れるほど苦しみながら、神のお告げ“継ぎ袴(つぎばかま)で通る者を人柱に立てよ”と下す。人柱選びは村人を辛く追い込み、村は活気を失うまでになる。ついに神主自身が継ぎ袴を着けて村へと下る。それを知った娘は駆けつけるが父は人々の前で、掘られた穴に入った。
時は過ぎ、優しい青年の妻となった娘だが、父の犠牲に苦しみ、ついに病の床に着く。橋は立派に完成し、神主は北の国で雉子に生まれ変わっていた。雉子の父は娘恋しさにふる里を目指すが途中で猛禽に襲われ、右肩を負傷する。歩くだけになった雉子だが、かろうじてふる里に辿りついた。
一方、娘の容態を案じた夫は滋養の足しにと弓矢を手に狩りに出る。草むらで雉子の鳴き声を聞き、放った矢は雉子を貫いた。
その晩、娘の夢枕に立った父は、“私は北国で雉子に生まれ変わっていた。お前会いたさに、ようやく村までたどり着いた。しかし嬉しさのあまりお前を呼ぼうと鳴いた所、的になってしまった。お前は目ざめたら柱に架かる雉子の右肩を見てくれ、その傷が私である証拠だ”と告げる。翌朝、柱に架かった雉子の肩を見た娘は悲しみのあまり自ら命を落とす。
以上“雉子も鳴かずば撃たれまい”という言葉通りの結末です。人柱というものが本当にあったのか、いささか信じられませんが、伝説などはあるようです(数年前板倉区の人柱供養堂の前を通ったことはありますが、、、)。
「鳥の物語」 1983年1月17日 (株)岩波書店発行。
鶴やひばりなど12の鳥が身内の物語を述べる形式。
野尻湖にある中勘助の詩碑は「ホオジロの聲」だった。博識の氏は愛鳥家でもあったらしい。
さて雉子の物語を読んだ昨夕、庭に出ると南の端に雉子がいた。本を読んだせいではないだろうが、久し振りに近くに現れた。
鉄ベンチの向こうでこちらを見ている。
ややあってあぜ道に出た。
雉子が向いている方を見ると、ハクセキレイがからみ合っている。
この鳥のつがいの情愛はこまやかで、非常に美しい場面があると聞いていた。
何とか写った一枚だが、確かにただならぬ雰囲気がある。
中氏にはハクセキレイも書いてもらいたかった。
鳥の世界でもハクセキレイのことは有名なのか。
うらやむように雉子がケンケンと鳴き。
ドドドドと羽ばたいた。

その後しきりに毛繕いを行い。
植え終えた田に入っていった。
本日午後、福祉施設の接種で2回目の問診を行った。残り2回、無事を祈っている。
ところが帰ると、ある事業所の担当者が、社員の接種の相談に来た。
自院、施設、集団と現在三つ同時に関わり、その半ばに差し掛かるや、今度は企業が入ってくる。
さらにたたみかけるように今夜一般接種について市の説明会があり、スタッフとリモートで参加した。
黒かった私の髪が後頭の一部で真っ白になっているらしい。
会長時代に聞いた言葉、“ものを頼むなら忙しい人に頼め”を何とも言えない気持で思い出している。
2021年6月5日(土曜日)
ほど良い気温に何気ない風、おおむね晴れた空であれば、やはり6月は良い季節だなと思う。
あるご夫婦と久保田成子さんなどの話をした。
アイスコーヒーが美味しい午後だった。
着物を着て遊びにいらした三人組。
樹下美術館は着物も良く合う。
夕方に芝生の撒水をしてから電車の場所に行った。思わぬ大茜が現れてきれいだった。

上掲の2枚はくびき駅着18時59分の上り。

およそ20分後に通過した下り電車。
美しい夕暮れ時に乗車している人は幸せだ。