三陸で捕れた大きな鱒の恵み。

2016年6月8日(水曜日)

昨日は弟から鱒が届いたことを書かせて頂いた。
今夕ひとつはアラ汁に一つは焼き魚で卓に上った。

味、香りともに秀逸で濃厚なうまみに舌鼓を打たせてもらった。


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鱒は大きければ大きいほど美味しいという。
送った本人が、自分も食べてみたかったとは、昔から食いしん坊の
人間らしいお言葉だった。
三陸で捕れた海山川の恵みを一身に背負った鱒と弟に感謝したい。

姿びっくり、味もびっくりであろう弟からの鱒。

2016年6月7日(火曜日)

数日前に宮城の弟から鱒を送ると電話があった。
豚を飼っているので肉がいいか、それとも魚にするかと訊いて
くれる。
今回は魚にしてもらった。

彼自身グルメゆえ美味しい物を届けてびっくりさせたい有り難
みと暖かみこもる話である。

頂く方は見ばえと味の両方をびっくりしなければならない。
最初のびっくりは開けてみてまさにそのとおりだった。
きらきら光った3キロ以上はあろうという立派な鱒だった。

 

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腹が隠れてしまったが、まるまると肥っている。

写真のあと妻はさばきにかかった。

おそらく明日、どんな形で食卓に上がるにしてもしっかりく味わった
うえ、正しくびっくりしようと思っている。

田んぼで水浴びする鳥たち。

2016年6月5日(日曜日)

時々陽が射してしのぎやすかった日曜日。
美術館のテラスのベンチで本を読んでいると、目の前の田ん
ぼに鳥たちがよく来た。

本日は雀やカワラヒワ、ハクセキレイなどが水を飲んだり水を
浴びた。
読書といえども写真も撮りたいので忙しい。

 

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↑黄色が印象的なカワラヒワ。

 

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↑水浴びの後軽やかに飛び立つたハクセキレイ。

デッキのベンチに近い場所だが、鳥たちは幾分馴れている
印象を受ける。

 

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ハクセキレイを見ていたら樹下美術館のトイレを思い出した。

設計家・大橋秀三氏による樹下美術館は手洗いも明るく大変
清潔です。

大潟かっぱ祭 編み笠の米大舟。

2016年6月4日(土曜日)

当地に長く伝わる踊りに「米大舟(べいだいしゅう)」が
ある。
子供の頃の祭の夜、神社で輪踊りが行われていた。
この踊りも歌も好きで小学生のころよく見に行った。

哀愁の曲調を剽軽にを踊るオジさんがいて、お腹をか
かえて笑いながらその人に付いて回ったことがあった。

翌日、その人の踊りのこともあるが、真似をしながら
ついて歩いた私も可笑しかった、と人に言われた。

ところで昨日から明日まで上越市大潟区で「大潟
かっぱ祭
」が開かれていて本日午後、米大舟が踊
られた。
以前から昔ながらの編み笠をかぶる踊りを是非見
たいと思っていたところ、今年実現した。

 

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ゆっくりとゆっくりと踊られる「米大舟」

 

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ああ懐かしい、今年は編み笠を被って踊った。
笠は踊りに専念出来るし、姿も動きもきれいに見える。

 

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八社五社(やしゃごしゃ)を踊る人達も集合。
昔から地域によって八社五社が踊られている。

 

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甚句風の八社五社、とても上手だった。

 

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周囲は木陰の松林。

 

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ダンスのリハーサル。

 

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とても賑わっていた。

米大舟や八社五社でいえば、何百年前と同じようにするのは本
当にすばらしい。

それだけの価値を有していることと、伝える人と観る人も価値を
分かっていることで余計に素晴らしく思われる。

爽快だった昼のすじ雲。

2016年6月3日(金曜日)

寒いという人も涼しいという人もいた本日、澄んだ色の空にすじ雲が
清々しかった。

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↑西の空からやってきて。

 

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↑しばし頭上で舞を披露しつつ東の空へ去っていく。

 

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↑北の方にはエイサーの一団だろうか、一生懸命だった。

昼休みのひと時、美術館の駐車場から爽快な雲を眺めた。

表情があって美人な雌キジ それに引き替え雄は、、、。

2016年6月2日(木曜日)

肌寒かったが気持ち良く晴れた木曜午後は仕事休み。

デッキ
日射しが心地よかった今日の美術館のデッキ。
昼食の後ここで読書をしている、とメスのキジが眼前の畑に
現れた。

右足が不自由な歩き方をしているので先日見た雌だと思った。
一人でいるところをみると求愛は上手く行っていないのか。

足のハンディが心配だったがちゃんと肥っていて元気な様子。
私がじっとしてカメラを構えていたのを知ってか、知らずかこち
らへゆっくり移動して来た。

 

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枝豆畑ではかなり目立っている。

モニターで大きくしてみると明らかに表情が見て取れる。
有り体に言えば色気のようなもの?が特に目に現れていた。

以下写真の上半身を伸ばしてみた。

IMG_2618 - コピー
シャドウやハイライトなどメークを施しているような目。
きりきりとした美人さん。

IMG_2632 - コピー
まさか訴えているわけではないだろうが、、、。

IMG_2642 - コピー
たまたまであろう、私と目が合っている。
(7、8メートルの近さで、一瞬どきどきしました)

最後にあぜ道を飛び越えるとすぐ横の深い草地に入り、
見えなくなった。

さて本日雄を見なかったが、顔もまた雌雄まるで違う。

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先日の雄の横顔、真剣な雌に較べて一種おふざけ調である。
赤い飾り部分は反対向きのようであり、しかも目には表情を認めが
たい。(正面向きは迫力があるようですが)
キジは一夫多妻が可能らしいが、多くの雌を均等に相手にするため、
あえてて曖昧な表情に進化したのだろうか。

それに引き替え雌の、特に目には強い引力が感じられ、このような
美人を放っておく雄には罪があろう。

 

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慌てていて全くピントが駄目ですが、農道を飛び越えて傍らの草地
に入った本日の雌。
足が不自由なこともあり、元気でいて欲しいと願っている。

草が刈られている場所の清々しさ。

2016年6月1日(水曜日)

最高気温が20度に届かず、夕刻は15℃だったと当地のニュース
が伝えていた。

今年の花は早く咲きあっという間に終わってしまいますね、とある
方が仰った。
まさにその通りだと思う。

樹下美術館の庭は大好きなキョウガノコが華やかに、ヤマボウシ
は白さを増している。
うかうかしていたらアジサイがあちらこちらでパッパッと咲き始め
た。

周囲の空き地に目を移せばこんな庭が出来れば、と思うほど色と
りどりの草花が清々しい初夏の彩りを見せている。
以下三葉は美術館近傍の空き地です。

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↑美術館の隣地でイネ科の草にブタバナの黄色い花が清々しい。

 

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↑上の場所から樹下美術館方向。牧歌的な景観で親しめる。

 

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↑ここにはマンテマがほどよく混じっている。

 

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↑美術館から少し離れた場所でムシトリナデシコとマンテマの赤い
花が混ざり、チガヤの白い穂が忙しく風に揺れていた。

ところで空き地は放置すれば茂りに茂り、あっという間にジャングル
化する。
上記の場所はいずれも適時草刈りをしているため、風も陽も通り清々
と花が咲き、ピクニックをするか絵でも描いてみたくなる。
いずれも印象派絵画の草地のような色彩を帯びて美しかった。

昔から地域を知っている人はほどよい草刈りを欠かさない。
その方達のお陰で気持ち良い眺めに出会うことが出来る。
かって農村では牛馬の餌としてせっせと草刈りにいそしんだというが、
景観も大切にしたのではないだろうか。

齋藤三郎(陶齋)のアザミ 瑞天寺道のアザミ。

2016年5月31日(火曜日)

日ごと時間ごと、蒸したり寒かったりして梅雨に似ている。
いつしか木々の緑は濃く深く、そして大らかになった。

昨日これまで何度か通った蜘蛛ケ池の瑞天寺道と勝手に呼ん
でいる道へ行った。
昼休みのその道はかなり草が茂っていたものの、楽しみにして
いたアザミが沢山見られた。

 

瑞天寺道のアザミ
湿り気のある一帯はアザミの天国のようだった。

アザミと言えば樹下美術館常設展示の陶芸家・齋藤三郎(陶齋)も
食器にアザミを描いています。

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↑染め付けアザミの湯呑。

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↑左・掻き落とした染め付け湯呑と右・搔き落としの鉄絵ジョッキ。
(左の湯呑の裏側には大きな破損があります)

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↑染め付けのアザミをあしらった鉄絵のジョッキ。

陶齋は様々な花を自在に生き生きと描きました。
花を愛して止まなかったからに違いありません。

私が草花を好きになったのは子供時代から陶齋の器に
接していたせいかなと思うことがあります。

良い美術工芸作品にはそんなことが想像されるほど時
に強い作用があるのではないでしょうか。

キジの求愛行動 メスもディスプレイ様のことをするのか。

2016年5月29日(日曜日)

良い季候が続いていた昨日美術館裏のデッキベンチの田で
キジの求愛行動を見た。
(オスは先日掲載した個体ではないかと思われます)

オスはメスの先へ回り、しゃがんで尾羽を広げて見せる。
メスは避けたり、飛んだり、きびすを返したりするが、オ
スは追いかけて同じ行動を行う。
何度も繰り返し、場所を移動しても行われた。

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↑体を大きく膨らませてメスに向かう雄。

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↑メスが後ろをすり抜ける。

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メスの前に先回りするオス。

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↑前に回ってしゃがみ、尾羽を広げてメスに見せる。

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↑メスがすり抜けてオスがまた追う。

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↑メスを追い抜くオス。

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↑尾羽を広げる。

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↑場所を変えて続ける。

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↑間もなくオスが追わなくなりメスは少し淋しそうな感じ。

この後のメスの行動はかなり意外でした。
以下コンパクトデジカメの動画からのスチール画像です。

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↑オスからやや離れてくちばしで砂を払うメス。

 

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↑そこにうずくまる。

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↑身を倒し。

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↑横たわる。

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↑ふわりと羽を広げる(砂浴びとも違うように見えました)。

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↑起き上がる。

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↑オスに近づく。

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↑急接近し一見仲直りしたようだが。

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↑突然オスの前を飛んだメス。
尾羽を高く上げているので、これも誘いの行動かもしれない。

 

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↑飛んだメスはオスのそばでうずくまり尾を立てて誘う動作を見せる
がオスは興味を示さない。

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↑メスは諦めたように立ち上がると去って行きました。

さて当初オスの縄張りに入って来たメスがオスを誘い、繰り返し
オスの求愛行動を促しているようでした。
オスはメスの前に出てはかがみながら尾羽を広げて見せる。
これに対してメスは厭がるような素振りをして向きを変え、オス
が追いかける。

この繰り返しは華麗な鬼ごっこの様子でしたが、間もなくとオス
はディスプレイ行動を止めて餌をあさり始めました。

するとメスは近くで横たわり羽を広げるなど、「こっちへ来て」と
言うような意味ありげな行動をしました。

付け足しますと、けがをしているのかメスは終始右足を引きずっ
ていました。
足を引きずり、うずくまり、羽を広げる。
まさかと思いますが、これらはオスの気を引くための一種偽傷行
為に見えなくもなかったのです。

また最後にメスはオスに寄って行き、飛び跳ねるとうずくまりました。
うずくまるのは交尾を促すか、あるいは卵を温める行為にも見えま
したので、これもつがいになることを促す動作の一つだったかもし
れません。

いずれにしましてもオスよりメスはこまやかな駆け引きをしかけて
いるように見えました。
こんなことからキジの一夫多妻の形はオスよりメスの積極性がそ
うさせているのかもしれない、と想像してみました。

機会があればもっと観察したい所です。
(※最後の2枚の写真と後段の感想は5月30日に追加致しました)

とても長くなりました。

除草その1。

2016年5月28日(土曜日)

樹下美術館では除草の手間が多い。
近時苔まで取るので除苔(じょたい?)も加わっている。
本日は春からの手入れのことを記してみたい。

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↑一番南側の低い所はスギゴケの天国になりかかった。
スギゴケは樹木や石が主体の庭なら良いが、肥料を奪うので花の
庭には誠に悪い。
一本一本に数㎝の根があり、深く掘らないと残った根から発芽する。

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↑2月下旬にシャベルや鎌で削った。

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↑その後、お陰様でスズランやアヤメがよく咲き、この先はミソハギ
やリンドウが待っている。

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↑4月2日、枯芝の中で早くもスズメノカタビラが青々と生えいる。
雑草たちは旺盛で常に季節や場所の先取りをしてくる。

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↑芝は根で繋がっているが、スズメノカタビラは一本一本抜ける。

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↑秋に種が散った部分で沢山出てくる。
放っておくと、丈が倍以上になり横に広がり根が強く、取るのが大変。

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↑4月上旬、背丈5㎝ほどで密集し一見愛らしく見えたタネツケバナ。
当初は“何という花ですか、可愛いですね”とお客様が仰った。

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↑それがどんどん伸びて細いサヤ状の種を沢山付ける。
乾燥してくるとそっと触るだけでパチパチ音を立てて種を周囲に飛ばす。
現在飛んだ種の芽が出て二回目の花が咲き、再び除草の対象にな
った。
大きいのは30㎝にもなるが、簡単に抜けるので種が飛ばないうちの
除草が肝心。

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↑先日の庭。一見きれいですが、まだまだです。

さて除草は掛けた時間の分だけきれいになりますし、庭は皆様に
楽しんで頂ける作品とも言えますので作業は気になりません。

少々広いため毎日何らかの手入れは必要で、「修行?」と思って
行っているところです。

機会をみてその2を記させてください。

カフェのノートの楽しいイラスト。

2016年5月26日(木曜日)

先日、館内のノートのうち展示ホールのものに記載された皆様のお声の
一部をここに掲載させて頂きました。

ノートはカフェにも数冊ありまして、本日はそのうち丸テーブルに置かれた
ものからご紹介いたします。

このノートは横書きのせいでしょうか、よくイラストが描かれているのです。

 

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ノートの外観はかなり華やかです。

 

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↑何人かの方が次々に描き足したのでしょうか、楽しい時間が伝わります。

 

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↑御抹茶と和菓子を食べたのですか、雰囲気があるイラストですね。

 

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↑“長岡にもこんな素敵な美術館があればいいのになあ”
有り難いお言葉、どうかまたおいでください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この所の暑さですでにぐったりしている花が幾つか見られた。
閉館してから散水したが間もなく夕立のような雨が降った。

だが雨だけあてにしていると枯れてしまう花があり、庭は気が抜
けない。

野イバラ(野バラ)と齋藤三郎(初代陶齋)の壺。

2016年5月25日(水曜日)

先日まで樹下美術館一帯はアカシアの白い花が沢山見ら
れていました。
それも終わり、いま路傍などに野イバラが咲いています。
野イバラはいわゆる野バラに相当する植物です。

茂ってトゲもあり、容易に触れにくい花ですが、近づくとと
ても良い匂いがします。

 

1
↑野イバラ(野バラ)。

1の拡大
↑上掲写真の部分をトリミングして拡大。

 

さて樹下美術館に齋藤三郎(初代陶齋)が野バラを描いた壺
が二つあります。
一つは青(るり色)の地に黄色で描かれています。

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↑初夏の青空を思わせる地色の「色絵のばら文壺」。
縦横22,0×26,0㎝

 

2の拡大
↑「上掲の一部を拡大しました。

 

もう一つは現在展示中の作品で、赤い地に金彩で描かれ
ています。

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↑「赤絵金彩野薔薇文壺(あかえきんさいのばらもんつぼ)」
縦横20,0×16,9㎝

あでやかな赤と金、才気と情熱が伝わる作品です。
(「ばら」と「薔薇」とありますが、器の箱の記載通りにしました)

3の拡大
↑上の写真の一部を拡大。
二つの作品とも軽やかな筆致で花の喜びを伝えています。

野バラを描いた陶芸家は珍しいと思われ、陶齋の花への親し
みが伝わる作品ではないでしょうか。

アザミの季節にもなりましたので、近いうちにその作品も掲載
したいと考えています。

頸城野の早苗と電車とツバメ 10年目の樹下美術館。

2016年5月23日(月曜日)

田植えを終えた水田の中をほくほく線の電車が行く。
かって高速特急「はくたか」が轟音と共に通り過ぎたほく
ほく線。
普通列車だけになったが、くびき駅を出てから目の前に現
れ雑木林に消えるまで、さえぎる物も無く眺めは楽しい。

日本一早いローカル特急を支えた高架橋は立派で、今そ
こを走る普通列車は田園の「小さな王子さま」といった感じ
だ。

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↑植え終えたばかりの瑞々しい田園を行くほくほく線電車。

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↑なびく早苗と風を切るツバメはお金で買えない清々しい眺め。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本日来館された何組かの方が、
「上越にこんな良い所があるなんて知らなかった」と仰った
そうです。
樹下美術館は今年10年目になりましたが、実はこの様な
ご感想がよく聞かれ、今なお大いなる励みになっています。

“皆様に感謝を致し、これからもどうか宜しくお願い申し上
げます”

国鳥のキジ。

2016年5月22日(日曜日)

見たいときに中々見られず、ぼんやりしていると不意
に現れるキジ。
最近美術館の周囲でいっそう頻繁に鳴き声がしていた。

本日閉館後のベンチで休んでいると向こうの畦に現れ
た。
およそ茂みや深い草むらを隠れるように移動するが、
今日は臆することなく姿を現すと少しずつこちらにやっ
て来た。

 

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↑右手前にハクセキレイも来て平和な眺め。

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↑横顔は一種滑稽だが、正面からは若冲の絵のよ
うな迫力。

 

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↑元気よく鳴き声をあげドドドーッと羽ばたく。

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↑たいていバランスを失うほど煽る。

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↑鳴き終えて澄ましている。
(最後の方は日陰に入り、露出などうまく行きませんで
した)。

何を食べているのだろう、とてもよく肥っている。

日本の国鳥なのに撃ってもよいことになっている。
幸い撃つ人も減り次々放鳥されるため増えているらしい。

立派な鳥で人里にも馴染んでいる。
美術館一帯は禁漁区だが、せっかくの国鳥だからもう狩
猟を禁じてもよいのではなかろうか。

今にして思えばということ。

2016年5月21日(土曜日)

良い季節となり近隣の田も田植えは終了しつつある。

 

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5月17日のデッキ。

さてまた田植えの話で申し分けありません。
「今は10条植えなんていう凄い田植機があり、5反くら
いは何回か往復するだけで終わらせちゃう。兼業や手
伝いの家族の都合なんかで、田植えは週末にちゃっち
ゃっと済ますんです。人も二人か三人で、昔とは大違
いです」

話はその昔、そうとめ(早乙女)をした若いおばあちゃん
の感想だ。

今でも田植えは見た目と違い楽ではないと思われる。
また最盛期の田んぼは田植機が動き回り、人も出て、
私は好きだ。

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↑お年寄りも腰掛けて応援団として田植えに参加しているようだった。
早乙女だった日の熱い血がよみがえるのではないだろうか。

その昔、見渡せばあちこちで十人、二十人の人、それ
もある時代、ちゃんと着付けた早乙女達はじめ、大勢の
男衆がいで立った田植えは、どんなに壮観な眺めだっ
たことだろう。

但し苗の仕度、人集め、複雑な段取り、雨降り、、、。
田植えは持ち主にとって目出度い一方、重い責任とスト
レスの行事だったに違いない。

自分なども見ようと思えば過去いくらでも大勢の田植え
を見ることが出来たはずだが、当時は見る目がなかっ
たとしか言いようがない。

親の話なども同じで、居なくなってから聞いておけば良
かった、と思うことばかりだ。
一方、子は要領を得ず、親も馬鹿にしてまともに相手に
してくれない、ということもあり、難しいところだ。

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