頸城野点景

潟町ー上下浜あたりの高速道路沿いの山桜 今日も同じウグイスが。

2018年4月12日(木曜日)

そわそわしているうちにソメイヨシノが終わり、山桜も
盛りを過ぎようとしている。

ところで北陸道で柿崎ICー大潟SIC間の上下浜から潟
町にかかる辺りで山桜の美しい所がある。
数年前に新潟のテレビ局が髙田公演の桜を取材放送した
時、“帰りの高速道路でもきれいな場所がありました”と、
言って車窓からここを撮ったものを流したことがあった。

運転中にこの桜を目にすると、一瞬疲れが和らぎ気分が
明るくなる。

 

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自然の花、ヤマザクラにはのどかな美しさがある。

 

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本日も格調高く鳴いていたウグイス。胸元にくっきり波
形の模様があり、昨日のと同じ鳥であろう。
胸元の模様は、もはや首飾りと言ってもよいくらいの鮮
やかさ。ウグイス界では何かのタイトル保持者かもしれ
ない。

浅葱色の樹はヤシャブシだろうか まさかのエナガと出合う。

2018年3月22日(木曜日)

時間が許す限り午後のひとときは美術館に寄る。

昨日美術館の近くの高速道路の側道で浅葱色の樹
を見た。
芽吹きが始まっていると思ったが本日よく見ると、
それは芽ではなく、房状の花だと分かり写真を撮
った。

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太くて愛嬌がある花が沢山ぶらさがっている。
このような形状の花を付けるのはハンノキやハシバミのほ
か、ヤシャブシがあり、ハンノキなら樹下美術館に大きい
のが数本自生している。

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美術館のハンノキ。前の写真の房よりも細く、柄がある。
前掲のものはヤシャブシという樹木ではないかと思われ、
そうであれば植栽されたものであろう。

よく似た花にヘーゼルナッツ(西洋ハシバミ)の樹がある
ようで、実は日常よく食べられる。
ハンノキ、ヤシャブシとも実をつけるが食用にならないら
しい。

ところで高速脇から帰ろうとすると、背後の雑木林でチ
ーチーと小さく鳴く鳥の声が聞こえた。
近くにまさかのにエナガが見えた。

 

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いつものように慌てているのでピントが合いません。

 

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撮れたかなと思ったら背中、このあと飛び去った。

さてこの鳥を昨年9月に柏崎の小高い宅地で見て撮った。
本などでしか見たことが無かった可愛い小型の鳥をドキド
キしながら撮った。

 

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柏崎のエナガ。撮影しながらもう二度とお目に掛かれな
いだろう、と思っていた。
それが樹下美術館の直近で出合うとは。

朝早くならば、もっと沢山の野鳥を見ることができるので
はないだろうか。
朝寝坊の私が鳥と出合うのは運任せというほかないが、
いずれ早起きをしてエナガをはじめもっと鳥たちと巡り会
いたい。

穏やかだった県立大潟水と森公園 陶齋が器に書いた「清香満室」。

2018年3月18日(日曜日)

日中14,5℃、穏やかだった日曜日、大潟水と森公
園を歩いた。ついひと月前は冬のオリンピックの真っ
最中で豪雪、いつまで雪が続くのかと思っていた。

それが一回の嵐で雪はぺちゃんこになり、開館の15
日には辺りから消えた。

 

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↑ミズバショウ。この区画は現在立ち入り禁止だったので
ズームで撮りました。

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広い枯れ芝の広場で。

穏やかな公園で、サッカーの家族やキャッチボールのカ
ップル、散歩の同級生夫婦、読書の人など、休日を楽し
む光景を目にした。

樹下美術館でのこと、
昨年お産の数日前に来られた方が、昨日乳母車に8ヶ月
になった赤ちゃんを乗せて顔を出された。

あるいは初日に来られた方から齋藤三郎の煎茶茶碗に書
かれた文字を尋ねられ、「清香満室(清香室に満つ)」と
お答えした。
本日その方が来られ、調べてみましたら、1941~42年に
病に臥した西田幾多郎の病床へ鈴木大拙が梅を送った。
その梅が咲いているという西田の礼状に「清香室に満つ」
の言葉がありましたよ、と嬉しそうに仰った。
このようなことはみな樹下美術館を営めばこそであり、幸
せなことだと思う。

春を待つ土底浜の古屋敷跡。

2018年3月11日(日曜日)

以前、私が生まれ育った上越市大潟区は土底浜の草地
を書かせて頂いた。

2010年8月の記載2013年12月の記載

本日ふと思い出して行ってみた。
一帯は昔人々が住んだ住居跡が窪地として残っている。
一定の窪地の形状はもっぱら冬の季節風である西風を
防ぐためのしつらえだ。

 

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車を駐めた場所も住居跡(古屋敷)だったと考えられる。

 

 

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海へ向かうと小さなトンガリがありそこから周囲を見渡せる。

 

 

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東の方向を見る。ちょうど陽が射し自分の影が映る。枯れ
ている草はイネ科の植物だろうか、かって見た12月のそ
れよりもさらに色褪せ、明るく軽々とした感じに見えた。
強風によって草とともに体も翻弄された。

 

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西の方角。遠く右上方に小さな窪地が見える。近時その一
帯が土底浜古屋敷海岸公園として整備された。

 

 

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公園の駐車場。あまり人影が無い場所だが興味深い。

 

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公園の説明パネルの写真。左上の海に沿って四角また馬蹄形
に窪地が多数見える。これらはみな、かってここに住んだ人の
屋敷跡だという。写真は1975年ころの航空写真。

 

 

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パネルの場所から最初に居た方向を見る。この場所も屋敷跡の
ようだ。

 

 

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風よけに植えられたエノキ。強風の影響で風下に細かく枝
分かれし、血管模型かモダンな彫刻風に変化している。

屋敷の周囲は土盛りされているが、さらに竹や榎で囲われて
いる。一体いつ頃まで住んでいたのか、それぞれはかなり広
く、何軒かで住んでいたことも考えられる。
沿岸の大潟区では西側が古く、昔は海沿いに道が作られ、
集落もそこにあったという。いつ頃まで住まわれていたのか、
そんなに古い話ではないらしく、詳しい方に聞いてみたい。
半農半漁の寒村だった故郷、大潟。昔は米が採れた周辺の
農村の方が豊かで、農村部から当地への嫁入りは、あんな所
へ行くのか、と言われたという。

本日、雪の晴れ間。

2018年2月9日(金曜日)

本日概ね晴れて少々気温が上った。
大きくなりつつあったつららが解け,屋根の雪も減った
ように感じられ、有り難い。

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海岸沿いのこの場所でこれほど雪があるのを見たこと
がない。

上越市大潟区の県道(浜線)沿いは懐かしい風景が随所
にある。雪が懐かしさ(あるいは親しさ)をつのらせる。

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本日の雁子浜。

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昨日の潟町。

 

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この所、路上で餌を探すスズメやハクセキレイをよく見る。
車を恐れないのは、豪雪で餌に不自由しているからに違
い無い。このキジバトは痩せて見えた。

明日も気温が上がり晴れ間があるという。

以下は一昨日の樹下美術館と駐車場。

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2007開館来最高の積雪。この分だと、来る3月15日
の開館は雪が残っている可能性があり、除雪機の活躍が期
待される。

妙高山を見に行って。

2018年2月8日(木曜日)

本日日中は澄んだ青空が見られた。
仕事場の大潟区は早朝に降り、雪は1メートルを越え
たようだ。

こんな日は妙高山を見よう、というので板倉の針を目指
して車を走らせた所、中腹までの姿しか見えない。
時間が経てば見えるかも、ということでパインバレーへ
と足を伸ばした。
スキー場は閉鎖されているはずだが、道路は非常にきれ
いに除雪されている。

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私たちのためにだけ除雪されている、と錯覚するほど気
持ち良く、もったいない道路。

だれが利用するのだろう、ホテル、スキー場駐車場など様
々なエリアへのパースがしっかり除雪されていた。

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ホテルを出たすぐの通り。正面の妙高の山頂は相変わら
ず見えないがスケール感は期待どおり。
その昔ゴルフやスキー、そして食事に来た懐かしい場所
だけに寂しさを禁じ得ない。開場するイルミネーションシ
ーズンには訪ねてみたい。

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施設を出て西側の道を関山まで走った。思わぬ下りの急な
曲がりが続き、日陰は氷り、浅からぬ谷沿いでもあり、肝
を冷やした。

せっかくだからということで、ロッテアライリゾートへ向か
った。

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妙なアングルだが、かっての様子と随分変わっている印象
を受けた。

今冬は浜雪、里雪になっているがやはりスキーリゾートは
豊かな積雪。春めいててきたら一帯の散策や食事などに寄
りたい。

今の所二月の方が良いお天気 夕刻の風景を顔にしてみた。

2018年2月4日(日曜日)

本日日中は予報よりも良く、風はあったが晴れ間の
多い空だった。
今の所前月よりも今月のほうが良いお天気になって
いるようだ。但し明日から4,5日は寒波が続く模
様。
現在20:30を回った所で、さっそくヒューヒュー
と空が鳴りだした。

 

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東方の米山が穏やかな雲に囲われていた。

 

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西では雲間から白い陽が覗いた。

陽は眼を思わせたので簡単な加工ソフトで顔
にしてみました。

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左下の権現山を唇に使わせてもらいました。
お眼汚しとなり、申し分けありません。大きく
してみると少しだけ優しくなるようです。

大雪中休みの日 県立大潟水と森公園。

2018年1月13日(土曜日)

本日は寒波の中休みのおもむきとなり、小雪模様、
時々陽が射した。
昨日来の大雪で鳥たちが気になる。
午後の晴れ間、県立大潟水と森公園に向かった。

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晴れ間のひととき、大潟区は長崎集落。

 

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歩道の柵に積もった雪。ふわっと丸くするなど人間に
は無理。自然のデリケートな側面を見せつけられる。

 

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失敗のようだがこれも難しいのでは?

 

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右手前からカワセミが飛び立った。カワセミは見るだけ
で写真に撮ったことがない。

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通路の除雪が進んでいてとても助かった。良く知って
いる人が行っていた。公園への愛情が伝わる。

 

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辺りの葦原に四十雀が沢山いて茎を突っついている。
何を食べているのだろう。

 

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すぐに飛び立ったマヒワはこれ一枚でお別れ。

 

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アトリ。昨日の大雪で心配したが除雪された通路にいた。
ただし数は少なく、分散して過ごしているのだろうか。

 

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暖かなオレンジ色、可愛い目。
本当に鳥たちは何を食べているのだろう。

 

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公園への道すがら。気象の温情、あるいはイタズラ。

 

鳥たちは居た。厳しい季節だが、私が知らない餌や生き
る術があるのだろう。

だが以下の鳥は可哀想だった。

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あぜ道で二羽のカラスに攻撃されていたトビ。車を止め
るとカラスは飛び立ち、間もなくトビは近くの庭へ去っ
た。
後日訂正:すぐ近くで見たので大きく見え,トビだと思
った。しかし尾羽の形状、羽毛の色、カラスとのサイズ比
較などからトビではなく、ノスリのようでした。
(1月15日)

 
カラスは弱ったもの達の後を執拗に追う。かって上手く
歩けないキジ、すぐに座り込み取り残された白鳥でその
ような光景を見た。つがいなのか、いずれも二羽で追っ
ていた。

どか雪の後、一部ながら迅速に道が付けられていた公園
を本当に有り難く思った。

沢山になりました。
本日は全てコンパクトカメラ(Canon Power Shot SX720
HS)で撮りました。

白色で暮れた大晦日 詩人は雪晴れの妙高山を大白ばらと謳った。

2017年12月31日(日曜日)

昨日から正月休暇にしたものの、遅くまで寝て外出もせ
ず年賀状を作り、夕刻にインフルエンザの人も診た。

これではいけない、と思い、本日は8時過ぎに起きた。
幸い晴れている。
冬の晴れ間は特別遠くへ行かずども家の周囲で十分楽
しめる。

 

2
大潟区は朝日池に近い田んぼのコハクチョウ。朝の放射
冷却で薄氷が張り、穏やかで鳥は鏡の上にいるようだった。

 

3
糸魚川市方面の海谷山塊。

 

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朝日池から飛び立った雁は西を目指していた。白い山は火打
山。(ズームで撮っているため山と鳥は近く見えますが、40キ
ロ近く離れていると思われます)

鳥や山を見て海岸へ。

 

3'

 

6
白い波がくだけていた柿崎海岸。雪を戴いた佐渡の金北山
も見えた。

 

7
県立大潟水と森公園へ。園内の葦が白さを増している。

 

8
朝日池の農道に大型カメラを構える人が増えている。この方は
神奈川県からきれいなキャンピングカーで来られていた。オジ
ロワシと、間もなく訪れるであろうハクガンを待っている。

 

1
本日午前の妙高山。

冬の妙高山を謳った堀口大學の短い詩がある。

「白ばら」
西のかた
いち夜に咲いた一輪の
空いっぱいの大白ばら!
雪晴れの朝の妙高!

(昭和22年1月20日初版 「冬心抄」から)

“妙高山は峨々として、千古の白雪天を衝き、、、”
その後が思い出せない私の高校校歌。
厳しい、険しい、雄大、などと形容されるこの山ををま
さか「大白ばら」とは!

本日、外輪山の大きな花びらが、高い花芯を囲み、
まさに大白ばらの素晴らしい眺めを呈していた。

冬至の本日、今年の開館も残りわずか 冬は最も長い季節。

2017年12月22日(金曜日)

今日は冬至。6月下旬から本日までの半年は短かったよう
であるが、表向き真夏の暑さを越え、爽やかな秋を越え、
日ごと昼を縮めようやく冬至にたどり着いたことになる。
着いてみれば本日お天気も良く、決して日が短かった印象
にはならなかった。風雪の日よりよほど夕刻を明るいと感
じた。

今年の樹下美術館も23,24,25日の三日を残すだけ
になり、改めて展示室の写真を撮った。

 

2
絵画「カリカチュア風な倉石隆」は観やすかった、と思う。

 

1
陶芸「陶齋の色絵と鉄絵」も楽しかったのではなかっただ
ろうか。以上自画自賛させて頂きました。

 

3
夕刻の訪問診療のお宅の前の田んぼにマガンの群が
いた。普段鳥などは私が見つけるが、本日は看護師が
見つけた。
雁も冬陽が貴重なのか、皆その方を向いていた。間も
なくねぐらの朝日池に帰る時間だったであろう。

 

5

 

さて本日60代の方が、「一年の中で冬が一番長いです
ね」と仰った。
そもそもかっての農家で、男衆は稲刈りが終わるとそそ
くさと出稼ぎに行った。途中帰るのは正月くらいで、長け
れば5,6ケ月は家を空ける。

家に残った者はワラ仕事や縫い物などをしながら春と
男衆を待ち続けなければならず、この間は冬なのであ
ろう。
残った者はもちろん、出かけた者たちにとって、それは
とても長かったにちがいない。
これは農家の方ばかりではない、最も強く次の季節、
春を待ち焦がれる点で点で、冬は私たちにも長く感じ
られる。

言葉の方は山間の農家のご出身だ。

ところで私は2月生まれであるため、祖父に玄(ふかし)
と名付けられた。
玄は五行説の冬であり、人生では晩年を指している。
これから何度冬を迎えるのか知るらないが、冬が来るた
び、(本当は嫌いなのですが)、これは私の季節だと思っ
て迎えるようにしたい。

再度話が変わり、私はワードが苦手で、今もって「一太
郎」の愛用者。
どういうわけか、現在使用している一太郎のソフトが「玄」
という名のバージョンなので余計に愛着を感じる。
ワードにも慣れなければということで、図録編集は倉石
隆分を一太郎、斎藤三郎をワードで行った。

冬至ではじまり一太郎で終わりました。

2018年4月
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