齋藤さんと我が家 5 エッグベーカー

2009年3月20日(金曜日)

 筆者は年の近い5人兄弟姉妹の一人です。昭和30年代半ばから私たちは進学のために次々と上京しました。ところが平行して、あれだけ熱中し親しんだ父が突然のように齋藤さんから離れるようになった。不思議に思えて、何故と問うても父は言葉を濁すだけだった。

 

 まず浮かぶのは子どもの学費が嵩んで蒐集が続かなくなった、ということだ。ほかに齋藤さんへのひいきの自負などが折れたのか。なにしろ当時齋藤さんの人気は文化人、茶人、市中へとますます伸びていた。こうなるとかえって一途だった熱が冷めることもあるのだろうか。

 

 以後、父は上京すると銀座にある民芸の店「たくみ」へ寄るようになった。時々同行したが、鳥取県「湯町窯」の素朴なエッグベーカーなどを選 んでは笑顔を浮かべていた。

 

 ※次に「6別れから開館へ」を記して陶齋と我が家を終わります。

 

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湯町窯のエッグベーカー、随分使いました。

 

   

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