2026年3月11日

あれから15年。

2026年3月11日(水曜日)

過日南三陸町が実家の姪二人が訪ねてきた。二人は15年前のあの日、高台の小学校に居て迫り来る悪魔と化した津波を眼下にしている。
見ていたある生徒が悲鳴と共に気絶したこと、全校生徒は一晩学校に泊まったと言い、緊迫と夜間の寒さに加え空腹は辛かったと口を揃えて話した。

あの日の辛さを現すものに降り出した雪がある。惨状の地に容赦なく吹き付けた雪は災害をいっそう惨めなものとして印象付けた。

弟家族とは何日も音信が途絶えたが、ネットに設けられた探索ページへの登録を通して彼の友人から無事の知らせが届き胸を撫で下ろした。その弟も長年の無理がたたり昨年亡くなったのはあらためて切ない。

震災後1週間、妻は新潟市から一席だけ空いていたバスで子供たちが住む仙台市へ向かった。沿岸に近づくほど増す惨状と、ガソリンスタンドにつながる長蛇の車列は忘れないと語った。

妻が撮った写真。

ただ滞在中、孫を含め一家は絶えず各自の役割を探し、まとまって動く様子には救われたとも。

本日犠牲者を追悼する現地の映像を見ると寒さと辛い胸中が伝わり心が痛んだ。

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