頸城野点景

冬の田 映画「北北西に進路を取れ」。

2014年1月10日(金曜日)

今冬初めて予報通りの寒波の日となった。しかし気温は下がったが当地、上越市沿岸の降雪は少なかった。

昼食を終えて近隣の水田に出向いて鳥の写真をと出かけた。遠くにマガンの小さな群れと枯れ穂の中にカワラヒワの群れを見た。

マガンは遠すぎて写真にならなかったが、随所に見られた枯れ草の淡い色合いは冬独特で美しかった。

2 - コピー雀の群だと思って撮り、モニターを見るとカワラヒワだった。
見た目では鳥の黄色が見えず、デジカメの威力に感心させられる。

以下は何とは無い冬の草です。風雪で濃淡だけになった枯れ草はこの季節ならではの見所ではないでしょうか。

 

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今夜映画「北北西に進路を取れ」を最初から全て見た。学生時代から劇場やテレビで何度も見た。それが何度見ても面白い。

俳優は立派、怒鳴り合いも無く、ストーリーはじめ風景やファッションも気が利いていて楽しめる。
国連ビルが出来てまだ間もない時代。建物や自動車、そしてしつらえにミッドセンチュリーの素朴な勢いがあり、ラストのル・コルビジェ風の山荘も見応えがあった。

過ぎた時代は二度と来ない。この時代に生まれて良かったと感じさせられる映画だった。

直海浜にある藤野条助の顕彰碑 希望をつなぐ植林事業。

2014年1月5日(日曜日)

柿崎区は自動車学校を過ぎて間もなく左手に見える藤野条助の顕彰碑。条助の縁故者(川室あき、川室優両氏)によって平成23年に建立されている。

条助は吉川区尾神の人で、江戸時代後期、砂丘地で猛烈な風と飛砂の害に悩む大潟、柿崎地域に広大な松の植林を行った。何年もの試行錯誤や住民との軋轢を越えて一帯に見事な松林が形成され今日にいたっている。

 

林の管理は年中の手入れや追加の植林も必要とされ、過去何度も危機にさらされた事だろう。

今日、顕彰碑が建ち一帯の生き生きした若松の活着を目にすると、二百数十年前の過去から今日、さらに将来へ続く明るさが伝わる。

5藤野条助の顕彰碑柿崎区直海浜にある藤野条助の顕彰碑。

6直海浜の植栽顕彰碑近くの若松。ていねいな防風柵に守られて育っている。

7雁子浜 の植林大潟区は雁子浜 の植林。こまやかさと熱意が伝わる。

近隣の松林は子ども時代から遊びや遠足、そしてキノコ採りなどで親しみました。
以下に昭和30年代初め、自分の中高生時代に撮った松林のわずかの写真を掲載しました。

今はもう見ることができなくなった風景と、努力によって維持されている風景がまじります。

 

1昭和30年代広い松林昭和30年代の松林。その後国道、高速道路で寸断され
荒廃した。3昭和30年代の植林昭和30年代の大潟区潟町の松林
海沿いに若い松が植えられている。
2昭和30年代の松林昭和30年代の気持ちの良い松林。
緑の苔に敷き詰められ、迷うほど広大だった。4大潟区の松林左とほぼ同じ現在の場所。激しい風の中で見事に育った。

 

8直海浜の若松植えられたばかりの松。希望に満ちた気持ちの良い眺め。

これら植林事業は今でも柿崎、大潟各区で新潟県が行い、地域のボランティアが懸命に管理を継続している。松葉掃きや雑草刈りなど昔ながらの作業が無ければ林はあっというまに荒れ果てる。

江戸時代に民間から始まり、今日も県と住民で継続される偉業。
しかるに現代、莫大な公金支出の果てにめざましい成果を上げられない上越市中心市街地活性化事業。

上越市100年の公共とは何だろう。 江戸時代の人々の清々しさとスケール感が際立っている。

穏やかな海 シーグラス 椿な正月は続く。

2014年1月3日(金曜日)

施設から相談の電話があったものの、31日からの正月休みが無事に過ぎている。貴重な連休はあと二日となった。

本日1月3日は穏やかだった。このところの毎日出る厳しい予報は外れがち、不思議だ。そうこうしている間にいわゆる冬期の三分の一が過ぎたことになる。本格的な雪は今月半ばから始まることが多いが、無事穏やかに過ぎた日は良しとしよう。

雪国では明日の悪天候や豪雪を心配して臆々と数ヶ月を過ごす。どうみても心身に良くない。こうなれば好天の恵みは精一杯喜びストレスを薄めるに限る。

本日も柿崎海岸を歩いた。波は平坦、渚は広く、いくつかシーグラスを見つけた。

 

海

 

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来る5月の作品展に向け6日間の正月連休は大いにはかどるはずだった。一日5,6時間は描いているが、思ったほどの成果は上がらない。テクニックもメソッドも確立してない素人の悲しさであろう。

以下は10×10×3,5センチのキュービックキャンバスに描いている椿の油絵。34枚に手を付けているが本日25枚が写真の所まで進んだ。

これから黄色のしべ、枝、脇の蕾、葉脈などを描き全体の陰影と質感を整え細部に手を入れる。別に四枚のサムホールキャンバスに洋梨も描き始めたので訪ねた子や孫は部屋に散らかる絵にびっくりしていた。

椿の絵

椿の絵近接売れるだけのクォリティまで何とか持って行かなければならない。

さて昨日写真を載せたやぶ椿は本日まだ咲かなかった。

つばき蕾の色は素晴らしい口紅のような赤になった。明日が開花か。

 

荒天の合間に日射し。

2013年12月29日(日曜日)

予報の通り雪は降ったものの、日中よく陽が射しておおかた消えてしまった。

間もなく今年も終わる。

今のところお天気に関して予報よりも穏やかに推移していて助かる。

上下浜本日午後、いつもの上下浜は日射しも雲も良かった。

 

鵜の浜温泉の夕暮れ鵜の浜温泉の夕暮れ。年越、お正月のお客様がお見えになっている。
荒海の日本海でお正月も旅情、風情ではないでしょうか。

鵜の浜温泉からいつも写真を撮っている四ツ屋浜や上下浜までは1,5キロほどです。
そして柿崎海岸や樹下美術館は6~7キロになります。

鵜の浜から樹下美術館へ、樹下美術館から鵜の浜へのお客様がお見えになるようになりました。有り難いことと思っています。

冬将軍 皆様からのお声。

2013年12月28日(土曜日)

予報通りの荒天。当地大潟区は厳しい寒風に見舞われたが雪は降らなかった。
夕刻の外出時、車外気温は3度まで下がっていて、いつ雪になってもおかしくない。

荒天の四ツ屋浜いつもの四ツ屋浜は徹底した荒れ模様、様々なトーンの雲が急だった。
(こんな油絵を描いてみたいと思いました)

さて樹下美術館では館内に何冊かノートを置かせて頂き、お客様から感想、随想をお書き頂いています。
このたびは7月~12月分がまとまり、樹下美術館のホームページ「お声」に掲載させて頂きました。

昨年同期よりも40筆も多くおよそ140の記載をいただきました。
皆様の観点、過ごされ方などが伝わり、またおおむねご好意を頂き有り難く思っています。

ご不満、ご不自由もあったのではと常に点検目配を心がけ、より良い場所を目指して行くつもりです。

丹波黒豆の寒天よせ二番目の弟からもらった「丹波黒豆の寒天寄せ」(鶴屋八幡製)
あまりに美味しいので豆をほじり出しました。

本日で樹下美術館は今年の終了 土底浜の冬の草道は動物の背中のようだった。

2013年12月25日(水曜日)

本日お陰様で今年の営業を無事に終えることができました。「こんな良い天気になるなんて」という声があちらこちらから聞こえた好日、切れ目のないお客様でした。

新たな常連さんにも恵まれ、年を追ってわずかずつ増加を続ける来館者様。皆様には心から感謝致しております。

さて今週いっぱいで表向きの診療も終わる。それでこのところ在宅回りも早めに終わります。
本日久し振りの土底浜は屋敷跡の草地へ行きました。
そこから海の眺めが良い小さなこぶへ続く道があります。

以前来た時は緑深い夏草の道でしたが、今日は冬陽が当たるうす茶色の枯れ草の道。
清潔で暖かそうで、大きな動物の背中にいる感覚を覚えました。

 

044この道を上る。

 

068上るとすぐ眼下に冬の海。

 

047東方面を見る。この先は四ツ屋浜、潟町、九戸浜、鵜の浜、雁子浜 、上下浜、三ツ屋浜、直海浜、柿崎へ続く。

 

062西方に陽が沈みかける。もう海には沈まない。
ゆったり波打つ日本海の色が青みがかって、良いコントラストでした。

自分のふるさとには何かしら詩情漂う場所があり幸せに思っています。

「Be Witched(魅惑されて)」の ビル・スナイダーとアンドレ・プレヴィン お客様と虹。

2013年12月22日(日曜日)

去る12月20日のブログで映画「愛情物語」を観たことを書かせて頂きました。1956年公開の映画は白血病で亡くなったピアニスト、エディー・デューチンの物語で、劇中の演奏はカーメン・キャバレロが弾いていました。このことで華やかなキャバレロは一躍人気となり以後何度も来日しました。

学生時代、自分は黒人中心のいわゆるモダンジャズを聞いていましたので、ポピュラーなキャバレロに全く興味がありませんでした。しかしピアノが上手だった2つ上の先輩T氏はエディー・デューチンを評価し、当時ジャズプレーヤーだったアンドレ・プレヴィンをとても敬愛していました。この先輩のことは、バップ調の音楽を良しとしていた自分にとって大変印象に残りました。

年を取って気楽な音楽を好むようになるとビル・スナイダーのCDに出会いました。エディー・デューチン系列のプレーヤーで、より装飾的です。しかしキャバレロに比して品があり、「愛情物語」の音楽担当に際し彼の名が上がった、という話もうなずけます。

 

1950年代初頭のアンドレ・プレヴィンとビル・スナイダーの「Be Witched(魅惑されて)」がYou Tubeにありましたのでお借りしました。いずれもモノラルですがスナイダーはひたすらスイートに、プレヴィンは軽いジャズとして弾いています。

 


You Tubeにあったビルスナイダーの「Be witced」。

 

ビルスナイダー5年前アマゾンで求めたビル・スナイダーのCD。

 


You Tubeのアンドレ・ブレヴィンの「Be wiched」。
タバコなどふかしていますが、すでに天才の誉れ高く、後にロンドン交響楽団の桂冠指揮者はじめNHKの主席客演指揮者まで世界を席巻しますね。

 

アンドレブレヴィン上掲の曲が入っている我が家のアンドレプレヴィン1951年の25センチLP(いわゆるトーインチ盤)。
帰郷に当たってお世話になった洋食屋さんからどさっと頂いたレコードの一枚です。
もとの持ち主はアメリカの軍人さんだったと聞きました。

 

当地は一度降った雪が消えています。本日日中は陽も射しました。樹下美術館は久し振りに賑やか。新潟、長岡、五泉の各市からご夫婦のお客様、ご常連さんもみなお見えになりました。皆様有り難うございました。

非常に若いおばあちゃんが家で5人目のお孫さんが生まれたということでお見えになりました。みな女の子さんで名前が食べ物にちなんで可愛い。私も知っていますがとてもチャーミングなお嬢ちゃんたちなのです。本当におめでとうございました。

マリンホテルと虹

それから夕刻、もしやという予感で上下浜に向かいました。しばらくすると案の定海上からホテルにかけて鮮やかな虹が架かりました。いつかここでという思いが叶いました。

あと23日と25日の二日jを残して今年の樹下美術館は終了です。美しい虹を希望の記しとして胸に刻みました。

四ツ屋浜の枯れ草 もがり笛ここに居たいと叫んでる。

2013年11月30日(土曜日)

11月も終わる。予報通りに陽が射して珍しく穏やかな日だった。

枯れ草昨日強風の四ツ屋浜。枯れ草があおられて右往左往、ザワザワヒューヒューと歌う。

 

拙歌) 晒されて四ツ屋の浜の枯れ草は 眠りもせねで泣くか歌うか

拙歌) 北風の思うがままにいたぶられただ泣くだけのもがり笛かな

ああ長崎のお客様。

2013年11月24日(日曜日)

もう少し庭にモミジをと考え、ホームセンターから小さな苗木を三つ買っていた。
本日夕刻、皆様の邪魔にならないように一鉢植えた。モミジは成長が早いので楽しみだ。

窓辺の落ち葉カフェの窓辺の落ち葉。

終わって美術館に戻ると駐車場に新潟ナンバーのワンボックスカー。
6名のお客様だった。
「新潟市からですか」、カフェに出て挨拶をさせていただいた。
「いいえ、長崎です」
え、長崎!意表を突かれて驚いた。なんて遠くのお客様だろう。

短いおしゃべりだったが、以下のようなお話をお聞きして為になった。
・一両年続けて上越市を訪ねている。
・交通は飛行機で松本市あるいは新潟市へ降り、そこからレンタカーで移動。
・日本海が好きで、「日本海」と聞いただけで惹かれる。本日は鵜の浜温泉。
・新潟から六日町を経て来たが、道中は大変だった。六日町のお米はとても美味しかった。

一同はご親戚同士かも、小生の母もお隣の佐賀県だった。
小生自身、昨年3月に長崎県佐世保市から佐賀県鹿島市へ行ったばかりだ。
やはり空路で新潟から福岡へ、そこからレンタカーだった。
「私は佐世保に引き揚げました」。婦人が仰った。
あ小生もですよ。得に言われぬ親しみを禁じ得ない。

皆さんから折々に聞こえる九州弁も懐かしい。
「私たちはとても九州を誇りに思っているんです。若い人も同じで当たり前に九州弁を話します」
「九州弁は丁寧な言葉なんですよ」
ああ何ということだろう、これこそ九州と九州人を物語る全てではないのか。
故郷の誇り、、、65年間越後で暮らした母にも密かに同じものを感じていた。

「私たちの知人に高田高校の出身者がいて、よく高田のことを聞いていました」
それは私の母校です、ああ糸って繋がっているのですね。
「以前、秋に訪ねた高田はきれいな街でした」
こんどは是非とも桜や蓮をご覧頂ください、出来れば雪も。

皆さんはお医者さんご一家と大学教授でした。
旅慣れた姿でくつろがれ、お抹茶やコーヒーを飲んでいただきました。
「ここの器はすごいなあ」
豪快な織部を手にとって褒めて頂きました。
後で絵はがきもお求め頂いたそうですね。

遠くから、皆様本当に有り難うございました。

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近くの小川美術館の近くの潟川。

 

鯉川で音がして、若い釣り人が大きな鯉を釣り上げた。
もっと大きいのがいますよ、と言って彼はすぐリリースした。

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さて、まもなく上越も新幹線時代を迎える。様々な基軸が検討されていて、新駅→二次交通の議論も尽きない。
しかしレンタカーなど、皆さんは主体的に行動されることも一つの事実。

「日本海はあこがれ」、これも重かった。あとはもてなしの心.。何かと上から目線、お殿様ではほど遠いと思う。
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喫茶去 頸城野の時雨は昼のカプチーノ。

2013年11月22日(金曜日)

しばしば前日まで連休を知らずに過ごし、突然ほっとさせられることがある。そんな本日昼のしぐれ時、三和区の店「喫茶去」へ初めて食事に行った。
今夏、謙信・GACKTさんが同店を訪ねてカプチーノを飲み、いっそう話題になった。

行ってみたいと思っていた所、三和区の方から良いですよ、と一言あって急遽出かけた。
店は山道にかかる場所。ゆかしい風情が漂い、京都の山里風な旅情が漂う。
食事、コーヒーとても美味しかった。

高津の池近くの池が静か。

喫茶去を望む店構え。車留めせせらぎの音が聞こえる車留め。 カプチーノカプチーノ。森本の晩秋途中の頸城区森本は美しい樹木。

頸城区森本同じく晩秋の森本。

喫茶去はすでに15年近く営業しているという。本日も幅広いお客さんで賑わっていた。
スタッフはオーナーと奥様だろうか、質サービスへのたゆまぬ努力のたまものだと思った。

その昔暇さえあれば近隣の里や海を巡った。四季折々それぞれ独特の風情と景観が楽しめた。本日もそのことがよく分かった。

拙句) 頸城野は時雨て昼のカプチーノ

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