再びハクガンが見られるようになった。

2023年2月8日(水曜日)

先週末から数日間晴れ間に恵まれた。頑張った晴れ間は疲れが出たのか本日は雨に変わった。当地の融雪は進み、平地の地面が見え始めた。

一時の降雪でねぐらと餌場を失っていた雁や白鳥が姿を現し、再びハクガンも目にするようになった。

2月5日夕刻のハクガン。
満腹のところへ一羽がやっ
てきました。

同日出ていた月。
明6日は満月、
スノームーンの名があるようです。

ちなみにハクガンは「スノーギース」。文字どうり白雁なのですね。スノームーン、中々の趣きです。ちなみにハクガンは真っ白で、白鳥よりも白いように感じられます。

 

2月6日昼のハクガンとマガン。

 

本日雨中のハクガンとマガンなど。

どういうわけか鳥は撮っても撮っても満足ということにはならない。写真しかり造形はみな同じのようです。

もう少し書きたいところですが、過日筆洗油をこぼしてしまいキーボードの調子がおかしくなりました。以来次第に症状がひどく本日はこれで終わることに致します。

2023展示紹介、バナーでその2。

2023年2月6日(月曜日)

温かく晴天だった月曜日。
2月に大雪になる年があり油断は出来ない。だが次第に日が長くなり、時に晴れて気温が上昇する日が訪れるようになる。
本日はまさにそんな日で、美術館のスタッフが集まって作品の収蔵整理を行った。
久し振りに集まったスタッフが仕事に勤しむ様子はとても嬉しく頼もしい。今年も宜しくお願いし、良い年にしたいと思った。

さて前回は今年前半三つの催事をバナーを掲載してお知らせしました。本日はその後の展示についてお知らせ致します。

8月17日~10月17日 陶芸ホール「篠崎正喜展」

鮮やかに緻密に描くファンタジーの人。篠崎正喜さんを知ったのは花の精密画に苦労し始めていた頃です。技法を調べているうち氏のホームページを知り即ファンとなり、メールを交換しながら作品を集めはじめました。
樹下美術館カフェの大作「午睡」は、設立前から希望をお伝えして描いて頂きました。当初洋食器と一緒の展示を考えましたが、篠崎作品のみをご覧頂くことにしました。いつ観ても「うっとりする絵」にご期待下さい。

10月19日~11月21日 陶芸ホール

「絵付け陶芸三人展」

九谷の陶芸家・正木春蔵さんを知ったのは、お茶を始めた昭和の終わり頃、ある陶芸家名鑑にあった抹茶茶碗を観て気に入り、ブルータスや婦人雑誌の紹介記事から港区飯倉の「サボア・ヴィーブル」で作品を購入したのが始まりでした。

鈴木秀昭さんと黒岩卓実さんはいずれも雑誌で知り、全国で開催される展示会のDMが届くと店に連絡などして集めるようになりました。
鈴木さんは色絵金銀彩で器を埋め尽くし、曼荼羅の世界観で紋様を描く驚くべき技と心の持ち主。黒岩さんは手びねりと、速筆の赤絵でざっくりした風合で用向きの陶器に徹底されています。

三人とも色を自在に操り柔軟なフォルムと着想が素晴らしく、どこか浮き世離れして、かつ優れた作品の割りにリーズナブルなところが立派。嬉しいことでした。

●2回にわたってお知らせしました各催事(展示)の入館料は「館長の絵と写真展」は無料。
そのほかは300円になります(申し分けありません、100円値上げしました)。

●カフェのみのご利用は入館無料です。

2023展示紹介、バナーでその1。

2023年2月4日(土曜日)

冬期休館中の樹下美術館は、3月15日の開館まで残り38日となりました。
一時大雪を思わせましたが今融雪が進んでいるところです。この先のお天気には、どうかほどほどにして、という気持です。

さて今年の展示は開館から齋藤三郎の「壺展」倉石隆の「お嬢さん展」で始まります。

その後6月13日まで陶芸ホールは樹下美術館が収集した「洋食器展」です。
本日は作成した告知用のバナーが出来ましたので前半三つの展示をご案内させて頂きました。

3月15日~4月19日の陶芸ホール。

齋藤三郎の「壺展」

白磁、染附、色絵、鉄絵、赤絵。大小様々な齋藤三郎の力作をご覧下さい。壺だけの展示は初めてで、20数点を展示致します。洋食器展の関係で4月19日までの開催ですが、年頭にあたりどうか齋藤三郎の四季をお楽しみください。

3月15日~6月13日の絵画ホール。

倉石隆の「お嬢さん展」

若い女性が描かれた油彩から版画およびデッサンの展示です。少々おどろおどろしい絵が多い倉石隆ですが、幼年や少年も上手く、若い女性も熱心に描きました。初めてのデッサンのほかこれまで展示された油彩も含まれます。

4月20日~6月13日陶芸ホール

趣向を変えて「洋食器展」。

1800年代のアンティークから1930年前後のアールデコ、1950年前後のミッドセンチュリー、そして比較的新しい洋食器の展示です。
当館カフェで一部を使用していますが、長く愛用され、今なお明るい器たちをどうかご覧下さい。

6月15日からの後半には拙「館長の絵画と写真展」を、次ぎにカフェの大きな絵でおなじみの画家「篠崎正喜展」を、その後はこれまでおよそ30~40年収集した正木春蔵、黒岩卓実、鈴木秀昭三氏の作品を展示する「色絵陶芸三人展」を開催致します。

次回はバナーでその2として後半三つの展示をご案内する予定です。

先ずはブログで。
来週になりましたならそれぞれの紹介ファイルを付けてホームページでお知らせ致します。

多様な展示ですが楽しバリエーションにご期待ださい。

イケメンのタカの食餌 捕食された鳥は何?

2023年2月1日(水曜日)

昨日は穏やかな晴天だった。老人施設を回った後久し振りに陽が射す近隣の田に向かった。シメやキジバトはまあまあだったが珍しいくらい近距離で、しかも食餌するタカを初めて見た。

以下鳥の姿は車中から窓を開けて撮りました。

まことにイケメンなタカ。

捕らえられた鳥の黄色い足が見える。
猛禽類の気位を発している。

 

獲物の毛をむしりながら時々こちらを見る。たまたまかもしれないが、食べながらどう猛な視線に変わったように感じられた。

時折車が通る広い農道で食餌とは。

飛び立った跡。
むしられた羽毛などが散らばっている。

捕食された鳥を見るため車を降りた途端、獲物を掴んで飛び去った。黄色い足や黒っぽい体から捕らえられたのはムクドリではないかと思った。

時々タカを目にするが私には区別が難しい。このタカは本やサイトからノスリではと想像しているが、目がくりっとしていてチョウゲンボウかもしれない。一度詳しい人に訊いてみたい。

今日は誕生日だった。

 

少しずつボケているのを感じる。この先はより未知の世界を生きるのであろう。緊張感を楽しみながら暮せればと思う。

とらやの羊羹 ご自作の菓子楊枝 雀の茶碗。

2023年1月31日(火曜日)

昨日スズメの写真を所望された方からとらやの羊羹を送って頂いていた。銘菓だけあってずしりと重く、扱うときに落としそうになった。

 

すっきりした甘さと色合いの美しさから春の近づきを感じる。

昭和の終わり、お茶を習いたてのころ購入した永樂善五郎の仁清写し雀の茶碗で抹茶を服した。

お菓子を食べるときに用いた楊枝は、直江津から通われる方が山に群生するクロモジから自作されたものだった。

一つずつサヤに入れてある

もらい物ばかりの日常で気が引ける。果たしてちゃんと世間に尽くし、お返しをしているのか振り返らなければならない。

振り返れば雪中の雀を撮り、雀の写真を所望され雀のお茶碗で抹茶を服した日だった。

お心尽くしのふた品、まことに有り難うございました。

今日で1月が終わる。
本日は午前から晴れ間に恵まれた。昼休みに車を走らせるとシメやキジバトそれに捕食中のノスリであろうかタカが上手く撮れた。明日はイケメンのタカを載せようと考えています。

「汽車」の作曲者、大和田愛羅氏のご縁者から雀の写真の所望。

2023年1月30日(月曜日)

過日千葉市のある方からお手紙を頂いた。
その方は東京音楽学校のご出身で音楽家、作曲者大和田愛羅(1886年3月24日 – 1962年8月11日)のお孫さんだった。 数年前に音大の草創期の指導者小山作之助の墓参と中学校の作之助胸像をご覧になられ、樹下美術館を訪ねていだいていた。

ご自分はチェロを教えておられ、後にお仲間と再度樹下美術館をお訪ね頂いた。来訪のたびに大好きなスズメの絵はがきをお求めになられたという。
このたびのお手紙には、大和田氏の没後60年を記念して氏が手がけた曲から110の楽譜を選び出版することになったこと。当時の唱歌、童謡は山河、鳥や動物など自然のテーマが多いこと。そこで楽譜集の裏表紙などに好きなスズメの写真を載せたいがお願い出来きないか、という主旨がしたためられていた。

このところの寒波でひもじいスズメ。そんな時スズメを愛する人から可愛い写真をというお話はなんとも温かかいものだった。私の雀ファイルには沢山写真はあるが、いざ可愛いものとなると中々難しい。なんとか7,8枚を選び2L版にプリントして、明日投函することにした。


大和田氏作曲の「汽車」

4才と6才年下の弟妹は幼き日の春秋、野尻湖行きの車中、片言交じりでこの歌を歌った。

大和田氏のご尊父は都内の医師だったが、事情により愛羅氏は新潟県村上市で養育されている。東京音楽学校の卒業後は国立音楽学校、東洋音楽学校で教鞭を執られ、これらの間に多数の童謡、唱歌および学生歌や校歌を作曲されている。

小山作之助とはほぼ二世代後の音楽家に相当され、新潟県にゆかりもあり、わざわざ当地をお訪ねされた。そしてこのたびは拙スズメ写真をと仰る。何とも有り難いことと感謝に堪えない。

大雪になりつつあり鳥たちはひもじそうだ。

2023年1月29日(日曜日)

しぶとく続く寒波。じわじわ降る雪は大雪の気配。
一昨日も同じようなことを書いたが、今週末の鳥たちは餌となるべき木の実草の実がさらに雪に覆われてしまい、餌に不自由している。

左の雁は1本の枯れた稲を咥えている。

 

実があるか無しかの二番穂をついばむホオジロ(上)とスズメ(下)。

 

車が行き交う路上にも出る。

 

 

ある農場の倉庫はスズメたちに開放されているようみ見受けられる。

寒冷に強い鳥といえども空腹では寒かろう。

 

雑木林のオナガ。

 

夕刻の樹下美術館。

 

来週も降ったり止んだりするようだ。一日だけプレゼントの晴マークが見あるようだ。2月中ばになれば日本晴れの日が訪れるようになり気温が上がり始める。それまで私も頑張るので鳥たちも何とかしのいでほしい。

●今年の会館は3月15日です。当日は水曜日ですが会館致します

今年は常設の齋藤三郎および倉石隆以外に樹下美術館がコレクションした洋食器三人の陶芸家(正木春蔵、黒岩卓実、鈴木秀昭)の作品展および館長の写真と絵画展をそれぞれの展示を企画しています。

現在お知らせバナーやファイルを作成中ですのでいましばらくお待ち下さい。

寒波の鳥たち。

2023年1月27日(金曜日)

過日の外来で同級生のA君が、今年の冬は雁も白鳥も雀もヒヨドリまで少ないと言った。またく私も同感だった。

今冬2回目の寒波の最中の本日、午後車を走らせて田んぼへ行った。雪が降ると何故か鳥が集まるように感じている場所があり、もしやと思って行った。

すると3,40羽のマガンの群が三つほど見え、カシラダカ、アトリ、スズメの群と出会い、一部にカワラヒワが混じっていた。空腹らしく、普段人を恐れるのにかなり道路に近い場所にもいる。マガンが道路から数十メートルしか離れていないのにはとても驚いた。

中には路上に群れるものもあり、この度の寒波が鳥たちに与えている空腹の影響を知らされた。

以下本日の様子です

落ち穂や二番穂をあさるマガン。
小林古径の絵のようだった。

雀の群。

 

二番穂を食べるカシラダカ。

 

スズメも食べている。

 

アトリも。

 

カワラヒワが混じっている。

 

道路に降りて来たアトリの群。

 

逃げないアトリの前で車が一旦止まり、ゆっくり走って行った。

何年か前にも感じたことだが、雁や白鳥は厳しい寒波がくると小さな群に別れる。大きな群で一度に決定的なダメージを受けるのを避け、一部が駄目でも全体として種の維持を図る本能が働くのではと考えた

いわゆる小鳥たちもそうしているのだろうか。
春の子育てと厳しい冬期、彼らは怖れを忘れて人に近づき餌をあさる。さらに冬期はスズメ、アトリ、カシラダカそしてカワラヒワなどがよく一緒の群にいる。なぜそうするのか分からないが、鳥は大きさの大小で生存戦略が異なるのかもしれない。

それにしてもハクガンはどこにいるのだろう。

寒波が来て。

2023年1月25日(水曜日)

昨日午後から寒さと強風に見舞われた。吹きだまりは2,30センチの積雪はあるが、道路はかろうじて除雪作業を免れた。しかし地吹雪がひどく、急な用事もなかったため一度も外出しなかった。

昨日午後2時半ころの仕事場から。

1時間すると一面の雪に。

本日カーポートの車。

昨夕食に吉川区のお蕎麦と大潟区のフキノトウの天ぷらを食した。

 

いずれも頂きものでした。皆さま有り難うございました。

寒波による寒さは全国で突出していて、関西地方のJR.や高速道路で深刻な立ち往生が何カ所も発生していることにとても驚いた。

ちなみに本日富士山の観測所は-36,9℃とあった。同観測所は2004年以来無人化したらしいが、これまでの最大風速90メートルなどと聞くと厳しい極地のイメージが浮かぶ。
だが南極の最低気温は-89、2℃という話にこなると、さずがに想像がつかなくなる。余談ながら南極と北極では南極のほうが遙かに寒く、北極が平低な海洋であるのに比し南極は2500メートもの高地だからだという。

やはり寒波は危険らしい 残した胃カメラノート。

2023年1月23日(月曜日)

明日から始まる寒波について昨日やや楽観的なコメントを書いた。しかし本日、ニュースは10年に一度クラスの最大級で危険な大雪と知らせた。

10年に一度とは如何なる大雪か、一昨年のドカ雪が浮かぶ。降り始めて2日目だったか往診をして深刻な身の危険を感じた。到来はもはや仕方がないがあれ以下であって欲しいと切に願っている。

さて過日1回目の断捨離に父や祖父の品を取捨選択した。その折私の胃カメラノートが出て来て、昭和50年代、一生懸命だった当時のことが懐かしく思い出された。

 

昭和56年{1981年)11月17日からと印された二冊目の内視鏡観察ノート。

40数年前のノートであり、今なおお元気な方がおられる一方故人になられた方も多い。お顔が浮かぶ人、思い出せない人があるなか、紙面から共通して生々しさと緊張感が伝わる。

以下内容を少し紹介させていただきました。
胃透視X線フィルムの解読精度を上げるためX線像との対比は重要だった。

 

 

 

 

 

 

 

 


病変の悪性/良性および癌の進行/早期の区別は絶対的な課題で、進行癌であっても5年は生きてと祈っていた。

当時胃集団検診の読影医(フィルム判定)の一人として、また二次検査{内視鏡またバリウム直接撮影併用)の受け入れ機関として内視鏡は非常に重要だった。

所見の要点は終了と同時に描き、後で全体を仕上げた。図に所見を再現するため細部はより詳細に見なければならなかった。潰瘍やビランに集まる粘膜ヒダは何本か、その先端はどうか、固さや色調の印象は、範囲はetc、すべて後で正確に描くことを意識して観察した。
当初、一部が思い出せないことがよくあり、集中力を高めるよう努力した。

救えた人も間に合わなかった人もあった。
助かった人はおよそ忘れていて、何十年後、有り難うございましたと言われてもよく思い出せない。一方駄目だった方は雪の上に吐血されたこと、あるいはお元気な時のお顔が鮮明に浮かぶなどはっきり脳裡に残っていることが多い。

少々古い現在のスコープと装置。

 スコープ自動洗浄機。
昔は専用シンクでスポンジ洗いだった。

いま検査は月一人か二人。当時の10分の1にも満たない。しかし専門医やドック検診が充実した現在、それで良いと思っている。

後に花を描くようになった。内視鏡のスケッチが基礎になっている。

さらによく描くようになった三冊目の内視鏡ノートは長男にやってしまい、本日のノートくらいは残そうと考えた次第。

二三の週末。

2023年1月22日(日曜日)

昨日今日と寒かったが小雪がちらつくだけで大して降らなかった。

そんな昨日午後、絵筆を動かしたあと午後遅く美術館の庭でゴルフボールを打った。間もなくパラパラと軽いアラレが降ってきた。

 

 

 

敷石が絵画的に浮かびあがった。

 

芝生に足跡を付けて遊んだ。

 

そして本日日曜日。近隣で白鳥の群を幾つか見たがハクガンには出会わなかった。

二羽の若鳥。

以下イタリアン風の夕食でした。

 

 

 

しばらく前に、来週は10年に一度の大雪と予報されていた。それが本日のを見る限り大雪という訳では無さそうに変わっている。

煽りという訳では無いと思うが冬の天気予報を見ていると、私達は時として必要以上に悪く言われ、もてあそばれているのではないかと感じることがある。

悪天候と寒波 コロナ診療への礼状。

2023年1月20日(金曜日)

冬型の気圧配置が強まり強風に見舞われた金曜日。明日にかけて大荒れと報じられている。週明けから来る強い寒波による大雪への注意も伝えられる。

この先は荒れるか降るか、とにかく悪天候のようで、外来は早めにという方たちが目立った。

 

在宅回りの帰路鵜の浜温泉駐車場から見た海。

問題は来週からの雪であり、出来れば50センチ以下程度で勘弁してもらいたい。

ところでコロナは、このところ全国および新潟県の報告が減少している。しかし拙院は、多くはないが毎日のように相談や検査投薬の用件がある。件数は減少するものの全国の死亡数は7波を越える高いレベルにあり、特に高齢者はまだまだ油断が出来ない。

過日初めてシオノギの抗ウイルス薬を使用した。新薬のため併用薬が多い高齢者で使いづらさがある。今後使用治験が重ねられたうえ除外事項が限定され、より一般化されることを期待したい。

県知事から文書が来ていた。

文面は、新潟県のコロナ死亡率が全国最小で、誇れる成果を達成していること。そのことでコロナ診療に協力している機関に対する慰労の内容だった。
かろうじて追随する拙医院としては励ましを覚え、特に3年間リスクとストレスの中で、戦うように仕事を続けたスタッフには感謝に堪えない。

今春からコロナは2類相当から5類へと扱いが変わる予定だという。3年の経験では未だ「こなれた」とは言い難い新興感染症。今後も科学に基づく柔軟な姿勢は必要ではないだろうか。

蝋梅(ロウバイ)。

2023年1月17日(火曜日)

冬の晴れ間に外出すると良い匂いがすることがある。この先は水仙だが、今は蝋梅(ロウバイ)が香っている。

大雪の冬などに出会う蝋梅は遠く感じていた春を思い出させ、光景はあとあとまで目に浮かぶ。
昨日の在宅回りであるお宅の庭が香り、玄関はいっそう良い匂いがした。

いつも明るく迎えて頂くお花。
水仙と蝋梅の二重奏。

お宅の蝋梅は3メートルほどもあり満開だった。お爺さんが植えたと仰った。

花のことを話すると奥さんが枝を届けて下さった。

 

枝は仕事場の庭の水鉢に漬け、一枝玄関の花瓶に飾られた。

毎年、うちも欲しいと話しながら立ち消えになっていた蝋梅。昨日妻はムサシへ行って、一鉢購入してきた。

1本残っていたという蝋梅は3980円。ちょうど私の背丈ほどで、今付いている花は少ないが幹が立派で、これから冬の楽しみに。
往診や外出で匂うよう、仕事場の玄関脇、空いている所に植えようと思う。

幹と枝は堅そうなので雪囲いは軽く縛る程度でよさそうだ。ある程度の積雪でも匂ってくれることを期待しよう。

Iさん、季節の野菜や花を有り難うございます。

午前中から仕事場のカーテンが明るく、如何にも良いお天気の火曜日でした。

午後から雨の日曜日 書籍などの断捨離を始める 父が聴いていた冬の旅。

2023年1月15日(日曜日)

 

まあまあの曇り空が午後しばらくして雨に変わった。午前に絵を描き午後から大きな本棚はじめ片付けが必要な古物を選んでまとめた。処分をお願いする方も決まり、懸案に手を付けた。

 

父や私が求めた鴎外や漱石の全集物も8割方出すことに。

父が聴いていたベートーベンとシューベルトのSPレコ-ドアルバムも歌を除いて出すことに。

以下は残すものです。

シューベルトの「水車小屋の乙女」と「冬の旅」とベートーベンのカルテットを残した。

 

父が好んで聴いていたゲルハルト・フュッシュの「冬の旅」。

祖父と父のドイツ語医学書
4冊だけ残した。

祖父の外科学から膀胱鏡の図版。

 

父の心臓、血管学。

私の中高時代に父は心電図を独学していた。患者さんから撮ったものをスクラップブックに延々と貼ってある。

明治22年、祖父の千葉医専医学部卒業写真。くるくる丸くなるためゴルフクラブで抑えた。

写真の中の祖父。
小山作之助の弟。

 次回は家具や焼き物などに手を付けるつもりです。

ゲルハルト・フュッシュの「冬の旅」の動画がありましたので掲載しました。
つらく悲しい冬の旅への第一章「お休み」です。

音源は1933年の録音ということで、父の学生時代に当たります。開業医に現金収入が乏しかった時代、12人兄弟の長男の父は苦学し、寒い日は新聞紙を足して寝たと聞きました。

今年も飛来したハクガン スマホを教えてもらう フキノトウはテンプラに。

2023年1月14日(土曜日)

去る11日から昨日まで三日間、冬に希な晴れ間が続いた。気温も上がり小春日和となり晴れがましくもあった。

5回目のコロナワクチンの接種が間もなく終了する。3年間に5回もの接種となった。高齢者の死亡率を抑え、事業所や学校への影響を最小限に食い止めるためだった。
3年間に5回もの接種があるとは、当初では考えられないことだった。せめて5回目のオミクロン株対応ワクチンが効果を上げ、仮に9波が来ても深刻な影響を生じないことを切に願いたい。

コロナ禍で日本人の平均寿命の伸びが止まり、僅かながら下降している。富める国アメリカの短縮は著しく過去2年で2,7年短くなったという。中国が受ける影響が案じられるが正確には公表されないことだろう。

さて11日以来2日ブログを空けてしまった。
12日の晴れ間に朝日池に行くと、湖畔の農道に数台の車が見えた。ハクガンが来ているという。

随分遠くにかなりの数のハクガン。
飛び立たさせないよう近づく人はいない。

別な場所に行ってみるとマガンに混じって小さな群が食餌していた。

 

今年も来てくれたハクガン。全体で何羽くらいいるのだろう。
今のところ大雪は避けられている。この先およそ二ヶ月、どうか安全にゆっくり過ごしてもらいたい。邪魔にならないよう気をつけて、優雅な彼女らの写真を撮れれば嬉しい。

さて悩みの種だった新しいスマホ。普段パソコンを診てもらっている(株)信越情報のA氏に来てもらって教えを乞うた。

指紋認証から始め、連絡先のグループ分け、画像転送、アイコンの動かし方と整理や削除、メールの統一など基礎から教わった。下取りに出して元の簡単ラクラクフォンに戻せないかとまで考えていたが、先まで使うことになった。

カメラの機能は凄いのだが、小さなキーパッドの英語をはじめ意味が分からないまま登場する様々なメニュー記号。タッチミスも絶えないため、機能を限定して慣れればと願っている。

先日のフキノトウは天ぷらになった。

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